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文献番号 2020WLJCC030
明治大学 教授
野川 忍
1.はじめに
日本郵便会社には、正規労働者とあまり変わらない数(17万人以上)の非正規労働者が勤務しており、事業の重要な一端を担っている。労働契約法(以下「労契法」ということもある。)旧20条が制定されてから、これら非正規労働者のうち有期労働契約により就労している者らからの、正規労働者との労働条件の相違が不合理であることを理由とする訴訟が次々と提起されてきたが、最高裁は、上告された三件(東京事件、大阪事件、佐賀事件)についてこのたび同日に判決を下した。
2.本件の概要
(1)共通の背景
日本郵便会社の郵便局の従業員は、平成25年度までの旧一般職と平成26年度からの新一般職、及び地域基幹職からなる正社員と、非正規従業員である期間雇用社員(スペシャリスト契約社員、エキスパート契約社員、月給制契約社員、時給制契約社員、アルバイト)という区分によって構成されていた。新一般職は、人事制度改革によって設けられた職種である。このうち旧一般職と地域基幹職は、期間の定めなく雇用され、外務、窓口、内務など幅広く業務を担当し、異動の範囲も同一局内のみならず局を変わる異動も予定される職務である。また地域基幹職は、支社などの社員に登用され、将来的に役職者、管理者となることも想定されている。さらに新一般職は期間の定めなく雇用されているが、窓口業務や郵便内務・外務など標準的な業務に従事し、管理業務を行うことは予定されていない。これに対し原告ら時給制契約社員は、外務事務または内務事務のうち特定の定型業務に従事するものであって、担当業務が変更される場合には本人の了解を得たうえで行われている。管理業務に就くことは予定されていない。その職責は、配達業務や窓口業務など従事している特定の定型業務を適式に処理することにとどまっている。加えて時給制契約社員には、勤務時間の長さを最初から限定して募集され、当該勤務時間での勤務を合意して採用されている者もいた。もっとも時給制契約社員であっても、正社員登用試験に合格すれば正社員への道が開かれていた。
時給制契約社員は、人事評価の仕組みについても服装等の身だしなみや時間の厳守等の「基礎評価」と担当業務の習熟度を中心とした「スキル評価」によっており、地域基幹職に対する幅広い業績評価や職務行動評価などとはかなり異なった内容であった。また時給制契約社員にはそもそも職位が付されておらず、昇任昇格はなかった。異動については、正社員は出向、転籍まで含めて幅広く予定されており、新一般職でも転居を伴わない人事異動は行われていたが、時給制契約社員は職場と職務内容を限定して採用されているので正社員のような異動はないものの、局の閉鎖や新局の開設等に伴って例外的に他の郵便局での勤務が打診されることはあり、その際は従前の郵便局での雇用契約をいったん終了させて改めて新しい郵便局での雇用契約を締結する形をとっていた。
(2)各事件の概要
① 東京事件
上記のような制度の下で、X1~X3は、いずれも国または日本郵政公社に有期任用公務員として任用された後、平成19年から20年にかけて日本郵便会社(以下「Y」という。)との間に有期労働契約を締結し、その後更新を繰り返して勤務する時給制契約社員である。Yの郵便業務を担当する正社員の給与は、基本給と諸手当で構成され、諸手当には、住居手当、祝日休、特殊勤務手当、夏期手当、年末手当等があったが、時給制契約社員には、特殊勤務手当、臨時手当等はあるものの、正社員に支給されている多くの手当が支給されず、夏期冬期休暇も与えられていなかった。
Xらは、外務業務手当、年末年始勤務手当、早出勤務等手当、祝日給、夏期年末手当、住居手当、夏期冬期休暇、病気休暇、夜間特別勤務手当、郵便外務・内務業務精通手当のそれぞれについて、正社員との間に労契法旧20条に定める不合理な格差があると主張し、それぞれの支給等につき定めた就業規則の各規定が適用される地位にあることの確認と、各手当等について正社員に支給される額との差額の支払を求めて訴えを提起した。
② 大阪事件
本件におけるXら計8名はいずれもYの時給制契約社員であった(このうち1名は平成24年8月1日に月給制契約社員となった)が、正社員との間で、年末年始勤務手当、祝日休、扶養手当、夏期冬期休暇等に相違があったことは労契法旧20条に違反するとして、不法行為に基づき、上記相違に係る損害賠償を求めた。
③ 佐賀事件
