判例コラム

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第190号 科学的証拠の意味 ― 揺さぶられっ子症候群と傷害致死罪

~大阪高判令和元年10月25日 傷害致死被告事件※1

文献番号 2020WLJCC002
日本大学大学院法務研究科 客員教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント

 被告人が、生後2か月の孫の頭部に強い衝撃を与えて急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ、脳機能不全により死亡させたとして起訴された傷害致死の事案につき、第一審※2が懲役5年6月に処したのに対し、控訴審の大阪高裁は無罪を言い渡した。第一審は、急性硬膜下血腫等が外力によると認定し、そのような外力を加えうるのは被告人以外ないということで有罪を導いたが、内因性の脳静脈洞血栓症とDIC(播種性血管内凝固症候群)であった可能性が否定できないとし、被告人が同児の死亡に結びつくような暴行を加えたことを積極的に推認できるような状況も見当たらないとして、原判決を破棄し無罪を言い渡した。

Ⅱ 事実の概要

 本件公訴事実の要旨は、被告人は、平成28年4月6日午後2時20分頃から同日午後4時50分頃までの間に、被告人の娘であるAの自宅マンションにおいて、Aの次女であるB(当時生後2か月。)に対し、その頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行を加え、よって、Bに急性硬膜下血腫、くも膜下出血、眼底出血等の傷害を負わせ、同年7月23日、高槻市内の病院において、Bを前記傷害に起因する脳機能不全により死亡させたというものである。
 第一審は、公判前整理手続の結果、Bの受傷原因が外力によるものであることは争いのない事実と整理し、争点を、被告人が、Bの頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行を加えたか否かに絞り込んだ。当初弁護人の反対もなかったわけではないが、結局、犯人性のみを争うことになった。 そして、審理の結果、硬膜下血腫、脳浮腫、網膜出血が生じた機序が、頭部を揺さぶられるなどして回転性の外力が加わることにより生じたもの、いわゆるSBS(揺さぶられっ子症候群)であるとされ、これを前提に、Bが受傷した時間帯に、Bと一緒にいてBにそのような外力を加えられた(加害行為)可能性がある者は、被告人とBの姉(当時2歳2か月)のみであり、Bの姉による加害が否定される以上、本件の犯人は被告人以外にはいないと認定した。
  第一審裁判所は、C医師及びD医師の各供述等に依拠して、①Bは、急性硬膜下血腫、多発性のくも膜下出血、びまん性脳損傷に続発した脳浮腫、両目の広範囲にわたる多発多層性網膜出血等の傷害を負い、その頭部外傷等の重症度に鑑みると、受傷直後から意識障害に陥り、その後は、母乳を飲んだり、泣いたりすることができなかった、②Bの受傷原因は、硬膜下血腫等を引き起こす内因性の病態が確認されないことから、外因によるものであり、局所的な受傷ではないこと等に照らし、Bの傷害は、頭部を揺さぶられるなどして回転性の外力が加わることにより生じたもので、その外力の程度は、5㎝の振り幅で1秒間に3往復揺さぶるといった、成人が全力で揺さぶる程度の強い衝撃を受けて受傷したものである、③Bの受傷時期は、被告人が本件マンションを訪れた平成28年4月6日午後2時20分頃から、その後Aが帰宅した午後4時50分頃までの間である、④この時間帯に、Bの頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行を加えることのできた人物は被告人以外にはいない、などと認定し、被告人の年齢や体格等を踏まえても、被告人がそのような暴行を加えることが著しく困難であるとは認められないとして、結論として、被告人がBに暴行を加えて死亡させた犯人であると認定し、被告人を懲役5年6月に処した。
  これに対し、控訴審の弁護人は、「症状の原因が外力によるもの」という第一審での前提を問題とし、Bが死亡するに至った真の原因は、外力ではなく、脳静脈洞血栓症であり、少なくともその合理的な疑いが残ると主張し、第一審は、脳静脈洞血栓症の可能性を何ら検討することなく、SBS理論に依拠したC医師、D医師の証言のみを根拠に、被告人による揺さぶりが原因であると断定しており、他の証拠を一切無視した事実認定は、論理則・経験則に反するもので、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとしたのである。
 まず、症状の原因が外傷であるとすると、Bが病院に搬送された直後の血液検査のデータの説明がつかないか、または、説明が非常に困難であるとして、症状の原因が外傷であるという前提が誤りである可能性が高いと主張する。そして、Bの症状の原因は、内因性の脳静脈洞血栓症やこれによって引き起こされたDIC(播種性血管内凝固症候群)である可能性がある(少なくともその合理的な疑いが残る)と主張する。その根拠としては、内因性の脳静脈洞血栓症、DICは、①病院に搬送された直後のBの血液データ、②CT画像、③Bの症状と整合していることを挙げる。また、④Bの治療経過も脳静脈洞血栓症の発症と矛盾せず、⑤脳静脈洞血栓症、DICにより、くも膜下出血が生じた可能性も否定できないし、⑥仮に硬膜下血腫が生じていたとしても、脳静脈洞血栓症によって生じた可能性は否定できないとし、⑦網膜出血、胞状網膜剥離も、脳静脈洞血栓症、DICが原因と考えて矛盾しないので、⑧脳浮腫も、脳静脈洞血栓症によって生じたとして説明できるとした。

