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文献番号 2021WLJCC007
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 弁護士
龍野 滋幹
1.はじめに
会社に必ずしも利害が同一ではない複数の株主が存在する場合、株主間契約が締結されることによって会社法の枠組みを実質的に調整することは多く見られるが、契約当事者に個人が含まれる場合には、法人とは異なり、死亡によって契約当事者が不可避的に存在しなくなる可能性が存在し、その場合に当該個人の株主間契約上の地位および株主間契約に基づく権利義務をどのように取り扱うべきかは、実務上重要な問題である。特に、スタートアップ投資案件の株主間契約における経営株主(創業者)やMBO案件の買収SPCの株主間契約における経営陣等、株主間契約の当事者に個人が入ることが想定される形態のM&A関連取引が少なからず見られる近時においては、本論点の重要性は増してきているといえる。本件判決は本論点を考察するうえにおいて参考になる判示をした事案の地裁判決および高裁判決であるため、本稿にて取り上げたい。
2.事案の概要
本件対象会社は、昭和47年2月24日当時B、CおよびDがその発行済株式総数の株式の3分の1ずつを実質的に保有していたが、同日、本件対象会社の新ビル建築時に、本件対象会社が同年5月までに取締役を改選し、B、C、E(Dの代理人)の3名を新取締役に選任すること、また今後、本件対象会社の取締役はB、CおよびD(その指名された者を含む)を互選することを定めた株主間契約(以下「本件取締役選任合意」という。)を締結した。
Bの相続人であるX1(Bの子)およびX2(Bの孫)は、平成27年5月の株主総会においてX1が本件対象会社の取締役に選任されなかったため、Cから本件対象会社の株式の信託譲渡を受けたY(Cの子)がBから本件対象会社株式を相続等により承継したX1との間で、本件取締役選任合意上のBの地位を承継したX1を取締役に選任するよう議決権を行使する義務を負うと主張し、Yに対し今後開催する株主総会において、X1の取締役選任議案に賛成する旨の意思表示を求めた事案である。
3.各判決の概要
本件地裁判決(東京地判令和元年5月17日)は、本件取締役選任合意が、本件対象会社が新ビルを建築しようとする場面において新たな取締役の下でその建築を促進すべく締結した契約書の中で取締役の人選につき具体的に定めたものであることを考慮し、本件取締役選任合意が法的拘束力を有すると判断した。もっとも、本件取締役選任合意の合意当事者の承継人への拘束力については、本件取締役選任合意に本件対象会社における利益分配に関する定めがないことや、本件対象会社の新ビル建築の場面において締結されたこと、また本件取締役選任合意では将来取締役の選任を累積投票で行うべく定款改正を協議することが定められており、少数株主が持株数に応じて取締役の人数を確保することについては将来の協議事項とされていたと解されることを考慮すると、本件取締役選任合意が、本件対象会社の新ビルの建築が完了した後賃貸事業が長期にわたって行われた後、それぞれの相続人の代に至った段階での利益分配も意識して締結されたものとは解し難いと判示し、Bらの承継人に対する本件取締役選任合意の拘束力を否定した。結論として、Xらの請求は棄却された。
これに対して、本件高裁判決(東京高判令和2年1月22日)は、株主間合意の法的効力(法的拘束力)の有無および内容の判断方法については、契約当事者たる株主の合理的意思を探求すべきとした上で、契約当事者の属性、契約内容、契約締結の動機・目的、議決権比率、締結の時期等の各要素を検討した上、契約当事者の意思を事実認定し、主張されている法的効力の有無および内容(損害賠償請求ができるにとどまるか、履行強制ができるか、合意違反を理由に株主総会決議の瑕疵の主張ができるか)が肯定できるかどうかを判断すべきであると判示した。そして、本件取締役選任合意の契約当事者の意思は、次の直近の株主総会における取締役選任議案の議決権行使内容を事実上確認するものであり、何らかの法的効力を付与する意思があったというのは困難であると判断した。また、仮に本件取締役選任合意に法的効力を付与する意思があったと仮定しても、取締役候補者や契約当事者に相続が発生した場合には契約の効力を消滅させる意思であったと認定し、現時点においては契約の効力は消滅していると判断し、Xらの控訴は棄却された。
