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文献番号 2018WLJCC001
北海道大学法学研究科 教授
田村 善之
Ⅰ はじめに
特許権侵害訴訟において、被疑侵害者側は当該特許が無効審判により無効とされるものであるといういわゆる無効の抗弁 ※1を主張することができるが(特許法104条の3第1項)、これに対抗して特許権者の側は、被疑侵害者の主張する無効理由は訂正により除去しうるものであるといういわゆる訂正の再抗弁を提出することにより無効の抗弁を免れることができると一般的に理解されている。ところが、度重なる改正 ※2を経て、現在(2011年改正後)の特許法の下では、無効審決の取消訴訟の係属中には当該無効審判手続内での訂正の請求ばかりでなく(特許法134条の2第1項)、独立して訂正審判を請求することも許されない(特許法126条2項)など、特許権者には訂正請求ないし訂正審判を請求することができない時期がある。その場合、特許権者は訂正審判を請求することなく、訂正の再抗弁を主張することができるのか、ということがかねてより論じられていた。
本稿が紹介するのは、この問題が間接的な争点となった最判平成29.7.10民集71巻6号861頁〔Westlaw Japan文献番号2017WLJPCA07109001〕[シートカッター]である。もっとも、直接の争点は、訂正の再抗弁の可否ではない。直接の争点は、特許権侵害訴訟で原審において訂正の再抗弁を主張することなく敗訴した原告特許権者が、その上告審の係属中に訂正審判を請求したところ訂正を認める審決が確定したので、この訂正審決の確定により原判決は再審により取り消されるべき瑕疵があるとして、上告審により破棄されるべきものとなるのかということであった。これが何故、訂正の再抗弁の可否と関係するのかというと、本件において、上記争点が下記のような論理的なつながりのなかで判断されたからである。
無効の抗弁に関しては、特許権侵害にかかる紛争の解決を不当に遅延する場合には却下されるべきものとされ(特許法104条の3第2項)、また、再審に関しても、侵害訴訟における特許権者敗訴判決確定後、当該侵害訴訟で認められた無効の抗弁にかかる無効理由を回避するための訂正を認容する審決が確定しても再審においてその主張をなすことは許されない(特許法104条の4第3号、特許法施行令附則8条2号※3 )、という制限がある。事実審の口頭弁論終結後、上告審の段階での訂正の再抗弁の主張を原告特許権者に許してしまうと、紛争の早期解決を目的とするこれらの制限が潜脱されるのではないか、ということが問題となる。他方、原告にしてみれば、本件の原審の当時、無効審判が係属中であってそれが審決取消訴訟に移行していたために、訂正請求や訂正審判請求をなすことができなかったという事情があった。そうであるならば、訂正の再抗弁を提出しなかったことはやむを得ないところがあり、ゆえに本件で上告審係属中の訂正審決の確定を理由として原判決を破棄しても、上記無効の抗弁や再審の制限の法意に反するものにはならないのではないかということが問題となる。
本判決は、まず、前記直接の争点について、事実審の口頭弁論終結時以降の訂正審決の確定を理由とする原判決の破棄を、原則として否定した。事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかった者が、その後に訂正審決が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえる特段の事情がない限り、特許権の侵害にかかる紛争の解決を不当に遅延させるものとして特許法104条の3、104条の4の各規定の趣旨に照らして許されない、という一般論を展開したのである。そのうえで、前記間接的な争点に関わることであるが、具体的な当てはめの問題として、本件において訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえる特段の事情が存するか否かの判断の際に、本件の事情の下では訂正の再抗弁を主張するために現に訂正を請求している必要はないという解釈を示し、ゆえに原告が原審において訂正の再抗弁を主張することができなかったとはいえないと論じて、本件において訂正審決の確定を理由として原審の判断を争うことは許されないと帰結した。
このように、本判決は、直接には上告審係属中の訂正審決の確定により原判決を破棄することの可否が争点となった事案に対し、原則としてこれを許さないとする一般論を判示したものとして重要な判決であるとともに、その理由中の判断において、侵害訴訟が事実審の係属中に訂正の再抗弁をなすに当たり、訂正請求や訂正審判請求をなしておく必要があるのかということに関して、本件の事案を前提とした最高裁の立場が示されており、今後、その射程が問題となるものと思われる。
Ⅱ 事案の概要
以下、本判決の認定に従い、本判決の判旨に関連する限度で、時系列的に本件の概要を記す。
平成25.12 原告が、本件特許権(発明の名称:「シートカッター」)に基づき、シート等を裁断する工具(以下、「被告製品」という)を販売する被告に対し、その販売の差止めと損害賠償等を求める本件訴訟を提起
第一審係属中 被告が原告に対し、補正要件違反、サポート要件違反、明確性要件違反の無効理由(本最高裁判決で問題となった無効理由とは別の無効理由)があるとして無効審判を請求
平成26.7 特許庁において、原告が訂正を行うことがないままに、無効審判請求不成立審決(以下、「別件審決」という)が下される
平成26.8 被告が別件審決について審決取消訴訟を提起
平成26.10.30 第一審判決(東京地判平成26.10.30民集71巻6号896頁〔Westlaw Japan文献番号2014WLJPCA10309006〕[シートカッター]):被告の上記の理由による無効の抗弁を排斥して、原告の請求を一部認容する旨の判決を言い渡す
平成26.11.26 被告が、控訴理由書において、本件特許は新規性喪失、進歩性欠如の無効理由が存在するとして、新たな無効の抗弁(本最高裁判決で問題となった無効理由。以下、この理由による抗弁を「本件無効の抗弁」という)を主張
平成27.11 控訴審口頭弁論終結:原告は、原審の口頭弁論終結時までに、本件無効の抗弁に対し、訂正により無効の抗弁に係る無効理由が解消されることを理由とする再抗弁(以下「訂正の再抗弁」という)を主張せず
