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文献番号 2020WLJCC033
明治学院大学教授
西山 由美
1. はじめに
中古の賃貸マンションを購入した後、リフォームを施し付加価値を高めて売却するビジネスモデルは、富裕者向け投資として注目されている。マンション一棟買いということで、仕入れに係る税額も高額となり、その全額を控除対象仕入税額とするかどうかをめぐって訴訟が頻発している。少なからぬケースで多額の還付税額が生じていることも、このビジネスモデルに対する課税処分がふえている一因ともされる。本件でも、当初の申告では1億8,991万円余の還付金が生じていたところ、その後の更正処分により2億7,731万円余の税額が生じ、その結果、過少申告加算税を含めた納付税額は5億3,722万円余となっている※2。
本判決では、原告会社の主張を容れて全額仕入税額控除を認め、本判決に先立つ同種の事案(東京地裁令和元年10月11日判決「ムゲンエステート事件」※3)と異なる結論となった。
2020年度消費税法改正により、事業者が住宅の貸付けの用に供しないことが明らかな建物以外の建物に係る課税仕入れ等の税額については控除ができなくなったため(同法30条10項)、同種の問題は2020年10月以後の課税仕入れには生じない※4。しかしながら、消費税の非課税制度による仕入税額控除の遮断問題は、消費税制度のいわばアキレス腱であり、これを回避するためのスキームとこれを否認する課税当局との攻防、そしてこれに対する立法措置が、今後も繰り返されることが予想される※5。
2. 事実の概要と争点
X社(原告)のビジネスモデルは、裁判所の認定した事実によれば下記のとおりである。
X社(平成27年以降、東証一部に上場)は、富裕層の投資家を対象とした収益不動産販売事業を行っており、賃貸収益が期待できる中古マンションを購入したうえで、資産価値や収益価値を上げるために「リノベーション」「マネジメント」「リーシング」※6 を行っているが、これらの中でも、リーシングが中古不動産を投資家に転売するうえで最も重要なものとなっている。中古マンションの購入から転売までの期間は、平成24年3月期から同26年3月期の平均で6.27か月、平成27年3月期の平均で6.97か月である。
購入した中古マンションの経理処理について、X社はこれを棚卸資産として計上している。購入した中古マンションには賃貸人が居住しているのが通常であり、これらマンションを投資家に販売するまでにX社が得る賃料収入については、ストック型フィービジネス※7の収入として計上されている。この販売までの賃料収入につき、X社が得る販売収入と賃料収入の合計額に占める賃料収入の割合は、平成24年3月期から同26年3月期の平均で4.41%、同27年3月期から同29年3月期の平均で3.71%である。
以上のような状況でX社は、平成27年3月期から同29年3月期までの課税期間の消費税申告において、個別対応方式で控除対象消費税額を計算することを選択し、購入した中古マンションに係る消費税は「課税資産の譲渡のみに要するもの」(消費税法30条2項1号イ)として全額を控除した。これに対して所轄税務署長は、中古マンションの購入用途が、課税資産の譲渡としての建物販売のみならず、非課税売上げとなる住宅貸付けでもあり、中古マンション購入は「共通対応課税仕入れ」(消費税法30条2項1号ロ)として、控除対象仕入税額を平成27年3月期の課税売上割合は36%、同28年3月期および同29年3月期は34%であるとして更正処分および過少申告加算税賦課決定処分を行った。X社は、これら処分を不服として審査請求を行ったが、所定の期限までに裁決が行われなかったため、X社は裁決を経ることなく本訴を提起した。
本件の争点は、本件における購入中古マンションの用途区分が、これらに係る消費税が全額控除対象となる「課税対応課税仕入れ」か、一部控除対象となる「共通対応課税仕入れ」かというものである※8。
3. 争点に対する判断―請求認容
