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文献番号 2022WLJCC018
関西大学会計専門職大学院 教授
中村 繁隆
1. はじめに
令和4年4月21日、最高裁は、本件借入れ※2が法人税法132条1項の不当性要件※3に該当するか否かが争われた、ユニバーサルミュージック事件(以下、本事件という)について、国の上告を棄却した。
筆者は、本コラム195号※4と220号※5において、本事件を主にBEPS(Base Erosion and Profit Shifting.以下、同じ)への対抗という観点から考察を行ってきた。本コラムでも同じ観点に立った上で、拙稿※6で検討したEUにおけるBEPS対応との対比を紹介しつつ、若干の私見を述べたい。
2. 最高裁の判断
2.1. 経済的合理性基準の採用
まず、最高裁は、法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の意義について、「同族会社等の行為又は計算のうち、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものであって、法人税の負担を減少させる結果となるものをいうと解するのが相当である」と述べる。
次に、経済的合理性の有無の判断について、「本件借入れのように、ある企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として、当該企業グループに属する同族会社等が当該企業グループに属する他の会社等から金銭の借入れを行った場合において、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くときは、当該借入れは、上記諸事情のうち、その目的、すなわち当該借入れによって資金需要が満たされることで達せられる目的において不合理と評価されることとなる」として、当該一連の取引全体の経済的合理性に着目する。
そして、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、「①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮するのが相当である」とする。
2.2. 本件組織再編取引等※7に対する評価
まず、「本件組織再編取引は、本件音楽部門において日本を統括する会社として被上告人を設立するなどの組織再編成を行うものであるところ、国際的な企業グループにとって、・・・合理化に資するものであって、一般に合理的な方策であると考えられる」とし、次に、「本件財務関連取引は、全て同日に行われ、ヴィヴェンディ及び本件音楽部門法人の間で出資金、貸付金、借入れの返済金等として送金や両替を重ねるものであり、・・・本件再編成等スキームを策定するに当たって設定された本件各目的の内容等に照らすと、本件財務関連取引を含む本件組織再編取引等には、・・・これらの目的を同時に達成する取引として通常は想定されないものとはいい難い上、本件財務関連取引の実態が存在しなかったことをうかがわせる事情も見当たらない」と述べる。
また、本件借入れはいわゆるデット・プッシュ・ダウン(debt push down.以下、同じ)と呼ばれる方式に伴って生じている点について、最高裁は、「もっとも、本件組織再編取引等には、日本の関連会社の資本構成に負債を導入する目的があったところ、本件合併以後の事業年度である平成21年12月期から平成24年12月期までの本件支払利息の額は、これを損金の額に算入すると法人税の額が大幅に減少することとなるものであったこと等からすれば、上記目的には、・・・被上告人に対して多額の利息債務を負担させることにより、被上告人の税負担の減少をもたらすことが含まれていたといわざるを得ない。しかしながら、本件組織再編取引等には、税負担の減少以外に、前記・・・に説示したとおりの目的があり、これらは、本件組織再編取引等を行う合理的な理由となるものと評価することができる」と述べた上で、「以上によれば、本件組織再編取引等は、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるとまではいえず、また、税負担の減少以外に本件組織再編取引等を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在したものということができる。そうすると、本件組織再編取引等は、これを全体としてみたときには、経済的合理性を欠くものであるとまでいうことはできず、本件借入れは、その目的において不合理と評価されるものではない」と述べている。
2.3. 本件借入れに係るその他の事情を含む最終的な結論
最高裁は、控訴審判決には見られなかった、本件借入れに係るその他の事情に関して、以下のとおり述べている。
