判例コラム

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第110号 JR西日本脱線転覆事故と死傷結果の予見可能性 

~最高裁第二小法廷平成29年6月12日決定 業務上過失致死傷被告事件※1

文献番号 2017WLJCC018
日本大学大学院法務研究科
教授 前田雅英

Ⅰ 判例のポイント

 (1) 本件は、JR西日本の福知山線において、列車脱線事故が、平成17年4月25日に発生し、106名が死亡し、約500名が負傷した事件に関し、事件に至るX、Y、Z3名のJR西日本の社長の刑事責任が争われたものである。
 (2) 同事故に関しては、神戸地検は、平成21年7月8日、当時の安全担当役員だったWを業務上過失致死傷罪で在宅起訴した。本件事故にも繋がる線形改良工事の前年に函館本線で発生した脱線事故を認識し、ATS(自動列車停止装置)を設置すれば事故が防げる趣旨の発言を行っていたことなどが根拠とされていたが、神戸地判平成24年1月11日(Westlaw Japan文献番号2012WLJPCA01119003)は、Wに対し、「危険性を認識していたとは認められない」などとして無罪を言い渡し、その後確定した(前田雅英『刑事法最新判例分析』弘文堂、45頁以下参照)。
 (3) 一方、Wの上司であった社長らについては、検察は不起訴処分としたのに対し、平成21年10月22日、神戸第一検察審査会は、X、Y、Zについて「起訴相当」と議決する。これに対し神戸地検は平成21年12月4日、再び不起訴処分としたが、平成22年3月26日、神戸第一検察審査会が再び起訴相当と議決したため、強制起訴されたのが本件である。


Ⅱ 事実の概要

 本件の公訴事実の概要は、
 (1) 平成4年から事件発生に至る時期にJR西日本代表取締役社長を務めていたX、Y、Zは、会社の業務執行を統括し、運転事故の防止についても経営会議等を通じて必要な指示を与えるとともに、社内の総合安全対策委員会委員長として、運転事故対策についての基本方針や特に重大な事故の対策に関する審議を主導して鉄道の運行に関する安全体制を確立し、重大事故を防止するための対策を講ずるよう指揮すべき業務に従事していた。
 (2) 当時、JR西日本では、運行の円滑化の目的で、尼崎駅構内の配線変更を行い、福知山線上り線路の湾曲する曲線の半径を600mから304mにし、その制限時速が従前の95kmから70kmに変更される線形変更工事を施工し、それにより、通勤時間帯の快速列車の本件曲線における転覆限界速度は時速105kmから110km程度に低減し、本件曲線手前の直線部分の制限時速120kmを下回ることになった。一方、快速列車の本数が大幅に増加し、運転士が定刻運転のため本件曲線の手前まで制限時速120kmに近い速度で走行する可能性が高まっていたので、運転士が何らかの原因で適切な制動措置をとらないままこのような速度で列車を本件曲線に進入させた場合には、脱線転覆する危険性が差し迫っていた。
 (3) 一方、JR西日本では半径450m未満の曲線にATSを整備しており、本件曲線の半径がこれを大幅に下回ったことや、過去に他社の曲線において速度超過による脱線転覆事故が複数発生していたこと等を認識し、又は容易に認識することができたから、運転士が適切な制動措置をとらないまま本件曲線に進入することにより、本件曲線において列車の脱線転覆事故が発生する危険性を予見できた。
 (4) したがって、X、Y、Zは、それぞれ、ATS整備の主管部門を統括する鉄道本部長に対し、ATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務があったのに、被告人らはいずれもこれを怠り、本件曲線にATSを整備しないまま、列車の運行の用に供し、その結果、平成17年4月25日午前9時18分頃、福知山線の快速列車を運転していた運転士が適切な制動措置をとらないまま、転覆限界速度を超える時速約115kmで同列車を本件曲線に進入させた際、ATSによりあらかじめ自動的に同列車を減速させることができず、同列車を脱線転覆させるなどして、同列車の乗客106名を死亡させ、493名を負傷させたというものである。

