判例コラム

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第154号 父(夫)にのみ嫡出否認権を認める民法774条~776条の合憲性 

~個人の尊厳と両性の本質的平等が確保されるべきである(大阪高裁平成30年8月30日判決)~

文献番号 2018WLJCC030
おおとり総合法律事務所 弁護士
矢澤 昇治

大阪高裁平成30年8月30日判決(平成30年(ネ)第247号)損害賠償請求事件※1、原審・神戸地裁平成29年11月29日判決(平成28年(ワ)第1653号)※2

参照条文:「憲法」14条1項、24条2項、「民法」772条1項、774~776条、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」24条、「女子差別撤廃条約」18条(1)、24条、「児童の権利に関する条約」3条、7条など、「国家賠償法」1条1項


はじめに

 いまさらではあるが、法務省の担当者などの会議で「嫡出推定」のあり方が議論の対象となっているという※3。現行の民法には、明治時代の旧民法の規定を踏襲した結果、嫡出推定を否認する訴訟が存在し、その提訴権者は夫か元夫に限定されており、その期間も1年間に限定されている。妻や子にはその道が閉ざされているのだ。別の男性が実の父親であっても、戸籍には、法律上の父の子として記載される。この事態を避けるために、出生届を提出しないので「無戸籍」の者が生じている。
 評釈の対象となる本件は、わが国の憲法が個人の尊厳や両性の本質的平等を定めているにもかかわらず、子や妻または母の利益を斟酌せずに、時代錯誤的な旧民法の「嫡出推定」関連規定を墨守しているわが国司法が憲法や条約法に向かい合う消極的姿勢の問題性を検討する格好の素材である。

<判決要旨>

  1. 1 父(夫)にのみ嫡出否認の訴えの提訴権を認める区別には一応の合理性があり、民法774条から776条までの規定(本件各規定)は、憲法14条1項、24条2項に違反しない。
  2. 2 無戸籍児の問題は、戸籍、婚姻、嫡出推定及び嫡出否認等の家族制度をめぐる制度全体の中で解決を図るべき問題であって、無戸籍児の存在を理由に、父(夫)にのみ嫡出否認権を認める本件各規定を憲法14条1項、24条2項に違反するということはできない。

【目 次】
第1 事案の概要
第2 控訴人らの主張とそれらの主張に対する控訴審の判断
 1 控訴人らの主張
 2 控訴審の判断と結論
第3 予備的検討と参考資料
 1 日本国憲法と優生保護法
 2 非嫡出子が弱者として差別されたこと
 3 「子のため」の家族法が未確立であること
 4 最高裁平成26年7月17日判決(平成26年判例)
 5 最高裁大法廷平成27年12月16日判決(1)-憲法14条1項と同24条2項に関する合憲性と違憲審査基準について-
 6 最高裁大法廷平成27年12月16日判決(2)-立法不作為が国賠法1条1項の適用上の違法性の有無について-
 7 女子差別撤廃条約を遵守すべきであること
 8 国際人権規約B規約と児童の権利に関する条約も遵守すべきであること
第4 本判決の評釈

第1 事案の概要

 本件は、控訴人Dが夫Eから継続的に暴力を振るわれ離婚手続を取ることができないまま別居していたところ、Fと交際し控訴人Aを懐胎、出産した。FによるAの出生届は不受理とされ、DはEにAの存在を知られることを恐れてAの出生届を提出できなかった。DがAの出生届を提出しなかったため、Aは無戸籍となり、Aが無戸籍のまま控訴人B及び控訴人Cを出産し、B及びCも無戸籍となったことにつき、控訴人らが、父(夫)にのみ嫡出否認の訴えの提訴権を認める民法774条から776条までの規定(本件各規定)は、合理的な理由なく父と子及び夫と妻との間で差別的な取扱いをしており、憲法14条1項及び24条2項に違反すると主張し、国会(国会議員)が本件各規定を改正する立法措置をとらなかった立法不作為の違法を理由に、被控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づき、各損害賠償金55万円(慰謝料50万円、弁護士費用5万円)並びにこれに対するA及びDについてはAの出生の日から、B及びCについては各人の出生の日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原判決は、控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らが本件各控訴を提起した。
 控訴審の判決主文は、「1 本件各控訴を棄却する。2 控訴費用は控訴人らの負担とする。」である。

第2 控訴人らの主張とそれらの主張に対する控訴審の判断
1 控訴人らの主張

  1. (1)夫にのみ認められる嫡出否認権は夫に付与された特権である、嫡出推定規定の「早期に子の法律上の父を推定することで、子の保護を図る」側面からみても、「血のつながりを守る制度」としての側面からみても、妻や子に嫡出否認権を一切保障しないことに合理的な理由は存在しない。
  2. (2)DNA技術と医療技術の発達により嫡出否認権の行使を制限的に夫にのみ認めた民法制定当時の根拠は失われた。
  3. (3)妻や子に嫡出否認権が認められていないため、多数の無戸籍児が生まれ、重大な人権侵害が生じている。
  4. (4)最高裁判所平成26年7月17日第1小法廷判決・民集68巻6号547頁(平成26年判例)は、現在の嫡出推定制度と嫡出否認制度について法改正が求められる状態であることを明らかにしたものである。