裁判所はまず、課税仕入れの用途によって「課税対応課税仕入れ」または「共通対応課税仕入れ」になることを踏まえ、「課税仕入れの用途区分に係る判断は,税負担の累積の排除という消費税法の目的に照らし,課税仕入れに係る消費税額について税負担の累積を招くものとそうでないものとに適正に配分するという観点から,当該課税仕入れがいかなる取引のために行われたものであるのかを,その経済実態に即して適切に行うべきものである」としたうえで、経済実態に即した判断要素として「用途区分の判断時」および「売却までに得る賃料の位置づけ」に着目した。
①用途区分の判断時について
「課税仕入れ等の用途区分に係る判断は,当該課税仕入れ等を行った日(仕入日)を基準に,事業者が将来におけるどのような取引のために当該課税仕入れ等を行ったのかを認定して行うべきである。そして,かかる認定に当たっては,税負担の判断が事業者の恣意に左右されることのないよう,〔1〕当該事業者の事業内容・業務実態,〔2〕当該事業者における過去の同種の課税仕入れ等及びこれに対応して行われた取引の内容・状況,〔3〕当該課税仕入れ等と過去の同種の課税仕入れ等との異同など,仕入日に存在した客観的な諸事情に基づき認定するのが相当である。」
②売却までに得る賃料の位置づけについて
「事業者が課税仕入れ等を行う場合に,当該活動が本来得ることを目的としている収入(課税資産の譲渡等)のほかに,当該活動の過程で生じる他の収入(その他の資産の譲渡等)が見込まれることにより,当該課税仕入れ等が共通対応課税仕入れに区分されることとなるのか否かについては,一義的に解するのではなく,〔1〕他の収入が当該事業者の経済活動におけるどのような過程で得られ,その活動全体の中でどのように位置付けられているのか,〔2〕他の収入が見込まれることが,課税仕入れ等やこれに対応する取引にどのような影響を及ぼしているのか,〔3〕全体の収入の見込額のうちに他の収入の見込額が占める割合など,当該事業者が行う経済活動に関する個別の事情を踏まえ,課税仕入れに係る消費税額について税負担の累積を招くものとそうでないものとに適正に配分するという観点に照らし,他の収入が見込まれることをもって当該課税仕入れ等につき『その他の資産の譲渡等』にも要するものと評価することが相当といえるか否かを考慮して判断すべきである。」
以上のような判断要素に対する考え方を示したうえで、次の結論を示した。
「[原告X社が]本件事業において仕入れた収益不動産を賃貸して得られる賃料収入は,当該収益不動産の販売を行うための手段としての賃貸から不可避的に生じる副産物として位置付けられるものであって,このことは,原告の会計処理における取扱いや,収益不動産の仕入れ及び販売の際に原告がどれだけ賃料収入を得られるかが考慮に入れられていないことからも裏付けられるものである。そして,原告が実際に得ている賃料収入も,販売収入と賃料収入の総和に対して3課税期間の平均で5%未満(販売収入のうち建物部分を仮に3割として,建物の販売収入と賃料収入の総和に占める割合を見ても,おおむね1割程度)にとどまっている。また,これらに関しては,直近3課税期間と本件各課税期間とで有意な差が見られない。
これらの事実関係に照らせば,本件各仕入日に上記のような賃料収入が見込まれることをもって,本件各課税仕入れにつき『その他の資産の譲渡等』にも要するものとして共通対応課税仕入れに区分することは,本件事業に係る経済実態から著しくかい離するばかりでなく,課税仕入れに係る消費税額について税負担の累積を招くものとそうでないものとに適正に配分するという観点に照らしても,相当性を欠くものといわざるを得ない。」
4. 本判決の検討
4.1 「ムゲンエステート判決」との比較
本判決は、類似の事案でありながら結論を異にする「ムゲンエステート判決」との比較においてその特色が明確になる。
第一に、本判決は複数個所で「税負担の累積排除」に言及し、消費税の非課税により不可避的に生じる仕入税額控除の遮断を極力回避することの重要性を強調する。これに対して、「ムゲンエステート判決」では、「課税の累積の排除をいかに実現するかについては立法政策に委ねられていると解される」とするのみで、個別対応方式において共通課税仕入れが設けられていることを重要視している。本判決は消費税法30条1項の趣旨に、「ムゲンエステート判決」は同法30条2項の個別対応方式の仕組みの運用に重きをおいている。
