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文献番号 2021WLJCC002
名古屋市立大学大学院 教授
小林 直三
1.はじめに
本稿は、平成30年(2018年)改正後の議員定数配分規定による参議院議員選挙における定数不均衡訴訟最高裁判決(以下、本件判決)に関して考察するものである。
これまで最高裁は、平成25年(2013年)の参議院議員選挙で1票の最大較差が4.77倍であった事案について違憲状態であるとした※2が、平成28年(2016年)の参議院議員選挙で1票の最大較差が3.08倍であった事案について合憲としている(以下、平成29年大法廷判決)※3。
本稿で扱う事案は、1票の最大較差が3.00倍であったものに関する無効確認訴訟であり、多数意見は、当該選挙を合憲であるとして請求を棄却している。したがって、単純に最大較差だけを問題とするならば、これまでの最高裁判決の流れに沿っただけのものといえるかもしれない。
ただし、本件判決では、前述の1票の最大較差が3.08倍であった平成28年(2016年)の参議院議員選挙で合憲判決を出したことの意味づけやそれとの関連性も議論となっており、また、個別の意見では、1票の最大較差によらない判断基準や「条件付き合憲判決」といった新しい提案も示されている。
したがって、これらの点において、本件判決は、やはり注目すべきものだと思われる。
2.判例要旨
① 多数意見
まず、これまでの先例の判断枠組みを踏襲しつつ、「平成29年大法廷判決は、平成27年改正法附則7条が次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い必ず結論を得る旨を規定していること等を指摘した上で、平成27年改正は、長年にわたり選挙区間における大きな投票価値の不均衡が継続してきた状態から脱せしめるとともに、更なる較差の是正を指向するものと評価することができるとし、このような事情を総合すれば、平成28年選挙当時の選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題を生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえないと判示した」ものであるとした。そして、「本件選挙は、同判決の言渡しの後成立した平成30年改正法における本件定数配分規定の下で実施されており、その投票価値の不均衡については、同判決の判示した事情も踏まえた検討がされるべきである」とした。
そのうえで、「平成30年改正において」は、較差の是正などについて「大きな進展を見せているとはいえない」としながらも、平成30年改正は、最大較差を2.99倍にまで縮小した平成27年改正の「方向性を維持するよう配慮したものであるということができる」とし、「また・・・・・・憲法が採用している二院制の仕組みなどから導かれる参議院が果たすべき役割等も踏まえる必要があるなど、事柄の性質上慎重な考慮を要することに鑑みれば、その実現は漸進的にならざるを得ない面があ」り、「そうすると、立法府の検討過程において較差の是正を指向する姿勢が失われるに至ったと断ずることはできない」とした。
したがって、本件事案における「投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず、本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない」として、請求を棄却した。
なお、本件判決には、三浦守裁判官、草野耕一裁判官の各意見、林景一裁判官、宮崎裕子裁判官、宇賀克也裁判官の各反対意見が付されている。
② 三浦守裁判官の意見
三浦裁判官は、「参議院議員の選挙であること自体から、直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難い」とし、また、平成27年改正法附則7条や、それを踏まえた平成29年大法廷判決は、「いずれも、選挙区間の最大較差が縮小したといっても、国会において、更なる較差の是正を図る取組を進めることが必要であり、その意味において、是正されるべき投票価値の不均衡がなお存在することを前提としたものと理解することができる」とし、「投票価値の3倍程度という不均衡は・・・・・・なお大きいといわざるを得」ず、さらに、「平成30年改正にもかかわらず、選挙区間の較差に関する2.9倍超という水準でみると、投票価値の不均衡はむしろ広がっており、今後、更に拡大する事態も予想される」とした。そして、「このように大きな不均衡が継続していることは、是正されるべき明らかな不平等状態であり、それを正当化すべき合理的な事情のない限り、違憲の問題を生じさせる」とした。
