判例コラム

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第236号 特許にかかる電子部品を取り替えてトナーカートリッジの再生品を製造販売する行為が権利濫用を理由に特許権を侵害しないとされた事例 

~情報記憶装置事件東京地裁判決(令和2年7月22日言渡)の検討~

文献番号 2021WLJCC015
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之

Ⅰ はじめに

 本稿が扱う東京地判令和2.7.22平成29(ワ)40337(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA07229006)[情報記憶装置]では、原告が製造販売するプリンタ用に、やはり原告が製造販売するトナーカートリッジ(「原告製品」)の再生品を製造販売する被告らが、再生品を装着した際にトナーの残量が「?」と表示されることを防ぐために、原告製品に取り付けられている電子部品(「原告電子部品」)であるメモリを取り外し被告製の電子部品(「被告電子部品」)であるメモリに取り替えたうえで、再生品のトナーカートリッジ(「被告製品」)として製造販売する行為が、原告が電子部品の構造に関して有する特許権を侵害するものなのかということが争われた。
 裁判所は、被告電子部品が原告電子部品そのものを取り替える行為であることを理由に消尽を否定しつつ、原告が再生品装着時のトナー残量が「?」と表示されるように設定したうえで、メモリに書換制限を施す行為が、被告らをして特許権侵害を回避しつつ、再生品を製造販売することを制限するものであって独占禁止法に違反すると論じ、原告の特許権行使を権利の濫用に該当すると帰結している。
 特許権者が、自己が販売する実施品に関して、他に合理的な理由がないにも関わらず、消尽を防ぐことを目的としてなにがしかの措置を施した場合、そのような措置がとられたことをもって消尽を否定する方向に斟酌しうるのかという点については、大合議である知財高大判平成18.1.31判時1922号30頁(WestlawJapan文献番号2006WLJPCA01310001)[液体収納容器]が、傍論ながら、これを肯定する旨を判示していた。それに対して、本判決は、消尽法理の趣旨も斟酌しつつ、独占禁止法の助けを借りながら、権利濫用論により、特許権者の請求を棄却した点に特徴がある。

Ⅱ 事実

 原告製プリンタにトナーカートリッジの再生品を装着すると、トナーの残量表示が「?」と表示され、異常が生じていることを示す黄色ランプが点滅し、「非純正トナーボトルがセットされています。」との表示がされる。この場合でも、印刷操作を行うと支障なく印刷することができるが、「トナーがもうすぐなくなります。」、「交換用トナーがあるか確認してください。」との予告表示はされない。そこで、被告らは、原告製品を回収し、取り付けられていた原告電子部品のメモリ内のデータを書き換えてトナーの残量が表示できるようにしたうえで、再生品として販売していた。
 ところが、原告は、その製造販売するプリンタ中、本件の特許権にかかる発明と同様の形状の原告電子部品が取り付けられたトナーカートリッジに限り、電子部品メモリの書換えを制限する措置を講じるようになった。そこで、被告らは、使用済みの原告製品から原告電子部品を取り外し、被告電子部品に取り替えた上で、トナーを充填し、再生品である被告製品を製造し販売している。
 原告が被告に対して、特許権侵害を理由に、被告製品の販売等の差止め、損害賠償等を請求して本訴に及んだ。

Ⅲ 判旨

 1 概要
 裁判所は、被告電子部品につき、被告製品である「情報記憶装置」そのものを取り替える行為であるから消尽は成立しないと判示した。しかし、他方で、被告らがトナーの残量の表示が「?」であるトナーカートリッジを市場で販売した場合、競争上著しく不利益を被るところ、トナーの残量が表示されるトナーカートリッジを製造販売するには原告電子部品を被告電子部品に取り替えるほかに手段はないと認められることを理由に、原告が使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定しつつ、本件特許の実施品である原告電子部品のメモリについて十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず書換制限措置を講じる行為は、トナーカートリッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告らとそのユーザーの取引を不当に妨害し、公正な競争を阻害し、独占禁止法に違反すると評価した。結論として、本件特許権に基づく差止請求は特許法の目的を阻害し、特許制度の趣旨を逸脱するものであって、権利の濫用に当たり、この理は損害賠償請求についても妥当する旨を論じて、原告の請求を棄却している。
 以上のように、争点は多岐にわたるが※1、以下では消尽の成否と権利濫用に関係する論点に絞って紹介する。

 2 特許権の行使が独占禁止法に違反する場合には特許権の行使が権利濫用となることもありうる旨を判示
 「独占禁止法21条は、「この法律の規定は、・・・特許法・・・による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定しているが、特許権の行使が、その目的、態様、競争に与える影響の大きさなどに照らし、「発明を奨励し、産業の発達に寄与する」との特許法の目的(特許法1条)に反し、又は特許制度の趣旨を逸脱する場合については、独占禁止法21条の「権利の行使と認められる行為」には該当しないものとして、同法が適用されると解される。
 同法21条の上記趣旨などにも照らすと、特許権に基づく侵害訴訟においても、特許権者の権利行使その他の行為の目的、必要性及び合理性、態様、当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし、特許権者による特許権の行使が、特許権者の他の行為とあいまって、競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当するなど、公正な競争を阻害するおそれがある場合には、当該事案に現れた諸事情を総合して、その権利行使が、特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして、権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があり得るというべきである。」

 3 トナーの残量表示が「?」となるトナーカートリッジを被告らが販売した場合、競争上著しく不利益を被ると判示
 「プリンタにとってトナー残量表示は一般的に備わっている機能であると認められるところ(弁論の全趣旨)、トナー残量が「?」と表示されると、ユーザーとしてはいつトナーが切れるかの予測がつかないことから、トナーが切れたときに備えて予備のトナーカートリッジを常時用意しておかなければならず、トナー残量の表示がされる場合に比べ、本来不必要な保守・管理上の負担をユーザーに課すこととなる。
 また、プリンタに純正トナーカートリッジを装着した場合にトナー残量が「?」と表示されることは通常あり得ないことから、同表示に接したユーザーは、トナーカートリッジの再生品の品質にはやはり問題があって、プリンタのトナー残量表示機能が正常に作動していないのではないか、あるいは、トナーカートリッジが純正品ではないことからプリンタがトナーカートリッジに記録された情報を適正に読み取ることができないのではないかなどの不安感を抱き、再生品の使用を躊躇すると考えられる。
 前記のとおり、プリンタメーカーである原告自身が品質上の理由から純正品の使用を勧奨していることや、価格差にもかかわらず再生品の市場占有率が一定にとどまっていることなどに照らすと、我が国において再生品の品質に対するユーザーの信頼を獲得するのは容易ではないものと考えられる。このような状況下において、トナーの残量が「?」と表示される再生品を販売しても、その品質に対する不安や保守・管理上の負担等から、我が国のトナーカートリッジ市場においてユーザーに広く受け入れられるとは考え難い。」
 「以上のとおり、本件書換制限措置により、被告らがトナーの残量の表示が「?」であるトナーカートリッジを市場で販売した場合、被告らは、競争上著しく不利益を被ることとなるというべきである。」

 4 メモリを書き換えることができれば消尽法理が適用され被告らは侵害を回避し得たというべきであるところ、書換制限がなされた結果、トナーの残量が表示されるトナーカートリッジを製造販売するためには原告電子部品を被告電子部品に取り替えるほかに手段がなくなったと判示
 「ア ・・・被告らは、原告製プリンタのうち、本件書換制限措置がされていない機種に適合するトナーカートリッジについて、トナー残量が「?」と表示される製品を販売するのではなく、電子部品のメモリを書き換え、トナー残量の表示をすることができるようにした上で販売しており、本件書換制限措置がされているC830及びC840シリーズ機種についても、同措置がとられていなければ、同様にメモリを書き換えることにより再生品を製造、販売していたものと推認される。
 本件書換制限措置は、原告製プリンタのうち、同各シリーズについて、被告らによるこうした従前の対応を採り得なくするものであるが、被告らは、これにより競争上の不利益を被ることなく特許権侵害を回避することが困難な状況に置かれたと主張するのに対し、原告は、被告電子部品の構造を工夫するなどして、本件各特許権の侵害を回避することは可能であると主張する。
イ そこで、まず、前提として、被告らが従来行っていた原告電子部品のメモリの書換行為が本件各特許権を侵害するかどうかについて検討する。
 (ア)インクタンク事件最高裁判決は、譲渡済みの特許製品について加工等がされた場合の特許権侵害の成否について、「特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは、飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから、特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者は、その特許製品について、特許権を行使することが許されるというべきである。そして、上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり、当該特許製品の属性としては、製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工及び部材の交換の態様としては、加工等がされた際の当該特許製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。」と判示する。
 (イ)これを本件についてみると、本件各発明のうち、例えば、本件各発明1は、前記第4の1のとおり、情報記憶装置の基板に形成された穴部に、画像形成装置本体の突起部に形成された設置用の本体側端子に係合するアース端子を形成した上、当該穴部を複数の金属板のうち2つの金属板の間に挟まれる位置に配設することにより、情報記憶装置に電気的な破損が生じにくくなるとともに、端子の本体側端子に対する平行度のずれを最低限に抑えるようにするものであり、画像形成装置本体(プリンタ)に対して着脱可能に構成された着脱可能装置(トナーカートリッジ)に設置される情報記憶装置(電子部品)の物理的な構造や部品の配置に関する発明であるということができる。また、本件各発明2及び3も、同様に情報記憶装置の物理的構造や部品の配置に関する発明である。
 これに対し、被告らが行っている原告電子部品のメモリの書換えは、情報記憶装置の物理的構造等に改変を加え、又は部材の交換等をするものではなく、情報記憶装置の物理的な構造はそのまま利用した上で、同装置に記録された情報の書換えを行うにすぎないので、当該書換えにより原告電子部品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと評価することはできない。
 (ウ)そうすると、原告電子部品のメモリを書き換える行為は本件各特許権を侵害するものではないというべきである。
ウ 原告は、原告プリンタに使用可能な電子部品の製造等に当たっては、原告プリンタ側の形状に合う構造であれば足りるので、被告電子部品の構成を工夫するなどの他の手段により本件各特許権への抵触を回避することが可能であると主張する。
 しかし、本件各発明に係る情報記憶装置は、画像形成装置本体(プリンタ)に対して着脱可能に構成された着脱可能装置(トナーカートリッジ)に搭載されるものであり、当該情報記憶装置に形成された穴部を介して、画像形成装置本体の突起部と係合するものであるから、被告製品の構成や形状は、適合させる原告プリンタの構成や形状に合わさざるを得ず、その設計上の自由度は相当程度制限されると考えられる。
 ・・・
エ 以上によれば、被告らをはじめとするリサイクル事業者が、現状において、本件書換制限措置のされた原告製プリンタについて、トナー残量表示がされるトナーカートリッジを製造、販売するには、原告電子部品を被告電子部品に取り替えるほかに手段はないと認められる。そして、本件各特許権に基づき電子部品を取り替えた被告製品の販売等が差し止められることになると、被告らはトナー残量が「?」と表示される再生品を製造、販売するほかないが、そうすると、前記(3)のとおり、被告らはトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受けることとなるというべきである。」

