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文献番号 2020WLJCC029
金沢大学 教授
大友 信秀
1.本件を紹介する理由
本件は、X(原告)が出願した単一の色彩の商標に対する拒絶査定不服審判の審決に対して、Xが取消訴訟を求めた事案である。平成26年の商標法の改正により色彩のみからなる商標も認められることになったが※2、色彩を組み合わせたものに対する登録は認められているが ※3、単一の色彩の商標に対する登録査定はいまだ認められていない※4。本件は、単一の色彩の商標としての識別力の証明に何が必要なのかが具体的に問題となった事案であり、判決の内容に疑問が残る部分もあるため、実務的な関心も大きく※5、今後の参考のため紹介する。
2.本件
(1) 特許庁における手続の経緯
Xは、平成27年4月1日、第7類「油圧ショベル、積込み機、車輪により走行するローダ、ホイールローダ、ロードローラ」及び第12類「鉱山用ダンプトラック」を指定商品とする色彩のみからなる商標について商標登録出願をした※6。その後、平成28年11月17日付けで拒絶査定を受けたため、平成29年2月21日、不服審判を請求し※7、指定商品を第7類「油圧ショベル」に補正する手続補正を行った。
特許庁は、令和元年9月19日、本願商標※8が商標法3条1項3号に該当し、同条2項に該当しないことから、商標登録を受けることができないとし、審判請求不成立の審決を下したため、Xは、審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
(2) 本件訴訟
① Xの主張
1) 使用開始時期及び使用期間
本願商標は、1970年10月にXが設立されてから、約50年にわたり継続して使用されている。
2) 使用地域・販売台数等
Xは、本願商標の色彩が使用された(ないし、本願商標が付された)油圧ショベルを北海道・東北、関東、中部、関西及び西日本(九州を含む。)の各地域に所在する事業者に対して販売しており、同油圧ショベルは同地域で使用されている。
Xの油圧ショベルのシェアは、1974年から2018年までの期間、常時概ね20%であり、ミニショベルのシェアは、1991年から2018年までの期間、常時概ね10%以上を維持している。2005年から2011年までの油圧ショベルの国内出荷台数のシェアは、Xを含む4社間で1~4位の順位を交替しているところ、Xは国内シェア3位以内の地位についている。
建設工事等の現場でXの油圧ショベルは、他者と区別されたその鮮やかな色彩から一目で認識することができる。油圧ショベルを供給する上位5社のうちオレンジ色を機体に使用しているのはXのみであり、Xの市場シェアを考慮すると、建設会社等の油圧ショベルの需要者及び取引者は、本願商標に係るオレンジ色が使用されたXの油圧ショベルを建設工事や土木工事の現場等において、確実かつ頻繁に目にしているはずである。
3) 広告宣伝の方法、回数及び内容
Xは、本願商標に係るオレンジ色が使用された油圧ショベルのカラー画像の広告を、少なくとも72種類以上作成し、少なくとも29種類以上の新聞及び雑誌に継続的に掲載してきた。また、新聞・雑誌以外の紙媒体への広告出稿も継続的に行っている。
2018年6月以降、本願商標に係るオレンジ色が使用された油圧ショベルのカラー画像のウェブ広告は、少なくとも合計4000万回以上表示され、閲覧された。
Xは、1990年9月から2001年上期、2007年下期から2016年1月までテレビCMを繰り返し放映し、多数の視聴者が見込まれる時間帯・番組において、本願商標を付した油圧ショベルを登場させたテレビCMを放映した。これらCMは、東京キー局を中心に、視聴率の高い番組において繰り返し放映されている。
Xの1990年から2014年までの年度別広告宣伝費は多い年で年間15億円を超え直近の2010年から2014年においても年間4億円に近い金額が支出されている。2016年以降はウェブ広告により、費用自体は低下しているものの、広告の費用対効果はより高まっている。
Xは、イベントや展示会等においても、展示、紹介している。
4) アンケート調査の結果
建設機械全般の購入可能性のある者から、明らかに油圧ショベルと関連性の低い業種を除いたうえで、第三者である楽天リサーチが日本全国の建設業の就労者比に応じて当該地域毎に無作為に選定した事業者に対するアンケート調査では、回答者の96.4%がXを想起しているとの結果が得られた。
5) Xの油圧ショベルに「HITACHI」等の文字が付されていること
本願商標は、極めて強い自他商品識別力を獲得したものであるから、本願商標が使用された油圧ショベルに使用機種等の文字や「HITACHI」等の文字が付されていても、本願商標が獲得した自他商品識別力に何ら影響はない。
使用機種等の文字は、小さな文字で記載されているため、目につきにくく、需要者が視認し、注目するのは本願商標である。また、「HITACHI」の文字も、本願商標の色彩が占める面積に比して極めて小さく、顧客の希望等により、文字を記載しない油圧ショベルも多くある。このように、これらの文字の存在が、本願商標の使用による自他商品識別力獲得の妨げとなる事情たり得るものではない。