4.実務を踏まえた考察
議決権拘束契約については、学説および裁判例ともに現在ではその法的拘束力を認める見解が支配的であるといえ、本件各判決も議決権拘束契約の法的拘束力を認める一連であるといえる。そのうえで、本件地裁判決は、拘束力の有効期間が契約に定められていない場合の契約の効力の存続期間の解釈にあたり、本件取締役選任合意の内容や締結に至るまでの過程等の具体的事情を考慮し、合意内容の解釈として存続期間を限定したという点で、議決権拘束契約の有効性を判断する際に参考になるであろう。
この点、本件の事情下においては、議決権拘束契約の有効期間が限定的であると判断する余地は十分にあったと考えられるが、一般にM&A関連取引が行われることに伴い議決権の拘束を含む株主間契約が締結される場合には、(もちろん、恒久的にその多数株主関係が固定されたまま存続するのではなく、どこかのタイミングでいずれかの当事者がエグジットをすることが想定されているのが通常であろうが、)株主間契約の効力は契約に定められた理由に基づいて終了しない限りは存続するものと企図されていると考えるのが、多くのM&A関連取引に際しての当事者間の合理的意思ではなかろうか。その場合においては、議決権拘束契約の有効期間が相続を理由に終了するといった当事者の合理的意思解釈は認められず、株主間契約の契約上の地位が相続するかという点が問題となるはずである。民法896条においては、相続人は被相続人の一身に専属したものを除いて、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するものとされ、個々の物権、債権および債務のみならず、契約上の地位も、包括的に相続人に移転すると解されている。株主間契約上の地位については、上記のように、相続の有無にかかわらずなるべく存続させたいという当事者の意思、また、通常株主間契約の内容が被相続人のみしか履行しえない性質のものではないこと等に鑑みれば、原則として、被相続人の一身に専属するものとは解さず、相続人に移転すると解すべきである。
そして、相続人が一人であり、かつ法定相続どおりに相続が起こる場合であれば、株主たる地位と株主間契約の契約上の地位の相続も同じくして生じるのであり、その結果は分かりやすい。これに対して、相続人が複数になってくると、相続人が誰になるか株主間契約締結時には不確定であるし、遺産分割等により複数の相続人に株式が分割して帰属することも十分にありえるのであるから、必ずしもこれらの相続人に株主間契約上の地位が同じく相続されるとは限らないし、相続されたとしても、本件高裁判決でも言及されているように、誰を取締役候補者にするのか判断基準を定立することは難しい。
この点、本件高裁判決は、特定の自然人を取締役候補者や契約当事者とする株主間契約は、紳士協定的なものが多いとして、議決権拘束契約の法的拘束力を否定し、それを仮に肯定するとしても、契約当事者の意思として、特定人たる取締役候補者または自然人たる契約当事者に相続が発生した場合には契約の効力が消滅していると判断している。しかし、M&A関連取引においては、契約当事者の意思としても、契約当事者に相続が発生した場合にも相続人に対して契約が有効に存続すると解すべき場合は多いし、実務上株主間契約にその旨を明記している場合すらある。その場合であっても、遺産分割等により複数の相続人に株式が分割して帰属する場合等の対応はなお難題であるし、さらに、理論的には株主間契約上の地位の相続人と株主たる地位の相続人を異ならせる遺産分割もありえよう。そのように考えると、株主間契約の当事者に個人が入っている場合に、相続が起こった場合にもあらゆるケースを想定して故人が存命中と全く同様に相続人に対して株主間契約の効力を及ぼそうとすることには無理があると考えざるをえず、結局、会社法174条の定めに従い、相続その他の一般承継により当該株式会社の株式(譲渡制限株式に限る。)を取得した者に対し、当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定め、相続が発生し他の株主にとって好ましくない株主間契約上の地位および株主たる地位の相続が起こった場合には、当該規定を発動して事態の収拾を図ることが現実的・実務的であると思われる。
(掲載日 2021年3月15日)