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文献番号 2018WLJCC021
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士
龍野 滋幹
1.はじめに
会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」の制度は、中小企業の代表者の死亡等に起因する経営の承継がその事業活動の継続に悪影響を及ぼすことを防ぐことを目的として設けられた。すなわち、株式会社が、その発行する株式の譲渡による取得について、当該株式会社の承認を要する旨の譲渡制限の定めを置いた場合であっても、これによって、相続、合併等の一般承継による株式の移転は制限されないが、当該株式会社が株式の譲渡制限を定める趣旨に鑑み、当該株式会社において、相続等により株式を取得した者が、当該株式会社の株主として権利行使することを望まない場合に、定款の定めにより、その者に対して株式の売渡しの請求をし、それによって当該株主の同意なく当該株式会社において、その株式を取得できるようにした制度である。請求を受けた株主は、売買価格について、当該株式会社と協議をするか、請求があった日から20日以内に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをするのかいずれかとされているが(同法177条1項、2項)、株主としての地位の移転が売渡請求がなされた時点に生じるか売買価格が決定する時点に生じるかが会社法上明らかではないため、その点が主として争われたのが本件であり、判決は地裁、高裁ともに売渡請求がなされれば、その時点で売渡請求の相手方は株主としての地位を失うと解するのが相当と判断した事案である。
2.事案の概要と主たる争点
3.争点に関する判断
4.考察
近時急増しているベンチャー投資においても、個人である経営者株主が死亡した場合等において相続人が株主として対象会社の経営に参画することは予定されていないことから、対象会社の定款において会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」にかかる規定を設けることは通常のプラクティスになっている。また、事業承継M&A案件においてオーナーが一定の株式を継続保有して対象会社の経営へのサポートを行うような場合であっても、やはりその相続人が対象会社に関与することは買収者にとって望んでいない事態であることから、相続人等に対する売渡しの請求を定款に設けることが通常であろう。
もっとも、本判決が出されるまで、会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」が行われた場合に、株主としての地位が移転する時期が売渡請求がなされた時点か売買価格が決定する時点か(又は売買価格が支払われた時点か)、については、前者、後者それぞれ主張されており、見解が確立されているといえる状況には至っていなかった。
すなわち、売渡請求が形成権であることなどを理由として売渡請求がなされた時に会社は株式を取得すると解し、本判決と結論を同じくする見解が存在していた。
これに対し、株主たる地位の移転時期(又は売買契約の成立時期)を売買価格の決定時や売買代金の支払時と解する見解は、それが当事者の合理的意思解釈に合致するということを理由とするもの、会社はいつでも売渡請求を撤回することができるものであるから売渡請求がなされた時点で売買契約が成立するとする実益は乏しいとするもの、株式の買取りには分配可能額規制が適用されることを理由とするものとさまざまあった。
この点、本判決は、会社法174条以下の「相続人等に対する売渡しの請求」の趣旨を重視して、売買価格が決定されるまでの間(同法177条3項)、売渡請求の相手方を株主として扱い、株主としての権利行使を認めなければならないとしたのでは、上記制度趣旨に反する結果を招くとして、売渡請求がなされれば、その時点で相手方は株主としての地位を失うと判断した。
これに関連して、組織再編等における反対株主の株式買取請求にかかる買取りの効力発生日に関する会社法の平成26年改正は参照に値すると思われる。平成26年改正前会社法下では、株式買取請求権を行使した株主が買取代金の支払を確実に受けることができるよう同時履行の関係を定めるため、買取りの効力は当該株式の代金の支払の時に生じるとされていた。しかし、裁判所における価格決定手続は1年以上かかることも珍しくなく、価格決定に関する手続期間中も株主としての地位を保有し続け議決権等を行使できると解される余地があるなどの指摘があったことを踏まえ、平成26年改正会社法においては、反対株主による株式買取請求にかかる買取りの効力発生日は、組織再編等の効力発生日に統一された。相続人等に対する売渡しの請求は会社側から行われるものであること、組織再編等の効力発生日に相当する概念があるわけではないことから、上記改正の経緯がそのまま本件議論に妥当させることができるものではないものの、価格決定に関する手続期間が長期にわたった場合に株主としての地位を保有し続け議決権等を行使できることを問題視する点は、特に相続人等に対する売渡しの請求のようにまさしくそのような事態の発生を排除するための制度においては重視すべき価値判断であろう。その観点からも、本判決は妥当な結論を導いたのではないかと思われる。
上記のとおり、本論点は従前より議論が分かれていたものであり、本判決は高裁レベルでの判決ではあるものの、実務に一定の影響があると思われる。なお、判決は、売買契約の成立の時期が売渡請求の時点であることをもって直ちに株主としての地位の移転が同時点で生じることとしているが、契約の成立によって直ちに株主としての地位の移転を生じさせるものとは限らず、通常のM&A契約のように契約の成立(サイニング)と株主としての地位の移転(クロージング)が別の時点となることもよくあるのであるから、判示の当該部分は株主としての地位の移転の時期を直接論じるべきであったと思われる(ただし、結論が変わるものではないと考えられる。)。
(掲載日 2018年8月27日)