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文献番号 2020WLJCC015
京都女子大学 教授
岡田 愛
Ⅰ はじめに
本件は、適格消費者団体Xが、ネット上のポータルサイト「モバゲー」を運用するY社の提供するサービスにかかる契約(以下「本件契約」という。)の際に用いられている「モバゲー会員規約」(以下「規約」という。)の一部について消費者契約法に反すると主張し、当該規約に基づく契約締結の差止めを求めた事案である。問題となった規約7条では、Y社の判断でモバゲー会員に対するサービスの利用を中止したり、会員資格を取り消したりした場合でも、Y社はそれにより発生した損害を一切負わない旨を定めていた。
Y社は東証一部上場の大手企業であり、本件訴訟提起後に、Xが問題を指摘した条項のうち本件訴訟で争った条項以外については変更したという経緯をふまえると、Y社としては規約7条をそのまま残しておく実務上の必要性があったと推察される。この点本判決では、規約7条の文言があいまいで複数の解釈が認められ、このような多義的な規約の定めは消費者契約法(以下「法」という。)3条1項の趣旨に反する旨指摘した。そしてさらにY社側のこれまでの会員とのトラブルを挙げ、「事業者が当該条項につき自己に有利な解釈に依拠して運用していることがうかがわれるなど、当該条項が免責条項などの不当条項として機能することになると認められるとき」は法12条3項の適用上不当条項に該当するとした。
このように、さいたま地裁は規約の多義性の問題を指摘しつつ、不当条項に当たるか否かの判断に実際の運用方法を考慮する立場を示したが、規約の運用面をも判断内容に含めた点には問題があると考える。事業者が定める規約の文言が著しく明確性を欠き、事業者にとって有利な解釈が行われる可能性がある場合は不当条項に該当し、法12条3項で定める、当該条項を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う「おそれ」があると解するべきであろう。
よって、本判決の結論は妥当であるが、実際の運用方法も含めて不当条項の該当性を判断する旨を示した点については、事業者側に裁量権を与えた場合も無効と定めた法8条1項の改正消費者契約法の趣旨、また差止請求の制度趣旨に反すると考える。
なお本件では、Y社が1万円を上限として責任を負う旨定めた規約12条の解釈も争われたが、こちらは有効と判断されている。
Ⅱ 事実の概要及び判決要旨
1 事実の概要
法13条1項所定の適格消費者団体であるXは、モバゲーを運営しているY社に対し、Y社がモバゲーにおいて提供する役務等に関して、本件契約を締結する際に用いている下記の規約が法8条1項に反するとして、法12条3項に基づき、当該契約条項を含む契約の申込み又は承諾の意思表示の停止、また、これらの行為の停止又は予防に必要な措置として、上記意思表示を行うための事務を行わないことをY社の従業員らに指示するよう求めた。
争点は、①規約7条3項の法8条1項1号及び3号該当性(争点1)、②本件規約12条4項の法8条1項1号及び3号該当性(争点2)である(なお、本件訴え提起後に改正消費者契約法が施行されたことに伴い、規約7条3項及び12条4項が改正前の法8条に該当する旨の主張から、改正後の法8条に該当する旨に変更されている。)。
規約7条(モバゲー会員規約の違反等について)
1項 モバゲー会員が以下の各号に該当した場合、当社は、当社の定める期間、本サービスの利用を認めないこと、又は、モバゲー会員の会員資格を取り消すことができるものとします。ただし、この場合も当社が受領した料金を返還しません。
2 判決要旨
さいたま地裁は、争点①につき、契約条項が不明確な場合と法12条3項における消費者契約の不当条項該当性の判断の在り方について、法3条1項の趣旨から「事業者は、消費者契約の条項を定めるに当たっては、当該条項につき、解釈を尽くしてもなお複数の解釈の可能性が残ることがないように努めなければならない」とし、また「差止請求制度は、個別具体的な紛争の解決を目的とするものではなく、契約の履行などの場面における同種紛争の未然防止・拡大防止を目的として設けられたものであることをも勘案すると、差止請求の対象とされた条項の文言から読み取ることができる意味内容が、著しく明確性を欠き、契約の履行などの場面においては複数の解釈の可能性が認められる場合において、事業者が当該条項につき自己に有利な解釈に依拠して運用していることがうかがわれるなど、当該条項が免責条項などの不当条項として機能することになると認められるときは、法12条3項の適用上、当該条項は不当条項に該当すると解することが相当である。」との基準を示した。
そしてまず、規約7条1項c号及びe号について「c号の『他のモバゲー会員に不当に迷惑をかけた』という要件は、その文言自体が、客観的な意味内容を抽出し難い」などとしたうえで、規約7条3項について、「上記各号の文言から読み取ることができる意味内容は、著しく明確性を欠き、複数の解釈の可能性が認められ、Y社は上記の『判断』を行うに当たって極めて広い裁量を有し、客観性を十分に伴う判断でなくても許されると解釈する余地がある…そして、本件規約7条3項は、単に『当社の措置により』という文言を使用しており、それ以上の限定が付されていないことからすると、同条1項c号又はe号該当性につき、その『判断』が十分に客観性を伴っていないものでも許されるという上記の解釈を前提に、損害賠償責任の全部の免除を認めるものであると解釈する余地があるのであって、『合理的な根拠に基づく合理的な判断』を前提とするものと一義的に解釈することは困難である。」との解釈を示した。そして、全国消費生活情報ネットワークシステムに対し、十分な説明もなく利用料金2万円の返金を拒まれている旨の相談が複数寄せられている事実を指摘して、規約7条3項が免責条項として使われていると推察できることを理由に、法12条3項に基づく差止めを認めた。