6) 本願商標の色彩と近似した色彩の種々の建設機械の存在について
「本願商標の指定商品は油圧ショベルであるところ、建設機械の分野の商品は多岐にわたり、需要者はそれぞれの機械の機能、用途及び必要となる免許等に応じてこれを選別するのであるから、各機械は明確に区別され、油圧ショベルの需要者は、その他の機械を含む建設機械全般の需要者ではない。したがって、油圧ショベル以外の機械については、考慮すること自体誤りである。」
「また、Y(被告)の主張する種々の建設機械等は、油圧ショベルであるが、明らかにオレンジ色でない色彩が使用されているもの、現在販売を確認できないもの、農機又は林業用機械であるため国内での流通量が極めて少ないもの、油圧ショベルではないアタッチメント、油圧ショベルと用途や需要者が異なる建設機械等であるから、Xの油圧ショベルの需要者に対する本願商標の識別力への影響はほぼない。」
7) Xによる本願商標の独占使用が公益上適当であること
「油圧ショベル(ミニショベルを除く。)は、参入企業数が少なく、・・・5社による寡占状態が継続しており、これらの企業はいずれも特定の単色を自らの油圧ショベルに使用し続けており、そのうちオレンジ色を継続して油圧ショベルに使用しているのは、Xのみである。
Xが今後もこれまでと同様に本願商標の色彩を独占したとしても、他社のデザインの選択の余地が不当に狭くなることにはならず、他の事業者等に本願商標の色彩を使用する余地を残しておく公益的な要請は喪失している。」
② Yの主張
1) 本願商標の独創性
「本願商標は、単色の色彩のみからなる商標であるところ、輪郭や外縁のような図形的な要素もなく、その使用の際の形態や態様、表示範囲すら特定しないから、単一の色彩それ自体よりなるものである。そして、本願商標の色彩は、極めて一般的に採択されている色彩(オレンジ色)の一種にすぎないものであるから、それ自体はありふれたもので、創作性や特異性はなく、独創性を欠くものである。」
2) 建設機械等の分野における取引の実情
「本願商標に係るオレンジ色は、その指定商品「油圧ショベル」と関連する建設機械や農機に係る分野において、多数の事業者によって用いられており、例えば、商品(油圧ショベル、バックホー、ホイールローダ、ショベルローダ、キャリア、フォークリフト、クレーン車、高所作業車など)の車体色として、また、商品の販売に係る広告の色彩(商品販売のウェブサイトや店舗の看板などに表示される装飾やロゴの色彩など)として、取引上普通に採択されている実情がある。
建設機械や農機の取引においては、通常は、販売店に行く前から予算や機種などを決定し、販売店でも建設機械の作動状況などをチェックするなど、慎重に検討した上で購入に至るもので、その購入にあたっても、会社名や商品名等を明記した注文書や物品受領書などを介して取引が行われるから、車体のロゴや商品名などに着目して取引する場合があるとしても、商品の車体色を独立した出所識別標識である商標として着目した上で取引にあたることは想定し難い。」
3) Xによる本願商標の使用態様
「・・・Xと関連する油圧ショベルは、その使用期間とされる相当の期間において、オレンジ色と黒など複数色の組み合わせを用いており、本願商標はその1つとして採択されているにすぎない。
また、X使用商品は、車体色の一部をオレンジ色としつつ、アーム部や車体には著名商標である「HITACHI」又は「日立」などの文字が表示されているため、X使用商品に接する需要者は、まずは出所識別標識として強く支配的な印象を与えるそれら文字部分に着目するというのが自然である。さらに、・・・建設機械等の分野における取引の実情を踏まえるとなお、商品に表示された文字とは別に、車体色が独立した出所識別標識として機能、認識される可能性は極めて低い。
したがって、本願商標は、Xによる使用態様によっては、建設機械等の分野における取引の実情を考慮すればなお、独立した出所識別標識として認識される可能性は低く、その指定商品に係る需要者をして、X使用商品の車体色に採択された色彩(オレンジ色)について、独立した出所識別標識であるとの印象を与えるものではない。」
4) X使用商品の販売実績及び広告実績
「X使用商品は、一定の販売実績や市場シェアを占めており、また、その広告活動も継続してされてはいるが、本願商標の使用態様及び取引の実情を踏まえると、車体色が独立した出所識別標識として機能する可能性は極めて低いから、商品の販売実績や広告宣伝活動によって、ブランド名や製品名、その機能などの側面に係る周知性の向上は期待できても、車体色に採択されているにすぎない色彩に係る周知性が向上するとは直ちに考え難い。
そのため、X使用商品の販売実績や広告実績に関わらず、単に車体色にすぎない色彩に関して、X固有の出所識別標識としての周知効果はない。
