判例コラム

便利なオンライン契約
人気オプションを集めたオンライン・ショップ専用商品満載 ECサイトはこちら

 

第252号 医薬用途発明の進歩性につき発明の構成から当業者が予測し得ない顕著な効果の有無の吟味を要求して原判決を破棄した最高裁判決について 

~局所的眼科用処方物事件最高裁判決(令和元年8月27日判決言渡)の検討(その2)~

文献番号 2022WLJCC004
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之

5) 本件と拘束力との関係について

 ① 問題の所在
 既述したように※1、進歩性要件における顕著な効果の取扱いに関する本判決の判断は、多分に本件の事案に即した個別具体的な判断という色彩が強く、その意味で本判決は通有性を広く持たない事例判決であるといえるのだが、さらに本判決を事例判決たらしめる事情として、原判決そして本判決が前訴判決の判断の枠組みのなかで判断を下さざるを得なかったという本件特有の経緯がある。ここにおいて、前訴判決の拘束力がどこまで及ぶのかという問題が関係してくる。
 以下、前稿と繰り返しになるところもあるが、本件と拘束力の関係を理解するのに必要な限度で、本件の事案を俯瞰するところから着手しよう。
 本件の無効審判事件において、特許庁は無効審判不成立審決(以下「前審決」)を下したところ、知財高判平成26.7.30平成25(行ケ)10058(WestlawJapan文献番号2014WLJPCA07309002)(以下「前訴判決」)はこれを取り消した。引用例1(以下の判文中の「甲1」)及び引用例2(判文中の「甲4」)に接した当業者は、最終的に、引用発明1に係る化合物についてヒト結膜肥満細胞安定化作用を有することを確認するに至るまでの動機付けがあるから、ヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる、というのである。
 該当個所の説示は以下のとおりである。

 「甲1及び甲4に接した当業者は、甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあり、その適用を試みる際に、KW-4679が、ヒト結膜の肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどに対する拮抗作用を有することを確認するとともに、ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有することを確認する動機付けがあるというべきであるから、KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し、「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる。
 したがって、本件訂正発明1及び2における「ヒト結膜肥満細胞安定化」という発明特定事項は、甲1及び甲4に記載のものからは動機付けられたものとはいえないとして、甲1を主引例とする進歩性欠如の原告主張の無効理由2は理由がないとした本件審決の判断は、誤りである。」

 前訴判決確定後、事件は再び特許庁に移行したが、再開された審判においては、特許庁は再び無効審判不成立審決(以下「本件審決」)を下した。本件発明1と引用発明1との各相違点は、引用例1及び引用例2に接した当業者が容易に想到することができたもの又は単なる設計事項であるが、本件化合物の効果は、引用例1、引用例2及び優先日当時の技術常識から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であって、本件各発明は当業者が容易に発明できたものとはいえない、というのである。

 これに対して、知財高判平成29.11.21平成29(行ケ)10003(WestlawJapan文献番号2017WLJPCA11219001)(以下「原判決」)は、本件各発明の効果は、当業者において引用発明1及び引用例2記載の発明から容易に想到する本件各発明の構成を前提として予測し難い顕著なものであるということはできないから、本件各発明の効果に係る本件審決の判断には誤りがあるとして、本件審決を取り消した。その際、原判決は、拘束力について以下のように付言した。

 「特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理、審決をするが、再度の審理、審決には、行政事件訴訟法33条1項の規定により、取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない。また、特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとの理由により、容易に発明することができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には、再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果、審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないと認定判断することは許されない(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
 前訴判決は、「取消事由3(甲1を主引例とする進歩性の判断の誤り)」と題する項目において、引用例1及び引用例2に接した当業者は、KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し、ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるとして、引用例1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がないとした第2次審決を取消したものである。特に、第2次審決及び前訴判決が審理の対象とした第2次訂正後の発明1は、本件審決が審理の対象とした本件発明1と同一であり、引用例も同一であるにもかかわらず、本件審決は、本件発明1は引用例1及び引用例2に基づき当業者が容易に発明できたものとはいえないとして、本件各発明の進歩性を認めたものである。
発明の容易想到性については、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか、当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり、当事者は、第2次審判及びその審決取消訴訟において、特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も、これを否定する事実の主張立証も、行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後、再び開始された本件審判手続に至って、当事者に、前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から、前訴と同一で訂正されていない本件発明1を、当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは、特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず、訴訟経済に反するもので、行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし、問題があったといわざるを得ない。」(下線強調は筆者による)

 特許権者からの上告に答えて、本判決は、原判決を破棄したが、その際、原判決が付言していた前訴判決の拘束力については一切言及することなく、進歩性の要件に関する実体判断をなし、以下のように述べている。

 「原審は、結局のところ、本件各発明の効果、取り分けその程度が、予測できない顕著なものであるかについて、優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく、本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として、本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに、本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく、このような原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」