 5  原告電子部品を被告電子部品に取り替える行為は特許製品そのものを取り替える行為であるから消尽は成立しないが、使用済みのトナーカートリッジの円滑な流通や利用を特許権者が制限する措置については、その必要性及び合理性の程度が当該措置により発生する競争制限の程度や製品の自由な流通等の制限を肯認するに足りるものであることを要すると判示
 「ア 本件書換制限措置の必要性及び合理性全般について
 原告の主張する上記〔1〕~〔3〕の各点について検討するに当たり、本件書換制限措置の必要性及び合理性全般に関し、以下の点を指摘することができる。
(ア)本件書換制限措置がされた原告製プリンタ(C830及びC840シリーズ)のうち、先行して販売されたのはC830シリーズであるが、その開発時点においては、既に原告製プリンタの他機種に適合するトナーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えた再生品が市場に流通していたものと推認される。
 ところが、上記C830シリーズの原告製プリンタの開発時点において、メモリの書換えをした再生品による具体的な弊害が生じており、その対応が必要とされていたことや、この点が同プリンタの開発に当たって考慮されていたことをうかがわせる証拠は存在しない。原告の主張する上記〔1〕~〔3〕の各点については後に検討するが、これらの点とC830シリーズの開発を具体的に結びつける証拠は本件において提出されていない。
(イ)また、本件書換制限措置が、本件各特許権に係る技術の保護やその侵害防止等と関連性を有しないことは当事者間に積極的な争いはない。そうすると、本件書換制限措置を講じる必要性及び合理性は、本件各特許の実施品であるC830及びC840シリーズ用トナーカートリッジにとどまらず、C830及びC840シリーズ以外の機種用トナーカートリッジについても同様に妥当すると考えられるが、同各シリーズ以外の機種については同様の措置は講じられていない。
 原告は、その理由について、●(省略)●と主張するが、その説明は抽象的であり、本件各特許の権利行使の可能性を考慮して上記各シリーズの機種についてのみ本件書換制限措置がされたのではないかとの疑念を払拭することはできない。
 なお、この点に関し、原告は、C830及びC840シリーズ以外の原告製プリンタ用カートリッジのメモリについても書換えに一定の制約を付してきたと主張するが、本件書換制限措置と同様の措置がされ、トナー残量表示が制限されている他の原告製プリンタが存在すると認めるに足りる証拠はない。
 (ウ)加えて、本件書換制限措置は、純正トナーカートリッジを原告製プリンタに装着して印刷をする上で直接的に必要となる措置ではなく、使用済みとなったトナーカートリッジについて、リサイクル事業者が再生品を製造、販売するために電子部品のメモリを書き換える段階でその効果を奏するものである。すなわち、本件書換制限措置は、特許実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジについて、譲渡等により対価をひとたび回収した後の自由な流通や利用を制限するものであるということができる。
 この点に関し、被告らは、トナーカートリッジの譲渡後の流通を妨げることはできないとして、本件各特許権について消尽が成立すると主張するが、「特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは、飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られる」(インクタンク事件最高裁判決)と解されるので、特許製品である「情報記憶装置」そのものを取り替える行為については、消尽は成立しないと解される。
 しかし、譲渡等により対価をひとたび回収した特許製品が市場において円滑に流通することを保護する必要性があることに照らすと、特許製品を搭載した使用済みのトナーカートリッジの円滑な流通や利用を特許権者自身が制限する措置については、その必要性及び合理性の程度が、当該措置により発生する競争制限の程度や製品の自由な流通等の制限を肯認するに足りるものであることを要するというべきである。」

 6 原告が書換制限措置を行う必要性、合理性は認められない旨を判示
 「イ トナーの残量表示の正確性担保について
・・・本件書換制限措置がされた当時はもとより、本訴提起時点においても、トナーカートリッジの再生品市場にトナー残量表示が不正確な製品が多く流通しており、そのメモリの書換えを制限することにより「?」以外の残量表示を行うことができないようにしないと原告製品に対する信頼を維持することが困難であるなど、本件書換制限措置を行うことを正当化するに足りる具体的な必要性があったと認めることはできない。
 したがって、本件書換制限措置は、トナーの残量表示の正確性担保のための装置としては、その必要性の範囲を超え、合理性を欠くものであるというべきである。」
 「ウ 品質管理・改善への活用について
 原告は、具体的事例(事例1~7)を挙げつつ、電子部品のメモリに記録されたデータを製品開発や品質管理・改善に活用しており、純正品以外の製品のデータが混入することを防ぐため、本件書換制限措置を行う必要性があると主張する。
(ア)しかし、トナーカートリッジの電子部品のメモリに記録された情報が、製品の品質・性能の向上や新製品の開発等に有用であるとしても、純正品のメモリに記録された情報を解析することによりその目的は達成できるのであり、そのことから直ちに第三者がその書換えを制限することまでが正当化されるわけではない。本件書換制限措置が必要かつ合理的であるというためには、第三者が当該メモリに記録された情報を書き換えた再生品が市場に流通することにより製品の品質等の向上や新製品の開発に支障が生じており、又は、支障が生じるおそれが存在することを要する。
(イ)原告は、本件書換制限措置を行う必要性及び合理性を基礎付ける具体的な事例として事例1~7を挙げるが、・・・同各事案は、第三者が当該メモリに記録された情報を書き換えることにより製品の品質等の向上や新製品の開発に支障が生じており、又は、支障が生じるおそれが存在することを示すものではない。」

 7 権利濫用を理由に差止請求、損害賠償請求をともに棄却
 「ア 差止請求について
 上記(1)ないし(5)によれば、本件各特許権の権利者である原告は、使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定した上で、本件各特許の実施品である原告電子部品のメモリについて、十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより、リサイクル事業者である被告らが原告電子部品のメモリの書換えにより本件各特許の侵害を回避しつつ、トナー残量の表示される再生品を製造、販売等することを制限し、その結果、被告らが当該特許権を侵害する行為に及ばない限り、トナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で、当該各特許権の権利侵害行為に対して権利行使に及んだものと認められる。
 このような原告の一連の行為は、これを全体としてみれば、トナーカートリッジのリサイクル事業者である被告らが自らトナーの残量表示をした製品をユーザー等に販売することを妨げるものであり、トナーカートリッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告らとそのユーザーの取引を不当に妨害し、公正な競争を阻害するものとして、独占禁止法(独占禁止法19条、2条9項6号、一般指定14項)と抵触するものというべきである。
 そして、本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと、同措置を行う必要性や合理性の程度が低いこと、同措置は使用済みの製品の自由な流通や利用等を制限するものであることなどの点も併せて考慮すると、本件各特許権に基づき被告製品の販売等の差止めを求めることは、特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして、権利の濫用(民法1条3項)に当たるというべきである。
イ 損害賠償請求について
 差止請求が権利の濫用として許されないとしても、損害賠償請求については別異に検討することが必要となるが、上記ア記載の事情に加え、原告は、本件各特許の実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジを譲渡等することにより既に対価を回収していることや、本件書換制限措置がなければ、被告らは、本件各特許を侵害することなく、トナーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えることにより再生品を販売していたと推認されることなども考慮すると、本件においては、差止請求と同様、損害賠償請求についても権利の濫用に当たると解するのが相当である。
ウ したがって、本訴において、原告が、被告らに対して、本件各特許権に基づき、被告製品の製造、販売等の差止め及び損害賠償等の請求をすることは、いずれも権利の濫用に当たり許されないものというべきである。」

Ⅳ 検討

 1 序
 本判決は、被告製品について消尽を否定しつつ、原告特許権者が他に必要性、合理性がないにも関わらず、消尽を防ぐ措置を施し、被告が特許権侵害に及ばざるを得ない状況を作出していることに着目し、かかる原告の行為は独占禁止法に違反するという理由付けを経由させたうえで、結論として、原告の特許権の行使は権利の濫用に該当すると判示した判決である。
 本判決の法律構成は、論理的に、第一に、本件で原告がメモリの書換えを困難とするという措置を施さず、被告が、従前どおり、メモリを書き換えたリサイクル品を製造販売していたとした場合には、消尽法理が適用されて特許権侵害が否定されるところ、第二に、メモリの書換えが困難とされたために、メモリの書換えではなく新たに生産されたメモリに置き換える態様によりリサイクル品を製造販売することは消尽には該当しないが、第三に、そのようにして被告が特許権侵害をなさない限り、競争上著しい不利益を受ける「?」表示を回避し得ない状況に追い込んだうえで、侵害行為に及んだ被告に対して特許権を行使することが、独占禁止法に違反し、権利の濫用に該当する、という三つのステップを踏んでいる。
 本判決に先立って、大合議判決である知財高大判平成18.1.31判時1922号30頁(WestlawJapan文献番号2006WLJPCA01310001)[液体収納容器]は、傍論ながら、特許権者の側が消尽を妨げることを目的とする措置を純正品に施していた場合には、そうした事情をリサイクル品についての消尽を肯定する方向に斟酌することを示唆していた。これに対し、本判決は、消尽は否定しつつ、その種の事情を斟酌しつつ、独占禁止法違反という判断を介在させたうえで、権利の濫用という結論に持ち込んだところに特徴がある。
 しかし、本件においては、独占禁止法を持ち出すまでもなく、特許法内在的な解釈である消尽法理の趣旨に鑑みて、あるいは私法一般の原則である権利濫用の法理に鑑みて、特許権侵害を否定すれば足りた事件であったように思われる。とりわけ、独占禁止法に依存する場合には、差止請求ばかりでなく損害賠償請求を否定するという本判決の結論を無理なく導きうること、競争減殺型の独占禁止法違反行為と捉えるのであれば必要となると思われる市場画定に関する議論を回避しうることの2点に鑑みると、独占禁止法に頼らない法律構成を採用する実益は小さくないように思われる。以下敷衍する。