そして、Xの取り扱う建設機械や鉱山機械(X使用商品、ホイールローダ、ロードローラ、鉱山用ダンプトラックなど)に係るカタログや広告、テレビCM、雑誌記事、イベント及びスポンサー活動は、それぞれの記事内容や活動内容も、Xの製品やその機能の紹介にすぎないものや、油圧ショベルに言及すらしないような漠然とした広告や広報活動にすぎないから、それら広告等に接する需要者が、X使用商品の車体色を出所識別標識として着目し、その知名度が向上するとは考えにくく、本願商標の色彩に係る周知効果はないか、限定的であるというべきである。」
5) 本願商標の独占適応性
「(1)本願商標は、色彩(単色)のみからなるもので、商標を使用する際の形態や使用態様も特定していないから、その商標登録により排他的独占権が生じ得る使用の範囲は、本願商標と同一の色彩を、その輪郭や外縁、形態、態様又は面積等を問わず、商標として表示すること、つまり、商品(油圧ショベル)の車体色として付すこと、その付した商品を販売又は輸入をすること、商品(油圧ショベル)の広告(看板、パンフレット、ウェブサイトなど)、価格表又は取引書類に付して展示又は頒布をすることなどである。
色彩は、色相、明度、彩度の三属性で分類できるもので、例えばマンセル表色系などのカラーオーダーシステムによって特定できるところ、人が視覚によって見分け、記憶できる色彩には限界があり、あいまいなカテゴリ(赤、緑、黄、青、茶、紫、オレンジ、ピンク、灰、白、黒など)により記憶されるから、本願商標とはマンセル値などの値が多少異なる色彩であっても、その近似色(いわゆるオレンジ色のほか、赤みの強いオレンジ色や黄みの強いオレンジなど)は、本願商標とは、時と所を異にして接する場合、見分けることは困難である。商標の類否は、時と所を異にして比較する離隔観察を前提とするから、本願商標と類似する商標(色彩)には、ある商品につき使用した場合、時と所を異にして接する場合に記憶に基づき見分けることが困難で、誤認混同を生じるおそれがある、オレンジ色の近似色が含まれる。
(2) 本願商標は、その指定商品を「油圧ショベル」とするところ、当該商品は、ユンボ、パワーショベル、バックホー、ドラグショベル、ショベルカーなど様々な名称でも呼ばれる建設機械の一種であり、中でも小さなバケットを持つもの(バケット容量が0.25㎥未満)はミニショベルと呼ばれ、同様の機器は建設業にとどまらず、農業や林業などにも広く利用されている。そして、油圧ショベル(ミニショベルを含む。)を製造販売する企業は、X、株式会社小松製作所、コベルコ建機株式会社、キャタピラージャパン合同会社及び住友建機株式会社の主要5社のほか、農機大手を含む企業などもあるが、それら企業は、油圧ショベルのほかにも、建設機械(ブルドーザー、クレーン、ロードローラなど)や農機なども取り扱っている。
このように、油圧ショベル(ミニショベルを含む。)は、用途の汎用性もあって、専門の事業者が製造販売するような商品ではなく、建設機械や農機の分野に属する広い範囲の事業者によって製造販売されている実情がある。
なお、商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により、それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売にかかる商品と誤認されるおそれがあると認められる関係にある場合、たとえ、商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても、類似の商品に当たるとされる。建設機械一般や農機の一部は、油圧ショベルと商品の構造や機能、需要者層が共通する上、これらが同一の営業主により製造販売されている場合には、同一又は類似の商標を使用すると、同一の営業主の製造又は販売にかかる商品と誤認されるおそれがあるものといえるから、本願商標の指定商品「油圧ショベル」(ミニショベルを含む。)と類似の商品に含まれるというべきである。
(3) 以上を踏まえると、本願商標の登録適格性の判断において考慮すべき第三者の使用例は、建設機械や農機の分野におけるオレンジ色の表示全般、つまり、オレンジ色を、その輪郭や外縁、形態、態様又は面積を問わず、商品の車体色や広告などに表示する使用例である。
そして、建設機械や農機の分野では、オレンジ色は商品の車体色や、商品の販売に係る広告の色彩として、様々な態様ではあるものの、多数の事業者により採択されている実情があり、さらに、橙色(オレンジ色)はJIS安全色として規格化され、安全確保や事故防止等の観点から、何人も自由な使用ができるように開放しておくべき必要性が高い色彩である。
それにもかかわらず、仮に本願商標の登録を認めると、オレンジ色について、車体色としての使用を含む、商品や広告などの色彩と関連した商標としての使用と判断される可能性のある、あらゆる態様における色彩使用が事実上制限されることになり、元来自由に利用できるはずであったオレンジ色及びその近似色の使用が阻害又は制限される影響は極めて深刻である。
したがって、本願商標につき、Xに限って独占使用を認めることは、公益的見地から許容されるものではない。」
③ 裁判所の判断
1) 商標法3条2項の趣旨
