判例コラム

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第176号 あおり運転等により高速道路上に停車させる行為と危険運転致死傷罪 

~横浜地判平成30年12月14日 危険運転致死傷、暴行(予備的訴因監禁致死傷)、器物損壊、強要未遂被告事件※1

文献番号 2019WLJCC021
日本大学大学院法務研究科 客員教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント

 平成29年6月に発生した、東名高速道路であおり運転により停車させられた被害者4人が、走行車両と衝突し死傷した事故に関し、自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)の成否が問われた事件の第1審判決である。被告人(26歳)は、この他にも、3件※2の事件に関し起訴され、懲役18年(求刑懲役23年)を言い渡された。

Ⅱ 事実の概要

 特に注目されたのは、東名高速道路上における以下の公訴事実(概要)についての処断である。
 被告人は、平成29年6月5日午後9時半頃、普通乗用自動車(被告人車両)を運転し東名高速道路パーキングエリアにおいてC(当時45歳)から駐車方法を非難されたことに憤慨し、同人が乗車するD(当時39歳)運転の普通乗用自動車(D運転車両)を停止させようと企て、同車の通行を妨害する目的で追い越して同車直前の同車両通行帯上に車線変更し、減速して自車をD運転車両に著しく接近させる行為を3回繰り返した上、さらに、衝突を避けるために第3車両通行帯に車線変更したD運転車両直前の同車両通行帯上に重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約63㎞の速度で車線変更した上、時速約29㎞まで減速して自車をD運転車両に著しく接近させたことにより、午後9時34分頃、Dをして、高速道路上で車を停止することを余儀なくさせ、午後9時36分頃、同所において、同車の後方から進行してきた大型貨物自動車前部をE(当時15歳)及びF(当時11歳)が乗車していたD運転車両後部に衝突させて同車を押し出させ、同車左側部をその前方で停止していた自車右後部に衝突させるなどするとともに、これらいずれかの車両をD運転車両付近にいたC及びDに衝突させ、よって、C及びDをそれぞれ死亡させるとともに、E及びFにそれぞれ傷害を負わせており、同日午後9時34分頃には、自動車道下り54.8キロポスト先路上において、Cの胸ぐらをつかむなどの暴行を加えていたというものである。

Ⅲ 判旨

 横浜地裁は、公訴事実記載の日時場所において、被告人が被告人車両を運転してD運転車両に対し、公訴事実記載の運転行為に及んだこと、被告人車両及びD運転車両が停車中、D運転車両及び被告人車両に大型貨物自動車が衝突するなどし、公訴事実記載の死傷結果が生じたこと、及び危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法2条4号)に関し、公訴事実記載の被告人の運転行為のうち、被告人が4度目にD運転車両前方に車線変更した上、減速して自車をD運転車両に著しく接近させるまでの行為が同罪の実行行為に当たることには争いがないとした上で、検察官が、「4度の妨害運転後に更に減速して直前停止行為に及んだという一連一体の運転行為が危険運転致死傷罪の実行行為である」と主張した点に関しては、「直前停止行為は同罪の実行行為には該当しない」と判示した。
  すなわち、危険運転致死傷罪は、重大な死傷事故を惹起する危険性の高い類型の運転行為を実行行為として抽出し、これに該当する運転行為により人を死傷させた場合に限って特に重く処罰する趣旨であり、自動車運転処罰法2条4号所定の重大な交通の危険を生じさせる速度の下限も「概ね時速約20㎞ないし30㎞程度」であり、直前停止行為、すなわち、時速0㎞で停止することは、「大きな事故が生じる速度又は大きな事故になることを回避することが困難な速度であると認められないことは明らか」と判示した。
  その上で、危険運転行為と死傷結果との因果関係については、被告人は、「D運転車両を停止させてCに文句を言いたいとの一貫した意思のもとで、それ自体D運転車両及びその他の車両の衝突等による重大な人身事故につながる重大な危険性を有する4度の妨害運転に及んだ。そして、被告人は、4度目の妨害運転後にも減速を続けて自車を停止させたものであるから、直前停止行為は4度の妨害運転と密接に関連する行為といえる」とした上で、「被告人の4度目の妨害運転の際の被告人車両の進入・接近状況、減速状況や当時の交通量からすると、前方の被告人車両の減速に対して回避行動をとることは困難であったといえ、被告人の4度の妨害運転により、D運転車両は停止せざるを得なかったというべきである。さらに、両車両の停車状態からすれば、D運転車両が被告人車両を避けて前方に逃れるのは困難であり、被告人車両がD運転車両の前方に停止したためにD運転車両は停止し続けることを余儀なくされたということができる。また、被告人の妨害運転により、D運転車両を運転するDは恐怖や焦り等から冷静な判断が困難になっていたと認められることからすれば、D運転車両が4度の妨害運転によって第3車両通行帯上に停止し、かつ、停止を継続したことが、不自然、不相当であるとはいえない」。
 「本件事故現場は、片側3車線の高速道路の追越車線に当たる第3車両通行帯で、本件事故現場には照明灯が設置されているとはいえ当時は夜間であったこと、本件事故現場付近は相応の交通量があったことを踏まえれば、高速道路を走行する車両は、通常、車線上に停止車両がないことを前提に走行しているのであるから、D運転車両の後続車は停止車両の確認が遅れがちとなり、その結果、後続車が衝突を回避する措置をとることが遅れて追突する可能性は高く、かつ、一旦そのような事故が発生した場合のCらの生命身体に対する危険性は極めて高かったと認められる。
 また、本件事故は、被告人車両及びD運転車両が停止してから2分後、被告人がCに暴行を加えるなどした後、被告人車両に戻る際に発生したもので、前記の追突可能性が何ら解消していない状況下のものであった」とし、「本件事故は、被告人の4度の妨害運転及びこれと密接に関連した直前停止行為、Cに対する暴行等に誘発されて生じたものといえる」とし、被告人の妨害運転とCらの死傷結果との間の因果関係が認められるとして、被告人に対して自動車運転処罰法2条4号の危険運転致死傷罪の成立を認めた。