 しかし、確定した前訴判決の前記判文中の「KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し、「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる」との部分は、原判決が付言において指摘していたように、本件発明は引用例1と引用例2に基づいて容易に想到しうるものである、と判断したようにも読める。そうすると、本件発明の進歩性を否定する判断を示したかにも読める確定前訴判決の拘束力を、進歩性の成否について再度、判断するように述べて原判決を破棄した本判決がどのように捉えているのかということが問題となる。

 ② 拘束力の範囲に関する諸説
 特許無効審判請求事件に係る審決取消訴訟における確定取消判決の拘束力の範囲については見解が分かれている※2
 第一に、審決取消訴訟において裁判所が審理判断を可能とされている範囲の最大限度で、定型的な「遮断効」として最も広く拘束力が生じると考えるのであれば、前訴判決の拘束力は、引例たる公知技術毎※3に定型的に遮断効が発生すると解することになる※4。この見解の下では、本件における前訴判決の拘束力は、引用例1を主引例、引用例2を副引例※5とする組み合わせというルートを辿る限り、およそ進歩性が否定されるという範囲で及ぶことになる。そうすると、引用例1と引用例2の組み合わせによる進歩性欠如の有無という争点を判断している原判決は、すでに拘束力で決着済みの争点について重ねて判断をなしていると評価されることになる。
 第二に、他方、拘束力の範囲は、審理可能な範囲で引例毎に定型的に発生するのではなく、審理可能な範囲は拘束力の最大限度を画するものではあるが※6、個別の案件における拘束力は、その最大限度の枠のなかで実際に確定判決が下した判断※7に応じて、いわば「判断効」※8的にその限度で及ぶと考えるという見解も存在する※9。この見解に与する場合には、前訴判決の判断したものがそれが何に対するものであったのかということを事案との関係で把握する点に評価を伴うために、その拘束力の広狭について意見は分かれうるが※10、本件についていえば、前訴判決は、引用例1記載の化合物についてヒト結膜肥満細胞安定化作用を有することを確認するに至るまでの動機付けがあることを理由として、その動機付けがないとした前審決の判断を誤りであると判断したに止まり、それを超えて、広く引用例1と引用例2の組み合わせにより本件発明の構成が容易想到であるとまで積極的に判断したわけではないから、拘束力の範囲も当該動機付けがあるとの判断に生じるに止まることになろう※11。この見解の下では、積極的な動機付けではなく顕著な効果に関して判断する原判決と本判決は、前訴判決の拘束力に抵触することはないということになる。
 第三に、以上とは次元を異にする観点からの仕分け方として、進歩性に関する判断の要件構造を、後述する独立要件説的な考え方の下、構成の容易想到性と顕著な効果の二つに分断したうえ、構成の容易想到性に関する判断の拘束力は顕著な効果に関する判断には及ばないという理解もあり得よう※12。この理解に与する場合には、前訴判決の拘束力は構成の容易想到性に及ぶに止まるから、原判決と本判決が顕著な効果について判断することが前訴判決の拘束力に反することはないと理解されることになる。

 ③ 原判決の立場
 前述したように、原判決は、拘束力について以下のように付言している。

 「発明の容易想到性については、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか、当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり、当事者は、第2次審判及びその審決取消訴訟において、特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も、これを否定する事実の主張立証も、行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後、再び開始された本件審判手続に至って、当事者に、前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から、前訴と同一で訂正されていない本件発明1を、当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは、特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず、訴訟経済に反するもので、行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし、問題があったといわざるを得ない。」(下線強調は筆者による)

 この説示からは、本来は、前述した拘束力の範囲を相対的に広めの定型的な遮断効と解する第一の遮断効的な見解に立脚して、拘束力をもって本件を解決したかったという意向を看取することができなくもない。
 しかし、実際には、原判決は拘束力による決着を図ることなく、進歩性に関する実体判断に立ち入っている※13。また、説示のうえでも「行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし」というのみで、拘束力の範囲が引用例1と引用例2の組み合わせの範囲に及ぶとまで明言したわけではない※14。拘束力が紛争の制度的な解決の実効性を担保するための判決効の問題として義務的な職権調査事項であると解すべきであることに鑑みれば※15、原判決は拘束力の範囲について、前述した第一の遮断効的な見解は採用していないと解するのが、論理的な理解といえよう※16

 ④ 本判決の立場
 これに対して本判決は、拘束力について一切言及するところがない。調査官解説は、拘束力について原判決が判決理由として判断したわけではなく、上告受理申立て理由にもなっていないことを理由に、拘束力の範囲について何らかの判断を示したものではないと述べている※17。たしかに明言したわけではない以上、本判決をもって拘束力の範囲に関して最高裁の判例法理が示されたと理解するわけにはいかないだろうが、しかし、やはり職権調査事項であり、しかも法律審である最高裁といえども即座に調査可能な事項であって顕著な事実に属するものである以上、本判決は前訴判決の拘束力が本件に及んでいないと解しており、やはり、前述した第一の遮断効的な見解に与していないと考えるのが論理的な理解であるように思われる※18