「本願商標が商標法3条1項3号に該当することは、当事者間に争いがないところ、同条2項は、同条1項3号ないし5号に対する例外として、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」は商標登録を受けることができる旨規定している。その趣旨は、特定人が当該商標をその業務に係る商品の自他識別標識として他人に使用されることなく永年独占排他的に継続使用した実績を有する場合には、当該商標は例外的に自他商品識別力を獲得したものということができる上に、当該商品の取引界において当該特定人の独占使用が事実上容認されている以上、他の事業者に対してその使用の機会を開放しておかなければならない公益上の要請は薄いということができるから、当該商標の登録を認めようというものと解される。
そして、使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは、当該商標が使用された期間及び地域、商品の販売数量及び営業規模、広告宣伝がされた期間及び規模等の使用の事情、当該商標やこれに類似した商標を採用した他の事業者の商品の存在、商品を識別し選択する際に当該商標が果たす役割の大きさ等を総合して判断すべきである。また、輪郭のない単一の色彩それ自体が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかを判断するに当たっては、指定商品を提供する事業者に対して、色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるという公益にも配慮すべきである。」
2) 認定事実(Xが直接主張していない部分及びXの主張と一致していない部分)
i) 本願商標の使用態様
「・・・オレンジ色を車体の全体に使用した油圧ショベルの写真のみならず、車体の一部にのみオレンジ色を使用した油圧ショベルの写真も掲載されており、Xの社名や、「HITACHI」又は「日立」の文字が記載されている。」
ii) 本願商標の使用期間、使用地域及び販売数量
車体の一部に本願商標の色彩が使用された油圧ショベルを使用していたことは認定。
iii) 広告宣伝の方法、期間、規模
「(X主張の)広告においては、いずれのXの社名や、「HITACHI」又は「日立」の文字が記載されている。」
iv) アンケートの結果
「・・・Xらの依頼により・・・平成29年1月に実施したアンケートの結果・・・によれば、有効回答数は193件であり(回収率38.6%)、本願商標の色彩の画像を見せた上で、「どのメーカーの油圧ショベルかをお答えください」との質問に対し、185件がXと回答した(認知率95.9%)との結果となっている。」
v) X以外の者による本願商標と類似する標章の使用
「X以外の事業者により、本願商標と類似する標章が使用されていたことが認められる。」
vi) 油圧ショベルの取引の実情
「油圧ショベルは、・・・掘削機械の一種であり、・・・その用途に汎用性があることから農業や林業にも利用されている。」
「同一の事業者が油圧ショベルのほか、それ以外の建設機械や農機を製造販売している。」
「市場分析においても、油圧ショベルは、ブルドーザー、クレーン、ロードローラ等とまとめて、建設機械に係る業界として扱われている。」
「建設機械等の取引においては、製品の機能や信頼性を検討し、メーカー名や商品名等を明記した注文書や物品受領書などを介して取引が行われている。」
3) 使用による自他商品識別力について
i) 本願商標の色彩を付した油圧ショベルの販売について
「本願商標の色彩であるオレンジ色は、・・・ありふれた色である。そして、本願商標の色彩と類似した色彩である橙(マンセル値:5YR 6.5/14)は、・・・JIS安全色にも採用され、・・・建設工事の現売において、一般的に使用される色彩である。」
「本願商標の色彩は、これらの文字(著名商標である「HITACHI」又は「日立」:筆者注)や(他の:筆者注)色彩と合わせてXの商品である油圧ショベルを表示しているというべきである。」
「以上によれば、・・・本願商標の色彩のみが独立して、Xの油圧ショベルの出所識別標識として、日本国内における需要者の間に広く認識されていたとまでは認められない。」
ii) 広告宣伝について
「(Xが行った:筆者注)広告等には、いずれも、Xの社名が表示されている上、その多くに「HITACHI」又は「日立」の文字が併せて記載されており、本願商標の色彩のみが独立して、Xの商品である油圧ショベルの出所を表示しているとはいえない。
また、これらの広告等の中には、油圧ショベルのモチーフが、オレンジ色をした五線譜上の音符や将棋の駒として表示されたり、オレンジを背景にしたキリンのシルエットとして表示されたりするなど、デザインの一環として用いられ、広告内容が油圧ショベルと関連付けられたものではないものも存在し・・・、このような広告は、視聴者に対し、オレンジ色がXのコーポレートカラーであると印象付け、本願商標の色彩を一定程度認知させるものとはいえても、色彩と商品の結び付きは弱く、このことから直ちに、本願商標の色彩が、Xの油圧ショベルの出所識別標識として、広く認識されたとまで認めることは困難である。