そのうえで、「合区の導入は・・・・・・選挙制度の仕組みを部分的、暫定的に改めるにとどまるものであって・・・・・・平成27年改正により導入された合区が維持されたからといって、3倍程度の較差を正当化すべき合理的な事情があるとはいえ」ず、そして、「平成27年改正法附則7条によって示された、較差の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が、平成30年改正においても、引き続き維持され、較差の更なる是正を指向するものと評価することは到底でき」ず、「このような国会の姿勢等が前記のような投票価値の不均衡を正当化すべき合理的な事情とならないことは明らかである」ことから、「違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものというほかない」とした。
ただし、「平成29年大法廷判決は・・・・・・選挙区間における投票価値の不均衡が違憲状態にあったものとはいえず、当該定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできないと」し、「その際、上記の判断について特段の明確な留保を付すこともなく・・・・・・具体的な指摘をすることもなかった」一方で、「本件選挙は、その直後に成立した平成30年改正法による改正後の本件定数配分規定の下で施行されたものであるから、上記のような平成29年大法廷判決を前提にすると、国会において、本件選挙までの間に・・・・・・違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったことを具体的に認識する事情があったと認めることは困難である」ため、「本件選挙までの期間内に、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態の是正がされなかったことが、国会の裁量権の限界を超えるものということはできず、本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない」とした。
③ 草野耕一裁判官の意見
草野裁判官は、「投票価値の不均衡問題に関してこれまで当審が用いてきた主たる指標は『最大較差』である」が、それは、「選挙制度全体における投票価値の配分の不均衡を論ずるための指標としてはいささか精度を欠いているといわざるを得ない」として、「最大較差を補完する分析概念として」、次のものを提案する。すなわち、「累積有権者度数を横軸、累積議員度数を縦軸にとったグラフを作り、各選挙区におけるこの二つの数の組合せに対応する点」を結んで、「投票価値に係るローレンツ曲線を得」て、そこから「ジニ係数」を算出し、それを指標とするものである。そして、「本件選挙のジニ係数は14.22%であった」とする。そして、「ジニ係数の変化に注目すれば、いかなる選挙制度の改善案が効率的で、いかなる選挙制度の改善案が非効率的であるのか識別することも可能となる」とする。
そのうえで、「都道府県別の選挙区を統合して大ブロックの選挙区とする方法」、「都道府県を地域区分の基本単位とするという発想を捨てて自由に選挙区の区割りを行う」方法、「現在の比例代表選挙を廃止し(あるいはその定数を大幅に減少させ)、廃止(又は大幅な減少)によって生じた余剰定員を有権者1人当たりの議員数が少ない選挙区から優先的に割り当てていく」方法、「現在の選挙区割りを前提として1人を含む奇数の議員定数から成る選挙区を作り出す」方法、「有権者1人当たりの議員数が多い選挙区に関して合区を実施する」方法について検討するが、いずれも問題があることを指摘し、さらに、「効率的にジニ係数の改善を図り、しかも、一部の選挙区の住民に疎外感や被差別感を与えることなくそれを達成するには、総定数を若干名増員し、これを有権者1人当たりの議員数が少ない選挙区の議員定数の増加に充てる方法が有効である」とするが、「ただし、総定数を増加させる方法は、国民に一定の負担を求めるものであるという問題をはらんでいる」ことなどからすれば、「当審が議員定数の増加により投票価値の不均衡の改善が可能であることを理由に違憲判断を下すためには、投票価値に不均衡があるからという抽象的理由だけでは不十分であり、新たな負担を求めることについて国民の理解を得るに足る具体的事実を司法の場において明らかにすることが必要であろう」とし、「この方策を十分に講じていないことをもって・・・・・・違憲状態であるとの判断を直ちに下すことは困難である」とした。