2 控訴審の判断

  1. (1)妻との関係でみても、子との関係でみても、夫(父)にのみ嫡出否認権を認めるという区別に合理性があることは、訂正後の原判決「事実及び理由」第3の4(5)で説示するとおりである。
    原判決「事実及び理由」第3の4(5)
    :(ア)妻について
    1. a(a)妻は、嫡出否認権の行使が認められないとしても、そもそも、婚姻期間中、離婚後の待婚期間を通じ、不本意な嫡出推定が働かないよう、適切に懐胎の時期を選択する限り、嫡出否認の必要性は生じない。
    2. (b)妻が婚姻中、夫以外の男性の子を懐胎・出産した場合、その子は、夫の子であるとの嫡出推定を受け、夫が嫡出否認権を行使しない限り、夫との問に父子関係が成立する。妻としては、夫との婚姻を継続するのであれば、この事態を甘受することになる。嫡出推定が不本意であっても、これを前提として適切に対処することは不可能ではない。嫡出否認が認められた場合と比べ差異はあるが、これをいかに評価するかは、国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえた、国会の立法裁量に委ねられるべき問題と考えられる。
  2. (2)控訴人らは、DNA技術と医療技術の発達により嫡出否認権の行使を制限的に夫にのみ認めた民法制定当時の根拠は失われたとも主張するが、父子関係の確定は科学的な判定にのみ、又は科学的な判定に主として委ねられるものではない。技術の発達は、国会の立法裁量における考慮要素の一つにすぎない。
  3. (3)DV等で夫と接触したくないため出生届を提出しないといった事案では、正に嫡出推定が及ぶことが出生届を提出しない原因とされている(甲34の参議院総務委員会における議員の発言内容、甲77の名古屋家庭裁判所委員会における委員長の発言参照。なお、控訴人らが甲号証で指摘する国会の審議では、民法772条2項の「300日規定」に関する議論が多く行われており、これも嫡出推定の問題である。)。仮に妻や子に嫡出否認権が認められたとしても、父子関係の当事者である夫と全く没交渉のまま嫡出関係が否定できるとは考えられず、妻や子に嫡出否認権を認めることで無戸籍となるのを防ぐことができるのは一部にすぎないというべきである。
     また、本件の控訴人Dをみても、夫の暴力は一定程度続いていたものと推測され、一方、暴力を継続的に振るうことが離婚原因となることは争いがない。そうではあっても、控訴人Dが離婚手続をとることができなかったのであれば、それは実体法の問題ではなく、そのような妻に寄り添った離婚訴訟提起等への支援という訴訟手続上の問題であったと考えられる。
     無戸籍児の問題は、戸籍、婚姻、嫡出推定及び嫡出否認等の家族制度をめぐる制度全体の中で解決を図るべき問題であって、無戸籍児の存在を理由に、夫にのみ嫡出否認権を認める本件各規定を憲法14条1項、24条2項に違反するということはできない。
  4. (4)平成26年判例は、「民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには、夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる」と判示し、夫にのみ嫡出否認権が認められることの合理性を肯定している。平成26年判例を理由に、夫にのみ嫡出否認権を認める本件各規定が憲法14条1項、24条2項に違反することを基礎付けることはできない。

結論

 以上によれば、控訴人らの請求はいずれも理由がなく、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

第3 予備的検討と参考資料
1 日本国憲法と優生保護法

  1. (1)今、川崎協同病院女医殺人事件の上告審を担当していたときに入手した『灰色のバスがやってきた ― ナチ・ドイツの隠された障害者「安楽死」措置 ― 』※4を書架から取り出して読み直している。読者も知るように、ナチは、数百万人のユダヤ人を組織的に「社会から駆逐」するために殺害した。しかし、衝撃的なことは、これに留まらない。ノンフィクションである本書が記述するように、ヒトラーは、1933年、「遺伝疾患を持つ子孫を回避する法」を制定する。この法律は、8種類の遺伝疾患の者に加えて、重度のアルコール中毒者をも不妊措置の対象とした。かくして、ドイツ本国のみならず占領地の25万人を超える精神および身体障害児が「安楽死」させられた。この障害児を運送する「公共」患者を輸送したのが、「灰色のバス」である。
     敗戦後、わが国では、基本的人権を定めた日本国憲法が制定された。ところが、1948年に、現在、強制不妊手術の被害者が提訴して問題とされている優生保護法が制定される。この手術(断種・優生)は、任意ということではあるが、ハンセン氏病患者にも事実上強制された※5 。1952年の法改正では、任意の不妊手術の対象に遺伝性のない障害者に加えて、「浮浪者、あるいは、パンパンガール」の精神障害者を「文化国家建設」に反する存在であるとみなして、優生保護法の対象に組み入れ、これが「公益」に適うとされ、隔離政策の撤廃を求めるハンセン氏病患者の声は、「公共の福祉」の下にかき消されたのである。ハンセン氏病患者に対しては、2001年熊本地裁の国賠訴訟における国の敗訴判決※6 により、外観上、終止符を見た。1996年に優生保護法は母体保護法にすり替えられたが、政府は、現在でも、強制不妊手術の違憲性を認めていない。
  2. (2)ここで、ドイツとわが国における強制不妊措置や優生保護を取り上げた理由は、国家の弱者に対する基本的な対応を確認するためである。ドイツでは、第二次世界大戦の敗北により、非人道的な障碍児に対する待遇が改善されたことは、当然であるが、わが国では、平和憲法の下でも、優生保護法の制定により維持されてきた。では、婚姻外で出生した子への法的な対応はどのようであるか。このことが、本件を考慮する上で極めて肝要である。

2 非嫡出子が弱者として差別されたこと

 1896年に制定されたドイツ民法は、非嫡出子が母及び母のすべての血族と血族関係に立つが、その父とは、婚姻障害を生ずる場合を除き、血族関係を生じないと規定した(BGB 1589条2項)。かくして、非嫡出子は、法律上も明文規定により差別化され、社会において、冷遇される存在となった。第一次世界大戦後、ワイマール憲法は立法により非嫡出子と嫡出子とを同権にすべきことを規定したが、立法には至らなかった。ドイツ社会では、非嫡出子が弱者として差別され、この事態が定着した。
 非嫡出子と嫡出子の法的地位の調整のための大きな一歩が踏み出されたのは、第二次大戦後に制定されたボン基本法6条5項の憲法的要請に基づく、1969年「非嫡出子の法的地位に関する法律」の制定であった。しかし、血縁主義が捨てられ認知主義が採用され、生物学的な父を父として求めることが否定されたのである。1979年7月18日「親による配慮の権利の新たな規律の為の法律」が成立し、子の法的位置付けを親に対する関係でも強化することが盛り込まれた。改革の意思は用語にもあらわれ、「親による配慮」は「親権」となった※7
そして、欧州人権裁判所が1994年に、子のいる非婚共同体も含む広い家族概念を認めた※8 のに対し、連邦憲法裁判所は、長い間、婚姻家族の理想像を前にして婚姻関係にない父母と子の間に一つの家族を認めてこなかった。しかし、1995年になってようやく、連邦憲法裁判所は社会的な展開に反応し、条件付きながらも婚外子の父に基本法6条2項の親の権利を認め、完全に認めるに至った。かくして、1997年「親子関係法改正法」が制定され、この改正により嫡出子と非嫡出子(婚外子)の概念区別も廃止され、両者の間の法的差異は広く除去された。条文中に使用されてきた「嫡出子・婚外子」の用語は、「父母が婚姻しているとき・していないとき」という表現に変更された。同法は、父母婚姻中の共同監護と並び、離婚後および非婚カップルにも共同監護の道を開いたのである(1626条a 1項1号)。