本件におけるXはYの時給制契約社員であったが、正社員との間で、夏期冬期休暇等に相違があったことは労契法旧20条に違反するとして、不法行為に基づき、上記相違に係る損害賠償を求めた。
3.原審の判断の概要
(以下においては、上告の対象となった労働条件についてのみ判断内容を示す。)
(1)東京事件※2
年末年始勤務手当については、正社員と時給制契約社員との労働条件の相違は労契法旧20条にいう不合理なものと認められるものとして、その差額全額につき不法行為に基づく損害賠償請求が認められ、夏期冬期休暇及び病気休暇についての正社員と時給制契約社員との労働条件の相違は労契法旧20条にいう不合理なものと認められるものとした第一審判決を維持し、時給制契約社員の病気による無給の承認欠勤及び年次有給休暇取得については、病気休暇を取得した場合に支給される額につき不法行為に基づく損害賠償請求が認容された。
(2)大阪事件※3
年末年始勤務手当の支給の有無、祝日でない年始(原則として1月2日と3日)に関する祝日給の扱いの相違、夏期冬期休暇・病気休暇の有無につき、直ちに不合理とはいえないが、契約更新が繰り返され契約通算期間が長期間(5年)に及んだ場合にまで上記相違を設けることは不合理と認められ、また住居手当の支給の有無は不合理と認められるとして、不法行為に基づく損害賠償として上記不合理と認められる労働条件について差額賃金(休暇については金銭に換算した額)相当額の支払が命じられた。
(3)佐賀事件※4
夏期及び冬期の特別休暇の有無については、これらの休暇がお盆や年末年始の慣習を背景にしたものであることに照らすと、そのような時期に同様に就労している正社員と時給制契約社員との間で休暇の有無に相違があることについて、職務内容等の違いを理由にその相違を説明することはできないとして、不合理な相違であり同人に対する不法行為に当たるとして、請求が一部認容され、所定の損害賠償額の支払が命じられた。
4.判旨の概要
(1)東京事件(上告棄却、損害額の算定につき一部破棄差戻し)
「年末年始勤務手当は、・・・12月29日から翌年1月3日までの間において実際に勤務したときに支給されるものであることからすると、(郵便業務)についての最繁忙期であり、多くの労働者が休日として過ごしている上記の期間において、同業務に従事したことに対し、その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものであるといえる。また、年末年始勤務手当は、正社員が従事した業務の内容やその難度等に関わらず、所定の期間において実際に勤務したこと自体を支給要件とするものであり、その支給金額も、実際に勤務した時期と時間に応じて一律である。・・・年末年始勤務手当の性質や支給要件及び支給金額に照らせば、これを支給することとした趣旨は、郵便の業務を担当する時給制契約社員にも妥当するものである。・・・したがって、郵便の業務を担当する正社員に対して年末年始勤務手当を支給する一方で、同業務を担当する時給制契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。」
「有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当であるところ、賃金以外の労働条件の相違についても、同様に、個々の労働条件が定められた趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である(佐賀事件最判引用)。」
「・・・継続的な勤務が見込まれる労働者に私傷病による有給の病気休暇を与えるものとすることは、使用者の経営判断として尊重し得るものと解される。もっとも・・・郵便の業務を担当する時給制契約社員についても、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、私傷病による有給の病気休暇を与えることとした趣旨は妥当するというべきである。・・・そうすると、・・・正社員と上記時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく、これを有給とするか無給とするかにつき労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができる・・・。」
「・・・Xらは、夏期冬期休暇を与えられなかったことにより、当該所定の日数につき、本来する必要のなかった勤務をせざるを得なかったものといえるから、上記勤務をしたことによる財産的損害を受けたものということができる。(損害額につき審理を尽くさせるため差戻し)」
