判例コラム

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第207号 特許法102条1項の逸失利益の推定とその覆滅について判示した知財高裁大合議判決について 

~美容器事件知財高裁大合議判決(令和2年2月28日言渡)の検討(その2)~

文献番号 2020WLJCC019
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之

3 推定されるべき「利益」の意義

 1) 序

 引き続き、知財高大判令和2.2.28平成31(ネ)10003(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA02289002)[美容器]の特許法102条1項の「単位数量当たりの利益の額」に関する判旨を紹介する。
 本判決が下された時点で施行されていた2019年改正前特許法102条1項は、侵害者の侵害製品の譲渡数量に、侵害がなければ特許権者等が販売することができた物の「単位数量当たりの利益の額」を乗じた額を特許権者等の受けた損害の額と推定している。ここにいう「単位数量当たりの利益の額」とは、いわゆる限界利益の額のことを指すと一般的に理解されていたところ、本判決はそれを大合議として初めて確認したという意義がある。この文言は、2019年改正後の特許法102条1項1号においても変更されることなく用いられており、この点に関する本判決の判断は、2019年改正法施行後も先例的価値を失わないものと解される(以下、本稿が「(特許法)102条1項」というときは、前回に引き続き、特にことわらない限り、2019年改正法施行前の特許法102条1項について言及するものとする)。

 2) 学説

 1998年特許法改正により102条1項が制定される前、民法709条のみに基づいて特許権侵害に対する損害として逸失利益の賠償が認められていた時代※1から、逸失利益を算定しようとする限り、賠償すべき金額は、侵害がなければ増加すると想定される特許権者等の代替製品の売上額から、それを達成するために増加すると想定される費用を控除した額(=「限界利益額」)となることが指摘されていた※2。賠償額から投入済みの費用が控除されてしまうと、費用が二重にカウントされる分、損害の賠償が過少となり、侵害がなかりせば得べかりし財産状態に権利者を回復させることに失敗することになるからである。この見解の下では、売上高から原材料費ないし仕入費、輸送費等、侵害行為により投下する必要がなくなった費用は控除しなければならないとしても、設備費、人件費他の一般管理費等のうち既に投入済みの経費を控除する必要はない、ということになる。1998年改正102条1項における「単位数量当たりの利益の額」に関しても、これを限界利益の額の意であると解する見解が一般的である※3

 3)  裁判例

 裁判例も、すでに1998年改正法施行前から、売上高から製造、販売等に係る直接経費を控除すべきことは当然であるが、一般管理費のうち売上と全く関連性のない経費や売上額に応じて増減するものとはいえない経費相当分は控除する必要はないと説く判決があった(東京地判平成10.10.12知裁集30巻4号709頁(WestlawJapan文献番号1998WLJPCA10120001)[シメチジン製剤])。
 1998年改正後の102条1項に関しても、いちはやく「売上額……を達成するために増加すると想定される費用」のみを控除する旨を説く判決が現れ(東京高判平成11.6.15判時1697号96頁(WestlawJapan文献番号1999WLJPCA06150004)[蓄熱材の製造方法])、以降も同旨の考え方が踏襲されている(東京地判平成13.7.17平成11(ワ)23013(WestlawJapan文献番号2001WLJPCA07170008)[記録紙]、東京地判平成14.3.19判時1803号78頁(WestlawJapan文献番号2002WLJPCA03190005)[スロットマシンⅠ]、東京地判平成14.3.19判時1803号99頁(WestlawJapan文献番号2002WLJPCA03190008)[スロットマシンⅡ]、東京地判平成14.4.16平成12(ワ)8456等(WestlawJapan文献番号2002WLJPCA04160006)[重量物吊上げ用フック装置]、東京高判平成14.10.31判時1823号109頁(WestlawJapan文献番号2002WLJPCA10310010)[新規芳香族カルボン酸アミド誘導体の製造方法Ⅲ]、東京地判平成15.2.27平成11(ワ)19329(WestlawJapan文献番号2003WLJPCA02270006)[溶接用エンドタブ]、東京地判平成15.3.26判時1837号101頁(WestlawJapan文献番号2003WLJPCA03260007)[エアマッサージ装置]、大阪地判平成16.7.29平成13(ワ)3997(WestlawJapan文献番号2004WLJPCA07290015)[地表埋設用蓋付枠]、大阪地判平成19.4.19平成17(ワ)12207(WestlawJapan文献番号2007WLJPCA04199002)[ゴーグル])。
 この限界利益説の下では、売上高から控除することができる費用は、原則として、変動費となる(東京地判平成12.3.24平成9(ワ)28053(WestlawJapan文献番号2000WLJPCA03249001)[大腿骨近位部骨折固定器具](独占的通常実施権者が原告となった例であり、102条1項を明示的に引用していないが、売上原価率35.9%と一般管理費中の固定費を除いた変動費率26%を控除した38.1%をもって原告製品の利益率と認定した))※4。ただし、最終的に判断の決め手となるのは、経費の形式的分類ではなく、かりに特許権者が侵害者の侵害製品を販売するとしたならば追加的に必要となる費用であるか否かということである。その点を子細に論じた裁判例として、特許権者の特許製品の売上が、侵害製品の売上額よりもかなり大きな額であること等を斟酌して、販売費、一般管理費の追加支出が必要であったとまでは認めることはできないとする判決(前掲東京高判[新規芳香族カルボン酸アミド誘導体の製造方法Ⅲ])、開発費はいったん製品を開発してしまえば追加的に必要となるものではなく、宣伝広告費も製品の販売数量の増加に応じて追加的に必要となるものではないことを理由に、その控除を認めなかった判決(前掲東京地判[重量物吊上げ用フック装置])、権利者の製品が極めて軽量かつ小型であることを理由に、販売個数が数千個増加した程度では、営業担当従業員の人件費等の営業経費はもとより保管料、運送料にも変化はないとして、その控除を認めなかった判決(大阪地判平成17.2.10判時1909号78頁(WestlawJapan文献番号2005WLJPCA02100010)[病理組織検査標本作成用トレイ])がある。

 4) 判旨

 本判決は、まず一般論として限界利益説を採用すべき旨を説いた。
 「「単位数量当たりの利益の額」は、特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額(限界利益の額)であり、その主張立証責任は、・・・特許権者側にあるものと解すべきである。」
 そのうえで、本判決は、以下のように、「販売手数料」他9項目の費用に関しては、原告が製造販売する全製品中、本件特許にかかる原告製品の売上比率に応じて割りつけた額を控除することを認めたが、その他の費用については控除することを否定した。
 「前記(ア)の期間における原告製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった費用は、前記(ア)の製造原価のほか、後記〔1〕~〔9〕のとおりであり、その額は、〔1〕、〔3〕、〔4〕、〔6〕~〔9〕については、一審原告の全製品について生じた各費用(甲40)に前記aの比率を乗じた額であり、〔2〕及び〔5〕については、「ReFa」ブランドの製品について生じた各費用(甲32、33)に前記bの比率を乗じた額である(1円未満切り捨て)。

  • 〔1〕販売手数料        ●●●●●●●●●●●●
  • 〔2〕販売促進費        2億5798万4777円
  • 〔3〕ポイント引当金         741万7870円
  • 〔4〕見本品費           5343万9379円
  • 〔5〕宣伝広告費        5億2075万3024円
  • 〔6〕荷造運賃         4億5578万0084円
  • 〔7〕クレーム処理費        6548万5934円
  • 〔8〕製品保証引当金繰入       590万2260円
  • 〔9〕市場調査費          1038万5182円
  • 〔1〕から〔9〕までの合計額 ●●●●●●●●●●●●●

d 一審被告は、原告製品の売上高から、一審原告の全ての費用を、原告製品の売上比率に従って控除すべきであると主張する。
 しかし、前記(1)のとおり、特許法102条1項は、民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり、侵害者の譲渡した物の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を上記の損害額としたものである。このように、同項の損害額は、侵害行為がなければ特許権者等が販売できた特許権者等の製品についての逸失利益であるから、同項の「単位数量当たりの利益の額」を算定するに当たっては、特許権者等の製品の製造販売のために直接関連しない費用を売上高から控除するのは相当ではなく、管理部門の人件費や交通・通信費などが、通常、これに当たる。また、一審原告は、既に、原告製品を製造販売しており、そのために必要な既に支出した費用(例えば、当該製品を製造するために必要な機器や設備に要する費用で既に支出したもの)も、売上高から控除するのは相当ではないというべきである。
 一審被告が、売上高から控除すべきであると主張する上記費用のうち、前記cの〔1〕~〔9〕の費用以外の費用※5は、全て上記の売上高から控除するのが相当ではない費用に当たるというべきであるから、一審被告の上記主張は理由がない。」

 5) 検討

 102条1項が規定する算定方式は、論理的に逸失利益を算定する数式と変わるところはなく、また、改正前からそのようなものとして裁判実務上、定着していたものを規定していることに鑑みれば、同項が算定しようとする損害額が逸失利益額であることは疑いがないように思われる※6。そうだとすれば、定義上、計算の目標とする利益の額は限界利益の額となる。いずれにせよ、定型的に賠償額が不足するような解釈論は採用すべきではない。
 本判決は、「「単位数量当たりの利益の額」は、特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額(限界利益の額)であり、その主張立証責任は、・・・特許権者側にあるものと解すべきである」と述べることにより、支配的な見解に与することを明らかにした※7。もとより穏当な判断である。
 具体的に控除することができる費用に関しては、本判決は、製造原価に加えて、「販売手数料」、「販売促進費」、「ポイント引当金」、「見本品費」、「宣伝広告費」、「荷造運賃」、「クレーム処理費」、「製品保証引当金繰入」、「市場調査費」の控除を認めている。しかし、前述したように、肝要なことは、費目の形式的名称にあるのではなく、本判決の言葉を借りれば、「製造販売に直接関連して追加的に必要」であるか否かということである。本判決が控除を認めたり、認めなかったりした費用の名称は一応の参考にはなるが、その判断は主張、立証の内容に依存するものなのであって、過度に重視すべきではない。

4 特許発明の特徴が侵害製品や特許権者の製品の一部に止まる場合の処理の仕方

 1) 序
 特許発明の特徴が侵害製品や特許権者の製品に一部に止まる場合の処理について、従前の裁判例は、いわゆる「寄与率」の問題として処理するもの、特許法102条1項但書き(2019年改正後は102条1項1号括弧書き)の問題として処理するもの等に分かれていた。本判決は、特許発明の特徴が特許権者の製品の一部に止まるという事情を「単位数量当たりの利益の額」の算定の問題として把握するとともに、102条1項の要求する推定ではなく、事実上の推定という理屈を用いて、この事情により単位数量当たりの利益の額を減じていく責任を侵害者に課した点に特徴がある。他方、特許発明の特徴が侵害製品の一部に止まるという事情を102条1項但書きの推定覆滅を肯定する方向に斟酌することは、「単位数量当たりの利益の額」のところで顧慮した事情と重複することを理由にこれを否定する旨も説いている。
 本判決に先立って、やはり大合議で下された知財高大判令和元.6.7判時2430号34頁(WestlawJapan文献番号2019WLJPCA06079001)[二酸化炭素含有粘性組成物]は、特許法102条1項ではなく、102条2項の侵害者利益額の推定に関して、実施部分が侵害製品の一部に止まる場合の処理に関して、傍論ながら、当該実施部分から得られる利益を推定額とするのではなく、侵害製品全体の製造販売から得られる利益全額を推定額としたうえで、あとは推定の(一部)覆滅の問題として扱っていた※8。これに対して、本判決は、この利益の推定とその覆滅を102条1項の推定と同項但書きによる覆滅の外で取り扱ったという違いがある。

