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文献番号 2019WLJCC028
日本大学大学院法務研究科 客員教授
前田 雅英
Ⅰ 判例のポイント
ユーチューブの再生回数を増やすため、当時の妻と共謀の上、「いたずらどっきり」画像を撮影しようと、F市内のF警察署駅前交番前歩道上において、同交番勤務の警察官の面前で、覚せい剤様に偽装した白色結晶粉末在中のチャック付きポリ袋を故意に落として、これを拾って逃走し、同警察官に、違法薬物を所持した犯人が逃走を図ったと誤信させて被告人を追跡させる状況を動画撮影しようとした事案である。編集した4分弱の動画を作成してユーチューブに投稿しこれが大きく報道されたため、逮捕され偽計業務妨害罪で起訴された。
争点は、被告人側の、「警察官の一連の対応は、警察の通常業務であり、かつ、覚せい剤事犯の取締りという権力的公務であるから、偽計業務妨害罪の『業務』に当たらない」という主張の当否である。
Ⅱ 事実の概要
被告人は、平成29年8月23日ないし翌24日頃、覚せい剤に見せかけたグラニュー糖入りのポリ袋を通行人の前で落とし、更には警察官の前で落としてわざと逃走し、その者らの反応を撮影したいたずら動画を投稿することを思い付き、Y(当時の妻)を説得して、撮影役を引き受けさせた。
被告人は、ポリ袋を通行人の前で落とすなどの行為を繰り返し、その様子を撮影させたが、思うような状況を撮ることができなかった。そこで、警察官の前でポリ袋を落として逃げ出し、その様子を撮影しようと考え、両腕に入れた入れ墨があえて見えるよう黒色タンクトップを着るなどして不審者を装って交番を訪れ、対応に当たったC臨時相談員に地理案内を求める振りをし、打合せどおりYからかかってきた電話に応じて、ポケットから携帯電話機を取り出すとともにポリ袋1個を歩道上に落とした。
本件交番内で別件対応中であったA警部補は、被告人が本件ポリ袋を落とした様子を現認し、その形状等から覚せい剤事犯の容疑があると考えて、職務質問等を行おうと外に出、被告人が同ポリ袋を拾い上げると同時に全力で走り出したため、その後を追ったところ、被告人はA警部補の制止の警告にしばらく従わず逃走を続けたが、同警部補に確保された。被告人は、現場に臨場したパトカー内で職務質問を受け、本件ポリ袋の中身の検査に応じて、覚せい剤予備試験試薬による予試験が行われたが、結果は陰性であった。そして、被告人は、同行されたF署で取調べを受け、尿を任意提出したが、その予試験では違法薬物の陽性反応は現れず、午後7時25分、被告人の身柄がYに引き渡された。
以上の行為の結果、被告人を被疑者とする覚せい剤所持の事案が認知され、被告人に対する職務質問等のため、F署当直員の警察官11名、A警部補ら本件交番を含む交番勤務の警察官8名並びに県警本部所属の警察官8名及び警察職員1名が被告人の逃走現場に臨場するなどして職務に従事し、これらの警察職員は、この間、刑事当直、警ら活動、交番勤務等当時従事すべきであった業務を行うことができなかった。
この事実に関し第一審の福井簡判平成30年5月21日※2は偽計業務妨害罪の成立を認め、被告人を罰金40万円に処した。
これに対し、被告人側は、①被告人に対する警察官の一連の対応は、警察の通常業務であり、かつ、覚せい剤事犯の取締りという権力的公務であるから、偽計業務妨害罪の「業務」に当たらず、②本件業務は、覚せい剤事犯の取締りという強制力を伴う権力的公務と表裏一体のもので権力的公務と評価されるべきであり、③本件行為は覚せい剤の怖さの啓発を目的とする動画撮影のためのものであり、表現行為として違法性が阻却され、④偽計による公務の妨害行為に対しては、軽犯罪法1条31号、同条16号に当たるとして処罰されることはあっても、偽計業務妨害罪の適用の余地はないなどと主張し、控訴した。
しかし、名古屋高裁金沢支判平成30年10月30日※3は、以下のように判示して控訴を棄却した。
第一審判決が認定した偽計業務妨害の対象業務は、あくまで、被告人の本件行為がなければ遂行されたはずの警察職員の刑事当直等の業務(本件業務)であり、逃走現場への臨場や被告人の任意同行、取調べ等の本件捜査ではないから、①の主張は妥当でない。
②については、確かに、本件強制力を行使する権力的公務である捜査が行われたことで、関係する警察職員の本件「業務」の遂行が妨害されたのであり、両者は表裏一体の関係にあるとみることはできるが、両者を分けて考えることは可能であり、業務妨害罪における「業務」とは、現実に執行している業務にとどまらず、その業務を行う者が遂行すべき業務も含むものと解するのが相当であるから、本件捜査を行わなければ遂行していたはずであった警察職員の職務を除外すべき理由はない。
③本件行為は、ユーチューブにおける再生回数等の増加を見込む、専ら私益のためのものであることは明らかで、態様についても、相応の準備をして撮影等を繰り返し、警察職員の業務遂行に看過し難い支障を生じさせた悪質なもので、実際に投稿した動画内容に照らしても、覚せい剤の害悪を啓蒙するための表現活動とは到底みることができない。そして、④本件行為は、単なる悪ふざけの域を超えており、その目的及び態様に照らしても違法性は高いというべきであるから、軽犯罪法ではなく偽計業務妨害罪を適用した原判決の判断は相当である。
被告人側は、実質的に控訴の際とほぼ同様の理由から上告した。
Ⅲ 判旨
「上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって本件に適切でないか、引用の判例が所論のような趣旨を示したものではないから前提を欠き、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。よって、同法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」として、上告を棄却した。
Ⅳ コメント
(掲載日 2019年10月31日)