 これに対し、神戸地判平成25年9月27日(Westlaw Japan文献番号2013WLJPCA09276013)は、X、Y、Zに対し、無罪判決を言い渡し、その控訴審である大阪高判平成27年3月27日(判時2292-112・Westlaw Japan文献番号2015WLJPCA03276022)も、神戸地裁の結論を維持した。
 これに対し、指定弁護士による上告がなされ、それを棄却して、X、Y、Z3名に対する無罪を確定させたのが本決定である。
 最高裁は、第1審、控訴審の認定を基に、事実関係を以下のように纏めている。

  • ① 本件事故の直接の原因は、運転士が、本件曲線の制限時速70kmを大幅に超過し、転覆限界速度をも超える時速約115kmで本件曲線に進入したことにある。
  • ② ATSは、昭和37年の重大死傷事故を契機として、全国的に整備され、その後、一定の速度を超過すれば自動的に列車の運行をブレーキ制御する速度照査機能を付加するなどした改良型ATSが開発され、昭和62年以降、順次整備されてきた。
  • ③ 駅間最高速度で進入した場合に転覆のおそれのある曲線にかかるATS等を整備すべきこととされたが、本件事故以前の法令上は、改良型ATSを備えることも、曲線へのATS整備も義務付けられてはいなかった。また、本件事故以前、大半の鉄道事業者は、曲線にATSを整備していなかったし、ATS設置基準はまちまちであった。
  • ④ 曲線へのATS整備も鉄道本部長に委ねられていたが、鉄道本部では、改良型ATSの整備を線区単位で順次進め、福知山線についても整備が進められていたものの、本件事故当時はまだ完成しておらず、実際に供用が開始されたのは本件事故の約2か月後の平成17年6月であった。
  • ⑤ 本件曲線の転覆危険率は、駅間最高速度で曲線に進入したときに曲線外側に転覆するおそれがあるとされる数値を上回っており、新省令等によれば、本件曲線も改良型ATSを設置すべきであったが、JR西日本を含む国内の鉄道事業者において、整備対象の選定に当たり転覆危険率を用いた脱線転覆の危険性の判別は行われておらず、JR西日本管内に半径300m以下の曲線は2000か所以上存在しており、その中で特に本件曲線における脱線転覆の危険性が他の曲線に比べて高いという認識がJR西日本の組織内で共有されたことはなく、被告人らも本件曲線を脱線転覆の危険性のある曲線として認識したことはなかった。


Ⅲ 判旨

 最高裁は、以上の事実を前提に、上告を棄却した。
 「(1) 本件公訴事実は、JR西日本の歴代社長である被告人らにおいて、ATS整備の主管部門を統括する鉄道本部長に対し、ATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務があったのに、これを怠ったというものであり、被告人らにおいて、運転士が適切な制動措置をとらないまま本件曲線に進入することにより、本件曲線において列車の脱線転覆事故が発生する危険性を予見できたことを前提とするものである。
 しかしながら、本件事故以前の法令上、ATSに速度照査機能を備えることも、曲線にATSを整備することも義務付けられておらず、大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかった上、後に新省令等で示された転覆危険率を用いて脱線転覆の危険性を判別し、ATSの整備箇所を選別する方法は、本件事故以前において、JR西日本はもとより、国内の他の鉄道事業者でも採用されていなかった。また、JR西日本の職掌上、曲線へのATS整備は、線路の安全対策に関する事項を所管する鉄道本部長の判断に委ねられており、被告人ら代表取締役においてかかる判断の前提となる個別の曲線の危険性に関する情報に接する機会は乏しかった。JR西日本の組織内において、本件曲線における脱線転覆事故発生の危険性が他の曲線におけるそれよりも高いと認識されていた事情もうかがわれない。したがって、被告人らが、管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から、特に本件曲線を脱線転覆事故発生の危険性が高い曲線として認識できたとは認められない〔注: 太字強調は筆者〕
 (2) なお、指定弁護士は、本件曲線において列車の脱線転覆事故が発生する危険性の認識に関し、「運転士がひとたび大幅な速度超過をすれば脱線転覆事故が発生する」という程度の認識があれば足りる旨主張するが、前記のとおり、本件事故以前の法令上、ATSに速度照査機能を備えることも、曲線にATSを整備することも義務付けられておらず、大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかったこと等の本件事実関係の下では、上記の程度の認識をもって、本件公訴事実に係る注意義務の発生根拠とすることはできない。」