 2) 裁判例

 ① 寄与率の問題として推定の前提要件として処理する裁判例
 特許法102条1項制定直後から、裁判例では、賠償額の算定の際に、実施部分の製品全体に対する「寄与度」ないし「寄与率」を算定して按分する判決が登場した。たとえば、機構上も商品価値上も必要不可欠な要素であることを考慮して、「寄与率」を60%と認定し、その限度に推定を縮減した判決がそれである(前掲東京高判平成11.6.15判時1697号96頁[蓄熱材の製造方法])。事案は、被疑侵害物件(判文中では「イ号物件」と表記されている)は侵害者の販売するヒートバンクシステムの一部に過ぎず、また、イ号物件に対応するスミターマル(特許発明の実施品ではないが、競合品であるために、「侵害行為がなければ販売することができた物」に該当すると判断された)は特許権者の販売するスミターマルシステムの一部を占めるに過ぎなかったというものであった。裁判所は、こうした事情を斟酌して「寄与率」なるものを60%と認定し、その限度で102条1項の推定を認めている。
 この判決が特徴的なのは、寄与率とは別の問題として、102条1項但書きに基づいて、競合品の存在を顧慮して、75分の30につき推定を覆滅しているところである。そのうえで、1項の推定が認められなかった部分については、102条3項の賠償を請求することができると論じつつ、上記「75分の30」の部分についていわば敗者復活としての3項の賠償額を算定したが、寄与率により推定を認めなかった40%分については、特に理由を付すことなく、3項の賠償を否定している。このような取扱いの差異に、寄与率と1項但書きは全く別のものであるという裁判所の理解を看取することができる※9
 このような寄与率を考慮するという見解は、その後、裁判例の一つの潮流を形成した。たとえば、原告製品である自動麻雀卓には牌の移動上昇装置に関する原告特許発明の他、牌の収容、攪拌、二段積等の種々の技術が集積していることを斟酌して、原告製品全体の利益のうち25%をもって102条1項の推定額とした判決(大阪地判平成12.9.26平成8(ワ)5189(WestlawJapan文献番号2000WLJPCA09269001)[牌の移載・上昇装置])、被告ノズルが本件発明の構成要件を備えることによって、充填能力を向上させ、ストレーナの交換や洗浄が簡単にできるとの作用効果を得ることができるとの寄与をしているが、他方、ノズルは液体充填機の6つの工程、装置のうちの一部品にすぎず、価格比も僅かであることを理由に、寄与率を約10%と認める判決(知財高判平成17.9.29平成17(ネ)10006(WestlawJapan文献番号2005WLJPCA09290023)[液体充填装置におけるノズル])などがある※10
 ② 寄与率の問題として推定を減じる事情として処理する裁判例
 もっとも裁判例のなかには、「寄与度」なる標題を掲げはするものの、推定の要件ではなく、推定を「減額」する事情として斟酌するものもある。証明責任の所在が特許権者ではなく、推定を崩す侵害者にあるという取扱いを示したのである。
 具体的には、特許発明がエアマッサージ式の椅子の全体的な機能に関連しその販売促進に寄与していること等を斟酌して、推定額から5%に相当する額を「減額」、換言すれば95%の限度で推定額を維持した判決がそれである(前掲東京地判平成15.3.26判時1837号101頁[エアマッサージ装置])。この判決は、この「減額」の作業を102条1項但書きではなく、単位数量当たりの損害額を算定する場面で行っている。
 この方向性を志向する裁判例としては、他に販売価格から考案の実施部分以外の部分の価格を「控除」した判決(大阪地判平成16.7.29平成13(ワ)3997(WestlawJapan文献番号2004WLJPCA07290015)[地表埋設用蓋付枠])などがある※11
 ③ 但書きの推定の覆滅の問題として処理する裁判例
 他方、この問題を、特許法102条1項但書きの推定の覆滅のところで処理する裁判例もある。
 目を惹くものとしては、特許発明の実施部分が被告製品中の一部に止まること等を斟酌して1項但書きの推定の覆滅の問題として99%の推定の覆滅を認める判決がある(知財高判平成18.9.25平成17(ネ)10047(WestlawJapan文献番号2006WLJPCA09259001)[エアマッサージ装置])※12。裁判所の認定によると、この事件の発明※13の機能は、侵害製品の一部の動作モードを選択した場合に初めて発現するものであり、本件発明に係る作用効果は、椅子式マッサージの作用としては付随的であり、その効果も限られたものであるにも関わらず、侵害製品のパンフレットや特許権者の製品のパンフレットにおいても、本件発明に係る作用は、ほとんど紹介されていないこと、そして、侵害製品は、もみ玉によるマッサージとエアバッグによるマッサージを併用する機能や、光センサーによりツボを自動検索する機能など、本件発明とは異なる特徴的な機能を備えており、これらの機能を重視して消費者は控訴人製品を選択したと考えられること、特許権者の製品はエアバッグによるマッサージ方式であり、その市場競争力は必ずしも強いものではなく、特許権者の製品販売力も限定的であった。裁判所は、その他の事情※14も斟酌して、特許権者の製品の販売額減少の主たる原因が本件特許権の侵害にあるということはできないのであって、むしろ特許権者の市場競争力や製品販売力が限定的であったと判断して、逸失利益の賠償に関して、102条1項但書きによる99%の覆滅を認めた。
 その後、同様の手法を採用したものとして、特許発明※15の本質的特徴の売上に対する「寄与度」という標題の下で、本件特許発明は取付台部の後面側に属する部品に関する技術であって、ゴーグルの前面からは確認することはできず、シュリンク包装がなされている被告製品にあっては当該部分に着目して商品が購入されるとは想定しがたいところ、原告製品のカタログ等において特許発明にかかる技術に言及されることがほとんどなくなっていることなど※16を斟酌して、102条1項但書きにより、やはり99%の覆滅を認める判決が現れている(前掲大阪地判平成19.4.19平成17(ワ)12207[ゴーグル]※17)。この他、「寄与率」の標題の下、特許発明がゴルフボールの芯球部分において特定の化学物質を利用することを特徴とするものであって、必ずしもゴルフボールという製品全体の利益に直結するとはいえないこと※18などを斟酌して、その他の事情ともども102条1項但書きによる控除後の割合を20%と算定した判決もある(知財高判平成24.1.24平成22(ネ)10032等(WestlawJapan文献番号2012WLJPCA01249002)[ソリッドゴルフボール]※19)(同様の手法をとる裁判例として、知財高判平成26.12.17平成25(ネ)10025(WestlawJapan文献番号2014WLJPCA12179004)[金属製棚及び金属製ワゴン])※20
 ④ 寄与率と特許法102条1項但書きとで考慮すべき事情の関係
 ところで、これらの裁判例のうち、①と②の立場をとり、特許法102条1項但書きの外で寄与率なるものを斟酌する場合、そこでの考慮事項と1項但書きにおける考慮事項の異同が問題となりうる。
 この点に関し、裁判例では両者の切り分けに苦慮しているものが散見される。たとえば、大阪地判平成25.2.28平成21(ワ)10811(WestlawJapan文献番号2013WLJPCA02289012)[回転歯ブラシの製造方法及び製造装置]は、独占的通常実施権者に102条1項を類推適用したうえで、同項但書きにつき、独占的通常実施権付与後、小売店での店頭販売は行われておらず、自社インターネットを除き目立った広告宣伝活動が行われていないこと、原告製品と被告製品とは円筒形のブラシを備える点で共通するものの、原告製品ではこれが回転自在に取り付けられている一方、被告製品ではブラシの柄に固定されているなど構造上の差異があるうえ、ともに類似製品が散見されること、そして、原告製品の小売価格は3000円ないし1500円と歯ブラシとしては相当に高額であること(被告製品単価は平均400円)を理由に、80%の控除を認めている。しかし、同判決は、さらに続けて、重ねて「寄与」率を考慮して減額することを明言したうえで、具体的には、次のように認定する。

 「原告製品の最大の特徴は、ブラシ単体を多数枚重ねて形成した回転ブラシを柄部材に回転自在に取り付けている点にあり、かかる構造の有する歯垢駆除、歯茎マッサージによる歯周病予防・改善などの効能、さらに一般の歯ブラシとは一線を画するその形態の有する美感が、一般消費者たる需用者の需要を喚起するものといえる。しかし、本件で被告が侵害したのは、そういった、回転ブラシやブラシ単体を熟練技術を必要とせず、効率よく製造する方法及び装置の発明に係る特許権であって、回転ブラシやブラシ単体の機能に直接関するものではない。・・・また、原告は、上記のような原告製品の形態について、意匠登録をしており(甲47)、原告製品のパッケージにも当該登録意匠が明記されている(甲11)。なお、同パッケージには、発明の名称をロール歯ブラシとする別の特許(甲45)が表示される一方、本件特許の表示がないのは前記のとおりである。」
 「このように考えると、本件特許方法発明は、原告製品の主要部たる回転ブラシを構成するブラシ単体の製造方法につき、従来技術と比べ、「高度な熟練を要することなく、しかもできるだけ工程数少なく効率良く製造できる」(甲2)技術という意味で、原告製品による利益に一定の寄与をしているといえるものの、その寄与度は、原告製品自体、すなわち、その構造上の特徴や作用効果、さらにはその形態の有する美感の寄与度に比べると相当に低いといわざるを得ない」

 同判決は、以上のように論じて、結論としては、本件特許方法発明の寄与度を10%と算定、おそらく(判文中、公開されていない部分があるので正確なことは分からないが)、102条1項但書きにより80%控除後の額にさらに寄与率10%を乗じた額を1項の損害額としている。
 しかし、このような取扱いに対しては、1項但書きで、原告製品の構造と被告の製品の構造に相違があることを斟酌したことは両者の代替効果を参酌していることにほかならず、類似製品の存在を斟酌したことは、特許部分がなくとも類似製品の需要が流れたであろうということを参酌していることにほかならないように思われる。これらを理由に1項但書において80%を減じておきながら、さらに原告製品の構造と被告製品の構造の相違や、需要者が特許部分以外に着目していることを理由に寄与度を乗じるのは、同一の事情を二重にカウントしていることになるという疑念を払拭しえない※21

 3) 学説

 この問題に関する学説の状況※22も、裁判例の分布と軌を一つにしている。
 1998年改正特許法102条1項の成立直後から、同項が文言上定める要件とは別の要件として寄与率を考慮することを提唱する学説が提唱された※23。これを同項の「単位数量当たりの利益の額」の算定の問題として処理すべきことを示唆する見解も、かなり早期に登場している※24
 しかし、このような見解に対しては、侵害がなければどの程度、侵害者の製品の需要が特許権者の製品に向けられるのかということは因果関係の問題なのであるから※25、その証明が困難であることを理由に推定規定を設けることとした102条1項の趣旨に鑑み、同項但書きの推定覆滅事由として取り扱い、侵害者が証明に成功し得た限度で推定が(一部)覆滅すると解すべきであるという筆者らの反対論が展開されていた※26

 4) 判旨

 ① 原判決
 この論点に関し、原判決(大阪地判平成30.11.29平成28(ワ)5345(WestlawJapan文献番号2018WLJPCA11299003)[美容器])は、「寄与率」との標題の下、次のように説いていた。

 「寄与率について
 本件発明2は、美容器に関するものではあっても、美容効果を生じさせるローラの性質や構造等に関するものではなく、ローラを回転可能に支持するところの軸受に関するものである。
 被告は、軸受部分が製造原価に占める割合は1.12%程度であり、これをもって本件発明2の寄与率とし、その限度で損害を算定すべきであると主張する。
 この点、特許の技術が製品の一部に用いられている場合、あるいは多数の特許技術が一個の製品に用いられている場合であっても、製品が発明の技術的範囲に属するものと認められる限り、一個の特許に基づいて、製品全体の販売等を差し止める事はできるが、製品全体の販売による利益を算定の根拠とした場合、本来認められるべき範囲を超える金額が算定されかねないことから、当該特許が製品の販売に寄与する度合い(寄与率)を適切に考慮して、損害賠償の範囲を適切に画する必要がある。
 本件発明2は、美容器のローラの軸受に関するものであるところ、寄与率は、上記のとおり、特許が製品の販売に寄与するところを考慮するものであるから、製品全体に占める軸受部分の原価の割合や、軸受部分の価格それ自体によって機械的に画されるものではなく、軸受がローラを円滑に回転し得るよう保持していることは、製品全体の中で一定の意義を有しているというべきであるが、軸受は、美容器の一部分であり、需要者の目に入るものではないし、被告が本件訴訟提起後に設計変更しているとおり、ローラが円滑に回転し得るよう支持する軸受の代替技術は存したと解されるから、本件発明2の技術の利用が被告製品の販売に寄与した度合いは高くなく、上記事情を総合すると、その寄与率は10%と認めるのが相当である。」

 寄与率を特許法102条1項但書きとは独立した事由として取り上げており、両者を別個の問題としつつ、証明責任の所在は被告にあると解しているようである。なお、1項但書きに関しては以下のように説いており、そこでは、寄与率の標題の下で考慮した事情に重ねて言及することは回避されている。

