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文献番号 2020WLJCC022
明治学院大学 教授
西山 由美
1. はじめに
居住用建物の賃貸を行う事業者は、住宅貸付が消費税上非課税とされるため、その建物購入に係る仕入税額を控除することができない。そのために、以前は自販機設置を利用した消費税還付スキームが行われたが※2、その他の手段として、金地金取引を組み込んだ還付スキームがしばしば利用されてきた。
このスキームは、本件の事実関係で典型的に示されているように、会社設立時の短期の課税期間の設定、同期間中に金地金取引のみを行うことにより課税売上げ100%の課税事業者となること、仕入税額控除について「課税仕入れの行われた日」(消費税法-以下「法」という-30条1項1号)を特定する規定がないこと、通達により契約締結時も「課税仕入れの行われた日」とする余地があること(消費税法基本通達-以下「通達」という-11-3-1および9-1-13) などを利用して行われるものである※3。
現行消費税法には「課税仕入れの行われた日」と消費税の納税義務が成立する「課税資産の譲渡等の時」(国税通則法15条2項7号)とを連結する規定がない※4。また、消費税の課税標準に関する「収入すべき一切の金銭」の文言(法28条1項)により、所得税の権利確定主義が消費税にも妥当するかどうかも問題となる。
本件原審判決は、「課税仕入れの行われた日」に連結する「課税資産の譲渡等の時期」の判断について、権利確定主義の適用を認めた初めての判断であり、本件控訴審判決もこれを支持した※5。ただし、本件原審判決後に、消費税への権利確定主義の適用に懐疑的な判決も出ている。
2. 事実の概要と争点
X社(原告・控訴人)は、新設分割親会社をA社として平成25年11月5日に新設分割により設立され、資本金100万円、決算日を11月30日とする不動産賃貸業を営む株式会社である。A社は、平成24年6月1日に資本金15万円、決算日を6月30日として設立された、不動産賃貸業を営む合同会社である。A社は、平成24年6月12日に貴金属会社B社から金地金を86万3,350円で購入し、翌日にB社に85万7,400円で売却し、これらの取引を唯一の事業活動として、上記のとおりX社を新設したのち、平成26年6月30日に解散した。
X社は新設分割子法人であることから、分割があった日の属する事業年度(すなわち平成25年11月5日から同年11月30日までの事業年度)の基準期間に対応する期間における課税売上高によってX社の納税義務の有無が判定されるところ(法12条1項)、A社の上記売上高85万7,400円を1年換算すると1,000万円を超えることから※6、X社は平成25年11月5日から同年11月30日の課税期間(以下「本課税期間」という。) は、消費税の納税義務者となった。
X社は、本件課税期間中に上記B社より金地金を4万4,580円で購入してこれをB社に4万2,750円で売却し、かつ、Xの本件課税期間における資産の譲渡等の対価はこれらの取引のみであったため、X社の本件課税期間中の課税売上割合は100%であった。
X社は、本件課税期間中の11月15日に不動産所有者のCとの間で、土地および建物(以下「本件建物」という。) を代金9億7,000万円(消費税込み)で購入する旨の売買契約を締結した。その売買契約の内容は、平成25年12月2日を売買代金の支払期限、かつ、引渡日とするものであり、売買代金の全額支払いをもって所有権が移転するというものであり、その契約どおりの支払いおよび引き渡しが履行された。
X社は、本件課税期間の消費税確定申告において、上記本件建物の「課税仕入れを行った日」を契約締結日の平成25年11月15日であるとして本件課税期間の控除対象仕入税額を計算したところ、所轄税務署長は、「課税仕入れを行った日」を引渡日の同年12月2日であるとして、本件課税期間の仕入税額控除を認めないとする更正処分を行った。これを不服としてX社は、適法な不服申し立てを経て本訴を提起した。
争点は、「本件建物の取得に係る『課税仕入れを行った日』は、本件課税期間中のものであるか」である※7。
国(被告・被控訴人)は、仕入税額控除を行う事業者の「課税仕入れ」と、その相手方である譲渡人の「課税資産の譲渡等」とが表裏一体であることを前提とし、また、所得課税における「権利確定主義」が消費課税にも妥当するとしたうえで、取引対象の資産の所有権が譲渡人から譲受人に確定的に移転し、所有者としての現実の支配権が認められることが必要であり、本件建物の契約日には所有権の確定的移転が認められないと主張した。これに対してX社は、通達9-1-13ただし書が固定資産の課税仕入れの時期として契約効力発生日も認めていることを根拠として、上記更正処分の取り消しを求めた。原審の東京地裁平成31年3月14日判決※8は、X社の請求を棄却したため、X社は控訴をし、その控訴審において「法人税法においても消費税法においても、『権利確定主義』という概念は規定されておらず、実質的に課税要件としての実態が取引形態ごとに解釈、適用されるべきである」との追加主張をした。
