判例コラム

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第119号 天竜川舟下り事故と監督責任 

~東京高裁平成29年9月20日判決 業務上過失致死被告事件※1

文献番号 2017WLJCC027
日本大学大学院法務研究科
教授 前田雅英

Ⅰ 判例のポイント

 平成23年8月、遠州天竜舟下りにおいて発生した転覆事故で5名が死亡した事件の刑事責任が問われた判決である。操船していた船頭のうちの1名も死亡している。観光客21名を乗せた旅客船が、天竜川の急流部を運航する際、船の右前部を左岸側の岩壁に衝突させて転覆し、乗客4名及び船頭1名を水中に転落させたというものである。
 本件の控訴審の被告人Xは、客船の運航及び輸送の安全確保並びに船頭等に対する指揮監督をする業務に従事していた舟下り事業の業務委託社員である。船頭主任及び安全管理規程上の運航管理補助者として、本件で死亡した船頭らに対する操船指導をするとともに、営業課長を補佐する立場にあった。舟下りの安全統括管理者兼運航管理者である営業課長Y、舳乗り船頭として旅客船の操船業務に従事していたZが起訴され、第一審※2において、全員が、業務上過失致死罪で有罪とされた。
 本件は、Xの控訴に対し、その主張を容れて、無罪を言い渡したものである。

Ⅱ 事実の概要

 Xは、天竜川において旅客船に乗客を乗せて運送する一般旅客定期航路事業である遠州天竜舟下り事業を行うA株式会社の業務委託社員であり、船頭主任及び海上運送法10条の3第1項及び第2項に基づき策定された安全管理規程上の運航管理補助者として、船頭らに対する操船指導を行う業務や同安全管理規程上の安全統括管理者兼運航管理者であったYを補佐し旅客船の運航及び輸送の安全を確保する業務に従事していたものであるが、舟下りの航路にある「城下」と称される、湾曲する急流部の運航に当たっては、急流が流れ込む左岸側は岩が露出する岩壁、右岸側は浅瀬であり、川の中央付近から右岸付近には大きな渦が発生し、その中心付近では川底から急激に水が湧き上がる噴流が発生しており、以前から噴流等の影響により旅客船の舳先が右に振られることが度々あり、ときには約90度転回することもあったのであるから、噴流等の影響により旅客船の舳先が振られて航路を逸脱し、船頭らが転回を止めるための適切な操船を行わなければ旅客船が約180度転回し、その場合には、右岸側の浅瀬に接岸させるなどの危険回避措置を採らなければ、船頭らが旅客船を方向転換させるため上流方向に遡らせようとし、その際、上流からの流れと船外機の推進力が拮抗して遡上できず、左岸方向へ斜航するなどして旅客船が左岸側の岩壁に衝突し、乗客らの生命・身体に危険を及ぼすおそれのある状況になることが予見できたのであるから、「城下」の状況を十分に把握して安全管理体制の点検を行った上、Yに対し、「城下」において噴流等の影響により旅客船が転回しないようにするため、舳乗り船頭と艫乗り船頭が協力して舳先が転回しないようにするための訓練を実施させるとともに、噴流等の影響により旅客船が転回した際の危険回避方法を決定した上で、船頭らにその危険回避方法の訓練を実施させる措置を講ずることを進言し、自らもこれらの訓練を実施するなどの措置を講じ、旅客船が噴流等の影響により転回した際に乗客らの生命・身体の安全を確保して死傷者の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、このような進言をせず、また、自らもこれらの訓練を実施するなどの措置も講じないまま、本件艫乗り船頭らに旅客船を運航させた過失により、平成23年8月17日午後2時18分頃、「城下」において、乗客21名を乗せた旅客船の舳先を右方へ約180度転回させ、本件艫乗り船頭が船外機を使用して旅客船を上流に遡らせようとしたものの、上流からの流れと船外機の推進力が拮抗するなどして、旅客船を左岸側の岩壁に向かわせ、旅客船の右前部を同岩壁に衝突させて転覆させた上、乗客及び本件艫乗り船頭を水中に転落させ、乗客4名及び本件艫乗り船頭1名をいずれも溺水により死亡させたというものである。
 第一審は、①本件艫乗り船頭は経験が浅く、船が約180度転回するという事態に直面して冷静的確な判断を期待することは困難であったと考えられるので、本件事故発生に至る因果経過の基本的部分について、予見可能性があったと認めることができ、②Xは、船頭経験のないYに対して、現場の状況を把握している補助者として、必要な訓練や対策、現場で足りていない安全体制等について報告し、会社側としても適宜の対策を考案して必要な訓練を実施させる措置を講ずる義務、措置の必要性を上司に進言する義務を負っていたとし、Xはその義務を尽くしたとはいえなかったとして、業務上過失致死罪の成立を認めた。
 それに対し、Xの弁護人は、①予見可能性の対象である本件事故発生に至る因果経過の基本的部分が立証されておらず、②仮に立証が認められたとしても、Xにはその予見可能性はなく、③Xは、現場の船頭のリーダーにすぎず、管理責任を負う立場になかったから、舟下り事業に関して安全管理体制を構築・改善する義務はなく、前任の船頭主任から引き継いだ体制の中では適切な訓練を行っていた等と主張して控訴した。