Ⅳ コメント

 (1) 行為者に結果が予見・回避可能でなければ過失責任を問い得ない。「具体的結果の予見」といっても、例えば、特定の被害者が何日何時何分に死亡したことの予見を問題にするわけではない。一定の抽象化が認められる。因果経過の基本的部分を含んだ具体的予見可能性が必要であるとされることが多い。ただ判例は、結果の予見可能性にプラスして、因果経過の予見可能性がなければ過失犯が成立しないとしているわけではない。判例は、最終結果の予見可能性を直接吟味することが困難な場合に、それを認識すれば一般人ならば結果を予見し得るだけの中間項を設定し、中間項の予見可能性があれば最終結果の予見可能性があるとするに過ぎない。判例は、この中間項を「因果経過の基本的(重要)部分」と表現している。本件でいえば、「脱線事故」の予見可能性があれば、死傷結果についての過失責任を問い得るのである。
 (2) 過失非難を可能とする予見可能性の程度について、不安感説(危惧感説)は「ある種の危険が絶無であるとして無視するわけにはいかないという程度の不安感」で足りるとするが、判例は「構成要件的結果発生の具体的予見可能性」が必要だとしている。
 ただ、過失責任の有無は、予見可能性の程度と、予想される被害の重大性・国民が求める結果回避義務の高度さ、回避の可能性・容易性との相関で決定される。予見可能性は「あるか、ないか」ではなく、このような結果回避義務を基礎付けるだけの程度に達しているかが吟味されなければならない。
 (3) 本件においても、何らかの理由により列車が転覆限界速度を超えて本件曲線に進入し、転覆して脱線に至り死傷結果がいつかは起こり得るということは、認められよう。その意味での不安感・危惧感は存在する。そしてそれを、「予見可能性」と言い得ないことはないが、「非常に低い予見可能性」なのである。本件の場合、「改良型のATS設置を義務付けるだけの予見可能性」が問題なのであり、その場合には、ATS設置の可能性・容易性の程度も重要な意味を持ってくる。
 (4) 刑事責任を追及する場合には、「鉄道事業を営む上で責任ある地位にある以上、どのような形でもよいから結果を発生させないようにすべき義務があった」とするわけにはいかない。刑法211条の実行行為に該当する作為・不作為を特定しなければならない。結局「本件曲線を個別に指定してATS整備を指示すべき結果回避義務」を認めるだけの予見可能性、ATS設置を命じるべき手掛かりとなる事情の予見可能性が認定されなければならないのである。
  (5) 本決定も、①曲線にATSを整備することも法的には義務付けられておらず、②大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備しておらず、③転覆危険率を用いてATS整備箇所を選別する方法は、行為時には採用されておらず、④X、Y、Zら代表取締役は、個別の曲線の危険性に関する情報に接する機会は乏しく、⑤危険なカーブが2000か所もあるという認定を基に、「ATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務」を課すための予見可能性を問題とし、具体的には、「特に本件曲線が転覆事故発生の危険性が高いこと」の予見が可能でなければならないとし、本件にはそれが欠けるとした。
 (6)JR西日本の組織内において、本件曲線における脱線転覆事故発生の危険性が他の曲線におけるそれよりも高いと認識されていた事情もうかがわれない。したがって、被告人らが、管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から、特に本件曲線を脱線転覆事故発生の危険性が高い曲線として認識できたとは認められない。「何らかの理由により転覆限界速度を超えて進入し、転覆して脱線することが起こり得る」というだけでは足りない。
