判例コラム

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第122号 わいせつ目的と性犯罪 

~最高裁大法廷平成29年11月29日判決 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反、強制わいせつ、犯罪による収益の移転防止に関する法律違反被告事件~

文献番号 2017WLJCC030
日本大学大学院法務研究科 教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント

 最一小判昭和45年1月29日・刑集24巻1号1頁〔Westlaw Japan文献番号1970WLJPCA01290019〕(以下、「昭和45年判例」という。)は、強制わいせつ罪の成立には「犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図」が必要だとしていたが、最大判平成29年11月29日・裁判所ウェブサイト〔Westlaw Japan文献番号2017WLJPCA11299001〕は、それを変更し、借金の条件としてわいせつな写真を送るようにいわれ、それに応じて少女にわいせつな行為をした者に、強制わいせつ罪の成立を認めた。

Ⅱ 事実の概要

 被告人Xは、インターネットを通じて知り合ったAから金を借りようとしたところ、金を貸すための条件として被害女児とわいせつな行為をしてこれを撮影し、その画像データを送信するように要求されたので、被害者(当時7歳)が13歳未満の女子であることを知りながら、平成27年1月下旬頃、X方において、被害者に対し、Xの陰茎を触らせ、口にくわえさせ、被害者の陰部を触るなどのわいせつな行為をしたという事案で、強制わいせつ罪に当たるとして起訴された。
 第一審の神戸地判平成28年3月18日・裁判所ウェブサイト〔Westlaw Japan文献番号2016WLJPCA03189004〕は、Xの、「自分の性欲を刺激興奮させるとか満足させるという性的意図はなかった」との主張を排斥することはできないとして、「被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残る」とした上で、「犯人の性的意図の有無によって、被害者の性的自由が侵害されたか否かが左右されるとは考えられない。また、犯人の性的意図が強制わいせつ罪の成立要件であると定めた規定はなく、同罪の成立にこのような特別の主観的要件を要求する実質的な根拠は存在しない。よって、客観的にわいせつな行為がなされ、犯人がそのような行為をしていることを認識していれば、同罪が成立すると解するのが相当である。」として強制わいせつ罪の成立を認めた。
 そして、原審の大阪高判平成28年10月27日・裁判所ウェブサイト〔Westlaw Japan文献番号2016WLJPCA10279009〕も、Aとのやり取りや撮影等に関するXの供述は、Aの供述や発見された画像データの内容とも整合しており、Xの弁解には合理性が認められ、金を得る目的だけであったとのXの供述も信用することができるので、その弁解を排斥することができず、性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残るとした第一審の判断は相当であるとした上で、行為者の性的意図の有無は同罪の成立に影響を及ぼすものではないとして、昭和45年判例の判断基準を現時点において維持するのは相当ではないとした。

