判例コラム

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第202号 トランスジェンダーの国家公務員によるトイレ使用(等)をめぐる訴訟 

~東京地裁令和元年12月12日判決※1

文献番号 2020WLJCC014
広島大学大学院法務研究科 教授
新井 誠

はじめに

 世間には、伝統的な性秩序を前提に制度設計されている施設が数多く存在する。公衆浴場やトイレは、その典型例である。他方で現代社会は、出生時における生物学的な性別によってのみ当事者の性が決定されるということに限らず、自認する性による性別承認が求められる時代となっている。日本でも「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下、性同一性障害者特例法とする。)が制定されるなど、自認する性の承認は、単に事実的なものである時代を終え、法的段階に至っている。そのような時代において本件は、性別による区分に伴う難題につき改めて深く考えさせる事例となっているが、特に、裁判所が、トランスジェンダーの人に対して、自認する性別に基づく(官公庁における)トイレ使用をより積極的に可能にする道を拓いた点で、社会的波及効果がある。

Ⅰ 事実の概要

 国家公務員である原告は、生物学的な性別は男性で、自認する性別は女性である点で、トランスジェンダーである(原告は、専門医から性同一性障害の診断を受けてはいるが、精巣摘出手術、陰茎切除術、造腟術、外陰部形成術といった性別適合手術をしておらず、性同一性障害者特例法3条1項に規定する性別の取扱いの変更の審判も受けておらず、戸籍上の性別は男性である)。

1.第1事件
 原告は、自ら所属する省で以下の要求事項(国家公務員法86条「勤務条件に関する行政措置の要求」)を示したものの、いずれも認められなかった(以下、本件判定とする)。
 〔要求事項〕

  • a「申請者が女性トイレを使用するためには性同一性障害者である旨を女性職員に告知して理解を求める必要があるとの○○省当局(以下「当局」という。)による条件を撤廃し、申請者に職場の女性トイレを自由に使用させること。」
  • b「申請者が異動するためには戸籍上の性別変更又は異動先の同僚職員への性同一性障害者である旨の告知が必要であるとの当局による条件を撤廃し、また、今後異動することとなった場合には、異動先の管理職等に申請者が性同一性障害者である旨の個人情報を提供しないこと。」
  • c「健康診断の時間帯を女性職員と同一にすること。」
 原告は、本件判定がいずれも違法であるとして、本件判定に関する処分の取消しを求めた。

2.第2事件
 原告は、同省で女性用トイレの使用制限を受けていること等について、同省職員らがその職務上尽くすべき注意義務を怠り、損害を被ったとして、国家賠償法1 条1項に基づく損害賠償請求をした。

Ⅱ 判決の要旨

1.結論

【第1事件】
一部認容
【第2事件】一部認容
 「第1事件に係る原告の請求は本件判定のうち要求事項aを認めないとした部分の取消しを求める限度で、第2事件に係る原告の請求は上記第3の4において認定した額(慰謝料の合計額120万円及び弁護士費用相当額12万円並びにこれらに対する第2事件に係る訴状送達の日の翌日である平成27年11月21日から支払済みまでに生ずる年5%の割合による遅延損害金)の支払を求める限度でそれぞれ理由があり、その余の請求はいずれも理由がない」。