平成27.12.16 控訴審判決(知財高判平成27.12.16民集71巻6号909頁〔Westlaw Japan文献番号2015WLJPCA12169004〕[シートカッター]:本件特許は特許法29条1項3号に違反してされたものであるとして、本件無効の抗弁を容れて、第1審判決中、被告敗訴部分を取消し、原告の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡す
平成27.12.16 上記別件審決に対する取消訴訟に対して知財高裁で請求棄却判決(知財高判平成27.12.16平成26(行ケ)10198〔Westlaw Japan文献番号2015WLJPCA12169005〕[シートカッターⅡ])
平成28.1.6まで 上記別件審決確定
原告が本件控訴審判決に対して上告と上告受理の申立て
平成28.1.6 原告が特許請求の範囲の減縮を目的として、本件特許に係る特許請求の範囲の訂正をすることについての訂正審判を請求
平成28.10 特許庁において上記訂正をすべき旨の審決(以下「本件訂正審決」という)が下される
本件訂正審決は、その頃確定
平成29.7.10 本判決(最判平成29.7.10民集71巻6号861頁〔Westlaw Japan文献番号2017WLJPCA07109001〕[シートカッター])
Ⅲ 本判決の判旨
「原審で本件無効の抗弁が主張された時点では、別件審決に対する審決取消訴訟が既に係属中であり、その後も平成28年1月6日まで別件審決が確定しなかったため、上告人は、原審の口頭弁論終結時までに、本件無効の抗弁に係る無効理由を解消するための訂正についての訂正審判の請求又は特許無効審判における訂正の請求をすることができなかった(特許法126条2項、134条の2第1項)。」
「所論は、本件の上告審係属中に本件訂正審決が確定し、本件特許に係る特許請求の範囲が減縮されたことにより、原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして、民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある旨をいうものである。」
「特許権侵害訴訟において、その相手方は、無効の抗弁を主張することができ、これに対して、特許権者は、訂正の再抗弁を主張することができる。特許法104条の3第1項の規定が、特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要せずに無効の抗弁を主張することができるものとしているのは、特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で迅速に解決することを図ったものであると解される。そして、同条2項の規定が、無効の抗弁が審理を不当に遅延させることを目的として主張されたものと認められるときは、裁判所はこれを却下することができるものとしているのは、無効の抗弁について審理、判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。以上の理は、訂正の再抗弁についても異ならないものというべきである(最高裁平成18年(受)第1772号同20年4月24日第一小法廷判決・民集62巻5号1262頁参照)。
また、特許法104条の4の規定が、特許権侵害訴訟の終局判決が確定した後に同条3号所定の特許請求の範囲の訂正をすべき旨の審決等(以下、単に「訂正審決等」という。)が確定したときは、当該訴訟の当事者であった者は当該終局判決に対する再審の訴えにおいて訂正審決等が確定したことを主張することができないものとしているのは、上記のとおり、特許権侵害訴訟においては、無効の抗弁に対して訂正の再抗弁を主張することができるものとされていることを前提として、特許権の侵害に係る紛争を一回的に解決することを図ったものであると解される。
そして、特許権侵害訴訟の終局判決の確定前であっても、特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等の確定を理由として事実審の判断を争うことを許すことは、終局判決に対する再審の訴えにおいて訂正審決等が確定したことを主張することを認める場合と同様に、事実審における審理及び判断を全てやり直すことを認めるに等しいといえる。
そうすると、特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り、特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものとして、特許法104条の3及び104条の4の各規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。」
「これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、上告人は、原審の口頭弁論終結時までに、原審において主張された本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張しなかったものである。そして、上告人は、その時までに、本件無効の抗弁に係る無効理由を解消するための訂正についての訂正審判の請求又は訂正の請求をすることが法律上できなかったものである。しかしながら、それが、原審で新たに主張された本件無効の抗弁に係る無効理由とは別の無効理由に係る別件審決に対する審決取消訴訟が既に係属中であることから別件審決が確定していなかったためであるなどの前記1(5)の事情の下では、本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するために現にこれらの請求をしている必要はないというべきであるから、これをもって、上告人が原審において本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張することができなかったとはいえず、その他上告人において訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわれない。」
Ⅳ 評釈