 2 メモリの書換え・取替えに対する消尽法理の成否
 1) 問題の所在
 本判決が正当にも指摘しているように、かりに本件で被告製品が従前同様、メモリを書き換えることによりリサイクルされたものであったのであれば、最判平成19.11.8民集61巻8号2989頁(WestlawJapan文献番号2007WLJPCA11089001)[液体収納容器](インクカートリッジ事件)※2の法理の下では、消尽が成立していたと考えられる。他方、被告がメモリの取替えに及んでいる以上、消尽に該当することはないとする本判決の判断に関しては(結局、権利濫用により請求を棄却しているので傍論ではあるが)議論の余地がないというわけでもないように思われる。
 そこで、まずは前掲最判[液体収納容器]が打ち立てた法理を確認する作業から着手することにしよう。

 2) インクカートリッジ事件最高裁判決の法理の確認
 インクカートリッジ事件の原審の知財高大判平成18.1.31判時1922号30頁(WestlawJapan文献番号2006WLJPCA01310001)[液体収納容器]※3は、消尽の成否につき、一般論として、「当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合」という「第1類型」と、「当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合」という「第2類型」があると説き、いずれかに該当すれば消尽の範囲外として特許権侵害を構成するというルールを採用した。
 しかし、その上告審である前掲最高裁判決[液体収納容器]は、結論は上告を棄却、原判決維持であったが、そこで説かれた一般論は、以下のように、知財高裁のそれとは全く様相を異にするものであった。

 「特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは、飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから、特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者は、その特許製品について、特許権を行使することが許されるというべきである。そして、上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり、当該特許製品の属性としては、製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工及び部材の交換の態様としては、加工等がされた際の当該特許製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。」

 そこでは、一定のルールめいたものが語られてはいるが(「当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、・・・特許権を行使することが許される」)、その判断の際に考慮すべき事情はまさに多種多様であり(「特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断する」、「当該特許製品の属性としては、製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工及び部材の交換の態様としては、加工等がされた際の当該特許製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となる」)、知財高裁の提示した二類型論とは異なり、後の裁判例において多様な運用が可能なものとなっている※4
 そこで、もう少し最高裁判決の真意を理解するために、その具体的な当てはめの作業を検討してみると、上記の一般論は、具体的な当てはめに際しては、第一に、「特許製品の属性」に照らした場合の本件の「加工及び部材の交換の態様」の評価、第二に、「特許発明の内容」に照らした場合の本件の「加工及び部材の交換の態様」の評価、そして、第三に、「取引の実情等」の評価の3つの作業に分かたれている。
 ① 「特許製品の属性」に照らした場合の「加工及び部材の交換の態様の評価」 「当該特許製品の属性」として、本判決は、「製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様」を挙げている。
 一般論としては、「特許製品」とは、製品中のクレイムにかかる部分に限定されるのか※5、それとも製品の全体を基準に考えるのかということが問題になるところである。クレイムの公示機能を重視すれば前者、消尽の法理が保障しようとする取引の安全を優先するのであれば後者が採用されることになろう。
 しかし、最高裁判決の俎上に載せられたのは、むしろ、原告製品にはインク補充用の開口部がなく、被告製品はインクタンクに穴を開けて製造されたという事情であり、最高裁は、これを侵害を肯定する方向に斟酌している※6
 ② 「特許発明の内容」に照らした場合の「加工及び部材の交換の態様」の評価
 最高裁は、インクの再充填によって特許発明の本質的部分を再び充足させる行為がなされていることを斟酌している。
 これについては、インクの再充填が特許発明の本質的部分に関わることを特許権侵害を肯定する方向に斟酌していると理解する通説と、特許権侵害を否定する方向に斟酌しうるに止まると理解する筆者の少数説が対立している。前者は、発明思想の保護を重視する考え方である※7。後者は、消尽の目的である取引の安全を重視し、取引の時点では容易に判別しがたい特許発明の本質的部分をもって消尽を否定することは許されないが、逆に、特許権はクレーム・ドラフティングに報いるために付与されるものではないから、本質的部分に関わらないところをクレイムの構成要素に含めるだけで消尽を妨げうることがないように、加工、交換が本質的部分に関わらない場合には消尽を肯定すべきであると理解する考え方である※8
 ③ 「取引の実情等」の評価
 最高裁判決は、一言、「取引の実情等」を総合考慮していると述べている。
 具体的に、最高裁が本件におけるどのような「取引の実情等」を斟酌したのかということは明示されてはいないが、判文に引用された事実関係のうち取引の実情に関わるものを列挙すると、包装箱、使用説明書やホームページにおいて、原告製品が使い切りタイプであることが示されており、交換用インクタンクには新品を利用することが推奨されているとともに、使用済み品の回収活動への協力が呼びかけられていること、原告がリサイクル品や詰め替えインクの製造販売をしていないこと等が摘示されている。逆に言えば、これらとは反対の事情が認められる事案では、消尽が肯定される可能性があるということになろう※9
 また、「取引の実情等」に関しても、①と②の要素による場合には消尽が否定される結論に至る場合に、例外的にこれを考慮して消尽を肯定することはあり得ても、それとは逆に、①と②の要素によって消尽が肯定されうる場合に、取引の実情等を理由に消尽が否定されることはないと解すべきであろう。さもないと、取引の安全を保障するために消尽を肯定すべきであり(①の要素に関する判断)、特許発明の保護という観点から消尽を妨げる必要がない(②の要素)にも関わらず、消尽が否定されることになりかねないからである。消尽の法理の根拠が、積極的には取引の安全の保障に、消極的には特許権者に特許製品の拡布の際に権利行使をなす機会があったことに求められる以上※10、そうした要請が満たされている限りは、消尽を肯定すべきなのである。

 3) メモリの書換えによりリサイクルが行われる場合の消尽の成否
 このインクカートリッジ事件最高裁判決の法理の下では、本判決が指摘しているように、かりに本件の被告製品が、従前同様、メモリの書換えという態様でリサイクル品を製造し販売していた場合には、本件特許権の消尽の範囲内であり特許権侵害に該当しないことは明らかであるように思われる。
 第一に、「特許製品の属性」に照らした場合の「加工及び部材の交換の態様の評価」について。
 前掲最高裁判決[液体収納容器]の説示に従って、「製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様」を勘案すると、本件のカートリッジは消耗品であるトナーの充填が予定されており、トナーが消費されただけでは耐久材である他の部材はその有用性を損なわれるものではない。リサイクル品はこれらの耐久材をそのまま流用し、ただそもそも特許のクレイムの外にある消耗品であるトナーを取り替えたに過ぎない。メモリも書換防止措置が施されていない以上、製品の構造上、書換えが予定されていないということはできない。また、情報の書換えのみに止まるのであれば、物理的には完全に元の純正品がそのままリサイクル品に流用されるに止まる。
 第二に、「特許発明の内容」に照らした場合の「加工及び部材の交換の態様」の評価について。
 本件の特許発明1から3の解決すべき課題とそれに対する解決手段は、いずれも情報記憶装置の物理的構造にかかるものであり、本件特許発明の各請求項で「情報記憶装置」に該当するメモリ内にいかなる情報が書き込まれているかとは関係がない※11。ゆえに、リサイクルがメモリの書換えに止まっているのであれば、特許発明の本質的部分と一切抵触することはない。
 第三に、「取引の実情等」について。
 以上のように、①、②の要素ともに消尽を肯定すべきである以上、筆者の理解の下では、取引の実情等によって消尽を否定すべき特段の事情の有無に関わらず、消尽が肯定されるが、いずれにせよ、本件では、従前のメモリの書換えに対して消尽を妨げるような取引の実情があるということは認定されていない。
 本判決も、本件各発明が、情報記憶装置(電子部品)の物理的な構造や部品の配置に関するものであることを指摘したうえで、「被告らが行っている原告電子部品のメモリの書換えは、情報記憶装置の物理的構造等に改変を加え、又は部材の交換等をするものではなく、情報記憶装置の物理的な構造はそのまま利用した上で、同装置に記録された情報の書換えを行うにすぎないので、当該書換えにより原告電子部品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと評価することはできない」ということを理由に、特許権侵害を否定している。
 簡潔ながらも、「特許発明の内容」に関して、発明の技術的思想に関わる部分が改変等されているのか、「特許製品の属性」に関して、物理的な構造に改変等されているのかということが斟酌されており、穏当な判断ということができる※12。これら二つの要素によって消尽が肯定されると判断される場合に、取引の実情等に言及することなく、消尽肯定の結論を維持している点は、前述した筆者の立場と整合する。

 4) メモリの取替えによるリサイクルが行われる場合の消尽の成否
 以上のように、かりに本件で被告製品がメモリを書き換えることによりリサイクルされたものであったのであれば確実に消尽が成立していたと考えられるところ、本件では、被告はメモリを取り替えることによりリサイクルを実現している。
 本判決は、結論として権利濫用により侵害を否定しているので傍論ではあるが、「「特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは、飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られる」(インクタンク事件最高裁判決)と解されるので、特許製品である「情報記憶装置」そのものを取り替える行為については、消尽は成立しないと解される」と判示して消尽を否定している。
 この点は、改変や部材の取替えの量を質的に評価する場合に、分母として取引されている製品(本件であればトナーカートリッジ)をとるのか、それとも特許の実施部分(本件であれば「情報記憶装置」=電子部品)をとるのかという問題がある。インクカートリッジ事件最判は「特許製品」の新たな製造という文言を使用しているため、明言されているわけではないが、特許の実施部分を分母とする見解が採用されていると読むのが素直な理解なのかもしれない。本判決も、この考え方を採用している。
 本判決のような取扱いに対しては、あるいは、特許の実施部分(=電子部品)が、取引されている製品(トナーカートリッジ)の一部を占めるに過ぎない場合に、その部分を取り替えるだけでも全部取替えであり消尽に該当しないと判断されてしまうと、取引で全体製品を取得した者としてはどの部分に特許が存在するのかということに目配りせざるを得ず、製品の円滑な流通を重んじた消尽の趣旨に悖るという批判が加えられるかもしれない。しかし、消尽理論は、取得した製品が特許の侵害品であった場合には消尽を否定することから明らかなように、取引の安全のみを貫徹する法理ではなく(もしそうであれば侵害品であっても消尽を肯定することになるはずである)、特許権者の保護にも配慮する法理であり、ゆえに、転得者は取得した製品が特許権を侵害するものであるのか否かについては目配りをすることが求められている、つまりクレイムには気をつけるべきことが求められているのである。そうだとすると、解釈論としては、クレイムがいったいどの範囲をカバーしているのかということを確認する作業も転得者の責任とする、つまり、分母は特許の実施部分で考えるという立場を是とすべきだということになろう※13
 結論として、特許の実施部分であるメモリを全て取り替える行為であることを理由に消尽を否定した本判決は、インクカートリッジ事件最高裁判決の理解としては正鵠を射たものであったといえる。

