判例コラム

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第256号 準強制わいせつ事案の事実認定-供述の信用性と鑑定結果評価 

~最二小判令和4年2月18日-準強制わいせつ被告事件※1

文献番号 2022WLJCC008
東京都立大学 客員教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント
 東京都Z区特定医療法人財団a会b病院に非常勤の外科医として勤務するXが、執刀した右乳腺腫瘍摘出手術の患者A(当時31歳)が手術後の診察を受けるものと誤信して抗拒不能状態にあることを利用し、午後2時55分頃から午後3時12分頃までの間、病室ベッド上に横たわる同人に対し、その着衣をめくって左乳房を露出させた上、その左乳首を舐めるなどし、同人の抗拒不能に乗じてわいせつな行為をしたとして起訴された事案である。

Ⅱ 事実の概要

  1. 1   原判決の認定及び記録によれば、本件の事実関係は以下のとおりである。
     Aは、乳腺外科医Xの右乳腺腫瘍切除手術(以下「本件手術」という。)を受けるため、午後1時30分頃、手術室に入室し、午後1時35分、麻酔科の医師が手術台に横になったAに対し、全身麻酔を開始した。
     Xは、助手を担当する医師Bに対して手術の概要等を説明し、Bと手術の内容について口頭で打合せをし、本件手術は、午後2時から午後2時32分までの間実施され、麻酔は、午後2時42分、終了し、本件手術終了後、Aは手術室から病室に運ばれた。本件手術終了後、Aが繰り返し痛みを訴えたことから、午後2時55分頃、鎮痛剤の点滴投与が開始された。
     本件手術後、Xは、4人部屋である本件病室内の可動式のカーテンで間仕切りされたAの使用するベッドの脇に、2回赴いた。
     Aは、スマートフォンを作動させ、上司に対し、午後3時12分頃、「たすけあつ」、「て」、「いますぐきて」とのメッセージを送信し、さらに、午後3時21分頃から午後3時22分頃にかけて、「先生にいたずらされた」、「麻酔が切れた直後だったけどぜっいそう」、「オカン信じてくれないた」、「たすけて」などのメッセージ(以下「本件メッセージ」という。)を送信した。
     前記上司の通報により臨場した警察官は、午後5時37分頃、Aの左乳首付近を蒸留水で湿らせたガーゼ(以下「本件ガーゼ」という。)で拭き取った。警視庁科捜研の研究員Cは、本件ガーゼの半量(以下「本件資料」という。)を用いて、アミラーゼ鑑定(以下「本件アミラーゼ鑑定」という。)及びDNA型鑑定(以下「本件DNA型鑑定」という。)を行った。
     本件アミラーゼ鑑定の結果は、検査開始から1時間後にアミラーゼの反応が陽性を呈したというものであった。
     本件DNA型鑑定は、本件資料からDNA抽出作業を行い、50μlの抽出液を得、PCR増幅に適したDNA量を得るため、本件抽出液について、リアルタイムPCRによるDNA定量検査(以下「本件定量検査」という。)を行った(抽出液中のDNAの濃度は1.612ng/μlであると測定された)。本件DNA型鑑定で使用した試薬においてはPCR増幅に適したDNA量が1ngとされていることから、0.6μlの本件抽出液を用いてPCR増幅を行い、DNA型を判定した結果、検出されたDNA型は男性の1人分のDNA型であり、このDNA型はXのそれと一致するものであった。

  2. 2   第1審では、①Aの性的被害供述は、手術後のせん妄に伴う幻覚を体験していたのではないかという点と、②本件アミラーゼ鑑定及び本件DNA型鑑定の結果の信用性が争われた。
     第1審判決は、Aの証言は、具体的で迫真性に富んでおり、供述の一貫性もあって、本件メッセージにも符合するが、Aの体験が麻酔から覚醒する際のせん妄に伴う幻覚であれば、証言が具体的で迫真性に富んでいることや一貫していることが直ちに証言の信用性を支えるとはいえないとし、本件手術は術後せん妄の危険因子とされる乳房手術であったこと、本件手術に際し麻酔薬であるプロポフォールが通常より多量に投与されたこと、本件手術による侵襲に起因する疼痛を感じ、かつ、鎮痛剤の投与が通常より少量であったことなどから、Aは麻酔から覚醒する際にせん妄に陥りやすい状態にあったこと、さらに、麻酔から覚醒する経過におけるAの動静等を併せ考えると、Aは、犯行があったとされる時間帯には、せん妄に陥っていた可能性が十分にあり、これに伴って幻覚を体験していた可能性も相応に存在し得たとして、それでもなおAの証言の信用性が肯定できるというためには、Aの証言から独立した証明力の強い、その信用性を補強する証拠が必要であるとした。
     そして、第1審は、本件アミラーゼ鑑定及び本件DNA型鑑定の結果は、Aの証言の信用性を補強する証明力は有しないとしたのである。すなわち、本件アミラーゼ鑑定において陽性反応が示された原因は、唾液由来のアミラーゼであった可能性が最も有力であるといえるが、汗など唾液以外の体液に由来するアミラーゼであった可能性も否定できないとし、DNAの本件定量検査も、関連資料が残されておらず、厳密な正確性は客観的には検証し難いので、唾液の飛沫が本件定量検査の結果をもたらした可能性を排斥できないとし、本件アミラーゼ鑑定及び本件定量検査に信用性があるとしても、その証明力は十分なものとはいえず、Aの証言の信用性に疑問を差し挟むことができ、両検査結果もAの証言の信用性を補強できないとして、無罪を言い渡した。