1 事実審の口頭弁論終結時後の事由を斟酌することができるのか
本件では、事実審の口頭弁論終結時後に生じた訂正審決の確定を上告審において斟酌することができるかということが争われており、判旨は、訂正の再抗弁をなさなかったことにやむを得ないと認められる事情があるのであれば、そのような事実を上告審で勘案することができるという立場を前提としている。
実体要件の判断基準時は一般に口頭弁論終結時であると説かれているが、特許等に関する無効審決や訂正審決が確定した場合に関しては、それが事実審の口頭弁論終結後に生じた場合であっても、上告審ではむしろ積極的にこれを顧慮するのが、従前の判例法理であった。
上告受理制度を導入した1996年民事訴訟法改正の施行(1998年1月1日)の前後に分けて、裁判例を紹介しておこう。
まず、1996年改正前の旧民事訴訟法下の事件としては以下のようなものがある。
最判昭和46.4.20集民102号491頁〔Westlaw Japan文献番号1971WLJPCA04200015〕[濾過機]は、実用新案権の無効審決取消訴訟が原審において棄却された後の上告審係属中に実用新案登録の請求範囲を訂正することを認める審決が確定したという事例において、原判決は、その基礎となった行政処分が後の行政処分によって変更されたという再審事由(旧民事訴訟法420条1項8号)を有するに至ったものであり、このような場合は、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があったものとして原判決を破棄し、審理を尽くすため原審に差し戻すのが相当であると判示する(実用新案に関し、同旨、最判昭和60.5.28判時1160号143頁〔Westlaw Japan文献番号1985WLJPCA05280001〕[電気掃除機]、特許に関し同旨、最判平成3.3.19民集45巻3号209頁〔Westlaw Japan文献番号1991WLJPCA03190001〕[クリップ])。また、侵害訴訟においても、最判昭和46.4.20集民102号491頁〔Westlaw Japan文献番号1971WLJPCA04200015〕[濾過機]は、専用実施権侵害訴訟において請求を認容した原判決後に特許の無効審決が確定したという事案で、同様の法理を説いて、破棄自判し請求を棄却した(商標に関し、同旨、最判平成9.7.17民集51巻6号2714頁〔Westlaw Japan文献番号1997WLJPCA07170001〕[POPEYEネクタイ])。
もっとも、当時の裁判例のなかには、再審事由であることを理由としないものもあった。たとえば、最判昭和57.3.30判時1038号288頁〔Westlaw Japan文献番号1982WLJPCA03300003〕[金属編籠]は、実用新案権の独占的通常実施権に基づく損害賠償請求が原審において棄却された後、上告審係属中に当該実用新案権の無効審決が確定したという事案において、当該小法廷自身がその確定の理由となる判決を下していたこと、その事実が同法廷にとって顕著であることを理由に、これを斟酌して、上告を棄却した(この他、出願の放棄があったという事実を訴えの利益を否定する方向に斟酌した判決として、最判昭和60.3.28判時1151号125頁〔Westlaw Japan文献番号1985WLJPCA03281002〕[拡散ボンディングプロセス]も参照)。
1996年改正後の新民事訴訟法は、最高裁の負担軽減のために、上告受理制度を導入し、上告人が権利として、すなわち主張すれば原則として上告審の審理が開始される権利上告(民事訴訟法312条1項・2項)と、「法令の解釈に関する重要な事項」 ※4であるために最高裁が決定でこれを受理することを求める上告受理の申立ての区別を設けた。旧民事訴訟法420条1項8号に対応する民事訴訟法338条1項8号は明示的には掲げられなかった ※5。しかし、判例は、新民事訴訟法下でも、事実審の口頭弁論終結時後の無効審決や訂正審決の確定は上告受理申立ての理由となりうるものと扱っている。嚆矢となった最判平成15.10.31判時1841号143頁〔Westlaw Japan文献番号2003WLJPCA10310002〕[窒素ガリウム系化合物半導体発光素子]は、特許異議の申立てに基づく特許取消決定に対する審決取消訴訟において、請求を棄却した原判決の後に訂正審決が確定したという事案で、民事訴訟法338条1項8号の再審事由に当たり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして原判決を破棄し、事件を原審に差し戻した ※6。さらに、最判平成17.10.18判時1914号123頁〔Westlaw Japan文献番号2005WLJPCA10180001〕[包装され、含浸されたクリーニングファブリックおよびその製造方法]は、特許の無効審決の取消訴訟において請求を棄却した原判決の後、訂正審決が確定したという事案で同旨を説いたうえで、原判決を破棄して自判し、無効審決を取り消した※7。
無効審決や訂正審決が確定しているか否かという事実は、それによって登録が抹消されていれば、上告審にとって容易に確認しうるから、さらにそれによって原判決に影響を与えることが明らかであるならば ※8、上告審がこれを顧慮したからといって、審理が遅延するわけでもなく、法律審としての機能を越える判断をしたわけでもない。逆にこれを顧慮しないで、判決を下してしまうと、特に当該事由が再審事由に該当する場合には、せっかく下した判決が後に再審により取り消されることになる。空振りに終わることが明らかな判決を下すよりは、再審事由を斟酌して再審を回避することにした方が、訴訟経済に資する ※9。また、当該事由が再審事由に該当しなかったとしても、特許に関する審決が確定し、それが特許権に対して遡及効(特許法125条・128条)を有する結果、原判決の判断に影響が生じる場合には、(上告理由や上告受理の申立ての理由にはならないとしても)少なくとも職権破棄事由になる「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」(民事訴訟法325条2項)があることになる。1996年改正民事訴訟法の下でも、「法令の解釈に関する重要な事項」があるのであれば上告を受理したうえで ※10、判決に影響を及ぼす法令違背があることが明らかであるならば、原判決を破棄することが許されよう。