3. 争点に対する判断-控訴棄却
控訴審の東京高裁は、原審判決同様、「課税仕入れ」(法2条1項12号)と「課税資産の譲渡等」(同項9号)とが表裏一体のものであることを前提とし、また、消費税への権利確定主義の適用を是認し、以下のような判断を示した。
「[消費税法における課税資産の譲渡等の時期については]関係する規定の内容等に照らし、納税者の恣意を許さず、課税の公平を期すという観点からすると、対価を収受する権利が確定した時点でその収受すべき対価を取得したものとしてその時点の属する課税期間の課税の対象とすることが相当であり、『課税仕入れを行った日』についても、上記を踏まえて同様に解するのが相当であると考えられるところであ[る]」
「最高裁平成5年判決※9が判示するように、権利確定主義の考え方は、法人税法等の規定の解釈に関するものとして、現に課税実務において用いられているものであり、法人税法22条2項及び4項の規定について述べれば、ある収益を収入すべき権利の確定時期に関する会計処理をする上では、取引の経済的実態からみて合理的なものとみられる収益計上の基準の中から、当該法人が特定の基準を選択し、継続してその基準によって収益を計上している場合には、同法上もその会計処理を正当なものとして是認すべきと解される一方、権利の実現が未確定であるにもかかわらずこれを収益に計上したり、既に確定した収入すべき権利を現金の回収を待って収益に計上したりするなどの会計処理は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に適合するものとは認め難いものというべきである。そして、消費税法の規定の解釈として、法人税法との課税の基礎に関する事情の相違を考慮しても、関係規定の内容等に照らし、上記のような権利確定主義と同様の考え方を採用するのが相当であ[る]」
そして、X社と売主C間の売買契約どおりに、平成25年12月2日に代金支払い、建物引き渡しおよび所有権移転登記等が完了していることを踏まえて、「[売主Cは同日に]本件売買契約における約定に従って、売主としての履行義務を果たしたということができるから、本件建物に係る売買代金請求権が客観的にみて実現可能な状態となった時点、すなわち、同請求権について権利が確定した時点は、同日であると認めるのが相当である。」とした原審判決を支持した。
4. 本判決の検討
4.1 消費税と権利確定主義-判例の動向
事業者が国内において行った課税仕入れに係る税額控除は、その課税仕入れを行った日の属する課税期間※10に行われるが、この「課税仕入れを行った日」とは、「課税仕入れ」が「[仕入れの相手方が]事業として当該資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該役務の提供をした場合に課税資産の譲渡等に該当することとなるもの」とされるため(法2条1項12号カッコ書)、「課税資産の譲渡等を行った日」と解されており、本件の原審判決も本判決もこれを前提としている。
しかし、「課税資産の譲渡等を行った日」を特定する明文規定はなく、課税標準について「対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭または金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額」と規定されていることから(法28条1項、下線は筆者による)、少なくとも現金主義は採られていない。現金主義を採らない理由は、事業者による申告納税時期の恣意的操作を防ぐためのほか、インボイス型付加価値税(消費税)のもとでは、売主が現金主義によって申告納税をしていないのに、買主がインボイスによって仕入税額控除をするというミスマッチを防ぐためであると説明される※11。
このように「収受すべき一切の金額」という消費税法の文言と、収入金額を「その年において収入すべき金額」とする所得税法36条1項の文言との類似により、消費税においても権利確定主義が妥当するという考え方が成り立ち、本判決はこの考え方を採っている。しかし一方で、これに懐疑的な判例もある(東京地裁平成31年3月15日判決※12)。
消費税への権利確定主義の適用に懐疑的な上記判例は、本件と同じ貴金属会社B社がからむ、不動産賃貸会社(原告)の建物購入について「課税仕入れが行われた日」が争われた事件である。この事件では、原告会社が権利確定主義にもとづき、売買契約締結日を「課税仕入れが行われた日」と主張したが、東京地裁は、本判決同様に課税仕入れと課税資産の譲渡等は表裏の関係にあることを前提としたうえで、課税資産の譲渡等の時期は、当該課税資産の譲渡等が現実に行われた時、すなわち、資産の譲渡においては、原則として、当該資産に係る権利(所有権)が移転した時であるとしつつ、「所得税法及び法人税法の解釈において、権利確定主義による収入ないし収益の実現の時期が課税時期と直結しているのは、まさに当該収入ないし収益によって構成される個人ないし法人の所得がそれぞれ所得税ないし法人税の課税対象となっているからであり、消費税の課税対象が『資産の譲渡等』という取引行為とされ、その対価の額が課税標準とされるにとどまる消費税法の場合とは前提を異にするものである。したがって、消費税の課税標準としての対価の額の算定に当たり、権利確定主義の考え方を導入する余地はあり得るとしても、それによる対価収受の実現の時期が直ちに当該資産の譲渡等の時期となるものではない。」という理由をもって、原告の主張を退けた。