Ⅲ 判旨

 控訴審の大阪高裁は、弁護人の所論を踏まえ、弁護人が請求した、脳神経外科を専門とする医師2名(E医師及びF医師)、脳神経内科を専門とする医師1名(G医師)の証人尋問、検察官が請求した、小児科を専門とする医師(原審でも証言しているC医師)の再度の証人尋問等の事実の取調べを行った結果、「医学的にみて、Bの症状の原因が、所論のいう内因性の脳静脈洞血栓症等である可能性を否定できない(少なくともその合理的な疑いが残る。)から、原判決は、その事実認定の前提(Bの症状は外力によるものである。)において、誤っている可能性があり、この点のみでも、原判決の事実認定は大きく揺らいでいる。」と判示した。さらに、原判決が外力によると認定した根拠についても、「外力によるものと認定できるだけの基礎的事情を認めることはできず、さらに、Bが体調の異常を来したとされる当時の状況を検討しても、被告人がBに対し、Bの死亡に結びつくような暴行を加えたことを積極的に推認できるような状況は見当たらない。」と判示した。
 まず、医学的視点に関し、検察官が、臨床経験に基づく証言ができるのはC医師で、C証言は極めて信用性が高いのに対し、E医師及びF医師の各証言はいずれも信用できないと主張したのに対し、E医師及びF医師は、その学識、経歴や豊富な実績に照らすと、脳神経外科学に関する専門的知見を述べる証人として、共に十分な資質を備えているとし、E証言は、Bの血液データが、重症頭部外傷事例と比較して顕著な特異性を有することを、根拠となる医学論文の客観的なデータを示して説明するもので、合理的かつ説得的な内容であり、信用性が高いと認めることができる。
 その上で、「Bが脳静脈洞血栓症であったことについて、Bの血液データが整合し、その後の治療経過も矛盾するものではない」というE医師及びF医師の証言は合理性を有し、さらに「BのCT画像は、脳静脈洞血栓症に特徴的な所見と矛盾するものではないことは明らかといえる」とした。
 またE医師は、呼吸障害、意識障害といった当日のBの症状は、脳静脈洞血栓症の症状と矛盾はなく、比較的早期に病態が進行することもあり得ると証言し、F医師も同旨の証言をしており、医学的知見や経験に基づくもので信用性が認められる。そうすると、Bは、内因性の脳静脈洞血栓症を発症したことにより、急激に症状が悪化するという本件における展開をたどったのではないかという疑いが生じる。
 これに対し、検察官は、C証言に依拠し、小児における内因性の脳静脈洞血栓症は、病態が完成するまでには通常は数日かかるのに対し、Bは、あまりに急激な経過をたどっており、上記発症経過と整合しないと主張するが、E医師は、血栓が雪だるま式に膨れてくるため、1日ないし1日以内とか、半日ぐらいの時間をかけて、徐々に血栓ができてきた可能性を指摘したのであり、F医師も、臨床経験上、成人で、1日前まで、あるいは、当日朝まで何もなかったという人が、突然、脳静脈洞血栓症で搬送され、くも膜下出血や脳出血を生じているようなケースを見ていると証言しており、成人で見られるのであれば、よりか弱い乳児の場合に起こり得ないとする理由はないとした。この点、C医師は、Bのような急激な発症経過をたどった例は、「一例も報告がない」とするが、起こり得ない発症経過であると断定する点は必ずしも信用できないとした。
 また、検察官が、脳静脈洞血栓症は、カナダの統計では10万人に対して0.67人の発症率とされているなど、極めてまれな症状であるとした点についても、「どれだけ確率的にまれな疾患であっても、相応の根拠を持って脳静脈洞血栓症である可能性が指摘されていれば、出現の確率が極めて低いことのみを理由に、脳静脈洞血栓症ではないと結論付けることが許されないことは疑いない」とした。
 医学的視点に関しては、「Bの症状が外力によるものではなく、内因性の脳静脈洞血栓症とDICによるものである合理的な可能性が認められる。とりわけ、Bの血液データは、どちらかといえば、Bの症状が外力によるものであるとすると矛盾する方向にあることも否定できない」と結論づけた。
 以上の医学的な検討に加えて、「当時の被告人、被害者等の関係者の状況、事件現場の状況等も相応に考慮して、検討することも必要である」とし、「被告人の立場や本件当時の状況に照らすと、被告人には、Bが泣き止まないことなどに苛立ちや怒りを抱くといった児童虐待事案に見られるような動機が見当たらず、家庭環境的な虐待のリスクもうかがわれず、Bを揺さぶったことをうかがわせるような事情は見当たらない」し、「また、…被告人の年齢、体格からくる体力を考えても、前述の被告人の立場や経緯、本件現場の状況等に照らしても、被告人がこのような揺さぶり行為に及ぶと考えるのは、相当不自然である」とし、「社会的な事実として、被告人がBに対し、公訴事実記載の揺さぶりなど頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行に及んだとすることには、多大な疑問がある」とした。
 結論として「Bの症状の原因が外傷によるものであることを前提とした点においても、弁護人の主張に対する判断として、医学的視点以外の事情を検討した内容においても、論理則、経験則に照らして不合理であり、さらに、Bの症状の原因は、内因性の脳静脈洞血栓症とDICであった可能性が具体的に認められる。  被告人が、Bに対し、揺さぶりなど頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行を加えた犯人であるとした原審の認定には、合理的な疑いが生じている。事実誤認の論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない」と判示した。