Ⅳ コメント

  •  本件は、被疑者(被告人)の幅寄せ行為の危険性・悪辣性やその被害の悲惨さに関するマスコミ報道により、刑事裁判の結論が非常に注目された事件である。
     これまでも、飲酒運転や無免許運転など悪質・危険な運転行為による死傷事犯の発生を契機として、自動車交通事故の罰則は見直されてきた。まず、業務上過失致死傷罪で対応し、その法定刑を重くして対処してきたが、さらに平成19年6月に自動車運転過失致死傷罪が新設され、業務上過失致死傷罪より重い法定刑が科されることになった。
     一方、「過失」としての処罰を超えた要請が高まり故意の危険運転行為により意図しない人の死傷の結果が生じたときに成立する危険運転致死傷罪が、平成13年12月から刑法208条の2として施行されてきた。死亡事故の場合、懲役20年までの処罰が可能となった(併合罪などの場合30年まで加重できる)。
     それでも、悪質な、当罰性の高い事案の発生が絶え無いため、①準危険運転致死傷罪を新設し、②無免許の場合の刑を加重し、③アルコール等の影響による事故であることの発覚を免脱する行為を禁圧すること等を目指して立法されたのが、平成26年5月に施行された自動車運転処罰法である。自動車運転過失致死傷罪を刑法典から移し、危険運転行為が6つの類型に増やされた。
  •  自動車運転処罰法2条の危険運転致死傷罪は、故意に危険な運転行為を行った結果として人を死傷させた者を、暴行により人を死傷させた者に準じて故意犯として処罰する。
     本条1号の危険運転行為は、アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させて人を死傷させた類型である。2号は、進行を制御することが困難な高速度による運転で、3号は進行を制御する技能を有しない、運転技量が極めて未熟な場合である。
     本件が問題となったのは、4号の「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」に該当するかである。人又は車の通行を妨害する目的(相手に急な回避措置をとらせるなど、自由かつ安全な通行を妨げることを意図)で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近したことは争いがない。問題は、危険速度(重大な交通の危険を生じさせる速度)で自動車を運転し、人を死傷させた場合にあたるかであった。
  •  検察官が、「4度の妨害運転後に更に減速して直前停止行為に及んだという一連一体の運転行為が危険運転致死傷罪の実行行為である」と主張した点に関しては、「直前停止行為は同罪の実行行為には該当しない」と判示した。それは、後述の「死傷結果との因果関係」を認定する上で、停止行為が重要であると考えたからである。車が停止し、かつ、停止を継続したことが、衝突による死傷結果を導いたのである。
     しかし、横浜地裁は、「停止=時速0㎞」の走行は危険運転たり得ないとしたのである。危険運転致死傷罪は、特に重大な死傷事故を惹起する危険性の高い類型の運転行為を実行行為として抽出し重く処罰する趣旨であり、4号も危険速度の運転が重要な構成要件要素であり、危険速度の下限は「概ね時速約20㎞ないし30㎞程度」であり、時速0㎞ではこれに該当しないことは明らかだとした。