  3. 3   検察官の控訴を受けて、東京高裁は、せん妄の影響一般に関し、検察官と弁護人の推薦した各1名の証人を取り調べる一方、Aがせん妄の状態にあった可能性の有無並びに本件アミラーゼ鑑定・本件定量検査の信用性に関する、両当事者からの取調べ請求は却下し、結論として、公訴事実のとおりの準強制わいせつ罪の成立を認めた。
     東京高裁は、(1)Aの証言は、具体的かつ詳細であり、特にわいせつ被害を受けた際の心情を述べる部分は迫真性がある上、スマートフォンの本件メッセージ内容とも符合し、犯行の直接証拠として強い証明力を有するとした。せん妄状態との関係については、Aは、本件手術後には、前後不覚の状態に近いせん妄の状態にあったといえるが、時間の経過とともにせん妄と評価できない状態へと時間を追って回復していき、午後3時12分頃にはスマートフォンを作動させてメッセージを打っており、このような高度に合目的的な行動や首尾一貫した行動は、せん妄の状態のような幻覚が出てくるような意識のレベルではなかった旨の、検察推薦の医師の証言の信用性が高いとし、せん妄の影響は、性被害証言の信用性を減じるものではなく、第1審判決のいう「信用性を補強する証拠」は必要ないとした。
     (2)さらに、本件アミラーゼ鑑定により、ガーゼで拭き取った際の本件付着物に唾液様物質が混在していたことが証明されたといえ、Aの左乳首付近には唾液が付いていた可能性が高く、XがAの左乳首をなめたとまで推認できるものではないとしても、本件付着物からは多量のXのDNAが検出されたことは明らかであるとした。
     そして、第1審判決は、検査の資料が残っておらず検査結果を検証できないという点を問題にしているが、検証可能性が欠けているからといってその信用性が直ちに損なわれることにはならないと判示した。
     さらに、証人の実験データを基に、本件付着物中のXのDNAが触診により付着した汗等の体液に由来する可能性は極めて低いとし、また、会話による唾液の飛沫の付着が本件定量検査の結果をもたらした可能性を排斥できないとした第1審判決の説示は、論理則、経験則等に照らして不合理であるとした。そして、「Aの証言にこれらの証拠を総合すれば、被告人が本件公訴事実のとおりのわいせつ行為をしたことが認められる」と結論付けたのである。

Ⅲ 判旨

 最高裁は、原判決には審理不尽の違法があるとして破棄し、東京高裁に差し戻した。
  1. 1   原判決が、わいせつ被害を述べるAの供述が、せん妄に伴う幻覚による可能性があり得るものとした第1審判決を「是認できない」とした点について、その根拠となった検察推薦の医師の見解は、「医学的に一般的なものではないことが相当程度うかがわれる」とし、「専らそのような見解に基づいて、Aがせん妄に伴う幻覚を体験した可能性を直ちに否定した原判決の判断は、様々な専門家の証言に基づき、本件手術の内容、麻酔薬の種類及び使用量、Aからの疼痛の訴え及び鎮痛剤の投与の状況、Aの動静等を総合的に評価し、そのような可能性があり得るものとした第1審判決の判断の不合理性を適切に指摘しているものとはいえない」とした。

