判例コラム

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第243号 氏名権=使えるけど登録できない権利? 

-音商標と氏名の関係から考える商標権の性質-
~知財高裁令和3年8月30日判決※1

文献番号 2021WLJCC022
金沢大学 教授
大友 信秀

1.本件を紹介する理由
 本件は、知的財産高等裁判所(以下、知財高裁という。)が株式会社マツモトキヨシホールディングス(以下、原告という。)により出願されていた音商標(以下、本願商標という。)※2の登録を認めなかった特許庁の審決を取り消した事案である※3
 本願商標は、「まつもときよし」という音声(原査定では、「言語的要素」としている。)を「ドドドレシラソ」という音程(原査定では、「音楽的要素」としている。)に乗せたサウンドロゴが対象となっている※4
 特許庁の審決では、本願商標が商標法4条1項8号(以下、8号という。)の「他人の氏名を含む商標」に該当することを理由に、拒絶査定が維持された。
 これに対して、知財高裁は、「本願商標は、『他人の氏名』を含む商標であるとはいえない」として、本願商標の8号該当性を否定した。
 これまで、他人の氏名を含む自己氏名商標の出願については、氏名の漢字が異なっていても音が同じであれば、同姓同名と捉えるという解釈で実務が対応していたため、日本語の氏名をローマ字やカタカナ等で表しても、この音に対応する他人の氏名が存在する場合には、自己氏名商標の登録が認められなかった。また、図形商標の中に、これらローマ字が含まれている場合にも、「他人の氏名を含む」とされ、同様に登録が認められないのが実務であった※5
 このような現在の実務は、以前より厳しくなってきたと指摘されていたが※6、本件では、音商標の中に他人の氏名を示す音が形式的には含まれているにもかかわらず、登録を認めないとした審決を覆す判断がなされた。
 このように、本件は、これまでの実務傾向に反すると捉えることも可能であり、実務に与える影響が大きいものと考えられるため、本件を紹介し、8号及び本件判決の射程範囲を分析する。

2.本件
(1) 特許庁における手続きの経緯
 原告が出願した本願商標の出願に対しては、他人の氏名を含む商標であり、かつ、他人の承諾がないこと(8号)を理由に拒絶査定が下った。さらに拒絶査定不服審判では、「マツモトキヨシ」という言語的要素の部分は原告の商号や店舗名を表すものとして著名になっているため、特定の者の氏名を認識し得る状況にない旨の主張がなされたが、同主張に係る事実があったとしても、8号該当性の判断を左右しないとして、退けられ、拒絶査定が維持された※7

(2) 本件判決
①原告の主張
 「①本願商標の出願当時、本願商標の構成中の『マツモトキヨシ』という言語的要素からなる音から、通常、容易に連想、想起するのは、ドラッグストアの店名としての『マツモトキヨシ』又は企業名としての株式会社マツモトキヨシ、株式会社マツモトキヨシホールディングス(原告)であって、『マツモトキヨシ』と読まれる人の氏名であるとはいえないから、本願商標を構成する『マツモトキヨシ』という言語的要素からなる音は、『マツモトキヨシ』を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものではない、②したがって、本願商標は、『他人の氏名』を含む商標であるとはいえないから、本願商標が商標法4条1項8号に該当するとした本件審決の判断は誤りである」。

②裁判所の判断
1) 8号の趣旨
 「商標法4条1項8号が、他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人は、自らの承諾なしに、その氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあるものと解される」※8

2) 音商標と8号の関係
 「このような同号の趣旨に照らせば、音商標を構成する音が、一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合には、当該音商標は、『他人の氏名』を含む商標として、その承諾を得ているものを除き、同号により商標登録を受けることができないと解される。
 また、同号は、出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名、名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり、音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで、他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない。
 そうすると、音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、取引の実情に照らし、商標登録出願時において、音商標に接した者が、普通は、音商標を構成する音から人の氏名を連想、想起するものと認められないときは、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから、当該音商標は、同号の『他人の氏名』を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。」

3) 取引の実情
 ①原告がドラッグストア「マツモトキヨシ」の店舗展開を開始してから本願の出願までの30年以上にわたり、原告は「マツモトキヨシ」の表示を店名又は企業名として継続使用してきた。
 ②ドラッグストア「マツモトキヨシ」の店舗数は全国45都道府県で1555店舗、原告のグループ会社のメンバーズカード(ポイントカード)の会員数は約2440万人、「マツモトキヨシ」のブランドが価値評価ランキング(出願時前後を対象とする)でドラッグストアとして日本で第1位だった。
 ③平成8年から開始されたドラッグストア「マツモトキヨシ」のテレビコマーシャルでは、本願商標と同一又は類似の音をフレーズに含むコマーシャルソングが相当数使用され、テレビコマーシャルが放映された以降も、本願商標と同一又は類似の音がドラッグストア「マツモトキヨシ」の各小売店の店舗内において使用されていた。
 ④上記①から③によれば、「マツモトキヨシ」の表示は本願商標出願当時、全国的に著名であり、本願商標と同一又は類似の音は、広く知られていたことが認められる。

