判例コラム

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第211号 未必的な殺意をもって、不保護の故意のある者と共謀の上、 生命維持に必要な措置をさせず死亡させた者の殺人罪の成否

~最二小決令和2年8月24日 平成30年(あ)第728号 殺人被告事件※1

文献番号 2020WLJCC023
東京都立大学法科大学院 兼任教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント

 被告人は、1型糖尿病を患う被害者(当時7歳)の両親に対し、自らを「龍神」と称し、「死に神退散」などと呪文を唱え、体をさする「治療」により、インスリンなしで糖尿病を治療ができると信じさせ(「龍神への登録料」や治療費と称し数百万円を受け取り)、両親にインスリンの投与を止めさせて放置、被害者を病院で衰弱死させたとして、報道された事案である。
 被告人は、被害者が定期的にインスリンを投与しなければ死亡するおそれがあることを知りながらインスリン投与の中止等を指示し、衰弱死させたとして殺人罪が認められたもので、本件決定で懲役14年6月が確定した(求刑15年の懲役)。
 被告人に殺意が認定できるかと、共犯関係が争点となった。後者は、第1審、原審、上告審ともに、被害者の母親を道具とする殺人の間接正犯及び父親との関係で保護責任者遺棄致死罪の共同正犯の成立がめられている。

Ⅱ 事実の概要

最高裁が、第1審判決及び原判決の認定・記録を基に、本件事案を以下のようにまとめた。
 「(1) 被害者(平成19年生)は、平成26年11月中旬頃、1型糖尿病と診断され、病院に入院した。1型糖尿病の患者は、生命維持に必要なインスリンが体内でほとんど生成されないことから、体外からインスリンを定期的に摂取しなければ、多飲多尿、筋肉の痛み、身体の衰弱、意識もうろう等の症状を来し、糖尿病性ケトアシドーシスを併発し、やがて死に至る。現代の医学では完治することはないとされるが、インスリンを定期的に摂取することにより、通常の生活を送ることができる。
 (2) 被害者の退院後、両親は被害者にインスリンを定期的に投与し、被害者は通常の生活を送ることができていたが、母親は、被害者が難治性疾患である1型糖尿病にり患したことに強い精神的衝撃を受け、何とか完治させたいと考え、わらにもすがる思いで、非科学的な力による難病治療を標ぼうしていた被告人に被害者の治療を依頼した。被告人は、1型糖尿病に関する医学的知識はなかったが、被害者を完治させられる旨断言し、同年12月末頃、両親との間で、被害者の治療契約を締結した。被告人は、その頃、母親から被害者はインスリンを投与しなければ生きられない旨説明を受けるなどして、その旨認識していた。被告人による治療と称する行為は、被害者の状態を透視し、遠隔操作をするなどというものであったが、母親は、被害者を完治させられる旨断言されたことなどから、被告人を信頼し、その指示に従うようになった。被告人は、被害者の治療に関する指示を、主に母親に対し、メールや電話等で伝えていた。
 (3) 被告人は、平成27年2月上旬頃、母親に対し、インスリンは毒であるなどとして被害者にインスリンを投与しないよう指示し、両親は、被害者へのインスリン投与を中止した。その後、被害者は、症状が悪化し、同年3月中旬頃、糖尿病性ケトアシドーシスの症状を来していると診断されて再入院した。医師の指導を受けた両親は、被害者の退院後、インスリンの投与を再開し、被害者は、通常の生活に戻ることができた。しかし、被告人は、メールや電話等で、母親に対し、被害者を病院に連れて行き、インスリンの投与を再開したことを強く非難し、被害者の症状が悪化したのは被告人の指導を無視した結果であり、被告人の指導に従わず、病院の指導に従うのであれば被害者は助からない旨繰り返し述べるなどした。このような被告人の働きかけを受け、母親は、被害者の生命を救い、1型糖尿病を完治させるためには、被告人を信じてインスリンの不投与等の指導に従う以外にないと一途に考え、被告人の治療法に半信半疑の状態であった被害者の父親を説得し、同年4月6日、被告人に対し、改めて父親と共に指導に従う旨約束し、同日を最後に、両親は、被害者へのインスリンの投与を中止した。
 (4) その後、被害者は、多飲多尿、体の痛みを訴える、身体がやせ細るなどの症状を来し、母親は、被害者の状態を随時被告人に報告していたが、被告人は、自身による治療の効果は出ているなどとして、インスリンの不投与の指示を継続した。同月26日、被害者は、自力で動くこともままならない状態に陥り、被告人は母親の依頼により母親の実家で被害者の状態を直接見たが、病院で治療させようとせず、むしろ、被告人の治療により被害者は完治したかのように母親に伝えるなどした。母親は、被害者の容態が深刻となった段階に至っても、被告人の指示を仰ぐことに必死で、被害者を病院に連れて行こうとはしなかった。
 (5) 同月27日早朝、被害者は、母親の妹が呼んだ救急車で病院に搬送され、同日午前6時33分頃、糖尿病性ケトアシドーシスを併発した1型糖尿病に基づく衰弱により死亡した。」
 第1審の宇都宮地判平成29年3月24日(WestlawJapan文献番号2017WLJPCA03249004)は、被告人が、インスリンの不投与には被害者が死亡する現実的危険性があると知りながら、インスリンを投与しないよう指示し、かつこれを継続したのであるから、インスリン不投与による被害者の死亡を認識し認容していた未必の故意があると認定し、また、母親との関係では間接正犯が、父親との関係では共謀共同正犯が成立するとした上で、本件犯行は、およそ理解しがたい身勝手さで、非難の程度は相応に高いとして、被告人に懲役14年6月を言い渡した。
 原審の東京高判平成30年4月26日(WestlawJapan文献番号2018WLJPCA04269009)も、被告人に母親を道具とする殺人の間接正犯、父親との間に保護責任者遺棄致死の共同正犯の成立を認めた第1審の認定、判断に論理則、経験則等に反する不合理な誤りは認められない等として、控訴を棄却した。