2.判旨
(1)第1事件
〔争点4(本件判定が違法か否か)〕※2

 「職員による行政措置の要求に対して人事院がいかなる判定を行うかはその合目的的な裁量に委ねられているというべきであるから、行政措置の要求に対する判定の取消訴訟において当該判定の違法性の有無を判断するに当たっては、当該判定を導いた審査の手続に違法があった場合や、認定及び判断の内容が法令に違反するものであったり、考慮した前提事実に重大な事実の誤認があるなど重大な瑕疵があると認められる場合、又は考慮すべき事項を考慮しておらず、若しくは考慮した事項の評価が合理性を欠いており、その結果、当該判定が社会観念上著しく妥当を欠く場合に限って、その裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったものとして、当該判定を違法と判断する」。
 要求事項aに関する本件判定について、「本件トイレに係る処遇については、遅くとも平成26年4月7日の時点において原告の性自認に即した社会生活を送るといった重要な法的利益等に対する制約として正当化することができない状態に至っていた」。「しかしながら、本件判定は、本件トイレに係る処遇によって制約を受ける原告の法的利益等の重要性のほか」、(○○省による本件トイレに係る処遇に関する)「上記3(1)エにおいて取り上げた諸事情について、考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮した事項の評価が合理性を欠いており、その結果、社会観念上著しく妥当を欠くものであったと認めることができる。
  したがって、本件判定のうち要求事項aを認めないとした部分は、その余の原告の主張についての検討を経るまでもなく、その裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったものとして、違法であるから、取消しを免れない」。
 要求事項a以外の、要求事項b-1、b-2、cに関する各本件判定について、「その裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったものと認めることはできない」。
(2)第2事件
〔争点1(省職員による原告への発言等につき、国家賠償法1条1項上違法なものと認定できるか否か)〕
※3
((ア)①(本件トイレに係る処遇が違法なものとして認められるかどうか)について
 「トイレ(便所)については、労働安全衛生法…の規定に基づき、及び同法を実施するために定められている事務所衛生基準規則…が事業者に対して男性用と女性用に区別して設けることを義務付けて」いる。他方、「トイレを設置し、管理する者に対して当該トイレを使用する者をしてその身体的性別又は戸籍上の性別と同じ性別のトイレを使用させることを義務付けたり、トイレを使用する者がその身体的性別又は戸籍上の性別と異なる性別のトイレを使用することを直接的に規制する法令等の規定は、見当たらない。そうすると、本件卜イレに係る処遇については、専ら○○省(○○省大臣)が有するその庁舎管理権の行使としてその判断の下に行われている」。
 「性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われており、 個人の人格的な生存と密接かつ不可分のものということができるのであって、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは、重要な法的利益として、国家賠償法上も保護される」。「このことは、性同一性障害者特例法が、心理的な性別と法的な性別の不一致によって性同一性障害者が被る社会的な不利益の解消を目的の一つとして制定されたことなどからも見て取ることができる。そして、トイレが人の生理的作用に伴って日常的 に必ず使用しなければならない施設であって、現代においては人が通常の衛生的な社会生活を送るに当たって不可欠のものであることに鑑みると、個人が社会生活を送る上で、男女別のトイレを設置し、管理する者から、その真に自認する性別に対応するトイレを使用することを制限されることは、当該個人が有する上記の重要な法的利益の制約に当たる」。そうすると、「原告が専門医から性 同一性障害との診断を受けている者であり、その自認する性別が女性なのであるから、本件トイレに係る処遇は、原告がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることという重要な法的利益を制約する」。
 「被告は…本件トイレに係る処遇を行っている理由について、原告の身体的性別又は戸籍上の性別が男性であることに伴って女性職員との間で生ずるおそれがあるトラブルを避けるためである旨を主張しているところ、当該主張を前提とすると、原告が○○省の庁舎内において女性用トイレを制限なく使用するためには、その意思にかかわらず、性別適合手術を受けるほかないこととなり、そのことが原告の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約することになるという一面も有していることは否定することができない」。