2 侵害訴訟において特許権侵害を否定した確定判決に対して訂正審決の確定は再審事由を構成するのか
もっとも、そもそも特許権侵害訴訟において特許権侵害を否定する判決が確定した後に、当該特許について訂正審決が確定したことが再審事由に該当するのかということについては議論がある。従来の学説では否定説も有力に説かれていた※11。
裁判例では、最判平成20.4.24民集62巻5号1262頁〔Westlaw Japan文献番号2008WLJPCA04249001〕[ナイフの加工装置]は、抽象論として、当該事件における訂正審決の確定は「民事訴訟法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地がある」との見解を示していた ※12。しかし、当該事件に関する具体的な当てはめにおいては、後述するように、それを理由に原審の判断を争うことは、当該事件の事案に鑑みて許されないと判断しており、厳密には傍論に過ぎないばかりか、「余地がある」という言い方で態度を示すことを避けていた(再審事由に該当しないとする泉徳治裁判官の意見も付されている)。
そして、条文の文言上は、民事訴訟法338条1項8号は「判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと」を再審事由としているところ、特許権侵害訴訟で侵害を否定する判決は特許の存在を前提としているものではないから、訂正によりその特許の内容が変更されたとしても再審事由に該当することはないように読める。実質的に考えても、特許権侵害を否定するには無効の抗弁を容れるほか、技術的範囲に属しないとか、先使用、消尽その他の特許権を制限する規定や法理が妥当するなど、様々な理由がありうるから、訂正により無効理由が解消しているとしても、他の理由で結局、侵害が否定されることもありうる。それにも関わらず、無効を理由として侵害を否定する論理を採用した場合にのみ再審事由に該当するとされてしまうと、再審による紛争の蒸し返しを防ぐために、他の理由を優先するなど審理判断の順序が無闇に拘束されることになりかねない。結論として、特許権侵害訴訟で特許権者の請求を棄却する判決の確定後に、当該特許に関して訂正を認める審決等が確定しても再審事由に当たらない、と解すべきであるように思われる。
本判決は、判文上、この点に関して直接、言及していない ※13。訂正審決確定が再審事由に該当することを理由として原判決の破棄を求める原告の主張に対し、再審事由に該当しないとするのではなく、訂正の再抗弁をなしえないことにやむを得ないと認められる特段の事情がない限りは、そのような主張はなしえないと応えているに止まる。本件は、侵害訴訟の判決が確定しない段階での処理が問われているのだから、確定した後でそれが再審事由に該当するということを判断しなくとも、本件に関する事案の処理は可能である。ゆえに、本判決は再審事由に関し何らかの判断を示したものではないと理解することも可能であろう。
3 特許法104条の3第1項・104条の4第3号の法意は上告審段階における訂正審決確定の主張にも及ぶのか
このように本判決は、事実審の口頭弁論終結時後の訂正審決の確定が(再審事由に該当するとまで認めているか否かはともかくとして少なくとも)上告受理申立ての理由となりうることは是認しながらも、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったことにつきやむを得ないと認められる事情がない限り、上告審において当該訂正審決の確定を主張して事実審の判断を争うことは許されないと判示している。なぜならば、そのような主張は、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められる無効の抗弁を却下すべきことを定めた特許法104条の3と、侵害訴訟において特許権者の請求を棄却した判決の確定後に訂正審決が確定したとしてもそれを再審で主張することを制限する特許法104条の4の「趣旨に照らして」許されない、というのである。
まず、特許法104条の3第2項についていえば、同項は明文上は被疑侵害者側が提出する無効の抗弁を規律しているだけであり、特許権者がそれに対抗してなす主張については特に明文の定めを置いていない。しかし、本判決も指摘するように、不当な訴訟の遅延を防ぐことを目的とする特許法104条の3第2項の法意は無効の抗弁ばかりでなく、それに対抗する主張にも及ぶものと理解しないことには、その趣旨を貫徹しえないことは明らかである。したがって、同項の制限は、特許権者側の対抗主張である訂正の再抗弁にも当然に及ぶものと解すべきである(すでに、前掲最判[ナイフの加工装置])。そして、いわゆる訂正の再抗弁も、訂正審決の確定も後者が確定的に特許の内容を変更する効果を有するという違いがあるものの、いずれも特許が訂正されるべきものであるために無効理由が解消するという同一の理由に基づく特許権者側の防御手段であることに変わりはなく、ゆえに特許法104条の3第2項の制限の趣旨は訂正審決の確定にも及ぶと解すべきである(この点に関しても、すでに前掲最判[ナイフの加工装置])※14。
そうすると問題は、いかなる場合に同項にいう「審理を不当に遅延させることを目的として提出された」と認められるのかということに移行する。この点に関し、前掲最判[ナイフの加工装置]の事案は、特許権者が侵害訴訟と並行して訂正審判の請求とその取り下げを4回繰り返したところ、無効の抗弁を容れて侵害を否定した原判決に対して上告と上告受理の申立てをなした後になされた5回目の訂正審判請求に対して訂正審決が下され、それが確定したというものであった。このような事案の下、最高裁は、侵害訴訟の第一審の段階で当該特許に無効理由があることが明らかであると判断されていたために、少なくとも第一審の判決の後の原審の段階では訂正の再抗弁をなしえたのであり、このことと、一年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取り下げを繰り返したことを斟酌して、上告審の段階で訂正審決の確定を主張することは、原審において早い段階で提出すべきであった対抗主張を原判決言い渡し後に提出することに等しく、ゆえに本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであって、特許法104条の3の趣旨に照らし許されない旨、判示していた※15。