 ⑤ 差戻後判決における取扱い
 なお、本判決を受けた差戻後の知財高判令和2.6.17判時2461号30頁(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA06179001)[局所的眼科用処方物]は、本判決の判断枠組みに従って顕著な効果があると判断し、結論として進歩性を肯定した審決を維持しているが、その際に、前訴判決の拘束力について以下のように説いている。

 「前訴判決は、前記(3)の技術常識に基づいて、甲1及び4に接した当業者は、甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679(本件化合物のシス異性体の塩酸塩)を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあり、その適用を試みる際に、KW-4679が、ヒト結膜肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどに対する拮抗作用を有することを確認するとともに、ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有することを確認する動機付けがあるというべきであるから、KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し、「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められると判断した。そして、その上で、前訴判決は、「本件各発明における『ヒト結膜肥満細胞安定化』という発明特定事項は、甲1及び4に記載のものからは動機付けられたものとはいえないから、甲1を主引例とする進歩性欠如の原告主張の無効理由は理由がない」とした第2次審決の判断は誤りであると判断している。
 上記のとおり、前訴判決は、本件各発明について、その発明の構成に至る動機付けがあると判断しているところ、発明の構成に至る動機付けがある場合であっても、優先日当時、当該発明の効果が、当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである場合には、当該発明は、当業者が容易に発明をすることができたとは認められないから、前訴判決は、このような予測できない顕著な効果があるかどうかまで判断したものではなく、この点には、前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)は及ばないものと解される。」(下線強調は筆者による)

 この説示は、前訴判決の判断構造の子細に立ち入り、同判決が何を判断したのかということを明らかにしたうえで、拘束力の範囲を決している点で、第二の判断効的な見解に立脚していると理解するのが素直な読み方といえよう。もっとも、明言されているわけでもないので、第三の独自要件説的な見解を採用していると読むことも可能である※19
 いずれにせよ、職権調査事項であると解される以上、疑義があるのであれば、この差戻後判決のように拘束力の範囲についての判断を明示的に先行する取扱いをなすことが望まれよう※20

 [付記]
 本研究はJSPS科研費JP18H05216の助成を受けたものである。


(掲載日 2022年2月4日)