3 「子のため」の家族法が未確立であること

  1. (1)では、わが国は、どのようであるか。筆者が私淑していた中川善之助先生は、わが国の親子法を、以下のように総括された。
     「親子関係を規律する法、すなわち親子法の眼目とするところは何であるか。
     家族制度の隆盛時にあつては、すべて親子法は「家のため」であつた。家の原理は、一つには家族協同の統制であり、二つには家系血縁の継続であつたから、先ず家父長の権威を擁護することに第1の眼目があり、良き子に家督の承継をさせることに第2の眼目があった。これが家族道義と一体となり、父の権威は至高絶対のものとなり、また嫡子は庶子とは比べものにならぬ高位におかれた。家督相続法――明治民法においてすら――が、男を絶対に女より優先させ、年長者を年少者に先んじさせたのなど、すべて家のためである。
     明治民法の時代においては、すでに家族制度が日を逐つて崩壊して行く情勢にあつたが、家父長制倫理の教育効果は意外に根強くはびこり、男子優越の長幼道徳意識は、かなり後世まで、民主的平等思想と到る処で相剋しながら、その生命を保つたのである。
     かかる趨勢から、子を嫡出と否とに区別する家族制度的な感情は次第に衰徴していつたが、それとは全然無関係に、新時代は別に婚姻尊重の思想を強く打ち出し、その結果、婚姻によつて生まれた子を、婚姻外に生まれた子と区別し、前者の利益を後者のため犠牲にしてはならないという思想が生まれて来た。親子法は、すべて家のためでも、親のためでもなく、ひとえに「子のため」の法であると考えられたが、ただ嫡出でない子は、嫡出の子に対する関係においてのみ、不利益な立場に立たされるということになった。この点の差別観については、絶えず社会の批判をうけ、したがつてまたその差別が少なくなりつつはあるのだが、まだ完全になくなるところまではいつていない実情である。」※9
     中川先生は、「家のため」から「親のため」、そして「子のため」の家族法の確立を希求していたにもかかわらず、法の下における平等(憲法14条1項)、個人の尊厳と両性の本質的平等(同24条2項)を謳う日本国憲法においても、家族主義と個人主義の相克と調和の中で、戦後の家族制度改革は妥協に満ちたものであり、家制度と家父長制が残存しており、内実には男尊女卑による女性(妻)の差別、そして、非嫡出子と嫡出子の厳格な差別などが現存していることを認めざるをえなかった。
     筆者は、わが国の戦後社会においても非嫡出子を残存させ、他の被差別者とともに、多様な弱者を差別社会として重層的に固定することにより、権力と支配の構造が堅固に維持されてきたと理解している。この事態を一日も早く解消しなければならない。
  2. (2)ここで中川先生の「親子法の基調」を引用したのには極めて重要な理由がある。民法772条の嫡出推定制度をめぐっては、「嫡出推定の及ばない子」の理論により、嫡出推定が排除される範囲が問題とされており、明治31年施行の旧民法を継受した嫡出推定制度を運用するために判例と実務が依拠したのが、我妻説※10 を転用した外観説であった※11。そして、この外観説は、伝統的な判例の支柱として、後述する最高裁平成26年7月17日判決(平成26年判例)においても厳格に適用されてきた。この外観説は、嫡出推定を例外的に否定するものであるが、子や母の利益の配慮から立論されたものでなかった。
     しかし、この外観説に対峙した学説が中川先生の提唱した血縁説であった※12 。この学説の核心は、子の最善の利益が子と生物学上の父との法律上の親子関係を形成することにあるという考え(真実主義)から主張されたものといいうる。確かに、血縁説は、当初、科学的証拠方法に乏しかったとは雖も、血液型の研究や遺伝学的父子鑑定が日に日に客観的に夫の子ではありえないことを判然とすることを可能にしてきた。既に、2009年段階でも15種のSTRを用いたDNA鑑定では、「夫と子との間の生物学的上の父子関係が認められないこと」を科学的証拠により、10の20乗(1垓)分の1の精度で鑑定できるという※13。今日、科学の進歩により親子関係の確定が争う余地がなくなるほどに証明可能となった。
  3. (3)しかるに、近年においては、家族の分野において、未だに外観説に基づく数多くの重要な最高裁判決が下されている。羅列すれば、以下のようである。
     代理出産に関する最高裁平成19年3月23日判決※14、国籍法に関する最高裁平成20年6月4日違憲判決※15、婚外子相続分差別違憲訴訟における最高裁大法廷平成25年9月4日決定※16、戸籍法に関する最高裁平成25年9月26日合憲判決※17、ついで、婚姻の自由と夫婦の同権の分野では、再婚禁止期間規定に関する最高裁大法廷平成27年12月16日違憲判決※18、夫婦別姓に関する最高裁大法廷平成27年12月16日判決※19、「親子関係」では、旧姓別変更審判後の嫡出推定に関する最高裁平成25年12月10日決定※20、DNA鑑定に基づく親子関係不存在確認請求に関する最高裁平成26年7月17日判決(平成26年判例)※21、認知者による認知無効請求に関する最高裁平成26年1月14日判決※22がある。
     そして、本件控訴審判決に対する最高裁判決が新たに加わるかもしれない。しかし、外観説に基づく、子の最善の利益をも度外視した、夫だけによる否認権の行使は合理性に欠け、本質的な両性の平等原則に反するといわなければならない。

4 最高裁平成26年7月17日判決(平成26年判例)