Ⅲ 判旨

 控訴審は、以下のように判示して、原判決を破棄して自判し、Xに無罪を言い渡した。
 原判決が、Xは船頭主任として、船頭全体の運航管理や現場における操船訓練を始めとする運航の安全に関する責任者たる立場にあり、船頭に対する実質的な監督権限があり、運航を確保するための指導・訓練を自ら実施する義務を認めたのに対し、Xは船頭主任となっても、その法的な権限や責任の範囲が大きく変わったということはできず、船頭養成講座の講師を務めるようになったり、他の船頭と会社との間に立って、船頭たちの要望を会社側に伝え、会社からの指示事項を船頭らに伝えるなどの橋渡し役を果たすことになったという程度であったとし、さらにXの船頭仲間内での指導的地位は「徒弟制度が引かれているような極めて限られた船頭社会において、技術に優れ、経験豊富なXがこのような役割を果たすこと自体は十分にあり得るから、Xが実際に行っていた事柄が船頭主任の法的権限として導かれるものかどうかは疑問である」とし、「Xにおいて、運航の安全に関する責任者たる立場にあったということはできず、船頭に対する実質的な監督権限を有していたということもできない。」として、Xの注意義務の存在を否定した。
 さらに、運航中の安全を確保するために一定の訓練を自ら実施したり、これが必要なことを運航管理者に進言する義務に関しても、「経営部門のトップであり、安全管理体制の構築に向けて明確な方針を打ち出す責務のある代表取締役社長はもとより、経営部門と現場とをつなぐ立場で安全管理体制の実現に努めなければならない安全統括管理者及び運航管理者であったYにおいても、安全管理体制の構築に対する意識が極めて薄く、形ばかりの規定の整備を行ったり、名ばかりの責任者を配置しているような状態の中で、これらの本来の法的責任を果たしていない義務者の代わりに、法的規制に関する知識を与えられてもおらず、乗船場の運航管理補助者という、その末端に位置していたXが、安全管理に関して責任を負ういわれはないというべきである」。とし、進言する義務を否定した。
 その上で、「X自らがこれらの訓練を実施するなどの措置を講じ、旅客船が噴流等の影響により転回した際に乗客らの生命・身体の安全を確保して死傷者の発生を未然に防止すべき義務があったともいうことができない」としたのである。
 次いで、事故の予見可能性については、「本件艫乗り船頭がどのような操船を行ったのか、なぜ、川を横断するような形で斜航することになったのか明らかでない部分があり、この中には特殊な因果経過が存在することもないわけではない。しかし、本件事故の予見可能性を検討するに当たっては、その特殊な経過は捨象して、要するに、通過するのに一定の注意を要する[城下]流域において、噴流等の影響によって旅客船の舳先が振られ、安全に操船することが困難な状態になったために転覆や座礁などの事故を起こすことについての現実的な危険性を認識し得たといえるかを問題にするのが相当である」とした上で、その認識可能性を否定した。
 「これまで転覆事故が発生したことはなく、また、転覆の危険を感じるほどに旅客船が大きく振られる事態が生じたのも、せいぜい平成22年の事例以外にはない。加えて、仮に、舳先が振られたとしても、これを立て直す訓練をしていたというのであるから、実質的に船長としての立場にある艫乗り船頭の指示等に基づき、技術力のある二人の船頭がそれぞれ適切に操船することによって、船が大きく転回するような事態を阻止することが十分に期待できたものといえる」として、本件事故当時、「転覆等についての現実的な危険性を認識し得たとは考え難い。」とし、「操船中に船の向きが逆になるまで二人の船頭が何もせずに放置しておくことを予見できるといえるのかは疑問である。・・・・・実際に船頭らは船を立て直すための訓練をしていたのであって、しかも向きの修正自体は難しい技術を要する操船ともいえないから、その流域での訓練をしていなかったという一事で、そのような操船が当然には期待できないということにはならないはずである。船頭が2名も乗船しながら何もしないことがどの程度あり得るのかを十分に吟味せずに、船頭らが何もしないことを前提に予見可能性を認めた原判決の判断は、不合理である」とした。そして、「仮に、船が180度転回してしまうような事態が生じたとしても、その後の対応については、画一的な方法を定めること自体が困難であったと考えられ、船体の向きの適切な修正方法が確立していたとは認められず、いくつか考えられる選択肢の中からその時の川の状況などに応じてその場の判断でよりリスクの少ない方法を選択するしかなく、その意味で、船頭の臨機で適切な状況判断に委ねざるを得ないものと考えられる」とし、「二人の船頭の適切な状況判断や操船があったといえるかはさておき、Xの立場からは、本件噴流等の影響によって旅客船の舳先が振られ、安全に操船することが困難な状態になったために転覆してしまうことについての現実的な危険性を認識し得なかったものと考えるのが相当である。そうすると、Xには本件転覆事故について注意義務違反を認めることはできない。」として、破棄自判し、無罪を言い渡した。

