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第109号 携帯電話の紛失と電子マネーの不正使用 

~東京高裁平成29年1月18日判決(控訴審)※1と東京地裁平成28年8月30日判決(第一審)※2

文献番号 2017WLJCC017
牛島総合法律事務所
弁護士 宗宮 英恵

1.事案の概要

 Xは、被告A社(以下「A社」という。)が提供する、携帯電話に電子マネー(以下「本件電子マネー」という。)を記録して使用することのできるサービスを利用し、本件電子マネーを、被告B社(以下「B社」という。)発行のクレジットカードを利用して購入していた。
 平成24年11月13日深夜、携帯電話がなくなっていることに気付き、翌14日、携帯電話会社に連絡して上記携帯電話の通信サービスの利用を停止するなどしたが、同月15日から平成25年1月9日までの間、何者かにより上記携帯電話を利用して151回にわたり本件電子マネーを291万9000円分購入された。これに気付いたXは、同月10日、A社に依頼して本件電子マネーのサービスの利用停止措置をとったが、B社からは、本件電子マネーの購入に係るクレジットカード利用代金の請求を受けたため、同年2月18日までに、上記291万9000円をB社に支払った。
 本件は、Xが、主位的に、被告らが上記291万9000円についてそれぞれ不当に利得している旨主張し、不当利得返還請求権に基づき、被告ら各自に対し、291万9000円及びこれに対する各被告への訴状送達の日の翌日である平成26年12月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、被告らには本件電子マネーの不正購入につきそれぞれ注意義務違反がある旨主張し、共同不法行為に基づき、被告らに対し、連帯して、上記291万9000円に弁護士費用相当額29万1000円を加えた321万円及びこれに対するXの上記291万9000円の損害が現実化した平成25年2月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたという事案である。


2.第一審(東京地裁平成28年8月30日判決)

  1. (1)Xの主張
    • ア.A社、B社に対する不当利得返還請求
       Xは第三者による不正使用で生じた支払債務について負担しないとして、Xが支払った291万9000円につき、A社、B社がそれぞれ受領したものは法律上の原因に基づかない不当な利得であると主張する。

    • イ.A社に対する不法行為に基づく損害賠償請求
       Xは、A社は、クレジットカード決済により本件電子マネーのチャージを行う本件サービスを提供するに当たり、B社と共同してその不正使用を防止するためのシステムを構築する義務があるとし、A社が次の①~④の注意義務に沿ったシステム設計をしていれば、第三者による不正使用である本件チャージを未然に防ぎ又は早期に発見することができたと主張する。
      • ① パスワードの誤入力回数による利用制限
        誤ったパスワードが一定回数入力された場合に当該携帯電話からのサービスの利用を不可能とする機能を設ける義務
      • ② 紛失時の手続の案内
        登録携帯電話を紛失した場合に本件サービスの利用を停止する手続をとる必要があることについて、新規登録をする会員に対し注意喚起する義務
      • ③ チャージ可能回数の制限
        チャージ可能回数を一定回数に制限する義務
      • ④ 本件サービスの使用頻度等の常時把握
        登録会員の本件サービスにおける使用金額、使用頻度及び本件電子マネーの使途について、過去のものも含めて常時把握することにより、これらの変化が一定以上の値になった場合に通知するシステム設計を構築し、不正使用を早期に発見すべき義務
    • ウ.B社に対する不法行為に基づく損害賠償請求
       Xは、B社は、本件サービスにおいてクレジットカード決済により本件電子マネーの対価をA社に支払うという役割を担うに当たり、A社と共同して、本件サービスの不正使用による損害拡大を防止するための義務を負うとし、Xが利用する本件サービスに関する何らかの異変があったことを推測し、Xに対して、本件チャージがXの行ったものであるかを電話等で確認する義務があったと主張する。