 3 特許権者が消尽を妨げる措置を講じた場合の消尽法理・権利濫用の成否
 1) 問題の所在
 もっとも、本件で被告がリサイクル品を製造販売する際に、メモリの書換えではなく取替えに及んだ理由は、原告特許権者が、特許を実施するカートリッジに限ってメモリの書換えを防止する措置を施したからであった。純正品のメモリをそのままにしたままトナーを充填したリサイクル品を製造販売した場合、購入者がリサイクル品を使用するとプリンタのトナー残量表示の箇所に「?」と表示されてしまうので、被告はそれを防ぐべく、メモリを書き換えていたのであるが、原告が施した措置により書換えが困難となったため、メモリを取り替えるという所為に及んだのである。
 インクカートリッジ事件最判は、この種の事情がある場合にどのように処理すべきかということについてはなにも語るところがない。他方、抽象論ながら、このような事情は消尽を肯定する方向に斟酌すべきである旨を説いたのが、その原審の前掲知財高大判[液体収納容器]であった。そこで、以下ではこの論点に関する同判決の法理を確認する作業に移行することにしよう。

 2) インクカートリッジ事件知財高裁大合議判決の法理の確認
 前掲知財高大判[液体収納容器]における純正品である原告特許権者のインクカートリッジは、純正品製造の際にインクを充填するために用いた注入口が塞がれており、他に注入口が設けられたわけではないので、被告製品は新たに注入のための穴を設けてインクを注入していた。同事件では、こうした事情が、製品の構造中、インクの入換えが予定されていないということで、消尽を否定する方向に働くのではないかということが問題となった。しかし、知財高裁は、以下のように、原告製品にインク充填用の穴が設けられていないことは本件発明の目的上不可避的な構成ではなく、被告製品の製造方法は一般のリサイクル品の製造方法とほぼ同じものであるから、被告製品がその製品化に際しインクタンク本体に穴を開けていることをもって消耗部材の交換に該当しないとはいえない、と判示した。

 「特許権者の意思によって消尽を妨げることはできないというべきであるから、特許製品において、消耗部材や耐用期間の短い部材の交換を困難とするような構成とされている(例えば、電池ケースの蓋が溶着により封緘されているなど)としても、当該構成が特許発明の目的に照らして不可避の構成であるか、又は特許製品の属する分野における同種の製品が一般的に有する構成でない限り、当該部材を交換する行為が通常の用法の下における修理に該当すると判断することは妨げられないというべきである。」
 「控訴人〔原告〕製品にはインク補充のための開口部は設けられていないので、上記工程においては、液体収納室の上面に洗浄及びインク注入のための穴を開けた上で、インクタンク内部の洗浄及びインクの注入をした後に、この穴をふさいでいるものであるが、控訴人〔原告〕製品においてインク充填用の穴が設けられていないことは、本件発明1の目的に照らして不可避の構成であるとは認められない。なるほど、本件発明1においては、液体収納室が実質的な密閉空間であることも構成要件の一つとされており(構成要件B)、この構成要件は、本件発明1の目的を達成する上で技術的な意義を有するものである(液体収納室が密閉されていなければ、空気が入ってインク漏れの原因となる。)が、防水機器など外部が密閉カバーにより覆われている構成の製品においては、消耗部材を交換し、あるいは内部の部材の修理を行う際に、一時的に密閉状態を解消することは通常行われていることであり(例えば、防水腕時計において、消耗部材である電池の交換をする際には、蓋が開けられて密閉状態が一時的に解消される。)、密閉空間であることが必要であるとしても、本件インクタンク本体にインク補充のための開口部を設けないことが不可避な構成ということにはならない(現に、弁論の全趣旨によれば、控訴人〔原告〕製品のうちには、当初インクを充填した際に液体収納室に設けた穴がプラスチックのボール状の部材によってふさがれていて、当該部材を液体収納室へと押し込み、又はこれを取り除くことによってインク充填のための開口を確保することができる、新たな穴を開けることを要しない構成のものが存在する。)。したがって、被控訴人〔被告〕製品を製品化する工程において、本件インクタンク本体に穴を開ける工程が含まれていることをもって、丙会社の行為を、消耗部材の交換に該当しないということはできない(注:〔〕内は筆者による)」。

 消尽の効果は、特許権者が拡布した製品がいかに転々流通しようとも特許権の行使を認めないものと解されており、そうした物権的な効果を、特許権者の単独の意思表示であるとか、最初の製品の購入者等との契約により妨げることはできないと考えられている※14。しかるに特許権者の側が、必要もないのに、製品の構造をいじることで消尽の効果を妨げることができるのだとすれば、そうした消尽法理の要件構造が無意義に帰す。さらにいえば、こうした事情をもって消尽が否定されてしまうとなると、逆に特許権者側としては、消耗品で排他的に利益を取得しようというビジネスの方針を製品の構造に反映させればよいということになり、無理にでも消耗品を取換え困難とするような設計に走らせることになりかねない。この種の製品の設計が、このタイプの消尽法理の適用を免れるためだけの目的で施されるのだとすれば、同法理は社会的に非効率的な行為を誘発することになりかねない※15。液体収納容器事件の知財高裁大合議判決の示した判断は正鵠を射たものであるといえよう。
 もっとも、この論点は、液体収納容器事件の上告審である前掲最判[液体収納容器]では扱われていない。しかし、調査官解説によると、それは、この点に関する本判決の論理を採用しなかったからではなく、事実の評価の問題として、リサイクルを許さない構造となっていることにその必要性があると判断したからである、とされている※16
 たしかに、上告審判決には、「被上告人〔原告〕は、被上告人〔原告〕製品のインクタンクにインクを再充てんして再使用することとした場合には、印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることから、これを1回で使い切り、新しいものと交換するものとしており、そのために被上告人〔原告〕製品にはインク補充のための開口部が設けられておらず(注:〔〕内は筆者による)」という件がある。調査官解説によると、「これは、インクタンクを一回使い切りのものとすることについて機能上相応の合理性が存する点に着目し、インク補充のための開口部が設けられていないという上記構造がその機能的合理性に基づくものであることを前提に(必要もないのに電池を交換できないようにするようなこととは異なる。)、当該特許性品の属性、加工及び部材の交換の態様を考慮しようとするものであると解される」※17
 こうした前提に立脚する同最高裁判決が、そのような前提と異なる事案、すなわち、必要もないのにリサイクルを防止する構造が採用されていた事案において、そうした事情を消尽を否定する方向に斟酌すべきでないとした原判決の論法を否定する趣旨でないことは明らかであろう(もちろん、なにも言っていない以上、肯定する趣旨であるともいえないが)。実際、調査官解説も、同最高裁判決は「特許権者の意向によって自在に特許権行使の可否が決定されることを是認するものではないと考えられる」と明言している※18
 学説でも、同様に、特許権者側が拡布した特許製品が、合理的な理由なく、リサイクルを阻止する構造となっている場合には、その構造を変形したとしても消尽が否定されることはないと解すべきであるという見解が主流を占めている※19

 3) 本件への当てはめ
 この理を本件に当てはめてみると、たしかにメモリの取替えは、メモリの書換えと異なり、クレイムである情報記憶装置そのものの取替え行為である点で、他に特段の事情(インクカートリッジ事件最高裁判決にいう「取引の実情等」)がない限り、消尽が否定されるべきと目される事件であることは前述したとおりである。しかし、本件での問題は、本判決が正しく焦点を当てたように、このように被告らをしてメモリを取り替えざるを得なかったのは、原告がメモリの書換えを困難にしたことに起因しているということである。
 この点に関しては、特に次の2点に留意する必要がある。
 第一に、本判決は、以下のように論じて、原告が書換えを防止する措置を講じる必要性や合理性が存在する場合には、その必要性、合理性の程度を、特許権侵害を肯定した場合の不利益と衡量したうえで、(権利濫用論によるものではあるが)侵害を否定するか否かを決すべきであるとしている。

 「譲渡等により対価をひとたび回収した特許製品が市場において円滑に流通することを保護する必要性があることに照らすと、特許製品を搭載した使用済みのトナーカートリッジの円滑な流通や利用を特許権者自身が制限する措置については、その必要性及び合理性の程度が、当該措置により発生する競争制限の程度や製品の自由な流通等の制限を肯認するに足りるものであることを要するというべきである。」