「本件借入れは無担保で行われ、被上告人は本件借入れが一因となって最終的に貸借対照表上は債務超過となっていることがうかがわれるなど、本件借入れには独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なる点もある。しかしながら、本件借入れは、本件各内国法人の株式の購入代金及びその関連費用にのみ使用される約定の下に行われ、実際に、被上告人は、株式を取得して本件各内国法人を自社の支配下に置いたものであり、借入金額が使途との関係で不当に高額であるなどの事情もうかがわれない。また、本件借入れの約定のうち利息及び返済期間については、被上告人の予想される利益に基づいて決定されており、現に、本件借入れに係る利息の支払が困難になったなどの事情はうかがわれない。そうすると、上記の点があることをもって、本件借入れが不自然、不合理なものとまではいい難い」。
「以上の諸事情を総合的に考慮(本コラムの2.1~2.3.第二パラグラフまでを指す-筆者注)すれば、本件借入れは、経済的かつ実質的な見地において不自然、不合理なもの、すなわち経済的合理性を欠くものとはいえない。したがって、本件借入れは、法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」には当たらないというべきである」。
3. 評釈
本コラム執筆時点で入手できた本最高裁判決の評釈※8によれば、本最高裁判決には、以下の3つのポイントがあると指摘されている。
第一は、最高裁が法人税法132条1項における不当性要件について原審と同様の解釈を示しているほか、法人税法132条の2の不当性要件と類似する解釈を示している点である※9。これは、本コラム2.1.の箇所に相当する。
第二は、企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として借入れが行われた場合、組織再編取引等の「一連の取引全体」に着眼して経済的合理性の有無を判断している点である※10。これは、本コラム2.2.の箇所に相当する。
第三は、本最高裁判決における不当性要件の解釈の中で、独立当事者間基準についての言及はないものの、本件借入れに係るその他の事情に関して、独立当事者間基準の検討を行っているものと考えられる部分がある点である※11。これは、本コラム2.3.第二パラグラフの箇所に相当する。
4. 検討
4.1. EUにおけるBEPS対応との対比
前述した拙稿は、EUにおける租税回避防止指令(Anti-Tax Avoidance Directive.以下、ATADという)※12によるデット・プッシュ・ダウンへの対応と本事件の控訴審判決を対比して検討したものである※13。具体的には、本事件における法人税法132条1項による対応は、ATAD6条(General anti-abuse rule.一般的濫用防止ルール。以下、同じ)による対応に相当する※14。ちなみに、ATADにおいては、デット・プッシュ・ダウンへの望ましい対応は、同4条(Interest limitation rule.利子控除制限ルール。以下、同じ)であるとされる※15。なお、ATAD4条は、わが国の過大支払利子税制(租税特別措置法66条の5の2)に相当する規定である※16。
ATAD6条は法人税法132条1項よりもその射程が広いと考えられる※17が、ATAD6条であってもデット・プッシュ・ダウンに対して、その適用が制限される可能性は指摘されていた※18。その点からすれば、法人税法132条1項による本最高裁判決は、むしろ自然な結果と思われる。
4.2. 法人税法132条1項における不当性要件の今後
拙稿では、本事件の控訴審判決に見られた法人税法132条1項における不当性要件の判断枠組みに法人税法132条の2における不当性要件の判断枠組みが混入している点を望ましくない、と主張した※19。しかし、本最高裁判決では、控訴審判決と同様、その混入※20が判示されている。
従って、これは控訴審判決に関する評釈において、すでに指摘されていたことであるが、控訴審判決によって、「同族会社の行為計算否認規定と組織再編成に係る行為計算否認規定の両者にわたって判断枠組みが共通する領域が作り出されたことになる。・・・今後、より精緻な議論が展開される素地となるだろう※21」との指摘がある。この新たな問題領域は、本事件の係争の対象が、その当時、過大支払利子税制が存在しない中で、法人税法132条1項を用いて、デット・プッシュ・ダウンを抑止することが許されるかどうかが実質的に問われたもの※22であったという、いわばBEPSへの対抗という限界事例によって作り出されたものといえる。
5. おわりに
本最高裁判決によって、デット・プッシュ・ダウンは必ずしも課税上、問題である、ないし不当であるということにならず、資本政策上も合理的に説明できる場合には、デット・プッシュ・ダウンによる税負担減少があっても必ずしも法人税法132条1項により否認されないということが確定した※23。
本コラムにおける考察から得られた若干の私見としては、本最高裁判決は、本コラム220号で指摘した規定の目的の違い、すなわち、法人税法132条1項とBEPS防止規定(例えば、過大支払利子税制)の目的の違いを解釈論により乗り越えることが結果として出来なかったが、それはむしろ自然な結果ではなかったのではないか、という点である。
最後に、本事件を通じて、法人税法132条1項における不当性要件の判断枠組みに、本コラム4.2.で紹介した新たな問題領域が作り出されたと思われる。筆者もこの新たな問題領域について検討を行っていきたいと考えている。
(掲載日 2022年6月20日)