しかし、「上記の考えに一定の修正を加えればこれを実践的問題解決能力を備えた見解となし得るように思われる。それは、投票価値の現状における不均衡状態を一応合憲とは認めるものの、投票価値の不均衡が存在することによって一定の人々が不利益を受けているという具体的かつ重大な疑念(以下『不利益疑念』という。)の存在が示された場合にはこれを違憲状態と捉え直すというものである(以下、この考え方を『条件付き合憲論』という。)」と提案する。そして、「不利益疑念の立証は」、「問題とされている不利益の発生に影響を及ぼし得る他の要因も考察の対象に加えてもなお投票価値の不均衡と当該不利益との間に有意な相関関係が存在することを示すことは必要であり、かつ、それで十分である」とする。また、「不利益疑念が立証されれば、追加の負担をしてでも投票価値の不均衡を改める必要があることについて国民の理解を得ることが可能となろう。さらに、条件付き合憲論の下では、不利益疑念を払拭し違憲状態を解消するためには議員数を何人程度増やすべきであるのかが明らかになるため、議員数を何人程度増やせば違憲状態を解消し得るかを当審として示すことが可能となる」とする。
そして、「以上の理由により・・・・・・条件付き合憲論こそが当審の採るべき立場であり、本件においては不利益疑念が立証されていないがゆえに、現状における投票価値の不均衡が違憲又は違憲状態にあるとはいえない」とした。
④ 林景一裁判官の反対意見
林裁判官は、「平成29年大法廷判決は、最大較差を約3倍に縮小したことだけで直ちに合憲という評価ができるとしたものではなく、較差の更なる是正に向けた努力を次回の通常選挙までに行うという方向性と国会の決意をも『総合』して合憲と評価したものである」が、「しかるところ、多数意見も指摘するように、平成28年選挙以降の国会における較差是正の努力は、『抜本的な見直し』を検討して結論を出すことを法的義務として約束し、最高裁がそれを期待した割には内容が乏しいことは明らかである」ことから、平成29年大法廷判決のときとは異なり、「今回は、違憲状態ではあっても結論として合憲という考えには立ち得ない」とし、「本件選挙当時の投票価値の不均衡は、最大較差の観点から違憲状態にあり、かつ、その合理的是正期間は経過していると考えられることから、本件定数配分規定は違憲であると判断する」が、「事情判決の法理によって、違憲の宣言にとどめる」とした。
⑤ 宮崎裕子裁判官の反対意見
宮崎裁判官は、「これまでの当審判決に付された個別意見の中で、十指に余る数の裁判官が、投票価値の平等という観点からは、2倍以上又は2倍を超える較差は著しく不平等であるという意見を表明して」おり、「これらの意見は、2倍以上又は2倍を超える投票価値の不平等は、民主主義社会における社会常識に照らして容認できないという趣旨において共通するものがあると思われ、その趣旨には私も同調する」としたうえで、「翻ってみるに、本件選挙の最大較差は3.00倍であるから、これは、2倍をはるかに上回る著しい不平等である」とした。また、「参議院における投票価値の平等の要請を衆議院より後退させてよい理由はないという平成24年大法廷判決の視点からみれば、本件選挙における最大較差3.00倍という数値は、最大較差2倍未満という衆議院で具体的に達成されつつある数値と比べても著しい不平等といえる」とした。そして、選挙制度の決定にあたっての「国会の裁量に合理性があるか」について、「私は、その合理性の有無の判断は、ことが国会の裁量によって投票価値の平等という憲法上の要請を著しい不平等を容認するところまで後退させてもよいかどうかという問題である以上、厳格になされるべきである」としたうえで、「本件選挙当時、選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていた」とした。そして、「平成30年改正には、平成24年大法廷判決が要請していた抜本的な制度の見直しがなされた、あるいはなされつつあることを示す要素を見いだすことができない」などとして、本件定数配分規定を違憲だとした。ただし、「事情判決の法理により・・・・・・違法を宣言するにとどめる」とした。
⑥ 宇賀克也裁判官の反対意見