 「「販売することができないとする事情」について
 前記エは、発明それ自体の性質から、製品の販売に寄与する度合いを考えたものであるが、これとは別に、本件特許2の効力により被告製品が販売されなかった場合に、本来であれば原告において同数の原告製品を販売できたと推定すべきところ、これを覆すべき事情が存するかを検討する必要がある。
 前記認定した通り、原告製品は百貨店等で2万円以上の価格で販売され、微弱電流を発生する機能を有する高価品、高級品に位置づけられるのに対し、被告製品はディスカウントストア等で販売され、微弱電流を生ずる機能のない廉価品である。
 そうすると、本来原告製品の購入を希望していた需要者が被告製品を見て、類似した機能を有する製品を安く入手できるとしてこれを購入したような場合は、被告製品の販売がなければ、その需要が原告製品に向かう可能性はあるものの、高級品に位置付けられ、マイクロカレント等の特徴的な機能を有する原告製品とは異なり、ディスカウントストア等で販売され、前記機能を有しない廉価品であることを認識した上で被告製品を購入したような場合は、被告製品の販売がなかったとしても、その需要が原告製品に向かう可能性は低いと考えられる。
 以上の点、特に原告製品と被告製品との価格の違いが大きいことを考慮すると、被告製品の譲渡数量のうち5割について、原告には販売することができない事情があったとするのが相当である。」

 ② 本判決
 これに対して、控訴審である本判決は、特許発明の特徴部分が製品の一部に止まる場合の処理について、特許法102条1項の「単位数量当たりの利益の額」の問題として扱いつつ、そのような場合でも限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが推定されるという一般論を説く。
 「本件発明2は、回転体、支持軸、軸受け部材、ハンドル等の部材から構成される美容器の発明であるが、軸受け部材と回転体の内周面の形状に特徴のある発明であると認められる(以下、この部分を「本件特徴部分」という。)。
 原告製品は、前記アのとおり、支持軸に回転可能に支持された一対のローリング部を肌に押し付けて回転させることにより、肌を摘み上げ、肌に対して美容的作用を付与しようとする美容器であるから、本件特徴部分は、原告製品の一部分であるにすぎない。
 ところで、本件のように、特許発明を実施した特許権者の製品において、特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても、特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。」

 そのうえで、本件特許発明の特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないという事情を斟酌して、推定額の限界利益額を6割控除した。

 「そして、原告製品にとっては、ローリング部の良好な回転を実現することも重要であり、そのために必要な部材である本件特徴部分すなわち軸受け部材と回転体の内周面の形状も、原告製品の販売による利益に相応に貢献しているものといえる。
 しかし、上記のとおり、原告製品は、一対のローリング部を皮膚に押し付けて回転させることにより、皮膚を摘み上げて美容的作用を付与するという美容器であるから、原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は、ローリング部の構成であるものと認められ、また、前記アのとおり、原告製品は、ソーラーパネルを備え、微弱電流を発生させており、これにより、顧客誘引力を高めているものと認められる。これらの事情からすると、本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから、原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく、したがって、原告製品においては、上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。」
 「この点に関し、一審被告は、原告製品全体の製造費用に占める軸受けの製造費用の割合を貢献の程度とすべき旨主張するが、上記の推定覆滅は、原告製品の販売による利益に対する本件特徴部分の貢献の程度に着目してされるものであり、当該部分の製造費用の割合のみによってされるべきものではない。また、一審被告は、原告製品においては、ローラの抜落の防止機能が不十分であるから、軸受けの貢献度は低い旨主張するが、一審被告が根拠とする乙138(原告製品に関するブログの記載)から、原告製品においてローラの抜落の防止機能が不十分であると認めることはできず、他に同事実を認めるに足りる証拠はない。よって、上記主張はいずれも採用できない。
 以上より、原告製品の「単位数量当たりの利益の額」の算定に当たっては、原告製品全体の限界利益の額である5546円から、その約6割を控除するのが相当であり、原告製品の単位数量当たりの利益の額は、2218円(5546円×0.4≒2218円)となる。」

 「一審被告は、本件発明2は軸受けについての発明であるところ、被告製品における軸受けの製造費用は全体の製造費用の僅かな部分を占めるにすぎず、軸受けは付属品に類するものであることを販売できない事情として主張する。
 しかし、本件発明2が美容器の一部に特徴のある発明であるという事情は、既に原告製品の単位数量当たりの利益の額の算定に当たって考慮しているのであるから、重ねて、これを販売できない事情として考慮する必要はないというべきである。」
 「本件発明2の寄与度を考慮した損害額の減額の可否について
前記(3)及び(5)のとおり、原告製品の単位数量当たりの利益の額の算定に当たっては、本件発明2が原告製品の販売による利益に貢献している程度を考慮して、原告製品の限界利益の全額から6割を控除し、また、被告製品の販売数量に上記の原告製品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た一審原告の受けた損害額から、特許法102条1項ただし書により5割を控除するのが相当である。仮に、一審被告の主張が、これらの控除とは別に、本件発明2が被告製品の販売に寄与した割合を考慮して損害額を減額すべきであるとの趣旨であるとしても、これを認める規定はなく、また、これを認める根拠はないから、そのような寄与度の考慮による減額を認めることはできない。」

 5)検討

 ① 特許権者の製品と特許発明との関係のみを抽出することに対する疑問
 特許法102条1項が算定の目標としていると解される逸失利益額という損害は、権利者の財産状態を侵害がなかったとした場合にあり得べかりし財産状態と現在の権利者の財産状態の差額として観念される。このような損害の賠償が認められる理由は、権利者の財産状態を侵害がなかった状態に戻すところに求められる。この逸失利益の額が、特許発明の特徴が特許権者の製品の一部に関わるに止まる場合にどのようなものになるのかということは、侵害がなかったならばどの程度の需要者が特許権者の製品に向かうのかという因果関係の問題そのものであるから、侵害行為と損害との因果関係の証明が困難であるがために特許権者の救済に悖ることがないよう、これを推定することにした特許法102条1項の趣旨に鑑み、同項但書きの推定の覆滅の問題として取り扱うべきである。
 その認定は、単に特許発明と特許権者の製品との関係を観察すれば答えを得られるというものではなく、侵害製品の需要者が、侵害がなかったとした場合に、はたして特許権者の製品を購入するのか、それとも市場における競合製品を購入するのか、あるいは、なお侵害者の製品を購入するのか、はたまた何も購入しないのか、ということで決定されるべき問題であり、その結果、権利者の製品を購入するわけではないという割合が、推定の覆滅の割合として表現されることになるのである。もとより、侵害製品の需要者の仮想動向を直接確認することは困難な場合が少なくないだろう。そこで、侵害製品に占める侵害部分の状況を踏まえることにより、侵害をしなかったと仮定した場合、侵害者がどのような製品を販売する(または販売しない)と想定されるのかということを推認したり、競合製品の状況を踏まえることにより、侵害者が侵害をしなかったと仮定した場合、侵害者の製品の需要者がそれでも侵害者の製品を購入するのかということを推認したりすることにより、侵害がなかったと仮定した場合の仮想世界において侵害製品の需要者のなかのどのくらいの割合が権利者に流れ込むのかということを推測していくことになる※27。そして、まさにこの証明が困難であるがゆえに、特許権の保護に悖ることのないよう、その責任を侵害者に課すことにしたのが、特許法102条1項但書きにほかならない※28
 しかるに、本判決のように、この問題を「単位数量当たりの利益」の問題としたうえで、「原告製品の販売による利益に対する本件特徴部分の貢献の程度」によって推定の覆滅を決めるという論法は、少なくとも字面を見る限り、侵害製品の状況や、競合製品の状況を顧みることなく、特許発明と特許権者の製品を観察するだけで答えが出るような誤解を生みかねない点で疑問を禁じ得ない。
 具体的にみても、本判決は、「原告製品は、一対のローリング部を皮膚に押し付けて回転させることにより、皮膚を摘み上げて美容的作用を付与するという美容器であるから、原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は、ローリング部の構成であるものと認められ、また、前記アのとおり、原告製品は、ソーラーパネルを備え、微弱電流を発生させており、これにより、顧客誘引力を高めているものと認められる。これらの事情からすると、本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえない」と論じている。しかし、ここでかりに、被告製品もソーラーパネルを備え、微弱電流を発生させており、被告製品の需要者のうち20%の者がそれに着目しているところ、侵害者は侵害製品を製造販売しなかったとしたならば(簡略化のために、侵害者は侵害をしなかった場合、競合製品を一切販売しないと推認しうるものとする)、そのうちの5割の者が原告製品を購入すると想定しうるとしよう。本判決の理屈では、この10%の需要者は、本件特徴部分が原告製品の販売による利益に貢献しているものではないとして、推定の覆滅のほうに入れられてしまう。その結果、本判決の理屈の下では、この10%の分、侵害なかりせば得べかりし利益の額よりも賠償額が過少となり、逸失利益賠償の目的を達成し得ないことになる。
 あるいは、本判決は、特許法102条1項は逸失利益の算定を目的としていないと解しているのかもしれない。実際、学説のなかには、侵害製品の全ての需要者つまり100%の需要者が侵害がなければ特許権者の製品を購入すると想定される事例においても※29、特許発明が製品の一部に関わるに止まる場合には、100%の損害賠償を認めるべきではなく、何らかの配分を行わなければならないと考える向きもあるようである※30。しかし、そのような場合であるにも関わらず、このような手法を採用してしまうと、102条1項により、侵害がなかったとしたならばあり得べかりし財産状態に権利者の財産状態を回復させることに失敗することになる※31
 そもそも、本判決自身、「侵害行為がなければ販売することができた物」の解釈のところでは、傍論で、特許権者が販売している製品は、特許発明の実施品である必要はないという解釈を支持している。そのことと、「単位数量当たりの利益の額」のところで、特許発明の特徴部分の貢献の程度を問題とする説示は判断に齟齬があるといわざるを得ない。たとえば、本件と事案を異にし、かりに原告製品が特許発明の実施品ではなかったとすると、「原告製品の販売による利益に対する本件特徴部分の貢献の程度」はゼロであり、102条1項の推定は全額覆滅するとでもいうのであろうか※32。しかし、それでは、何のために「侵害がなければ販売することができた物」について特許発明の実施品である必要はないという立場を支持したのか、意味不明となる。おそらく、そのような場合には、本件発明の特徴部分ではなくそれと競合する部分の貢献の程度と読み替えるなどの彌縫策を講じるのであろうが、かりにそうするとすれば、市場における代替性を顧慮することにほかならず、だとすれば原告製品が特許発明の実施品である場合にも同様の判断をすべきであるといえよう※33
 ② 1項但書きとの振り分けの問題
 本判決は、特許発明の特徴が特許権者の製品の一部に関わるということを、特許権者が証明責任を負担すると理解されている「単位当たりの利益の額」の問題としつつ、そのような場合でも、(特に理由も付することなく)「限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定される」と断じ、あとは事実上の推定の覆滅の問題としている。
 既述したように、この問題は本来、但書きの推定の覆滅で顧慮されるべきものと考えられる以上、推定の覆滅として扱ったことは正当であるが、しかし、これまた既述したように、論理的には侵害製品や市場の競合製品の状況を勘案して覆滅を認めるべきなのであるから、特許権者の製品の一部に関わるという事情だけを取り出して但書きと区別して吟味することには無理がある。
 ところで、寄与率を102条1項但書きと別個独立に吟味することに対しては、特許発明の製品の一部に関わるに止まるという事情を寄与率と但書きで二重に考慮することにつながりかねないという疑問があることは前述した※34。この点に関して、本判決は、侵害製品の一部に特許発明が関わるという事情は、特許権者の製品の一部に特許発明の特徴があるという事情として、「単位数量当たりの利益の額」で考慮しているから、但書きのところで重ねて考慮しないと論じることで、二重評価の問題を回避している。しかし、このように重複して評価することを意図的に避けなければならないということ自体が、この問題を二つの場面に分けて考察することに無理があることを如実に体現している※35
 あるいは、本判決の理屈の下では、いずれに分類されたとしても、その証明責任は侵害者にあるのだから、批難されるに値しないと思われるかもしれない。しかし、2019年改正法102条1項が施行されている現在、本判決の理屈が施行後の同項にも及ぶのだとすると、「単位数量当たりの利益の額」に分類されるのか、それとも2019年改正前の102条1項但書きに相当する102条1項1号の「特定数量」の問題に分類されるのかということは、推定が覆滅された部分について102条1項2号により相当実施料額賠償の敗者復活が認められるのか(102条1項1号の「特定数量」の問題に分類された場合)※36、あるいは、そのような条文の要請がないことになるのか(「単位数量当たりの利益の額」の問題に分類された場合)という違いを生じることになる。両者にそのように取扱いを違える質的な相違を見出すことが困難である以上、このような分断を解釈論として許容することはできないといわざるを得ない。
 もっとも、この点に関しては、特許発明が侵害製品や特許権者の製品の一部に関わるに止まるために推定が覆滅したという事情は、102条1項2号括弧書き(「特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。」)に該当するので、相当実施料額の敗者復活は認められないとする見解が主張されていること※37に注意する必要がある。この見解に与する限り、「単位数量当たりの利益の額」と「特定数量」のどちらに分類されたとしても、相当実施料額の敗者復活は認められないことになるのだから、どちらに分類されるのかということに対して目くじらを立てる必要はなくなる※38。しかし、そもそもそのような解釈を102条1項2号括弧書きで採用してよいのかということが問題となろう※39
 ③ 特許発明の特徴が特許権者の製品の一部に関わることの認定について
 ところで、本件発明のクレイムは、形式的には「美容器」全体に及んでいたが※40、本判決は、それにも関わらず、本件発明の特徴部分が原告製品の一部に止まることを理由に、「単位数量当たりの利益の額」を減じている。肝要なことはクレイムの形式にはないから、その限度で正当な取扱いといえる。
 もっとも、ここまで縷々説いてきたように、肝心なことは技術的な特徴にあるのではなく、侵害がなかったと仮定した場合に侵害者の製品の需要者の全てが特許権者の製品に向かうとはいえないか否かということである。特許発明の技術的特徴のみを切り出して検討する作業を出発点とする本判決の枠組みは、その意味で正鵠を射ていないといわざるを得ない

