第142号 フランチャイズ本部の開業支援業務の不履行が問題となった裁判例
(東京地裁平成30年1月12日判決・平成27年(ワ)第28466号※1)
~本部はどこまで加盟店を支援すべきか~
文献番号 2018WLJCC018
弁護士法人心斎橋パートナーズ 弁護士
神田 孝
1.事案の概要と争点
本件は、デイサービス施設フランチャイズチェーンを展開する本部(被告)との間でフランチャイズ契約を締結した加盟店(原告)が、本部に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、損害金等の支払を求めた事案である。フランチャイズ訴訟の多くは、本部の情報提供義務違反が問題となっているが、本件は本部の開業支援義務が問題とされた。本件では、加盟店が本部に対して介護保険法上の介護事業者の指定申請手続を依頼していたところ、本部が加盟店で雇用予定のない者を申請書類に記載したとして、本部の債務不履行が問題とされたのである。
裁判では、①本部の開業支援義務の一環としての「行政申請代行」義務の内容とその不履行、②加盟店が被った損害が主たる争点とされたが、本稿では紙面の都合上①について述べることにする。
また、本件では申請手続の不備が発覚する前に本部と加盟店との間で和解契約(合意解約)が成立していた。筆者が本件の訴訟記録を東京地裁で閲覧したところ、本部と加盟店との和解契約における清算条項の効力も実務的には重要な論点と感じたので、①とともに、本部と加盟店との和解契約の効力についても本稿で説明する。
2.本部の「行政申請代行」義務
- (1) フランチャイズとは、「事業者(「フランチャイザー」とよぶ)が、他の事業者(「フランチャイジー」とよぶ)との間に契約を結び、自己の商標、サービス・マーク、トレードネーム、その他営業の象徴となる商標、及び経営のノウハウを用いて、同一イメージのもとに商品の販売その他の事業を行なう権利を与え、一方、フランチャイジーはその見返りとして一定の対価を支払い、事業に必要な資金を投下してフランチャイザーの指導及び援助のもとに事業を行なう両社の継続的関係」をいう(一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会・2017年「改訂版フランチャイズ・ハンドブック」22頁)。その意味で、本部(フランチャイザー)が加盟店(フランチャイジー)に対してブランドやノウハウを利用して事業を行う権利を与え、加盟店がそれに対して対価を支払うことが基本的な契約関係である。ただ、加盟店が実際に事業を営むためには商品・原材料の供給、店舗の設計施工、業者あっせんなど様々な取引が必要であり、本部が加盟店からそれらの業務の委託を受けたり商品を供給するのが実際である。特に開業前の支援業務は多岐にわたる。
本部が加盟店に対してどのような義務を負うかは一義的にはフランチャイズ契約の定めによるが、フランチャイズ契約以外の付随契約や規約によっても定められる。また、フランチャイズ契約に先立ち本部から加盟希望者に対して交付される「情報開示書面」(中小小売商業振興法第11条)によってもその義務の内容は補完される。
- (2) 本件では本部は加盟店に対して入会金(一般には「加盟金」)と会費(一般には「ロイヤルティ」)とは別に開業支援費として1事業所(1店舗)につき130万円(税別)を支払う旨の定めがあった。そして、本件フランチャイズ契約では開業支援の内容として「開業支援プログラムの内容は、行政申請代行、物件探索支援、事業所立上支援、要介護者募集営業支援とする」と定められていた(本件フランチャイズ契約書第13条)。訴訟では「行政申請代行」業務の内容が問題となったが、裁判所は、「上記認定事実によれば,被告は本件フランチャイズ契約に基づき『行政申請代行』業務を行う義務を負っていることが認められるところ,被告は,原告に対して本件指定申請に必要な本件指定申請手続資料を法令に従って作成した上,申請手続を援助し,また申請した内容に変更が生じた際には変更手続等についても適法にされるように援助する義務を負っていたと認められる。」と認定した。
しかしながら、行政申請代行といっても、その内容は様々であり、「申請行為の代行」か単なる「書類作成の代行」かが問題となるはずである。ところが、裁判所はその点を特に議論することなく、上記事実を認定している。本件フランチャイズ契約では150万円の入会金(加盟金)とは別に開業支援費130万円が支払われているので、裁判所としても、130万円にふさわしいサービスを提供すべきだとの価値判断があったのかもしれない。法的に見ても、中小小売商業振興法では、「加盟に際し徴収する加盟金、保証金その他の金銭に関する事項(下線部筆者)」「経営の指導に関する事項」を情報開示書面に記載して説明することが求められているので(中小小売商業振興法第11条、同規則第11条)、開業支援費を徴収する場合に、その対価性や支援業務の具体的内容を説明することが本部に求められていたといえる。
