判例コラム

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第149号 危険運転の認定 

~福岡高裁平成30年7月4日判決 危険運転致死被告事件※1

文献番号 2018WLJCC025
日本大学大学院法務研究科 教授
前田 雅英

Ⅰ 判決のポイント

 飲酒運転をして被害者運転の普通自動二輪車と衝突し被害者を死亡させた被告人が、危険運転致死罪で起訴されたところ、原審が過失運転致死の事実を認定して懲役5年6月に処した。それに対して控訴審である福岡高裁は、原判決を破棄し、危険運転致死の事実を認定して懲役7年を言い渡した。過失運転致死罪を構成する「酒気帯(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)」と、危険運転致死罪となる「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の危険運転の差の認定について、注意すべき視点を示した、実務上重要な裁判例である。

Ⅱ 事実の概要

 被告人Xが、平成29年6月23日午前1時7分頃、普通貨物自動車を運転して、K県Y市内の信号機により交通整理の行われている交差点をD町方面からE町方面に向かい、時速約27㎞で右折進行しようとした際、対向車線を直進してきた被害者A(当時55歳)運転の普通自動二輪車右前部に自車右前部を衝突させてAを路上に転倒させたという事件で、Aは外傷性くも膜下出血等の傷害により、同日午前1時53分頃、G病院において死亡した。
 検察は、Xが、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態でX車両を走行させたため、同事故を引きおこしたとして、危険運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条1号)の訴因で起訴した。
 これに対し、原判決は、Xが、同法2条1号にいう「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったというのには合理的な疑いが残るとして、予備的に掲げられた過失運転致死罪の訴因に従って、次の2つの事実を認定した。
 まず、Xは、「酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、本件交差点付近道路において、X車両を運転した」、という道路交通法違反の事実を認定した上で、Xには、本件交差点を右折進行するに当たり、進路の前方を注視し、対向直進車両の有無及びその安全を確認して、その進行を妨げないようにすべき自動車運転上の注意義務があるのに、これを怠り、対向車線を直進してきたA車両に気付かず、自車右前部をA車両に衝突させ、その結果、Aを死亡させたとして過失運転致死罪の成立を認め、Xを懲役5年6月に処した。
 これに対して、検察官は、Xは本件当時アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったと認められるのに、Xがそのような状態であったと認めるのに合理的な疑いがあるとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるとして控訴した。

Ⅲ 判旨

 福岡高裁は、原判決判示内容を、①運転開始から本件事故現場に至るまでの間、道路状況に応じた運転操作をし、事故現場の約700m手前の交差点では、前方の危険は認識し、それを回避するための運転操作ができており、②本件交差点を右折するに当たっても、減速し右折車線に進路変更して右折を始め、A車両と衝突した際も直ちにブレーキを踏んだ可能性があり、直進車両に気付かなかったこと、内小回りであったこと以外は、道路状況に応じた運転操作ができていたこと、③Xは、酩酊状態にはあったが、その言動からは、自分が衝突事故を起こし、Aが負傷したことを認識しており、見当識を失っていた様子がうかがえないことから、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」というには合理的な疑いがあると判断したと整理した上で、「Xは、本件当時、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったと認められるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある」と判示した。
 具体的には、①それまで10回ないし20回通ったことのある道路であれば、相当に酩酊した状態であっても、道路状況に応じた運転操作をすることは可能であり、そのような道路における運転操作の態様は、正常な運転の能力に対するアルコールの影響を判定する指標にはならない。そして、②飲酒し酩酊したことにより、周囲で生起している状況をそれに対処できる程度に認識することができない状態になったのであれば、危険を的確に把握して対処することができなかったというほかなく、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったと判断すべきだとした。
 その具体的根拠として、「Xは、本件当夜、4時間30分以上の間、ビールを約2810㎖も飲酒し、本件事故後呼気1リットルにつき0.97㎎ものアルコールが検出されているから、本件当時相当に深い酩酊状態にあったということができる。また、Xは、警察官から飲酒検知を求められたのにも、適切に応答ができず、自分の関心事だけを一方的に述べ、Aが病院に緊急搬送されてその状況は分からない旨の説明を受けても、繰り返してAの状況を尋ねており、そのことからは、多量の飲酒のため、周囲で生起している事象を適正に認識できていなかったというほかない」とし、「Xが、本件事故現場の約700m手前の交差点で、前車から約13.7mも車間距離を空けて停車し、前車の発進から約8秒間も自車の発進が遅れたことは、Xの状況認識能力が相当に低下していたことを示している。Xは、アルコールの影響がなければ、前方を注視すれば容易に認識可能な事象について、多量の飲酒によるアルコールの影響から、適正に認識することができない状態にあったといわざるを得ない」とし、Xは、多量の飲酒によるアルコールの影響から、自動車を安全に走行させるために必要な周囲の状況を認識する能力が大きく低下しており、前方を注視しそこにある危険を的確に把握することができない状態にあったというべきであるとした。
 福岡高裁は、「Xが本件当時アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったことに合理的疑いを容れる余地はなく、主位的訴因が認められるから、主位的訴因を排斥した原判決は、論理則、経験則に反し、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。」として原判決を破棄し、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条1号に該当すると認定しXを懲役7年に処した。