  1. (1)日本国憲法の下でも、嫡出推定に関する規定は、明治31年に施行された旧民法の規定と基本的に変わらない。日本国憲法は「家」制度を廃止したはずである。にもかかわらず、「家」制度の因襲的な嫡出否認の規定が残存した。そして、遺憾ながら、本判決と原判決が拠り所とした最高裁平成26年判例も、同様の考え方に基づいており、戸籍上の父の嫡出子とされている子が父に対して提起した親子関係不存在確認の訴えについて、本件訴えの適法性を肯定して、子(原告、被控訴人)の請求を認容した原判決を破棄し、第1審判決を取り消して、子の訴えを却下した※23
  2. (2)これに対して、結論には賛同する原審(札幌高裁)の判断※24は、次のようである。
     「嫡出推定が排除される場合を妻が夫の子を懐胎する可能性がないことが外観上明白な場合に限定することは、相当でない。民法が婚姻関係にある母が出産した子について父子関係を争うことを厳格に制限しようとした趣旨は、家庭内の秘密や平穏を保護するとともに、平穏な家庭で養育を受けるべき子の利益が不当に害されることを防止することにあると解されるから、このような趣旨が損なわれないような特段の事情が認められ、かつ、生物学上の親子関係の不存在が客観的に明らかな場合においては、嫡出推定が排除されるべきである。上告人と被上告人との間の生物学上の親子関係の不存在は科学的証拠により客観的かつ明白に証明されており、また、上告人と甲は既に離婚して別居し、被上告人が親権者である甲の下で監護されているなどの事情が認められるのであるから、本件においては嫡出推定が排除されると解するのが相当であり、本件訴えは適法というべきである」(下線による強調は、筆者)。
  3. (3)ところが、最高裁は、以下の理由で、原判決を退ける。
     「民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには、夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる(・・中略・・※25)。そして、夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり、かつ、夫と妻が既に離婚して別居し、子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、上記の事情が存在するからといって、同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず、親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。このように解すると、法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが、同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。
     もっとも、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について、妻がその子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には、上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから、同法774条以下の規定にかかわらず、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である(・・中略・・※26)。しかしながら、本件においては、甲(妻 〔筆者注〕)が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず、他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。
     以上によれば、本件訴えは不適法なものであるといわざるを得ず、これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、第1審判決を取り消し、本件訴えを却下すべきである」と(下線による強調は、筆者)。
  4. (4)筆者は、まず、従来から、最高裁の判決書の書方には疑問を抱いてきた。本件でも、その一端が示されている。すなわち、結論には「よって、裁判官金築誠志、同白木勇の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官櫻井龍子、同山浦善樹の各補足意見がある。」と記載される。しかし、明らかに、2名の反対意見があるのに、なぜ、裁判官全員一致の意見となるのか。これが最高裁の有り方ということであろう。
    最高裁平成26年判例は、DNA鑑定により生物学上の親子関係が明らかとなり、生物学上の父と子に新たな家庭の形成が認められたときといえども嫡出推定の排除を認めず、結局は立法による解決に委ねたのである。司法は、その果たすべき責務と使命を放棄した。
  5. (5)しかし、本件に関する意見中、筆者は、金築誠志裁判官と白木勇裁判官が表明する反対意見の結論に共感を抱くものである。その理由は、とりわけ、多数意見が採用するいわゆる我妻説を転用した外観説※27を積極的に展開させた子と生物学的な父との親子関係を肯定するために嫡出否認制度の例外を認め、父子関係不存在の主張を認めたことである。無論、筆者は、子と生物学的な父との親子関係を肯定する血縁説を肯定する真実主義に立脚する考え方が最善であると判断するのであるが。
     金築裁判官は、云う。
     「私は、科学的証拠により生物学上の父子関係が否定された場合は、それだけで親子関係不存在確認の訴えを認めてよいとするものではなく、本件のように、夫婦関係が破綻して子の出生の秘密が露わになっており、かつ、生物学上の父との間で法律上の親子関係を確保できる状況にあるという要件を満たす場合に、これを認めようとするものである。嫡出推定・否認制度による父子関係の確定の機能はその分後退することにはなるが、同制度の立法趣旨に実質的に反しない場合に限って例外を認めようというものであって、これにより同制度が空洞化するわけではない。形式的には嫡出推定が及ぶ場合について、実質的な観点を導入することにより、嫡出否認制度の例外を認めるという点では、外観説と異なるものではない」と。

5 最高裁大法廷平成27年12月16日判決(1)-憲法14条1項と同24条2項に関する合憲性と違憲審査基準について-

 本件を評釈するにあたり、憲法14条1項と同24条2項に関する合憲性と違憲審査基準が問題となるので、最高裁大法廷平成27年12月16日判決※28を取り上げる※29
  この判決では、民法733条1項の規定のうち100日の再婚禁止期間を設ける部分と同項の規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分が憲法14条1項に定める法の下における平等及び同24条2項に定める両性の本質的平等に反するか否か、また、上告人が、女性について6箇月の再婚禁止期間を定める民法733条1項の規定が憲法14条1項及び同24条2項に違反するとして、本件規定を改廃する立法措置をとらなかった立法不作為の違法を理由に、被上告人である国に対し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めているが、結論だけを示す。
 判決要旨は、

