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文献番号 2017WLJCC019
同志社大学 教授
高杉 直
1.はじめに
2020年の東京オリンピックでのスポーツ仲裁等をも見据えて、東京に「国際仲裁センター」を設置するプロジェクトが進んでいる(姉妹施設として、京都に「国際調停センター」も設置される予定である)。日本国内に仲裁・調停センターができれば、シンガポールや香港まで行かずとも日本国内で紛争解決を図ることが可能となるため、日本の企業にとっても利益となろう。
周知の通り、仲裁は、国際取引紛争の主たる解決方法であり、国際契約中で仲裁条項を定めることも多い。仲裁の特徴の1つは、裁判所ではなく当事者によって選ばれた民間人(仲裁人)が判断を行う点にある。しかも、仲裁人がした判断(仲裁判断)は、その国において判決と同様の効力を有するだけでなく、世界各国が加盟している1958年「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(NY条約)によって、世界中で強制執行が可能である(これに対して裁判所の下した判決は、原則として他国で強制執行できない)。
このような強力な紛争解決手段である仲裁について、各国が自国の判決と同様の効力を認めているのは、仲裁人が裁判官と同様に独立・公正で、仲裁手続も裁判手続と同様に公平・適正であるとの前提があるからである。そして、このような仲裁人・仲裁手続の監督については、仲裁地の所属国が担当するという建前がとられている。仲裁判断の取消申立てができるのも、原則として、仲裁地国の裁判所においてだけである(森下哲朗「仲裁判断の取消し」谷口安平=鈴木五十三編集代表『国際商事仲裁の法と実務』(丸善雄松堂、2016)385頁、398頁以下を参照)。
本件は、仲裁地である日本の裁判所に仲裁判断の取消しが申し立てられた事案である。日本の仲裁法44条1項は、「仲裁廷の構成又は仲裁手続が、日本の法令(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)に違反するものであったこと」(6号)や、「仲裁判断の内容が、日本における公の秩序又は善良の風俗に反すること」(8号)を取消事由としている。
2.事実の概要
本件は、日本法人X(取消申立人・抗告人)と外国法人Y(執行申立人・相手方)の間における一般社団法人日本商事仲裁協会○○号仲裁事件(本件仲裁事件)について、本件仲裁廷が平成26年10月28日付けでした本件仲裁判断につき、Xが本件仲裁判断の取消しを申し立て、Yが本件仲裁判断の執行決定を申し立てた事案である。
3.判旨
抗告棄却。
「 ア Xは、EU競争法及び独占禁止法の強行法的定めが日本の公序を形成していることを前提として、本件仲裁判断が、本件契約の合意内容につきEU競争法の強行法的定めに反する解釈をしていること、その判断に重大な論理矛盾があることが、日本の公序に反するから、8号の取消事由があると主張する。
この点、仲裁判断の内容が公序良俗に反するか否かは、公序良俗に当たる法規の適用の有無によるのではなく、適用の結果が公序良俗に反するか否かによって判断すべきであるから、仲裁人が準拠すべき実体法に違背したことや強行法規に違背したことが全てその取消原因となるものではない。しかるところ、もとより、EU競争法の強行法的定めが、直ちにその適用のない日本の公序を形成しているということはできないし、本件販売権による販売地域を英国等のみとする本件契約に独占禁止法の適用はないから、本件販売権の付与に関し独占禁止法違反は問題とならない。したがって、Xの上記主張は前提を欠いているといわざるを得ない。この点をおくとしても、……原決定の説示〈略〉のとおり、本件仲裁判断は、本件契約について受動的販売は本件販売権付与の例外ではないと解釈したものの、同解釈を直接適用して、受動的販売を阻止しなかったことがXの本件契約上の義務違反であるとはしておらず、本件販売行為が受動的販売であることをXが立証すべきであるにもかかわらず、その立証をしなかったため、本件販売行為が本件契約で禁止される積極的販売(積極的販売の規制はEU競争法上も許容されている。)に当たると認定して上記の結論を導いたものと認められる。また、仮に本件仲裁判断が本件契約の合意内容についてEU競争法等の強行法規に違反する解釈をしたとしても、それは、結論に影響しない契約の解釈の誤りにすぎないというべきである。そうすると、本件契約について、受動的販売が本件販売権付与の例外ではないと解釈することがEU競争法等の強行法規に違反するものであったとしても、その適用の結果が日本の公序良俗に反することにはならない。
また、本件仲裁判断は、上記のとおり、受動的販売が本件販売権付与の例外ではないと認めることができるとしたが、この契約解釈を直接適用してXの本件契約上の義務違反の結論を導いてはおらず、念のために、本件販売行為が受動的販売行為であれば、Xの有効な防御方法たり得ることを前提として、その存否を判断し、結果として本件販売行為が本件契約で禁止される積極的販売に当たると認定したものであり、その判断過程には何らの論理矛盾はない。