このナイフの加工装置事件の最高裁判決と対比すると、原告特許権者は複数回、訂正審判請求とその取り下げを繰り返したわけではない。しかも、本件で被疑侵害者である被告が確定訂正審決にかかる訂正審判請求がその治癒を目的とした無効の理由を主張したのは、控訴審である原審の段階であった。ナイフの加工装置事件のように、第一審から無効が主張され、それに対して特許権者に不利となる無効の判断がいったん裁判所によって下されており、それがゆえに特許権者のほうで訂正に訴えるという対抗措置をとる必要性が高まっているという事情は本件には存在しないのである。このようにナイフの加工装置事件と本件とでは事案に大きな隔たりがある。前掲最判[ナイフの加工装置]は、別に当該事件における事情がなければ特許法104条の3第2項の制限の趣旨が適用されることはないと判示したわけではないが、少なくとも同最判の射程※16は本件の事案には及ばないものといわざるを得ない。
そこで重要となってくるのが、特許法104条の4である。同条は2011年特許法改正により導入された規定であり、前掲最判[ナイフの加工装置]の時点では存在していなかった。そして、侵害訴訟における請求棄却判決が確定後に、訂正審決が確定してもその事実を再審で主張することが制限されるのであれば、侵害訴訟における請求棄却が確定前に上告審に係属している段階でも、同様にその事実を上告審で主張して原判決の判断を争うことは許されないのではないか、ということが、前掲最判[ナイフの加工装置]では判断されなかった事情として新たに問題とされることになる※17 。この点に関し、特許法104条の4新設後の学説では、上告審の段階で特許に関する審決(請求棄却判決後の訂正審決確定に関するものに限らない)が確定した場合、原判決の判断を争うことはおよそ認められないとする否定説 ※18と、場合によっては原判決の破棄理由となりうるとする意味での肯定説※19に分かれていた。
本判決は、事実審の口頭弁論終結時までに特許権者が訂正の再抗弁を主張しなかった場合に、その後に訂正審決が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、「特段の事情のない限り」許されないと判示する。例外的にではあるが、「特段の事情」のある場合には原判決が破棄されることを認める点で、肯定説に分類しうる。たしかに、特許法104条の4はその文言上、再審における主張制限のみを扱っており、上告審における主張制限には言及していない ※20。そして、肯定説が主張するように、上告審の段階では特許権者の請求を棄却する判決が確定しているわけではなく、ゆえに、侵害を否定した判決に対する信頼が醸成される程度には、確定判決が存在する再審の場面とは質的な違いがあるのだから、特許法104条の4の文言上の帰結には一定の合理性が認められる。ゆえに解釈論としては一律否定説を採用することは困難であると思われる。
とはいうものの、再審が原則として許容されていた前掲最判[ナイフの加工装置]の時代とは異なり、再審における主張を制限する特許法104条の4が存在する2011年改正法の下では、特許法104条の3第3項における「審理を不当に遅延させる目的」の解釈に関しても、法解釈におけるインテグリィティ ※21という観点からは異なった運用を導きうる。特許法104条の3の趣旨に加えて特許法104条の4の趣旨も照合して、前掲最判[ナイフの加工装置]が扱わなかった事案についても、「特段の事情」がないとして原判決の判断を争うことを遮断する本判決の論法※22は、論理としてはありえないわけではないと考える。
4 本件で「特段の事情」を認めなかったことの当否
そうなってくると、本判決の当否は最終的に、本件事案の下で「特段の事情」を認めなかったことがはたして妥当であったのかというところにかかってくることになる。
この点に関し、本判決は、本件では、問題の無効の主張に対して訂正請求や訂正審判請求をなす機会が原告特許権者には法律上与えられていなかったのであるが、本件事情の下ではそもそも訂正の再抗弁をなすために訂正や訂正審判を請求する必要はなかったということを理由に、訂正の再抗弁を主張しなかったことにやむを得ないと認められる特段の事情は存在しないと帰結している。
たしかに、かねてより訂正の再抗弁をなすのに訂正請求や訂正審判を請求している必要はない場合があるという見解が有力に唱えられており※23 、特に2011年改正により、前述したように、訂正請求等をなしうる時期が無効審判が請求されている場合には著しく限定されるようになって以降、その勢いを増している ※24。裁判例でもその理を明言するものが、本件の原判決の以前から現れていた。それが、知財高判平成26.9.17判時2247号103頁〔Westlaw Japan文献番号2014WLJPCA09179005〕[共焦点分光分析]である。同判決は、一般論として、訂正の再抗弁を主張するためには適法な訂正請求等を行っていることが必要であると解されるが、それが法律上困難である場合には、「公平の観点から、その事情を個別に考慮して」、訂正請求等の要否を決すべきであると判示していたのである※25。
ただし、共焦点分光分析事件の事案は、第一審の段階で被疑侵害者である被告から無効の抗弁が主張され、特許権者である原告からそれに対抗する(本件で新たに提出しようとしている訂正とは別の訂正を目的とする)訂正審判請求がなされ、それを認める訂正審決が下されている。その後、被告は無効審判を請求したが、無効不成立審決が下され、その取消訴訟事件が知財高裁の同一部に係属した。その後、侵害訴訟において第一審判決(東京地判平成25.8.30平成22(ワ)42637〔Westlaw Japan文献2013WLJPCA08309001〕[共焦点分光分析]が下され、無効の抗弁が認められ、原告特許権者の請求は棄却された。これに対し、原告特許権者が控訴するとともに、訂正の再抗弁を主張した、という事案であった。