  1. 「1 民法733条1項の規定のうち100日の再婚禁止期間を設ける部分は、憲法14条1項、24条2項に違反しない。
  2. 2 民法733条1項の規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分は、平成20年当時において、憲法14条1項、24条2項に違反するに至っていた。
  3. 3 法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したものとして、例外的に、その立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがある。」である。
     要するに、本大法廷判決の結論は、民法733条の再婚禁止期間制限のうち100日を超える制限は憲法14条1項、同24条2項に違反するとして初の違憲判断を下しつつ、国賠請求については棄却した。これは、法律の違憲性の審査(憲法適合性審査)と国賠法上の違法性の判断とを区別するという従来の判例理論を踏襲し、さらに国賠法の違法性を認定する場合の条件についての平成17年9月14日在外国民選挙権訴訟※30における「例外」要件を前提として、国賠法上の違法はない、と結論したものである。
  本大法廷判決は、民法733条の再婚禁止期間制限規定の合憲性については、その立法目的が父性の推定の重複を回避し、もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあるとした。そして、女性の再婚後に生まれる子については、計算上100日の再婚禁止期間を設けることによって、父性の推定の重複が回避されることになる。夫婦間の子が嫡出子となることは婚姻による重要な効果であるところ、嫡出子について出産の時期を起点とする明確で画一的な基準から父性を推定し、父子関係を早期に定めて子の身分関係の法的安定を図る仕組みが設けられた趣旨に鑑みれば、父性の推定の重複を避けるため上記の100日について一律に女性の再婚を制約することは、婚姻及び家族に関する事項についで国会に認められる合理的な立法裁量の範囲を超えるものでないとして、立法目的との合理的関連性を肯定した。
  これに対して、民法733条1項の規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分は、平成20年当時において、婚姻及び家族に関する事項について国会に認められる合理的な立法裁量の範囲を超えるものとして、立法目的との関連において、合理性を欠くものになったと解し、この超過部分については、両性の平等に立脚するものでなく、憲法14条1項に違反し、同24条2項にも違反するに至っていた、と判示した。

6 最高裁大法廷平成27年12月16日判決(2)-立法不作為が国賠法1条1項の適用上の違法性の有無について-

  同事件において、上告人が、女性について6箇月の再婚禁止期間を定める民法733条1項の規定が憲法14条1項及び24条2項に違反するとして、本件規定を改廃する立法措置をとらなかった立法不作為の違法を理由に、被上告人である国に対し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めた事項についての判決要旨は、以下のようである。
 「法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したものとして、例外的に、その立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがある」※31
 これを前提に、本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるか否かについて検討された。
 その結論の要旨は、
 「平成20年当時において国会が民法733条1項の規定を改廃する立法措置をとらなかったことは、(1)同項の規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分が合理性を欠くに至ったのが昭和22年民法改正後の医療や科学技術の発達及び社会状況の変化等によるものであり、(2)平成7年には国会が同条を改廃しなかったことにつき直ちにその立法不作為が違法となる例外的な場合に当たると解する余地のないことは明らかであるとの最高裁判所第三小法廷の判断が示され、(3)その後も上記部分について違憲の問題が生ずるとの司法判断がされてこなかったなど判示の事情の下では、上記部分が違憲であることが国会にとって明白であったということは困難であり、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。」とした。

7 女子差別撤廃条約を遵守すべきであること

  1. (1)本件では、憲法が定める両性の本質的平等を実効性あらしめるために、女子差別撤廃条約の遵守がなされなければならない※32 。第二次世界大戦の悲劇の反省から、国際連合憲章が、基本的人権、人間の尊厳及び価値並びに男女の権利の平等に関する信念を改めて確認した。そして、国連経済社会理事会により設置された人権委員会及び婦人の地位委員会を中心として基本的人権の尊重、男女平等の実現について積極的な取り組みが行われ、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(A規約)、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(B規約)、また、「婦人の参政権に関する条約」が採択された。さらに、1967年、第22回国連総会において、「女子に対する差別の撤廃に関する宣言」が採択された。さらに、より有効な措置をとるべく、婦人の地位委員会において作成され、1980年、法的拘束力を有する新たな包括的な国際文書である女子差別撤廃条約が採択され、わが国も批准した。
  2. (2)この条約を管理、促進するための女子差別撤廃委員会(CEDAW)は、わが国に対して、婚姻最低年齢、離婚後の女性の再婚禁止期間、夫婦の氏の選択などに関する、差別的な規定を依然として含んでいる民法の規定を廃止することを、再三再四、今日に至るまで、要請し勧告してきた。しかるに、わが国は、女子差別撤廃条約で、締約国の差別撤廃義務、条約上の権利の完全な実現を確約する規定を包含する条約に批准し、合意したにもかかわらず、最高裁大法廷平成27年12月16日判決からも知りうるように、わが国の裁判所は、この35年余の間、この国際条約に無理解である。裁判所は、憲法98条2項に基づき、この条約の要請に応諾し、条約に抵触する女子の差別となるような判決を回避すべきである
  3. (3)夫婦別姓制訴訟にかかる平成27年最高裁判決の原審である東京高裁平成26年3月28日判決※33 (一審、東京地裁平成25年5月26日判決※34 )は、原原審である東京地裁において、原告らが「国会議員の立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受ける。」、「民法750条は、女子差別撤廃条約16条1項(b)及び(g)に違反するものであって、被告は、同条約の締約国として、同条約2条(f)に基づき、民法750条を改廃する義務を負うものであり、法令の改廃の権限を独占する国会が長年にわたりその義務を放置した結果、原告らの同条約上の権利が侵害されたことは、国家賠償法1条1項の違法に当たる。」と主張したのに対して、「婚姻に際し、婚姻当事者の双方が婚姻前の氏を称する権利を保障するものであるといえないことは明らかである。」とした判断を是認した。女子差別撤廃委員会は、この判断を注視した。
     委員会は、女子差別撤廃条約の規定に基づき、当然の指摘と条約の遵守を求めているのである。すなわち、条約24条は、「締約国は、自国においてこの条約の認める権利の完全な実現を達成するためのすべての必要な措置をとることを約束する。」とした。しかるに、本条約を批准した日本政府が、委員会が指摘する「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃」のために必要な措置を講じていないことを、また、然るべき方策を講ずるべきであると勧告してきたにもかかわらず、長年に及び無視し続けているので、条約の規定に基づき事態の是正を強く求めたのである。
     本件においても、わが国の司法は、女子差別撤廃条約を遵守し、民法の規定を含めあらゆる差別を排斥しなければならない。