宇賀裁判官は、「1票の価値の平等は、他の諸要素と総合考慮される際の一つの考慮要素にとどまるものではなく、最優先の考慮事項として立法裁量を制約するものと考えられる」としたうえで、「本件選挙が平成30年改正法に基づいて行われたことに関し、1票の価値になおかなり大きな較差があることに係るやむを得ない事情の存在について、国会により説明責任が果たされているかであるが、実質的に1人が3票持つ場合が生ずる選挙権の価値の不平等を正当化する根拠を示し得ていない」とした。また、「参議院では衆議院よりも投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき憲法上の根拠は見いだし難」く、「参議院において都道府県代表を重視する根拠を憲法上見いだせないのみならず、より一般的に地域代表的性格を参議院に持たせるために1票の価値の不均衡を正当化することも、憲法上は困難ではないかと考える」とし、さらに、「マイノリティの声を国政に届きやすくすることは重要であっても、そのためにそれらの者の1票の価値を高めることが認められない以上、・・・・・・過疎地域の住民の1票の価値を上乗せすることの正当化は困難であると思われる」とした。以上のことなどから、「本件定数配分規定については・・・・・・違憲状態にあったといわざるを得ない」とした。
そして、「私は・・・・・・選挙無効訴訟においては、違憲状態にあれば、合理的期間の経過の有無を問わず、違憲と判断してよいのではないかという疑問を抱いている」としつつも、「当審の確立した判断枠組みである合理的期間論」を前提としたとしても、「合理的期間は経過しているというほかなく、本件定数配分規定は・・・・・・違憲であるといわざるを得ない」とした。ただし、「現時点では違憲を宣言する判決にとどめて、国会の対応を期待し、もはやそのような判決では実効性がないことが明確になれば、無効判決への対応の仕方も示して無効判決を出すという過程を経ることが適切である」とした。
3.検討
本件判決の多数意見は、平成29年大法廷判決が「平成28年選挙当時の選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題を生じる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえない」としたのは、「平成27年改正は、長年にわたり選挙区間における大きな投票価値の不均衡が継続してきた状態から脱せしめるとともに、更なる較差の是正を指向するものと評価することができるとし、このような事情を総合」したからだとしている。そのうえで、平成30年改正は、そうした平成27年改正の「方向性を維持するよう配慮したものであ」り、また、「立法府の検討過程において較差の是正を指向する姿勢が失われるに至ったと断ずることはできない」ため、本件での「投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえ」ないとしている。
それに対して、三浦裁判官の意見、林裁判官の反対意見、宮崎裁判官の反対意見は、より一層の較差の是正をするはずであったにもかかわらず、それが十分になされていない点を強く問題とするものである。また、その背景として、衆議院と参議院との違いから投票価値の不平等の基準に違いを認めるかどうかに関して、否定的な考え方(つまり、衆議院議員選挙と同様に参議院議員選挙においても2倍を基準とする考え方)があるといえる。
別稿※4でも触れてきたように、筆者は、必ずしも、投票価値の平等を厳格に考える立場にはない。そのため、(宇賀裁判官のように)「1票の価値の平等は・・・・・・最優先の考慮事項として立法裁量を制約するもの」とする立場にはないし、もちろん、無条件ではないものの、「マイノリティの声を国政に届きやすくすることは重要であっても、そのためにそれらの者の1票の価値を高めることが認められない」とも考えていない(たとえば、ある種のクォータ制もあり得るものと考えている)。
しかし、差し当たり、そうした筆者の立場は置くとして、上述のように、本件多数意見も、三浦裁判官の意見、林裁判官の反対意見、宮崎裁判官の反対意見も、(林裁判官の表現を借りれば)「国会が更に踏み込んだ較差是正の努力を自らに義務付けたことへの期待と併せた、いわばプロセスや方向性の総合評価」を判断基準に加えている。しかし、仮に、投票価値の平等を人権論として構成するとすれば、そうした「プロセスや方向性」次第で判断が左右されることは、そうした「プロセスや方向性」次第で人権侵害となるかどうかが左右されることになり、必ずしも妥当な判断枠組みではないものと思われる。言い換えれば、「プロセスや方向性」を重視することは、その限りにおいて、投票価値の平等は人権論ではなく制度論となっており、そうであるならば、一定程度、立法府の裁量権を認めざるを得ず、裁判所が投票価値の不平等の是正を求めることについて、内在的な制約が生じるものといえるのではないだろうか。