 たしかに、かりに消尽を防ぐ目的以外に必要性や合理性がない措置に基づいて消尽が否定されてしまうのであれば、前掲知財高大判[液体収納容器]が説くように、特許権者の意思により消尽の効果が妨げられないと解されていることと平仄が合わなくなる。その反面、かりになんらかの必要性や合理性があるというのであれば、そのような書換制限措置によって守られるべき利益との関係で、場合によっては、特許権侵害を否定してしまうことが書換制限措置を施すことに対して過剰なディスインセンティヴとなることがないよう、消尽を否定するという結論を採用しなければならない場合があり得よう。
 当てはめのところでは、本判決は、本件書換制限措置が特許にかかる技術の保護や侵害の防止と関連性を有しないことに争いがないことを指摘したうえで※20、特許の実施品以外のトナーカートリッジについて書換制限が施されていないことをもって、「本件各特許の権利行使の可能性を考慮して上記各シリーズの機種についてのみ本件書換制限措置がされたのではないかとの疑念を払拭することはできない」と断じている。そして、トナーカートリッジの再生品市場にトナー残量表示が不正確な製品が多く流通しており、そのメモリの書換えを制限することにより「?」以外の残量表示を行うことができないようにしないと原告製品に対する信頼を維持することが困難であるなど、本件書換制限措置を行うことを正当化するに足りる具体的な必要性があったと認めることはできないこと、トナーカートリッジの電子部品のメモリに記録された情報が製品の品質性能の向上や新製品の開発等に有用であるとしても、純正品のメモリに記録された情報を解析することによりその目的は達成できるのであるから、そのことから直ちにその書換えを制限することまでが正当化されるわけではないことを指摘して、書換制限措置の必要性や合理性を否定している※21。いずれも事実認定の問題となるので、これ以上の論評は控えたい。
 第二に、本判決は、トナー残量が「?」と表示されるカートリッジを市場で販売した場合、「被告らは、競争上著しく不利益を被ることとなる」と判示している。たしかに、トナー残量を「?」と表示することが競争上何らの影響も与えないことが明らかであれば、被告はそれを回避するために、あえてメモリを取り替える必要はなかったのだから、そのような不必要な行為をなした被告をして特許権侵害の責任を免れしめる必要もないと判断すべきであろう。
 もっとも、本判決の「競争上著しく不利益を被る」という文言は、一見すると、(権利濫用論により)特許権侵害を否定する結論を導くうえで、「?」表示が被告に与える競争上の不利益の程度が高度のものであることを要求しているように読める。しかし、競争上の必要性の要求が高度のものとされる場合には、リサイクル品業者としては、競争上の必要性が認められて特許権の権利行使を免れるものであるのか否かということについて、予測が困難な状況に追い込まれざるを得ない。そして、ひとたび特許権侵害が肯定された場合の損害賠償その他の責任の重大性に鑑みると、証明に不安がある場合には、トナー残量の表示をあきらめるという競争上の不利益をもって市場に参入するか、そもそもそのような不利な地位に陥るほかないのであれば競争自体を諦めるかの選択を迫られることになりかねない。
 他方で、消耗品市場は、かりに独占が許されるとすれば純正品業者にとっては高額の利潤を見込める市場である。相対的に高額のハードウェア(本件でいえば、プリンタ)を購入したユーザーにとっては、ハードウェアを使用するために必要な消耗品が少々高額であったとしても、他のハードウェアに乗り換えるという選択肢は現実的ではないからである。ゆえに、そのような純正品業者にとって、利潤を消失させるリサイクル品業者の新規参入は、これをなくすに越したことはなく、新規参入を閉ざす戦略を駆使する強い動機付けが働く。そのような状況下で、競争上の必要性の証明について高いハードルが設けられる場合には、純正品業者としては、グレーの領域において、トナー残量を表示できるようにするためには特許権の技術的範囲と抵触する行為を行わなければならないように仕向けることにより、リサイクル品業者の判断を迷わせ、特許権侵害に追い込んだり、新規参入を阻止したりするという機会主義的な戦略をとることが可能となってしまう。
 もちろん、トナー残量表示の妨害行為に何らかの必要性があるのであれば、前述したように、そのような正当な理由を競争阻害効果と衡量したうえで、特許権者の権利行使が許容される場合はあり得るが、特許権者の機会主義的な行動を抑止するためには、特許権者において正当な理由が証明されることを要求すべきであり、他方で、リサイクル品業者にとってのトナー残量表示をなすことの必要性については高度のものを要求すべきではない。特許権者はいわばフリーハンドで様々な戦略を採用することが可能であるのに対し、リサイクル品業者は特許権侵害の責任というリスク下において判断をしなければならない点で、両者は非対称的な地位にある。そのようなリスク下にない者の判断と、リスク下にある者の判断とでは、おのずから要求される水準が異なって然るべきであり、さもないと特許権者の機会主義的戦略にお墨付きを与えることになりかねない。
 本判決自身、結論として「競争上著しく不利益を被る」と認定しているのであるから、その文言のみを重視して、本判決をして高度な証明を要求していると理解する必然性はないというべきであり、またそう理解すべきでもない。
 そして、その肝心の当てはめのところでは、本判決は、以下のように説いている。

 「プリンタメーカーである原告自身が品質上の理由から純正品の使用を勧奨していることや、価格差にもかかわらず再生品の市場占有率が一定にとどまっていることなどに照らすと、我が国において再生品の品質に対するユーザーの信頼を獲得するのは容易ではないものと考えられる。このような状況下において、トナーの残量が「?」と表示される再生品を販売しても、その品質に対する不安や保守・管理上の負担等から、我が国のトナーカートリッジ市場においてユーザーに広く受け入れられるとは考え難い。」

 たしかに、往々にして、純正品のほうが高い価格でもリサイクル品等より売れ行きがよいことは、ユーザーにとって、相対的にリサイクル品等よりも純正品に対する信用のほうが高いことを示している。したがって、中古品であるリサイクル品を用いて市場に参入しようとする本件被告らのようなリサイクル品業者にとって、リサイクル品に対するユーザーからの信頼を勝ち取ることは容易ではない。そのような中、残量表示部分に疑問を表す符号である「?」マークが表示されるということは、単にトナー残量を表示し得ないという不便がユーザーに生じるというに止まらず、トナー残量が表示されないところがあるということは他にもいろいろと不具合があるかもしれないという不安感をユーザーに喚起することになりかねない。そうなってしまえば、ただでさえ信頼を勝ち取ることに苦労するリサイクル業者にとっては、競争上、致命的なものとなりかねない。したがって、残量表示に「?」が表示されるということは、残量を表示するという機能一つに止まらない不利益をリサイクル品業者に与えるものであるかもしれない。そのため、リサイクル品業者にとってはかかる表示を防止する対策を講じることに強い動機付けが存在する。それに対して、かりに、トナー残量を表示する機能だけに着目して、その点の必要性について高いハードルを要求することは、本件の残量表示が競争に与える影響を看過することになりかねない。本件の残量表示が競争に与える影響に関する本判決の最終的な判断は、事実認定の問題であるから、それに対する評価はやはり控えることにするが、その判断の手法について述べた本判決の上記説示は、リサイクル品に関して一般的に認められると思われる事情を踏まえたものと認められ、もとより正当なものといえよう。
 ところで、本判決が「競争上著しく不利益を被る」という、ともすれば高度の不利益を要求しているかの如き口吻を示したのは、あるいは、本件では直接、消尽が否定されるわけではなく、特許権侵害に該当するが、他方で、独占禁止法の適用により、例外的に、特許権の行使と認めるべきではないと判断されることになるのだから、かかる例外を基礎付けるために、被告が被る競争上の不利益は相当に大きいものでなければならないという発想が控えていたのかもしれない。そもそも、特許法と独占禁止法との関係を、そのような原則と例外と捉えたうえで、後者の規制を発動することについて謙抑的になる必然性はないように思われるが、そのことを脇に置くとしても、本件では独占禁止法の助けを借りなくとも、消尽の枠内かシカーネ的な権利濫用で請求を棄却できるはずであり、またそうでなくともいずれにせよ原告の一連の行為(残量を「?」と表示させるとともに書換制限措置を施したこと)は特許権の行使と無関係の行為である。この点は後述する。

 4) 本判決の法律構成について
 さて、ここで改めて本判決の判旨中、非侵害との結論を導いた法律構成にかかる部分を検討してみよう。この部分の本判決の説示は、以下のような3段階の構成となっている。

 ①「上記(1)ないし(5)によれば、本件各特許権の権利者である原告は、使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定した上で、本件各特許の実施品である原告電子部品のメモリについて、十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより、リサイクル事業者である被告らが原告電子部品のメモリの書換えにより本件各特許の侵害を回避しつつ、トナー残量の表示される再生品を製造、販売等することを制限し、その結果、被告らが当該特許権を侵害する行為に及ばない限り、トナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で、当該各特許権の権利侵害行為に対して権利行使に及んだものと認められる。」
 ②「このような原告の一連の行為は、これを全体としてみれば、トナーカートリッジのリサイクル事業者である被告らが自らトナーの残量表示をした製品をユーザー等に販売することを妨げるものであり、トナーカートリッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告らとそのユーザーの取引を不当に妨害し、公正な競争を阻害するものとして、独占禁止法(独占禁止法19条、2条9項6号、一般指定14項)と抵触するものというべきである。」
 ③「そして、本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと、同措置を行う必要性や合理性の程度が低いこと、同措置は使用済みの製品の自由な流通や利用等を制限するものであることなどの点も併せて考慮すると、本件各特許権に基づき被告製品の販売等の差止めを求めることは、特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして、権利の濫用(民法1条3項)に当たるというべきである。」
 このうち③の結びの部分で、本判決が特許権侵害を否定するために特定した理屈は、文言上、消尽法理ではなく、権利濫用である。しかし、消尽法理自体、特許法の条文に定められているものではないから、かりに法文に淵源を求めるのであれば、信義則、もしくは権利濫用に依拠せざるを得ないということがかねてより筆者らにより指摘されていた※22
 したがって、本件においては消尽を肯定することにより侵害を否定すべきであると考える筆者の立場からも、本判決が法律構成として権利濫用を持ち出したこと自体は、特に異とする必要はないと考える。判文中の「権利の濫用(民法1条3項)に当たる」という部分に変えて「本件特許権の行使が制限される」(前掲最判[液体収納容器]が消尽の成否により権利侵害を肯定するか否かということを判示する際に末尾に用いた文言)を入れたとしても、消尽法理が特許法の趣旨から導かれるものであることに鑑みれば、完全に意味がとおるからである。
 そして、たしかに、権利濫用論という一般法理固有の問題として考えても、本判決が①で指摘したように、被告らが元来、権利を侵害しない行動をとることができたにも関わらず、そして他に必要性や合理性がないにも関わらず、権利を侵害せざるを得ない状況を作り出したうえで、その結果なされた特許権侵害行為に対して特許権を行使することは、権利の濫用に該当するという評価は、消尽法理という文脈を離れた権利濫用論の一般法理固有の問題として考察しても、同様の結論に至るべきものであるように思われる。原告の特許権を取得し書換防止措置を施した一連の行為に他に「十分な必要性及び合理性が存在しない」以上、当該行為は、リサイクル業者が権利侵害しないことには再生品の製造販売をなし得ないような状況を作り出す目的で意図的になされており、加えて、それを正当化する目的も存在しないと評価せざるを得ない。本来、相手方が享受し得たはずの非侵害(=消尽)という効果を妨げ、侵害せざるを得ないように仕向けることだけを目的としてなした措置に基づいて権利を行使することは、まさにシカーネ※23の典型として権利の濫用に該当するというべきであろう。
 もっとも、本判決は権利濫用を肯定するに当たり、②の部分でさらに独占禁止法をも援用している。しかし、ここまで検討してきたように、本件は、あえて独占禁止法を持ち出さずとも、前掲知財高大判[液体収納容器]に端を発し、諸般の事情の考慮を許す前掲最判[液体収納容器]の法理の下でも適用可能な消尽法理によるか、あるいは本来適用可能であったはずの消尽法理の適用を否定することだけを目的とした措置により権利行使をなすことは許されないという権利濫用論により特許権侵害を否定すれば足りるのであって、それ以上に独占禁止法の論点に立ち入らなくても侵害を否定することができたように思われる。

 4 独占禁止法違反の判断を経由しない法律構成の実益
 1) 序
 このように独占禁止法違反の判断を経由せず、消尽(あるいは、消尽を回避したことを理由とするシカーネ的権利濫用)の枠内で処理するという法律構成には、以下のようなメリットを認めることができよう。

