判例コラム

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第180号 マリカー事件知財高裁中間判決雑感 

他人の商品表示とは?キャラクターと商品表示性、不競法の差止と著作権侵害に基づく差止など
~~知財高裁令和元年5月30日中間判決※1~~

文献番号 2019WLJCC025
弁護士法人苗村法律事務所 ※2
弁護士、ニューヨーク州弁護士
苗村 博子

1.はじめに

 マリオカートのゲームに登場するキャラクターのコスチュームに身を包み公道をカートで走る、いわゆるマリカー事件において、控訴審による中間判決が出された。一審判決※3 及びこの控訴審中間判決、いずれも判決文に書かれていないところに当事者代理人、裁判所の深謀遠慮が垣間見えるようで、大変興味深い判決である。新聞等でも取りあげられた判決で、そろそろ様々に評釈されるようになって来たが、雑感と書かせていただいたとおり、判決で大きな争点とされなかった点に焦点を当てて、本件を見てみたい。


2.訴え、判決の趣旨

 一審の被告らが実際に行っていた行為については皆さんよくご存じのことと思うが、実は、訴訟においては、一審、控訴審ともに、誰が何をしたのかが第1の大きな争点となっていた。それはさておき、任天堂(一審原告)が求めたのは、マリオカート、マリカーを一審原告の商品表示、マリオ、ルイージ、ヨッシー、クッパのゲームにでてくるキャラクターの絵を本件表現物として、これらを用いた商号や宣伝物、動画、衣装レンタルといった営業を、不正競争防止法2条1項1号、2号にかかる不正競争行為として、これに対する差止と、本件表現物についてはその複製、翻案の差止、それに、maricar.●●といったドメインネームの差止と損害賠償請求である。
 一審では、原告文字表示、本件表現物いずれも商品表示として認め、これらを使った被告の営業行為全般の差止、ドメインネームの差止を認めたが、漠とした広い差止を認める必要性がないとし、また本件表現物と類似するコスチュームの貸与行為は不競法の下での差止で功を奏するから、これで足りているとの趣旨を示して本件表現物が著作物か否かという判断をしなかった。控訴審の中間判決では、不競法2条1項、1、2号について判断されたが、文字表示については、マリカーではなく、マリオカートだけについて本件表示として検討し、マリオカートと一審被告の標章マリカーの類似性を認めて、一審判決と同様に広く差止を許した。ドメインネームについては、マリカーを一審原告表示として、その類似性を判断した。著作権侵害に基づく差止請求については、一審判決と同様、判断をしていない。

3.マリオカートとマリカー(文字表示の問題)

(1)マリカーは一審原告の表示か
 一審判決、控訴審中間判決のいずれにも、この点が争いになったとは書かれていないし、一審はマリカーが原告の表示だとして、これと、被告標章のマリカーの類似性は明らかと判断した。控訴審中間判決は、あからさまにその点に疑義を述べていないが、マリカーの周知性について述べるくだりで、『文字表示マリカーは、一審原告自身が「マリオカート」の略称として用いていたものではないものの』と記述しており、また一審判決と異なり、マリオカートの文字表示について、不競法2条1項1、2号の周知性、著名性を論述したうえで、マリオカートと一審被告標章との類比に頁を割いて、マリオカートの商品表示に対する侵害を認めている。控訴審には、「マリカー」が一審原告の表示といえるかについて何らかの思惑があったようにも見える※4
 マリカーが一審被告のものか否かが争点にならなかったのは、一審被告らが一審、控訴審を通じてこの点を争わなかったからであろうし、弁論主義の観点からは、裁判所だけがこの点を争点化することがないのも当然である。
(2)自らが主体的に周知化、著名化させたものでない表示
 しかし、一審原告が自ら用いなかったマリカーの表示が一審原告の表示といえるかはすぐに需要者の間で略称が用いられる日本では検討しておいてよい問題である。本件では、控訴審中間判決の言うとおり、マリオカートとマリカーには類似性があると考えられ、私は、不正競争行為を認めた控訴審中間判決の結論に何の異存もない。しかし、不正競争行為をあおるわけではないが、もし一審被告の行為が、マリオカートとは類似性が少なく、略称マリカーとは類似性を有する、たとえばマリカリンなど(全くセンスのない例で恐縮である)の名称を使用していたらどうだろうか?
 不競法2条1項1号は、「他人の商品表示」を用いてその商品表示と誤認混同を生じさせる行為を禁じている。ここで、「他人の」という表現は、他人の有するという意味であると一般には理解されている※5 。略称は、需要者の間で自然発生的に生まれてくるものであり、本来の名称を付した商品やサービスを提供する者は、必ずしもこの略称を用いるとは限らない。略称を使ってしまうと本来の名称がわからなくなるという問題もありうる。本件でもゲーム雑誌や、一般人のツイッターでは、「マリカー」の略称が用いられていたものの一審原告自体はマリカーといわず、マリオカートと呼んでいたものと思われる。
 このような自然発生的な略称と類似の標章を用いて、それと誤認混同させるような不正競争行為が行われていた場合、誰がこのような不正競争行為に対して、是正を求められるのか、それは差止権者や損害賠償請求権者が本来の商標、標章の保有者なのかという問題であるともいえ、これまであまり検討されてきていない論点なのではないかと思われる。もともとの商標や標章の保有者は迷惑をこうむるが、最も迷惑をこうむるのは需要者なのである。景表法と異なり、不競法には、クラスアクションのような差止権者は認められていないから、本来の商標、標章の保有者が差止を求めて、自らの商品・サービスの顧客である需要者の迷惑を防止するというのは十分な合理性がある。ただし、損害賠償請求権はどうか、この略称を不正競争行為により、利益を得た者からその不当な利益を奪うということも、損害賠償義務を認める意義の一つだとすると※6、このような利益を不正競争者から吐き出させることは必要であるが、もともとの商標、標章の保有者にすべての賠償金を振り分けるべきかは、考えどころである。略称を育ててくれたともいえる需要者に一定の還元をなしうる制度があればよいが、かような制度は日本にはなく、賠償金を得た、もともとの商標・標章の保有者から何らかの形で需要者に還元してもらうことになろうか。


4.キャラクターは、商品表示か著作物か?