5 特許法102条1項但書きの推定の覆滅過程

 1) 序
 特許法102条1項但書きは、侵害者の侵害製品の譲渡数量の全部または一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量を控除する旨を定めている。本判決は、どのような事情がこの推定の(一部)覆滅を導きうる事情に該当するかということについて、特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性)、市場における競合品の存在、侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、侵害品及び特許権者の製品の性能、侵害品及び特許権者の製品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどがこれに該当する旨を説く。一部に異論がないわけではなかったが、一般に裁判例や学説に受け入れられていた見解を採用したという意義がある。102条1項但書きは、2019年改正法施行後は特許法102条1項1号括弧書きに移動するが、その文言は実質的に変わるところはなく、本判決が示した法理は2019年改正後にも妥当するものと解される。

 2) 学説
 1998年改正による特許法102条1項の新設の直後から、起草過程に関与した者を嚆矢として、大方の学説は、同項但書きの推定の覆滅を導きうる事情として、侵害者の製品の方が低廉であるという事情、侵害者の売上のなかに特許発明の実施部分に起因するというより侵害者の製品の別の特徴に基づくところがあるとか、侵害者の広告等の販売努力に負うところが大きいという事情、他に競合製品があるという事情などを掲げていた※41。また推定の覆滅の仕方に関しては、推定額全額について心証を崩せなくとも(e.g. 10%程度は控除され得ないものがあるはずだ)、少なくとも何割(e.g. 80%)を下らないとの心証が採れた限度で、推定が一部覆滅されると説かれていた※42
 他方で、特許法102条1項をして、侵害行為により権利者が市場を利用する機会を失ったこと、略して、市場機会の喪失を損害とすることを前提とする規定であるという理解も、特に改正直後に有力に説かれていた。もっとも、そうした見解の大半は、そうした損害概念から102条1項の具体的な解釈論を導くために用いるものではなく、その意味で同項の算定目標が逸失利益額であるとする多数説的な理解に叛旗を翻すわけではないものであったのだが※43、なかには、例外的に、単なる説明概念に止まらず、各論に対しても逸失利益という損害概念から導かれる論理的な帰結を変更するという実践的な意図を伴わせる少数説も存在する。そこでは、1項は市場機会の喪失という損害概念を前提として、侵害者の製品と特許権者の製品がともに特許発明の実施品である場合に、侵害がなければ特許権者の特許製品が売れたであろうと擬制するものであると理解する。そこから、当該見解は、1項本文にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは、特許発明の実施品でなければならないが※44、しかし、ひとたび特許発明の実施品を権利者が販売している場合には、損害が擬制されるのであるから、市場における競合品が存在したとしても、それによって但書きが適用されて推定が一部といえども覆滅することはない旨説いていた※45

 3) 裁判例
 ① 主流派を形成する裁判例
 特許法102条1項但書きに関する裁判例の趨勢※46も、学説の支配的傾向と合致しており、裁判例が推定を覆滅するものとして考慮している事情やそれに基づく覆滅の仕方を観察すると、同項を逸失利益の推定規定と解し、但書きにおいては心証の取れた限度で推定を覆滅している(その運用に当たっては、実際には推定額が高止まりのところで維持される)と評価しうるものが大半を占めている※47
 具体的に推定を覆滅する際には、他に競合製品があるという事情が挙げられることが多い(下記の裁判例の他、東京地判平成22.2.26平成19(ワ)26473(WestlawJapan文献番号2010WLJPCA02269004)[ソリッドゴルフボール]、知財高判平成27.11.19判タ1425号179頁(WestlawJapan文献番号2015WLJPCA11199005)[オフセット輪転機版胴]など※48)。この場合、競合品には侵害者の非侵害製品を含むが(前掲知財高判[オフセット輪転機版胴])、特許権者の製品は含まない(参照、大阪地判平成12.2.3平成10(ワ)11089(WestlawJapan文献番号2000WLJPCA02039004)[薬剤分包機用紙管]、大阪高判平成12.12.21判タ1072号234頁(WestlawJapan文献番号2000WLJPCA12010004)[同])。
 その場合の覆滅率の算定に当たっては、裁判例には、市場におけるシェアを重視した判決として、血液ガス測定用採血キットの市場占有率が、特許権者が63.2%、侵害者が11. 6%、その他の会社が25.2%であったことを斟酌して、28. 5%(被告を除く全発売元の販売数に対する原告以外の発売元の市場占有率)に相当する数量については、被告の侵害行為がなくとも、他の企業が販売し、原告が原告製品を販売することができないという事情があったと認定した判決がある(東京地判平成12.6.23平成8(ワ)17460(WestlawJapan文献番号2000WLJPCA06230005[血液採取器])。
 しかし、シェアを考慮するとしても、数字としてそのままの相対的な割合で割りつけることはむしろ例外に属し、通常は、事案の性質に鑑みて、修正が施される。たとえば、シェアに比して幾分、推定の覆滅を抑えた裁判例として、潜熱蓄熱式電気床暖房システムの市場占有率は、被控訴人が 35 %、控訴人が 35 %、その他の企業が 30 %であったという事案で、 75 分の 30 に相当する数量の限度 で推定の覆滅を認めた判決( 前掲 東京高判平成 11.6.15 判時 1697 号 96 頁[蓄熱材の製造方法])※49、シェアに比して大幅に推定の覆滅を抑えた判決として、競合品のなかで、侵害製品のみが特許権者の製品の後発医薬品であり、医師が特許権者の製品を処方した場合、処方箋の変更なしに患者が自由に購入できるのは侵害製品のみであることを斟酌して、競合品のシェアである 42 %そのものではなく、 10 %の限度で推定を覆滅した判決がある(東京地判平成 29.7.27判時2359号84頁(WestlawJapan文献番号2017WLJPCA07279008) [ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法]※50)(シェアを考慮したその他の裁判例として、 前掲 東京地判平成 12.3.24 平成 9 (ワ 28053 [大腿骨近位部骨折固定具]、東京地判平成 22.11.18 平成 19 (ワ 507(WestlawJapan文献番号2010WLJPCA11189008)[飛灰 中の重金属固定化処理剤])。
 さらに、市場に同種製品が存在するとしても、それが競合品とまでは認められず、推定を覆滅させるまでにはいたらないとされる場合もある。たとえば、第三者の販売する破袋機が特許発明と同様の作用効果を発揮するか不明であり、シェアや価格も不明であることを理由に、推定の覆滅を否定した判決がある(知財高判平成28.6.1判時2322号106(WestlawJapan文献番号2016WLJPCA06019001)[破袋機とその駆動方法])。
 また、侵害者の製品と特許権者の製品、あるいは市場における競合品の価格差が考慮されることもある。たとえば、実用新案権者以外にもその通常実施権者が実施品を製造販売していたところ、実用新案権者の製品(主にガソリンスタンドで1セット3500円で販売)よりも通常実施権者の製品(主にホームセンター等の量販店で1セット2000円以上で販売)の方が、侵害者の製品と販売される場所が共通しており価格も近かったという事情を斟酌して、3分の2の限度で推定の覆滅を認めた判決(東京地判平成11.7.16判時1698号132頁(WestlawJapan文献番号1999WLJPCA07160005)[悪路脱出具]、前掲東京高判(WestlawJapan文献番号2000WLJPCA04279001)[同])、特許権者の製品(7万~7万5000円)と侵害者の製品(1500円から1万円)とでは価格差が大きく、侵害者の製品の購入者が7万5000円を高額であると述べており、実際、特許権者から購入した経験もなく(そもそも、殆どが特許権者を知らない)、さらに市場にはノーパンクタイヤやウレタンタイヤ等、特許製品である複層タイヤに代替する製品が存在するという事情を考慮して、侵害者が販売した数量の7割については、特許権者において販売することができなかった事情があると認定した判決(大阪地判平成12.12.12平成8(ワ)1635(WestlawJapan文献番号2000WLJPCA12120004)[複層タイヤ]、大阪高判平成14.4.10平成13(ネ)257等(WestlawJapan文献番号2002WLJPCA04109001)[同])、侵害製品8944個中、8704個は無償で譲渡されており(有償事例では単価は504円)、権利者が明らかにした権利者側の販売数は40個に止まり、しかも市場に競合品も存在したという事例で、なお侵害製品の無償供与数の半分の限度4352個の限度で推定の覆滅を認めるに止めた判決(実用新案法29条1項に関し、前掲大阪地判平成17.2.10判時1909号78頁[病理組織検査標本作成用トレイ])がある。
 ただし、価格差が存在するものの、その他の事情が斟酌されて、結局、推定の覆滅が認められないとされることもある。たとえば、特許権者の製品が418万円から950万円、平均約645万円であったのに対し、侵害製品の販売価格が350万円程度であったという事件で、対象製品が破袋機という一般消費者ではなく事業者等の法人を需要者とする製品であり、耐用期間も少なくとも数年間に及ぶものであることを斟酌して、推定の覆滅を認めなかった判決がある(前掲知財高判平成28.6.1判時2322号106[破袋機とその駆動方法])。
 なお、裁判例のなかには、例外的に、事案の特殊性を斟酌して、99%という大幅な覆滅を認めるものもある。それぞれ、原告の5つの特許権のうち4つにつき無効が確定し(前掲知財高判平成18.9.25平成17(ネ)10047[エアマッサージ装置])、あるいは、原告の4つの特許権中3つについて無効の抗弁が認められ(前掲大阪地判平成19.4.19平成17(ワ)12207[ゴーグル])、その結果、侵害が肯定された残余の一つの特許権について賠償額が算定されたという特殊な事案を扱うものであった※51。多分に事案の特殊性に応じた判断であると推察されるが、管見の限り、その後、同様の判断をなした裁判例は途絶えているようである※52
 ② 少数説に与する裁判例
 ただし、裁判例のなかには、前述した少数説に与するものもある。それが、まさに当該少数説を提唱した三村量一判事が裁判長を担当した一連の判決群である。
 具体的には、前掲東京地判平成14.3.19判時1803号78頁[スロットマシンⅠ]は、「代替品や競合品が存在したことなどをもって、同項ただし書にいう『販売することができないとする事情』に該当すると解することはできない」旨を説き、具体的な当てはめとしても、原告の市場占有率が40%に止まるものであり、さらに、被告製品はキャラクター、絵柄配置、音楽等において原告商品にない独自の特徴を有していたものであるから、原告はその市場占有率を超えた販売をすることができなかったとの主張に対して、「(特許法102条1項)を排他的独占権という特許権の本質に基づき、侵害品と権利者製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定と解し、侵害品の販売による損害を特許権者の市場機会の喪失ととらえる立場に立つときには、侵害者の営業努力……や、市場に侵害品以外の代替品や競合品が存在したことなどをもって、同項ただし書にいう『販売することができないとする事情』に該当すると解することはできない」と退けた(同旨、前掲東京地判平成14.3.19判時1803号99頁[スロットマシンⅡ]、東京地判平成14.4.25平成13(ワ)14954(WestlawJapan文献番号2002WLJPCA04250018)[生海苔の異物分離除去装置Ⅱ]、東京地判平成14.6.27平成12(ワ)14499(WestlawJapan文献番号2002WLJPCA06270012)[生海苔の異物分離除去装置Ⅲ])。三村判事が担当したわけではない裁判例でも、1998年改正法施行前の判決であるが、競合品が存在するとか、侵害製品の売上には侵害者独自の営業努力が寄与している等を理由として因果関係が否定されるべきであるという被告侵害者の主張を認めず、逸失利益の賠償を命じたものがある(前掲東京地判平成10.10.12知裁集30巻4号709頁[シメチジン製剤])。