Ⅳ コメント

  1. 1  本判決は、5名もが死亡した天竜舟下り転覆事故の刑事責任一般を対象としたものではなく、「事故に遭った舟」には乗っていなかった船頭主任の「監督責任」の有無が争点となった。
  2. 2  監督過失とは、「過失による法益侵害結果を直接生ぜしめた者(直接行為者)を監督すべき義務を有する者に過失責任を問うこと」とされてきた。森永ヒ素ミルク事件のような、直接行為者が過失を犯さないように監督する事案を念頭において登場してきたもので、「直接過失行為を行う者に対する共犯型」であった。本件でも、「直接事故を惹起した船頭を監督・指示しなかった過失」が問題となった。ただ、監督過失論は、火災事故を前提に論じられることが多かったこともあり、安全体制確立義務が重視されるようになっていく。本件で問題となった「船頭経験のないYに対して必要な訓練を行う義務」もその一例といえよう。さらに、このような義務がある者に、その義務を果たすよう進言する義務が問題とされることもある。本件でも、Xには、会社側に安全体制等について報告し、適宜の対策を考案して必要な訓練を実施させる措置を講ずることを進言する義務があったのではないかが争われた。
  3. 3  監督過失における注意義務の存否・内容も、法的規制(立法目的)、当該職種において実際に行われている慣行をも考慮し、具体的に認定される。本件第一審は、Xが、船頭主任及び海上運送法10条の3第1項及び第2項に基づき策定された安全管理規程上の運航管理補助者であることを重視し、安全管理体制の点検の義務、舳乗り船頭と艫乗り船頭が協力して舳先が転回しないようにするための訓練をYに実施させるとともに、旅客船が転回した際の危険回避方法を決定した上で、船頭らにその危険回避方法の訓練を実施させる措置を講ずることを進言し、自らもこれらの訓練を実施し、乗客らの生命・身体の安全を確保する業務上の注意義務を設定した。
  4. 4  これに対し控訴審は、①Xは技術に優れ、経験豊富なため船頭のリーダー的存在であったが、船頭主任の法的権限として運航の安全に関する責任者たる立場にあったということはできず、船頭に対する実質的な監督権限を有していたということもできないとし、②安全管理体制構築の最終的な責務のある代表取締役社長や、安全統括管理者及び運航管理者であった営業課長が、安全管理体制の構築に対する意識が極めて薄く、法的責任を果たしていない義務者の代わりに、法的規制に関する知識もなく、乗船場の運航管理補助者であるXには、安全管理義務は認められないとし、③Yらに対し進言する義務も否定した。
  5. 5  両者の差は、Xに与えられていた具体的権限の評価などにもよるが、基本的には、事故の予見可能性の認定の差によるものと考えられる。
     第一審が、本件艫乗り船頭の経験が浅く船の転回に直面して的確な判断を期待することは困難であったと考えられるので事故発生に至る因果経過の基本的部分について、予見可能性があったとしたのに対し、「船の舳先が振られ、安全に操船することが困難な状態になったために転覆や座礁などの事故を起こすことについての現実的な危険性を認識し得た」かを問題にし、①転覆の危険を感じるほどに旅客船が大きく振られる事態はほとんど無く、②舳先が振られても、これを立て直す訓練をしており、二人の船頭がそれぞれ適切に操船することによって、船が大きく転回するような事態を阻止することが十分に期待できたとし、③操船中に船の向きが逆になるまで二人の船頭が何もせずに放置しておくことを予見できるといえないとし、Xには、舳先が振られ安全に操船することが困難な状態になったために転覆してしまうことについての現実的な危険性を認識し得なかったとしたのである。