Ⅲ 判旨

 最高裁は、Ⅱで引用した事実の概要をさらにまとめ、「被告人は、生命維持のためにインスリンの投与が必要な1型糖尿病にり患している幼年の被害者の治療をその両親から依頼され、インスリンを投与しなければ被害者が死亡する現実的な危険性があることを認識しながら、医学的根拠もないのに、自身を信頼して指示に従っている母親に対し、インスリンは毒であり、被告人の指導に従わなければ被害者は助からないなどとして、被害者にインスリンを投与しないよう脅しめいた文言を交えた執ようかつ強度の働きかけを行い、父親に対しても、母親を介して被害者へのインスリンの不投与を指示し、両親をして、被害者へのインスリンの投与をさせず、その結果、被害者が死亡するに至ったものである」とし、「母親は、被害者が難治性疾患の1型糖尿病にり患したことに強い精神的衝撃を受けていたところ、被告人による上記のような働きかけを受け、被害者を何とか完治させたいとの必死な思いとあいまって、被害者の生命を救い、1型糖尿病を完治させるためには、インスリンの不投与等の被告人の指導に従う以外にないと一途に考えるなどして、本件当時、被害者へのインスリンの投与という期待された作為に出ることができない精神状態に陥っていたものであり、被告人もこれを認識していたと認められる。また、被告人は、被告人の治療法に半信半疑の状態ながらこれに従っていた父親との間で、母親を介し、被害者へのインスリンの不投与について相互に意思を通じていたものと認められる。
 以上のような本件の事実関係に照らすと、被告人は、未必的な殺意をもって、母親を道具として利用するとともに、不保護の故意のある父親と共謀の上、被害者の生命維持に必要なインスリンを投与せず、被害者を死亡させたものと認められ、被告人には殺人罪が成立する。以上と同旨の第1審判決を是認した原判断は正当である。」と判示した。