このような事情の下では、控訴審の段階では無効審判にかかる事件が審決取消訴訟に係属中であるから、原告特許権者としては、法律上、訂正請求や訂正審判請求をなしえない状態にある。それにも関わらず、前掲知財高判[共焦点分光分析]は、訂正の再抗弁を認めなかった。なぜならば、本件訂正の再抗弁が治癒しようとする無効理由は、原審の段階で被告からすでに主張されている無効理由であり、その時点で原告特許権者としては本件訂正の再抗弁にかかる訂正請求等をなしうる機会があった(にも関わらず、別の訂正請求等をなしている)という事情が重視されたのである※26。
しかし、訂正請求等は、たとえば請求項の削除や請求範囲の減縮を目的とする訂正であれば、訂正により特許の技術的範囲の一部を自ら保護範囲から外すことを意味するばかりでなく、一般的に訂正に瑕疵があった場合には、特許自体の無効を招来するという新たな火種を抱えることになる(特許法123条1項8号)。この事件のように、特許庁によって無効不成立審決が下されている状況では、あえて自ら訂正請求等をなすという手段に訴えなかった特許権者の行動を一概に非合理であると決めつけることはできないはずである※27。
じつは、同事件に関しては、同日付けで、無効成立審決に対する審決取消訴訟が同一部によって下されており(知財高判平成平成26.9.17平成25(行ケ)10227〔Westlaw Japan文献2014WLJPCA09179003〕[共焦点分光分析Ⅱ])、そこでの結論は無効にされるべきものと認められることを理由とする無効不成立取消判決であった。両事件を担当した清水節裁判長は、こうした本件の特殊事情を指摘しつつ、原告特許権者としては侵害訴訟にかかる本件判決(前掲知財高判[共焦点分光分析])については上告等をなしつつ、審決取消訴訟事件の判決(前掲知財高判[共焦点分光分析Ⅱ])に対しては上告等をなすことなく確定させるという方策があることを指摘する。そうすれば、後者の無効審判事件は特許庁に戻されるから、そこで本件訂正の再抗弁による訂正請求をなしたうえで、それを侵害訴訟のほうの最高裁に上申すれば、「場合によっては」侵害事件も破棄差戻しとなる可能性があるというのである(実際には両事件とも上告等がなされなかったよしである)※28 。
しかし、本最高裁判決は、訂正請求等を法律上なしえない場合には訂正の再抗弁をなしえたという解釈を採用することで、本件において事実審の口頭弁論終結時後の訂正審決の確定という事情を斟酌して原判決を破棄することを否定した。前掲知財高判[共焦点分光分析]との事案の違いとして、共焦点分光分析事件では特許権者には一時期(被告から侵害訴訟において無効の抗弁が主張されてから、被告から別件の無効審判請求がなされるまでの間、あるいは無効審判事件が特許庁に係属している間の一定時期)、訂正審判請求や訂正請求をなしえた時期があったのに対し、本件ではそれに対応する時期はなかったということを指摘しうる。したがって、厳密には、本判決の射程は共焦点分光分析事件のような事案には及んでいないといわざるを得ないのかもしれない※29 。しかし、無効の抗弁に対抗する形で訂正請求等をなしうる時期がなかったにも関わらず、訂正審決確定を理由として原判決を破棄することを否定する本判決が、共焦点分光分析事件のように一時期、訂正請求等をなしうる時期があった場合に、訂正審決確定を理由として原判決を破棄することを認めるとは思えない※30 。
本件についてみても、本件の確定訂正審決によって治癒が期待される無効理由が被告被疑侵害者から主張されたのは控訴審に入ってからであり、原告特許権者にとって不利な公権的な判断を下したのは原判決が初めてであった。かりに、本件と異なり、第一審判決が当該無効事由に基づく無効の抗弁を容れていたり、あるいは、当該無効事由に基づく無効審判が別途請求され、そこで無効を認める審決や判決が下されていたりしたという事情があるのであれば、特許権者に訂正の再抗弁を主張することを望んでも、不合理な行動を期待するということにはならないように思われる。しかし、本件のように、初めての公権的な判断がなされたのが控訴審判決であったという場合には、対応がその後になったからといって、不当に訴訟を遅延させたとまで断じることには疑問を覚えるものがある。
しかし、他方で本判決を擁護するのであれば、上告や上告受理申立ての中で訂正の再抗弁が初めて主張されたとしても、訂正を認める審決の確定という顕著な事実がない段階では、事実審ではない上告審にその子細を吟味することを求めるわけにはいかない。そして、2011年改正特許法104条の4第3号、特許法施行令附則8条2号の下では、かりに控訴審判決が当該無効事由に関する初の公権的判断であったとしても、訂正審決が確定する前に上告棄却や上告受理申立てが却下されることにより控訴審判決が確定してしまえば、請求棄却判決確定後の訂正審決確定を再審事由に該当するという立場の下でも、もはや再審により控訴審判決を争うことは許されない※31 。そうすると、特許法104条の4が制定される前はいざしらず※32 、同条の制定後は、控訴審判決の判断に対して訂正の再抗弁によりその是非を争う機会が法的に保障されているとはいいがたく、たまさか訂正審決が上告審係属中に確定したからといって、それを理由として原判決を見直す機会を法的に保障する必要はないのではないか、と考えることができるように思われる※33 。そうだとすると、先に本稿がかかげた疑問は、立法論的な当否の問題として、本判決ではなく、むしろ特許法104条の4に向けられるべきものだということになろう。
ただし、少なくとも本件に関しては、訂正請求等を不要とする場合があることを認める前掲知財高判[共焦点分光分析]のような裁判例が登場したばかりで、まだそのような法理の帰趨や要件論も定まっていない原審の段階で原告に訂正の再抗弁をなしておくことを要求するのは、難きを強いるものであるように思われる。「法の不知は許さず」という格言の一適用場面ということなのかもしれないが、そうだとすれば、いささか杓子定規に過ぎるのではあるまいか。当該法理の形成が未だ萌芽期にあったという本件限りの特殊事情を指摘して例外的に「やむを得ない」特段の事情があるとして原告を救済する判断をなすことも選択肢の一つとして視野に入れて然るべきであったろう。
5 訂正の再抗弁を主張するために訂正請求や訂正審判を請求する必要があるのか
ところで、より根本的な問題として、そもそも訂正の再抗弁なるものを主張するために、訂正請求や訂正審判を請求していなければならないものなのだろうか。