以上によれば、本願商標の色彩を車体の少なくとも一部に使用した油圧ショベルの画像を用いた宣伝広告により、本願商標の色彩が、Xの油圧ショベルの出所識別標識として、需要者の間に広く認識されたとまではいえない。」
iii) 本件アンケートの結果
「本件アンケートの調査対象は、全国の油圧ショベルの取引者及び需要者とされるものの、ホイールローダ、ダンプトラック、道路機械、環境機械等の需要者や、農業や酪農など土木建設業者以外の業種の者が除かれている上、油圧ショベルを10台以上保有している者のみに絞られているから、対象者は油圧ショベルの需要者の一部に限定されている。また、対象者数は、約●●●件の需要者のうちの502件であり、有効回答数はその38.6%である193件にとどまる。そして、認知率95.9%という高い数字は、有効回答数193件に対する数字であり、対象者数502件に対しては36.8%にとどまる。
本件アンケートの質問方法は、本願商標の色彩の画像を見せた上で、「どのメーカーの油圧ショベルかをお答えください」と尋ねるものであるところ、かかる質問は、本願商標が出所識別標識と認識されることを前提とするものであるから、その回答によって、本願商標がXのみの出所識別標識と認識されていることを示しているのか、単にXの油圧ショベルの車体色と認識するにとどまるのかを区別することはできない。
以上によれば、本件アンケートの結果のみから直ちに、本願商標の色彩が出所識別標識として認識され、本願商標が付された油圧ショベルの出所がXのみであることが広く認知されていたものと認めることはできない。」
iv) X以外の者による本願商標に類似する色彩の使用
「・・・農機等を含む油圧ショベルや各種建設機械の車体色として、複数の事業者によりオレンジ色が広く採択されていた。
そうすると、Xが本願商標の色彩を車体の少なくとも一部に使用した油圧ショベルを長期間にわたり相当程度販売していたとしても、油圧ショベルと需要者が共通する建設機械や、油圧ショベルの用途とされる農機、林業用機械の分野において、車体色としてオレンジ色を採用する事業者がX以外にも相当数存在していたのであるから、Xが、他者の使用を排除して、油圧ショベルについて本願商標の色彩を独占的に使用していたとまでは認められない。」
v) 油圧ショベルの取引の実情
「油圧ショベルは、建設機械の一種であり、建設業のほか農業や林業にも利用され、同一の事業者が油圧ショベルのほか、それ以外の建設機械や農機を製造販売している。また、油圧ショベルを含む建設機械は、製品の機能や信頼性を重視し、メーカーを確認して製品の選択が行われ、価格も安価なものではないことから、製品を識別し購入する際に、車体色の色彩が果たす役割が大きいとはいえない。」
vi) 公益的要請も加味した結論
「・・・Xは、本願商標の色彩を車体の少なくとも一部に使用した油圧ショベルを長期間にわたり相当程度販売するとともに、継続的に宣伝広告を行っており、本願商標の色彩は一定の認知度を有しているとはいえるものの、その使用や宣伝広告の態様に照らすなら、本願商標の色彩が、需要者において独立した出所識別標識として周知されているとまではいえない。そして、本願商標は、輪郭のない単一の色彩で、建設現場等において一般的に採択される色彩であること、油圧ショベル及びこれと需要者が共通する建設機械や、油圧ショベルの用途とされる農機、林業用機械の分野において、本願商標に類似する色彩を使用するX以外の事業者が相当数存在していること、油圧ショベルなど建設機械の取引においては、製品の機能や信頼性が検討され、製品を選択し購入する際に車体色の色彩が果たす役割が大きいとはいえないこと、色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるべき公益的要請もあること等も総合すれば、本願商標は、使用をされた結果自他商品識別力を獲得し、商標法3条2項により商標登録が認められるべきものとはいえない。」
4) Xの主張について
i) 取引の実情について
「・・・油圧ショベルは、汎用性をもった建設機械として、多様な分野の工事関係者が需要者に含まれるほか、農業や林業にも広く利用されるものであるから、農業や林業に従事する者も需要者に含まれるというべきである。
そして、・・・同一の事業者が、油圧ショベルと他の建設機械や農機を製造販売しているのであるから、これらの商品に同一又は類似の商標を使用する時には、同一営業主の製造販売に係る商品と誤認されるおそれがあるといわざるを得ない。
さらに、油圧ショベルを含む建設機械は、建設工事を行う法人等の事業者が業務用に購入することが通常であると考えられるから、操縦のための免許の区分に応じて、建設機械の種別ごとに取引市場が分割されているとはいえず、・・・市場分析においても、油圧ショベルは、建設機械に係る業界として扱われている。
そうすると、油圧ショベルは、農機や林業用機械として用いられている油圧ショベルや、油圧ショベルと異なる建設機械と取引市場や業界を共通にするというべきであるから、これらについて、車体色としてオレンジ色が採択されていることは、本願商標の使用による識別力の存否判断に影響を及ぼすというべきである。