  • 本稿は、医薬品用途発明の進歩性につき、発明に係る構成から当業者が予測し得ない顕著な効果の有無を吟味することを要求して、原判決を破棄した、最判令和元.8.27平成30(行ヒ)69(WestlawJapan文献番号2019WLJPCA08279001)[局所的眼科用処方物]の評釈であるWLJ判例コラム189号1~11頁(2020年)(https://www.westlawjapan.com/column-law/2020/200108/)の続編である。前稿では、本判決中、進歩性要件に関する判旨を検討したが、本稿では本判決と前訴取消判決の拘束力との関係について検討する。
  • 裁判例の変遷につき、最判平成4.4.28民集46巻4号245頁(WestlawJapan文献番号1992WLJPCA04280001)[高速旋回式バレル研磨法]、最判平成4.7.17判時1432号133頁(WestlawJapan文献番号1992WLJPCA07170003)[ガラス板面取り加工方法及びその装置]を含め、参照、田村善之/増井和夫=田村善之『特許判例ガイド』(第4版・2012年・有斐閣)294~299頁、同書脱稿後の裁判例につき、興津征雄[判批]知的財産法政策学研究53号233~248頁(2019年)。
     学説については、本文で以下に示す俯瞰のほか、より詳細は、本稿とは異なり、本稿でいうところの判断効的な見解の下位分類として、取消判決の形式的な文言ではなく何を判断したのかという実質を重んじるか否かという区分を設ける阿部光利「特許審決取消訴訟の取消判決による拘束力の発生及び減縮訂正後の拘束力の作用」神戸法学71巻1号112~126頁(2021年)(同論文では、取消判決中の傍論部分の拘束力の成否、取消判決後に減縮訂正された場合の拘束力の成否と範囲など、本判決との関連性が薄いので本稿では取り上げていない論点に関する示唆的な分析が示されている)。
     特に本稿に関わる論点に関して実益のある議論として、拘束力が主要事実に関するに判断に限って及ぶのか、最大判昭和51.3.10民集30巻2号79頁(WestlawJapan文献番号1976WLJPCA03100005)[メリヤス編機]によって画される審決取消訴訟の審理判断をすることが可能な範囲に限定されるのかという論点がある。
     前者に関しては、とりわけ拘束力の範囲が問題となることが多い進歩性の要件は、単に規範的要件であるから、進歩性の要件を基礎づける具体的な事実を(準)主要事実とすべきであるということ(参照、塩月秀平「第二次審決取消訴訟からみた第一次審決取消判決の拘束力」『知的財産権-その形成と保護』(秋吉稔弘喜寿・2002年・新日本法規)116~117頁)に加えて、考慮されるべき複数の事情の有無が相互に心証に影響しあっており、主要事実とそれを推認するに資する間接事実という分類で截然と整理することに困難が伴う。そもそも、これから手続きを進めるに当たって、当事者が主要事実を主張していれば、それを推認する役割を果たす間接事実に関しては当事者の主張を待つことなく裁判所が事実認定をしても不意打ちとはならないであろうということを前提に、事前の行為規範として、当事者の主張立証活動と裁判所の手続きの進め方の目標を立てるために主要事実と間接事実を区分するという作業と、すでになされた判決の実効性を確保しつつ、当事者にとって不意打ちとならないようにするために、事後の評価規範として、いかなる範囲で判決の効力を認めるのかということを見極めていく作業は、(行為規範として当事者の不意打ちにならないように配慮することが予定されていた範囲については、評価規範として判決の効力を及ぼしやすいという関係は認められるものの)観点を異にするところがある(鵜澤剛「取消判決の拘束力の及ぶ範囲」立教大学大学院法学研究30号49頁(2003年)。飯島歩[判批]知財管理68巻9号1280~1281頁(2018年)も参照。行為規範と評価規範の区別は、新堂幸司「訴訟当事者の確定基準の再構成」『商事法の諸問題』(石井照久追悼・1974年・有斐閣)(同『民事訴訟法学の基礎』(1998年・有斐閣)所収164~165頁)の提唱にかかる)。そうだとすれば、取消判決の結論を導くのに必要な判断であれば、それが主要事実に関するものか、間接事実に関するものかということに拘泥することなく、拘束力を認めるべきであろう(高林龍[判批]発明100巻1号91頁(2003年)、高林龍「拘束力の範囲」金融・商事判例1236号116頁(2006年))。
     後者に関しては、一般に、拘束力の範囲は、審決取消訴訟において裁判所が審理判断が可能な範囲を超えることはないと解されている(古沢博[判批]ジュリスト1024号262頁(1992年)、窪田英一郎「拘束力」『ビジネスローの新しい流れ』(片山英二古稀・2020年・青林書院)147頁)。たしかに、行為規範としては、裁判所が審理判断することが可能な範囲に判決の拘束力を認めることが制度的に予定されており、取消訴訟において予めそれを前提に手続きを進めるべきであるということはいえるだろう。もっとも、実際に審理判断が可能な範囲を超えた判決が下された場合に、評価規範として、その拘束力をいかなる範囲で画するのかという問題を考察する際には別の考慮も働きうる。当事者が実際に争い、それに対して裁判所が判断を下しており、しかも結論にとって必要とされているために上訴の利益も失われない争点に関しては、拘束力を認めたとしても、当事者の手続保障に悖るところはないということもできるからである(参照、飯島/前掲1285頁)。しかし、特許の審決取消訴訟において裁判所が審理判断をなしうる範囲を限定するという要請は、特許法178条6項の審判前置主義の趣旨から導かれるものであるところ、審判前置主義は、単に当事者の利益を守るということに止まらず、第三者に対しても広く影響を与えうる対世的な無効判断を技術的に正確かつ安定的なのものとするとともに(田村善之「特許無効審判と審決取消訴訟の関係について―特許要件の再審査に関する特許庁と裁判所の役割分担(2)―」同『機能的知的財産法の理論』(1996年・信山社)144~145頁)、量的なコントロールに関する特許庁の知見を反映し、可能な限りイノヴェイションの促進という特許制度の目標を達成するために(田村善之「プロ・イノヴェイションのための特許制度のmuddling through(5・完)」知的財産法政策学研究50号213~223頁(2018年))採用されていると解される。そうだとすれば、当事者の手続保障に悖るところがないという一事をもって、特許庁の審決の判断を経ていない事由に関する裁判所の判決の判断に事後の審判手続きに対する拘束力を認めるわけにはいかないと解される(阿部/前掲注168頁も参照)。