  2. (2)裁判所の判断
     ア.A社に対する不当利得返還請求
     本件利用約款には、利用者が登録携帯電話を紛失し、第三者に不正使用された場合には、これによって生じた損害について、A社は責任を負わない旨の規定(同約款10条)があるところ、不正使用には本件電子マネーの発行も含まれるとして、本件チャージが第三者の不正使用によるものであったとしても、Xは、その対価の支払義務を負うとした。よって、A社の291万9000円の受取りが法律上の原因のない利得とはいえず、不当利得返還請求は認められないとした。

     イ.B社に対する不当利得返還請求
     B社のカード会員規約は、他人にクレジットカードを使用されたことによる債務はカード会員が負い、会員がクレジットカード(本件においては、クレジットカードによる決済機能のある登録携帯電話)の紛失等の事実を速やかに連絡し、所定の書類を提出した場合を除き、その債務は免除されない旨定めている(同規約18条1項)ところ、「速やか」な連絡とは、クレジットカードの紛失等の事実を知ってから直ちに又はそれと同視できる程度の期間内に連絡することを意味し、紛失等の事実を認識した日か遅くともその翌日には連絡することを要すると解すべきであるとし、携帯電話の紛失から59日後にB社に連絡がされた本件においては、本件チャージ相当額の支払義務の免除は認められないとされた。よって、XからB社が支払を受けた291万9000円は法律上の原因のない利得であるとはいえず、不当利得返還請求は認められないとした。

     ウ.A社に対する不法行為に基づく損害賠償請求
     X主張の①~④の義務違反について、裁判所はいずれも否定し、不法行為の成立を否定した。
    • ① パスワードの誤入力回数による利用制限
      A社は、4桁から12桁までの英数字と記号という、組合せパターンが幾多もあるパスワード機能を設けているところ、これにより登録携帯電話を紛失した場合の損害の発生及び拡大を防止する義務を尽くしたというべきであり、パスワードの誤入力回数による利用制限を設けることは、有用であるとはいえるが不可欠の措置とはいえず、かかる仕様にしなかったことが注意義務違反に当たるということはできないとした。
    • ② 紛失時の手続の案内
      後述する控訴審と判断が分かれた論点である。
      Xは、本件利用約款の規定などを根拠に、登録携帯電話の回線を停止すれば本件サービスの利用ができなくなると考えることが合理的であると主張したのに対し、裁判所は、「本件電子マネーは携帯電話そのものの機能ではなく、携帯電話にインストールされたアプリケーションによるものであり、携帯電話、電子マネー及びクレジットカードの運営会社がそれぞれ別個のものであったことは、利用者において当然に理解しているべき事柄であるから、一般論としても、登録携帯電話の回線を停止することによって、本件サービスの利用が停止されると考えることが合理的であるとはいえない」とした。そして、X自身が登録携帯電話を紛失した場合の手続をA社に確認すべきであったとし、さらに、A社のホームページを参照すればかかる手続についての問合せをすることが可能だったことを併せて考慮すると、紛失時の手続の案内が不十分であったとは認められないとして、Xの主張を認めなかった。
    • ③ チャージ可能回数の制限
       本件利用約款にはチャージ可能回数の制限がないことが示されており、Xはそのことに同意していると解されるところ、チャージ可能回数に制限がないこと自体が不正使用を招くものではなく、また、登録会員がクレジットカードの使用上限額を別途設定することなどによって不正使用を一定程度防止できることも併せて考慮すると、A社がチャージ可能回数の制限をしなかったことは注意義務違反とはならないとした。
    • ④ 本件サービスの使用頻度等の常時把握
       電子マネーの使用頻度や額は登録会員によって様々で、また、月毎に変動するものであることから、それらを常時把握したからといって、直ちに不正使用の疑いを判断することが可能とは解し難いとし、XによるA社に対する速やかな携帯電話紛失の申告や、自らのクレジットカード利用明細書の確認などによって不正使用による損害の発生及び拡大を防止することが可能だったとして、A社が、本件サービスの使用頻度等を常時把握する義務を負っていたとはいえないとした。