Ⅳ コメント

  • (1) 本判決の概要をみると、最二小決平成17年7月4日(刑集59巻6号403頁、WestlawJapan文献番号2005WLJPCA07040001)を想起される方が多いであろう。手のひらで患者の患部を叩いてエネルギーを患者に通すことにより自己治癒力を高めるという「シャクティパット」と称する独自の治療を施す特別の能力を持つなどとして信奉者を集め、信奉者に指示してその親(脳内出血等の重篤な患者)を病院から被告人の滞在するホテルに運び込ませ、死亡する危険があることを認識していたにもかかわらずシャクティ治療を被害者に施すにとどまり、生命維持のために必要な医療措置を受けさせないまま放置し死亡させたという事案で、殺人罪が成立するとされた(懲役15年が言渡された)。
  • (2) 両事案において共通して、被告人が強く主張したのは、殺意の認定であったといえよう。本件被告人も、宗教家として長年にわたってほぼ無償で、糖尿病を含む難病治療をしてきており、被害者への殺意を抱くはずがない旨主張している。ただ、本件第1審でも、被告人は、①契約当初からインスリンの投与がなければ被害者が生きられない病状にあると認識していたこと、②インスリンの不投与という自らの指示により両親が被害者にインスリンを投与しなくなって以降、被害者の容態が1型糖尿病発症当時と同様な状態に悪化して再入院せざるを得なくなった状況を認識していたこと、③インスリンの不投与以降、被害者の病状が再び再入院当時のような状態に悪化していく状況を認識していたこと、④それにもかかわらず被害者を病院で治療させようとせず、むしろ、自らの治療が成功しているとの態度をとり続けていたことを認定し、「被告人に被害者を殺害する意欲も積極的意図も認められない」ことは認めつつ、「本件において問題となるのは、定期的なインスリン投与がなければ被害者が死亡する現実的な危険性があることを被告人が少なくとも認識し、認容していたかという未必の故意」であるとして、被告人の主張は「殺意を否定する理由とはならない」とした。たしかに、意思(意欲)的要素が故意の成否に影響しないわけではないが、本件程度の「死の現実的な危険性の認識」があれば、未必の故意は認定しうる。
  • (3) 本件と非常に似ているものの、シャクティパット事件は、不作為の殺人罪のリーディング・ケースとされている点に注意を要する。殺意の認定できる実行行為は、病院から運び出させた後、被告人自身がホテル内で生命維持に必要な措置をとらずに放置し死亡させた不作為なのである。それに対し、本件は、被害者の両親に命じ被害者に対しインスリンを投与させないことによって殺害した作為犯なのである。
     ただ、本件は、被告人の殺人の実行行為は、母親を道具とする間接正犯であり、直接、積極的に殺害行為を行ったわけではないという特色がある。インシュリンを管理し投与しなかったのは、母親なのである。
     被告人を殺人罪の正犯として問擬するには、被告人が「自己の犯罪実現のための道具として利用した」といえなければならない(最一小決平9・10・30刑集51・9・816、WestlawJapan文献番号1997WLJPCA10300001)。必ずしも、道具となる者の意思を抑圧しなくても、直接正犯と同視しうる結果発生の危険性を有する行為を行い、主観的に正犯者意思が認定できれば足りる(前田雅英『刑法総論講義7版』89頁参照)。
     本件において母親は、「難治性疾患の1型糖尿病にり患したことに強い精神的衝撃を受けていた」こと、そして被告人を信頼して指示に従っていたところ、「被告人の指導に従わなければ被害者は助からない」などの執ようかつ強度の働きかけを受け、被害者を何とか完治させたいとの必死な思いとあいまって、被害者の生命を救うには、指導に従う以外にないと一途に考えるにいたり、インスリンの投与という期待された作為に出ることができない精神状態に陥っていたものであり、かつ、被告人もこれを認識していたと認められるので、間接正犯にあたるとされた。間接正犯を限定的に解する学説からは批判があるかもしれないが、間接正犯性の認定について、重要な最高裁の判断が示されたといえよう。