8 国際人権規約B規約と児童の権利に関する条約も遵守すべきであること

  1. (1)市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)は、児童がいかなる差別も受けないこと、法律による平等の保護を受ける権利を有することなどを規定するとともに、全ての児童が、出生の後直ちに登録され、かつ、氏名を有することを規定する。さらに、児童の権利条約は、児童ができる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有することを規定する。
     児童の権利に関する条約の児童の権利委員会(児童の権利委員会)は、締約国である日本に対し、平成16年には、出生登録における差別を撤廃することを含む法改正について、平成22年には、実質上無国籍状態から児童を保護することを確保するために、国籍法及び関係規則を条約と適合すべく改正することなどについて、勧告を行っている。
  2. (2)児童の権利に関する条約(Convention on the Rights of the Child)は、児童(18歳未満の者)の権利について定める国際条約である※35 。通称は子どもの権利条約である(略称は、CRCあるいはUNCRC)。本条約は、1959年に採択された「児童の権利に関する宣言」の30周年に合わせ、1989年11月20日に国連総会で採択され、1990年9月2日に発効し、日本国内では1994年5月22日から発効した。批准国は、「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、”子供の最善の利益”・”児童の最善の利益”が主として考慮されるものとする。」として、子の最善の利益のために行動しなければならないと定める(第3条)。
     嫡出否認の訴えの提訴特権を夫だけに認め、また、その提訴期間を1年間に定めた規定の違憲性が問われている本件においては、女子差別撤廃条約、児童の権利に関する条約などの人権に関連する条約法を遵守することに消極的なわが国の司法のあり方がここでも問われているのである。旧民法時代においては、因襲的な「家の利益」が、そして、いつしか現行民法の下では、「身分関係の法的安定の保持」、「夫の名誉やプライバシーの保護」にすり替わられて、子の最善の利益などは、雲散霧消とされたのである。そして、妻(母)の利益も同様である。