 「これまで社会において長年にわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきたことを考慮すれば、身体的性別及び戸籍上の性別が男性で、性自認が女性の性同一性障害である職員に対して女性用トイレの使用を認めるかどうかを検討するに当たっては、そのような区別 を前提として女性用トイレを使用している女性職員に対する相応の配慮も必要であると考えられる」。また「我が国や諸外国において、法律上の性別変更をしていないトランスジェンダーによるトイレ等の男女別施設の利用については、多目的トイレや男性と女性の双方が使用することのできるトイレの使用等を提案し、 推奨する考え方も存在するところであって、必ずしも自認する性別のトイレ等の利用が画一的に認められているとまではいい難い状況にある」。
 「しかしながら、生物学的な区別を前提として男女別施設を利用している職員に対して求められる具体的な配慮の必要性や方法も、一定又は不変のものと考えるのは相当ではなく、性同一性障 害である職員に係る個々の具体的な事情や社会的な状況の変化等に応じて、変わり得る」。「したがって…性同一性障害である職員に対して自認する性別のトイレの使用を制限することが許容されるものということはできず、さらに、当該性同一性障害である職員に係る個々の具体的な事情 や社会的な状況の変化等を踏まえて、その当否の判断を行うことが必要である」。
 原告は、「性同一性障害の専門家であるG医師が適切な手順を経て性同一性障害と診断した者であって…○○省においても、女性ホルモンの投与によって原告が遅くとも平成22年3月頃までには女性に対して性的な危害を加える可能性が客観的にも低い状態に至っていたことを把握していたものということができる(その後、原告は、平成29年7月頃までには男性としての性機能を喪失したと考えられる旨の医師の診断を受けたものである。)。また、○○省の庁舎内の女性用トイレの構造…に照らせば、当該女性用トイレにおいては、利用者が他の利用者に見えるような態様で性器等を露出するような事態が生ずるとは考えにくい」。さらに「原告については、私的な時間や職場において社会生活を送るに当たって、行動様式や振る舞い、外見の点を含め、女性として認識される度合いが高いものであった」。加えて、「2000年代前半までに、原告と同様に、身体的性別及び戸籍上の性別が男性で、性自認が女性であるトランスジェンダーの従業員に対して、 特に制限なく女性用トイレの使用を認めたと評することができる民間企業の例が本件証拠に現れた範囲だけでも少なくとも6件存在し、○○省においても平成21年10月頃にはこれらを把握することができた」。「我が国において、平成15年に上記イのとおり性同一性障害者特例法が制定されてから現在に至るまでの間に、トランスジェンダーが職場等におけるトイレ等の男女別施設の利用について大きな困難を抱えていることを踏まえて、より働きやすい職場環境を整えることの重要性がますます強く意識されるようになってきており、トランスジェンダーによる性自認に応じたトイレ等の男女別施設の利用を巡る国民の意識や社会の受け止め方には、相応の変化が生じているものということができるし、このような変化の方向性ないし内容は…諸外国の状況から見て取れる傾向とも軌を一にする」。
 「これらの事情に照らせば…原告の主張に係る平成26年4月7日の時点において…被告の主張に係るトラブルが生ずる可能性は、せいぜい抽象的なものにとどまるものであり、○○省においてもこのことを認識することができた」。「仮に…被告の主張に係るトラブルが生ずる抽象的な可能性が何らかの要因によって具体化・現実化することを措定したとしても、回復することのできない事態が発生することを事後的な対応によって回避することができないものとは解し難い」。加えて、「原告が平成22年7月以降は一貫して○○省が使用を認めた女性用トイレを使用しており、男性用トイレを 使用していないことや、過去には男性用トイレにいた原告を見た男性が驚き、同所から出ていくということが度々あったことなどに照らすと、女性の身なりで勤務するようになった原告が○○省の庁舎内において男性用トイレを使用することは、むしろ現実的なトラブルの発生の原因ともなるものであり、困難といわざるを得ない。また、多目的トイレについては、高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(平成18年法律第91号)第14条第1項の規定及び高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律施行令第14条第1項第1号の規定が建築主 等にその設置を義務付けているところ、性同一性障害の者は、そのことのみで直ちに同法第2条 第1号に規定する高齢者、障害者等に該当するものとは解されず…少なくとも同法において多目的トイレの利用者として本来的に想定されているものとは解されないし、原告にその利用を推奨することは、場合によりその特有の設備を利用しなければならない者による利用の妨げとなる可能性をも生じさせるものであることを否定することができない」。
 「以上に加え、原告が平成26年3月7日付けで本件措置要求に係る要求事項を補正して女性用トイレの使用について制限を設けないことを求めていたこと…に照らすと、遅くとも…同年4月7日の時点においては、被告の主張に係る事情をもって原告の法的利益等に対する上記の制約を正当化することはできない状態に至っていた」。
 したがって、「○○省(○○省大臣)による庁舎管理権の行使に一定の裁量が認められることを考慮しても、○○省が同日以降も本件トイレに係る処遇を継続したことは、庁舎管理権の行使に当たって尽くすべき注意義務を怠ったものとして、国家賠償法上、違法の評価を免れない」。
(イ)②~⑭の各主張について
 「原告の主張を採用することはできない」。