(2)大阪事件(上告棄却、一部破棄差戻し)
「(原審が、年末年始勤務手当と年始期間の勤務に対する祝日給につき、通算雇用期間が5年を超える場合には、・・・これらについての正社員と制契約社員との間の労働条件の相違は不合理となる、との判断を示した点につき)・・・年末年始勤務手当の性質や支給要件及び支給金額に照らせば、これを支給することとした趣旨は、本件契約社員にも妥当するものである。そうすると、・・・郵便の業務を担当する正社員と本件契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、両者の間に年末年始勤務手当に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものといえる。
・・・最繁忙期における労働力の確保の観点から、本件契約社員に対して・・・特別休暇を付与しないこと自体には理由があるということはできるものの、年始期間における勤務の代償として祝日給を支給する趣旨は、本件契約社員にも妥当する・・・。そうすると、郵便の業務を担当する正社員と本件契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、・・・祝日給を正社員に支給する一方で本件契約社員にはこれに対応する祝日割増賃金を支給しないという労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができる・・・。」
「(扶養手当につき)郵便の業務を担当する正社員に対して扶養手当が支給されているのは、・・・正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。このように、継続的な勤務が見込まれる労働者に扶養手当を支給するものとすることは、使用者の経営判断として尊重し得るものと解される。もっとも、上記目的に照らせば、本件契約社員についても、扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するというべきである。・・・そうすると、・・・上記(郵便の業務を担当する)正社員と本件契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、・・・両者の間に扶養手当に係る労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができる・・・。」
(3)佐賀事件(上告棄却)
「有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である(長澤運輸事件最判※5引用)ところ、賃金以外の労働条件の相違についても、同様に、個々の労働条件の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。」
「Yにおいて、郵便の業務を担当する正社員に対して夏期冬期休暇が与えられているのは、年次有給休暇や病気休暇等とは別に、労働から離れる機会を与えることにより、心身の回復を図るという目的によるものであると解され、夏期冬期休暇の取得の可否や取得し得る日数は上記正社員の勤続期間の長さに応じて定まるものとはされていない。そして、郵便の業務を担当する時給制契約社員は、・・・業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれているのであって、夏期冬期休暇を与える趣旨は、上記時給制契約社員にも妥当する・・・。そうすると、・・・郵便の業務を担当する正社員と同業務を担当する時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても、・・・両者の間に夏期冬期休暇に係る労働条件の相違があることは、不合理である・・・。また、・・・Xは、夏期冬期休暇を与えられなかったことにより、当該所定の日数につき、本来する必要のなかった勤務をせざるを得なかったものといえるから、上記勤務をしたことによる財産的損害を受けたものということができる。」
5.三判決の意義
(1)序
本三判決は、その二日前に第三小法廷で出された大阪医科薬科大学事件およびメトロコマース事件に関する二件の判決※6とともに、労契法旧20条に関する「最高裁五判決」として非常な注目を浴びた。しかし、日を変えて出された二判決と三判決は、新聞等による報道とはかなり異なる内実を有していることに注意が必要である。二判決についてはすでに検討を行ったので※7、ここでは三判決に絞ってその意義と課題を示すこととする。
(2)三判決共通の特質
