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文献番号 2018WLJCC023
明治大学 教授
野川 忍
1.はじめに
日本郵便会社をめぐっては、特に有期雇用等の非正規従業員の処遇について多くの紛争が法廷で争われており、そのうち労契法20条の適用の可否に関しては、平成30年6月1日に二つの最高裁判決※2 が出されたので、本件は同社をめぐる訴訟のうちそれにつぐ最高裁による判断ということになる。何度か期間更新を重ねた有期雇用労働者に対する雇止めの事案は少なくないが、本件は、更新の回数や雇用の年数ではなく、65歳という年齢を基準として、就業規則及び労働協約によって更新拒否を定めた場合の法的処理基準が問題となっており、雇止めに関する新たな論点が提示されているのみならず、それに応じた課題をも示すものとなっている。
2.本件の概要
被告・被上告人Y(日本郵便会社)は、旧郵政省の一部門が日本郵政公社(旧公社)に移管された後、平成19年にその郵便部門を承継して設立された株式会社であり、原告・上告人XらはいずれもYに期間を定めて雇用された従業員であるが、このうちX1~X3及びX5~X9は、平成19年9月30日まで、旧公社の非常勤職員であったが、同年10月1日、Yとの間で有期労働契約を締結して、これを7回から9回更新し、X1、X2、X3、X5、X6及びX8は同23年9月30日まで、X7及びX9は同24年3月31日まで、それぞれ時給制の期間雇用社員として、郵便物の集配、区分け作業等の郵便関連業務に従事していた。なお、X1らが旧公社の非常勤職員であった当時従事していた郵便関連業務と、Yにおいて従事していた郵便関連業務との間に特段の差異はなかった。またX4は、平成21年1月20日、Yとの間で有期労働契約を締結して、これを6回更新し、同23年9月30日まで、時給制の期間雇用社員として郵便関連業務に従事していた。
Yが平成19年10月1日に制定した就業規則には、「会社の都合による特別な場合のほかは、満65歳に達した日以後における最初の雇用契約期間の満了の日が到来したときは、それ以後、雇用契約を更新しない。」との定め(以下「本件上限条項」)があり、また旧公社が労働組合と平成19年9月に締結した労働協約にも上記と同旨の規定が設けられていた。
これらの規定に基づき、XらのうちX7及びX9を除く7人は平成23年9月30日に、X7及びX9は平成24年3月31日に、それぞれ期間満了をもって雇止めされた。なお、いずれの場合も、Yは期間満了の一ヵ月前に期間満了予告通知書を交付している。Xらはこれに対し、雇用契約上の地位確認と未払い賃金の支払い、及び、合理的期待を違法に侵害したことを理由とする不法行為による損害賠償(慰謝料と弁護士費用)を求めて訴えを提起した。
3.原審までの判断
第一審(東京地判平27.7.17WestlawJapan文献番号2015WLJPCA07178011)は、非常に詳細かつ入念な独自の攻撃防御方法の構造を示したうえで、これに基づいて具体的検討を行い、Xらの雇用契約は期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になっていたが、65歳を超えて更新しないとの本件上限条項が存在することから、Xらには雇用継続の合理的期待があったとまではいえないとの判断を前提として、「本件上限条項等に基づく更新の拒絶は、雇止めが解雇として行われた場合に解雇権の濫用に当たる事情があるかという解雇権の濫用とは別の雇用契約の終了事由と捉えるべきもの」であり、本件雇止めは解雇権濫用法理の類推適用の観点からは、権利の濫用として無効と評価されるべきものであるものの、就業規則の上限条項等は合理性が認められ、また労働協約の上限条項等は規範的効力を否定すべき要素はないとして、Xらの請求をすべて棄却した。
原審(東京高判平28.10.5WestlawJapan文献番号2016WLJPCA10056002)は、第一審の判断を基本的に維持したうえで、控訴審における追加的主張に対しても、本件上限条項は高年齢者雇用安定法9条、雇用対策法、労契法20条等に照らして公序良俗に反するとはいえないなどと述べ、いずれも退け、控訴を棄却した。
4.最高裁判決の概要
最高裁は、上告受理の決定において排除された上告受理申立て理由以外の点について検討し、結論として上告を棄却したが、以下のように述べて、結論に至る原審の判断内容を否定した。
