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文献番号 2018WLJCC006
明治学院大学 教授
西山 由美
1.はじめに
当たり馬券払戻金は一時所得か雑所得か、また、外れ馬券の購入代金をその所得金額から控除することができるかどうかについては、各地で複数の訴訟が提起された。本件最高裁判決(以下「本判決」という)は、それが雑所得にあたり、外れ馬券購入代金もその所得の必要経費になると認めた原判決(東京高判平成28年4月1日)※2を支持し、国の上告を棄却した。
本判決に先んじて最高裁第三小法廷は、馬券を自動的に大量購入できるインターネットソフトを利用したケースで、その所得が雑所得に該当し、外れ馬券購入代金の必要経費算入も認めたが(最判平成27年3月10日※3―以下「平成27年判決」という)、他方、本判決と同じ第二小法廷で本判決の5日後に出された判決では、競馬に関する豊富な情報を駆使したとしても、その購入方法などが一般の競馬愛好家の馬券購入と変わらないことから、これを一時所得とし、馬券購入代金の控除も認められないとした(最判平成29年12月20日)※4。
当たり馬券払戻金の所得類型と、それに伴う外れ馬券購入代金の控除の可否については、「平成27年判決」が示した「所得税法上、営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得ではなく雑所得に区分されるところ、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」という基準にもとづき、争われるケースごとに個別具体的に判断されることになる※5。
本判決と「平成27年判決」の結論は同じであるが、事実関係の違いとして、本件ではコンピューターソフトは利用せず、レースごとの騎手の技術や競走馬のコース適性などから着番を予想し、予想の確度と予想が的中したときの配当率を組み合わせて馬券を購入するという独自の手法を用いていたことを挙げることができる※6。
最高裁第二小法廷による本判決と上記平成29年12月20日判決を受けて国税庁は、馬券払戻金等を原則として一時所得とする通達(所得税基本通達34-1(2))に、「馬券を自動的に購入するソフトウエアを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有することが客観的に明らかである場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得として雑所得に該当する。」との注記を付した※7。
当たりはずれがあるのが本来のギャンブルであるが、昨今では、特殊なコンピューターソフトやノウハウを駆使して、複数年を通して年間で必ず利益がでるようにしたり、馬券購入代金合計額に対する当たり馬券払戻金の比率が常に100%超であったり、その利益が数千万円から億単位になったり(本件では6年間にわたり、1800万円から2億円の利益をあげている)するように仕組むことが可能となってきている。このような形態でギャンブルを行う者は、ゲームの当たりはずれを楽しむというより、必ず利益がでることを至上命題としており、他に生活資金の源泉がある場合には事業所得とはいえないまでも※8、ほとんどプロフェッショナルに近いギャンブラーといえる。今後日本でもIR整備推進法によりカジノが解禁されることになれば、プロフェッショナルといえるギャンブラーもあらわれるであろうから、その利益に対する公平かつ適正な課税はこれからの大きな争点となるはずである。
2.本判決の特色
本件の事実の概要は、本コラム第85号ですでに紹介しているので、これを参照いただきたい。本判決と原判決は、その結論において一致しているが、その理由付けに若干の相違がみられる。
まず、X(原告・控訴人・被上告人)の所得を雑所得とする根拠について、ともに「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当するかどうかに注目しつつ、原判決は、Xが期待回収率を100%超にするノウハウを駆使して長期間・多数回・頻繁・網羅的に馬券購入を行っていたことを強調している。それに対して本判決は、「6年間にわたり、1節当たり数百万円から数千万円、1年当たり合計3億円から21億円程度となる多数の馬券を購入し続けたというのである。このような被上告人の馬券購入の期間、回数、頻度その他の態様に照らせば、被上告人の上記の一連の行為は、継続的行為といえるものである」として、馬券購入の期間、回数、頻度およびその他の態様(購入金額が多額であったことも含まれるであろう)という客観的状況に着目し、高度なノウハウについてことさら強調していない。