  • ここでいう「引例たる公知技術」という言葉の意味に関しては、若干、詳述しておく必要があろう。一般には「引例」という言葉は多義的に用いられており、ときとして「副引例」などの用語とともに、周知技術や技術常識等を示すものも含むものとして語られることもあるが、こと拘束力の範囲を画するに際しては、以下のように考えるべきである。
     審決取消訴訟における審理範囲に関し、最大判昭和51.3.10 民集30巻2号79頁[メリヤス編機](参照、田村善之/増井=田村・前掲注2・288~289頁)は、新規性に関して審判で審理判断されなかった公知事実を理由とする無効原因を審決取消訴訟において主張して審決取消の理由とすることはできない旨を判示した(そこで示された法理の検討として、田村/前掲注2知的財産法政策学研究208~228頁、同/前掲注2機能的知的財産法の理論138~182頁)。引例毎に審理範囲を画するその法理は進歩性にも妥当すると解されている。この理を前提としたうえで、審判で現れていなかった資料であっても、当業者の技術常識を認定し、考案の持つ意義を明らかにするための資料を審決取消訴訟において提出することは許されると判示する判決として、最判昭和55.1.24民集34巻1号80頁(WestlawJapan文献番号1980WLJPCA01240007)[食品包装容器](参照、田村善之/増井=田村・前掲注2・293頁)がある(そこで示された法理の意義につき、高橋正憲「審決取消訴訟における新証拠提出範囲の検討:裁判例の類型的整理」知的財産法政策学研究44号217~247頁(2014年)、張鵬[判批]知的財産法政策学研究38号151~161頁(2012年))。
     審決取消訴訟の拘束力を最も広くとる見解を採用する場合でも、前述したように(注2)、裁判所が審理判断することが許されていない範囲にまで拘束力が発生することを要請する解釈を採用するわけにはいかないから、審決取消訴訟の審理可能範囲に関する前掲最大判[メリヤス編機]と前掲最判[食品包装容器]の判例法理を前提とする限り(そしてそれが現行法の解釈論として穏当なものと考えられることにつき、田村/前掲注2知的財産法政策学研究208~228頁、高橋/前掲236~247頁)、これらの判例法理により審理可能であるとされた範囲が拘束力の最大限の範囲を画することになる。
     こうした発想に立脚する場合、前掲最判[食品包装容器]の射程が問題となる。その後の下級審の裁判例における展開をも考慮すると、第一に、審判手続きにおいて公知技術Aに基づく新規性喪失の有無が現実に争われ、審理判断された場合、審決取消訴訟において、公知技術Bに基づく新規性喪失を主張することはできない。第二に、審判手続きにおいて公知技術Aに基づく新規性喪失の有無が現実に争われ、審理判断された場合、審決取消訴訟において、公知技術Aの当業者にとっての意味を確定するために技術常識αを参酌したり、公知技術Aと特許発明との相違点を架橋する周知技術βを主張したりすることは可能である。第三に、もっとも、明示又は黙示にも審決の判断を受けていない技術的事項が、当業者の技術常識として主張されることにより、新しい引用例に相当する技術的事項となるような場合には、審決取消訴訟段階で新たにその提示を許されるわけではない、という命題が導かれよう(田村善之=時井真=酒迎明洋『プラクティス知的財産法Ⅰ特許法』(2020年・信山社)207~208頁。「技術常識」「周知技術」という多義的に用いられる言葉を避け、「技術水準型(当業者の技術水準を知るための証拠の提出)」と「補強型(既に審判で判断された技術事項の意義を明らかにするための証拠の提出)」は許容されるが、「特許性本質型(特許性の本質的事項についての証拠の提出)」は許されないとする枠組みを用いる、高橋/前掲221~239頁の分析を参照。下級審の裁判例については、高橋/前掲221~239頁、張鵬/前掲147~177頁、鈴木敬史[判批]六甲台論集法学政治学篇68巻1号93~94頁(2021年)を参照)。叙述の便宜上、進歩性の審理において提出される公知技術に関わる資料を「技術常識」、「周知技術」、「公知技術」という呼称を用いて分類するとした場合(これらの用語は論者により様々に用いられるが、ここでは「技術常識」、「周知技術」、「公知技術」は、清水節[判批]日本工業所有権法学会年報44号49頁(2021年)の定義するものと概ね同義のものとして使用している。より厳密には、「技術常識」「周知技術」の外延は、高橋/前掲がいうところの「技術水準型」「補強型」の外延で画され、そこから「特許性本質型」を除いた範囲となる)、審決で審理判断された引例たる「公知技術」を共通する限り、「技術常識」、「周知技術」辺りまでは(それによって新しい引例を提出するのと同義とならない限り)それらが審決で審理判断されていなくとも審理可能な範囲となると述べても大過ないだろう。
     そうすると、審理可能な最大限の範囲をもって拘束力の範囲を画する見解の下では、引例たる「公知技術」を共通する限り、前訴で審理判断されていない「技術常識」「周知技術」が提出されたとしても、(それによって新しい引例が主張されていると解される場合を除き)なお拘束力が及ぶ範囲内にあると解されることになろうが、他方、前訴で審理判断されていない「公知技術」が提出された場合には、拘束力が及ばないことになる。
     結論として、拘束力の範囲の最大限は、原則として、引例たる「公知技術」によって画される範囲となる(なお、引例たる「公知技術」が複数のものの組み合わせとなりうることはいうまでもない)。
  • 高林龍[判解]『最高裁判所判例解説民事篇平成4年度』(1995年・法曹会)155~156頁はそのように読める(もっとも、その後に公刊された、高林/前掲注2発明89~90頁、高林/前掲注2金融・商事判例119頁、高林龍[判批]『ビジネスローの新しい流れ』(片山英二古稀・2020年・青林書院)332~333頁は、本文で次に述べる判断効説的な見解に与している)。また、裁判所が審理可能な範囲よりも狭い判断をなすことを許さず、そのような判断をなしてしまった判決の拘束力を否定することにより、結論として、審理可能な範囲と拘束力の範囲を合致させる見解については、後掲注7を参照。
