判例コラム

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第112号 米国特許権に係る国内消尽と国際消尽について判断した連邦最高裁判決 

~Impression Products, Inc. v. Lexmark Int’l, Inc.※1

文献番号 2017WLJCC020
名古屋大学大学院法学研究科
教授 鈴木 將文

1 はじめに

 本コラムでは、通常国内裁判所の判決がとりあげられているが、今回は、本年5月30日に出された米国の連邦最高裁の判決を紹介したい。その理由は、本判決が、米国特許法の解釈について画期的な判断をしており、今後、米国市場向けの商品に関するビジネス、さらには通商関係の国際交渉にまで広く影響を与える可能性があるためである。
 本判決で問題となったのは、特許権の消尽(Patent Exhaustion)である。これは、特許権者の同意を受けて特許製品(特許発明の実施品)が流通に置かれた場合、当該特許製品について特許権は「消尽」し、当該製品に係るその後の実施行為に対し、もはや特許権を行使することはできないという考え方である。
 特許権の消尽の原則は、国際的に広く採用されているものの、具体的な適用条件については、国によって違いがある。具体的には、(1)特許権者が、特許製品を最初に販売する際に、購入者との間で再販売の禁止等の制約条件(post-sale restrictions)を合意した場合において、購入者がその条件に反して転売したときでも、消尽が認められるのか、(2)特許権者の同意に基づく最初の販売が国外で行われ、その製品が国内に輸入された場合も、消尽が認められるのか(国際消尽の成否)といった点について、国によって異なる運用がされている。
 我が国では、後に述べるように、最高裁判例が、特許権の消尽を実質上比較的緩やかに認める立場をとっている。他方、米国では、1990年代以降、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が、上記2点につき消尽を否定する判決を出し、特許権の消尽を比較的限定的に認める立場がとられていると理解されてきた。しかも、国際通商交渉の場において、米国政府は、おそらく製薬産業の意向等を踏まえて、特許権の国際消尽に反対する姿勢を示してきた。
 ところが、連邦最高裁による本判決は、上記2点について、消尽を肯定する旨を明言した。特に、国際消尽に関しては、我が国の判例よりも一層徹底して消尽を肯定しており、上記の米国政府の国際交渉上の立場とのギャップの大きさもあって、意外感を禁じ得ない。


2 本判決の概要

(1)事案と争点
 本判決の事案は、プリンター用インクカートリッジに係る米国特許権を有するLexmark社が、特許発明実施品であるインクカートリッジを米国内外で販売していたところ、Impression社が当該インクカートリッジの再生品を販売したことから、Lexmark社がImpression社に対して特許権侵害訴訟を提起したというものである。具体的には、Lexmark社は、そのインクカートリッジについて、米国の内外において、購入者に特段条件を付さない「通常カートリッジ」と、購入者による再生利用を禁止するとともに、使用後はLexmark以外の第三者への譲渡をしないことを購入者に約束させ、その分価格を2割安く設定した「リターン・プログラム・カートリッジ」とを販売していた。Impression社は、使用済みの上記2種類のカートリッジを米国内外で入手し、トナーを詰め直して米国内で販売していた。Lexmark社は、Impression社による①米国内で販売された「リターン・プログラム・カートリッジ」と②米国外で販売されたすべてのインクカートリッジ(「通常カートリッジ」と「リターン・プログラム・カートリッジ」)の再生品の販売や輸入等の行為が、本件特許権を侵害すると主張した。これに対し、Impression社は、問題とされるインクカートリッジはLexmark社によって販売されたものであるから、特許権は消尽しており、侵害は成立しない旨を主張した。
 一審は、国内で販売された「リターン・プログラム・カートリッジ」については消尽を認めて特許権侵害を否定し、他方、国外で販売されたカートリッジについては消尽を否定して侵害を認めた(Lexmark Int’l, Inc. v. Ink Techs. Printer Supplies, LLC, 9 F. Supp. 3d 830 (S.D. Ohio, 2014))。しかし、控訴審のCAFCは、大法廷(en banc)判決により、いずれの種類のカートリッジについても消尽を否定し、侵害を認めた(Lexmark Int’l, Inc. v. Impression Prods., Inc., 816 F.3d 721 (Fed. Cir., 2016))。そこでImpression社が裁量上告を行い、連邦最高裁がこれを受け入れた。
 連邦最高裁における争点は、特許権の消尽法理の成立範囲に関する2つの法律問題であった。すなわち、第一に、特許権者が、購入者に対して当該製品の再販売または再使用に係る権利を制限する明示的条件を課しつつ、特許製品を販売した場合、特許権侵害訴訟を通じてその条件の履行を求めることができるか(同条件に反する行為が行われた場合は、消尽が否定され、特許権侵害となるか)。第二に、米国特許法が適用されない米国外において特許権者が特許製品を販売した場合、特許権は消尽するか、である。