  (7) ちなみに、当時の安全担当役員Wが起訴された事案に関する神戸地判平成24年1月11日(Westlaw Japan文献番号2012WLJPCA01119003)も、本件線形変更工事により、転覆の危険度の高い本件曲線が新たに使用開始されたものであり、本件曲線へのATS地上子の整備そのものは容易であったことなどの事情を考慮しても、「運転士が、何らかの理由により、転覆限界速度を超える速度で本件曲線に列車を進入させること」について予見可能性があったとしても、本件曲線を個別に指定し、ATSを整備するよう指示しなかったことが、「大規模鉄道事業者の安全対策責任者に要求される行動基準を逸脱し、結果回避義務違反となるものとはいえない」としている。
 この判断は、本件の第1審、控訴審、上告審とも共通しており、本件事故に関し、JR西日本の幹部に刑事責任を問うことは、従来の基準からは、妥当ではないといってよいであろう。
 (8) たしかに、検察官(及び指定弁護士)が主張するとおり、鉄道事業者は、常に鉄道事故や鉄道交通の安全性等に関する情報収集や調査・研究を怠らず、あらかじめ発生し得るあらゆる事態を想定し、事故の発生を未然に防止し得るよう、万全の安全対策を講じるべき高度の責務を負っているとはいえよう。また、鉄道事業者に要求される安全対策という点からみれば、本件曲線の設計やJR西日本の転覆のリスクの解析及びATS整備の在り方に問題が存在し、大規模鉄道事業者としてのJR西日本に期待される水準に及ばないところがあったという点についても異論は少ないであろう。
 ただ、裁判所は、過失犯は個人に刑事法上課せられる注意義務を怠ったことを処罰の対象とするものであり、鉄道事業者としての上記責務は、注意義務違反・予見可能性が認められないとの判断を左右するものではないとするのである。
 このような「刑事責任と事業者の社会的・倫理的責任の峻別論」は通説的なものである。しかし、30年以上前から、「企業の社会的責任を、刑事責任の中にも組み込むべきだという主張がなされ、学会でも議論を重ねてきた。その代表的なものが、企業組織体責任論であった(前田雅英『刑法総論講義 第6版』東京大学出版会、46頁)。企業組織体活動を、その活動を分担する個人の行為とは独立に、全体的に捉えて行動基準違反の有無を論じた後に、各個人の過失責任を検討する考え方で、個人から切り離して法人の刑事責任を認め、その後個人に刑事責任を割り付けていくことにより、社長などの上位者を、企業組織体の内の地位に応じて重く処罰する考え方であった(藤木英雄『刑法講義 総論』弘文堂、249頁)。実質的には、本件のような場合にも、「安全対策の研究や情報の収集を懈怠していた者ほど刑事責任を免れることになるのではないか」という指摘は、かなりの説得性を有する。例えば、原発に象徴されるような危険な活動において、「地震や津波によって惹き起こされるかも知れない事故のシミュレーションは行いませんでした」「危険情報の収集を担当する部門は作りませんでした」というような事があれば、それによって構成要件該当性のある結果が発生した場合に刑事過失を問い得ることは十分に考えられる。程度の差はあるかも知れないが、鉄道事業も同様であろう(古川元晴・船山泰範『福島原発、裁かれなくていいのか』朝日新聞出版、30頁以下)。
 ただ、やはり現在の日本においては、過去の事故経験などを踏まえて、交通事業者としての一般人の水準から見て、注意義務を導くだけの「予見可能性」は認定されなければならない。

(掲載日 2017年6月20日)

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