  • 本件における副引例である引用例2は、前注にいうところの「公知技術」ではなく「技術常識」や「周知技術」に当たると解される可能性がないわけではないが、いずれにせよ本件では、前訴判決も、本件審決や原判決も、いずれも引用例1と引用例2で画される範囲のなかで審理判断しており、ただそれらの組み合わせの動機付けに止めるのか、それともその顕著な効果にまで立ち入るのかにおいて相違しているに止まるから、引用例2が「技術常識」や「周知技術」に当たるかということを議論する実益はない。
  • 前掲注3参照。
  • 学説のなかには、審決の前提問題に対する判断をなしたところで最終的に無効理由があるかないかということは確定しないのであるから(e.g. 特許発明と引例との一致点と相違点に対する審決の認定が誤っていたとしても、結果的に無効理由の存否に関する結論は誤っていなかったという場合がありうる)、前提問題に対して判断しただけでは、審決の違法性の有無の判断をしたことにならないことを理由として、この種の一部判決をなすことは法律上許されないという解釈を提唱し、結論として、許されるべきではない判決に拘束力の発生を認めることはできない旨を説く見解がある(大渕哲也「特許審決取消訴訟における訴訟物、審理範囲及び取消判決の拘束力」法学協会雑誌136巻12号2557~2558・2570~2571・2584~2591頁(2019年))。しかし、判断を一部留保したからといって、それは裁判所が当該留保部分についていったん判断を控えたに過ぎず、最終的に判断を下さないとしたわけではない(取消判決により事件が特許庁に差し戻された後に再開される審決において当該部分について判断がなされ、それに対して再び取消訴訟が提起された場合には判断がなされうる)。とりわけ原審決が前提問題等について判断を誤っていたために、審判手続きでは正しい前提の下での無効理由の存否に対する判断がいまだなされていないという場合には、特許法が採用する審判前置主義(特許法178条6項)の趣旨(参照、田村/前掲注2知的財産法政策学研究213~223頁)に悖ることのないよう、再度の審判手続きを進行させるため、原審決を取り消すことが認められて然るべきである(愛知靖之[判批]同志社大学知的財産法研究会編『知的財産法の挑戦Ⅱ』(2020年・弘文堂)123~126頁、窪田/前掲注2・147・150頁、阿部/前掲注2・162頁も参照)。審決を羈束行為であると解したうえで、そのことがこの論点に影響するかということが論じられることがあるが、当該部分について行政の裁量を許す判断をなしたわけでもないから、羈束行為であるという性質付けからただちに判断の留保を許さないとする帰結が論理必然的に導かれるというわけではないだろう(参照、阿部/前掲152~163頁、興津/前掲注2・228頁)。
  • この文脈で「判断効」という言葉を用いるのは筆者による(田村善之/増井=田村・前掲注2・299頁)。もちろん、この第二の考え方といえども、それに基づき拘束力が生じると考えられる範囲のなかではそれと矛盾する判断を導きうる主張を許さないという限度で遮断効的な効果を有しているが、本文では、第一の見解との相対的な位置付けの問題として、引例毎に定型的に遮断する第一の見解と異なり、裁判所が判断した範囲で遮断するという第二の見解の特徴を表現するために「判断効」という言葉を用いている。
  • 玉井克哉[評釈]法学協会雑誌110巻12号(1993年)1945~1948頁、田村善之/増井=田村・前掲注2・299頁、田村ほか・前掲注3・207~208頁、高林/前掲注2発明89~90頁、高林/前掲注2金融・商事判例119頁、高林/前掲注4片山古希332~333頁、村上裕章「取消訴訟における審理の範囲と判決の拘束力-審決取消訴訟からの示唆-知的財産法政策学研究10号161~164頁(2006年)、清水節=加藤志麻子「審決取消訴訟の第二次取消訴訟と第一次取消判決の拘束力」牧野利秋ほか編『知的財産法の理論と実務(2)特許法[Ⅱ]』(2007年・新日本法規出版)362~374頁、塩月秀平「審決取消訴訟の審理範囲と拘束力―推移と展望」ジュリスト1509号38~39頁(2017年)、森義之「取消判決の拘束力」大渕哲也ほか編『専門訴訟講座6特許訴訟(下巻)』(2012年・民事法研究会)1440~1444頁、塚原朋一「審決取消訴訟の手続構造と運営について」中山信弘・斉藤博・飯村敏明編『知的財産権 法理と提言』(牧野利秋傘寿・2013年・青林書院)622~623頁、髙部眞規子『実務詳説特許関係訴訟』(第3版・2016年・きんざい)380頁、興津/前掲注2・250~251頁、西井志織[判批]ジュリスト1531号257頁(2019年)、愛知/前掲注7・126~127頁、窪田/前掲注2・150~151頁。
     この見解に立脚する場合には、引例たる「公知技術」に加えてそれと組み合わせるべき「技術常識」や「周知技術」を共通にする範囲内でも、本文第一の見解と異なり、組み合わせの動機付けや阻害要因を異にする場合には、拘束力の範囲の外となる。取消判決が、特許発明と引例との相違点や一致点などの進歩性の前提問題に関する審決の判断の誤りを指摘するに止め、最終的な進歩性の帰趨に関する判断を示さなかった場合にも、拘束力は当該前提問題に関する判断に及ぶに止まる。