  2. 2   ただ、Aの左乳首付近にXのDNAが多量に付着していた事実が認められれば、Aの証言の信用性が肯定され、原判決の上記判断の誤りが判決に影響しないとみる余地があるとして、本件定量検査の結果の信頼性を検討する。
     DNA定量検査は、DNA型鑑定がDNAを増幅した上で電気泳動させて型判定を行う前提作業で、DNAを抽出した液中のDNAの濃度を測定するものであるが、「DNA定量検査の結果が、どの程度の厳密さを有する数値といえるのか、換言すれば、どの程度の範囲で誤差があり得るものであるのかは、必ずしも明らかではない」とし、「科捜研は、DNA定量検査において、試薬のロット番号(製造番号)が新しくなった際、あらかじめそのロット番号の標準資料を用いて検量線を作成しておき、当該ロット番号の試薬を使用している限りはその検量線を使用し続けるという運用を行っているとされるところ、この点に関し、DNA定量検査を実施する際には、標準資料と濃度を測定しようとする試料とを同時に増幅して増幅曲線及び検量線を作成し、濃度を測定すべきであるとする指摘が存在している。・・・このような[科捜研の-筆者補]検査方法が検査結果の信頼性にどの程度影響するのかという点についても、必ずしも判然としない。
     以上の疑問点については、第1審の段階から相反する当事者の主張及び証拠が存在するなどしている部分があり、また、原審において、検察官及び弁護人から事実の取調べの請求があり、その中には本件定量検査に関するものも含まれていたにもかかわらず、原審はこれらを全て却下し、この点に関する職権による事実の取調べも行わなかったため、結局、上記疑問点が解消し尽くされておらず、本件定量検査の結果の信頼性にはなお不明確な部分が残っているといわざるを得ない。
     そうすると、Aの証言の信用性判断において重要となる本件定量検査の結果の信頼性については、これを肯定する方向に働く事情も存在するものの、なお未だ明確でない部分があり、それにもかかわらず、この点について審理を尽くすことなく、Aの証言に本件アミラーゼ鑑定及び本件定量検査の結果等の証拠を総合すれば被告人が公訴事実のとおりのわいせつ行為をしたと認められるとした原判決には、審理不尽の違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する」と判示した。

Ⅳ コメント

  1. 1   本件は、麻酔を用いた乳腺腫瘍摘出手術後の診察を受けるものと思って病室ベッド上に横たわる31歳の女性に対し、着衣をめくって左乳首を舐めるなどしたという事案で、被害者が「先生にいたずらされた」とのメッセージを、被害を受けた直後にスマートフォンに送信した事案で、被害者の左乳首付近を拭き取ったガーゼから唾液などに含まれるアミラーゼの陽性反応が見られ、さらに、そのDNA型鑑定の結果がXの型と一致したというもので、Xに強制わいせつ罪が容易に認定されるように思われる。

  2. 2   しかし、第1審判決は、無罪を言い渡した。「本件については、Aに麻酔覚醒時のせん妄が発生した上、被告人のDNAが会話による唾液の飛沫(若しくは触診又はその双方)によってAの左胸に付着するという、被告人の立場からみればいわば「二重の不運」が被告人を襲ったことになるが、そのようなことはあり得るのかについて念のため確認する。」とした。たしかに、通常は考えにくいことが、重なることは、「あり得ないこと」ではない。
     「麻酔覚醒時のせん妄により患者が幻覚を体験することは、件数ベースで考えれば、必ずしも発生件数の少ない出来事とはいえないものと認められる。」「被告人とAとは、執刀医と患者という関係であって、・・・被告人のDNAがAに付着する機会はそれなりにあったといえる。なお、被告人のDNAがAの左乳首に付着していることが、どの程度、奇異なことであるといえるかは、Aの身体の他の部分の付着物を調べればより解明できた可能性があったが、・・・Aの左胸部以外の付着物を調べたり、これを採取したりしなかったことから、これを解明する道は閉ざされている。」として、「これらの2つの事象が同時に発生することもあり得ないこととはいえず、本件公訴事実記載の事件があったとするのに合理的な疑いを差し挟さまなくてよいほど、その同時発生の可能性が低いとみることはできない。」としたのである。

  3. 3   ただ、東京高裁は、Aの証言は、具体的かつ詳細で、迫真性もある上、スマートフォンの本件メッセージ内容とも符合し、直接証拠として強い証明力を有するとし、麻酔の影響も、スマートフォンでメッセージを送れた段階では、せん妄の状態のような幻覚が出てくるような意識のレベルではなかったと思われ、証言の信用性は減じないとした。
     そして、「信用性を補強する証拠」は不要であるが、Aの左乳首付近には唾液が付いていた可能性が高く、本件付着物からは多量のXのDNAが検出されたことは明らかで、検査の資料が残っておらず検査結果を検証できないとしても信用性評価は変わらないとした。
     さらに、実験データを基に、Xとの会話による唾液の飛沫の付着の可能性があるとする第1審判決の説示は、論理則、経験則等に照らして不合理であるとした。

