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文献番号 2018WLJCC011
明治大学 教授
野川 忍
1.はじめに
本件は、上告審※2において高裁判決が差し戻され、改めて最高裁の法理に従って判断が示された注目すべき判決であるが、下記のとおり、差戻し前の高裁判決に見られた労基法37条についての理解不足が、差戻し前判決とは言わば逆の方向で再び露呈される結果となっており、同条の解釈適用に関する実務の対応に大きな波乱要因を投げかけていると言える。
2.本件の概要
歩合制を採用するタクシー・ハイヤーの各社は、さまざまな賃金計算方式を制定しているが、本件におけるY社では、一乗務(15.5時間)あたり1万2500円の基本給のほか、乗務しない場合の服務手当、交通費、歩合給、及び休日・深夜・時間外の割増賃金を支給することとしていた。ところがY社の賃金規則では、歩合給の算定にあたってまず対象額Aを定め、その計算を[(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53]+[(公出(休日出勤)揚高-公出基礎控除額)×0.62]として、これを割増賃金と歩合給の計算に用いていた。このうち歩合給は二種類あり、歩合給(1)は、対象額A-(割増賃金合計額+交通費×出勤日数)、歩合給(2)は従来の賞与に見合う性格の給付で、(所定内税抜揚高-34万1000円)×0.05で計算されていた。割増賃金は、時間外(法内残業も含む)・深夜・公出のうちの法定外休日該当分とも対象額A/総労働時間×0.25に、それぞれ残業時間、深夜労働時間、公出日の労働時間を乗じて算出され、公出のうち法定休日の割増賃金は、対象額A/総労働時間×0.35に公出の労働時間を乗じて算出されていた。運転手としてこれらの賃金算定方式を適用されていたXら14名は、これらの計算式のうち、歩合給の計算に当たって割増賃金額を控除する旨定めた賃金規則上の規定は無効であるとして、控除された割増賃金相当額の未払賃金、遅延損害金、付加金(労基法114条)の支払を求めた。
3.原審までの判断
差戻し前第一審(東京地判平27・1・28)※3 は、Xらの請求のうち、賃金規則の、対象額Aから割増賃金分を控除する旨の一部規定が無効であることを認め、歩合給を「対象額A-交通費」で計算しなおしたうえで、Xらに対する未払賃金分と遅延損害金の支払を命じた。差戻し前控訴審(東京高判平27・7・16)※4も、本件賃金規則の上記規定によれば「時間外等の労働をしていた場合でもそうでない場合でも乗務員に支払われる賃金が同じになる…のであって、…[労基法37条]の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして民法90条により無効であるといわざるを得ない」として控訴を棄却した。
4.最高裁判決の概要
最高裁は控訴審の判断を破棄し、以下のように述べて、本件を差し戻した。すなわち、労基法37条は、そこに定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるのみであって、「使用者に対し、労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし、これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。
そして、使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには、労働契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で、そのような判別をすることができる場合に、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり…他方において、労働基準法37条は、労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると、労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの、当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し、無効であると解することはできないというべきである。」
5.本判決の判断
(1)労基法37違反の有無
「労働契約の内容となる賃金体系の設計は、法令による規制及び公序良俗に反することがない限り、私的自治の原則に従い、当事者の意思によって決定することができるものであり、…通常の労働時間の賃金としての歩合給の定め方を指定し、あるいは規制した法令等は特に見当たらない。そして、歩合給は、成果主義に基づく賃金であるから、労働の成果に応じて金額が変動することを内容としており、労働の成果が同じである場合、労働効率性を評価に取り入れて、労働時間の長短によって歩合給の金額に差が生ずるようにその算定過程で調整を図ることは不合理なことではな」いのみならず、従業員の95%を組織する労組の同意を得ていることからして、「労働者の立場から見ても、合理性が確保された内容であるということができる。」
(2)規定の明確区分性
「基本給、服務手当及び歩合給の部分が、通常の労働時間の賃金に当たる部分となり、割増金を構成する深夜手当、残業手当及び公出手当が、法37条の定める割増賃金に当たる部分(ただし、残業手当の対象となる法内時間外労働の部分と、公出手当の対象となる法定外休日労働の部分は、法37条の定める割増賃金には当たらない。)に該当することになる。
