判例コラム

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第197号 労基法37条に定める割増賃金制度の意義 

~歩合給に割増賃金を組みこむ賃金算定方式に対する労基法37条違反の成否~
~~最高裁第一小法廷令和2年3月30日判決※1~~

文献番号 2020WLJCC009
明治大学 教授
野川 忍

1.はじめに

 本件は、初発の提訴から、地裁※2 、高裁※3、最高裁※4での判断を経て、高裁に差し戻された事案が、差戻後高裁判決※5に対する上告審においてさらに破棄差戻しとなったという大変珍しく、また注目すべき判決である。その背景には、労基法37条に定める割増賃金を支払ったといえるにはどのような条件を満たす必要があるか、という一般的課題につき、労働時間と直接対応しないさまざまな賃金制度を有し、また割増賃金を労基法37条に示されたモデルとは異なる算定方式により支払っている多くの企業の実務の適法性を判断する司法の基準が、必ずしも明確でわかりやすいとはいえないまま蓄積されてきたという経緯がある。差戻前控訴審も、また本件の原審である差戻後控訴審も、結論は逆であるがそれぞれに混乱をきたしており、前記経緯を如実に表していた。そこで後述のように本件上告審において最高裁は、これまで本件事案の論点に関連する最高裁の判断を網羅的に引用して、労基法37条の趣旨を丁寧に検討し、噛んで含めるような判旨を提示して再度差し戻したが、これによって課題は一挙に解決したかといえばただちにそのような評価をすることは躊躇される、という内容になっている。

2.本件の概要

 歩合制を採用するタクシー・ハイヤーの各社は、さまざまな賃金計算方式を制定しているが、本件におけるY社では、賃金規則において一乗務(15.5時間)あたり12500円の基本給のほか、乗務しない場合の服務手当、交通費、歩合給、及び休日・深夜・時間外の割増賃金について計算式を定め、それらを支給することとしていた。ところがY社の賃金規則では、歩合給の算定にあたってまず対象額Aを定め、その計算を[(所定内税抜揚高-所定内基礎控除額)×0.53]+[(公出(休日出勤)税抜揚高-公出基礎控除額)×0.62]として、これを割増賃金と歩合給の計算に用いていた。このうち歩合給は二種類あり、歩合給⑴は、対象額A-(割増賃金合計額+交通費)、歩合給⑵は従来の賞与に見合う性格の給付で、(所定内税抜揚高-341000円)×0.05で計算されていた。このうち割増賃金は、時間外(法内残業も含む)・深夜・公出のうちの法定外休日該当分とも対象額A/総労働時間×0.25に、それぞれ残業時間、深夜労働時間、公出日の労働時間を乗じて算出され、公出のうち法定休日の割増賃金は、対象額A/総労働時間×0.35に公出の労働時間を乗じて算出されていた。Y社の賃金規則ではこの合計額を「割増金」と称していた。運転手としてこれらの賃金算定方式を適用されていたXら14名は、これらの計算式のうち、歩合給の計算に当たって割増賃金額を控除する旨定めた賃金規則上の規定は無効であるとして、控除された割増賃金相当額の未払賃金、遅延損害金、付加金(労基法114条)の支払を求めた。

3.原審までの判断

 差戻前第一審(東京地判平27.1.28WestlawJapan文献番号2015WLJPCA01286001)は、Xらの請求のうち、賃金規則の、対象額Aから割増賃金分を控除する旨の一部規定が無効であることを認め、歩合給を「対象額A-交通費」で計算しなおしたうえで、Xらに対する未払賃金分と遅延損害金の支払を命じた。差戻前控訴審(東京高判平27.7.16WestlawJapan文献番号2017WLJPCA02289001)も、本件賃金規則の上記規定によれば「時間外等の労働をしていた場合でもそうでない場合でも乗務員に支払われる賃金が同じになる…のであって、…[労基法37]条の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして民法90条により無効であるといわざるを得ない」として控訴を棄却した。
 これに対し第一次上告審は、「使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには、労働契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で、そのような判別をすることができる場合に、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであ」るが、「他方において、労働基準法37条は、労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると、労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの、当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し、無効であると解することはできないというべきである。」として本件を東京高裁に差し戻した。
 これを受けた本件原審は、本件では歩合給⑴と歩合給⑵が通常の労働時間の賃金に当たる部分となり、割増金を構成する深夜手当、残業手当(法内時間外労働の部分を除く)及び公出手当(法定外休日労働の部分を除く)が労基法37条の定める割増賃金に当たる部分に該当することになるから、本件賃金規則においては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区分されて定められているということができること、また、本件賃金規則において割増賃金として支払われた金額は、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないことから、Xらに対して支払われるべき未払の割増金又は歩合給は存在しない、と判示した。