4) 8号該当性の結論
 「(上記の)取引の実情の下においては、本願商標の登録出願当時・・・、本願商標に接した者が、本願商標の構成中の『マツモトキヨシ』という言語的要素からなる音から、通常、容易に連想、想起するのは、ドラッグストアの店名としての『マツモトキヨシ』、企業名としての株式会社マツモトキヨシ、原告又は原告のグループ会社であって、普通は、『マツモトキヨシ』と読まれる『松本清』、『松本潔』、『松本清司』等の人の氏名を連想、想起するものと認められないから、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない。
 したがって、本願商標は、商標法4条1項8号の『他人の氏名』を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。」

3.他人の氏名を含む商標の問題
(1) 8号の権利とは何か
①立法経緯
 本件で問題となった8号の内容は、明治42年商標法(旧旧法)に初めて規定された※9。なお、このときの立法理由を、当時の特許局長は、同時に定められた他の不登録事由とともに冒認出願の防止にある旨国会で答弁している※10。その後、現在まで8号の内容に大きな改正は加えられていない。

②通説・判例
 これに対して、通説は、①8号が他人の承諾を要件としていること、②同じ氏名がかぶることを防止するというような混同防止については別項(商標法4条1項15号)があること(したがって、混同防止という目的は8号にはない)、③登録無効審判請求の除籍期間に私益的不登録事由として8号が規定されていること(商標法47条)から、8号の趣旨を他人の氏名等に関する人格的利益を保護することにあるとする人格権説を採用している。
 また、判例も、8号の趣旨を「肖像、氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにある」としている※11

(2) 論理的根拠のない権利
①人格的権利とは何か?
 通説が人格権説を採用し、判例が「人格的利益」と呼んでいる8号が保護しようとする権利の性質は、どのようなものなのか。
 判例は巧みに、人格の後ろに的という語を挿入しているが、その意味するところは通説の人格権説と同じである。
 しかしながら、8号の「他人」には法人も含まれるところ、法人には自然人同様の人格権は認められないため、8号が保護しようとする人格的利益の根拠を人格権に求めるわけにはいかなくなる※12
 したがって、8号の権利の性質を一般民事法上の人格権から自動的に導き出すことはできないことになる※13

②人格権との関係
 8号の対象が自然人と法人であるため、人格権との関係を検討するためには、それぞれ、出願人が自然人だった場合、「他人」が自然人であった場合、そうでなく、それぞれが団体であった場合という4通りのパターンをとらえる必要がある。
 人格権との関係を検討するためには、出願人の氏名権の尊重、「他人」の氏名権の尊重という観点が不可欠になるからである。
 しかしながら、通説及び判例には、このような判断が行われた跡は窺われないし、通説及び判例に従い実務を行わざるを得ない8号の審査基準は、「『他人』とは、自己以外の現存する者をいい、自然人(外国人を含む。)、法人のみならず、権利能力なき社団を含む。」と示しており、出願人及び「他人」の両者について人格権との関係を無視している。
 さらに、8号には、著名性を要件としない「他人の氏名若しくは名称」と著名性を要件とする「雅号、芸名若しくは筆名もしくはこれらの著名な略称」が区別されずに規定されている※14
 このように、8号の適用場面は、これらの2パターンを加えて、8通りの法的性質の異なる適用場面が想定されることになる。
 この8パターンには、明らかに人格権では説明不可能なパターンが1つ、人格権よりも混同の可否が関係していると考える余地の大きいものが4つ含まれていることがわかる。
 さらに、人格権との関係を完全に否定できないパターンのものについても、通常、同姓同名の有名人がいた場合に、その者に、その氏名を使うな、と言ったり、逆に社会的に否定的評価を受けた同姓同名の者に、その氏名を使うな、と言うことはできないことを思い出すことも必要である。
 人格権に基づく氏名の保護の具体的対象に、他人の氏名利用を禁止するという効力はもともと含まれていない。8号も商標の登録を禁止するのみで使用までは禁止していないが、まさに、登録を禁止するという必要性がどのような法的根拠から導かれるのかについて、人格権説は何も答えていないのである。

4.本件の位置づけ(商標法に変なものを持ち込むな!)
(1) 8号の対象
 通説及び判例は8号を人格的利益に関わるものとするが、上述のように、8号の保護対象を一般民事法上の人格権から導き出すことはできない。
 本件判決も、8号の趣旨をこれまでの通説及び判例に従い、人格的利益を保護することにあるとしたが、音商標に関して、という限定を付しながらも、「一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合」という、識別力の有無という要件を加えた。
 音商標の場合であるとする限定付きではあるが、本件判決は、8号該当性について、取引の現場における実際の識別性を問題とする解釈を示している。
 このことが、ただちに、8号該当性について、混同可能性を考慮するという結論に結び付くわけではないが、8号の対象とされる人格的利益は、少なくとも、一般人が「他人」の氏名を連想、想起しない場合にまで保護されるものではないとされた点は重要である。