  3. エ.B社に対する不法行為に基づく損害賠償請求
     クレジットカード業者が、カード会員に対して電話等の方法で確認すべき義務が観念できる場合があるとしても、極めて高額の利用があった場合など、クレジットカードを利用する際に、通常よりも厳格に確認する必要があるような場合に限られるというべきとした上で、本件クレジットカードには利用限度額がなく、前年の利用状況においても利用額が100万円を超える月があったことなどから、本件不正使用に係る月の利用額が、不正使用の疑いを抱かせるほど突出して高額だったとは解し難いとし、カード会員に利用明細書を送付して注意喚起を図ることにより、不正使用による損害の拡大を防止する義務を尽くしたというべきであり、それ以上に、本件チャージがXの行ったものであるかをXに電話等で確認する義務があったとはいえないとして、不法行為の成立を否定した。

3.控訴審(東京高裁平成29年1月18日判決)

 (1)A社に対する不当利得返還請求
 控訴審は、以下のように述べて、不当利得返還請求を認めないとした。
 本件登録会員規約には、A社は、登録会員を名乗る者から本件サービスを利用した本件電子マネーの発行申込みがされた場合において、当該申込みに当たり入力されたパスワードが当該登録会員の登録したパスワードと一致することを確認したときは、当該登録会員からの申込みであると取り扱い、あらかじめ登録されたクレジットカードによる決済をする旨の規定があり、オートチャージの利用の設定について同旨の規定がある(同会員規約3条1項、2項)ことから、オートチャージの利用の設定については、本件携帯電話による本件サービスを利用するためにXが登録したパスワードと同一のパスワードが入力されることにより、その申込みが行われたものと認められ、A社は、これをX本人による申込みと取り扱うことができるといえる。そうすると、A社が、本件チャージについて、オートチャージによるものを含めて、Xの申込みに係るものとして本件クレジットカードによる決済をし、B社からその代金を受領したことについて、法律上の原因がないと認めることはできない。

 (2)B社に対する不当利得返還請求
 B社については、Xから支払を受けた本件チャージに係る本件クレジットカードの利用代金291万9000円につき、約定に基づきA社に支払済みであるから、Xからの支払に法律上の原因があるか否かにかかわらず、B社には利得が現存しないとし、その余の点について判断するまでもなく、B社に対する不当利得返還請求は理由がないとした。

 (3)A社に対する不法行為に基づく損害賠償請求
 控訴審は、この点で第一審と異なる判断をしている。
 紛失時の手続案内(上記2.(2)ウ.②)に関し、(i)登録携帯電話による本件サービスの利用においては、登録携帯電話の画面ロック機能と本件サービスの利用のためのパスワードによっても、安全性の確保に全く問題がないとまではいえず、登録携帯電話の紛失等に伴い第三者が本件サービスを不正に利用するおそれが皆無とはいえないことは十分に想定し得ること、(ii)A社は、登録携帯電話について携帯電話事業者との通信サービス契約を停止又は解除しても利用することができないことはない旨を認識していたこと、(iii)携帯電話は、携帯電話事業者が提供する通信サービスを利用することを前提に、新たな機能の追加、データの更新等が可能となるとの認識が一般的であり、本件サービスにおけるチャージについても、同様の認識が一般的であると推認されるのであるから、登録会員の中に、登録携帯電話の紛失等が生じても、上記通信サービスの利用を停止すれば、少なくとも新たにチャージがされることはないと考える者が現れ得ることは、特に想定として困難であるとはいえないこと、(iv)本件サービスの技術的専門性があることから、本件サービスを提供するA社においては、登録携帯電話の紛失等が生じた場合に、本件サービスの不正利用を防止するため、登録会員がとるべき措置について適切に約款等で規定し、これを周知する注意義務があるとした。そして、そのような安全確保の措置が規定ないし周知されていたことをうかがわせる証拠がないとして、A社の同義務違反による不法行為の成立を認め、これにより、Xは本件チャージにより291万9000円の損害を被ったとした。
 もっとも、Xは、本件クレジットカードの利用明細書より早く確認していれば、多少なりとも被害の拡大は防止することができたといえること、本件の元々の発端は、紛失等に十分注意すべき本件携帯電話をXがなくしたことによるものであるなどから、3割を過失相殺している。