Ⅲ 検 討

 本件は、官公庁が当事者に対して要求事項を認めないとした部分の取消しを求める訴訟(第1事件)と、省職員による原告への発言等を国家賠償法1条1項上の違法であるとして賠償請求を求める訴訟(第2事件)からなる。また、判決の「事実と理由」の順序では、第2事件が先に審査される。
 本件では、両事件において、戸籍上男性であるものの性的自認では女性である(性別適合手術を受けていない)原告による、女性トイレの使用不許可に関する2つの請求が認められたことから、これらを併合して検討する。また、両事件とも複数の主張・争点で構成されるものの、以下では原告の主張が認められた、女性トイレの使用不許可に関する請求を中心にコメントしたい。

1.自認する性別にもとづく社会生活を送ることをめぐる法的利益
 本件の第2事件については、特にトイレ使用に関する点に係る省職員の発言に関して違法認定されている。その際にまず注目されるのは、性別が「人格的生存」との関係において密接不可分であることに加えて、自認する性別に即した社会生活の実施が、重要な法的利益であることを認めた点である。一般的な憲法学説は、「自己決定権」につき、憲法13条に定める幸福追求権のひとつとして保障されると考えており、性的自己決定もそこに入るものと思われる。もっとも、性別自体あるいはそれに関する認識は、そもそも自己決定ではないとする理解も考えられるものの、性別が人格的生存にとって重要だとの考え方は自己決定権論をとらないとしても十分首肯できることから、憲法13条の保護の射程に置くことは十分考えられよう。
 このように性別に関する問題が、人々の人格的生存にとって重要な利益があることは当然であるが、本件では、生物学的性別だけではなく自認する性別を重要な利益と認定することに大きな意義がある。判決は、そのことを示すにあたり性同一性障害者特例法を援用する。性別に関する自認についてどの程度の重要度をもって対処するのかという問題は時代のなかで変容を遂げているが、現代的な法の制定それ自体が、性別に関する秩序の変容を承認したことの証左として用いられていると考えてよい。

2.自認する性別に基づく「性別トイレ」利用の選択可能性
 では、自認する性別に基づく行動は、いかなる場にも承認されるのか。本件では、「個人が社会生活を送る上で、男女別のトイレ を設置し、管理する者から、その真に自認する性別に対応するトイレを使用することを制限されることは、当該個人が有する上記の重要な法的利益の制約に当たる」として、法的制限があることを確認しながら、原告の主張を前向きに受け止めている。この点、裁判所がそうとらえる理由は、「トイレが人の生理的作用に伴って日常的に必ず使用しなければならない施設であって、現代においては人が通常の衛生的な社会生活を送るに当たって不可欠のものであることに鑑みると…」と記されている。「衛生的な社会生活を送るに当たって不可欠」であることと「真に自認する性別」に基づく男女別トイレに関する女性用、男性用の選択に関する制限が重要な法的利益の制約になるということとの間の関連性をめぐっては、突き詰めて考えると、疑問がないわけではない。「衛生的な社会生活を送るに当たって不可欠」なのはトイレ自体の使用であり、トイレの選択的使用ではないからである(共同トイレの存在がデフォルト化された世界を考えてみるとよい)。とはいえ重要なのは、裁判所も述べるように、トイレが多くの場合、男女二分論で構築されている現在の状況の下では、「トイレに係る処遇は、原告がその真に という重要な法的利益を制約する」(傍点は新井)のだという点に注意したい(補足すれば、本訴訟では、①男女共用トイレの設置や、②障害者等が利用することを主眼とされた多目的トイレの使用についても議論されているが、①については、必ずしも一般化されていないこと、②については、多目的トイレをトランスジェンダーの人も使うようにするというのは、本来的な目的ではないはずであることが議論されている。本件ではあくまで、伝統的な男女別トイレの存在を前提とした自認する性別に基づくトイレの選択が議論になっている)。

3.戸籍上の性別が「男性」であるままであることとの関係
 本件原告は、戸籍上の性別は男性のままであった。そこで被告は、戸籍上の性別である「男」としての女性トイレの使用制限を要請している。しかし、裁判所は、本人が女性と自認し、しかも、すでに診断を受けていることを重視した判断を行った点が興味深く、評価できる。
 とりわけ、本件では原告が、性別適合手術をいまだ受けていないこととの関係において、「女性用トイレを制限なく使用するためには、その意思にかかわらず、性別適合手術を受けるほかないこととなり、そのことが原告の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約することになるという一面も有している」と述べる部分は重要である。こうした認識の背景には、裁判所が、性別の自認に関する「精神」と「身体」の分離を前提としているからである。この点、自らの性別の認識と診断を踏まえつつ、さらに身体的外形に関する性別適合手術をしなければ法的意味での性転換を果たせない性同一性障害者特例法の性秩序に関する認識とは異なるように感じられる。
 また、男性の身体的特徴を持ったままの女性トイレの使用が、常にトラブルの原因となるという考え方も、本件の裁判所は採用していない。他方で、トランスジェンダーを理由とした自認する性別のトイレ利用が常に認められるということでもなく、女性トイレを利用する“伝統的”女性への配慮もしている。すなわち本件は、状況による可変性を前提に、本件の個別的事情を丁寧に拾い、抽象的な蓋然性ではなく、具体的な危険性の有無を検証する手法を採用している。