(2)連邦最高裁の判断
 連邦最高裁は、二つの争点のいずれについても、消尽を肯定する判断を下した。ロバーツ長官が多数意見を書き、他の6名の判事がこれに賛成している。また、ギンズバーグ判事は、第一の争点については多数意見に賛成しつつ、第二の争点については消尽を否定すべき旨の少数意見を書いている。なお、ゴーサッチ判事は本判決に関与していない。
 多数意見は、まず、第一の争点について、大要以下のように述べた。特許権の消尽は、譲渡禁止(財産の譲渡を私人が禁止すること)を認めないコモンローの考え方を反映しており、過去の最高裁判例もそのような理解をしてきた。特許権者が、特許製品の販売時に、その使用や再販売について条件を課した場合、その効果は契約上のものにとどまり、特許権の消尽には影響しない、すなわち、譲受人が条件に反して当該製品を転売したときにも、特許権の消尽は認められる。消尽は、(控訴審判決が理解するような)特許製品の販売に伴いいかなる権利が移転するかを推定する原則ではなく、特許法(具体的には35 U.S.C. 154条(a))が定める特許権の効力そのものを限定する法理である。「要するに、特許権の消尽は、画一的(uniform)かつ自動的(automatic)なものである。特許権者が、自らまたはライセンシーを通じて販売することを決断すれば、直接またはライセンスを通じて販売後の行為に関するいかなる制約を課していても、当該販売により特許権は消尽する。」
 次に、国際消尽に係る第二の論点に関し、多数意見は以下のように述べた。議会は、特許権者の判断による販売が米国内で行われた場合のみに特許権の消尽を認める意図を有していたとは認められない。当裁判所(連邦最高裁)が著作権について国際消尽を認めた(Kirtsaeng v. John Wiley & Sons, Inc., 568 U. S. 519 (2013))のと同様、販売が海外で行われた場合も国内販売の場合と同じく、特許権の消尽を認めるべきである。Lexmark社は、海外で販売された製品については米国特許権が保証する報酬を特許権者が得ていないのであるから、消尽を否定すべきであると主張する。しかし、消尽は、米国市場にアクセスする権利について特許権者が何らかのプレミアムを受けることに基づいて認められるのではなく、特許製品を販売し、その商品とそれが体現する発明について一定の対価を受けることに関する特許権者の決断によって、成立するのである。また、米国政府は、意見書において、国際消尽を原則としつつ、特許権者が明示的に留保した場合は国際消尽を否定するという例外を認める折衷的立場を主張するが、これは原理に基づくというより政策的配慮による見解であり、また、特許製品の購入を巡る当事者の期待に焦点を当てるという誤りを犯している。当事者の期待は契約法によって規律されるべきものであり、消尽は、そのような期待に基づくのではなく、特許権者が製品を販売し、対価と引き換えに製品に対する権原を放棄することを選択するために、成立するのである。
 多数意見は、以上を総括して、「(販売に関する)制約や場所は、消尽の成立に関係しない。販売するという特許権者の決断こそが、消尽を認める決め手である。」(“[R]estrictions and location are irrelevant; what matters is the patentee’s decision to make a sale.”)と締めくくっている。


3 検討

(1)本判決の意義
 連邦最高裁による本判決は、特許権の消尽という、商品の流通やライセンスに係る実務に大きな影響を与える問題に関し、過去少なくとも20年程度、米国においてリーディングケース的地位を占めてきたCAFCの判例を覆すものである。また、国際消尽については、少なくとも1980年代以降、米国政府が国際通商交渉において反対の立場を主張してきたところ、本判決はそれと反する見解を採ったことになる。このように、本判決は、今後、米国市場に関係するビジネスや法的実務、さらには国際経済交渉など、広範な分野に影響を与える、極めて重要な意義を持つと思われる。