また、そもそも、裁判所が立法府の「プロセスや方向性」を評価することにも限界があるだろう。その限界を踏まえれば、多数意見が、平成30年改正は較差の是正などについて「大きな進展を見せているとはいえない」と認めながらも、「立法府の検討過程において較差の是正を指向する姿勢が失われるに至ったと断ずることはできない」とすることは、やむを得ないように思われる。
それに対して、草野裁判官と宇賀裁判官の見解は、注目すべきものだと思われる。
まず、草野裁判官は、(三浦裁判官も、最大較差だけでなく、「選挙区間の較差に関する2.9倍超という水準でみると、投票価値の不均衡はむしろ広がっており、今後、更に拡大する事態も予想される」点を重視しているように)「投票価値の不均衡問題に関してこれまで当審が用いてきた主たる指標は『最大較差』である」が、「選挙制度全体における投票価値の配分の不均衡を論ずるための指標としてはいささか精度を欠いている」として、上述のような「ジニ係数」の活用を提案している。筆者も、「議員定数規定の是非に関して、そもそも、最大較差・・・・・・で議論すべきかどうかも問題となる」※5と指摘してきたものであり、草野裁判官の提案は傾聴すべきものだと考えている。
また、草野裁判官の提案する「条件付き合憲論」も注目すべきものだといえるだろう。
この「条件付き合憲論」の意味づけや射程に関しては、今後、検討すべき点が、多々、あるものと思われるが、ここでは、「不利益疑念」について、若干の検討を行いたい。
まず、草野裁判官は、「条件付き合憲論」において、定数不均衡を訴える者に、「不利益疑念」、つまり、「投票価値の不均衡が存在することによって一定の人々が不利益を受けているという具体的かつ重大な疑念」の立証を求めている。
ところで、宇賀裁判官は、「本件選挙が平成30年改正法に基づいて行われたことに関し、1票の価値になおかなり大きな較差があることに係るやむを得ない事情の存在について、国会により説明責任が果たされているかであるが、実質的に1人が3票持つ場合が生ずる選挙権の価値の不平等を正当化する根拠を示し得ていないといわざるを得ない」として、投票価値の較差について、国会に説明責任を求めている。
つまり、草野裁判官は、投票価値の較差に関して、不均衡を訴える側に(不利益疑念の)立証責任を課すのに対して、宇賀裁判官は、立法府の側に、投票価値の較差を正当化するための立証責任を課しているのである。おそらく、両者の違いは、どこまで投票価値の平等を優先的なものとして捉えるのか、更に踏み込んでいえば、投票価値の平等を人権論として構成するのかに関わるものだと思われる。
この点に関しては、少なくとも、これまでの最高裁の多数意見の流れからすれば、投票価値の平等は、依然として人権論としては構成し切れていないように思われる。
4.おわりに
本件判決は、平成29年大法廷判決の意味づけや関連性にもかかわるものであるが、平成29年大法廷判決が「プロセスや方向性」を重視したことの限界を示したものでもあると思われる。つまり、プロセスや方向性を重視することは、その限りにおいて、人権論ではなく制度論となっているものと考えられ、また、そもそも、裁判所が立法府のプロセスや方向性を評価することにも限界がある。そうであるならば、こうした判断枠組みを前提とする限り、裁判所が投票価値の平等を求めることには、大きな内在的な制約が生じざるを得ないことになる。
他方で、草野裁判官と宇賀裁判官の見解は、定数配分不均衡、あるいは、投票価値の平等の問題を、実質的に立証責任の問題に捉え直しているものと考えられる。このことは、(宇賀裁判官は認めていないが)過疎地域の声の国政への反映の要請と投票価値の平等の要請とを調整する枠組みとして、評価すべきものではないだろうか。
いずれにしても、(多数意見や個別の(反対)意見も含めて)本件判決は、プロセスや方向性を考慮することから生じる内在的な制約と、立証責任の問題と捉え直すことによる新しい可能性を示唆したものとして評価しておきたい※6。
(掲載日 2021年1月25日)