  6. 6  控訴審は、「二人の船頭が何もせずに放置しておくことを予見できる」ということは、「自動車の運転に例えていえば、道路前方がカーブしているにもかかわらず、運転者が運転中にハンドルやブレーキなどから手足を離し、走行するままにしておくという事態をも予見しておく義務があるというに等しいといえなくもない」とする。ただ、船が大きく振られる事態はほとんど無かったと認定しているのであり、経験の浅い船頭が適切な操船を行わないのみならず、何もしないで放置せざるを得なくなるという事態は、「カーブの際の自動車のハンドル・ブレーキ操作」とは異なるともいえる。問題は、「舟の事故発生の可能性」「本件現場の危険性」の大小と、それについての運行業者認識可能性にある。
  7. 7  ただ、問題は、事故に遭った舟に乗っていなかった、運行補助者でしかないXに、結果回避義務、進言義務を生ぜしめるだけの結果の予見可能性が存在したかにある。いわゆる「電気メス事件」に関する札幌高判昭和51年3月18日(高刑集29巻1号78頁・Westlaw Japan文献番号1976WLJPCA03180009)は、当時2歳半の患者の手術に際して、その手術自体は成功したものの、手術に用いられた電気メスのケーブルを介助看護婦が誤接続したため、患者の右下腿部に重度の熱症が生じ、重傷を負わせることになった事案に関し、手術にあたった執刀医については、「ベテランの看護婦である被告人を信頼し接続の成否を点検しなかったことが当時の具体的状況のもとで無理からぬ」として注意義務違反を否定した。
     一方、最決平成19年3月26日(刑集61巻2号131頁・Westlaw Japan文献番号2007WLJPCA03260001)は、看護師が患者を取り違えて手術が実施された業務上過失傷害の事案において、麻酔導入前に患者の同一性確認の十分な手立てを採らず、麻酔導入後患者の同一性に関する疑いが生じた際に確実な確認措置を採らなかった大学病院の麻酔科医師に注意義務違反が認められた。たしかに、チーム医療の場合には、常に信頼の原則が働き、麻酔医なども、患者の入れ違いに気付き得る立場にあった以上、過失責任は免れない。医師には、手術を止めることも可能だったのである。
  8. 8  それに比し、本件Xは、「城下」において、噴流により旅客船の舳先が振られ、経験の浅い船頭が操舟不能となり、死亡事故が生じることの予見可能性はあったが、乗舟していないXに、事故防止の直接的義務はないし、Xの法的・事実的地位を考えれば、安全管理体制の確立・点検の義務、舳先が転回しないように船頭を訓練する義務はないし、Yにそれらを実施させる進言義務も、認めがたい事案であったように思われる。

(掲載日 2017年11月10日)

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