 2) 独占禁止法21条論に立ち入る必要がなくなること
 第一に、消尽(or消尽を回避したことを理由とするシカーネ的権利濫用)を否定し、被告の行為が特許権侵害であるという前提をとる場合には、そのような被告に対する原告の本件特許権の行使については、形式的には、独占禁止法21条の適用除外が適用されるように読めるので、その点をクリアしなければならないというハードルが待ち構えているところ、消尽(あるいは、シカーネ的権利濫用)によりその前提を崩してしまうのであれば、この21条論に立ち入る必要がなくなるという実益があるといえばあるといえる。
 独占禁止法21条に関する一般論をいえば、特許権の行使が独占禁止法に違反することがあるのか、違反するとしてその要件はどのようなものとなるのか、ということが議論されている※24。大方の学説は、特許法が「権利の行使と認めている行為」について、独占禁止法は特許法の判断を尊重すべきであるという考え方を支持しており、とりわけ特許権の「本来的行使」とされることもある差止請求権の行使の制限には謙抑的な態度で臨むべきであるとされている※25。しかし、他方で、筆者のように、その種の聖域を認めることなく、権利行使を認めた場合と認めなかった場合との競争阻害効果と競争促進効果を衡量して独占禁止法違反となるか否かを判断すべきであるという見解も唱えられている※26、27
 こうした一般論における対立を反映して、本件のようなリサイクル品に対して特許権が行使される場合の処理についても、特に上述した少数説に与する立場から、当該特許発明の課題を解決することがどの程度必要とされているのか、その課題解決のために当該特許発明がどの程度有用な効果を奏するのか、かりに当該特許発明の保護が必要であるとしても問題となっている権利行使よりも「制限的でない他の手段」(less restrictive alternative)が存在するのではないかということを衡量すべきことが提唱されている※28
 もとより少数説に立つ筆者も、こうした考え方を支持するものであるが、ただ本件に関しては、このような多数説、少数説の対立に踏み込むまでもなく、原告の特許権の行使に対して独占禁止法21条の適用除外から外すことができると考えている。なぜならば、本件では独占禁止法違反とされるべき行為は、メモリを書き換えない限り再生品のトナー残量が「?」と表示するように仕組むとともにメモリの書換えを困難にしたことにあるのであって、これら一連の行為自体は、前述したように、本件の特許発明の技術的思想の保護とは関係のない措置でしかないからである。メモリの書換えを困難にする行為が特許権の行使とはいえないことは自明であり、ゆえにそれを独占禁止法違反と認定することに、特許権の行使と独占禁止法の関係という一般論に立ち入る必要はない※29
 本件における独占禁止法違反が特許権の行使とは関わり合いのないものであることは、この独占禁止法違反を解消するために原告側がどのような措置をとればよいのかということを検討することによっても明らかとなる。本件で、原告側が独占禁止法違反を回避したいのであれば、メモリの書換えを困難とすることを止めるか、あるいは、いかなるメモリが差し込まれようとも適切な残量表示がなされるようにすればよいだけの話であって、独占禁止法違反を解消するために、特許権の行使を諦めなければならないわけでもない。そして、そのようにメモリを書き換えることが容易となるか、書き換える必要がなくなるのであれば、被告側としてはメモリの取替えを続行する理由はなく、コスト的に考えてもただちにそれを停止すると見込まれるから、差止請求権を行使する必要性もなくなるだろう。
 したがって、本件では原告の一連の行為は特許権の行使とは何ら関係がないものとして、独占禁止法21条が適用されることはないと扱いつつ、そのうえで独占禁止法違反の認定が必要だというのであれば、特許権が関わらないという意味で通常の事例と同様に独占禁止法違反の有無を認定すれば事足りたように思われる。
 これに対して、本判決は21条論に立ち入りつつ、知財高判平成18.7.20平成18(ネ)10015[日之出水道機器]※30、東京高判平成15.6.4平成14(ネ)4085WestlawJapan文献番号2003WLJPCA06040007)[パチスロ・パテント・プール]※31を踏襲し、「特許権の行使が、その目的、態様、競争に与える影響の大きさなどに照らし、「発明を奨励し、産業の発達に寄与する」との特許法の目的(特許法1条)に反し、又は特許制度の趣旨を逸脱する場合については、独占禁止法21条の「権利の行使と認められる行為」には該当しないものとして、同法が適用される」と説いている。
 しかし、いずれにせよ、このように従前の裁判例の抽象論の枠組みの下で独占禁止法21条に臨むのであれば、結局、21条が大きなハードルを形成することにはならないだろう。繰り返しになるが、本件で独占禁止法上問題とされる一連の行為は、形式的には特許権の行使と目される特許権侵害との主張を含めて把握したとしても、再生品を使用した場合にはトナー残量が「?」と表示されるように仕組むとともに、メモリの書換制限措置を施し、もって、被告が特許の実施部分であるメモリを取り替えざるを得ない状況を作出したうえで、被告に対して特許権を行使したというものであって、被告をしてわざわざ侵害をせざるを得ない状況に追い込んだうえで侵害を主張したという原告の目的に照らして、特許権を保護する必要性に乏しいと判断することは可能であろう。それならば、特許権の行使の「目的」を問題視する本判決が採用した枠組みにより、21条の適用除外を認めず、あとはやはり通常の事例と同様の判断枠組みをもって、たとえば市場における競争減殺などの独占禁止法上問題とすべき競争阻害効果が生じているのであれば独占禁止法に違反すると判断することに支障はなくなるというべきであろう※32

 3) 独占禁止法上問題とすべき市場の画定が不要となること
 判決は、本件の原告の一連の行為が不公正な取引方法の一般指定14項の競争者に対する取引妨害に該当すると帰結しているが、その際、本件で独占禁止法上問題とすべき市場がどこであるのかということを画定していない。しかし、一般指定の取引妨害は、不正手段型と競争減殺型に分かれるところ、後者であるとすれば、いったいどの市場で競争減殺が生じているかということを特定する必要があるというべきである※33
 あるいは、本判決を擁護する立場からは、本件は消尽すべきものを消尽しないように仕組んだことに違法性があるのだから、不正手段型の取引妨害であって、ゆえに市場における競争減殺効果を認定する必要はないという反論がなされるかもしれない※34。しかし、そのような主張はシカーネ的な権利濫用そのものであって、それで違法性が基礎付けられるというのであれば、あえて独占禁止法違反に持ち込む必要はない※35。独占禁止法を議論する実益があるとすれば、それはシカーネ的な権利濫用では処理し得なかった考慮が可能となる場合である。そうすると、本件ではやはり競争減殺型の取引妨害を論じる必要があることになろう。
 市場の画定に関しては、一方では、被告と原告が競争しているカートリッジ市場ではなく、原告が他の事業者と競争しているプリンタ市場に着目すべきであるという意見があり得よう※36。つまり、本件のプリンタに適合するカートリッジの市場において被告らのようなリサイクル業者等の競争者が存在しなかったとしても、プリンタが競争市場にあり、そこでプリンタの需要者がプリンタ導入後に使用しなければならなくなるカートリッジの価格等の条件も踏まえてプリンタを購入しているのだとしよう。そのような状況下では、原告のようなプリンタ業者がカートリッジ市場においてその価格を釣り上げるなど需要者にとって不利となるようなことを行えば、プリンタ市場においてそのことを知った需要者が他の競争者のプリンタに走ってしまうことになるので、結局、それが牽制となって、プリンタ業者はカートリッジ市場において価格釣り上げ等を行うことはできないはずである※37。したがって、プリンタ市場さえ競争的であれば、わざわざ独占禁止法がカートリッジ市場に介入する必要はなく、ゆえに、本件プリンタに適合するカートリッジの市場のみを取り出して、これを独占禁止法上問題とすべき市場として画定すべきではないということになろう。
 しかし、他方で、需要者がハード(本件でいえばプリンタ)に相応の関係特殊的投資(たとえば、当該プリンタの対価など、他のプリンタに乗り換える場合には無駄となってしまう投資)をなしている場合には、他のハードの選択肢は需要者にとって無意味となり、また購入したハードと互換性を有しない他のソフト(本件ではカートリッジ)の選択肢も需要者にとっては無意味となる。このような状態(これらの状態は一般にロック・インと表現されている)に需要者が陥っている場合には、かりにハード市場全体あるいはソフト市場全体を見ればシェアが大きいとはいえない等の理由により有力な事業者とはいえない事業者であっても、ハード購入後の互換品のソフトの市場では支配的地位に立つことがあり得るから、そのような互換品ごとに問題とすべき市場を画定しなければならない※38。そして、このように需要者の観点からみる場合、本件では、本件の原告製プリンタに適合する互換品のカートリッジ単独の市場をもって独占禁止法上問題とすべき市場と捉えるべきことになろう※39
 本件でいずれの市場に画定すべきかということは俄かには決しがたく※40、種々の事情を勘案する必要がある※41。そうだとすると、独占禁止法違反に立ち入ることなく、消尽(あるいは、シカーネ的権利濫用)により処理する方策には、かかる複雑な市場画定の問題に立ち入る必要がなくなるというメリットを認めることができよう。

 4) 損害賠償請求を棄却するという解釈を容易に導けること
 競争減殺型の取引妨害を理由とする法律構成は、特許権に基づく差止請求権を否定する結論を無理なく導けることはできるとしても、損害賠償請求まで棄却できるのかということは定かではない。つまり、差止請求さえ棄却すれば、被告はカートリッジの製造販売を続けることができ、それで競争は維持される。他方、被告が特許発明を実施していることに変わりない以上、損害賠償請求を認めて、そこからの対価を原告特許権者に還流させることが特許法の趣旨に適い、それでも(トナーカートリッジの売上げによる利益が全て吐き出されない限り)競争が維持されている以上、独占禁止法の趣旨を損ねることはないのだから八方丸く収まるではないか、という主張がなされうるからである。
 これに対して、消尽法理、あるいはシカーネ的な権利濫用論により処理する場合には、損害賠償請求をも棄却すべきであるという結論に容易に到達しうることになる。
 第一に、そもそも本判決が問題とした原告の一連の行為がなければ、被告らは消尽法理により対価を支払うことなく再生品の製造販売をなすことができたのである。いうまでもなく、消尽法理は、特許発明が利用されているとしても、前掲最判[液体収納容器]もその旨を説いたように、特許発明の実施品の流通を過度に阻害することなく取引を円滑化させることも積極的な根拠とし、特許権者が一度は対価を獲得する機会があったことを消極的な根拠として、対価を支払うことなく特許発明を実施することを認めるものである※42。そして、まさに取引の円滑化のために消尽法理は権利者の意思によりその効果が妨げられるものではないと解すべきものである以上、前掲知財高大判[液体収納容器]が指摘しているように、他に合理性や必要性もなく、消尽の効果を妨げることだけを目的とした措置により消尽の効果を否定すること、も認めるべきではない。だとすれば、本件で対価を支払う必要がないことは消尽法理が要請するところであるといえよう。
 第二に、一般法理としての権利濫用論に鑑みても、対価を支払う必要がない状況であった被告らに対し、他に正当な目的がないにも関わらず、意図的に権利侵害をなさざるを得ない状況を作出して対価の支払いを要求することは、典型的なシカーネとして許されるべきものではないというべきである。
 さて、この点に関する本判決の説示は以下のとおりである(「①」「②」と下線は叙述の便宜上筆者が付した)。