・・・人が視覚によって見分けることができる色彩には限界がある。本願商標の色彩よりも赤みの強いオレンジ色は、本願商標とは時と所を異にして接する場合には、見分けることは困難であること・・・に照らせば、これらの商品の車体色も、本願商標の使用による識別力に影響を及ぼすものであるというべきである。
また、Xは、乙17のフルカワのミニバックホーや、乙20のIHI建機のミニショベルは、いずれも中古品であって、販売時の色彩は不明であると主張するが、これらの商品も、中古品として市場で流通している以上、需要者の商品選択肢の中にあり、現に付されている車体色も、建設機械の取引市場に係る実情として考慮されるというべきである。
さらに、Xは、農機又は林業用機械である油圧ショベルは、国内での流通量が少ないとも主張するが、平成29年度建設機械動向調査によっても、農業や林業に係る業者の約5%が油圧ショベルを購入しており・・・、無視できる数字であるとはいえない。」
ii) 独占適応性について
「Xは、油圧ショベルの分野では5社が国内シェアの90%を寡占する状態が継続しており、そのうちオレンジ色を継続して油圧ショベルに使用しているのは、Xのみであるから、他の事業者等に本願商標の色彩を使用する余地を残しておく公益的な要請は喪失されている旨主張する。
しかしながら、油圧ショベルを製造販売する業者は、X、株式会社小松製作所、コベルコ建機株式会社、キャタピラージャパン合同会社及び住友建機株式会社の5社以外にも、ミニショベルを製造販売する株式会社クボタ、ヤンマーホールディングス株式会社、株式会社竹内製作所等も存在することは前記・・・のとおりである上、海外企業も存在するものと認められる。
また、・・・建設機械や農機の分野において、オレンジ色は油圧ショベルを含む他社の商品の車体色として広く採択されているのであるから、本願商標の使用はXだけができるとの共通認識が形成されているとまではいえない。」
iii) 「HITACHI」又は「日立」の文字について
「Xは、本願商標の色彩は、極めて強い自他商品識別力を獲得したものであるから、本願商標の色彩が使用された油圧ショベルに「HITACHI」又は「日立」の文字が付されていても、本願商標が獲得した自他商品識別力に何ら影響はない旨主張する。
しかしながら、「HITACHI」、「日立」は著名商標であり、Xの油圧ショベルに接する需要者は、これらの文字部分に着目するのが自然であるというべきである。そして、前記アのとおり、建設機械や農機、林業用機械の分野において、オレンジ色が広く採用されていることに加え、・・・建設機械等の取引においては、製品の機能や信頼性を検討し、どのメーカーの商品であるかを慎重に確認した上で商品を購入するのが通常であると考えられることも踏まえると、需要者が、「HITACHI」又は「日立」の文字を考慮することなく、商品の車体色であるオレンジ色のみに着目してその出所を識別するとまではいえない。」
3.色彩のみからなる商標
(1) 色彩のみからなる商標とはどのような商標か?
色彩のみからなる商標は、色彩のみを構成要件とする商標である。指定商品の形状に関係なく、したがって、輪郭も観念し得ない単なる色の商標であり、複数の色彩を組み合わせたものと単一の色彩によるものとがある※9。
色彩のみからなる商標は、使用によってそれが出所識別標識として需要者に認識される場合に認められる商標であり、平成26年(2014年)商標法改正により認められた「新しい商標」の一つである※10。色彩のみからなる商標と認められるためには、商品や役務に慣用されている商標ではなく※11、商品が通常有する色彩であってもならない※12。
(2) 色彩のみからなる商標の例
色彩のみからなる商標については、すでに、色彩を組み合わせたものについては、トンボの消しゴムやセブンイレブン・ジャパンの店舗カラーのように登録されているものがある※13。しかしながら、単一の色彩によるもので登録を認められたものは本件も含め、今のところ1件もない※14。
(3) 色彩のみからなる商標の特殊性
商品の形状と関係なく色彩として認められる商標は、企業や商品・役務のブランド戦略全体に応用可能であり、色に関係する限り、競合他社を完全に排除できるため、極めて強力な武器となる。また、商標は、更新により半永久的に使用でき、特許や意匠のように保護期間が切れることがないため、継続した戦略の遂行を可能にする。
逆に言えば、とりわけ単一の色彩のみからなる商標を認めることは、当該市場から同色に関わるすべての商品や役務に関わる競争を排除することになるため、それでも市場における競争環境(商品や役務に対する色の使用)が不当に制限されないと言えるものでなければならないことになる。
競争市場では、より訴求力の高い色や認識されやすい色を使用して市場における存在感を高める戦略がとられる。赤色というのは人の注意を惹く色であるため、この色で市場において認知されることは、競争で極めて優位な立場に立つことを意味する。よく知られているものとしては、コーラ飲料の世界におけるコカ・コーラのコーポレートカラーがある。