4.本件最高裁判決の概要

  1.  本件最高裁は以下のように述べて原審の判断を破棄し本件を差し戻した。
  2. ⑴ 最高裁判決を引用しつつ一般論を述べた部分
  3. ①  まず、労基法37条の趣旨は「使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする」ことにある(静岡県教職員事件(最一小判昭47.4.6民集26巻3号397頁・ WestlawJapan文献番号1972WLJPCA04060005)及び医療法人社団康心会事件(最二小判平29.7.7集民256号31頁・ WestlawJapan文献番号2017WLJPCA07079001)、日本ケミカル事件(最一小判平30.7.19集民259号77頁・ WestlawJapan文献番号2018WLJPCA07199002)の各判旨を引用)。
  4. ②  また、「使用者が、労働契約に基づき、労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない」(第一次上告審判決、上記医療法人社団康心会事件、上記日本ケミカル事件の各判旨を引用)。
  5. ③  他方で、「使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である」(高知県観光事件(最二小判平6.6.13集民172号673頁・WestlawJapan文献番号1994WLJPCA06130001)、テックジャパン事件(最一小判平24.3.8集民240号121頁・WestlawJapan文献番号2012WLJPCA03089001)、第一次上告審判決、上記医療法人社団康心会事件の各判旨を引用)。
  6. ④  そして、「上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであ」る(上記日本ケミカル事件判旨を引用)。
  7. ⑤  ④の判断をするに際しては、「当該手当の名称や算定方法だけでなく」、上記②で示された労基法37「条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである」。
  8. ⑵ あてはめ部分
  9. ①  「本件賃金規則の定める各賃金項目のうち歩合給⑴及び歩合給⑵に係る部分は、出来高払制の賃金、すなわち、揚高に一定の比率を乗ずることなどにより、揚高から一定の経費や使用者の留保分に相当する額を差し引いたものを労働者に分配する賃金であると解されるところ、割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば、割増金の額がそのまま歩合給⑴の減額につながるという…仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で、その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって」上記⑴①で示された「労働基準法37条の趣旨に沿うものとはいい難い。」
  10. ②  「また、割増金の額が大きくなり歩合給⑴が0円となる場合には、出来高払制の賃金部分について、割増金のみが支払われることとなるところ、この場合における割増金を時間外労働等に対する対価とみるとすれば、出来高払制の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく、全てが割増賃金であることとなるが、これは、法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない。」
  11. ③  「結局、本件賃金規則の定める…仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給⑴として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは、歩合給対応部分の割増金のほか、同じく対象額Aから控除される基本給対応部分の割増金についても同様である。)」
  12. ④  「そうすると、本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給⑴として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。
     したがって、YのXらに対する割増金の支払により、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。」
  13. ⑤  「そうすると、本件においては、上記のとおり対象額Aから控除された割増金は、割増賃金に当たらず、通常の労働時間の賃金に当たるものとして、労働基準法37条等に定められた方法によりXらに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。」

5.本判決の位置づけ

 ここ数年、最高裁は、労基法37条所定の割増賃金をめぐるさまざまな事案につき、次々と注目すべき判断を下してきた。上記4⑴に列挙された裁判例はその一覧であって、これまでの判断の主要な基準を網羅した本判決は、まずは労基法37条に対する最高裁の考え方の集大成ともいえる重要な意義を有している。
 また、本件が第一次上告審を受けた差戻後控訴審判決の判断を再度退けたという点は、近年繰り返し示してきた判断の枠組みや基準が、なお下級審に理解されていないという最高裁の危機感を惹起する事態であり、最高裁としては、上記のようにこれまでの判断基準を網羅的に示すことによって、その考え方を改めて確認する必要性に迫られたものと考えることができよう。