したがって、Xの上記主張は採用できない。
イ 続いて、Xは、本件仲裁判断の立証責任の分担に関する判断部分が誤っており、6号又は8号の取消事由があると主張する。
しかし、本件販売行為が受動的販売行為であるかどうかについての立証責任の分配に係る解釈の当否は、実体判断の問題に帰するのであり、その解釈に誤りがあったとしても、仲裁手続の日本の法令違反として6号の取消事由に当たるものではないし、8号の取消事由に当たらないことも明らかである。
なお、本件仲裁判断中の上記主張に関する部分の説示は、関係証拠により本件販売行為が契約により禁止される積極的販売行為に当たることが一応推定されるとの判断を前提として、本件販売行為が受動的販売行為であることをXにおいて反証すべきであるとの趣旨とも解され、相応の合理性が認められるというべきである。
以上により、Xの上記主張は採用できない。」
4.本決定の意義
本決定は、①仲裁法44条1項8号の「公序」に関して「仲裁判断の内容が公序良俗に反するか否かは、公序良俗に当たる法規の適用の有無によるのではなく、適用の結果が公序良俗に反するか否かによって判断すべきであるから、仲裁人が準拠すべき実体法に違背したことや強行法規に違背したことが全てその取消原因となるものではない」と判示した点、②同6号の「仲裁手続が、日本の法令……に違反」に関して、「立証責任の分配に係る解釈の当否は、実体判断の問題に帰するのであり、その解釈に誤りがあったとしても、仲裁手続の日本の法令違反として6号の取消事由に当たるものではない」と判示した点に、その意義を有する。
第1に、仲裁法44条1項8号の「公序」につき、強行法規の適用の有無を基準とする説もあるが、本決定は、強行法規の適用結果を基準とする説を採用することを明らかにした。学説上の多数説に従うものであって妥当である(学説上の議論につき、小島武司=猪股孝史『仲裁法』(日本評論社、2014)517頁–518頁を参照)。
第2に、本件では、公序違反としてEU競争法違反が主張された。競争法違反については、多くの国でも基本的な法原則と考えられており、公序に該当し得ることが指摘されている(例えば、NY条約の公序に関して、H. Kronke et al eds. , Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards: A Global Commentary on the New York Convention (Kluwer, 2010)、 382頁以下や、R. Wolff ed. , New York Convention: Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards of 10 June 1958 – Commentary (Beck, 2012)435頁を参照。日本法の解釈論については、中村達也『仲裁法の論点』(成文堂、2017)53頁以下の「第3章 独占禁止法と仲裁–仲裁可能性(仲裁適格)と仲裁判断の実体的公序審査」を参照)。しかし、仲裁法44条1項8号の「公序」は、「日本」の公序であるから、問題となるのは日本の独占禁止法違反であって、外国競争法違反が直ちに日本の公序違反となるわけではない。「もとより、EU競争法の強行法的定めが、直ちにその適用のない日本の公序を形成しているということはできないし、本件販売権による販売地域を英国等のみとする本件契約に独占禁止法の適用はないから、本件販売権の付与に関し独占禁止法違反は問題とならない。したがって、Xの上記主張は前提を欠いているといわざるを得ない」との判旨は、正当である。
第3に、仲裁法44条1項6号の仲裁手続違背による仲裁判断の取消しについては、単なる手続違反では足りず、違反結果の重大性(=その違反がなければ仲裁判断と異なる結果を導いていたこと)も要求される。また、そもそも準拠実体法の解釈の誤りについては取消事由に該当しないとするのが通説である(高杉直「国際商事仲裁における実体準拠法決定の違反と仲裁判断の取消」『国際公共政策研究』21巻1号(2016)51頁、54頁および60頁を参照)。判旨も通説に従っており問題なかろう。
5.おわりに
仲裁判断で敗れた当事者は、その仲裁判断の失効を求めて、仲裁判断の取消申立てを行うことが多い。その際に頻繁に主張されるのが、公序違反と仲裁手続違背である。本件でも、この点が主張された。
仲裁判断の取消申立てに対する裁判所の対応は、その国の仲裁地としての信用に影響する。仲裁手続·仲裁判断を監督するのは、仲裁地国の裁判所だからである。日本の裁判所は、能力の点でも清廉性の点でも、世界の中で最も高い評価を得ている裁判所の1つであると思われる。本決定のように適切な判断を続けることで、将来の仲裁地としての日本の評価も高まるであろう。
(掲載日 2017年7月10日)