① 「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、当該労働条件は、当該労働契約の内容になる(労働契約法7条)」ところ、本件上限条項等は、「高齢の期間雇用社員について、屋外業務等に対する適性が加齢により逓減し得ることを前提に、その雇用管理の方法を定めることが不合理であるということはできず、被上告人の事業規模等に照らしても、加齢による影響の有無や程度を労働者ごとに検討して有期労働契約の更新の可否を個別に判断するのではなく、一定の年齢に達した場合には契約を更新しない旨をあらかじめ就業規則に定めておくことには相応の合理性がある」ことなどから、「本件上限条項は、被上告人の期間雇用社員について、労働契約法7条にいう合理的な労働条件を定めるものであるということができる。」
② 「Yは、郵政民営化法に基づき設立された株式会社であって、特殊法人である旧公社とは法的性格を異にしており、Yの期間雇用社員が、国家公務員である旧公社の非常勤職員と法的地位を異にすることも明らかである」ことなどからして、「被上告人が本件上限条項を定めたことにより旧公社当時の労働条件を変更したものということはできない」ことに加え、就業規則の周知手続きも取られており、「本件上限条項の定める労働条件は、本件各有期労働契約の内容になっていたというべきである。」
③ 本件の事実関係の下では、「XらとYとの間の各有期労働契約は、本件各雇止めの時点において、実質的に無期労働契約と同視し得る状態にあったということはできない」のみならず、「Xらにつき、本件各雇止めの時点において、本件各有期労働契約の期間満了後もその雇用関係が継続されるものと期待することに合理的な理由があったということはできない。…したがって、本件各雇止めは適法であり、本件各有期労働契約は期間満了によって終了したものというべきである。
なお、原審は、本件上限条項に基づく更新拒否の適否の問題は、解雇に関する法理の類推により本件各雇止めが無効になるか否かとは別の契約終了事由に関する問題として捉えるべきものであるとしている。しかしながら、正社員が定年に達したことが無期労働契約の終了事由になるのとは異なり、Xらが本件各有期労働契約の期間満了時において満65歳に達していることは、本件各雇止めの理由にすぎず、本件各有期労働契約の独立の終了事由には当たらない。」
④ 「以上によれば、XらとYとの間の各有期労働契約が実質的に無期労働契約と同視し得るとして、本件各雇止めが解雇に関する法理の類推によれば無効になるとしながら、本件上限条項によって根拠付けられた適法なものであるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。」
⑤ 「しかしながら、以上説示したところによれば、本件各雇止めは適法であり、本件各有期労働契約は期間満了によって終了したものというべきであるから、Xらの労働契約上の地位の確認及び本件各雇止め後の賃金の支払を求める請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。」
5.最高裁判決の意義
① 本件は、事案としては特に複雑な事情はない。要するに、原則として65歳を超えて期間の更新はしないとの就業規則及び労働協約の規定がある場合に、雇止めの適法性はどのように判断されるべきか、という問題が争われたのであり、郵政公社から日本郵便会社に事業承継がなされるにあたって就業規則の適用関係に変化が生じるか、あるいは上記就業規則等の規定は契約の終了事由か雇止めの理由に過ぎないか、といった付随的な課題は生じ得るにせよ、法的解決に困難をもたらすような事案とはいえない。それにもかかわらず、第一審からわかりにくい理論展開がなされ、最高裁が原審の判断枠組みを否定するに至ったのは、第一審の判断の構造が必ずしも妥当とはいえないものであったことと、本件上限条項のような規定を労働契約との関係で具体的にどのように位置付けるかについて最高裁と原審・第一審との間に理解の齟齬があったことが主たる原因といえる。