第二に、本判決は「経済実態(に即した判断)」にも複数個所で言及する。これは、「ムゲンエステート判決」では用いられていない。用途区分の判断時について、両判決とも仕入日基準を原則とし※9 、当該仕入日の客観的状況により判断されるべきとしている点では違いがない。しかしながら本判決では、考慮すべき客観的諸事情として、当該事業者の「事業内容」「過去の取引内容」「当該課税仕入れと過去の同種の課税仕入れの異同」を示す。「ムゲンエステート判決」が仕入日時点での状況に着目しているのに対して、本判決は仕入日前後の事業実態を視野にいれた判断となっている。
第三に、中古マンション売却までに会社が得る賃料の位置づけである。本判決では、販売収入と賃料収入の合計額に占める賃料収入の割合が係争課税期間において4%前後であった事実を重視し、賃料(課税売上げとならない「その他の資産の譲渡」の対価)を「不可避的に生じる副産物」と位置づけ、これを共通対応課税仕入れに区分することは、X社の事業実態からかい離すると結論づけている。他方、「ムゲンエステート判決」は、「売却までの賃貸は付随的な目的に過ぎず、当該資産の売上げに占める非課税売上げの割合が非常に小さい場合にまで共通課税仕入れに区分するのは妥当でない」という原告会社の主張に対して、「[原告主張の]非課税売上げの割合が非常に小さい場合が生じるとしても,そのことが課税の累積の排除の観点から直ちに許容されないとまではいえず,・・・個別対応方式における用途区分が当該課税仕入れの行われた日の状況に基づいて判断すべきものであることや,控除対象仕入税額(共通仕入控除税額)は課税売上割合に代えて課税売上割合に準ずる割合によって計算する余地もあることからすると,原告の主張する解釈によらなければ直ちに不合理な結果が生じるとまではいえない」とし、消費税法30条2項の個別対応方式の存在や同条3項の課税売上げ割合に準ずる計算方法の許容※10を理由に、これを退けている。
4.2 本判決の課題と評価
ビジネスにおいて、当初の計画が事後に変更することは不可避であり、本件のようなビジネスモデルでも、中古マンションの売却がなんらかの理由で遅延し、その間に居住用賃貸からの賃料が積み上がるということも起こりうる。事後の用途変更は、課税売上げ目的から全部または一部非課税売上げ目的への変更もあれば、逆の場合もある。
本判決の考えによれば、仕入日時点での経済実態に即した客観的事情によって認定された用途区分が「課税対応課税仕入れ」であったが、事後に非課税売上げが大きくなった場合にも全額控除を受けられるという不合理―これは事業者にとって有利ではあるが―が生じる。この問題は、税率が相対的に低いときには大きいものではなくても、税率が高くなるにつれて看過できない益税状態が生じることになる。
税率がきわめて高いEU域内では、「即時かつ全額の仕入税額控除権行使」の原則のもとで生じる非課税取引から生じる仕入税額控除遮断の問題に日本以上に深刻に直面している。基本的な考え方として、仕入時に事業者自身が購入資産を全額仕入税額控除可能な資産とする場合にはこれを尊重しつつ、仕入時にその用途に事業目的と非事業目的が混在する場合にその仕入税額全額の控除を認める条件として、一定の歯止めをかけている。
たとえば、この問題の代表的な判例である「Seeling事件」(欧州司法裁判所2003年5月8日判決)では、事業者が仕入れた資産について仕入税額全額控除の資産とする一方で、その使用目的に事業目的と非事業目的が混在する場合に、非事業目的の使用であっても付加価値税(消費税)の課税対象であることを前提とした全額控除であることを同裁判所は示唆している※11。
この考え方を本件にあてはめ、かつ、中古マンションの売却金額との対比で賃料が大きいと仮定した場合、当該中古マンションの仕入れにかかる税額を全額控除できる条件として、当該賃料に係る取引が課税取引であるべきだ。すなわち、本件のビジネスモデルでは賃料を「ストック型フィービジネスの収入」として経理処理していることから、これは消費税の課税対象となる役務の提供との対価として、消費税が課されるべきであろう。
もっとも本件では賃料割合が小さく、裁判所がこの点を重視したものであり、消費課税における累積排除の重要性を強調している点もあわせて、妥当な判断と評価できる。
(掲載日 2020年12月21日)