(2)本判決の特徴
 (ア)消尽の根拠
 本判決は、特許権の消尽の実定法上の根拠について、特許権の効力に係る規定(35 U.S.C. 154条(a))に言及し、消尽理論は特許権の効力自体を制限する法理であると説明している。これに対し、控訴審のCAFCは、「権原なく」(“without authority”)実施行為を行うことを特許権侵害と定める特許法の規定(35 U.S.C. 271条(a))との関係で、特許権者から「権原」を譲り受けていることが消尽を認める根拠である旨を説明していた。すなわち、消尽法理につき、CAFCは特許権者から与えられる「権原」に基づくものとしていたのに対し、連邦最高裁は、特許権の効力に本来的に課せられた制限と捉えているといえる。
 さらに、連邦最高裁は、特許権の効力が制限される理由として、財産の譲渡禁止を禁じるコモンローの原則(“the common law principle against restraints on alienation”)を挙げている。
 ところで、我が国の判例では、特許権の消尽の根拠につき、市場における特許製品の円滑な流通の確保、特許権者の二重利得の獲得機会の不要性が挙げられている(最判平成19年11月8日民集61巻8号2989頁〔Westlaw Japan文献番号2007WLJPCA11089001〕(インクタンク事件))。特許権者の意思と消尽を結び付けずに特許権の効力自体の制限と解する点において、我が国の判例は本判決と基本的に共通するといえる。また、本判決がコモンロー上の譲渡禁止を禁じる法理に依拠している点は、我が国においてかつて採られた所有権と特許権の調整原理としての消尽理論という考え方に近似するといえるかもしれない(ただし、我が国では、現在はこのような考え方は所有権と特許権を混同するものとして支持されていない。中山信弘『特許法〔第3版〕』412頁(弘文堂・2016年)参照)。
 (イ)販売後の使用・再販売に係る制限と消尽
 特許製品の販売に当たり、譲受人による使用等について条件が課され、その条件に違反する行為が行われた場合について、CAFCは特許権の消尽を否定する判断をしていた(Mallinckrodt, Inc. v. Medipart, Inc., 976 F.2d 700 (1992))。その後、特許権の消尽を論じた連邦最高裁判決(Quanta Computer, Inc. v. LG Electronics, Inc., 553 U.S. 617 (2008).上告審における直接の争点は、方法特許の特許権者が、方法の使用に供するシステムの部品を販売している場合の特許権の消尽の成否であった。)によって、上記CAFC判決は実質上覆されたのではないかとの議論もあったが、CAFCは本件事案の控訴審判決で自らのMallinckrodt事件判決の立場を維持することを明らかにした。
 しかし、連邦最高裁は、CAFCの見解を明確に否定した。本判決は、特許製品を販売した主体と消尽の関係について、次のように整理している。すなわち、①特許権者自身が販売した場合、②(ライセンス契約上許諾された範囲内の行為として)ライセンシーが販売した場合、③ライセンシーがライセンス契約に違反して販売した場合について、①と②は同様に扱われ、特許権者またはライセンシーが特許製品の譲受人に使用等に係る制限を課し、その条件に違反する行為が行われても特許権の消尽が認められる。他方、③では、特許権は消尽しない(③については、連邦最高裁によるGeneral Talking Pictures Corp. v. Western Elec. Co., 305 U.S. 124 (1938)が先例である。)。
 なお、我が国においても、特許権の国内消尽は特許権者の意思によって否定することはできないと解されている(例えば、インクタンク事件の知財高裁大合議判決及び最高裁判決はそのような立場を前提としていると解される。学説として、例えば中山・前掲書413-14頁参照。)。そして、我が国の判例は、国内消尽について「特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者」が特許製品を国内で譲渡した場合に認められるとしており、(インクタンク事件最判)、上記の①と②の場合を同様に扱う点で、本件連邦最高裁判決と共通している。
 他方、我が国では、上記③の場合については、裁判例や学説で未だ解釈が固まっていないと思われる。一般的に、ライセンシーがライセンス契約に違反して特許発明の実施行為を行った場合の評価につき、単なる契約上の債務不履行にとどまるときと、特許権侵害も成立するときがあるとの前提で、その判断基準について議論がなされている(例えば、大阪高判平成15年5月27日平成15(ネ)320号〔Westlaw Japan文献番号2003WLJPCA05279003〕(育苗ポット事件)は、「特許発明の実施行為とは直接関わりがなく、・・それに付随した条件」の違反は、単なる契約上の債務不履行にとどまるとする。)。その論点と、インクタンク事件最判が挙げる「特許権者から許諾を受けた実施権者」(による譲渡)という国内消尽成立要件を連結し、ライセンシーがライセンス契約に違反して特許製品を譲渡した場合、その契約違反の行為が特許権侵害を構成するときは消尽が否定され、債務不履行にとどまるときは消尽が認められるとするのが、一応素直な考え方と思われる。しかし、前者の場合についても、実質的な考慮として、ライセンシーに裏切られた特許権者と、ライセンシーの地位にある者から(特許権侵害行為に基づくとはいえ)特許製品を購入した者及びその後の譲受人のどちらを保護すべきかという観点、及び、取引の安全への配慮を踏まえると、購入者やその後の譲受人につき特許権侵害を否定することをむしろ原則とすべきでないかと思われる。その場合に侵害を否定する根拠としては、権利濫用法理(民法1条3項)が考えられる。また、そもそも消尽法理は権利濫用法理を定型化したものと捉え得るところ、上記のような場合についても正面から特許権の消尽を認める考え方もあり得よう。