しかしながら、その控訴審判決(東京高裁令和元年9月26日判決)では、「資産の譲渡等による対価を収受すべき権利が確定した時点で、当該資産の譲渡等があったと解するのが、消費税と仕入税額制度の趣旨・目的を踏まえた文言解釈として最も適切である。・・・資産の譲渡等による対価を収受すべき権利が確定したといえるか否かについて、客観的に認識可能な事情を基礎として判断することは、納税者の恣意を許さず、課税の公平を期するという観点にも合致する。この意味において、消費税についても、いわゆる権利確定主義が妥当する。」として、消費税への権利確定主義の適用を肯定している。
4.2 消費税への権利確定主義適用の再検討
資産の譲渡等の期間帰属についても権利確定主義を妥当させることについては、「収受し、又は収受すべき一切の金銭」(法28条1項)の規定により、取引が完了していれば、対価が未収であっても課税の対象とするべきであり、現金主義でなく権利確定主義が妥当すべきであると説明される※13。
消費税(付加価値税)を導入している諸外国の中でも、日本は狭義の発生主義としての権利確定主義を厳格に適用している国とされるところであるが※14、本件控訴審におけるX社の「そもそも法人税法においても消費税法においても、『権利確定主義』という概念は規定されておらず、実質的に課税要件としての実態が取引形態ごとに解釈、適用されるべきである」という追加主張は、的外れなものであろうか。
確かに、法人税法や消費税法には、所得税法36条1項に相当する規定はなく、本判決でも引用されている最高裁平成5年11月25日判決の味村裁判官反対意見は、資産の引渡時を一般に収益計上時期とする企業会計原則の実現主義に則り、法人税の益金算入時点を引渡時とすることの合理性を踏まえたうえで、輸出取引において売主が取引銀行に荷為替手形を譲渡することにより、売主は運送中の所有権を実質的に失い、かつ、付随費用も含めたすべての額が確定することから、船荷証券の取引銀行への交付時を収益計上時とする会計処理も認められるべきであるとした。
消費税への権利確定主義の適用の理由として、事業者の恣意性の排除や公平課税の観点が強調されがちである。しかしながら、消費税の納税義務者である事業者が譲渡する資産に対する支配が及ばなくなる時点、かつ、当該譲渡に要する付随費用を含めた対価の額すべてが確定した時点をもって資産の譲渡等の時期とすることが、商法、企業会計原則および税法のすべての考え方に整合しているといえよう。これは一般には「引渡時」となるが、引渡時が絶対的な基準ではなく、契約締結時に売主の譲渡資産への支配権が放棄され※15、かつ、付随費用を含む対価の額が確定している場合には、契約締結時を資産の譲渡時とすることもでき、消費税法基本通達9-1-13ただし書もそのような趣旨と理解するべきであろう。
4.3 残る検討事項について
本判決には、以下の要検討事項が残る。
第一に、消費税に権利確定主義を適用する場合、違法取引に対する課税は、所得課税における管理支配基準を適用するのであろうか。消費課税が資産の譲渡等という取引に着目した課税であり、所得課税よりも人税的要素が希薄であることから、譲渡資産に対する売主の支配権が放棄され、対価が確定した時点で(実際の対価収受を待つまでもなく)課税要件が充足していると考えるべきではないだろうか。
第二に、本判決は原審判決同様、消費税が資産の譲渡等により生じた付加価値の移転の時点をとらえて課税対象とするとの考えを採っているが、これは消費税の本質を正しく説明しているといえるであろうか。消費税は、原価割れで資産の譲渡等が行われた場合にもその対価に対して課税を行うという意味で、付加価値税ではなく、課税のタイミングは、「付加価値の移転時」ではなく、「譲渡資産に対する支配権の移転時」と考えるべきではないか。
第三に、X社の一連の取引を金地金取引利用による「消費税還付スキーム」ととらえた場合、「課税仕入れを行った日」の厳格解釈をするべきかという問題である※16。本件ではX社が1か月に満たない課税期間を設定したうえで、同期間中の金地金の買取と売却によって課税売上げのみを行う課税事業者となり、同期間中に購入した建物の仕入税額控除を行うことで消費税還付を行おうとしたものである。このスキームに対しては、令和2年10月1日以降に購入した高額特定資産に該当する居住用賃貸建物について仕入税額控除を認めない措置がとられる※17。しかしながら、この措置がとられるまでは還付スキームであることのみを理由に、通達が行政庁内部規範であるとしても、これを厳格運用するのは問題といえよう。
(掲載日 2020年8月31日)