     なお、本稿でいうところのこの判断効的な拘束力の範囲をとった場合には、手続きが審判手続きと取消訴訟の間を往復する可能性が相対的に高まるが、これに対して、とりわけ無効不成立審決に対しては、取消訴訟とともに、無効審決を求める義務付け訴訟を併合提起することにより、紛争の一回的解決を図るという方策があることが指摘されている(玉井克哉「審決取消判決の拘束力-実務上の諸課題と義務付け訴訟の可能性-」パテント62巻5号80~84頁(2009年)、玉井克哉[判批]自治研究94巻6号148~149頁(2018年)、玉井克哉「行政過程としての特許権付与手続」『ビジネスローの新しい流れ』(片山英二古稀・2020年・青林書院)395~396頁、玉井克哉「特許法における「取消訴訟の負担過重」-特許無効審判請求不成立審決に対する抗告訴訟をめぐって」『法執行システムと行政訴訟』(高木光退職・2020年・弘文堂)253~267頁)。たしかに、取消訴訟において裁判所が特許に無効理由があると判断したのであればその点の審理判断を特許庁に求めることは徒に手続きを遅延させるものでしかなく(参照、玉井/前掲高木退職255~257頁)、しかもその無効理由が訂正により治癒し得ないものであることが明らかである場合(玉井/前掲高木退職265~267頁)には、特許庁における無効審判手続きを再開して訂正の機会を特許権者に与える意味はないことに鑑みれば、そのような場合に端的に無効審決を義務付ける判決を下すことが望まれる。これに対しては、無効不成立審決に対する義務付け訴訟の被告は、無効審判の当事者ではなく、国または特許庁長官となると解されることを指摘しつつ、被告を異にする訴訟の併合提起を認めることに鑑みて、さらなる検討を要すると説かれることもあるが(興津/前掲注2・232~233頁。大渕/前掲注7・2616~2619頁も参照)、その種の懸念を解消する議論の提示も試みられている(玉井/前掲高木退職262~265頁)。
  • 興津/前掲注2・250~251頁。
     これに対して、より判決の形式的な文言を重視する見解として、阿部/前掲注2・125~152頁は、最判平成4.4.28民集46巻4号245頁[高速旋回式バレル研磨法]は、明示的に留保することなく、「容易に発明することができた」「容易に発明することができたとはいえない」などの進歩性についての最終的な結論を示す文言がなされた場合には、同一引例に基づく29条2項該当性の有無に関する結論について拘束力が発生するという見解を採用していると理解し、そのように理解した判例法理に従った分析をなしている。しかし、阿部/前掲は、現在の裁判実務における審決取消判決の文言の慣例を前提に、実質判断を介在させる見解の下では拘束力の範囲が甚だ不明確となることをその論拠の一つとしているが(同134頁)、この点に関しては、実質判断を介在させる見解を採用したうえで、取消判決において発生すべき拘束力の範囲を明確にする文言上の工夫を求めていくという対策もあり得よう(そもそも、阿部/前掲134頁も、留保により拘束力の範囲が限定されていることを明示させようとする試みである)。もちろん、そのような工夫が浸透していったとしても、なお例外的に不明確な場合に形式的に取り扱うと割り切るのか(阿部/前掲)、それとも実質判断を介在させるのかという点に関する対立が必然的に解消するというものではないが、後者を採用した場合の弊害が小さくなるということだけはたしかである。そうだとすれば、実体正義を重視して、実質的な判断をなしていたところに限って拘束力を発生させるという見解に軍配を上げるべきではなかろうか。
  • 反対、飯島/前掲注2・1282頁、阿部/前掲注2・135~136頁(前訴判決が、その文言上、留保なしに「容易に想到することができた」と結んでいることを理由とする)。興津/前掲注2・244~245頁も、本稿本文の第二の見解に与したとしても、前訴判決の判文中の「以上によれば、甲1及び甲4に接した当業者は、甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679[化合物AのZ体の塩酸塩]を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあり、その適用を試みる際に、KW-4679が、ヒト結膜の肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどに対する拮抗作用を有することを確認するとともに、ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有することを確認する動機付けがあるというべきであるから、(a)KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し、『ヒト結膜肥満安定化剤』の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められる。」(下線強調は興津/前掲による)における(a)の部分について、所望の効果を確認することが容易であるとしているところ、原審決は「当業者が、KW-4679(化合物AのZ体の塩酸塩) がヒト結膜肥満細胞を安定化する作用を有すると予測することはできない」という認定を独自に行った点が、前訴判決の拘束力に反する旨を説く。
     しかし、(a)の部分の説示は、興津/前掲も認めるように、所望の作用を「確認」することができたと述べているに止まり、それによって確認することが見込まれる効果の予測可能性についてまで言及するものではない。そして、所望の効果を「確認」することができたというに止まるのであれば、それはそのような動機付けがあったという認定と同義でしかなく、ゆえに、前訴判決は動機付けのところまで認定しているが、二次的考慮説の下では容易想到性の阻害要因となる効果の予測可能性や、独立要件説の下で要求される効果の格別性の予測可能性という意味での効果の顕著性については判断していないと解すべきであるように思われる(高林/前掲注4片山古希341頁も参照)。後述するように、本判決を受けた差戻後の知財高判令和2.6.17判時2461号30頁(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA06179001)[局所的眼科用処方物]も、前訴判決について同様の理解を示している。
  • 玉井/前掲注9自治研究145~150頁。ちなみに、この見解と、第一の遮断効的な立場、または第二の判断効の立場は、次元を異にする問題を扱っているので、それぞれ両立しうる。つまり、第三の見解を採用したうえで、容易想到性と顕著な効果のそれぞれについて審理可能な最大限度で遮断効的な拘束力が発生すると考えること(=第一の立場)も、他方で、やはり第三の見解を採用したうえで、容易想到性と顕著な効果のそれぞれの枠内で判断効的な拘束力が発生すると考えること(=第二の立場)も可能である。
  • 原判決には、顕著な効果の有無に関わる被告の主張を退ける際に、「被告らの主張は、確定した前訴判決の前記認定判断と相反するものである。」と結ぶくだりはあるが、被告の主張の全てをそれで退けたわけではなく、しかも当該主張に関しても、下記のように、結局は実体判断を経たうえで結論に到っている。

