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文献番号 2019WLJCC017
同志社大学 教授
高杉 直
1.はじめに
外国の裁判所で、日本企業を被告とする一定額の金銭の支払を求める訴えが提起された場合、当該日本企業として、どのように対応すべきか。当該外国の国内に相当な資産を有する場合には、敗訴すれば当該資産に対する強制執行がされるため、当該外国裁判所で徹底的に戦わざるを得ない。しかし、当該外国には資産がなく、日本国内にしか資産がない場合には、将来的にも当該外国との関わりをもつことを考えないのであれば、費用と手間のかかる外国での訴訟に応ぜず、無視してしまうという方法も考えられ得る。というのは、たとえ外国裁判所で敗訴して一定額の金銭の支払を命ずる判決が下されたとしても、当該外国で強制執行ができない(空振りに終わる)からである。
ただし、注意しなければならないのは、たとえ外国裁判所の判決であっても、一定の条件を満たす場合には、日本国内で強制執行が可能となる点である。すなわち、民事執行法(民執法)22条6号は、「確定した執行判決のある外国裁判所の判決」を債務名義としており、民執法24条に従って、日本の裁判所で外国判決に対する執行判決を得た場合には、日本国内でも外国判決に基づく強制執行が可能なのである。この執行判決を求める日本の裁判所での訴訟の手続においては、外国での訴訟の内容に関する審理はされず(実質的再審査の禁止。平成30年法律第20号改正前の民執法24条2項、改正後は4項を参照。)、民事訴訟法(民訴法)118条に定める外国判決の承認要件が満たされているか否かだけが審理されることになる。従って、民訴法118条の要件を具備することになると想定される場合には、たとえ日本国内にしか資産を有しないときであっても、外国での訴訟で敗訴しないよう応訴せざるを得ないことになる※2。
本件は、外国裁判所での訴訟に途中から対応せず、被告欠席のままで敗訴判決が下された後、当該外国判決の送達がなされなかったことを理由に、民訴法118条3号の「訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと」(手続的公序)という要件の具備が争われた事案である。
2.事実の概要
米国カリフォルニア州法人Xとその代表等(以下「Xら」という。)は、平成25年(2013年)3月、米国カリフォルニア州オレンジ郡上位裁判所(以下「本件外国裁判所」という。)に対し、日本法人Yほか数名を被告として損害賠償を求める訴えを提起した。Yは、弁護士Aを代理人に選任して応訴したが、弁護士Aは、訴訟手続の途中で本件外国裁判所の許可を得て辞任した。Yがその後の期日に出頭しなかったため、Xらの申立てにより、手続の進行を怠ったことを理由とする欠席(デフォルト)の登録がされた。
本件外国裁判所は、Xらの申立てにより、平成27年(2015年)3月、Yに対し、約27万5500米国ドルの支払を命ずる、カリフォルニア州民事訴訟法上の欠席判決(デフォルト・ジャッジメント。以下「本件外国判決」という。)を言い渡し、本件外国判決は、同月、本件外国裁判所において登録された。Xらの代理人弁護士は、平成27年(2015年)3月、Yに対し、本件外国判決に関し、判決書の写しを添付した判決登録通知(本件通知)を、誤った住所を宛先として普通郵便で発送した。本件通知がYに届いたとはいえない。Yは、本件外国判決の登録の日から180日の控訴期間内に控訴せず、その他の不服申立ても所定期間内にしなかったことから、本件外国判決は確定した。なお、カリフォルニア州の民事訴訟制度の下においては、判決は裁判所において登録され、原則として当事者の一方が他方に対し判決登録通知を送達することとされ、判決に対する控訴期間は遅くとも判決登録の日から180日を経過することにより満了するものとされている。
そこで、Xらは、日本の裁判所で、本件外国判決の執行判決を求める訴えを提起した。
3.第1審
第1審(大阪地裁※3)は、次のように判示し、Xらの請求を(一部)認容した。
(1)「我が国において外国裁判所の確定判決の効力が認められる要件を定めた民事訴訟法118条は、防御の機会を十分に与えられないで敗訴した被告を保護する趣旨から、敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これを類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したことを要求している(2号)一方、その他の裁判書類については、同様の要件を要求していない。そうすると、敗訴した被告に防御の機会が十分に与えられていなかったと認めるに足りる特段の事情がある場合は格別、判決書を含む裁判書類につき、送達条約に基づき、日本語訳を付した送達がなされていないとしても、それだけで直ちに、外国裁判所の訴訟手続が日本における公の秩序に反するとはいえない。」
(2)「もっとも、本件全証拠によっても、Yの本件外国事件の代理人の辞任後、本件外国事件の裁判書類が、日本語訳を付してYに送達されたことは認められず、本件外国事件の判決書以外の裁判書類につき、Yが送付を受けていたとも認められないことは確かである。」