したがって、本件賃金規則においては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と法37条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区分されて定められているということができる。」
(3)割増金の金額適格性
労基法施行「規則19条1項6号は、出来高払制その他請負制によって定められた賃金については、その賃金算定期間において出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における、総労働時間数で徐した金額とする旨を定めている」ところ、本件では賃金総額は歩合給(1)となる。そして、本件規則では、割増賃金として支給される額は歩合給(1)ではなく、対象額Aを算定基礎とするのであって、「それを控除した後の歩合給(1)に相当する部分の金額を基礎として算定する法37条等に定められた割増賃金の額を常に下回ることがないということができる。」「したがって、本件賃金規則においては、割増金の支払については、法37条の定める支給要件を満たしているというべきであ」る。
6.本判決の意義と課題
筆者は、本件最高裁判決についても本欄で評釈を著し、そこにおいて、「差戻審においては、本件算定方式による割増賃金の支給が、上記の判断基準によって労基法37条の割増賃金の支払があったと認められ得るか否かが中心的な争点として争われ、その場合には、割増賃金が多くなれば通常の賃金が減額されるため、総額としては時間外労働がいくらなされてもそれによる増額が生じないという事態をどうみるかが最大の争点となろう。」と指摘したが※5、本件判旨は、この指摘からは微妙に逸脱した内容となっており、最高裁でこのまま認容される見通しは高くない。
まず、判旨は最高裁の判断を受け、本件における賃金制度を労基法37条に違反するものではないとするが、その論理と結論は一面的と言わざるを得ない。確かに、差戻し前控訴審が、賃金総額から割増賃金分を控除する仕組みをただちに違法とはできないとの最高裁の指摘に応え、少なくとも労基法37条との関係では、非効率な時間外労働を抑制して効率的な業務遂行を目指すという趣旨の合理性や、そもそも賃金の構成や支払は原則として契約の自由によるもので、労基法37条から、本件賃金制度を違法とする趣旨は導き出せないことなどを理由としてその適法性を導く論理には一理あるが、最高裁は、割増賃金を控除して通常の労働時間の賃金を算定することが「当然に」は労基法37条に違反して公序違反とは言えない、としていたのみであって、逆に、当然に適法となると言っていたわけではない。この点、水町教授は、本件制度を敷衍すると割増賃金控除の結果として歩合給(1)の額が零円になる可能性もあり、この場合には最賃法が割増賃金を最低賃金の対象金額から除外している(同法4条3項2号、同法施行規則1条2項)ことからして最賃法違反を否定できず、そのような制度にも合理性が認められ得るかとの疑問を呈している ※6が、まさにその通りである。加えて、労基法37条の趣旨には、時間外労働等についての労働者への補償に加えて、割増賃金を支払わせることで使用者に経済的負担を負わせ、時間外労働の抑止効果をもたらすことも含まれているのであって※7 、判例もまた、単に割増賃金部分の通常の労働時間の賃金との判別可能性のみならず、割増賃金が払われることによる長時間労働への経済的抑止効果も重視してきた※8。この抑止効果を全く失わせる本件の制度が、労基法37条の趣旨に反することは疑いない。さらに、判旨の論理を敷衍すると、会社が業務の効率性をいっそう高めるために、歩合給(1)につき対象額Aから割増賃金額の2倍を控除することとした(割増賃金が増額されるほど賃金総額の減額幅が大きくなる)としても合理性は必ずしも否定できないこととなろう。時間外労働をさせるほど賃金コストが減少するような措置も容認し得る判旨の論理は是認できない。判旨は、最高裁の指摘の一面のみを取り上げて、差戻し前控訴審の論理を裏返しただけで、本件制度の適法性を改めて慎重に検討する姿勢に欠けていたと言わざるを得ない。
また、判旨は割増賃金の算定基礎となる賃金は割増賃金控除後の歩合給(1)であるとして、控除前の対象額Aによる割増賃金はこれを下回ることがないから労基法37条に違反しないとしているが、最高裁判決の評釈でも繰り返し指摘されているように※9 、割増賃金の算定基礎となる賃金は通常の労働時間または労働日の賃金であって、時間外・休日労働等に対応する賃金は除外されるべきなのである。上記のように、本件制度によれば歩合給(1)が零円になる可能性もあり、そうすると通常の労働時間の賃金が消滅して割増賃金も零円となる。これを適法であるとする論理は、最高裁の「労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得る」との指摘に照らしても妥当であるとは言い難い。
以上のような判旨の問題点から、加えて2点を指摘したい。まず、労基法37条の趣旨に関して、本件における歩合給や上記医療法人康心会事件※10 における年俸制などの普及による混乱が生じていることは間違いなく、あらためて同条につき周到かつ統一的な解釈基準が設定されるべきである。また、上述のような本件の問題点に鑑みると、本件における訴訟指揮や主張立証の構成がどのようであったのかは気にかかる。争点が十分に明確にされ、適切に整理された形で、あらためて実りある結論が導かれることを期待したい。
(掲載日 2018年5月30日)