 「差止請求が権利の濫用として許されないとしても、損害賠償請求については別異に検討することが必要となるが、上記ア記載の事情に加え、①原告は、本件各特許の実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッジを譲渡等することにより既に対価を回収していることや、②本件書換制限措置がなければ、被告らは、本件各特許を侵害することなく、トナーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えることにより再生品を販売していたと推認されることなども考慮すると、本件においては、差止請求と同様、損害賠償請求についても権利の濫用に当たると解するのが相当である。」

 このうち①の部分は、消尽法理の消極的根拠と同旨を説いて権利者の要保護性に乏しいことを説くものであり、②の部分は本件で原告の一連の行為がなかった場合には消尽により対価を支払う必要がなかったことを斟酌することを求めるものであり、いずれも正当な考慮というべきであると考える。しかし、そうだとすると、少なくとも損害賠償請求については、本判決の理屈はシカーネ的な権利濫用論を一歩も出るものではなく※43、本件で独占禁止法に言及する必要はなかったという本稿の見立てがよりいっそう強化されることになる。

 [付記]本稿を作成するに際しては、東京大学大学院法学政治学研究科の張唯瑜特任助教のご協力を得た。記して感謝申し上げる。
 本研究は JSPS 科研費 JP18H05216および JP17H00984の助成を受けたものである。


(掲載日 2021年7月21日)