Ⅳ コメント

  •  本件は、祖母による孫の傷害致死事件で、しかも第一審の懲役5年6月が、無罪となったという意味でも、社会的に、またネットでも注目を浴びた判決である。本件第一審の大阪地判平成29年10月2日(WestlawJapan文献番号2017WLJPCA10026004)の登場直後の2017年10月25日に、「SBS検証プロジェクト」(http://shakenbaby-review.com/)が、控訴審の弁護人の一人である秋田真志弁護士や大学教授などにより立ち上げられた。
  •  法的判断において、科学的証拠の扱いは、従来から困難な課題であった。科学的議論に関し「素人」の法曹は、事件後「十分な勉強」をするにせよ、基本的に専門家の意見を覆すことは困難である。最も科学的な証拠の問題となる「責任能力」の判断においても、専門家の意見は、事実上強い影響力を持つ。責任能力は、「法的判断」であることがはっきりしていて、「司法精神医療の専門家の意見を考慮しつつも、最終的に法律家が判断する」ということが強調されているが、実際には医師の意見は強い力を持っている。まして、本件のような「死因」の医学的機序については、医師の意見は重い。
  •  問題は、専門家にもいろいろ「立場」があり、どの専門家を選ぶかで、結論が決定されてくるという点である。本件も、基本的には、第一審の有罪判決が採用した、小児科学の専門家であるC証人の鑑定を合理的なものと考えるか、控訴審で証言した 脳神経外科を専門とする医師2名(E医師及びF医師)、脳神経内科を専門とする医師1名(G医師)の指摘を何処まで重視するかにより、結論が分かれたといってもよい。
  •  日本の小児科学会では、「Shaken Baby Syndrome」を「乳幼児揺さぶられ症候群」と呼び、重視してきた。「2歳以下の乳幼児」は、頭が大きく、しかも頭を支える筋力が弱いため、激しく揺さぶることで頭もさらに激しく揺れ動き、赤ちゃんの頭蓋骨と脳が何度もぶつかり、血管などが引きちぎられ、脳や目に深刻な損傷を引き起こし、ひいては死に至る場合も有り、「首の座らない赤ちゃんを強く揺さぶったり、揺れの激しい乗り物に乗せたりすることは危険であり、避けるべきだ」ということは、この言葉が定着するずっと前から、子育ての常識とされてきたとされている。その意味で、被害者の死因が他に考えがたいので、第一審が、小児科学の専門家の意見に従い「被告人が揺すったのではないか」と推認し、それを覆す事情が認められないので、「被告人が犯人であるということが、合理的な疑いを生じない程度に立証された」としたものといえよう。
