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文献番号 2018WLJCC010
金沢大学 教授
大友 信秀
1.はじめに
NEONEROという海外ブランドのアクセサリーを輸入し販売した宝石・貴金属販売業者が国内の商標権者により、同アクセサリーの販売差止め及び廃棄を求められ、一審の東京地方裁判所※2と二審の知的財産高等裁判所の判断が分かれた。
いわゆる商標商品の並行輸入に関しては、すでにフレッドペリー最高裁判決※3において商標権侵害判断の基準が示されているが、本件では、これまでに並行輸入事件で問題となってきた商標機能論と権利濫用論という二つの論拠が控訴人(原審被告)から示されており、一審と二審の裁判所による商標のとらえ方の差から、これらの問題を読み解くヒントが得られる。
本稿では、並行輸入というものがあぶり出す商標の本質に注目し、ブランドは誰のものなのか、ブランドの経済的利益を守るための法的対応にはどのようなものが用意されているのかを明らかにする。
2.事実
(1)被控訴人(第一審原告)と商標権の概要
被控訴人は、貴金属製品の製造・卸売業者であり、ヨーロッパではP.V.Z.srl社(以下、PVZ社という。)が有するNEONERO商標(以下、本件商標といい、同商標に係る商標権を本件商標権という。)※4の国内商標権利者である。また、被控訴人がNEONEROブランドの商品を取り扱い始めたのは2013年3月であり、2014年9月22日までに、PVZ社との間でPVZ社製品を日本国内で排他的に販売できるとする合意(以下、本件販売代理店契約という。)をしたが、契約書は作成されなかった。
(2)控訴人(第一審被告)と本件で問題となった行為の概要
控訴人は、宝石・貴金属類の輸入、加工及び販売業者であり、2014年2月にPVZ社との取引を開始し、同年6月には商品を直接輸入し、同年7月には同社から送付されたポスターを受け取り、NEONERO標章を付したプライスカード作成の許可を得た。また、本件商標登録後、2015年12月11日から13日まで、催事においてPVZ社製品を販売し、本件商標が付されたチラシを頒布した。
(3)本件訴訟に至る経緯
PVZ社と被控訴人は、2014年10月2日以降、本件販売代理店契約締結以前にPVZ社が控訴人から受けた注文の処理について協議し、同月9日、PVZ社が控訴人からの上記注文につき直接取引を行うことに被控訴人が同意した。同月10日には、被控訴人からPVZ社に対して、NEONERO商標の共同出願が提案され、同月14日までに日本における同商標の出願は被控訴人が単独で行うことが了解され、同月15日に出願された。
控訴人は、2014年10月28日頃、PVZ社から直接商品を輸入したが、その後は、これができなくなり、PVZ社にメールで注文し、香港のM.C.E社(以下、MCE社という。)から未開封のまま注文商品を受けとるという方法で輸入することにし、2015年5月11日頃、MCE社からPVZ社商品を輸入した。
被控訴人は、2015年11月10日、控訴人に対し、被控訴人が本件商標権を有し、本件商標と同一又は類似の商標を被控訴人に無断で使用することが本件商標権の侵害を構成する旨通知した。また、同年12月8日には、控訴人に対して、催事における控訴人商品の販売行為が本件商標権の侵害を構成するとして、その販売の中止を求めた。
控訴人は、2015年12月24日頃、被控訴人に対し、並行輸入品の取扱いには問題がないと考えており、控訴人が並行輸入を中断するには被控訴人による控訴人の商品在庫買い上げなどの方法があり得る旨通知した。その後2016年に、被控訴人が控訴人に対して本件訴え※5を提起した。
(4)第一審の判断
第一審である東京地方裁判所は、控訴人(第一審被告)が非侵害として挙げた、①先使用による商標の使用をする権利の有無、②並行輸入による商標権侵害の違法性阻却事由該当性、③商標権の行使の権利濫用該当性という3つの理由すべてを認めず、被控訴人(第一審原告)の請求を認めた。
このうち、②の理由については、被控訴人が金具等の部品について自社製品を使用している点(被控訴人に係る部分が85%と認定している。)から品質が同一であるとはいえないとして、これを認めなかった。
3. 裁判所(第二審)の判断
(1)ブランドコンセプト及び国内におけるNEONERO商標とPVZ社の関わりに関する事実認定
①ブランドコンセプトの認定
控訴人が輸入したPVZ社製品と被控訴人商品の同一性に関するブランドとしての同一性、すなわちブランドコンセプトに関して、被控訴人の「控訴人の主張する本件ブランドのコンセプトは非常にあいまいなイメージを指しており、そのようなあいまいな基準で具体的な商品の同一性を判断すべきではない。」とする主張に対して、裁判所は、「PVZ社の商品カタログには、同社の製品のコンセプトとして、『トスカーナでとても有名であった古くからのレース製造の伝統に魅せられて、NEONEROによるPizzo d’oro Collectionは若いデザイナーの創造性によって考案され、このすばらしいデザインはアレッツオにある工場において製造されています。伝統的なコットンレースを用いる代わりに、私たちのアイディアは熟練した金細工職人によってすばらしい金の葉に精細に穴を空け、制作され、その結果、レースに似たとても興味深い作品となります。』とイタリア語と英語で記載されている。」とブランドコンセプトを認定した。