  • (4) 一方、同じく、インシュリンを投与することを思いとどまった父親の行為は、保護責任者遺棄致死罪に該当するとされた。この構成は、シャクティパット事件における、被害者の親族である信奉者についての法的評価と、同様なのである。そして、被告人は殺人罪に該当し、父親と保護責任者遺棄致死の範囲で共同正犯とされたのである。
     間接正犯の道具とされ処罰の対象とならない母親と、「インシュリンを投与しなかったこと」への関与の程度に決定的な差異はないように見えるが、第1審では、父親は被告人のやり方に疑問を持ちつつ、母親の一途な思いに負け、インスリンの不投与を決断したものであり、被告人の治療を疑っていることを被告人に見透かされれば、被告人から息子の治療を駄目にされるのではないかと怖れたとの父親の供述の信用性が認められ、上告審まで維持された。「治療法に半信半疑の状態ながら従っていた」ことが、保護責任者遺棄致死罪の実行行為性(共同正犯性)を基礎付けることになった。判例の「緩やかな共同正犯性の認定(前田・前掲書344-45頁参照)」の枠内にある判断であろう。
  • (5) 問題は、被告人と父親との共謀共同正犯における「謀議」(意思の連絡)の認定であったが、第1審は、被告人に父親との間で母親を介した順次共謀による共同正犯の成立を認め、原審においてもその認定、判断に論理則、経験則等に反する不合理な誤りは認められないとされた。
     そして、最高裁も、「被告人は、被告人の治療法に半信半疑の状態ながらこれに従っていた父親との間で、母親を介し、被害者へのインスリンの不投与について相互に意思を通じていたものと認められる」と判示したのである。
  • (6) かつては、被告人に成立する殺人罪と、父親との間で認められる保護責任者遺棄致死罪の共同正犯の関係が問題とされた。共同正犯とは一つの犯罪を共同することを強調する犯罪共同説的思考からは、被告人と父親に殺人罪の共同正犯が成立し、父親については、「科刑は重なり合う範囲の軽い罪(保護責任者遺棄致死罪)の範囲で行う」という説明が加えられていた時期もあった(最一小決昭和35・9・29裁判集(刑)135・503、WestlawJapan文献番号1960WLJPCA09290012)。しかし、科刑と成立罪名の分離に対する批判もあり、本件でいえば、殺意のなかった父親には、「殺人罪の共同正犯と保護責任者遺棄致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で軽い保護責任者遺棄致死罪が成立する」とするに至る(最一小決昭54・4・13刑集33・3・179、WestlawJapan文献番号1979WLJPCA04130008)。ただ、殺意のある本件被告人の処断は曖昧なままであった。殺人罪の共同正犯なのか単独正犯なのかが明確でないだけでなく、殺人罪と保護責任者遺棄致死罪の共同正犯の罪数関係も微妙であった。
     そのような中で、前述の最二小決平17年7月4日(シャクティパット事件判決)が、「被告人には殺人罪が成立し、殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となる」と判示したのである。ただ、「保護責任者遺棄致死罪の共同正犯が成立する」とはしておらず、成立するのは殺人罪である。共同正犯者間で成立する罪名が異なることを前提とした上で、共同関係を基礎づける部分を「限度で」という形で明示したものと見ることができよう。本件第1審も、この判断方式に従ったもので、最高裁でも再確認されたといえよう。
     実務では、本件被告人の犯罪行為の法令の適用に関しては、「罰条刑法60条(ただし、保護責任者遺棄致死の範囲で)、199条」として処理していくことが、確定したといってよい。


(掲載日 2020年9月3日)

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