  • ここまで紹介したほかにも、被告電子部品は本件特許発明の技術的範囲に属すると判断され、さらに、被告主張にかかる無効の抗弁が退けられている。
  • 参照、田村善之[判批]NBL877号12~23頁・878号22~34頁(2008年)(同『特許法の理論』(2009年・有斐閣)295~334頁所収)。
  • 参照、酒迎明洋[判批]知的財産法政策学研究18号105~179頁(2007年)、田村善之[判批]NBL836号18~34頁・837号44~48頁(2006年)。
  • その意義とともに、田村善之「知財高裁大合議の運用と最高裁との関係に関する制度論的考察-漸進的な試行錯誤を可能とする規範定立のあり方-」法曹時報69巻5号1249~1250・1258~1261頁(2017年)[同『知財の理論』(2019年・有斐閣)258~260頁所収]。最高裁の調査官解説である、中吉徹郎[判解]『最高裁判所判例解説 民事篇平成19年度(下)』(2010年・法曹会)789頁も、原判決に比した本判決の基準の柔軟性を説く。
  • 田中成志「修理と再度の製造」『知的財産権の現代的課題』(本間崇還暦・1995年・信山社)187頁、田村善之「修理や部品の取替えと特許権侵害の成否」知的財産法政策学研究6号41頁(2005年)。
  • 前掲最判[液体収納容器]に先立って、特許製品が取替等を予定する構造であったか否かということを消尽の成否の決め手としていた裁判例として、東京地決平成12.6.6判時1712号175頁( WestlawJapan文献番号2000WLJPCA06060001)[フィルム一体型カメラ]。また、最判後に、同判決を引用したうえで、①の特許製品の属性(効用が喪失していることに着目)、加工および部材の交換の態様に着目する反面、②の特許発明の内容、すなわち発明の本質的部分に抵触する加工や交換が行われているかという事情は顧慮しないままに、消尽を否定した裁判例として、大阪地判平成26.1.16判時2235号93頁( WestlawJapan文献番号2014WLJPCA01169002)[薬剤分包用ロールペーパ](参照、青木大也[判批]Law & Technology 68号51~53頁(2015年))。この判決は、特許製品の属性に関する判断のみで特許製品が新たに生産されたといえるときは、特許発明の内容に立ち入ることなく消尽を否定して良いという立場をとっていると理解できる。他方、特許製品の属性に関する判断だけでは特許製品が新たに生産されたとまではいえない場合に、(インクカートリッジ事件知財高大判のように)特許発明の内容に照らして消尽が肯定されることがあるのかということに関しては、何も語っていないと理解すべきである。
  • 最判に先立って、原審の知財高大判[液体収納容器]の評価に関するものであるが、横山久芳[判批]知財管理56巻11号1686頁(2006年)、帖佐隆=黛祐佳[判批]知財プリズム52巻5号113頁(2007年)、井上由里子[判批]Right Now 20 号58頁(2006年)。
  • 田村/前掲注2・特許法の理論317~319頁。
  • 酒迎/前掲注3・178~179頁。筆者自身はこの種の事情は消尽の成否の問題ではなく、黙示の許諾の成否の問題として取り扱うほうが、理論として整理が良いと考えている(田村/前掲注5・43~49頁)。このように、消尽の範囲の問題と黙示のライセンスの法理の2段階を分けて考察することは、高橋直子「ファーストセイル後の特許権の行使」特許研究18号31~33頁(1994年)の示唆による。この発想を適用したものとして、名古屋地判平成11.12.22平成7(ワ)4290( WestlawJapan文献番号1999WLJPCA12220009)[中芯保持装置]。
  • 田村善之「消尽理論と方法特許への適用可能性について」同『特許法の理論』(2009年・有斐閣)264~267頁、同/前掲注2・特許法の理論302~303頁、前田健[判批]法学協会雑誌126巻8号1711~1713頁(2009年)、愛知靖之[判批]同『特許権行使の制限法理』(2015年・商事法務)202~204頁。
  • 本件特許発明1の解決すべき課題は、「装置本体への着脱可能装置の着脱時に、情報記憶装置の電気回路においてアースが充分にとれずに電気的に浮いた状態になり、電気的な破損が生じてしまう可能性があった」ところ(本件特許発明1明細書【0004】)、本件特許発明1は、各請求項に特定された構成を採用することで、「画像形成装置本体に対して着脱可能に設置される着脱可能装置に、接触式の情報記憶装置を設置した場合であっても、情報記憶装置の基板に形成された穴部に、画像形成装置本体の突起部に形成された接地用の本体側端子に係合するアース端子を形成しているため、情報記憶装置に電気的な破損が生じにくい、情報記憶装置、着脱可能装置、現像剤容器、及び、画像形成装置を提供することができる。また、端子が短手方向に隙間を空けて並設された複数の金属板であり、穴部が、画像形成装置本体の突起部に形成された接地用の本体側端子に接触するアース端子が形成され、複数の金属板のうち2つの金属板に間に挟まれる位置に配設されているため、穴部の中心から最も離れた位置にある端子までの距離を短くすることができ、端子の本体側端子に対する平行度が量産ばらつき等の理由でずれてしまったとしても、そのずれを最低限に抑えることができる」(本件特許発明1明細書【0022】)という態様で、前述した課題を解決することを試みるものである。
     本件特許発明2の解決すべき課題は、「従来の接触式の情報記憶装置においては、情報記憶装置に設けられた端子(金属パット)と画像形成装置本体の端子との位置決め不良により、それらの接触部分がずれてしまう不具合(接触不良)が生じる虞があった」ところ(本件特許発明2明細書【0004】)、本件特許発明2の各請求項に特定された構成を採用することにより、「画像形成装置本体に対して着脱可能に設置される着脱可能装置に、接触式の情報記憶装置を設置した場合であっても、画像形成装置本体のコネクタの本体側端子との位置決め不良による接触不良が生じにくい、情報記憶装置及び着脱可能装置を提供することができる」(本件特許発明1明細書【0027】)という態様で、前述した課題を解決することを試みるものである。
     本件特許発明3の解決すべき課題は、「従来の接触式の情報記憶装置においては、情報記憶装置に設けられた端子(金属パット)と画像形成装置本体の端子との位置決め不良により、それらの接触部分がずれてしまう不具合(接触不良)が生じる虞があった」ところ(本件特許発明2明細書【0004】)、本件特許発明3の各請求項に特定された構成を採用することにより、「本発明により、画像形成装置本体に対して着脱可能に設置される着脱可能装置に、接触式の情報記憶装置を設置した場合であっても、画像形成装置本体のコネクタの本体側端子との位置決め不良による接触不良が生じにくい、情報記憶装置及び着脱可能装置を提供することができる。」(本件特許発明3明細書【0027】)という態様で、前述した課題を解決することを試みるものである。
  • これに対して、特許製品の属性に関する判断のみで消尽を否定していた、大阪地判平成26.1.16判時2235号93頁[薬剤分包用ロールペーパ]の位置付けにつき、前掲注6を参照。
  • 田村/前掲注5・41頁、田村/前掲注2・特許法の理論330頁。
  • 田村/前掲注10・特許法の理論268~269頁。
  • 酒迎/前掲注3・139~140頁。
  • 中吉/前掲注4・791頁。
  • 中吉/前掲注4・791頁。
  • 中吉/前掲注4・791頁。同旨、横山久芳[判批]知財管理58巻7号945頁(2008年)、同[判批]判例時報2030号172頁(2009年)、前田/前掲注10・1730~1731頁(2009年)。
  • 横山久芳[判批]知財研フォーラム72号31頁(2008年)、前田/前掲注10・1730~1731頁、田村/前掲注2・特許法の理論315~316頁。
  • たしかに、いずれの特許発明も、情報記憶装置の物理的構造にかかるものであり、本件特許発明の各請求項で「情報記憶装置」に該当するメモリ内にいかなる情報が書き込まれているかとは関係がない。ゆえに、本件でメモリの書換えを不能としたところで、メモリを書き換えずそのままにしておいてただカートリッジにトナーを補充することは可能であり、そしてそのようにしてリサイクルされたカートリッジは、特許発明1から3の所定の構造を備えたままであって、原告製プリンタに接続する際に、カートリッジ内の書き換えられていないメモリが本件特許発明の作用効果を発揮することにも変わりがない。ただ、書き換えないままではプリンタ側の残量表示が正しく表示されないのであるが、これは特許発明の作用効果とは全く関わりのないことでしかない。メモリの書換防止措置は特許発明の実施を防ぐところが全くないのである。
  • ところで、前掲最判[液体収納容器]は、前述したように、抽象的に、インクの再充填により印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることを指摘するだけで、特許権者が再充填を防ぐために開口部のない一回限りの使い切り品として設計したことに合理性があると認めていた。しかし、当該事件の被告の製品のようにリサイクル品でも市場で通用していたのであるから、当該事件の原告の施した再充填を防ぐ措置が、果して印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を防ぐために合理的に必要なものであったのかは疑問があるように思われる。それにも関わらず、最高裁が合理性を認めている以上、本件においても合理性を認めるべきであるという意見が唱えられるかもしれない。
     しかし、前掲最判[液体収納容器]の理屈は、問題となった措置が物理的にインクの再充填自体を防ぐものであり、それがゆえに、インクを一回使い切りのものとすることによって、再充填による印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を確実に回避するものであると評価されたのであった。とにかく物理的に再充填をできなくする措置である以上、再充填による印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等の可能性を一切遮断するという意味で、目的に関連する措置であったと理解されたのである。その意味で、抑止しようとしている不都合とその措置との間の因果関係は極めて高度の蓋然性ないし必然的なつながりがあるものであった。
     それに対し、本件で問題となっている書換防止措置は、インクの再充填を物理的に防ぐものではなく、リサイクル品はプリンタ本体に接続して使用可能であるのだから、印刷品位の低下やプリンタ本体の故障を回避することを目的としているとは言いがたい。ゆえに、液体収納容器事件で問題となった措置に対する前掲最判[液体収納容器]の評価は、本件に及ぶものではないと解される。
  • 信義則を持ち出すのが、玉井克哉「日本国内における特許権の消尽」牧野利秋=飯村敏明編『知的財産関係訴訟法』(新・裁判実務大系4・2001年・青林書院)255頁、権利濫用を持ち出すのが、田村/前掲注2・特許法の理論266頁である。
  • 白羽祐三「シカーネと権利濫用論-「権利濫用理論の濫用」判決をめぐって」法学新報87号1頁(1981年)
  • 網羅的な俯瞰として、茶園成樹「知的財産権と独禁法(1)-工業所有権と独禁法」日本経済法学会編『独禁法の理論と展開[1]』(経済法講座第2巻・2002年・三省堂)167~186頁、裁判例に関し、青柳由香[判批]知的財産法政策学研究20号299~353頁(2008年)。
  • 和久井理子『技術標準をめぐる法システム』(2010年・商事法務)178~179頁を参照。多数説を体現するものとして、稗貫俊文「知的財産権と独占禁止法21条」同『市場・知的財産・競争法』(2007年・有斐閣)7~15頁。
  • 白石忠志『技術と競争の法的構造』(1994年・有斐閣)16~21頁、同「知的財産権のライセンス拒絶と独禁法——『技術と競争の法的構造』その後」『21世紀における知的財産の展望』(知的財産研究所10周年・2000年・雄松堂出版)242~245頁、田村善之「特許権の行使と独占禁止法」『市場・自由・知的財産』(2003年・有斐閣)142~147頁、同「特許権と独占禁止法・再論」日本経済法学界年報32号65~70頁(2011年)。
  • メタのレヴェルで、この問題の把握の仕方に関する理念型を俯瞰すると、以下のようにまとめることができる。
     一つは、特許権と独占禁止法は、前者が独占を認める法、後者が独占を禁止する法として、両法は目的において対立しており、ゆえに異質な法体系同士の調整が必要であるところ、それを特許権を優先する創設的な適用除外という形で処理したのが独占禁止法21条であると解する考え方である。
     他方、近時の通説的な把握の仕方はこれとは異なり、特許権と独占禁止法は、ともに産業政策ないし競争政策による産業の発展を目指すものであり、ゆえに目的のレヴェルでの対立はないが、ただその手法を異にしており、前者が権利を設定する法であるのに対して、後者が行為を規制する法であるところに相違があると理解する。そのうえで、大方の学説は、特許法が「権利の行使と認めている行為」について、独占禁止法は特許法の判断を尊重すべきであるという考え方を支持している。
     さて、そのようななか、筆者は、もう一歩先に進んで、権利 vs. 行為規制という発想から脱却し、いずれも規制すべき行為を規制するものでしかないが、ただどの時点でどの判断機関が規制するのかというところにおいてニュアンスに差異があり、ゆえに特許権と独占禁止法の関係は立法と特許庁と公取委と裁判所の役割分担の問題として論じるべきであるということを提言している(田村善之「特許権と独占禁止法・再論-権利vs.行為規制という発想からの脱却-」日本経済法学会年報32号53頁(2011年))。
     つまり、独占禁止法による規制も、特許制度も、目的を達成するための特定の行為の規制というゴールに向けて、市場、立法、行政、司法等の様々な機構が決定をする制度なのであり、特許庁が特許権の付与を認めたということは、その一連のプロセスのなかの一通過点に過ぎない(田村善之「プロ・イノヴェイションのための特許制度のmuddling through(5・完)」知的財産法政策学研究50号188~191頁(2018年)(同・前掲注4・知財の理論186~191頁所収)。したがって、両者の関係は、権利vs.行為規制という対立図式ではなく、同じ行為規制同士の間の調整問題としてもう少し肌理細かに把握する必要がある。
     具体的には、独占禁止法に比した知的財産法の特徴は、行為を規制する権限を私人に委ねており(=民事規制)、その地位を譲渡可能なものとしているところに存在する(=財産権化)。加えて、特に特許法の特徴として、規制すべき行為のなかから特定の要素(=「発明」)を取り出して、そこに特許庁の事前審査を介在させていることが重要である。他方、知的財産法に比した独占禁止法の特徴は、行為を規制する権限を公取委に(も)委ねているところにある(=行政規制)。そして、知的財産法と独占禁止法問題は、権利vs.行為規制という対立図式ではなく、同じ行為規制を実現していくうえで、これらの規制手法や決定機関の相違に鑑みた役割分担の問題として捉えられることになる(より詳しくは、田村/前掲日本経済法学会年報65~70頁)。
  • 舟田正之=伊藤隆史「互換品インクカートリッジ特許侵害訴訟と独占禁止法」法律時報84巻1号98~99・101頁(2011年)。
  • 参照、宮井雅明[判批]新・判例解説Watch 3頁(2021年)、渡辺昭成[判批]公正取引847号16頁(2021年)。
  • 「発明、考案、意匠の創作を奨励し、産業の発達に寄与することを目的(特許法1 条、実用新案法1 条、意匠法1 条)とする特許制度等の趣旨を逸脱し、又は上記目的に反するような不当な権利行使については、独禁法の適用が除外されるものではない」との一般論を示した判決である(参照、青柳/前掲注24・299~353頁)。
  • 「パテントプールの運用の方針、現実の運用が、特許法等の技術保護制度の趣旨を逸脱し、又は同制度の目的に反すると認められる場合には、特許法等による権利の行使と認められる行為に該当せず、独禁法違反の問題が生ずることがある」と判示した判決である。
  • 独占禁止法21条に関する学説の子細は他に譲るが(網羅的な俯瞰として、茶園成樹「知的財産権と独禁法(1)-工業所有権と独禁法」日本経済法学会編『独禁法の理論と展開[1]』(経済法講座第2巻・2002年・三省堂)167~186頁、裁判例に関し、青柳/前掲注24・299~353頁)。
  • 白石忠志「独禁法一般指定15項の守備範囲(1)」NBL585号19~21・23頁(1996年)。独占禁止法による競争への過剰な介入を防ぐためには、市場が機能しているか否かをまずは吟味すべきであることにつき、田村善之「市場と組織と競争法をめぐる一考察(1)~(2)」民商法雑誌121巻4・5号・6号(2000年)(同『市場・自由・知的財産』(2003年・有斐閣)29~43頁所収「市場と組織と法をめぐる一考察」に改題)。
  • 参照、宮井/前掲注29・2~3頁、渡辺/前掲注29・17頁。
  • シカーネ的な権利濫用が民法の権利濫用(民法1条3項)に該当しないと判断しているのであれば、それを一般指定14項に持ち込んだとたん、いきなり全く同じ要素を斟酌することにより違法性を肯定することができると考えることに合理性を見出すことは困難であろう。
  • 参照、宮井/前掲注29・2頁。
  • 藤田稔[判批]ジュリスト1559号110頁(2021年)。
  • 白石忠志「独禁法上の市場画定に関するおぼえがき」NBL509号15~21頁(1992年)、同「『取引上の地位の不当利用』規制と『市場』概念」法学57巻3号255~293頁(1993年)。
  • 参照、宮井/前掲注29・2頁。
  • 参照、宮井/前掲注29・2頁、藤田/前掲注37・110頁。
  • たとえば、プリンタ価格とカートリッジの総額とでは後者のほうが大きいとすると、原告が販売するカートリッジが気に入らなければ、プリンタ自体を需要者は買い換え、他の事業者提供のプリンタに乗り換えれば済む、ゆえにプリンタ市場の競争は働いており、ゆえに、原告製プリンタの互換品カートリッジ市場という狭い市場画定をなす必要はないという考え方が成り立ちうる。
     しかし、プリンタの需要者にとってプリンタ導入時の価格は目先の問題として正確に把握できるが、その後のカートリッジのランニング・コストは使用量、使用期間、価格の変動、リサイクルの状況など不確定要素が多く、正確には把握し得ないかもしれない。本件で問題となった残量表示の有無など、カートリッジの使用にまつわる様々な態様についてはプリンタを使用してみないことにはわからないことが多いかもしれない。また、需要者のなかには様々な需要者が存在するから、プリンタ価格とカートリッジの総額に比して無視し得ない割合となっている需要者も少なからず存在するはずであり、それらの需要者はプリンタにロック・インされているといえる(参照、渡辺/前掲注29・17頁)。それでもカートリッジが十分に高いなどの事情があればプリンタの買換えに走る者の割合は増えてはいくだろうが、原告のような事業者は、カートリッジ市場が競争的でないのであれば、経済合理的な行動としては、プリンタに対する関係特殊的投資をなしている需要者を利用すべく、なお有意な数の需要者がロック・インされるような価格等をつけるなどの戦略をカートリッジ市場において展開するといえるかもしれない。
  • 田村/前掲注10・特許法の理論266頁。
  • 本判決は①②の説示の前に「上記ア記載の事情に加え」と一言しているところ、「上記ア」は独占禁止法にも言及する差止請求を棄却する理由付けの箇所であるから、たしかに文面上は、損害賠償請求の判断にも独占禁止法違反が参酌されていると読むべきことになろう。しかし、「上記ア記載の事情」が具体的にいかに損害賠償請求を棄却するという結論に影響しているのかは判然としないままにされている。

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