(3)「しかし、証拠〈略〉及び弁論の全趣旨によれば、Xらの本件外国事件の代理人は、平成27年3月17日、カリフォルニア州民事訴訟法に基づき、本件外国事件の共同被告の代理人に対し、郵便及び電子メールで、本件外国判決に係る……通知を送達した上、同年4月6日にYの総務部長に対して予告のメールを送った後、同月7日に訴外AのYに対する債権の転付命令を申し立てたが、その後、Yは、本件外国判決の確定前の同年5月14日、第三者がこの転付命令の申立てに異議を申し立てた手続に陳述書を提出していることが認められる。これらの事情からすると、Yは、遅くとも上記陳述書を提出した時点においては、本件外国判決の存在及びその内容を了知し、少なくとも了知し得たはずであり、その後、本件外国判決が確定するまでの約4か月間……に、本件外国判決に対して上訴し、更に防御を尽くすこともできたはずである。そうすると、本件外国事件に係る訴訟手続につき、敗訴した被告に防御の機会が十分に与えられていなかったと認めるに足りる特段の事情があったとまではいえず、判決書等が被告に送達されていないとしても、その訴訟手続は、日本における公の秩序に反しないものと認めるのが相当である。」
4.原審 (控訴審)
これに対して原審(大阪高裁※4)は、次のように判示し、Xらの請求を棄却した。
(1)「裁判所の判断に対して不服を申し立てる権利は、法治国家における民事訴訟制度において一般的に承認されている当事者の基本的な権利であり、敗訴当事者に対する裁判の送達は、その不服を申し立てる権利の保障と直結する極めて重要な手続保障というべきである。日本における民事訴訟手続においても、判決や決定は、当事者に送達しなければならないものとされ(民事訴訟法255条)、送達時から不服申立期間が進行し(同法285条)、判決や決定の送達が無効なときには上訴期間が進行せず、送達を欠いたままの判決は執行力を欠くものと解されている。したがって、判決や決定の当事者に対する送達は、裁判所の判断に対して不服を申し立てる権利を手続的に保障するものとして、我が国の裁判制度を規律する法規範たる公の秩序の内容になっているものと解するのが相当である。」
(2)「本件通知……がYに対して送達された事実は認められず、したがって、Yに対して本件通知が送達されないまま確定した本件外国判決は、Yに不服申立ての機会が与えられなかったものというほかないのであって、その訴訟手続が日本における公の秩序に反し、民事訴訟法118条3号の要件を具備しないものというべきである。」
(3)「Y代表者は、本件外国事件について判決がされたことや判決の内容について一定の情報を得ていた可能性は否定できない。しかし、そのことから、Yが本件外国判決自体を入手し、又は、本件外国判決の内容及びその登録の事実を知っていたとまでは認定できないから、Yが、本件判決の送達を受けたのと同様に、本件外国判決について不服申立てをする十分な機会を与えられたとはいえない。」
これに対して、Xらが上告したのが本件である。
5.判旨(上告審)
破棄差戻。
1 (1)「外国裁判所の判決(以下「外国判決」という。)が民訴法118条により我が国においてその効力を認められるためには、判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないことが要件とされているところ、外国判決に係る訴訟手続が我が国の採用していない制度に基づくものを含むからといって、その一事をもって直ちに上記要件を満たさないということはできないが、それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものと認められる場合には、その外国判決に係る訴訟手続は、同条3号にいう公の秩序に反するというべきである(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。」
(2)「我が国の民訴法においては、判決書は当事者に送達しなければならないこととされ(255条)、判決に対する不服申立ては判決書の送達を受けた日から所定の不変期間内に提起しなければならず、判決は上記期間の満了前には確定しないこととされている(116条、285条、313条)。そして、送達は、裁判所の職権によって、送達すべき書類を受送達者に交付するか、少なくとも所定の同居者等に交付し又は送達すべき場所に差し置くことが原則とされ、当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れないなど上記の送達方法によることのできない事情のある場合に限り、公示送達等が例外的に許容されている(98条、101条、106条、107条、110条)。他方、外国判決が同法118条により我が国においてその効力を認められる要件としては、「訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達」を受けたことが掲げられている(同条2号)のに対し、判決の送達についてはそのような明示的な規定が置かれていない。
さらに、以上のような判決書の送達に関する手続規範は国ないし法域ごとに異なることが明らかであることを考え合わせると、外国判決に係る訴訟手続において、判決書の送達がされていないことの一事をもって直ちに民訴法118条3号にいう公の秩序に反するものと解することはできない。
もっとも、我が国の民訴法は、上記の原則的な送達方法によることのできない事情のある場合を除き、訴訟当事者に判決の内容を了知させ又は了知する機会を実質的に与えることにより、当該判決に対する不服申立ての機会を与えることを訴訟法秩序の根幹を成す重要な手続として保障しているものと解される。
したがって、外国判決に係る訴訟手続において、当該外国判決の内容を了知させることが可能であったにもかかわらず、実際には訴訟当事者にこれが了知されず又は了知する機会も実質的に与えられなかったことにより、不服申立ての機会が与えられないまま当該外国判決が確定した場合、その訴訟手続は、我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものとして、民訴法118条3号にいう公の秩序に反するということができる。」