これに対して、すでに業界トップ企業が赤色を使用して認知されている状況で、2番手を狙う者が選択する色は青色になることが通常である。これは、赤色が暖色を代表する色であり、青色が寒色を代表する色であるため、赤色との違いを最も示すことができ、先行者との差別化を強烈に示すことができるためである※15。上述のコカ・コーラに対して、ライバル企業であるペプシ・コーラがコーポレートカラーとして青色(ただし、赤色との組み合わせ)を使用しているのもこのような理由によるものと考えられる。
このような業界トップ2社のコーポレートカラーが赤色や青色になることは、たとえば、日本の航空会社であるJAL(赤色)とANA(青色)や、PC周辺機器メーカーであるバッファロー(赤色)とエレコム(青色)、アイ・オー・データ(青色)というようなところにも見られる※16。
それでは、これらトップ2社の関係に割って入ろうとする場合、赤色や青色は使用できないのであろうか。上記の例では、たとえば、PC周辺機器メーカーでは、エレコムとアイ・オー・データが同業種でともに青色をロゴ等に使用している。PC関係機器では、正確性やスピードといった寒色系のイメージにつながる要素が重視されるため、青色の選択は妥当である。これに対して、バッファローはあえて差別化を図るために赤色を選択したものと思われる。このように、業種によっては、多くの者が選択を欲する色というものがあり、このような色を先行者に独占させることは適当ではない。
したがって、赤色や青色というものは、多くの業種で色彩のみからなる商標として登録を認めるべき色ではないと考えられる※17。たとえば、コーラ飲料業界では、赤色と言えば、コカ・コーラと答える需要者(消費者)が圧倒的と考えられるが、コカ・コーラに赤色のみからなる商標を認めることは否定すべきであろう。実際、市場には、商品の目立つ部分に赤色を使用したコカ・コーラ以外のコーラ飲料が多く見られる。
4.本件の具体的争点
(1) 商標法3条2項該当性(自他識別力獲得)に関して必要な立証内容
本件では、本願商標の商標法3条2項該当性に関するXの立証が問題となったが、色彩のみからなる商標に関する立証の程度については、とりわけ、社名やロゴ等が付されている場合について、商標審査基準(6頁)は必ずしも明確に示しているとは言えない※18。
これに対して、需要者に対するアンケートに関する取扱いを具体的に示しているのが、商標審査便覧である。商標審査便覧54.06(2頁)は、以下の通りである。
※需要者に対するアンケートに関する取扱い
需要者に対するアンケートは、実際に使用されている態様が出願商標(色彩)のみではない場合に、出願商標の識別力の獲得を立証する際に有効な方法である。アンケートの結果、(特定の文字や図形等と結合しない)色彩のみから、特定の者の業務に係る商品又は役務であることを認識するという結論が得られている場合には、色彩が独立して自他商品・役務の識別標識として認識されるか否かの判断において、当該アンケート結果を特に考慮する。なお、アンケートの実施方法が適切か否かについては、主に以下の点について確認する。
(ア)対象者及び対象者数は適切か
(イ)質問が恣意的・誘導的ではないか
(ウ)アンケート結果について人為的操作が行われていないか
さらに、自他商品識別力獲得の有無については、次のように示している。
3.商標の構成態様や商取引の実情の考慮
使用により識別力を有するに至ったか否かについて判断する際は、以下の点についても考慮する。
(1)商標の構成態様
色彩のみからなる商標の構成(単一の色彩からなるものか複数の色彩の組合せからなるものか、また、複数の色彩の組合せである場合に色彩の組合せの方向指定がされているか否か、等)について考慮する。
(2)商取引の実情
指定商品又は指定役務を取り扱う業界の市場特性について出願人から主張があった場合には考慮する。例えば、参入企業数(寡占業界か否か)や当該業界における色彩の使用状況(多種多様な色彩が一般的に使用される商品・役務であるか否か、等)等の事実を考慮する。
(2) Xの具体的立証と裁判所の評価
Xは、独占適応性に関する主張部分で、上記審査便覧3(2)商取引の実情について触れている。また、社名やロゴ等が付された状態で使用されていた本願商標の自他商品識別力に関するアンケートに関しても、審査便覧が示している基準に対応する主張を行っている。
これに対して、裁判所は、本願商標の使用が著名なXの社名を伴っていたことを理由に本願商標自体の自他識別力を否定し、Xによる広告に関して、油圧ショベルに関連付けずにオレンジ色が使用された例を理由に、「コーポレートカラーであると印象付け、本願商標の色彩を一定程度認知させるものとはいえても、色彩と商品の結びつきは弱く、このことから直ちに、本願商標の色彩が、Xの油圧ショベルの出所識別標識として、広く認識されたとまで認めることは困難である。」としている。
しかしながら、前者の社名を伴った使用については、アンケートの結果により覆すことができ、また、後者のオレンジ色をコーポレートカラーであると印象付ける使用例については、色彩のみからなる商標が商品の形から独立して輪郭を有しないものであることを前提とすれば、まさに、自他識別力獲得を肯定する理由となるものと言え、裁判所の判断は誤っていると評価できる。