Ⅲ 判旨

 最高裁大法廷は、弁護側の上告に対し、特に昭和45年判例を引用して判例違反、法令違反をいう点について、以下のように判示した。
 (1)  「所論は、原判決が、平成29年法律第72号による改正前の刑法176条(以下単に「刑法176条」という。)の解釈適用を誤り、強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させるという性的意図のもとに行われることを要するとした昭和45年判例と相反する判断をしたと主張するので、この点について、検討する。」
 (2) 「昭和45年判例は、被害者の裸体写真を撮って仕返しをしようとの考えで、脅迫により畏怖している被害者を裸体にさせて写真撮影をしたとの事実につき、平成7年法律第91号による改正前の刑法176条前段の強制わいせつ罪に当たるとした第1審判決を是認した原判決に対する上告事件において、「刑法176条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であっても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しないものというべきである」と判示し、「性欲を刺戟興奮させ、または満足させる等の性的意図がなくても強制わいせつ罪が成立するとした第1審判決および原判決は、ともに刑法176条の解釈適用を誤ったものである」として、原判決を破棄したものである。」
 (3)  「しかしながら、昭和45年判例の示した上記解釈は維持し難いというべきである。
 ア 現行刑法が制定されてから現在に至るまで、法文上強制わいせつ罪の成立要件として性的意図といった故意以外の行為者の主観的事情を求める趣旨の文言が規定されたことはなく、強制わいせつ罪について、行為者自身の性欲を刺激興奮させたか否かは何ら同罪の成立に影響を及ぼすものではないとの有力な見解も従前から主張されていた。これに対し、昭和45年判例は、強制わいせつ罪の成立に性的意図を要するとし、性的意図がない場合には、強要罪等の成立があり得る旨判示しているところ、性的意図の有無によって、強制わいせつ罪(当時の法定刑は6月以上7年以下の懲役)が成立するか、法定刑の軽い強要罪(法定刑は3年以下の懲役)等が成立するにとどまるかの結論を異にすべき理由を明らかにしていない。また、同判例は、強制わいせつ罪の加重類型と解される強姦罪の成立には故意以外の行為者の主観的事情を要しないと一貫して解されてきたこととの整合性に関する説明も特段付していない。
 元来、性的な被害に係る犯罪規定あるいはその解釈には、社会の受け止め方を踏まえなければ、処罰対象を適切に決することができないという特質があると考えられる。諸外国においても、昭和45年…以降、性的な被害に係る犯罪規定の改正が各国の実情に応じて行われており、我が国の昭和45年当時の学説に影響を与えていたと指摘されることがあるドイツにおいても、累次の法改正により、既に構成要件の基本部分が改められるなどしている。こうした立法の動きは、性的な被害に係る犯罪規定がその時代の各国における性的な被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応していることを示すものといえる。
 これらのことからすると、昭和45年判例は、その当時の社会の受け止め方などを考慮しつつ、強制わいせつ罪の処罰範囲を画するものとして、同罪の成立要件として、行為の性質及び内容にかかわらず、犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させるという性的意図のもとに行われることを一律に求めたものと理解できるが、その解釈を確として揺るぎないものとみることはできない。
 イ そして、「刑法等の一部を改正する法律」(平成16年法律第156号)は、性的な被害に係る犯罪に対する国民の規範意識に合致させるため、強制わいせつ罪の法定刑を6月以上7年以下の懲役から6月以上10年以下の懲役に引き上げ、強姦罪の法定刑を2年以上の有期懲役から3年以上の有期懲役に引き上げるなどし、「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号)は、性的な被害に係る犯罪の実情等に鑑み、事案の実態に即した対処を可能とするため、それまで強制わいせつ罪による処罰対象とされてきた行為の一部を強姦罪とされてきた行為と併せ、男女いずれもが、その行為の客体あるいは主体となり得るとされる強制性交等罪を新設するとともに、その法定刑を5年以上の有期懲役に引き上げたほか、監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪を新設するなどしている。これらの法改正が、性的な被害に係る犯罪やその被害の実態に対する社会の一般的な受け止め方の変化を反映したものであることは明らかである。
 ウ 以上を踏まえると、今日では、強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては、被害者の受けた性的な被害の有無やその内容、程度にこそ目を向けるべきであって、行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は、その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず、もはや維持し難い。」
 (4) 「もっとも、刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には、強姦罪に連なる行為のように、行為そのものが持つ性的性質が明確で、当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため、直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方、行為そのものが持つ性的性質が不明確で、当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上、同条の法定刑の重さに照らすと、性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。そして、いかなる行為に性的な意味があり、同条による処罰に値する行為とみるべきかは、規範的評価として、その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる。
 そうすると、刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で、事案によっては、当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し、社会通念に照らし、その行為に性的な意味があるといえるか否かや、その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって、そのような個別具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし、そのような場合があるとしても、故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく、昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。」
 (5) 「そこで、本件についてみると、第1審判決判示第1の1の行為は、当該行為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから、その他の事情を考慮するまでもなく、性的な意味の強い行為として、客観的にわいせつな行為であることが明らかであり、強制わいせつ罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判決の結論は相当である。」