 翻って、本件連邦最高裁判決をみると、上記③の場合に関し、どのようなライセンス条件に違反してライセンシーが特許製品を販売した場合に消尽が否定されるかについては、特に論じていない。米国でも、ライセンス違反と特許権侵害の関係について議論がなされているようであるが(例えば、少し古い文献であるが、Phillip B.C. Jones, Violation of a Patent License Restriction: Breach of Contract or Patent Infringement?, 33 IDEA 225 (1993)参照。)、その議論と消尽の問題を連動してよいかを含め、③の場合についての詳細な分析は今後の課題と思われる。
 (ウ)国際消尽
 特許製品(米国特許権に係る特許発明の実施品)が権利者によって米国外で販売された後に米国市場に輸入された場合の特許権侵害の成否について、CAFCは特許権の国際消尽を否定する判決(Jazz Photo Corp. v. U.S. Int’l Trade Commission, 264 F.3d 1094 (2001))を出していた。その後、連邦最高裁が、著作権について国際消尽を肯定する判断を示し(Kirtsaeng v. John Wiley & Sons, Inc., 568 U.S. 519 (2013))、これが特許権に係る国際消尽の成否にも影響を与えるかが注目されていた。
 しかし、本件事案において、CAFCはJazz Photo事件判決の立場を維持し、国際消尽を否定した。CAFCは、実定法および判例法の解釈や、特許権と著作権の差異に基づき連邦最高裁のKirtsaeng事件判決の射程は特許権に及ばないこと等を論じるとともに、米国が締結した自由貿易協定において特許権の国際消尽が否定されていることや、国際消尽を肯定した場合に海外で安く販売されている薬品が米国に輸入されるという混乱(disruption)が生じることなどにも言及した。これは、特許権の国際消尽の成否が、単に特許法における一問題にとどまらず、通商や公衆衛生などの政策に関わる複雑な問題であることを反映したものといえる。
 これに対し、本件連邦最高裁判決は、あっさりと国際消尽を肯定した。CAFCによる控訴審判決と異なって、専ら法律論を述べるにとどまり、国際交渉や実際の貿易等への影響等については触れていない(ギンズバーグ判事による少数意見も、特許権の属地性を重視する法律論のみを述べて、特許権の国際消尽を認めることに反対している。)。
 我が国では、周知のように、BBS事件において、控訴審の東京高裁が国際消尽を認めたのに対し、最高裁は、特許権者またはこれと同視できる者により海外で譲渡された特許製品については、日本市場向けでない旨を譲受人との間で合意し、かつ製品に表示している場合に限り、日本に輸入された場合に特許権を行使できるとする法理(厳密には国際消尽の否定というべきであるが、実質的には、権利行使の機会の留保を認める国際消尽論といえる。)を採用した(最判平成9年7月1日民集51巻6号2299頁〔Westlaw Japan文献番号1997WLJPCA07010003〕)。我が国のこの最高裁判決でさえ、特許権行使を大きく制限する点で、「国際的な特許コミュニティの多くの人々を驚かせた」と評されている(Janice M. Mueller, Patent Law (5th ed. 2016) 957)。まして、米国が特許権の国際消尽を肯定することを予想する人は、「国際的な特許コミュニティ」において、少なかったと思われる。とりわけ、上記BBS事件判決が出された頃の国際的な議論の状況のことを思うと、本判決が国際消尽を肯定したことに、隔世の感を否めない。
 なお、本件連邦最高裁判決が国際消尽を認めているのは、米国特許の特許権者が外国で特許製品を販売した場合についてである。当該外国において、その特許権者が対応特許権を有している必要があるか否かにつき、本判決は触れていない。米国特許権が米国市場にしか及ばないことから国際消尽を否定すべき旨のLexmark社の主張を、連邦最高裁は明示的に排斥しているところ、その際、外国(販売地)における特許権の存在には一切言及していないことに照らすと、外国における対応特許権を国際消尽の要件としない趣旨と思われる。
 また、連邦最高裁は、国際消尽との関係では、ライセンスについて議論をしていない。本判決は、販売地がどこであるかは消尽の成立に関係しないという表現をしていることから、国内消尽についてと同様、ライセンシーが特許製品を販売した場合についても、国際消尽を認める趣旨と思われる(ただ、上記のように、外国の特許権の存否について論じていないので、どの特許権に係るライセンシーを想定するかは明らかでない。少なくとも、米国特許権者が、最初の販売地が属する国においても特許権を有しており、その外国特許権についてライセンスをしている場合のライセンシーが販売した場合について、国際消尽が肯定されることは、おそらく問題ないであろう。)。

  • Impression Products, Inc. v. Lexmark Intern., Inc., 137 S.Ct. 1523 (2017).

(掲載日 2017年8月10日)

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