まず、事実関係の特質としては、事案の概要に記したとおり、Yの従業員の雇用形態が非常に多様に分化している点が挙げられよう。とりわけ、正社員であっても職務や異動の範囲が限定されている新一般職の者が存在し、また非正規従業員にもプロフェッショナルやエキスパートといったタイトルを有するかなり専門性の高い業務に従事する者から、特定の定型的業務に従事して時給制で勤務する者までそれぞれ多彩である。しかし、このような多様性は賃金体系にまでは反映されておらず、正社員と非正規従業員という立場の相違がそのまま諸手当の支給の有無に連動しているとみなし得る形態をとっていた。その背景には、正社員には一般的に長期勤続と高度なロイヤリティーを想定した対応を行い、非正規従業員にはこうした対応をしないという、長期雇用システムに立脚した基本的考え方が控えていることがうかがえる。
また、判旨の基本的スタンスとして、結論として不合理性を認めたどの労働条件に関しても、最高裁の判断枠組みは、あたかも(事件当時はまだ施行されていなかった)短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法、以下、「パ有法」という。)8条の解釈によるかのような内容となっていることも注目される。すなわち、同条は労契法旧20条とは異なり、不合理性判断の対象となる労働条件につき、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて」検討することを求めており、個別の労働条件項目ごとにその趣旨や目的等に照らした検討が必要となることを明記しているが、三判決はいずれも、まさに問題となった個々の労働条件について、その趣旨・目的を個別に判断する立場をとっており、たとえば賃金体系全体の中の位置づけや、「正社員の労苦に報いる」(大阪事件原審)といった当該労働条件自体から直接導き出し得ない趣旨・目的などにはいっさい触れられていない。また、パ有法8条は、不合理性判断の要素としての職務の内容、変更の範囲、その他の事情について「当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して」判断すべきであることを示しているが、後述のように今回の三判決も、ここでいうところの「適切」さを考慮していることを想定させる内容となっている。
(3)各判決の具体的特徴
① 東京事件
東京事件では、年末年始勤務手当、有給の病気休暇、夏期冬期休暇のそれぞれについて、それが支給されている趣旨に正社員と(時給制)契約社員とで相違がないことを根拠として、後者に一切支給しない措置をすべて不合理と断じている。そこでは、「年末年始勤務手当は、正社員が従事した業務の内容やその難度等に関わらず、所定の期間において実際に勤務したこと自体を支給要件とするものであり、その支給金額も、実際に勤務した時期と時間に応じて一律である」などとして、正社員に対して特にモチベーションを高めるためとか、正社員には年末年始に家庭にいられない労に報いる必要がある、といった要素は全く考慮されていない。また、有給の病気休暇を検討する前に、佐賀事件判旨が引用した長澤運輸事件最判の内容を引いて、労働条件の相違の不合理性判断はあくまで個別に行うことを強調したうえで、「継続的な勤務が見込まれる労働者に私傷病による有給の病気休暇を与えるものとすることは、使用者の経営判断として尊重し得るものと解される。」という認識を、「もっとも・・・郵便の業務を担当する時給制契約社員についても、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、私傷病による有給の病気休暇を与えることとした趣旨は妥当する」と述べて結果的に重視しないという判断に結び付けている点は、上記のような使用者の経営判断は背景事情としては尊重すべきとしても、当該労働条件そのものの趣旨・目的に照らして必ずしも考慮すべきとは言えないとの最高裁の基本的なスタンスが典型的に表れており、この点は、個々の労働条件の相違の不合理性も、労働条件全体の中で「総合判断」されるべきとの発想を否定したものとして注目されよう。また、私傷病による欠勤については、職務の内容や変更の範囲に一定の相違があっても、「私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく」時給制契約社員に全く付与しないことは不合理である、との判断は、メトロコマース事件や大阪医科薬科大学事件の高裁判決を彷彿とさせる内容であり、右二件の原審を覆した最高裁が、本件日本郵便事件では、東京事件のみならず他の二つの事件についても全く同じようにしてそれぞれの手当等の相違に対する不合理性を認める理由として用いていることは、賞与や退職金と、三判決で扱われた各手当等とでは基本的な性格が異なると考えているのか、あるいは他の考慮があるのかについて検討を促される点である。この点は最後に指摘したい。