② 原審も維持した第一審判決は、まず雇止め法理(現行労契法では19条)に依りつつXらの有期雇用契約が実質的に期間の定めのない契約と異ならないものとなっていることを認めつつ、雇用継続の合理的期待は認められないとし、そのうえで、本件は雇止めに対する解雇権濫用法理の適用の可否といった観点からではなく、就業規則及び労働協約による本件上限条項の適用の可否という観点から検討すべきであるとの前提を示した。そして、就業規則の不利益変更法理や労働協約の規範的効力の範囲というアプローチを用い、結論としてこれら規定の適用によって本件有期雇用契約の終了を認める、という、大変手の込んだ、複雑な構成をとっていた。これについては、すでに指摘されているように※3 、期間の定めのある労働契約については、現在では労契法19条、同条制定以前もすでに定着していた雇止め法理によって処理されるべきであり、これを超えて就業規則の規定による別の契約終了事由を認めるという判断枠組みには説得力はなく、その論理が上訴審によって否定されることは容易に予想された。
③ 第一審判決がこのような難渋な論理を構成したのは、前述のように本件訴訟における攻撃防御方法についてあらかじめ非常に詳細な手順を設定し、その後の具体的判断をこれに沿って遂行しようとしたことによる。しかし、そこで提示された攻撃防御方法は、要件事実論の独自の応用による複雑かつ必ずしも十分に適切とはいい難い内容であって、顧みれば、むしろ雇止め法理の適用にあたって就業規則や労働協約の規定の存在がどのような法的意義を有し、また具体的に当該事案においてどのように機能するか、というスタンダードな観点からの検討がストレートになされるべきであった。
④ この点、最高裁は、原審までの判断枠組みを全体として否定し、就業規則の本件上限条項が労契法7条によって合理性を認められるので、Xらの有期労働契約はこれによること(なお判旨は、「本件上限条項の定める労働条件」が労働契約の内容となっている、と表現しており、本件上限条項そのものが労働契約の内容となっている、とはいっていないので、本件判旨により最高裁が就業規則と労働契約との関係につきいわゆる「内容説」をとったとまではいえないことに留意したい)を前提として、Xらには雇用継続の合理的期待は認められず、したがってXらとYとの有期労働契約は期間の満了により終了した、とのきわめて簡明な判断を示した。
⑤ 最高裁の判断枠組みは、まさに枠組みとしては原審までに比してより妥当であることは否定できない。また、上告理由がかなり整理されているとみられ、控訴審までの論点が相当に縮減されているので、本件事案そのものに関する軽々な批判は控えねばなるまい。ただ、少なくとも論理的には以下の点が指摘し得る。まず、上限条項が合理的であって65歳を超えて期間を更新しないことが労働契約の内容となる、という判断と、本件有期労働契約が無期労働契約と実質的に異ならない状態になっておらず、また雇用継続の合理的期待も認められない、という判断との関係が必ずしも明らかではない。すなわち、労働契約の内容になっているのであれば、65歳を超えて期間を更新しないとの明確な合意があることと同様の状態にあることになるから、判旨の論理からは、雇用継続の合理的期待の有無等をなぜ問題としなければならないのかが不明である。他方で、雇用継続の合理的期待等を問題とするのであれば、本件上限条項の内容は、合理的期待の存否や程度等を判断するための一つの要素に過ぎないという理解が想定されるが、そうだとすれば判旨の整理は矛盾をきたしかねない。あるいは判旨は、合理的期待の有無等は合理的な就業規則の規定等によっても排除できない規範であるとの立場を示しているのかもしれないが、従来問題となってきた個別の不更新条項等とは異なり、65歳を超えて更新をしないことは合理的な就業規則規定により労働契約内容となったとされているのであって、このような場合にも別途合理的期待の有無等が問題とされることにはあらためて明確な論拠が必要であろう。本件はこのほか、そもそも65歳を超えて期間を更新しないとの定めが労働契約の終了事由ではなく雇止めの理由と認められる、という判旨の内容について、それが労契法7条により労働契約内容を規律し得る意味での「労働条件」といえるかに検討の余地があること、また、本件は65歳を超えた場合に限定しての上限条項であったが、これを下回る年齢での同様の規定であった場合にも同様の結論が導き得るか、等の課題も残っているほか、前述のように要件事実論に沿った攻撃防御方法の組み立てを前提とした第一審判決の構成のありかたも、今後議論の対象となろう。
(掲載日 2018年9月19日)