 4)判旨
 本判決は、まず特許法102条1項但書きの「販売することができないとする事情」について、一般論として、前述した支配的な見解と同旨を説く。
 「「販売することができないとする事情」は、侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい、例えば、①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当するというべきである。」

 具体的な当てはめとしては、以下のように説き、価格に2万3800円近辺(原告製品)対3000円ないし5000円(被告製品)という小さくない差異が認められるという事情は、「同事情の存在による販売できない事情に相当する数量は小さくはない」が「数量がかなりの数量になるとは認められない」と判示した。

「原告製品は、大手通販業者や百貨店において、2万3800円又はこれに近い価格で販売されているのに対し、被告製品はディスカウントストアや雑貨店において、3000円ないし5000円程度の価格で販売されているが、このように、原告製品は、比較的高額な美容器であるのに対し、被告製品は、原告製品の価格の8分の1ないし5分の1程度の廉価で販売されていることからすると、被告製品を購入した者は、被告製品が存在しなかった場合には、原告製品を購入するとは必ずしもいえないというべきである。したがって、上記の販売価格の差異は、販売できない事情と認めることができる。
 そして、原告製品及び被告製品の上記の価格差は小さいとはいえないことからすると、同事情の存在による販売できない事情に相当する数量は小さくはないものと認められる。
 一方で、上記両製品は美容器であるところ、美容器という商品の性質からすると、その需要者の中には、価格を重視せず、安価な商品がある場合は同商品を購入するが、安価な商品がない場合は、高価な商品を購入するという者も少なからず存在するものと推認できるというべきである。また、前記(3)アのとおり、原告製品は、ローラの表面にプラチナムコートが施され、ソーラーパネルが搭載されて、微弱電流を発生させるものであるから、これらの装備のない被告製品に比べてその品質は高いということができ、したがって、原告製品は、その販売価格が約2万4000円であるとしても、3000円ないし5000円程度の販売価格の被告製品の需要者の一定数を取り込むことは可能であるというべきである。以上からすると、原告製品及び被告製品の上記価格差の存在による販売できない事情に相当する数量がかなりの数量になるとは認められない。」

 他方、販売店舗が大手通販業者や百貨店(原告製品)対ディスカウントストアや雑貨店(被告製品)という差異があるという主張に対しては、価格差を離れて需要者の購入動機に影響を与えているとは認められないとして、独立した覆滅事情としては顧慮しなかった。
 「このように、原告製品と被告製品との価格の差異は、需要者の購入動機に影響を与えているといえるが、大手通販業者や百貨店において商品を購入する者がディスカウントストアや雑貨店において商品を購入しないというような経験則があるとは認め難いから、価格の差を離れて、原告製品と被告製品の上記販売態様の差異が、需要者の購入動機に影響を与えているとは認められず、販売態様の差異は、販売できない事情として認めることはできないというべきである。」

 この他、競合品が存在するという主張に対しては、同種商品が存在するとしても競合品とは認められないことを理由に※53、軸受けの部分が外見上認識し得ないとか、代替技術が存在するという主張に対しては、被告製品と原告製品の両方に当てはまるから、被告製品がなかったとした場合にその需要が原告製品に向かわなくなるといえないことを理由に※54、原告製品に微弱電流発生機構という被告製品にない機構が存在するという主張については、被告製品のほうが顧客吸引力に劣るということを意味しているに過ぎないことを理由に※55、被告が営業努力をなしていた旨の主張に対しては、販売できない事情と認めるに足りる程度の営業努力があったとは認められないことを理由に、それぞれ退けている。
 これらの衡量の結果、販売できない事情に相当する数量は、全体の約5割であると判断された。

 5)検討
 ① 一般論について
 本判決に先立つ大合議事件である、前掲知財高大判令和元.6.7判時2430号34頁[二酸化炭素含有粘性組成物]は、特許法102条2項の推定の覆滅が問題となった事案で、特許法102条1項但書きと2項の推定の覆滅においてともに考慮されるべき事情について以下のように説いていた※56

 具体的な当てはめとしては、以下のように説き、価格に2万3800円近辺(原告製品)対3000円ないし5000円(被告製品)という小さくない差異が認められるという事情は、「同事情の存在による販売できない事情に相当する数量は小さくはない」が「数量がかなりの数量になるとは認められない」と判示した。

 「特許法102条2項における推定の覆滅については、同条1項ただし書の事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば、〔1〕特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、〔2〕市場における競合品の存在、〔3〕侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、〔4〕侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について、特許法102条1項ただし書の事情と同様、同条2項についても、これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。」

 本判決は、102条1項但書きが実際に問題となった事案において、先の大合議判決の抽象論を踏襲し、そこで掲げられていた事情とほぼ同じ事情(「①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)」)※57を但書きの「販売することができないとする事情」に該当すると説示した。いずれも侵害がなかったとした場合に、侵害者の製品の需要者の全てが特許権者の製品を購入すると推認することを妨げる可能性のある事情ということができる。逸失利益額を算定目標としていると解される特許法102条1項但書きの解釈論として支配的な見解に与したものと評することができる。
 じつは、1998年改正により102条1項が新設される以前、特許権侵害に対する損害賠償額が民法709条のみに基づいて算定されていた時代から、特許法102条1項と同様の数式を用いた算定が行われていた。侵害がなかったとした場合、侵害製品の需要者のいくぶんかは特許権者の製品に流れると考えられるところ、当時から、侵害製品の全需要が侵害がなかったならば権利者の製品に向かったであろうという心証をいだくことができるほど特許発明が優れている場合には、侵害製品の譲渡数量に権利者の製品の単位当たりの利益率を乗じた額が損害額として認容されていたのである※58。ただ、当時の裁判例の問題は、そのように侵害製品の全需要が特許権者の製品に向かうであろうというほどの心証を抱けない場合には、それを理由に一切、逸失利益の賠償を認めないとするところにあった。本来は、そのような場合でも侵害者の製品の需要者の何割かは特許権者の製品に流れるはずであって、その割合に応じた逸失利益の賠償が認められるべきであるにも関わらず、中間的な取扱いを認めない裁判例のオール・オア・ナッシング的な処理により、侵害なかりせば得べかりしという因果関係の要件が高度化していた※59
 1998年改正特許法102条1項の起草意図は、このような筆者の裁判例に対する分析を受け、逸失利益の賠償を前提としつつ、オール・オア・ナッシングの取扱いを改めさせるところにあった※60。逸失利益額を推定しようとする起草過程の関与者の意図※61は、侵害製品の譲渡数量に権利者の代替製品の単位当たりの数量を乗じるという本文や、譲渡数量の全部または一部について権利者が販売することができない事情があるときは、賠償を一切否定するのではなく、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するという但書きに具現されている。したがって、102条1項が逸失利益(額)を前提にしているという理解は、単にそれが起草者の意図だからというだけではなく、条文の構造からも容易に看取しうる素直な解釈であるといえよう。
 ところで、こうした主流派を占める見解に対して、同項の損害額を逸失利益額以外のものを推定すると理解する少数説のなかには、市場に他に競合品が存在するとしても但書きに該当することがないとするものがあることは前述したとおりである。しかし、このような見解は、競合品が少しでもあればただちに因果関係を全否定していた従来のオール・オア・ナッシングの判断を改め、事情に応じた中間的な処理を志向する起草者の意図に反して、逆の意味でオール・オア・ナッシング的な発想に陥っており、但書きの条文の文言にそぐわない。
 しかも、少数説の立場の下では102条1項但書きに該当する事情としてどのようなものがあるのか不明確となるから、同項に適合しない解釈論であるように思われる。この点に関し、少数説をとる前掲東京地判平成14.3.19判時1803号78頁[スロットマシンⅠ]は、推定の覆滅事由に該当する例外的事情として、侵害品が生鮮食料品である場合、法令により特許発明の実施品が規制されている場合、新技術の開発により特許発明が陳腐化した場合を掲げており、具体的にも、被告製品の少なくとも一部には、CT機としての性能を理由とするのではなく、パチンコホールにおける定期的なパチスロ機の新台入れ換え需要に基づいて販売されたものがあるとして、諸般の事情に基づきその割合を3万4000台のうち、10%に当たる3400台分と見積もってその減額を認めるものがある(同旨、前掲東京地判平成14.3.19判時1803号99頁[スロットマシンⅡ])。しかし、これらの減額を導きうるものとして掲記された事情と、減額に結びつかない事情とされた競合品、代替品の存在という事情との間に、それだけの効果の差異を正当化しうるような質的な相違を見いだすことは困難である。現に、判旨自身が前者に含めている新技術開発の結果、特許発明が陳腐化した例などは、代替品の登場以外のなにものでもない※62
 さらにいえば、102条1項は権利者の製品の単位当たりの利益額を基礎として算定されるが、これはもっぱら権利者の事情であるから、ときとして侵害者にとって不意打ちとなったり、過大となったりすることがある。そのような賠償が正当化されるのは、まさにそれが侵害がなかったとした場合の財産状態に権利者を戻して上げる制度だからなのではなかろうか。だとすれば、同項において、侵害なかりせば得べかりしという観点からは説明し得ないような考慮を働かすことには疑問を呈さざるを得ない。少数説のように、逸失利益という観点では説明できないような推定覆滅の条件を課すアプローチには反対することになる。その種の調整は、侵害者から何らかの利益の全部または一部を特許権者に配分させることを実現するという機能を果たす特許法102条2項や3項によって実現すれば足りるといえよう※63
 ② 具体的な参酌の仕方について
 市場における競合品の存在に関して、従前の裁判例では、市場における同種製品のシェアの相対的な割合で推定の一部覆滅を導いたものがあることは前述したとおりである。その当否は個別の事件の事案に依存するが、一般的にいえば、むしろ単純にシェア割りをすることができない場合のほうが多いのではないかと推測される。一方では、侵害製品の需要者のなかに特許に係る特徴に着目して製品を購入した者がいるとすれば、その分、特許権者の製品が購入されると推測される割合が増えるだろう。他方では、侵害者は特許権を侵害しない形で競合製品を販売しうる場合もあり得るから(とりわけ侵害製品の一部に特許発明を実施しているに止まる場合)、そのような場合、侵害がなかったとしても、侵害製品の需要者の幾分かはやはり侵害者の製品に流れると予想され、さらに残余の幾分かは他社の競合製品に流れると推測される。結局、特許権者の製品に流れ込む需要の量を正確に推認することは困難である。しかし、いずれにせよ、但書きの下では、心証の採れた限度で、すなわち、少なくとも何割は下らないという限度で推定の覆滅が認められるのである。そうだとすると、正確な推認が困難な場合には、侵害者に不利に、覆滅の割合は低めのところで折り合いがつけられることになる。
 この点は、競合製品として主張されている同種製品が市場で真実、侵害製品、ひいては特許権者の製品と競合していると推認しうるのかということにも関わる。近時の裁判例には、本当に競合製品といえるのかということを厳しめに見極め、結論として、推定の覆滅を認めなかったものがあることは前述した。本判決もこの類型に属する。特許法102条2項に関するものであるが、前掲知財高大判令和元.6.7判時2430号34頁[二酸化炭素含有粘性組成物]も、侵害者が主張していた製品を市場における競合品とは認めず、推定を維持していた。推定の覆滅の問題である以上、競合していることについて心証がとれない場合には、侵害者に不利に、つまり推定の覆滅が認められないという結論となる※64。今後は、これら二つの大合議判決を受けて、侵害者が競合品として主張する製品が、市場において真実、競合する製品といえるのかということを厳しく吟味する傾向が強まるのではなかろうか。
 他方、本判決は、その理由付けに鑑みる場合には、特許権者の製品の価格が侵害製品の価格の4倍強から8倍弱であったという事情にほぼ依拠して5割の覆滅を認めている。従前の裁判例においても価格差は、特段の事情のない限り、推定の覆滅をもたらしていた。もちろん、具体的な覆滅の数値は事案に依存するものであるので軽々に評価することは許されないが、価格差と覆滅割合の関係という点において、従前の裁判例における取扱いと本判決の取扱いが質的に相違するとはいえないように思われる。
 ③ 推定の覆滅率の評価について
 なお、本判決の結論である但書きにおける5割の覆滅という数値を評価する際には、本判決が、特許発明の特徴が製品の一部に存するに止まるという事情を、但書きではなく、単位数量当たりの利益の額の減額事由として斟酌し、6割の減額を認めていたということを忘却してはならない。結論として、本判決は8割の覆滅を認めた裁判例と理解すべきである。それでも原判決に比すれば4倍となるが※65、但書きによる覆滅は両判決ともに5割であったから、この差異をもたらした原因は、もっぱら特許発明が製品の一部に関わっているという事情の評価にある。本判決がこの事情を単位数量当たりの利益の額の事実上の推定の覆滅のところで考慮して60%の減額としたのに対して、原判決は「寄与率」の問題として10%の限度で推定を維持しており、この差が最終的な4倍の差となって現れたのである。