夏期冬期休暇が与えられなかったことに対する損害賠償を認めた部分は、「当該所定の日数につき、本来する必要のなかった勤務をせざるを得なかったものといえる」との判断に対する実務上の反発が想定される。ここは正確に言えば、休暇が与えられれば休むか働くかの選択肢が機能するが、初めから休暇がないとすればその選択肢がはく奪されていることとなり、休むという選択肢を不当に奪われたことに対する損害賠償であるとの判断によるものと思われる。
② 大阪事件
大阪事件の、他の二件と明らかに異なる点は、原審の判断のうちの、注目されていた一部の内容が明確に否定されていることである。
すなわち原審は、年末年始勤務手当と年始期間の勤務に対する祝日給の不支給について、当該契約社員の勤続期間が5年を超えた部分についてのみ不合理と認めたが、最高裁はこの判断を否定し、勤続期間に関わらず不合理であることを明示した。理由付けには、年末年始勤務手当の性質や支給要件及び支給金額に照らせば、これを支給することとした趣旨は、本件契約社員にも妥当するという点だけが記され、東京事件と同様、職務の内容や配置の変更の範囲の違いがあることを踏まえてもなお不合理であると結論づけた。この個所は、正社員が長期勤続を想定されていることや重要な立場にあるといった、使用者の主観としては当然ながら手当の支給目的に含まれているであろう事情を考慮要素としてはあえて否定しているという点で、パ有法8条のもとでの不合理性判断に大きな影響を与え得る内容である。今後の同種事案について同条を適用した判断の帰趨が注目されよう。
さらに、扶養手当について不合理性を認めた部分も実務上の影響が特に大きいといえる。扶養手当は、会社に強く帰属して家族を養っている正社員への給付項目という想定が一般に定着しており、これについても、経営判断の尊重を踏まえた上で、「契約社員についても、扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、扶養手当を支給することとした趣旨は妥当する」という、扶養手当の固有の支給趣旨のみを重視して、契約社員への不支給を不合理としたことにより、多くの企業における実務の見直しが迫られることとなろう。そしてここでも、背景にある使用者の意図は、当該労働条件の具体的な趣旨・目的に優越しないという最高裁の基本的な考え方が徹底されていると言える。
③ 佐賀事件
佐賀事件は、時系列的には三判決の中で最初に出されている。そのため、不合理性は個別に判断されるという長澤運輸事件最判の引用もこの事件の判決でまずなされ、それが他の判決に再引用される形となった。本事件は、夏期冬期休暇に関する東京事件の判断と同一の判断内容を示しており、この二件によって、夏期冬期休暇等の休暇制度について非正規労働者にこれを付与しないことが不合理と認められる場合には、当該所定の日数につき損害賠償請求権が発生するという一般的なルールが示されたものと言えよう。
6.展望
三判決の特徴を以上のように整理すると、メトロコマース事件と大阪医科薬科大学事件に関する二判決との相違がどう説明されるべきかという基本的課題が生じることは否めない。この点もなお検討が必要であるが、考えられるのは、賞与や退職金のように基本給との関連が一般的に非常に強く、基本給に込められている使用者側の経営判断が直接に反映しやすい労働条件の場合は、特に労契法旧20条のもとでの判断においては、最高裁によれば、非正規労働者も相応に会社に貢献しているとか、むしろ正規労働者より長期に勤続している者もいるといった事情があっても、そうした経営判断の尊重を凌駕するには至らなかったと認められたということである。これに対して諸手当はそれ自体の支給の趣旨・目的が明確に存在するので、逆に背後にある経営判断がこれを凌駕するという認定は困難であろう。しかし、パ有法が不合理性判断についてそれぞれの判断要素につき「適切な」との評価的要件を加えたことにより、今後は、賞与や退職金など基本給と強く結びついている労働条件であっても、メトロコマース事件や大阪医科薬科大学事件の場合のように、これらの不支給を不当とみなし得るようなそれなりの事情があれば、結論が今回と同一になるとは必ずしも言えないであろう。
(掲載日 2020年10月29日)