Ⅳ コメント

  1. (1) 本件の最大のポイントは、原審が「運転能力」の低下が著しいとはいえないので、危険運転致死罪となる「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とまではいえず、「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」にとどまるとしたのに対し、福岡高裁は、自動車を安全に走行させるために必要な周囲の状況を認識する能力が大きく低下しており、「前方を注視しそこにある危険を的確に把握することができない状態」にあったというべきであるとして、危険運転の罪を認めた点である。
  2. (2) 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条1号にいう「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは、「アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態」であり、「アルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態もこれに当たる」と解されている(最三小決平成23年10月31日・刑集65巻7号1138頁・WestlawJapan文献番号2011WLJPCA10319002)。
  3. (3) この、「運転操作を行うことが困難」というためには、酔って手足が、思った通りに動かないということ以上に、「そこにある危険を的確に把握」できないことが重要である。もちろん、危険運転致死罪の重い刑罰を適用するには、運動能力の低下の存在が必須だとする解釈も考えられないことはないが、上記判例により、そのような考え方は否定された。
  4. (4) 問題は、「安全に走行させるために必要な周囲の状況を認識する能力」の存否である。たしかに、福岡高裁が指摘するように、衝突事故を起こした後、事故に気付き、被害者の負傷も認識できたというだけでは、危険を的確に把握して対処できたというには足りないであろう。
  5. (5) 重要なのは、Xが本件交差点の入口付近から内小回りに右折した点である。たしかに、福岡高裁の指摘するように、対向車線を走行してくるA車両との距離、A車両の速度について、適正に認識できなかったため、A車両より前に本件交差点を通過できると誤って認識した可能性を推認できる。まして、原判決が、「遅くとも衝突の5秒前から認識可能」と認定している対向直進A車両にXが気付かなかったというのであれば、アルコールの影響により状況を認識する能力が相当に低下していた(その結果、前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあった)というべきであろう。そして、事故直前の交差点で、13.7mも車間距離を空けて停車し、8秒間も自車の発進が遅れたことも重要である。
  6. (6) 本判決で特に注目すべきなのは、福岡高裁が公判前整理手続に関して特に判示した部分である。
     福岡高裁は、本件において検察官が、公判前整理手続において、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」に該当する根拠となる事実を平板に羅列する証明予定事実記載書面を提出したのみで、本件の事実関係の下で重視すべき(検察官として強調すべき)点を示さず、そのため、原審が検察官及び弁護人の了解を得て作成した裁判員に対する説明案が不十分なものであったとする。すなわち、裁判員に対する「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の説明には、「前方を注視しそこにある危険を的確に把握することができない状態が含まれる」としてはいるが、前方注視自体の能力の欠如は、例示として示されているに過ぎなかったと指摘する。その結果、裁判員が、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」に関して正しい理解をすることができずに、誤った判断がされたものというほかないと断じている。
     裁判員裁判においては、裁判員に対して、事前にどのような説明を行うかが決定的に重要であることはいうまでもない。本件においては、判例を踏まえて「運転操作能力に対するアルコールの影響」以上に、「危険に対処するために必要な状況認識能力に対するアルコールの影響」が考慮対象になることの説明が必要であったといえよう。
     裁判員に分かりやすく説明することは大変な作業ではあるが、結論に直接影響するものである以上、法曹三者が、それぞれの「持ち分」を意識しつつも、よりよい説明を行うよう努力すべきように思われる。

(掲載日 2018年10月12日)

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