     「被告らは、引用例1には、抗原体反応による結膜からのヒスタミン遊離に対する各薬物の効果を検討したところ、KW-4679(化合物Aのシス異性体の塩酸塩)は無効であったとの記載があるため、引用例1から、化合物Aのヒト結膜肥満細胞の安定化として当業者が予測したであろう効果は、せいぜい、「引用例1のとおりヒト結膜肥満細胞安定化を全くしないであろうが、もしかしたら、5%や10%であれ多少なりとも安定化をするかもしれない」という程度のものにすぎない旨主張する。
     しかし、確定した前訴判決は、本件特許の優先日当時、薬剤による肥満細胞に対するヒスタミン遊離抑制作用は、肥満細胞の種又は組織が異なれば異なる場合があり、ある動物種のある組織の肥満細胞の実験結果から他の動物種の他の組織における肥満細胞の実験結果を必ずしも予測できないというのが技術常識であった旨認定しており、証拠(甲7、10、13~18、23、41、42、101~103、127~129)によれば、本件特許の優先日当時、上記技術常識が存在したものと認められる。また、前訴判決は、引用例1に、モルモットの動物結膜炎モデルにおける実験においてKW-4679がヒスタミン遊離抑制作用を有さなかったことが記載されていることは、KW-4679がヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有するかどうかを確認する動機付けを否定する事由にはならないとした上で、ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたと判断したものである。上記のような技術常識に鑑みると、引用例1に、モルモットの動物結膜炎モデルにおける実験においてKW-4679がヒスタミン遊離抑制作用を有さなかったことが記載されていることのみをもって、本件特許の優先日において、当業者が、本件各発明に係る化合物Aにヒスタミン放出阻害効果が全くないと予測したと認めることはできず、仮に同効果があったとしてもその阻害率がせいぜい5%や10%であると予測したと認めることもできない。被告らの主張は、確定した前訴判決の前記認定判断と相反するものである。」(下線強調は筆者による)。
  • 参照、大寄麻代[判解]Law & Technology87号113頁(2020年)
  • 大渕/前掲注7・2619頁。既判力に関する叙述であるが、新堂幸司『新民事訴訟法』(第6版・2019年・弘文堂)706頁、高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)』(第2版補訂版・2013年・有斐閣)598頁も参照。行政事件に民事訴訟法の法理が適用されることについては、行政事件訴訟法7条も参照。
  • 愛知/前掲注7・129~133頁、高林/前掲注4片山古希336頁。ちなみに、原判決の裁判長であった、髙部・前掲注9・380頁も、紛争の一回的解決を図ることができないことを理由に、判決においては容易想到性に関する最終的な判断をなすべきことを推奨するが、前提問題である相違点に関する判断のみをなした取消判決の拘束力は、本稿でいう判断効的な範囲で発生すると解している。もっとも、その後に公刊された髙部眞規子「審決取消訴訟の紛争解決機能強化に向けて」『ビジネスローの新しい流れ』(片山英二古稀・2020年・青林書院)349・351・357頁は、前提問題に限定して判断する取消判決を法律上許されないとする、大渕/前掲注7を引用しており、より強く一回的解決を志向する叙述となっている。
  • 大寄/前掲注14・113頁。
  • 篠原勝美[判批]知財管理70巻6号751頁(2020年)。
  • 愛知/前掲注7・134頁。
  • 参照、篠原/前掲注18・751頁。

» 判例コラムアーカイブ一覧