そして、前者の判断を覆すためのアンケートの結果に対する評価として、裁判所は、アンケートの回答者数から示された認知率(95.9%)ではなく、全対象者数を母数とする認知率(36.8%)を認定している。アンケートにおいて、調査対象の割合を示す母数を非回答者を含む全対象者数で測るという手法は一般的には採用されておらず、仮に回収率等が問題となる場合は、その理由やそのことによる誤差を計算することが通常であり、全対象者数を母数にするという乱暴な手法は通常認められないであろう。
裁判所は、また、取引の実情に対するXの主張に対して、「建設機械等の取引においては、製品の機能や信頼性を検討し、どのメーカーの商品であるかを慎重に確認した上で商品を購入するのが通常であると考えられることも踏まえると、需要者が、「HITACHI」又は「日立」の文字を考慮することなく、商品の車体色であるオレンジ色のみに着目してその出所を識別するとまではいえない。」としているが、慎重に購入するために、商品の色彩以外にも注意を向けることが、商品の色彩の自他識別力を否定することには直接つながらない。商品の色彩の識別力は、需要者が商品を識別し購入に至るまでを左右する要素の、重要ではあるが、しかしながら重要なものの中の一つでしかないのである。
(3) 独占適応性について
① JIS安全色
裁判所は、「本願商標の色彩であるオレンジ色は、・・・ありふれた色である。そして、本願商標の色彩と類似した色彩である橙(マンセル値:5YR 6.5/14)は、・・・JIS安全色にも採用され、・・・建設工事の現売において、一般的に使用される色彩である。」と認定した。
このように、業界の標準規格や推奨規格として色彩が定められている場合には、これと識別が難しい色彩に独占力を付与する商標登録は認められるべきではないといえる。
したがって、本願商標がこのような規格と比較される場合には、出願人により、非類似性ないしは識別可能性を主張・立証することが求められる。
本件では、この点を直接示す証拠が示されておらず、裁判所の結論もこのことを重視した結果であると考えられる。
② その他の理由
裁判所は、商標法3条2項該当性を否定する理由として「色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるべき公益的要請もあること」を挙げ、より具体的には、「・・・建設機械や農機の分野において、オレンジ色は油圧ショベルを含む他社の商品の車体色として広く採択されているのであるから、本願商標の使用はXだけができるとの共通認識が形成されているとまではいえない。」としている。
この点については、それでは、たまたま、当該市場において、商標出願人のみが、本願商標を使用していた場合には、これが認められるのかが問題となる。
しかし、上述のように、市場における赤色や青色といった色、商品の特性から来る、暖色や寒色の選択からなされた色彩の独占状態は、これを認めるべきでないと言える。この点では、商標審査便覧が識別力獲得の有無に関して、商取引の実情の把握のために参入企業数を考慮事由に上げているが、具体的な評価手法は極めて複雑なものになり得るため、考慮事項の例として挙げるのが適当かどうかは疑問である。
5.色彩と商標の関係
上述のように、市場において、赤色や青色による識別力を獲得したブランドは、さらなる広告・宣伝費の投入及び商品の販売により、その独占力を強化することが可能となる。しかしながら、この独占力は、事実上のものであり、法的な保護に値するかどうかはまた別の話になる。そもそも、色彩のみでは、図形や文字と比較して、その識別力は格段に低いため、識別力を獲得したと言えるためには、実質的には位置商標といえるような限定要素が加わっているか、色彩の組み合わせになっており、単一の色彩よりも識別力が高いか、等の事情がない場合は、極めて特殊な事情が備わっている必要があると言える。
たとえば、我が国ですでに登録が認められた色彩のみからなる商標はすべて色彩の組み合わせによるものであり、前掲注14で触れたクリスチャン・ルブタンの赤色はソール部分に限定されており、前掲注17で触れたティファニー・ブルーの場合はこれを特定する色彩番号はありながら、非公開であり一般には使用できないこととされ、それぞれ色彩に何らかの限定要素が加えられている。
単一の色彩のみからなる商標に対する判示では、識別力獲得の問題と独占適応性の問題が併せて認定されており、出願人が何をどのように主張・立証すれば良いのか不明確になっていると言わざるを得ない。このことは審査基準にも言えることであるが、上述のように、色彩のみからなる商標の特殊性に注目した識別力獲得の証明と独占適応性の証明を峻別して、より利用しやすい基準を策定すべきと考える※19。
いずれにしても、この問題については、市場における色彩を利用して取引をする者への色彩選択の自由確保と需要者が色彩を目印に商品・役務選択を行える状態の確保という二つの公益のバランスに基づいて、具体的に判断することが求められることになる。
(掲載日 2020年10月26日)