また、争点②について、規約12条4項は「本規約において当社の責任について規定していない場合」と定めており、規約7条3項と別に規約12条4項で(規約7条3項で定めた)全部の免責を認める規定ではないことは明らかである、したがって、「全部を免除」するわけではないから法8条1項1号及び3項の各前段には該当しないとした。
Ⅲ 検討
本件は、事業者であるY社の定めた契約条項の一部について、当該条項の文言から読み取ることができる意味内容が著しく明確性を欠き多義的であり、またY社が当該条項につき自己に有利な解釈に依拠して運用していることがうかがわれるなど、当該条項が免責条項として機能していることを理由に、法12条3項の差止請求を認めた事案である。
差止請求が認められるためには、法8条1項1号及び3号に該当する必要があるため、裁判所はまずこの点から検討している。
そもそも法8条は、消費者が損害を受けた場合に正当な額の損害賠償を請求できるよう、事業者が民法等の任意規定で負うこととなる損害賠償責任を免除又は制限する特約の効力を無効と定めている。また平成30年の改正で、「当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する」場合も、無効とする旨が新たに定められた。これは、事業者に決定権を委ねると自らの責任範囲を自由に決定できてしまい、全部免除を認めるのと等しくなるためである。
今回問題となった規約7条3項は、同条1項c号及びe号の文言上Y社がどのような場合に会員資格取消措置等の対応をとるのかあいまいであることから、両号との関係において、その文言から読み取ることができる意味内容が著しく明確性を欠き、多義的であると判示された。確かに、仮にY社の誤った判断により会員資格取消措置等をとった場合でも、両号の内容があいまいであるためにY社の故意又は過失の有無の判断ができず、同条3項によりY社が免責されると解釈できるため、文言のあいまいさを指摘した点は妥当である。
他方で、判旨ではさらに、「事業者が当該条項につき自己に有利な解釈に依拠して運用していることがうかがわれるなど、当該条項が免責条項などの不当条項として機能することになると認められるときは、法12条3項の適用上、当該条項は不当条項に該当すると解することが相当である。」として、当該規約が法8条1項に該当するか否かの判断及び差止請求を認める際に、実際の運用方法を考慮する立場を示した。
本件と同じく、規約等につき、そこで定められた条項の文言以外の事情を考慮してその有効性を判断した事案として、保険料不払を理由とする生命保険契約の無催告の失効を定めた条項について、払込督促が実務上運用されているか否かを確認するよう差し戻した最判平成24年3月16日(民集66巻5号2216頁WestlawJapan文献番号2012WLJPCA03169002)、また、住宅の賃借人との保証委託契約に基づいて賃貸借契約の連帯保証人となった保証業者に、賃貸借契約の無催告解除権を付与する旨の条項について、当該保証業者が家賃債務保証業者として国土交通大臣の登録を受けていることを理由の一つに挙げて法10条該当性を否定した大阪地判令和元年6月21日(金法2124号48頁WLJ判例コラム第188号文献番号2019WLJCC033)がある。さいたま地裁が法8条1項及び3項並びに法12条3項の該当性の判断に運用面を考慮した点は、これらの判例の流れの範囲内といえる。
もっとも私見は、事業者に有利な解釈ができる不明瞭な規約を用いることそのものが法の趣旨に反すると考える。とりわけ、法8条1項は事業者の免責に関する規定であり、消費者の泣き寝入りを防ぐためには可能な限り明確に定めておく必要性がある。
また、法12条3項は、法8条から10条に該当する不当条項を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を「現に行い又は行うおそれがあるとき」に予防に必要な措置を請求できると規定しているが、「おそれがあるとき」の解釈については、「不当な行為がされる蓋然性が客観的に存在している場合をいう」※3とされており、実際に不当な行為がなされている必要はない。ゆえに私見は、規約が多義的で事業者に有利な解釈が可能である場合は不当な行為がされる客観的な蓋然性があるといえ、法12条3項による差止等を認めるべきと考える。仮に、事業者がこれまで適切に規約を運用していたとしても、その後も適切な運用が確保される相当程度の担保がない限りは差止請求を認めるべきであり、そのことは、同種紛争の未然防止という消費者団体による差止請求を認めた趣旨にかなうといえる。本判決に従うと、適切な運用をしている限りは不当条項に該当しないと解する余地が生じるが、実際上の運用は事業の流れにより変化し不安定であると同時に、個々の事案の対応が異なることもあるため、妥当でない。
以上より、本判決の結論は支持できるが、法8条1項及び3項並びに法12条3項の適用の判断要素に運用面の考慮を示した点については問題があると考える。
(掲載日 2020年5月18日)