2 「以上と異なる見解の下、本件外国判決の内容をYに了知させることが可能であったことがうかがわれる事情の下で、Yがその内容を了知し又は了知する機会が実質的に与えられることにより不服申立ての機会を与えられていたか否かについて検討することなく、その訴訟手続が民訴法118条3号にいう公の秩序に反するとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。」
6.本判決の意義
本判決の意義として、外国判決の送達がなされなかったことを、民訴法118条3号の「手続的公序違反」との関係でどのように評価すべきであるかという問題について、最高裁として一定の基準を明らかにした点が重要である※5 。以下、判決の内容を概観する。
(1)手続的公序違反の基準
判旨1(1)は、手続的公序違反の一般的な基準について、最二判平成9年7月11日(民集51巻6号2573頁)※6を引用し、「外国判決に係る訴訟手続が我が国の採用していない制度に基づくものを含むからといって、その一事をもって直ちに上記要件を満たさないということはできないが、それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものと認められる場合には、その外国判決に係る訴訟手続は、同条[民訴法118条]3号にいう公の秩序に反するというべきである」と判示する。すなわち、判決書の送達に関する制度が異なるからといって、直ちに公序違反とはならない旨を明らかにした。
(2)判決書が送達されていないことが公序に反するか
判旨1(2)は、「外国判決に係る訴訟手続において、判決書の送達がされていないことの一事をもって直ちに民訴法118条3号にいう公の秩序に反するものと解することはできない」と判示する。この理由として、①日本における判決書の送達についても、公示送達等が例外的に許容されていること、②訴訟の開始に必要な呼出等の送達は明示的な承認要件とされているが、判決書の送達については明示的な承認要件とはされていないこと、③判決書の送達に関する手続規範は国ないし法域ごとに異なることが明らかであることを挙げている。すなわち、判決書が送達されていないからといって、直ちに公序違反とはならない旨を明らかにした。
(3)判決書が送達されていないことが公序に反する場合
判旨1(2)は、「外国判決に係る訴訟手続において、当該外国判決の内容を了知させることが可能であったにもかかわらず、実際には訴訟当事者にこれが了知されず又は了知する機会も実質的に与えられなかったことにより、不服申立ての機会が与えられないまま当該外国判決が確定した場合、その訴訟手続は、我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものとして、民訴法118条3号にいう公の秩序に反するということができる」と判示する。この理由として、「我が国の民訴法は、上記の原則的な送達方法によることのできない事情のある場合を除き、訴訟当事者に判決の内容を了知させ又は了知する機会を実質的に与えることにより、当該判決に対する不服申立ての機会を与えることを訴訟法秩序の根幹を成す重要な手続として保障しているものと解される」ことを挙げる。すなわち、「判決に対する不服申立ての機会を与えること」が手続的公序の内容であり、従って、公序違反とならないためには、「訴訟当事者に判決の内容を了知させ又は了知する機会を実質的に与えること」が必要である旨を明らかにした。
本件では、Yに「判決の内容を了知させ又は了知する機会を実質的に与えること」ができていたか否かが問題となるが、「本件外国判決の内容をYに了知させることが可能であったことがうかがわれる事情」があったため、この点に関する更なる審理を要することから、破棄差戻となった。
学説上も、判決国における不服申立との関係で、「救済手段をとることが期待できなかった場合には、手続的公序違反になる」と指摘されていたところであり※7、本判決の判旨と結論は妥当なものであろう※8。
7.おわりに
以上のとおり、本件の最高裁判決により、判決書が送達されていなくとも、「判決の内容を了知させ又は了知する機会」が「実質的」に与えられている場合、言い換えれば不服申立の機会が与えられていた場合には、民訴法118条3号の「手続的公序」に違反せず、我が国で外国判決の執行が認められ得ることが明らかになった。我が国の企業が外国訴訟の被告となった場合に一定の行動指針を与えるものであり、今後の実務においても注意を要する。
(掲載日 2019年6月26日)
本判決の詳細は、最高裁第二小法廷平成31年1月18日判決Westlaw Japan文献番号2019WLJPCA01189001を参照。評釈として、長田真里「判批」『JCAジャーナル』66巻4号(2019)10頁、酒井一「判批」『法学教室』464号(2019)121頁。
外国判決の承認・執行の制度については、芳賀雅顯『外国判決の承認』(慶應義塾大学出版会、2018)を参照。
本判決の詳細は、大阪地裁平成28年11月30日判決Westlaw Japan文献番号2016WLJPCA11306028を参照。
本判決の詳細は、大阪高裁平成29年9月1日判決Westlaw Japan文献番号2017WLJPCA09016006を参照。
長田・前掲11頁。
本判決の詳細は、最高裁第二小法廷平成9年7月11日判決WestlawJapan文献番号1997WLJPCA07110002を参照。
兼子一ほか『条解民事訴訟法(第2版)』(弘文堂、2011)640頁-641頁[竹下守夫]などを参照。
長田・前掲15頁も同旨。