第4 本判決の評釈

  1. 1 本件控訴審判決は、最高裁平成26年判例にその判断を依拠するものであり、原審の判断に依拠する箇所が多いが、評釈するに多くの内容であるといいうる。控訴人らの主張に沿って順次評釈する。
    1. (1)控訴人らは、「夫にのみ認められる嫡出否認権は夫に付与された特権である、嫡出推定規定の「早期に子の法律上の父を推定することで、子の保護を図る」側面からみても、「血のつながりを守る制度」としての側面からみても、妻や子に嫡出否認権を一切保障しないことに合理的な理由は存在しない」と主張した。
       この主張について、本判決は、
       「しかも、夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり、かつ、夫と妻が既に離婚して別居し、子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないと解されることからすれば、早期に父子関係を確定して身分関係の法的安定を保持することに係る利益と生物学上の父との間の父子関係と法律上の父子関係とを一致させることに係る利益(嫡出否認に係る利益)とでは、前者が優位な関係に立つとみるべきである。」とした。
       まず、本判決は、従来の判例でも採用されてきたように、「早期に父子関係を確定して身分関係の法的安定を保持することに係る利益」と「生物学上の父との間の父子関係と法律上の父子関係とを一致させることに係る利益(嫡出否認に係る利益)」を衡量する。
       しかし、これらの利益は比較衡量できる同質の価値であるか。筆者は、そのように考えない。これらの利益は異質の価値を有するものに他ならない。早期に父子関係を確定して身分関係の法的安定を保持することが是非とも確保すべき利益であるとすれば、嫡出否認の訴えの提訴権者を夫に限定せずに、当然に、妻と子もそのようにすべきであろう。しかも、子が出生してより未成熟子である期間は、子が自らの利益を自ら判断できるような状態でない。したがって、子の最善の利益の要素として、子の判断能力を尊重することを考慮するならば、嫡出否認の訴えの提訴期間を1年に限定する理由もない。
       また、「早期に」という期間の限定は、子と生物学上の父との間の父子関係の確立により生ずる利益を短期間のうちに遮断することであり、それにより生ずる利益とは、子の最善の利益を無視した「子の身分関係の法的安定を保持する必要」にほかならない。血縁より生物学上の父でない法律上の父との親子関係を優先させる嫡出推定制度は、子の身分関係の法的安定を確保するために資するといわれるのであるが、今日、この制度の目的が夫の名誉やプライバシーの保護にあるかも極めて疑問である。むしろ、明治民法制定時における妻の夫への隷従ではないとしても、従属を含む「家制度」や戸主制度の残滓にほかならないと思われる。したがって、この制度を存続することは、血縁上の父母により養育される子にとって、かえって不安定な生活を余儀なくされるといえるであろう。
      「明治31年施行の旧規定を基にした嫡出推定制度を現行法制度のもとでバランスよく運用するために実務と判例が築き上げてきた防塁(外観説)が、ついに、その意義や範囲について根源的な問いを突き付けられて、崩壊の危機をむかえていると理解できる」※36 。まさしく、同感であり、判例における真実主義の確立と関連する立法秩序の改善が望まれる。
    2. (2)控訴人らは、「DNA技術と医療技術の発達により嫡出否認権の行使を制限的に夫にのみ認めた民法制定当時の根拠は失われた」と主張した。
       この主張について、本判決は、
       「しかし、父子関係の確定は科学的な判定にのみ、又は科学的な判定に主として委ねられるものではない。技術の発達は、国会の立法裁量における考慮要素の一つにすぎない」とする。
       控訴審の判断を評価するためには、DNA鑑定に基づく親子関係不存在確認請求に関する最高裁平成26年7月17日判決における裁判官櫻井龍子の補足意見が参考となる。裁判官櫻井は、いう。
       「旧民法制定当時は、DNA検査はもちろんのこと、血液型さえも知られておらず、科学的・客観的に生物学上の父子関係を明らかにすることが不可能であったから、これら一連の嫡出推定に関する規定は、そうした状況を前提にして、法律上の父子関係を速やかに確定し、家庭内の事情を公にしないという利益に資するものとして設けられたものと解される。
       もっとも、多数意見が引用するその後の当審判例により、民法の嫡出推定の規定の適用について、妻が子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合に嫡出推定が及ばない例外を解釈により認めるに至っており、いわばバランスをとっているといえよう。
       3 近年におけるDNA検査技術の進歩はめざましく、安価に、身体に対する侵襲を伴うこともなく、ほぼ100%の確率で生物学上の親子関係を肯定し、又は否定することができるようになったことは、公知の事実である。……[このような状況の中で民法772条の適用範囲について、〔筆者注〕]父子関係を速やかに確定することにより子の利益を図るという嫡出推定の機能は、現段階でもその重要性が失われておらず、血縁関係のない父子関係であっても、これを法律上の父子関係として覆さないこととすることに一定の意義があると考える。……確実に判明する生物学上の親子関係を重視していくという立場もあり得るところではあるが、そのような立場を採ることになると、民法772条の文理からの乖離にとどまらず、……解釈論の限界を踏み超えているのではないかと思われる。……その解決は、裁判所において個別の具体的事案の解決として行うのではなく、国民の意識、子の福祉(子がその出自を知ることの利益も含む。)、プライバシー等に関する妻の側の利益、科学技術の進歩や生殖補助医療の進展、DNA検査等の証拠としての取扱い方法、養子制度や相続制度等との調整など諸般の事情を踏まえ、立法政策の問題として検討されるべきであると考える」と(下線による強調は、筆者)。
       櫻井補足意見の下線で強調した部分の内、「父子関係を速やかに確定することにより子の利益を図るという嫡出推定の機能は、現段階でもその重要性が失われておらず、血縁関係のない父子関係であっても、これを法律上の父子関係として覆さないこととすることに一定の意義がある」との記述については、すでに指摘したように、いかなる具体的な意義であるかは、説明されていない。
       ついで、本大阪高裁判決では、民法772条が憲法14条1項の差別禁止(ないし実質的平等保護、子と妻の保護)、同24条2項の個人の尊厳と両性の本質的平等などの憲法的価値について触れるものであるかについて言及されていないが、本件では、事情は同一ではない。民法774条から776条の憲法14条1項及び同24条2項の憲法適合性が問われているのである。本件控訴審判決は、むしろ最高裁平成26年判例に基づき、夫にのみ嫡出否認権が認められることの合理性を肯定しているとして違憲の結論を退けた。しかし、最高裁判所裁判官には、民法774条から776条までの文理解釈にとどまらず、憲法規定の解釈論が求められるのであり、国会に委ねる立法政策、立法行為の問題であるなどとして責任を転嫁し、司法の使命・責務から逃避してはならない。
    3. (3)控訴人らは、「妻や子に嫡出否認権が認められていないため、多数の無戸籍児が生まれ、重大な人権侵害が生じている」と主張した。
       この主張について、本判決は、
       「しかし、DV等で夫と接触したくないため出生届を提出しないといった事案では、正に嫡出推定が及ぶことが出生届を提出しない原因とされている(甲34の参議院総務委員会における議員の発言内容、甲77の名古屋家庭裁判所委員会における委員長の発言参照。なお、控訴人らが甲号証で指摘する国会の審議では、民法772条2項の「300日規定」に関する議論が多く行われており、これも嫡出推定の問題である。)。仮に妻や子に嫡出否認権が認められたとしても、父子関係の当事者である夫と全く没交渉のまま嫡出関係が否定できるとは考えられず、妻や子に嫡出否認権を認めることで無戸籍となるのを防ぐことができるのは一部にすぎないというべきである。
       また、本件の控訴人Dをみても、夫の暴力は一定程度続いていたものと推測され、一方、暴力を継続的に振るうことが離婚原因となることは争いがない。そうではあっても、控訴人Dが離婚手続をとることができなかったのであれば、それは実体法の問題ではなく、そのような妻に寄り添った離婚訴訟提起等への支援という訴訟手続上の問題であったと考えられる。無戸籍児の問題は、戸籍、婚姻、嫡出推定及び嫡出否認等の家族制度をめぐる制度全体の中で解決を図るべき問題であって、無戸籍児の存在を理由に夫にのみ嫡出否認権を認める本件各規定を憲法14条1項、24条2項に違反するということはできない」とした。