②NEONERO商標とPVZ社の関わり
裁判所は、「被控訴人のウェブサイトにおいては、PVZ社が製造した商品の画像が用いられているが、これらは全てPVZ社が作成した画像である。」として国内商標権者である被控訴人の商品画像とPVZ社の密接な関わりを認定している。
(2)並行輸入による商標権侵害の違法性阻却事由該当性
裁判所は、控訴人商品が、いずれもPVZ社から輸入された商品であることを認めた上で、フレッドペリー最高裁判決が示した3要件に沿って並行輸入商品の違法性阻却事由該当性を判断した。
①第1要件について
PVZ社商標の要部はデザイン化された「NEONERO」の文字部分であると認められ、控訴人標章1と控訴人標章2の要部はPVZ社商標の要部とその外観が類似し称呼を同一にするため、PVZ社商標と控訴人商標とは類似する。
「控訴人商品は、いずれもPVZ社から輸入されたものである上、控訴人がこれに手を加えて販売したとも認められないから、控訴人が控訴人商品の広告に控訴人標章1及び2を付する行為は、PVZ社の商標権の出所識別機能や品質保持機能を害するものではなく、PVZ社との関係で適法なものということができる。」
②第2要件について
内外権利者の実質的同一性は法律的又は経済的に同一人と同視し得る関係であることを言うが、「被控訴人はPVZ社と本件ブランド商品について日本における本件販売代理店契約を締結し、被控訴人はPVZ社の日本における独占的な販売代理店となったものであるから、PVZ社と被控訴人とは、法律的に同一人と同視し得るような関係にあるといえ(る)。」
③第3要件について
「本件において、被控訴人商品は身飾品であり、使用者が他人から見えるように装用して、商品の美しさでもって使用者を飾るという機能を有するところ、…被控訴人が、PVZ社パーツの組合せや鎖の長さなどを指定し、引き輪やイヤリングのパーツを取り付けたことは認められるものの、引き輪やイヤリングのパーツは身体を飾るという被控訴人商品の主たる機能からみて付随的な部分にすぎない。被控訴人のウェブサイトには、PVZ社作成の画像及びPVZ社が使用するのと同じ本件ブランドのロゴが用いられ、PVZ社パーツのレース状の模様は明確に認識できるが、被控訴人が独自に付したパーツが強調されている部分はなく、また、PVZ社パーツのレース状の細工以外のデザインが良いことや、引き輪やイヤリングのパーツが使用しやすいといったことは、上記ウェブサイトには記載されておらず、このような事項が需要者に認識されていたとは認められない。さらに、被控訴人は、被控訴人商品について保証書を発行していたものの、その内容は、『品番』『仕様』のみであり、保証内容から被控訴人独自のパーツが付されていることを購入者が認識できるものとは認められない。
これらの事情を総合考慮すると、被控訴人が、PVZ社とは独自に、被控訴人の商品の品質又は信用の維持を図ってきたという実績があるとまで認めることはできず、控訴人商品の輸入や本件被疑侵害行為によって、被控訴人の商品の品質又は信用を害する結果が生じたということはできない。したがって、被控訴人に保護に値する利益があるということはできない。」
以上より、本件被疑侵害行為は、第1要件~第3要件をいずれも充足し、実質的違法性を欠くとして、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却した。
4.フレッドペリー最高裁判決が示した基準
本件以前にすでに、最高裁判決は、並行輸入行為が実質的違法性を欠くとされる要件として、以下の3つを示している。
① 当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたものであり、
② 当該外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があることにより、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであって、
③ 我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合。
商標商品に対しては、パーカー事件判決※6以来、特許が問題となる場合の基準である消尽論ではなく、商標機能論が採用されてきた。フレッドペリー最高裁判決は、商標機能論による判断基準を示したが、具体的な当てはめでは、上記①要件を満たさなかったため、②の内外権利者の同一性については判断しておらず、③についても、具体的事実への当てはめは不明確なままとなった※7。注目すべき点は、最高裁は、③の品質管理権限に関して、内国商標権者に対してこれを認めているのであり、ブランドの大本である外国商標権者に認めているわけではないというところである。内外商標権者の同一性が確認できれば、本来は、ブランドの大本である外国商標権者が商標商品の品質管理権限を害されたかどうかを判断すべきとも思われるが、品質管理権限はあくまでも内国商標権者を対象に判断される。このことは、並行輸入事件では、あくまでも商標権が各国個別に存在しており、権利侵害の判断も各国ごとにするのが基本であり、我が国で侵害が問題となる場合には我が国の商標権者を中心に判断しなければならないということを示している。
5.本事件が示した商標の本質とブランドを守る法的対応
(1)商標とは何か?