4.女性トイレを用いる場合の具体的なトラブル発生の抽象性
 そうしたことから本判決は、①女性に対して性的危害を加える可能性が低いこと、②トイレの構造から性器等が露出することはないこと、③原告による行動様式や振る舞いから女性と認識される度合いが高いこと、④トランスジェンダーの人が自己認識に基づく性別のトイレを利用できる民間企業などの存在が見られるようになってきていること、⑤トランスジェンダーの人々が働きやすい労働環境を整えるべきだという国民感情の変容と諸外国の状況などを挙げ、結果的にそこで主張される危険性は抽象的なものに留まるとしている。重要な権利・利益の効果的な保護を目指すために制限の正当化に関して限定解釈をするような手法は、近年の憲法的諸権利に関わる行為制限の違憲性、違法性を検証する手法にもつながる。
 他方で本件判断に至る理由としては、原告がすでに女性トイレを利用したり、女性的な装いをし始めたりといった事実に負うところも大きい。裁判所は、原告が一定の時期から「女性用トイレを使用しており、男性用トイレを 使用していないことや、過去には男性用トイレにいた原告を見た男性が驚き、同所から出ていくということが度々あったこと」、「女性の身なりで勤務するようになった原告が…省の庁舎内において男性用トイレを使用すること」が、現実的なトラブルを発生させる原因となる可能性を示している。
 こうしたことは、事実が規範を作るなかで援用できるという観点から見た、本件事例の固有の事情となるようにも見える。しかし、逆にこうしたことが、性別に関して、身体的なものではない、本人の認識や装いなどを理由とする自己あるいは他者の承認が、社会的に許容され始めている証左ともなっているとすれば、本件に固有の事情だと狭く考える必要もない。

5.男女別トイレ使用をめぐる事情の固有性―男女別公衆浴場の場合との違い
 本件は、男女別トイレ使用の場面だからこそ有用であるという側面もないわけではない。特に、本件では「庁舎内の女性用トイレの構造…に照らせば、当該女性用トイレにおいては、利用者が他の利用者に見えるような態様で性器等を露出するような事態が生ずるとは考えにくい」と評価される点は、トイレに関する議論として有用である。というのも、一般的に女性用トイレの構造は、鍵付きの個室様式を採用していると考えられることから、本件事例の庁舎に限らず、多くの場合、「利用者が他の利用者に見えるような態様で性器等を露出するような事態」にはなっておらず、他者に性器等の露出をすることはありえないからである。
 他方で、たとえば公衆浴場などでは、これとは異なる状況になる。この場合、性適合手術をしないままでの自らの性的認識を理由とした、伝統的な男女別浴場の選択を認めることができるかかどうか。この点、性別に関する外形的違いを理由とする男女別公衆浴場を確立された「社会的正義」とする限りでは、現在でも難しいように感じられる。そのように考えた場合、議論の対象となる施設によって、議論の立て方はさまざまに変化する可能性がある。本件のように、トイレに係る固有の事情を踏まえた検討も必要となろう。

6.その他の論点―性同一性障害者である旨の個人情報の扱いについて
 本件では、その他の論点の一つとして、要求事項bである「申請者が異動するためには戸籍上の性別変更又は異動先の同僚職員への性同一性障害者である旨の告知が必要であるとの当局による条件を撤廃し、また、今後異動することとなった場合には、異動先の管理職等に申請者が性同一性障害者である旨の個人情報を提供しないこと。」の取消しをめぐる問題があった。この点、本判決では、結果的にはその取消しが認められなかった。
 この点、難問であるものの、申請者の異動に関する①「戸籍上の性別変更」、②「異動先の同僚職員への性同一性障害者である旨の告知」、それに、③「異動先の管理職等に申請者が性同一性障害者である旨の個人情報を提供しないこと」という問題は、それぞれ区分される必要があるのではないか。特に①は、書類上の人事管理の面からの正当化がなされる可能性があるが、②や③は、性別適合手術や戸籍上の性別変更をしていない場合をも含めて考えられ、提供の必要不可欠性が確保しづらく、よりプライバシーや個人情報保護の問題に密接に関連するように感じられるからである。②、③については、プライバシー権等の制約になる可能性を秘めながら、それを制約する正当化事由として、人事管理上不可欠といえるのかどうかといった点が判断を左右すると思われる。


(掲載日 2020年5月1日)

  • 東京地判令和元年12月12日、WestlawJapan文献番号2019WLJPCA12126004を参照。
  • 本件では、国家賠償法関連でこの他、「原告の損害の有無及びその額いかん(争点2)」、「損害賠償請求権についての消滅時効の成否(争点3)」が争点となるが、本件分析では省略する。
  • 争点1は①から⑭にまで及ぶが、以下では、違法認定された部分のみ取り上げる。

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