6 「実施の能力」の判断基準

 1) 序
 特許法102条1項は、特許権者または専用実施権者の「実施の能力に応じた額を超えない限度において」推定を働かせる旨、定めている。この点に関して、本判決は、特許法102条1項の「実施の能力」について、以下のように、一般論と本件への当てはめを論じている※66 。この文言は、若干装いを変えながらも、2019年改正特許法102条1項1号に引き継がれており((「当該特許権
 者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分」という文言となっている)、本判決の示した法理は、やはり2019年改正法施行後にも通用するものと解される。

 2) 裁判例
 従前の裁判例では、実用新案権者の過去の製造販売実績に加えて、その下請けの有する成型機の生産能力を斟酌して、侵害製品の数量に対応する製造販売能力を有していると認める判決がある(前掲東京地判平成11.7.16判時1698号132頁[悪路脱出具])。さらには、特許権者において金融機関等から融資を受けて設備投資を行うなどして、特許権の存続期間内に製造販売を行う能力を有している場合には、原則として「実施の能力」があると説く判決もある(傍論ながら、前掲東京地判平成13.7.17平成11(ワ)23013[記録紙]、前掲東京地判平成14.3.19判時1803号78頁[スロットマシンⅠ]、前掲東京地判平成14.3.19判時1803号99頁[スロットマシンⅡ])。侵害品は購入者の下で在庫として保有され、使用され続けることにより、侵害期間を超えて、権利者の製品の売上を減少させるからであるという。一時的なブームとなった商品や季節商品などで、侵害期間経過後は従前と同様の売上を見込むことができない場合には別論となろうが、その種の事情は推定の覆滅の問題として扱えば足りよう。裁判例では、実施の能力を肯定しつつ、特許権者がその製品を導入することについては時間と費用がかかるところ、侵害者が侵害各製品について工事の発注を受けたのは平成22年9月頃と10月頃であり、本件特許の存続期間が平成23年3月26日までであるにも関わらず、特許権者がその製品を製造、販売し顧客に引き渡すまでには長期間を要することをその他の事情とともに斟酌して、譲渡数量の4分の3の限度で推定の覆滅を認めた判決がある(前掲知財高判平成27.11.19判タ1425号179頁[オフセット輪転機版胴])。

 3) 判旨
 「特許法102条1項は、前記(1)のとおり、侵害者の譲渡数量に特許権者等の製品の単位数量当たりの利益の額を乗じた額の全額を特許権者等の受けた損害の額とするのではなく、特許権者等の実施の能力に応じた額を超えない限度という制約を設けているところ、この「実施の能力」は、潜在的な能力で足り、生産委託等の方法により、侵害品の販売数量に対応する数量の製品を供給することが可能な場合も実施の能力があるものと解すべきであり、その主張立証責任は特許権者側にある。
 そして、前記(3)アのとおり、一審原告は、毎月の平均販売個数に対し、約3万個の余剰製品供給能力を有していたと推認できるのであるから、この余剰能力の範囲内で月に平均2万個程度の数量の原告製品を追加して販売する能力を有していたと認めるのが相当である。
 したがって、一審原告は、一審被告が本件侵害期間中に販売した被告製品の数量の原告製品を販売する能力を有していたと認められる。」

 4) 検討
 「実施の能力」が否定されてしまうと、いっさい推定が認められないことになり、柔軟な処理を妨げる。特許法102条1項が、前述したように、逸失利益額の証明が困難であるがゆえに特許権者の救済に悖ることのないようにするために柔軟な算定を可能とするために設けられたのだとすれば、不必要な制約はなるべく取り払うに越したことはなく、ゆるやかに実施の能力を肯定する枠組みで臨む本判決の示した方針は穏当なものということができる。疑義のあるところは、但書きによる推定の一部覆滅のところで処理することができるということも銘記すべきである。
 なお、本判決は生産委託等の方法により供給可能な場合であっても実施の能力を肯定している。あくまでも「生産」の委託であって、生産された製品を特許権者自らが販売することは前提とされていると理解すべきであろう。販売まで第三者が遂行している場合、当該第三者が専用実施権者であったり、独占的通常実施権者であったりすると、102条1項の推定規定の適用ないし類推適用を享受するのはむしろ当該第三者のほうであるということを勘案しなければならない※67。また自社生産と生産委託が混在している場合、いずれに属するかで特許権者が得ることができる利益に質的な相違が認められるために、単位数量当たりの利益額において調整が要請される場合が生じるように思われる。


(掲載日 2020年7月31日)