本件は、理由中の判断において、法律的に訂正請求等をなし得ない場合には、訂正請求等をなすことなく訂正の再抗弁を認めたわけであるが、そのような制約がない場合には原則に帰って訂正請求等をなしておく必要があることは前提としているように読める※34。
本判決は、その理由を詳らかにしないが、従来、学説では、以下のような理由が述べられていた。
第一に、裁判例においては、一般に訂正の再抗弁が認められるためには、①問題の請求項について訂正請求ないし訂正審判請求がなされたこと、②当該訂正が特許法126条の訂正要件を満たすこと、③当該訂正により、当該請求項について無効の抗弁で主張された無効理由が解消すること、④被疑侵害製品が訂正後の請求項の技術的範囲に属することが必要となると理解されているが※35 (東京地判平成19.2.27判タ1253号241頁〔Westlaw Japan文献番号2007WLJPCA02270006〕[多関節搬送装置]、①と②を合わせて、当該請求項について適法な訂正請求ないし訂正審判請求がなされたことと整理するものとして、東京地判平成20.11.28平成18(ワ)20790〔Westlaw Japan文献番号2008WLJPCA11289001〕[現像ブレードの製造方法及び現像ブレード用金型])、このうち③と④の要件の存否を判断するためには、訂正後のクレーム等の内容を一義的に確定することが必要となる、ということが説かれている※36 。しかし、実際に訂正請求等がなされなくとも、特許権者がいかなる訂正を予定しているのかを具体的に主張するのであれば、審理の対象を失うなどということにはならないはずであり ※37、逆に特許権者がどのような訂正をなすのかということを具体的に主張しないために、無効理由が解消されるか否かということや、訂正後の被疑侵害製品の技術的範囲への属否について心証がとれないのであれば、それを理由に特許権者の請求を棄却すれば足りるのだから、この理由は決め手にはならない※38。
第二に、訂正請求等がなされることなく訂正の再抗弁を認めると、対外的には従前の訂正前の特許請求の範囲のままの特許権が残存し、訴訟でのみ認められる訂正後の特許請求範囲との関係が第三者からみて複雑になる、という理由も掲げられている 。しかし、訂正請求等がなされたとしても、訂正を認める審決等の確定を要件としない限り、訂正が取り下げられたり、訂正の許否に関する判断が侵害訴訟の裁判所と後の審決等とで異なったりした場合には、結局、この見解が懸念するような事態が現出することは防げない。学説の中には、訂正審決の確定まで要求する見解もあるが※40 、そこまで徹底するものは少ない。特許権者に酷と考えられているのだろうが、逆に第二の理由が必然的なものでないことを物語る ※41。そして、本判決もそうであったように、法律上、訂正請求等をなしえない場合などに訂正請求等をなすことなく訂正の再抗弁を認める見解の下では、なおさらそれが妥当する。訂正の再抗弁が対抗しようとしている無効の抗弁に関しては無効審判を請求することは必要であるとは解されていないのだから、訴訟の内と外とで特許の有効無効が分かれうる事態は容認されているのであって、なにゆえ訂正に限ってそのような事態を懸念しなければならないのか、よく分からないところがある※42。
他方、訂正請求や訂正審判請求は、無効理由の解消を目的とするものではあるとしても、たとえば請求項の削除や請求範囲の減縮を目的とする訂正であれば、訂正により特許の技術的範囲の一部を自ら保護範囲から外すことを意味する。さらに、訂正に瑕疵があった場合には、現在の法制度下では、訂正が無効となるのではなく、特許自体が無効となるのだから(特許法123条1項8号)、訂正請求等をなすことには、新たな無効事由を抱えるというリスクが必然的に随伴する。
以上のように、訂正請求等を要求することに確固たる理由があるとまではいいがたい反面、少なからざるリスクを伴う訂正請求等を、その必要があるか否か不明の段階で特許権者に強制することに合理性を見出すことは困難である。結論として、訂正の再抗弁をなすに際して、訂正請求等をしておくことは不要であると考える ※43。特許権者としては、かりに無効が認められるのであれば、このような訂正をなす用意があるという仮定的な形での訂正の主張に基づいた訂正の再抗弁を主張しうる、と解される。
6 本判決の射程
本判決は、本件の事情の下で、訂正の再抗弁を主張しなかったことにやむを得ないといえる特段の事情はなく、ゆえに事実審の口頭弁論終結時以後の訂正審決の確定という事実をもって原判決の判断を争うことは許されない、と判示している。その射程はどのような事案に及ぶのであろうか。
(1)直線の争点である、事実審口頭弁論終結時後の確定訂正審決を顧慮しうる場合について
本判決は、訂正の再抗弁を主張しなかったことについて「やむを得ないといえる特段の事情」がない限り、基準時後の確定訂正審決を斟酌することは許されないと判示している。いかなる場合に「やむを得ない」とされる特段の事情があるといえるのだろうか。
本件は、控訴審段階で初めて被告から提出された無効事由に対応するための訂正の再抗弁が扱われた事案であったから、被疑侵害者側の無効の抗弁の提出時期が遅かったことを理由として「やむを得ない」と判断されるべき事例が現れることはほとんどないのではないかと推察される。被疑侵害者側の無効の抗弁が、本件よりさらに遅く、控訴審がかなり進んだ段階で提出された場合には、原審の段階で無効の抗弁は却下されるはずであり(特許法104条の3第2項)、逆に、原審が無効の抗弁の提出を容れた場合には、通常は、そこで特許権者の側に反論の機会が与えられるのであるから、本判決の判旨の枠組みの下では、そこで訂正の再抗弁を主張する機会があったと評価されるように思われるからである。
ちなみに、本判決の事案は、本件の確定訂正審決にかかる訂正審判請求が治癒することを目的とした無効事由とは別個の無効事由に関して別件の無効審判にかかる取消訴訟が係属していたために事実審口頭弁論終結時までに訂正請求等をなしえなかった場合というものである。しかし、別件の審判で扱われていたものが本件確定訂正審決にかかる訂正が治癒を狙っていた無効事由であった場合には、なおさら当該無効審判の段階で訂正請求等をなしえたのであるから、厳密な意味で本判決の射程が及ぶか否かはともかく、本件の事案で確定訂正審決により原判決の判断を争うことを認めないのであれば、そのような事案でも原判決の判断を争うことを認めないということになろう。
