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文献番号 2019WLJCC021
日本大学大学院法務研究科 客員教授
前田 雅英
Ⅰ 判例のポイント
平成29年6月に発生した、東名高速道路であおり運転により停車させられた被害者4人が、走行車両と衝突し死傷した事故に関し、自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)の成否が問われた事件の第1審判決である。被告人(26歳)は、この他にも、3件※2の事件に関し起訴され、懲役18年(求刑懲役23年)を言い渡された。
Ⅱ 事実の概要
特に注目されたのは、東名高速道路上における以下の公訴事実(概要)についての処断である。
被告人は、平成29年6月5日午後9時半頃、普通乗用自動車(被告人車両)を運転し東名高速道路パーキングエリアにおいてC(当時45歳)から駐車方法を非難されたことに憤慨し、同人が乗車するD(当時39歳)運転の普通乗用自動車(D運転車両)を停止させようと企て、同車の通行を妨害する目的で追い越して同車直前の同車両通行帯上に車線変更し、減速して自車をD運転車両に著しく接近させる行為を3回繰り返した上、さらに、衝突を避けるために第3車両通行帯に車線変更したD運転車両直前の同車両通行帯上に重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約63㎞の速度で車線変更した上、時速約29㎞まで減速して自車をD運転車両に著しく接近させたことにより、午後9時34分頃、Dをして、高速道路上で車を停止することを余儀なくさせ、午後9時36分頃、同所において、同車の後方から進行してきた大型貨物自動車前部をE(当時15歳)及びF(当時11歳)が乗車していたD運転車両後部に衝突させて同車を押し出させ、同車左側部をその前方で停止していた自車右後部に衝突させるなどするとともに、これらいずれかの車両をD運転車両付近にいたC及びDに衝突させ、よって、C及びDをそれぞれ死亡させるとともに、E及びFにそれぞれ傷害を負わせており、同日午後9時34分頃には、自動車道下り54.8キロポスト先路上において、Cの胸ぐらをつかむなどの暴行を加えていたというものである。
Ⅲ 判旨
横浜地裁は、公訴事実記載の日時場所において、被告人が被告人車両を運転してD運転車両に対し、公訴事実記載の運転行為に及んだこと、被告人車両及びD運転車両が停車中、D運転車両及び被告人車両に大型貨物自動車が衝突するなどし、公訴事実記載の死傷結果が生じたこと、及び危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法2条4号)に関し、公訴事実記載の被告人の運転行為のうち、被告人が4度目にD運転車両前方に車線変更した上、減速して自車をD運転車両に著しく接近させるまでの行為が同罪の実行行為に当たることには争いがないとした上で、検察官が、「4度の妨害運転後に更に減速して直前停止行為に及んだという一連一体の運転行為が危険運転致死傷罪の実行行為である」と主張した点に関しては、「直前停止行為は同罪の実行行為には該当しない」と判示した。
すなわち、危険運転致死傷罪は、重大な死傷事故を惹起する危険性の高い類型の運転行為を実行行為として抽出し、これに該当する運転行為により人を死傷させた場合に限って特に重く処罰する趣旨であり、自動車運転処罰法2条4号所定の重大な交通の危険を生じさせる速度の下限も「概ね時速約20㎞ないし30㎞程度」であり、直前停止行為、すなわち、時速0㎞で停止することは、「大きな事故が生じる速度又は大きな事故になることを回避することが困難な速度であると認められないことは明らか」と判示した。
その上で、危険運転行為と死傷結果との因果関係については、被告人は、「D運転車両を停止させてCに文句を言いたいとの一貫した意思のもとで、それ自体D運転車両及びその他の車両の衝突等による重大な人身事故につながる重大な危険性を有する4度の妨害運転に及んだ。そして、被告人は、4度目の妨害運転後にも減速を続けて自車を停止させたものであるから、直前停止行為は4度の妨害運転と密接に関連する行為といえる」とした上で、「被告人の4度目の妨害運転の際の被告人車両の進入・接近状況、減速状況や当時の交通量からすると、前方の被告人車両の減速に対して回避行動をとることは困難であったといえ、被告人の4度の妨害運転により、D運転車両は停止せざるを得なかったというべきである。さらに、両車両の停車状態からすれば、D運転車両が被告人車両を避けて前方に逃れるのは困難であり、被告人車両がD運転車両の前方に停止したためにD運転車両は停止し続けることを余儀なくされたということができる。また、被告人の妨害運転により、D運転車両を運転するDは恐怖や焦り等から冷静な判断が困難になっていたと認められることからすれば、D運転車両が4度の妨害運転によって第3車両通行帯上に停止し、かつ、停止を継続したことが、不自然、不相当であるとはいえない」。
「本件事故現場は、片側3車線の高速道路の追越車線に当たる第3車両通行帯で、本件事故現場には照明灯が設置されているとはいえ当時は夜間であったこと、本件事故現場付近は相応の交通量があったことを踏まえれば、高速道路を走行する車両は、通常、車線上に停止車両がないことを前提に走行しているのであるから、D運転車両の後続車は停止車両の確認が遅れがちとなり、その結果、後続車が衝突を回避する措置をとることが遅れて追突する可能性は高く、かつ、一旦そのような事故が発生した場合のCらの生命身体に対する危険性は極めて高かったと認められる。
また、本件事故は、被告人車両及びD運転車両が停止してから2分後、被告人がCに暴行を加えるなどした後、被告人車両に戻る際に発生したもので、前記の追突可能性が何ら解消していない状況下のものであった」とし、「本件事故は、被告人の4度の妨害運転及びこれと密接に関連した直前停止行為、Cに対する暴行等に誘発されて生じたものといえる」とし、被告人の妨害運転とCらの死傷結果との間の因果関係が認められるとして、被告人に対して自動車運転処罰法2条4号の危険運転致死傷罪の成立を認めた。
Ⅳ コメント
(掲載日 2019年8月8日)