  • 田村善之『知的財産権と損害賠償』(新版・2003年・弘文堂)2~7頁。
  • 「限界利益」という名称ともども、古城春実「特許・実用新案侵害訴訟における損害賠償の算定(2)」発明86巻2号45頁(1989年)。賛意を表するものに、田村善之「特許権侵害に対する損害賠償(4)」法学協会雑誌108巻10号1569~1571頁(1991年)[参照、同・前掲注1・238頁]。
  • 鎌田薫「特許権侵害と損害賠償」CIPICジャーナル79号27頁(1998年)、田村善之「損害賠償に関する特許法等の改正について」知財管理49巻3号333頁(1999年)[同・前掲注1・314~315頁所収]。その他の文献につき、飯田圭/中山信弘=小泉直樹編『新・注解特許法(中)』(第2版・2017年・青林書院)1841~1842頁。
  • これまで裁判例で控除が認められてきた費用項目につき、飯田/前掲注3・1844~1848頁。
  • 被告が主張していた費用は、原判決の記載によれば、「〔1〕制作費」「〔2〕旅費交通費」「〔3〕保管料」「〔4〕役員報酬、給与手当、スタッフ給与手当、役員賞与、賞与、通勤費、退職金」「〔5〕法定福利費、福利厚生費」「〔6〕研修費」「〔7〕求人費」「〔8〕顧客管理費」「〔9〕車両費」「〔10〕賃借料」「〔11〕保険料」「〔12〕維持管理費」「〔13〕通信費」「〔14〕水道光熱費」「〔15〕消耗品費」「〔16〕事務用品費」「〔17〕新聞図書費」「〔18〕会議費」「〔19〕交際費」「〔20〕諸会費」「〔21〕寄付金」「〔22〕支払手数料」「〔23〕報酬」「〔24〕雑費、雑損失」「〔25〕法人税、公租公課」「〔26〕支払利息」「〔27〕為替差損」であった。
  • 後述5・5)①参照。
  • 参照、[判解]Law&Technology88号69頁(2020年)。
  • 参照、田村善之[判批] WLJ判例コラム177号7〜8頁(2019年) https://www.westlawjapan.com/column-law/2019/190809/
  • 批判的な考察として、田村善之/増井和夫=田村善之『特許判例ガイド』(第4版・2012年・有斐閣)367~368頁、田村善之「特許権侵害に対する損害賠償額の算定-裁判例の動向と理論的な分析-」パテント67巻1号140~141頁(2014年)。
  • 裁判例の状況につき、飯田/前掲注3・1869・1873頁。
  • 裁判例の状況につき、飯田/前掲注3・1869・1873頁。
  • この判決は、次に紹介する[ゴーグル事件大阪地裁判決]と並んで、102条1項の推定の覆滅部分について3項の賠償を否定する一連の裁判例の嚆矢となったという意味でも重要な裁判例である。批判的な考察として、田村善之「逸失利益の推定覆滅後の相当実施料額賠償の可否」知的財産法政策学研究31号1~11頁(2010年)、金子敏哉[判批]中山信弘ほか編『特許判例百選』(第4版・2012年・有斐閣)170~171頁。
  • この事件は、5%の「寄与度」に基づく減額を認めた前掲東京地判[エアマッサージ装置]の控訴審であるが、5つの特許権について侵害を認めた原審と異なり、そのうち4つの特許について控訴審係属中に無効審決が確定していたために、控訴審判決において侵害が認められた特許権は1つに止まるという事情があることに注意されたい。
  • その他、本件特許の設定登録当時、特許権者の市場占有率は数%にすぎず、椅子式マッサージ機の市場には有力な競業者が存在していたという事情が斟酌されている。
  • この事件の事案は、特許権侵害が主張された4つの特許権中3つについて無効の抗弁が認められたために、侵害が肯定された残る1つの特許権について損害賠償が算定されたというものであった。
  • その他、原告製品の価格が2000円、子供用ゴーグルでも1050円ないし1365円であるのに対し、被告製品の価格は100円であったという事情が斟酌されている。参照、田村/前掲注8・WLJ判例コラム4頁。
  • 参照、大橋麻也[判批]発明107巻4号40~47頁(2010年)。
  • 侵害者を除いた市場を仮定すると、特許権者のシェアが約40%強であることも斟酌されている。
  • 参照、飯田圭[判批]A.I.P.P.I 58巻2号118~145頁(2013年)。同判決の寄与率に関する部分に特化した評価として、田村/前掲注9パテント141~142頁。
  • 裁判例の状況につき、飯田/前掲注3・1875~78頁、同[判批]小泉直樹=田村善之編『特許判例百選』(第5版・2019年・有斐閣)83頁。
  • 批判的な考察として、田村/前掲注9パテント142~143頁。
  • 参照、飯田/前掲注3・1867~1869頁。
  • 鎌田/前掲注3・22~23頁(1998年)(証明責任の所在は権利者にあるとしつつ、柔軟な処理を推奨する)。102条1項が逸失利益額の算定を目標とするものではないとする少数説(後述)の立場からも寄与率の考え方が支持されている(三村量一「特許権侵害による損害額の算定-特許法102条1項を中心に-」パテント70巻14号(別冊18号)8頁(2017年)。
  • 辰巳直彦 [判批]判例時報1721号226頁(2010年)はそのように読める(証明責任の所在は権利者にあるとする)。裁判例としては、特許権が複数あることを問題とするものであるが、前掲東京地判平成14.3.19判時1803号78頁[スロットマシンⅠ]、前掲東京地判平成14.3.19判時1803号99頁[スロットマシンⅡ]。
  • すでに、田村/前掲注2・1610頁、同/前掲注1・244頁。
  • 仙元隆一郎「特許権侵害と損害賠償額の証明」民事法情報149号4頁(1999年)、田村/前掲注3・ 332頁[同/前掲注1・312~313頁所収]。
  • 参照、金子敏哉「日本法における特許権侵害に基づく損害賠償―モデル化による寄与率等へのアプローチ―」日本工業所有権法学会年報41号82~83頁(2018年)、天野研司「特許法102条1項ただし書の事情および同条2項の推定覆滅事由」Law & Technology 75号26・28~30頁(2017年)(ただし、寄与率なるものを1項但書きのなかで検討すべきか否かという点に関しては態度決定を留保している)も参照。
  • 金子/前掲注27・82~83頁(2018年)、宮脇正晴「米国法における特許権侵害に基づく損害賠償」日本工業所有権法学会年報41号105~106頁(2018年)。特許発明が製品の一部に関わるという問題を102条1項但書きにおいて斟酌することに対しては、但書きが「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする」と規定しており、数量を問題としているのだから、割合を問題とすることができないはずであるという趣旨の批判がある(飯田/前掲注3・1871頁)。しかし、侵害部分がなかったとした場合には侵害者の製品の需要者がどの程度、特許権者の製品に向かうのかということを割合的に把握したとしても、それが侵害者の製品の需要者数に乗じられる結果、特許権者が販売することができない数量として算定されるのであるから、特に条文の文言の適用上支障はない(田村善之/飯田圭ほか「日本弁理士会中央知的財産研究所 第14回公開フォーラム『損害賠償論-更なる研究-』」パテント70巻14号(別冊18号)150~151頁(2017年))。起草過程関与者も但書きにおいて割合的な認定が行われることを明言している(山本雅史「損害賠償に関する平成10年特許法改正のポイントと論点」清永利亮=設楽隆一編『知的財産権』(現代裁判法大系26・1999年・新日本法規)269頁)。
  • 発明の特徴が特許権者の製品の一部に止まる場合であっても、侵害者が本件特許発明を侵害しないと仮定した場合の仮想の選択肢が、侵害製品を全く販売しないというものであり、そして、市場に特許権者の製品と競合する製品がない等の理由により侵害製品の需要者は、かりに侵害がなかったとしたならばその全てが特許権者の製品を購入すると推認しうる場合もありえる。たとえば、裁判例においても、考案や意匠の実施品が芯管であったところ、侵害者も権利者も芯管に分包紙を巻いて需要者が当該実施部分に着目して購買している場合には、侵害行為がなければ権利者の製品が購入されたと考えられるから、利益全額を逸失したと認めた判決がある(大阪地判平成12.2.3平成10(ワ)11089(WestlawJapan文献番号2000WLJPCA02039004)[薬剤分包機用紙管]、大阪高判平成12.12.1判タ1072号234頁(WestlawJapan文献番号2000WLJPCA12010004)[同])。
  • 飯田圭/飯田ほか/前掲注28・150・151~152頁は、その趣旨を説く。
  • 田村/前掲注28・130~131頁、田村善之[判批]論究ジュリスト31号170頁(2019年)(特許法102条1項と2項の役割分担という観点を加味)。簡便な例で、この理を説明しておくと、たとえば、特許権者と侵害者の2名のみが特定の1人の顧客を相手に大型の1つのプラントの受注を競っており、それぞれ様々な技術を駆使した見積もりを提出していたのだが、そのなかで当該顧客の関心は特許発明にかかる部分にこだわっていたところ、その部分を比較のうえ侵害者のプラントを発注したとする。この場合、侵害がなかったと仮定した場合の世界では、特許権者に発注されたと考えられる事例であるから、当該プラント一個を受注したことによる全利益の額の賠償を認めないことには、侵害がなかったとした場合に得べかりし財産状態に回復することができない。飯田/前掲注30・150・151~152頁は、この場合に何らかの割合で按分することを示唆するが(松本直樹[判批]小泉=田村・前掲注20・77頁も参照)、そのような処理は102条1項では特許権者が被った財産的不利益を填補することすらできないことを意味しており、賛成できない。
  • 論理的にはそのようにも読めることにつき、[判批]特許法の八衢https://patent-law.hatenablog.com/entry/2020/03/06/164237。寄与率という発想に対するものであるが、それが非実施品でも「販売することができた物」に該当するという見解と矛盾する契機を孕んでいることについては、すでに、三村/前掲注23・8頁に指摘がある。
  • おそらく本判決に与する立場は、そのようにしてもなお、侵害者の製品と特許権者の製品との代替関係を問題にしているわけではなく、特許発明と特許権者の製品の部分の代替関係を問うているに過ぎないと強弁するのであろう。しかし、本判決は、「侵害がなければ販売することができた物」のところでは、侵害製品と特許権者の製品が代替関係にあることを要求していたのである。そして、理論的には、侵害製品と特許権者の製品が代替関係にあるにも関わらず、特許権者の製品に特許発明に代替する部分が全く見当たらないという場合もあり得るのである。そのような場合に1項の推定を否定するとすれば、同項により侵害がなかったと仮定した場合の特許権者の財産状態の回復を図ることができなくなる。本判決自身、まさにそれを避けるために「侵害がなければ販売することができた物」のところでは、特許権者の製品は、特許発明を実施している必要はなく、侵害製品と市場で競合する関係にあればよいと判示したのではなかったのか。その判断と平仄を合わせるのであれば、発明の特徴部分が製品の一部に止まる場合の処理についても、侵害製品と特許権者の製品が市場でどのように競合しているのかということに焦点を当てるべきであるといえよう。
  • 前掲注21に対応する本文を参照。
  • しかも、本判決の理屈の下では、侵害製品と特許発明の関係が、特許権者の製品と特許発明の関係と異なっているときに、前者の事情をどこでどのように考慮するのかということが不明確である。たとえば、侵害製品における特許発明の実施した結果のローリングの改善の度合いが(部品の噛み合わせその他いかなる理由によるものかは不明であるが、ともかく)特許権者の製品における特許発明の実施した結果のローリングの改善の度合いと異なっているために、当該特徴の需要者に与える訴求度も両製品において異なっているという場合に、いかに取り扱うのかということが問題となる。本判決の字面だけを読む限り、「単位数量当たりの利益の額」のところでは特許権者の製品における特許発明の貢献度を斟酌することができるに止まるから、かりに二重評価をしないという原則を貫徹するのであれば、1項但書きのところで侵害製品における特許発明の貢献度がこれとは異なることも斟酌できないことになりかねず、そうするとこのような売上、ひいては利益にかなりの程度影響すると考える事情を損害賠償額に反映させることに失敗することになる。おそらく、本判決を擁護する立場は、そのような批判を回避するために、侵害製品に対する特許発明の貢献度が、特許権者の製品に対する特許発明と異なる場合には、二重評価にならないのだから、その場合には1項但書きで貢献度を考慮すると反論してくるのであろう。しかし、侵害製品に対する特許発明の貢献度や、特許製品に対する特許発明の貢献度が、それぞれの製品の売上にどの程度影響するのかということは、両者の相対的な関係で決まるのであって、他方を見ずして片方だけを観察することで答えが出る問題ではないはずである。
  • 改正前の議論状況につき、田村/前掲注12・1~11頁。
  • 特許発明が売上に寄与していない分について復活を認めない趣旨であるというのである(川上敏寛「令和元年特許法等改正法の概要(上)」NBL1154号37頁(2019年))。しかし、文言上、どうしてそのように読めるのかは定かではない。「権利者が自己の権利についての通常使用権の許諾等をし得たと認められない」からであるとする説明もなされているが(特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(2020年・発明推進協会)18頁)、これもまたよくわからないところがある。特許発明の実施部分や特徴部分が製品の一部に止まっていたとしても、そこが不可分である限り、通例、製品全体の製造、販売に対する差止請求が認容されるのであるから(東京地判昭和63.12.9判時1295号121頁(WestlawJapan文献番号1988WLJPCA12090001)[文字枠固定装置]、神戸地判平成9.1.22平成5(ワ)312(WestlawJapan文献番号1997WLJPCA01226008)[替え刃式鋸における背金の構造])、製品全体の製造、販売に対して権利行使をしないということを相手方に約束すること、つまり通常実施権の許諾もできると解されるからである(通常実施権が特許権者から特許権を行使されないという債権に過ぎないことにつき、田村善之『知的財産法』(第5版・2010年・有斐閣)339頁)。
  • 参照、前掲注7・Law&Technology67頁。
  • そのような解釈は、102条1項2号条文の文言に合わない(前掲注37参照)。また、これまで本文で繰り返し述べてきたように、特許発明が製品の一部に関わることを理由に推定を覆滅させる度合いを測定するには、結局、侵害がなかったとすれば、侵害製品の需要者のうちどの程度の割合が特許権者の特許発明の実施品に向かうのかという問題設定をなさなければならないはずであり、そうだとすると、第三者の競合品との比較、侵害なかりせば侵害者が製造販売していたと想定される非侵害製品との比較など、一般の推定の覆滅の問題と分離をすることが困難であって、取扱いを違える理由はないというべきである(中山一郎「政策・産業界の動き」年報知的財産法2019-2020・154~155頁(2019年)も参照。反対、森田宏樹「損害論からみた特許権侵害に基づく損害賠償」パテント70巻14号(別冊18号)60~61頁(2017年)))。採用し得ない解釈論といえよう(金子敏哉[判批]小泉=田村・前掲注20・87頁も同様の評価を示す)。それでは、102条1項2号括弧書きの意味は何かということが問題となるが、害のない規定とするために、括弧書きは特許権者と専用実施権者が併存する場合、特許権者は相当実施料相当実施料額の賠償を請求しうることができず、専用実施権者のみが請求できること(特許権者は民法709条に基づく逸失利益としての逸失実施料を請求しうることとともに、田村/増井=田村・前掲注9・403~405頁、東京地判平成25.9.25判時2276号111頁(WestlawJapan文献番号2013WLJPCA09259001)[アイロンローラなどの洗濯処理ユニットヘフラットワーク物品を供給するための装置](吉田広志[判批]新・判例解説Watch277~280頁(2016年))、知財高判平成26.12.4判時2276号90頁(WestlawJapan文献番号2014WLJPCA12049001)[同])を明文化しただけの趣旨と理解すれば足りよう(田村善之=時井真=酒迎明洋『プラクティス知的財産法I 特許法』(2020年・信山社)173~174頁)。学説では、そのほか、例外的に損害がおよそない場合に102条3項の賠償を否定する法理(=損害不発生の抗弁)(商標法に関するが、最判平成9.3.11民集51巻3号1055頁(WestlawJapan文献番号1997WLJPCA03110001)[小僧寿し](田村善之[判批]法学協会雑誌116巻2号322~340頁(1999年)、小塚荘一郎[判批]中山ほか・前掲注12・178~179頁、小嶋崇弘[判批]小泉=田村・前掲注20・88~89頁)を明文化した規定であると理解するものもある(金子/前掲87頁。賛意を表するものに、小林英了「特許権侵害に対する損害賠償額の算定についての近時の状況」法律実務研究131~132頁(2020年))。