  4. 4   こうしてみると、原判決の事実認定に説得性・合理性が認められるように見えるが、最高裁は、これを破棄した。その論拠の中心は、被害者の供述の信用性の評価にある。原判決が依拠した検察推薦の医師の見解は、最高裁によれば、複数の専門家が、「医学的に一般的なものではない」ことが相当程度うかがわれるとし、「専らそのような見解に基づいて、Aがせん妄に伴う幻覚を体験した可能性を直ちに否定した原判決の判断は、様々な専門家の証言に基づき、本件手術の内容、麻酔薬の種類及び使用量、Aからの疼痛の訴え及び鎮痛剤の投与の状況、Aの動静等を総合的に評価し、そのような可能性があり得るものとした第1審判決の判断の不合理性を適切に指摘しているものとはいえない」としたのである。
     ただ、原審も、弁護側の推薦医師も併せて取り調べており、その上で、Aの証言が詳細で具体性・迫真性があり、客観的に残されたスマートフォンの本件メッセージ内容と併せて、信用性があると判断したのである。たしかに医学的な学説のいずれに依拠して事実を認定すべきかは、非常に困難な課題である(池田修・前田雅英『刑事訴訟法講義〔第6版〕』(東京大学出版会、2018年)479頁参照)。麻酔薬の種類・使用量、鎮痛剤の投与の状況を加味すれば、第1審の判断が論理則、経験則等に照らして合理的だということになり得る可能性もないわけではなく、差し戻して審理を尽くさせることも、強ち、不合理ではない。

  5. 5   他方、本件定量検査につき、なお未だ明確でない部分があり、この点について審理を尽くす必要があるとした点は、それだけで差し戻したのだとすれば疑問の余地がある。たしかに、検査の手法・実施手続に慎重さを欠いた可能性があり、検査の資料が残っておらず検査結果を検証できない点も問題があろう。そして、DNA定量検査を実施する際には、標準資料と濃度を測定しようとする試料とを同時に増幅して増幅曲線及び検量線を作成し、濃度を測定する方がより厳密であることは、判示の通りであろう。しかし、あくまで本件定量検査は、本体の「DNA型鑑定」を行う前提作業として、DNAをどれだけ増幅させる必要があるかを知るためのものである。年に30万件近い刑事のDNA型鑑定が行われている現在(グラフ参照)、科捜研が、そのような事前作業を合理化しても、型式鑑定に不当な結果は生じないとして運用されていると思われる。そこに問題があるのであれば、警察組織等が改善すべきなのは当然であるが、その点は、本件の証拠評価の判断においては、分けて考えることもできる。


  6. 出典:池田修・前田雅英『刑事訴訟法講義〔第6版〕』(東京大学出版会、2018年)482頁に最新のデータを加えたもの

  7. 6   本判決も、「本件定量検査を前提として実施された本件DNA型鑑定においてDNA型判定の結果が適切に得られており、このことは、翻って本件定量検査の結果に大きな誤りがなかったことをうかがわせる一事情であると示唆するかのような証言が存在している」と判示しているのである。また、「本件DNA型鑑定において得られたエレクトロフェログラムのピーク高は、適切な量のDNAを増幅した場合のエレクトロフェログラムのピーク高と評価して矛盾のないものである一方、過少な量のDNAを増幅した場合には、エレクトロフェログラムのピーク高が相当程度低くなることがうかがわれ、このことも、本件定量検査の結果の正確さを一定程度裏付けると解し得る」としている。
     それにもかかわらず、このような定量検査方法が検査結果の信頼性にどの程度影響するのかという点等が必ずしも判然としないので、原審判断にはなお未だ明確でない部分があり、審理不尽の違法があるとして破棄するとしたのであるが、DNA型鑑定に際し実施されるDNA定量検査は、型判定を実施するための準備段階の検査と位置付けられるものであって、本件DNA型鑑定において、DNA型判定の結果が適切に得られている本件においては、この点を捉えて、破棄差戻をする必要はなかったようにも思われる。

  8. 7   たしかに、原審は、検察官及び弁護人から事実の取調べの請求があり、その中には本件定量検査に関するものも含まれていたにもかかわらず、東京高裁はこれらを全て却下し、この点に関する職権による事実の取調べも行わなかったため、本件定量検査の結果の信頼性に不明確な部分が残ったことは最高裁の指摘のとおりであろうが、証拠評価に関し「非重要な問題」として取調べの請求を却下したことが、不当なものとまでいえるかは微妙であり、上告審がここまで下級審の判断に立ち入る必要があったかについては、いろいろな意見があり得る。
     ただあくまでも、東京高裁に「もう少し詳しく調べ直せ」ということなのであるから、差戻審において、妄想と供述の信用性の点と、DNA型鑑定の事前処理としての定量検査の在り方について、深まることを期待したい。科学的証拠の証明力については、学会も含め、積極的に取り組んでいくことは、必要なことである。

(掲載日 2022年3月15日)

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