Ⅳ コメント

  • 1 判例変更は予想されたとおりであった(拙稿「傾向犯」捜査研究800号32頁以下参照)。結論についても異論は少ないであろう。判旨も細かな点を除けば説得性のある自然なものである。
  • 2 変更された昭和45年判例は、女性を裸にさせて写真撮影しても、専らその女性に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的であったときは、強制わいせつの罪は成立しないとしたのである。それに対して、本判決は「性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でない」とし、金を借りるため、被害女児とわいせつな行為をしてこれを撮影する目的で7歳の女児に陰茎を触らせ、口にくわえさせるなどした行為をわいせつな行為としたのである。両事案で、「わいせつ性」が明確か否かにつき微妙な差があるともいえるが、本件事案に「行為者の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図」が認定できない以上は、昭和45年判例の規範では、強制わいせつ罪は成立し得ないのである。
  • 3 本判決のポイントが、「性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でない」とした点にあることはいうまでもないが、本判決は、構成要件解釈、さらには法益侵害性の有無の判断において、行為者の主観的事情を一切排除し、客観的にわいせつな行為をしているかと、その認識(故意)があればよいとしているわけではない。
     最高裁は、処罰に値するわいせつ行為は、その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ、個別具体的な事情を踏まえた規範的評価として、客観的に判断されるべきだとし、そのような個別具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難いというのである。そのような意味で、本判決も、わいせつ性判断において主観的違法(構成要件)要素を考慮すべきだとしているのである。
     ただ、わいせつ性が、主観を考慮するまでもなく明白な場合には、行為者の性的意図が欠けていても強制わいせつ罪は成立し得るとしたのであり、その範囲で昭和45年判例を変更したのである。
  • 4 判例変更を導いた最大のポイントは、「性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすること」の当否にある。一般人から見て「わいせつ行為」とみられる場合でも、性的意図を欠く場合には、強制わいせつ罪を成立させないのかという価値判断である。この点が変更されたのである。判例変更をもたらしたのは、性的な被害に係る犯罪規定あるいはその解釈を支える、社会の受け止め方の変化である。
  • 5 本判決は、それに関連して、昭和45年以降「ドイツにおいても法改正が行われているが、性的な被害に係る犯罪規定がその時代の各国における性的な被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応していることを示すものといえる」としている。ただ、その変化が、日本の国民の意識の変化に直接影響したとすることは難しい。日本の刑法学説には強く影響したことはあり得るが、強制わいせつ罪の処罰範囲を画するものとしての日本の規範意識の変化は、ドイツ流の「性的自己決定」の視点がそのまま浸透したと見ることには疑問が残る。「ドイツの法解釈が昭和45年当時の学説に影響を与えていた」という指摘は正しいが、問題は、その後の50年の日本の変化なのである。昭和45年判例が、当時のドイツに影響されて主張された有力な学説とは反する内容であったということから、「その解釈を確として揺るぎないものとみることはできない」とすることも説得性が弱いようにも思う。ドイツ型の学説に反しても、「犯人の性欲を満足させる性的意図を要する」という価値判断を多数意見に導いた「規範意識状況」が、その後なぜ変わったのかが問題なのである。
     この点、性犯罪に関する平成16年の刑法改正をもたらした「性的な被害に係る犯罪に対する国民の規範意識」が重要である。ここに結実した被害意識の変化などが、強制わいせつ罪の解釈にとって重要な、被害者の受けた性的な被害の有無やその内容を決めてくるのである。行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は、国民の意識と乖離していたのである。
     このような意識の変化を形成し、同時に意識の変化によって動いてきたのが、男女共同参画社会の深化であり、その一端である「女性法曹の増加」であるように思われる。
  • 6 昭和45年判例が、書かれざる構成要件要素として「わいせつ目的・傾向」を要求する実質的理由は、処罰範囲の「特定」「認定」の問題を超えて、被害者の性的自由の侵害という客観的法益侵害性に加えて、行為者側の「反倫理的な欲望」の満足という主観的危険性を加味することにより、はじめて、処罰に値するだけの刑法上の違法性(有責性)が構成されると考えていたとも推測される。裏返すと、判例の考え方の基礎には、被害者に法益侵害性が生じても、行為者に破廉恥な動機・目的・内心傾向がない場合には処罰する必要が無いという価値判断があったように思われる。行為者の性的道義秩序違反性が加わってはじめて処罰に値する「法益」侵害があると考えていたといってもよい。しかし、そのような、性秩序違反が加わらなくても、処罰に値する法益侵害性が認められると考えられるようになったのである。それは、「裸にされて写真を撮られて恥ずかしいと感じている女性」の視点が、「性的満足を得るためでなく復讐するためだから、強制わいせつ罪が成立しない」という説明に納得しなくなったといってもよい。もともと納得などしていないのだが、観念的に「性的目的の有無を認定しなければ、強制わいせつ罪の構成要件の外延を画し得ないので、わいせつ傾向が理論的に必要だ」と説明されても、「おかしい」と声を上げるようになってきたのだと思われる。そのような「わいせつ傾向」を持たない者は、犯罪を犯す危険性が少ないという説明も、被害者には説得性を欠くのである。犯行を繰り返す危険性が若干低い類型だという説明は、「性的羞恥心が現に著しく害されたという事実に目をつぶる」ことの得心のいく理由にはならない。

(掲載日 2017年12月1日)

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