本判決は、このような本件の事案をして、訂正請求等をすることが「法律上できなかった」場合と位置付けて当てはめを行っている。共有にかかる特許で他の共有者が訂正に協力しない場合(特許法132条3項・134条の2第9項・120条の5第9項)や、実施権者が訂正に対して承諾を与えない場合(特許法127条・134条の2第9項・120条の5第9項)※44 にも訂正請求等をなすことはできないが、これらは「法律上できなかった」ということに該当しないように思われるばかりでなく、利害状況も異にするから、本判決の射程は及ばないといえよう ※45。しかし、いずれにせよ、他の共有者が協力しないとか、実施権者が承諾を与えないということは特許権者側の関係者内の事情に過ぎず、その解決を基準時で果たせなかったからといって「やむを得ない」と認めることは困難といえよう。
他方、本判決は、訂正の再抗弁が主張されなかった場合について判示しているに止まり、訂正の再抗弁が主張されたが、下級審がこれを容認しなかった場合に、基準事後に当該訂正を認める審決等が確定したという事案に対しては何ら言及していない。したがって、本判決の射程外の問題となるが ※46、特許法104条の4第3号、特許法施行令附則8条2号の下では、訂正の再抗弁が主張されたか否かに関わらず、同一の無効事由を回避するための訂正を認める審決等が確定しても再審は制限されるのだから※47 、特許法104条の4の趣旨に鑑みるとする本判決の論法の下では、訂正の再抗弁を主張していた場合でも、やはり基準時後の確定訂正審決により原判決の判断を争うことは許されないことになろう※48。
このようにみてくると、本判決の判断と均衡を失したものとならないように判断していく限り、本判決のいう「特段の事情」が認められる事例は極めて限られたものとなりそうである※49。
(2)間接的な争点である、訂正の再抗弁を主張するのに訂正請求等をなしておく必要がない場合について
本判決は、被告が原審で新たな無効の抗弁を主張した時点では、それとは別の無効事由に基づく無効審決の取消訴訟が係属していたという事案であった。本件では特許権者には事実審口頭弁論終結時までに訂正請求等をなしうる機会は一度も与えられていなかった。本判決はそのような事案に対するものであることを明示して、かかる場合には訂正の再抗弁を主張するためには訂正請求等をなしておく必要はないと判示したに止まる。したがって、本件とは異なり、確定訂正審決が治癒を狙った無効事由に基づく無効審判が請求されていたり、あるいは、被疑侵害者が審判請求をなす前から当該無効事由を侵害訴訟で主張していたり(前掲知財高判[共焦点分光分析]の事案など)したために、特許権者が一度は訂正請求をなしうる機会があった場合にまで、本件の射程が及ぶものではない ※50。とはいうものの、本稿のように、そもそも訂正の再抗弁を主張するのに訂正請求等をなしておく必要がないと解するのであればともかく、原則必要説に与する場合には、特許権者がその機会を捉えて訂正請求等をなさなかったために時期を失し、訂正請求等をなしえなくなった時点で訂正の再抗弁をなしてきた場合にまで訂正請求等を不要とする必要はない(特段の事情がある場合には別論が成り立ちうるとしても)、と考える見解が主張される可能性があることは否めない。
共有者の協力が得られないとか、実施権者の承諾が得られないために訂正をなしえない場合はどうか。前述したように、利害状況を異にするこれらの事例には本判決の射程は及ばないと考えられる。裁判例では、東京地判平成28.7.13平成25(ワ)19418〔Westlaw Japan文献2016WLJPCA07139006〕[累進多焦点レンズ及び眼鏡レンズ]が、特許権者が別件の無効審判で通常実施権者の承諾が得られないままに訂正請求をなしていたという事案で、侵害訴訟における訂正の再抗弁の要件を満たしていないと判示している※51。これに対して、学説では、これらの場合に訂正の再抗弁を許容する見解もある※52 。しかし、共有者の協力や実施権者の承諾が得られない場合には訂正による利益を特許権者に享受させないというのが特許法の判断なのであるから、なにゆえ訂正の再抗弁の場面でその利益を認める必要があるのか、合理的な理由を見出すことは困難である。これらの場合には訂正の再抗弁もなしえないと解するのが、インテグリィティを伴った法解釈といえよう※53。
7 今後の課題
以上、検討したように、本判決が下されたことにより、特許権者が事実審口頭弁論終結の時点までに訂正の再抗弁を主張することなく弁論を終結した場合には、上告審の段階で訂正審決が確定したとしても、よほどの事情がなければ、それを理由に原判決の判断を争うことは困難となった。さらに、(特許権者の請求を棄却する判決の確定後に訂正を認める審決が確定することが再審事由に該当するのかということに関しては、前述したように争いがあるが、いずれにせよ)特許法104条の4第3号、特許法施行令附則8条2号により再審が制限されることをも合わせると、特許権者としては、事実審口頭弁論終結の時点までに訂正の抗弁をなしておかない限り、訂正に依存した無効事由の解消は当該侵害事件に関する限りほぼ期待薄となる。
しかし、審決取消訴訟の段階での訂正審判請求を認めないこととした2011年改正法は、その代わりに、特許権者に訂正の機会を保障するために、審決予告の制度を設けた。すなわち、審決をするのに熟した場合において審判の請求に理由があると認められるとき等に審判長が当事者等に審決の予告をする制度を設け(特許法164条の2第1項)、特許権の有効性に関する当該審判合議体の判断を示し、被請求人には、一定期間内に無効審判のなかで特許請求の範囲、明細書等の訂正の機会が与えられたのである(特許法164条の2第2項)。本判決によって、侵害訴訟においても、事実審の口頭弁論終結に訂正の再抗弁に対する失権効が認められるに至った以上、裁判所が無効の抗弁を理由があると判断する場合には、判決を下す前にその心証を開示し、特許権者に訂正の再抗弁を主張する機会を保障するべきであろう※54。
※本稿を作成するに際しては、京都大学の愛知靖之教授からご教示を賜った。記して感謝申し上げる。
(掲載日 2018年1月11日)
(掲載日 2018年1月11日)