       この事項に係る控訴審の判断にもかかわらず、では、なぜ、本評釈の「はしがき」で記載したように、法務省が無戸籍児の一因として嫡出推定の有り方を俄かに議論し始めたのであるか。ここには、明治の旧民法以降、「家制度」や戸主制度の存続により非嫡出子が差別の対象とされてきたことを知らない、または、それに通じない人たちが法に精通しているかのように語ってきたことを知りうるであろう。法律上の夫と別居中の、または、離婚直後の女性は、夫とは別の男性が生物学上の父である子を懐胎し出産したときに、それを承知の上で、好んでまたは甘んじて、生まれた子を夫の子であるとして出生届を提出するであろうか。こうして、1年間の嫡出否認期間が徒過すると妻も子も生物学上の父と法律上の父子関係を形成する術がなくなり、子は「父なし子」と、母は、「シングル・マザー」と呼ばれ白眼視されてきたのである。最高裁平成26年判例も、本判決も、嫡出推定の規定を盾に、この非人道的な事態と非常識を合法化し合憲化してきたということである。
    4. (4)控訴人らは、「平成26年判例は、現在の嫡出推定制度と嫡出否認制度について法改正が求められる状態であることを明らかにしたものである」という。
       この主張について、本判決は、
       DNA鑑定に基づく親子関係不存在確認請求に関する最高裁平成26年判例が、「「民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには、夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる」と判示し、夫にのみ嫡出否認権が認められることの合理性を肯定している」と述べ、控訴人が「平成26年判例は、現在の嫡出推定制度と嫡出否認制度について法改正が求められる状態であることを明らかにしたものである。」と主張したことに対して、平成26年判例を理由に、「夫にのみ嫡出否認権を認める本件各規定が憲法14条1項、24条2項に違反することを基礎付けることはできない」とした。
       DNA鑑定に基づく親子関係不存在確認訴訟に係る最高裁平成26年判例は、二つの事件、すなわち旭川事件と大阪事件に係る上告審である。
       まず、旭川事件の原原審である旭川家裁は、「原告と被告との間には、生物学的観点からの親子関係は存在しないことは明らかであり、民法772条の嫡出推定は及ばないものと認められる。」として、原告の請求を認容した※37。また、控訴審において、札幌高裁も原判決を支持した※38 。次いで、大阪事件については、大阪家裁は、「DNA鑑定の結果は究極の嫡出推定を覆す事実であり、このように嫡出推定が及ばない原告については、なお、親子関係不存在確認の訴えを提起する利益があると解するのが相当である。」、「原告と被告との間に、原告を子、被告を父とする生物学上の関係がないことは明らかである。」として、原告の請求を認容した※39 。控訴審である大阪高裁平成24年11月2日判決では、「控訴人は、嫡出否認制度が厳格な制限を設けていることは、血縁上の親子関係よりも法律上の親子関係及びその早期安定を法が優先している顕れであり、これが子の福祉に沿う所以であるから、子の福祉の観点からも本件で嫡出推定を排除する理由はないと主張する。
       しかし、嫡出否認制度が法律上の親子関係とその早期安定を一定限度保護しているとしても、そのことから直ちに上記保護の要請が血縁上の親子関係を確認する利益よりも常に優先するものとは考えがたいし、本件においては、前記のとおり、被控訴人の福祉の観点からも、民法772条の嫡出推定を受けないものと解すべきものであるから、子の福祉の観点から、被控訴人に嫡出推定を及ぼすべき理由があるとは到底認められない。」、「以上のとおり、被控訴人には民法772条の嫡出推定が及ばないから、被控訴人は、親子関係不存在確認の訴えを提起することができ、また、その確認の利益があるものと認められる。」として、原判決が相当であるとした※40。これらの二つの事件では、原原審も原審も子の福祉の観点から民法772条の嫡出推定を受けないものと解すべきものと判断した。いずれの判決においても、DNA鑑定の科学的真実が尊重されたのである。
       そして、最高裁平成26年判例であるが、判決は5名の裁判官による全員一致の意見によるものでない。多数意見は、嫡出推定制度と外観説を支持して原判決を破棄自判した。しかし、裁判官金築誠志と裁判官白木勇は、子の利益に配慮して親子関係不存在確認請求を認めた原判決の結論を相当であると反対意見を述べた。また、多数意見に与した裁判官櫻井龍子は、生物学上の親子関係を重視する立場が民法772条の文理解釈の限界を超えるものであり、立法政策の問題として検討されるべきであるとの補足意見を述べる。さらに、裁判官山浦善樹は、立法論として子に自己決定権を行使できるような機会を設けることを立法論とした補足意見を述べる。このように、本判決では、DNA鑑定による生物学的な親子関係の科学的真実を目前にして、判例が伝統的に採用してきた嫡出推定制度と外観説などの理論への再検討が求められていることが明らかとなり、裁判官達もそれを自覚していることが露わとなった、といえるであろう。
       このように最高裁平成26年判例は、反対意見が2名、立法の必要を説く反対意見が2名、補足意見が2名あることから、控訴人らの「平成26年判例は、現在の嫡出推定制度と嫡出否認制度について法改正が求められる状態であることを明らかにしたものである」という主張には、理があるといいうる。
      ない。
  2. 2 本評釈の更なる課題
    本件の論点は多岐に及ぶのみならず、関係する法規範も多様であった。
    1. (1)本評釈では、民法772条の立法目的の合理性が問題となる。控訴審判決は原審が判示した事実をそのまま引用し、この規定立法目的が「婚姻関係にある夫婦の子の身分関係の早期安定を図り、子の利益の確保を強固なものとして」法的安定を保持することであるとしたが、既述したところであり、血縁より生物学上の父でない法律上の父との親子関係を優先させる嫡出推定制度は、子の身分関係の法的安定を確保するために資するといわれるのであるが、その合理性は、疑わしい。
    2. (2)立法目的と区別の合理的関連性は、「国会の合理的な立法裁量」の論点の一つである。本件原審が、再婚禁止期間に関する最高裁平成27年12月16日判決を引用し※41 、「婚姻及び家族に関する事項は、国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。したがって、その内容の詳細については、憲法が一義的に定めるのではなく、法律によってこれを具体化することがふさわしいと考えられる。憲法24条2項は、このような観点から、婚姻及び家族に関する事項について、具体的な制度の構築を、第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに、その立法に当たっては、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請、指針を示すことによって、立法裁量の限界を画している」とした。
       しかし、「嫡出否認に係る子や妻の利益」が「具体的な法制度を離れて、憲法上の権利として」保障されたものではないとし、「婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討する上で考慮すべき利益」に過ぎないとすることには、DNA鑑定に基づく親子関係不存在確認訴訟に係る最高裁平成26年判例における2名の反対意見が述べるように、根本的な疑問が残る※42
    3. (3)本評釈では立法不作為の違法を理由とする国賠訴訟の詳細な検討までにはいたらなかった。国会(国会議員)の立法不作為が国賠法上違法であることに関する最高裁大法廷平成27年12月16日判決の結論は、民法733条の再婚禁止期間制限のうち100日を超える制限は憲法14条1項、同24条2項に違反するとして初の違憲判断を下しつつ、国賠請求については棄却した。これは、法律の違憲性の審査(憲法適合性審査)と国賠法上の違法性の判断とを区別するという従来の判例理論を踏襲し、さらに国賠法の違法性を認定する場合の条件についての平成17年9月14日在外国民選挙権訴訟における「例外」要件を前提として、国賠法上の違法はない、というものである。
       最高裁平成27年大法廷判決では、「憲法違反だが国賠法違反ではない」と判断されたのであるが、違憲であっても違法でないという倒錯する論法はどうしても理解しがたい。本件は、嫡出推定制度が合憲とされたので、国賠法に係る判断はなされていないが、違憲と判断された場合のことを想定すると、熟考する意義がある論点である※43
    4. (4)最後に、本件における請求の趣旨の有り方についてである。控訴人らは、嫡出推定制度の抜本的な立法を期待して、立法不作為の違法を理由とする国賠訴訟という構成で請求の趣旨を組み立てたと思われるのであるが、むしろ、DNA鑑定に基づく親子関係不存在確認訴訟に係る最高裁平成26年判例により破棄自判の対象となった原原審と原審におけるように、控訴人Aの子の福祉の観点から、Aには民法772条の嫡出推定を及ぼすべき理由があるとは認められないので、まず、A(また、B、Cを共同原告として)から生物学上の父でないEに対して、親子関係不存在確認の訴えを提起する選択肢も考えられてよかったのではないか。


(掲載日 2018年12月3日)

(掲載日 2018年12月3日)

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