次に、外れ馬券の購入代金も雑所得の必要経費として控除できるかどうかについて、原判決は、外れ馬券を含む一連の馬券の購入が「一体の経済活動の実態」を有し、個々の馬券の購入に分解する必要はないとしている。それに対して本判決は、「偶然性の影響を減殺するために長期間にわたって多数の馬券を頻繁に購入することにより、年間を通じての収支で利益が得られるように継続的に馬券を購入しており、そのような一連の馬券の購入により利益を得るためには、外れ馬券の購入は不可避であったといわざるを得ない」としている。
このように本判決では、コンピューターソフト使用の有無や当事者が有するノウハウの高低以上に、「平成27年判決」が示した「行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情」という基準に照らし、行為が反復継続されていること(すなわち、一時的な行為でないこと)、および確実かつ多額の利益を得ていること(すなわち、営利目的の行為であること)を重視し、雑所得該当性がより明確に示されている。また、外れ馬券の購入代金の必要経費該当性について、「外れ馬券の購入は不可避であった」として、費用の必要性を「不可避」という表現を用いることで、所得を得るための不可欠性をより強調している。
3.海外のギャンブルに対する税制
筆者個人としては、日本におけるカジノ解禁には反対であるが、解禁実現の有無にかかわらず、この種の行為から生じる利益に対する公平かつ適切な課税は、どのようにあるべきかを考えてみたい。そこで、米国、英国、ドイツおよびカナダの制度を概観する。
米国ではギャンブルの所得を「その他所得」として総所得に算入し、その損失は利益を限度に控除することができる※9。課税対象となる所得金額は、ビンゴやスロットマシーンについては1,200ドル以上、ポーカーについては5,000ドル以上などと、ギャンブルの種類により異なる※10。賭博によって生じた損失は、賭博によって得た利益を限度として控除することができる(損失控除を定める内国歳入法典165条(d)項)。
英国では、2001年にギャンブル税(betting duty)を廃止し、ギャンブル主催者の利得に15%を乗じる金額で課税されることになった。大手の主催業者からは「業界が要求した税率で決着した」と概ね好意的に受け入れられているが、中小の業者からは「競争上不利だ」との不満がでているという。さらに大手の業者からも、「英国が世界のギャンブルセンターをめざすためには、無税とするべきだ」との意見も出ている※11。
ドイツでは、2012年7月に「競馬・くじ法(Rennwett- und Lotteriegesetz)」を改正し、賭金に5%の税金をかける方式を導入した。これは、馬券等の販売者が徴収する。売上げの規模により非課税となる事業者があったり、ドイツ人でもオーストリアに居住している場合には非課税とされたりするなど、制度に対する不公平感や負担感はあるものの、税収としては2012年から2015年の3年間で5億5400万ユーロにのぼるという※12。
カナダでは、ギャンブル収入が法令で定められた4つの所得源泉(office, employment, property, business)のいずれにも該当しないため、その明確な課税根拠を欠くものの、判例により「リスクを最小化して管理するシステム」が構築されている場合には、所得源泉があるものとされる。「リスクを最小化するシステム」に着目して通常の課税制度に組み入れる点で、本判決の所得類型や外れ馬券購入代金の取扱いに関して参考になろう※13。
ギャンブルは、多数の者によって日々行われ、しかも匿名性の高いものであるから、課税漏れや課税逃れがなく公平であるとともに、簡素な制度が望ましい。そうであるならば、英国やドイツのように、ギャンブル主催者のもとで馬券等を販売するとき、あるいはギャンブルに勝って払戻金が支払われるときに一定割合で徴収する方法は注目に値する。ただし、その一定割合をどのように設定するか、非課税事業者を定めるかどうかは、英国にみられるように各関係団体のロビー活動にかかってしまうという危惧はある。
(掲載日 2018年4月2日)