(2) 取引の実情を重視する姿勢(商標法の趣旨に忠実な姿勢)
 上述のような本件判決の解釈は、出願商標の使用現場を想定し、そこにおいて、現実に8号の人格的利益が影響を受けていない場合にまで、出願人に比して「他人」を尊重することはない、という取引の実情を重視する姿勢を示した点で、これまでの判決と一線を画すものといえる。
 しかしながら、本件原告と異なり、まだ市場において、自己氏名商標の使用実績が乏しい場合は、本件のような取引の実情として自己に有利な状況を示すことができない。したがって、本件の射程は、本件原告のような、すでにある程度事業を継続して、自己の氏名ないし名称が全国的に著名になっている出願人に限定されると考えられる※15

(3) 音商標だけなのか?
 本件判決は、「一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合」という条件を示したが、「音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで、他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない。」として、本件の射程が商標一般に及ぶとまでは示していない。
 一般的に、文字で示された場合と、音で示された場合では、比較の問題ではあるが、音のほうが氏名として明確に認識することが困難となる場合が多くなると考えられる。これは、文字は何度も見直すことができるのに対して、音は一瞬で通りすぎるため、音を聞く瞬間に必ず集中している必要があるが、実際には、そのようなことはまれであることに起因する。
 本件判決が射程を音商標に絞っているわけではない点から、上述のような、音商標と同様の条件が存する場合には、本件判決の射程に含まれることとなると考えられる。
 具体的には、氏名の漢字、ひらがな、カタカナ又はローマ字をデザイン化して、注意してみなければ、氏名を構成する文字と認識できないような商標とした場合は、本件判決が示した「一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合」に当たらないとされるのではないだろうか。


(掲載日 2021年10月11日)

  • 知財高判令和3年8月30日WestlawJapan文献番号2021WLJPCA08309002
  • 商願2017-7811(平成29年1月30日出願)。
  • 判決直後にいち早くこれを紹介するものとして、栗原潔弁理士のサイト(https://news.yahoo.co.jp/byline/kuriharakiyoshi/20210901-00256147)参照。
  • マツモトキヨシ
  • 知財高判令和2年7月29日WestlawJapan文献番号2020WLJPCA07299002(TAKEHIROMIYASHITATheSoloist)等参照。
  • 知財高判令和元年8月7日WestlawJapan文献番号2019WLJPCA08079003(KENKIKUCHI)参照。
  • 不服2018―8451。
  • 最判平成16年6月8日裁判集民事214号373頁、WestlawJapan文献番号2004WLJPCA06080002、最判平成17年7月22日裁判集民事217号595頁、WestlawJapan文献番号2005WLJPCA07220002参照。
  • 同法2条8号(「他人ノ肖像、氏名、商号又ハ法人若ハ組合ノ名称ヲ有スルモノ但シ其ノ承諾ヲ得タルモノハ此ノ限ニ在ラス」)。制定理由及び経緯について、三宅正雄『商標法雑感』(1973、冨山房)97頁以下、特許庁編『工業所有権制度百年史(上巻)』(1984、発明協会)326頁(8号の設立趣旨に関し、冒認出願の問題について言及がある。)、長谷川浩二「判批」L&T26号(2005)75頁、中川隆太郎「自己氏名商標における「他人の氏名」の再検討-氏名権の保護とブランド名選択の自由の適正なバランス-」IPジャーナル16号(2021)25頁参照。
  • 同上、中川25頁、第23回帝国議会貴族院特許法改正法律案外三件特別委員会議事録第一号(明治42年3月22日)4頁参照。
  • 最判平成16年6月8日(LEONARD KAMHOUT事件)・前掲注8。最判平成17年7月22日(国際自由学園事件)・前掲注8も「人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像、氏名、名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される」としている。
  • この問題について、田村善之教授は、「法人に人格的利益を観念することはできないから、法人を8号の『他人』に含めることには、立法論として疑問がある。」と述べる(田村善之『商標法概説〔第2版〕』(2000年、弘文堂)217頁)。
  • この点で、島並良教授も「そこで保護される『人格的』利益は、一般民事法上保護される人格権(とりわけここでは氏名権・肖像権)にみられるような、ペルソナの(自己・他者)使用の可否という氏名主体の人格的生存に直結したものではない。」として、権利の内容面から8号と一般民事法上の人格権との関係を否定している(別ジュリ188号25頁)。
  • 三宅・前掲注9、100頁は、この点に注目し、8号を人格権保護説だけでは説明しきれないとする。
  • なお、明治42年商標法において、8号の内容が初めて規定された際には、氏名の冒認出願が意識されていたようであるが、自己氏名ではない名称を使用していた者の名称が著名になった場合も、本件の射程に入るのかについては、別途議論が必要であろう。

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