 次に気になったのは、本件表現物、マリオやルイージなどのキャラクターをどのような権利の保護対象とするかである。一審原告は一審では、これらのマリオカートのゲームに登場するキャラクターを、本件表現物として、不競法の商品表示の一つとして提示し、一審被告のカートに乗る際のコスチュームの使用の差止と、著作物であるとしてその複製、翻案の差止を求めた。
 原告代理人として考えるとき、かようなキャラクターをどの法律の保護対象と位置づけるかは、頭を悩ますところである。まず、キャラクターの不競法上の商品表示性について、一定の要件充足への検討必要となる。では、著作権法上の保護を求める方が有利かといえば、この数年、Tripp Trapp事件など応用美術について、純粋美術と区別するのでなく、思想、感情が創作的に表現されていればよいとする向きはあるとはいうものの、判例の動向は必ずしも一貫しているわけではなく、やはり商品として用いられるキャラクターの場合越えるべきハードルは相応に高い※7
 一審原告は、不競法上の保護と著作権法上の保護の両方を求めていたが、一審判決は、本件表現物に商品表示性を認め、不競法上の差止を命じたうえで、求められている著作権法上の差止の範囲が広すぎるとして、差止の必要性の要件が満たされていないとして、また不競法上の差止を認めれば、求められている著作権法上の保護も包含して与えられているとして、本件表現物の著作物性に踏み込まなかった。また控訴審中間判決も、一審原告が一審判決で広範に過ぎるといわれた差止の範囲をコスチュームの貸与行為と限定したが、著作権侵害に対する差止として求められていることは、不競法に基づく差止の範囲内であるとして、著作権侵害については判断しなかった。
 キャラクターと著作権についてはこれまでも多くの判例があるところだが、ファービー事件※8や、海洋堂フィギュア事件※9など、Tripp Trapp事件控訴審判決※10 以前の判例を見る限り、商品として用いられているキャラクターには、純粋美術と同視しうる程度の芸術性が要求されてきた。本件では、マリオやルイージ等の正面、側面、斜め上から見た絵柄を本件表現物として不競法2条1項1号の周知商品表示だとして主張している以上、これを著作権法の観点から見た場合に、応用美術に属するものであることは一審原告自らが自認しているところである。したがって、マリオやルイージといったキャラクターも、純粋美術と同程度の高い創作性を要求されれば、著作物でないと判断される可能性もあるといわなければならない。いずれの判決も著作物性の議論に踏み込まなかったのは、マリオやルイージという世界的にも認知度の高い絵柄について、著作物性の議論を提示したくないというような深謀遠慮があったのではないかと、思っている。
 キューピー事件 ※11などから見ると、商品化されているキャラクターであっても、大量生産する前に、キャラクターデザイナー自身が商品化とは別の目的でキャラクターの像を戯れに作成したとして、応用美術性を免れることが出来るようにも思われる。現実に、後に商品化することを予定しても、まずは、小説や漫画などのキャラクターとして設定したうえで、商品化するなど、応用美術に関する議論を避けつつ、戦略的にキャラクターの著作物性を獲得する知財戦略をとっているという企業もあるようである。ただしマリオやルイージは、昭和58年のマリオブラザーズから一審原告が一貫して用いているキャラクターで、一審原告が、マリオブラザーズを発表する前に、そのような手段をとっていたかどうかは、一審判決からは判然としない。著作権侵害による差止を求めるより、周知商品表示としてその誤認混同行為に対する差止で満足させようとするのは、賢明な判断であるように思える。


5.キャラクターの商品表示性

 最後に、本件表現物が商品表示であることについては、一審被告が強く争っていないことから一審判決では、特に検討されずに、認められている。控訴審中間判決においては、「本来的に商品の出所表示機能を有さない商品の形態とは異なり、キャラクターが商品等表示足り得るためには、その性質上、特別顕著性は必ずしも必要ないというべきであって、一審被告らの主張はその前提を欠く。」として、本件表現物の商品表示性を認めた。これまでキャラクターを不競法上の商品等表示として検討した事案は多くはないが、ポパイ事件で、キャラクターの商品表示性が認められている※12 。またキャラクターとはしていないが、ゲーム映像について、古くは、スペース・インベーダー事件などでも商品表示性が認められてはいる※13。そして、私はこの控訴審中間判決の結論に異論を唱えるものではない。ただ、キャラクターは、不競法2条1項1号に例示列挙されているものではなく、出所表示機能をそれ自体に備えているものではないから、直ちに特別顕著性は不要だと切り捨てるのは乱暴なように思われる。マリオや、ルイージの絵柄はともかく、ヨッシーやクッパの絵柄は、マリオカートの商品を表すとしてセカンダリー・ミーニングを有しているかは、相応に検討が必要なように思われる。ただ検討し始めると商品表示性が認められるか、認められたとして著名性まで認められるのかに相当の頁数を要することにもなりかねず、マリオ、ルイージの絵柄と一体としての評価がなされたのかもしれない。
 控訴審中間判決は、一審被告の本件で問題となった行為については、その代表者は、一審原告の文字表示や本件表現物が、著名性を有することを知って本件行為に及んだと判断しており、全体としての悪性が高いとして、少し商品表示性の要件のハードルを下げて判断したようにも思われる。


(掲載日 2019年9月30日)

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