  •  それに対し控訴審は、「本件は、Bの突然の症状出現に端を発していることから、その発症のメカニズムの解明、換言すれば、医学的な検討なしには事案の解明はできない。しかし、医学的な解明とはいっても、どこまで解明できるかは事案によるし、ある程度承認された知見であっても、絶対ではないこと、ましてや見解につき争いがある場合には、相当程度慎重に取り扱う必要があることは、これまでの医学的検討をみても了解できることである」と判示したのである。
  •  控訴審は、「Bの症状が外力によるものとすることもできないし、被告人とBの関係、経緯、体力等といった事情から、被告人がBに暴行を加えると推認できるような事情もない。むしろ、医学的視点以外からの考察では、被告人がBに暴行を加えることを一般的には想定し難い事件であったといえる」として、無罪を導いた。たしかに、本件の争点の核心部分は、「客観的な事情から、Bの症状が外力によるものと推認することができるか」にある。必ずしも「外力によるものと確定できる必要」はない。
  •  たしかに、外力によるものか「不確定」な場合には、「被告人とBの関係、経緯、体力等といった事情から、被告人がBに暴行を加えると推認できるか否か」を判断しなければならない。ただ不確定といっても、「外力による可能性」には程度がある。本件の最大の争点は、C医師(証人)とE医師(証人)のいずれの証言の信用性を、どの程度高く評価したかにある。控訴審が、「Bの症状が外力によるものとすることもできない」と断じた根拠といってもよい。
  •  裏返すと、内因性の脳静脈洞血栓症とDICであった可能性の証拠関係である。もとより、検察側の立証とは意味が違うが、検察側の脳静脈洞血栓症は極めてまれな症状であるとの外国の統計に基づく指摘に対し、控訴審はデータが10年近く前のものであるとした上で、「どれだけ確率的にまれな疾患であっても・・・・、出現の確率が極めて低いことのみを理由に、脳静脈洞血栓症ではないと結論付けることが許されないことは疑いない」として、退けている。C医師が、Bのような急激な発症経過をたどった脳静脈洞血栓症例の報告はないとしたのに対し、控訴審は「C医師が世界中のあらゆる文献を精査したのかは疑問」であり、その証言には自ずと限界があるとした。
  •  証言の信用性の評価などは、裁判官の専権事項であり、それ自体に異を唱えるものではないが、「規範的評価」の根拠は、わかりやすく示さなければならない。今後も科学的証拠の評価は、より一層争点化していく可能性が高い。法律家が「いずれの科学的言明を信用しうるか」を判断するには、その根拠とプロセスを透明化する作業を積み上げていく必要があろう。専門という「蛸壺」は、全く不要とまではいえないが、相互の情報交流の必要性はますます高まる。ネット化した情報化社会の現在、それに応じた裁判所(さらには、検察、警察、弁護人)の情報収集「義務」が生じてきているように思われる。


(掲載日 2020年1月9日)

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