- (3) 本部の開業支援義務が問題になったものとしては「適地出店義務」が問題となったもの(東京地判平成15年11月26日Westlaw Japan文献番号2003WLJPCA11260019)、「業者選定義務」が問題となったもの(千葉地判平成19年8月30日判タ1283.141、Westlaw Japan文献番号2007WLJPCA08309007)があるが、裁判所としては最終的に契約書の文言を重視する傾向がある。結局、特定の業務を目的として対価を徴収することが契約書上で明記されている場合、本部としては相応の義務を負うことになると考えるべきであろう。
3.和解契約(合意解約)における清算条項の効力
- (1) 本件では本部の行政申請代行手続の不備により介護事業の開業が遅れたことの損害賠償が求められているが、そのことが発覚する前に本部と加盟店との間でフランチャイズ契約は合意解約されており(以下、「本件和解契約」という。)、そこには清算条項が置かれていた。そのため、清算条項の効力や射程範囲が問題となる。
通常、訴訟前に当事者間で和解が成立し、清算条項があれば、責任を追及された側(被告)は和解の抗弁を主張し、請求する側(原告)は和解契約の錯誤無効を主張することが一般である(過去の裁判例で、和解成立を理由として加盟店側の請求が棄却されたものとして東京地判平成17年1月27日Westlaw Japan文献番号2005WLJPCA01270011)。
この点、裁判所は判決末尾にて「被告は,本件和解契約に清算条項があることから上記債務不履行による損害賠償責任も負わない旨主張するようであるが,本件和解契約において上記損害賠償請求権が合意の対象に含まれるとは認められないから,上記清算条項によってこれが消滅したとはいえない。」と結論を述べるだけであり、清算条項の効力や錯誤無効の成否については詳細な検討をしていない。
- (2) 本件和解契約では、フランチャイズ契約を解約したうえで加盟店が本部紹介物件を引き継いで介護事業を行うことが定められていた。そして、本件和解契約第1条では「甲乙間にて平成25年6月11日付にて締結した○○○入会契約書及びこの入会契約書に付随する同日付○○○入会契約に関する契約条項、同じく同日付建物店貸借契約書の各契約に関し、本日合意の上解約し、上記各契約に定められた各義務に関しては本和解書各条項に定めるもの以外、本日以降負担しないものとする。(下線筆者)」とされ、同第8条では「甲と乙との間で、本和解書に定める他何らの債権債務のないことを相互に確認する。」と定められていた。本件和解契約第1条に従えば、本件和解契約締結日である平成25年11月26日以降、被告(本部)は申請書類の変更・修正義務を負わない。他方、行政申請の不備が問題となったのは平成26年4月だったので、申請書類の修正変更が必要になった時期が平成25年11月27日以降ならば被告(本部)の債務不履行は生じないはずであるが、裁判所はその点を議論することなく被告の債務不履行を認定した。この点はいささか拙速と言わざるを得ない。また、本件和解契約では加盟店の競業避止義務が本件和解契約締結後全面的に免除されていることから、加盟店としては本部から独立した介護事業者として和解契約成立後に改めて自己の事業の適法性を確認すべき地位にあった。その意味でも申請書類の修正変更が必要になった時期を議論することなく被告(本部)の債務不履行が認定されたことには疑問が残る。
- (3) このように本件和解契約の各条項を子細に分析すると「本件和解契約において上記損害賠償請求権が合意の対象に含まれるとは認められないから,上記清算条項によってこれが消滅したとはいえない。」という認定には疑問が残る。被告(本部)側準備書面では本件和解契約の条項に基づく具体的な反論は特になされていなかったことから(そのため、判決でも「なお,被告は,本件和解契約に清算条項があることから上記債務不履行による損害賠償責任も負わない旨主張するようであるが」という引用になっている。)、今回の認定は本件に限られたものと言うべきであろう。
いずれにせよ、本部と加盟店との間でフランチャイズ契約を合意解約した場合、後日の疑義を残さないためにも、想定される全てのリスクを具体的に盛り込んだ和解条項を作成しておく必要がある。
(掲載日 2018年7月23日)