  •  確かに、形式的な解釈論からは、「重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」という文言には、時速0㎞は含み得ないようにも見える。しかし、最低速度が法定され(道路交通法75条の4)、停車又は駐車が禁止されている(同法75条の8)という高速道路の特質を考慮すれば、高速道路上においては低速走行や停止行為も「危険速度」にあたるとの検察官の主張も十分な説得性がある。高速道路で「他車を停止せざるをえない速度・態様」で運転することは危険運転と解すべきであり4号の「通行妨害目的危険運転行為」の典型とすら言ってよいように思われるのである。確かに立法担当者には、そのような想定が欠けていたかもしれないが、制定された法文の解釈として、「重大な交通の危険を生じさせる速度」に時速0㎞を含めることは、明らかに法文の埒外とまではいえないのである。
  •  本罪が成立するためには、他人(同乗者を含む)に傷害を負わせ、死亡させることが必要である。すなわち、危険運転行為と傷害の結果の間に因果関係が認められる必要がある。そして、横浜地裁は、「4度目の妨害運転で時速約29㎞まで減速して自車をD運転車両に著しく接近させた」という危険運転行為と死傷結果の間の因果関係を認めたのである。
     ここで、注目すべきなのは、「4度目の妨害運転後にも減速を続けて自車を停止させた」という点を重視している点である。そして、直前停止行為は4度の妨害運転と密接に関連する行為といえるとしている。さらに、「被告人車両がD運転車両の前方に停止したためにD運転車両は停止し続けることを余儀なくされたということができる」とも認定している。確かに、被告人の妨害運転により、D運転車両を運転するDは恐怖や焦り等から冷静な判断が困難になっていたと認められることも重要である。そうだとすれば、4度の妨害運転行為と最終的な「直前停止行為」という一連の危険運転行為により、本件事故が誘発され、死傷結果を生ぜしめたとする方が自然であるように思われる。
     ただ、いずれにせよ、本件事案に、自動車運転処罰法2条4号の危険運転致死傷罪の成立を認めたことは妥当である。


(掲載日 2019年8月8日)

  • 本件判決の詳細は、横浜地判平成30年12月14日WestlawJapan文献番号2018WLJPCA12149006を参照。
  • 第1に被告人が起訴されたのは、平成29年5月8日午後8時15分頃、Y県S市の道路を普通乗用自動車を運転して走行中、Aの運転する普通貨物自動車に追い越されたことに憤慨し、パッシングし、クラクションを鳴らし、同車の進路前方に自車を停車させるなどの行為を繰り返し、A運転車両が停車した後、同運転席側窓ガラス及びフロントガラスを手で叩きながら、「けんかうっとるんか。」「出てこい。」などと怒号して降車を要求した強要の事案と、第2に、同月9日午前1時頃、S市の国道191号線上において、B所有の普通乗用自動車の運転席ドアを3回足蹴りして損壊した事案、第3に、同年8月21日午後零時30分頃、Y市付近道路を普通乗用自動車を運転して走行中、G運転の普通貨物自動車に追い抜かれたことに憤慨し、約10分間、同車の進路前方に車線変更した上、減速する行為を繰り返し、自車をG運転車両に幅寄せしながら同車の助手席側ドアを手で叩くなどし、同日午後零時40分頃、同所先道路上に同車が停車した後、助手席側及び運転席側窓ガラスを手で叩きながら、「降りてこいちゃ。」「出てこいちゃ。」と怒号するなどして降車を強要した事案である。

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