6.本件判旨の意義と課題

  1. ⑴  筆者は、第一次上告審判決についても、また差戻後控訴審判決についても本欄で評釈※6を著し、特に差戻後控訴審判決に対しては、割増賃金が多くなれば通常の賃金が減額されるため、総額としては時間外労働がいくらなされてもそれによる増額が生じないという事態をどうみるかという本件の中心的な論点について、差戻後控訴審判旨が第一次上告審の示した判断基準からは微妙に逸脱した内容となっていることから、「最高裁でこのまま認容される見通しは高くない」と記した。結果はまさにそのとおりとなっており、第二次差戻後控訴審では、本件判旨が網羅的に示した最高裁の考え方を十分に咀嚼したうえで、あらためて適切な具体的処理を行うことが求められている。
  2. ⑵  本件判旨は、差戻後控訴審判決を退けるにあたって、上記3においてその判断内容を要約しているが、4⑴及び⑵は、この要約に即して丁寧に差戻後控訴審判決の誤りを指摘する構造となっている。すなわち、右要約によれば、差戻後控訴審判決は、①本件割増金が労基法37条の割増賃金とみなされ、また②歩合給⑴と⑵が通常の労働時間の賃金に当たるとみなすことができることから、本件では、割増賃金と通常の労働時間の賃金を判別することが可能であると判断しているところ、最高裁は、①、②のいずれもが容認し得ないとの判断を示した。
     まず、4⑴は、これまで最高裁が明示してきた判断基準を網羅し、労基法37条の趣旨(4⑴①)と、同条により割増賃金が支払われたとみなしうるための条件(4⑴②~④)とを再確認している。そして4⑵において、これらの判断基準に照らせば、本件の割増金をそのまま労基法37条の割増賃金とみなすことはできず、また、そうであれば、割増金において労基法37条の割増賃金と通常の労働時間とを判別することができないことから、本件では割増賃金が支払われたことにならないと断じているのである。この論理は、4⑴の一般論と4⑵の具体的判断が正確に対応する構造となっており、この構造を前提として初めて明確な理解が可能となるものであるところに本件判旨の特徴を読みとることができる。
     具体的には、4⑵①及び②は、仮に差戻後控訴審判決がいうように本件割増金を労基法37条の割増賃金であると解すると、本件における歩合給⑴と同⑵の算定の仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で、その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、労基法37条の趣旨に沿うものとはいい難いことになる(4⑵①)のみならず、「法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したもの」となってしまう(4⑵②)として、そもそも割増金を労基法37条の割増賃金とみなすことはできないことを示している。
     そのうえで、上記のように割増金がそのまま時間外労働に対する対価だとするとそれだけで労基法37条の趣旨に反してしまうので、割増金の趣旨をそうではないものとみなしうる可能性を検討すると、歩合給として支払われるべき賃金を名目のみ割増金として置き換えたものとの解釈も可能であるといえる。しかしそうだとすると、その割増金は実質的に通常の労働時間の賃金である歩合給⑴として支払われるべき賃金を含んでいることとなる(4⑵③)。そして、割増金がそのような性格のものとして解されるとすれば、割増金の中で割増賃金部分と通常の労働時間の賃金との判別がつかないといわざるを得ず、そうである以上、本件では労基法37条の割増賃金が支払われたことにならない、と結論づけているのである。要するに、4⑴①を前提とすれば本件割増金を労基法37条の割増賃金とみなすことはできず、さらにそうだとすれば、4⑴③及び④の一般論からして、本件において割増賃金と通常の労働時間の賃金が判別できるとはいえないという帰結が導かれざるを得ない、というのが本件判旨の論理展開とそこから導かれる結論である。
     そのうえで本件判旨は、本件割増金は以上の検討からして労基法37条の割増賃金に当たるとはいえず、通常の労働時間の賃金であると解されるので、本件では労基法37条の割増賃金が支払われたものとはいえないと結論づけ、あらためて割増賃金額を算定すべく差し戻した。
     本件判旨は周到に考えられた内容であり、これまでの最高裁判決で示された判断内容をあらためて確認する意味でも有益であることは疑えない。ただ、本件判旨4⑴の①及び②に比べると、割増金の性格とその法的評価を論じた同③及び④は若干わかりにくい。たとえば、「歩合給として支払われるべき賃金を名目のみ割増金として置き換え」たという理解は、そこでいう歩合給は本件歩合給⑴のように割増金を含んだものではないことを前提としていることとなり、「歩合給」の具体的な意味があらためて問われることとなろう。これは、本件割増金が「通常の労働時間の賃金である歩合給⑴として支払われるべき部分を相当程度含んでいる」とする④についても指摘しうる疑念である。
     第二次差戻審の最も中心的な課題の一つは、本件判旨がいうように本件割増金の中に割増賃金部分も含まれているとすれば、それをどう確定し、また未払割増賃金の算定に反映させるか、という点であろう。また、本件判旨は、本件歩合給の仕組みによるXらへの賃金の支払により労基法37条による割増賃金の支払がなされたとはいえない、と判断しているだけであって、本件賃金規則の有効性について直接の具体的判断を示してはいない。実務上は普及している本件賃金規則による歩合給⑴及び⑵のような仕組みが、労働契約上の仕組みとして有効になりうる可能性の有無等は、なお今後に残された課題といえよう。さらに、労基法37条の趣旨として、時間外労働等についての労働者への補償に加えて、割増賃金を支払わせることで使用者に経済的負担を負わせ、時間外労働の抑止効果をもたらすことも含まれているとの解釈※7の妥当性や、判例もまた、単に割増賃金部分の通常の労働時間の賃金との判別可能性のみならず、割増賃金が支払われることによる長時間労働への経済的抑止効果も重視してきた※8こととの整合性など、さらに検討を要する課題の多くはなお解決されていないといわざるを得ない。


(掲載日 2020年4月6日)

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