商標とは、商品やサービスの出所を示し、需要者に対して、商標が付された商品が商標権者の手から市場に流されたことを保証するものである。そして、商標を標識として認識した需要者は、商標商品の品質についても一定の品質であることを期待するようになる。
特許製品の場合、特許技術が使用されているからといって、その商品が必ず優れた機械であるという保証はなく、商標商品のような期待を保護する必要性はない。特許製品は単に特許を実施しているという点で問題となる。したがって、特許対象の技術を使用しているという点で権利者が異なれば即侵害となり、内外権利者が同一人と認められれば、あとは問題となる国もしくは領域が自由貿易主義を採用しているか保護主義であるかで消尽を認めるか認めないかが決まることになる。
これに対して、商標の場合、商標商品を販売している者が商標権者であるとは限らないし、ブランドを所有している者がどの程度具体的な商標商品の品質管理(販売方法を含む)をしているかもまちまちである。そのため、あるブランドにおける品質管理権限をどの程度法的に守るかは、具体的な事実を分析しなければ判断できないことになる。また、法的に保護可能なのは権利者であるため、外国権利者がブランドの発祥であり大本の管理を行っていたとしても、法的保護の可能性を判断する基準となるのは内国権利者となってしまう。
ブランドには国境がなく、ブランドの管理は大本の管理者を中心に実行・管理する必要があるが、法的権利である商標権は各国バラバラであり、問題となるたびに各国の権利者(子会社等の現地法人、総代理店等)を基準に保護が判断されることになるという点を意識することが必要である。
(2)商標権は万能か?守るのは法的権利であって経済的利益ではない。
フレッドペリー最高裁判決は、ライセンサーの品質管理権限を認めたが、このことは、無制限に並行輸入業者を閉め出す権限を認めたのではなく、あくまでも、適法にブランド管理を行っているライセンサーをライセンシーとの内部関係の契約違反等の違法行為から保護することを認めたに過ぎない。
本件では、被控訴人がPVZ社の製品と自らが販売する製品が異なることを示すために、後者は被控訴人に係る部分が85%に達するという事実を示した。しかし、商標法が保護するのは、本件でいえば、NEONEROという商標が有する出所表示機能及び品質保持機能であり、外観からは全くうかがい知れない被控訴人自身の価値ではなかった。
本件で控訴人が輸入・販売したPVZ社製品は、PVZ社との契約に基づき行われたものであり、被控訴人も本件商標登録前からの控訴人とPVZ社の取引関係については承知していた。本件におけるPVZ社と控訴人、被控訴人の三角関係は複雑であるが、このような関係を商標権のみで被控訴人に有利に動かすことは不可能であろう。それぞれの間の契約による解決に従うしかなかったようにも思われる。
商標権は、あくまでも商標法で保護される範囲に限定され、商標権者が商標商品を扱う際に期待される経済的利益すべてを包含するものでないことを確認しておく必要がある。
(3)権利濫用論の出番は?
控訴人は、第一審から権利濫用論についても非侵害の理由として主張していた。しかし、第二審はこの点について判断をしていない。判例では、BBS商標商品並行輸入事件※8で権利濫用論が採用されているが、これは、同事件では内外権利者の同一性が認められなかったことによる。本件でも、内外権利者の同一性が認められなければ権利濫用論から判断がなされたものと思われる。
6.おわりに
内外権利者の同一性が経済的な関係のみならず法律的に判断されるところからも、商標法(及びその適用基準を示す判例)は、実際のブランドのライセンサーとライセンシーの関係ではなく、内国権利者を基準とした視点を有していることがわかる。商標機能論と権利濫用論の関係も、法的判断基準としての適用順序としては明確でわかりやすいが、実際にはこれら二つを明確に分けることは困難である。
実務では、本件のように判例が採用する判断基準を意識して、実際の侵害に対応可能な権利確保及び契約関係の確保が求められる。
(掲載日 2018年5月28日)