  • 「基端においてハンドルに抜け止め固定された支持軸と、前記支持軸の先端側に回転可能に支持された回転体とを備え、その回転体により身体に対して美容的作用を付与するようにした美容器において、前記回転体は基端側にのみ穴を有し、回転体は、その内部に前記支持軸の先端が位置する非貫通状態で前記支持軸に軸受け部材を介して支持されており、軸受け部材は、前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされ、前記軸受け部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出るとともに、軸受け部材は係止爪の前記基端側に鍔部を有しており、同係止爪は前記先端側に向かうほど軸受け部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有し、前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し、前記段差部は前記係止爪の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪と前記鍔部との間に位置することを特徴とする美容器」
  • 鎌田/前掲注3・22頁、入野泰一「特許法等の一部を改正する法律」ジュリスト1140号71~72頁(1998年)、特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室編『平成10年改正工業所有権法の解説』(1998年・発明協会)19頁、山本/前掲注28・270頁、茶園成樹「特許権侵害による損害賠償」ジュリ1162号51頁(1999年)、田村/前掲注3・335頁[同・前掲注1・318頁所収]。その他の学説につき、飯田/前掲注3・1859・1861頁。
  • 田村/前掲注3・335頁[同・前掲注1・318頁所収]。起草者の意図も、従前の裁判例による逸失利益の賠償を前提にしつつ、ただそのオール・オア・ナッシング的な処理を改め、しかも、推定の覆滅の過程を侵害者の責任としつつ、割合的な処理を行わせるためであった(山本/前掲注28・269頁)。
  • じつは、市場機会の喪失という概念は、1998年改正により102条1項が新設される以前に、相当な実施料額の賠償を定める当時の特許法102条2項(現在の102条3項に相当する)、さらには侵害利益による推定を定める同条1項(現在の102条2項に相当する)に関して、筆者が提唱したものである(田村/前掲注2・1563~1565頁[同・前掲注1・213~218頁所収]。この損害概念は、学界においては通説を形成するに至っている、すなわち損害と損害の金銭的評価を分ける見解(平井宜雄『損害賠償法の理論』(1971年・東京大学出版会)474~477頁)に即したものであったためか、1998年特許法改正に大なり小なり関与した民法学者の支持するところとなり、特許法102条1項はこの損害概念を前提としたものであるという見解が主張されるに至った(森田宏樹「知的財産権侵害による損害賠償に関する規定の改正の方向」『知的財産侵害に対する損害賠償・罰則のあり方に関する調査研究報告書』(知的財産研究所・1998年)39~41頁、鎌田/前掲注3・16~17頁、沖野眞已「損害賠償額の算定特許権侵害の場合」法学教室219 号62頁(1998年)、茶園/前掲注41・52頁、三村量一「損害(1)-特許法102 条1 項」牧野利秋=飯村敏明編『知的財産関係訴訟法』(新・裁判実務大系4・2001年・青林書院)294頁、高林龍「特許法第102条に基づく損害賠償について」パテント59巻1号72頁(2006年))。
    もっとも、これらの学説のほとんどは、102条1項の具体的な解釈に対してそこでいう市場機会の喪失という概念が活用され、なにかの解釈論的な帰結をもたらすという実践的な意図をもって主張されているものではなく、単なる説明概念として持ち出されているに止まる。その場合、各論が語られることがないわけではないが、そこに掲げられている論理構成や帰結に鑑みる場合には、要するに、損害は市場機会の喪失であるが、その金銭的評価は逸失利益額によるのだという理解を前提としているものもある(鎌田/前掲注3・17~24・27~28頁)。その場合、102条1項が前提とする損害概念を逸失利益と解する多数説との違いは、損害概念を別個独立に論じ、それを市場機会の喪失として説明したという言葉の問題に止まる(高林/前掲72頁の評価も参照)。要するに、そうした見解は、102条1項の推定する損害が何であれ、同項の推定する損害「額」は逸失利益「額」であると理解する点において、多数説的な見解と異なるところはなく、ゆえに、同項に関する具体的な論点に関する解釈論において、多数説と異なる帰結をもたらすものではないと理解することができる。したがって、同項が推定する損害「額」という視点で見れば、逸失利益「額」を推定すると把握する見解は、多数説というよりは、むしろ通説的な理解であると評価することができよう。 ちなみに、筆者自身は、102条2項と3項が前提とする損害概念は市場機会の喪失であると考えているが、102条1項は逸失利益を損害として観念していると理解している(田村善之「特許法102条1項但書きの推定覆滅事由の理解について」特許研究36号7~9頁(2003年)[同・前掲注1・334~336頁所収]、潮海久雄「特許権侵害に基づく損害賠償―ドイツ法からの示唆―」日本工業所有権法学会年報41号41頁(2018年))。この場合、いかなる損害概念を採用するのかということは、損害概念にいかなる役割を期待するのかということにも関わっている(田村/前掲注31論究ジュリスト・168~169頁)。
    なお、学説では、損害論に関していかなる立場を採用したとしても、各種問題に対して一義的に解答が得られるわけではなく、たとえば102条1項但書きについても、同項の政策的な含意に鑑みて、事実認定のレベルでの問題を超えて、推定の覆滅に謙抑的に臨むという考えに合理性が認められる旨、指摘されることもある(森田/前掲注39・52~56頁(2017年))。
    しかし、特許権侵害訴訟において損害賠償額の算定が問題となる事例は、製品の一部が侵害である場合から始まって、複数の権利者(共有者や実施権者を含む)が絡んだり、侵害者が複数となったりする場合など、多種多様なものが現れるが、その都度カズイスティッシュに処理をしていたのでは、各事例間の平仄を合わせることに苦労することになるばかりでなく、実務に対する予測可能性を与えることに失敗するだろう(侵害者に故意がない場合などには、侵害時点における予測可能性を確保することに意味がない場合が大半であろうが、しかし、特許権者から警告を受けるなどして紛争が顕在化した場合、かりに訴訟に至ってしまうといかなる賠償額となるのかということに関する予測可能性に乏しく、和解交渉が進まず、紛争の早期解決を妨げることになろう)。もちろん、損害概念には、算定を具体的に規律するという役割ばかりでなく、あるいはそれ以上に、金銭的な賠償が損害を被ったと観念しうる者に帰着することを正当化するという役割も期待されるべきであろうが、しかし、具体的な損害額の算定の規律に関心を向ける場合には、特許権侵害論に対する損害論には、そのような正当化の道具を超えた、特許権侵害訴訟における損害額の算定に明確な指針を与えるものであることも期待されて然るべきであるように思われる(田村/前掲注31・169頁。鈴木將文「特許権侵害に基づく損害賠償-総論」日本工業所有権法学会年報41号65頁(2018年)がいうところの「損害算定方法」。損害概念に賠償すべき損害を「あまねく・もれなく・かぶりなく」把握する機能を期待する、金子敏哉「特許権侵害による損害の2つの主な捉え方-売上減少による逸失利益と実施料相当額の関係」」『はばたき-21世紀の知的財産法』(中山信弘古稀・2015年・弘文堂)443~444頁も参照)。
  • この点に関しても、本判決が、傍論ながら、102条1項の「侵害がなければ販売することができた物」に該当するには特許発明の実施品であることを要しない旨を説き、この見解を否定していたことについては、田村善之[判批]WLJ判例コラム199号(2020年) https://www.westlawjapan.com/column-law/2020/200410/を参照。
  • 三村/前掲注43・296~300頁、同「特許権侵害と損害額の算定-木を見ず森を見よう-」『知的財産・コンピュータと法』(野村豊弘古稀・2016年・商事法務)450~460頁、同/前掲注23・2~7頁。その他の学説につき、飯田/前掲注3・1858~1859・1861頁。
  • 以下の紹介に加えて、飯田/前掲注3・1863~1867頁、天野/前掲注27・24~30頁(2項の推定の覆滅に関する裁判例をも包括した分析)を参照。
  • 田村/増井=田村・前掲注9・363~364頁。
  • 松本直樹[判批]小泉=田村・前掲注20・76~77頁。
  • もっとも、4・2)①で前述したように、この判決は別途寄与率を乗じている。
  • 前田健[判批]ジュリスト1527号128~131頁(2019年)。
  • それぞれの判断の詳細については、前掲注12・17とそれに対応した本文を参照。このように、いったん推定を適用しつつ99%の覆滅を認めたということは、もはや損害賠償はかぎりなくゼロに近いと判断したということなのであろう。
  • もっとも、手法を異にするが、前掲大阪地判平成25.2.28平成21(ワ)10811(WestlawJapan文献番号2013WLJPCA02289012)[回転歯ブラシの製造方法及び製造装置]は、但書きにより80%の覆滅を認めたうえで、さらに寄与率10%を乗じているから、結局、2%の限度で推定を認めているに過ぎない(前述4・2)④参照)。1項本文の金額を基準とすると覆滅率は98%となる。同様に、やはり寄与率を用いる本件の原判決も、1項本文の金額を基準とする覆滅率は95%となる。
  • 「一審被告は、競合品が多数存在することを、販売できない事情として主張する。
    平成31年4月の時点で、原告製品と被告製品の同種の製品として、少なくとも29種類の製品が販売されていることが認められる(乙176、弁論の全趣旨)が、本件証拠上、本件侵害期間(平成27年12月4日ないし平成29年5月8日)に、市場において、原告製品と競合関係に立つ製品が販売されていたと認めるに足りないから、この点を、販売できない事情と認めることはできない。」
  • 「一審被告は、軸受けの部分は外見上認識することができず、代替技術が存することなどを販売できない事情として主張する。
     しかし、一審被告の主張する上記の事情は、被告製品及び原告製品のいずれにも当てはまるものであるから、同事情の存在によって、被告製品がなかった場合に、被告製品に対する需要が原告製品に向かわなくなるということはできず、したがって、これらの事情を販売できない事情と認めることはできない。」
  • 「一審被告は、原告製品は、微弱電流を発生する機構を有しているが、被告製品はそのような機構を有していないことを販売できない事情として主張する。
     確かに、前記(3)アのとおり、原告製品は、微弱電流を発生する機構を有しており、一方で、被告製品はそのような機構を有していないが、このことは、被告製品は、原告製品に比べ顧客誘引力が劣ることを意味するから、被告製品が存在しなかった場合に、その需要が原告製品に向かうことを妨げる事情とはいい難い。したがって、上記の点は、販売できない事情と認めることはできない。」
  • 田村/前掲注8・3~4・11頁。従前の裁判例においても、同様の説示(前掲知財高判平成27.11.19判タ1425号179頁(WestlawJapan文献番号2015WLJPCA11199005)[オフセット輪転機版胴])や類似の説示(前掲知財高判平成26.12.17平成25(ネ)10025(WestlawJapan文献番号2014WLJPCA12179004)[金属製棚及び金属製ワゴン])が見られていたところである。
  • 本件の事案に則してということであろうか、「価格等」に相違が存在することが明示されたところが異なる。
  • 田村善之「特許権侵害に対する損害賠償(1)」法学協会雑誌108巻6号856~862頁(1991年)(同・前掲注1・2~7頁所収)。
  • 田村/前掲注58・858~860頁(同・前掲注1・3~6頁所収)。
  • 入野/前掲注41・71~72頁、特許庁編・前掲注41・15頁、山本/前掲注28・269~270頁。
  • これに対して、森田/前掲注39・43~53頁は、筆者自身のフランス法の理解を原案に反映させたことや、法務省との最終版のやりとりなど、起草過程の重要な経緯を紹介しつつ、102条1項が本稿のいうところの「逸失利益」(厳密には「差額説」)を損害概念としているという理解に疑問を呈している。しかし、1998年改正前から日本の裁判実務では特許権侵害訴訟において102条1項と数式としては同一の数式の算定が用いられていたこと、ただそこでは割合的な処理を拒絶するオール・オア・ナッシング的な手法を採用していたために結果的に因果関係の要件が高度化しているという筆者の分析は、最終的に1998年改正に結びつく一連の作業のなかで草創期の段階で特許庁の工業所有権制度改正審議室のメンバーを始めとする起草関与者に伝えられており問題意識が共有されていた。1998年改正に至る提案は、そのような土壌の下で発案され受け入れられたという側面もあるのであって、フランス法に端を発し、法務省との折衝へとつながる規範的な損害論のラインの一筋のみで(そのような流れが存在したことは否定しないが)起草意図を色づけることには疑問が残る。そもそも起草過程をどの程度、重視すべきかという点も議論の対象となりうる。いうまでもなく立案担当者と立法者は異なり、また、立法者意思というものも、改正をしないという不作為の立法を観念しうることに鑑みると、改正時の国会の意図ですらない (参照、ロナルド・ドゥウォーキン (小林公訳)『法の帝国』(1995年・未來社) 168・486~487・490~491頁)。立法者意思なるものの確定は、法の構造から可能な限り矛盾なき解釈を導き出すという手法に頼るほかない (法の「integrity」を探究するという解釈手法につき、ドゥウォーキン・前掲 [特に93~99・353~363頁]、その評価として、内田貴「探訪『法の帝国』-Ronald Dworkin, LAW’S EMPIRE と法解釈学(1)」法学協会雑誌105巻 3 号233~235・246~253頁 (1988年))。立案者の具体的認識は、それが法の構造に反映されている可能性があるがゆえに、間接的に法解釈に資することがあるに止まる(田村善之「プロ・イノヴェイションのための特許制度のmuddling through(5・完)」知的財産法政策学研究50号210頁(2018年)[同『知財の理論』(2019年・有斐閣)205頁所収](もっとも、森田/前掲自身、起草過程の状況を一つの理由に掲げているに止まるので、方法論的に問題があるわけではない)。
  • 田村/前掲注43特許研究・9~10頁[同・前掲注1・337~339頁所収]。
  • 田村/前掲注31論究ジュリスト・170頁。
  • 参照、天野/前掲注27・26頁。
  • 原判決は、「寄与率」10%に但書きによる覆滅を5割としていた。
  • 判文上は、「実施の能力」に関する説示は、単位数量当たりの利益の額の算定や、但書きによる推定の覆滅の問題に先行しているが、本稿は説明の便宜上、叙述の順序を入れ換えた。
  • その場合の損害賠償額の割り振りにつき、田村/増井=田村・前掲注9・403~405頁。関連裁判例として、前掲東京地判平成25.9.25判時2276号111頁[アイロンローラなどの洗濯処理ユニットヘフラットワーク物品を供給するための装置](吉田/前掲注39・277~280頁)。

(掲載日 2020年7月31日)

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