 (4)B社に対する不法行為に基づく損害賠償請求
 控訴審も、B社に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないと判断し、その理由は第一審のとおりとする。

4.考察

 第一審と控訴審で結論が分かれたのは、携帯電話を紛失した際に、登録携帯電話の回線を停止することによって、本件サービスの利用が停止されると考えることが合理的と言い得るかどうかの判断といえる。
 第一審は、「携帯電話、電子マネー及びクレジットカードの運営会社がそれぞれ別個のものであったことは、利用者において当然に理解しているべき事柄であるから、一般論としても、登録携帯電話の回線を停止することによって、本件サービスの利用が停止されると考えることが合理的であるとはいえない」としてA社の注意義務違反を否定した。
 これに対し、控訴審は、携帯電話は、携帯電話事業者の通信サービスを前提にデータの更新等が可能となるとの認識が一般的であり、本件サービスにおけるチャージについても、同様の認識が一般的であるとした上、「登録会員の中に、登録携帯電話の紛失等が生じても、上記通信サービスの利用を停止すれば、少なくとも新たにチャージがされることはないと考える者が現れ得る」とし、A社において、この点及び通信サービスを停止等しても利用可能である点、携帯電話の画面ロックや本サービスのパスワード機能があったとしても第三者による不正使用が皆無ではない点を認識している又は想定し得ることに加え、A社に本件サービスに係る技術的専門性が認められることを理由に、本件サービスの不正利用を防止するため、登録会員がとるべき措置について適切に約款に規定し、これを周知する義務があるとした。
 これは、一方事業者に情報や技術が偏っていることを考慮して法的義務としての情報提供義務を認めたものといえるだろう。情報格差がある状況での法的義務としての情報提供義務は、今般成立した改正民法の検討過程で、民法に規定することの議論がされながら見送られた論点のひとつである※3。また、現在改正が検討されている消費者契約法でも現行法の努力義務から法的義務へといわば格上げすべきといった議論がされてきた論点である※4。情報提供義務は従来、信義則等の一般原則から導かれてきたものであるが、これを法定することの難しさは、本来当該契約の締結に必要な情報は本人が自己の責任で収集すべきものであるという当事者対等原則の考えに加えて、商品・役務の具体的内容等や契約当事者間の情報格差の程度など、個々の事案における個別事情を総合的に衡量して判断するものであるところ、一定の考慮要素を類型化して条文化することは、ともすれば義務の範囲を広すぎるものとし、逆に狭すぎるものとしかねない点にある。控訴審判決は、「技術的専門性」というひとつのメルクマールを示唆するものではあるが、本件サービスの内容や仕組み等の個別の事情を踏まえて義務の有無及び内容を判断している点は従来のものと同様である。
 ところで、本事案において、A社は、訴訟提起後に、同社のHPを登録携帯電話の故障等とは独立の項目として登録携帯電話等の紛失案内を掲載する内容に改定している。A社は、この点について「A社が当時HPを現在HPに改定したのは、本件訴訟の提起後であるが、これは、顧客にとって更に分かりやすい情報発信に努める事業者の自主的な取組の観点から、顧客向けのウェブページの継続的な改善の一環としてベストプラクティスを目指して行ったものであり、法的義務を前提とする対応ではない。」としている。控訴審判決も、HP改定の事実から反射的にA社の当時の安全確保の措置の周知等に問題があるかのような認定はしていないと思われる。事業者にとって、顧客との間でトラブルが生じたとき、同様のことが生じないように、より良いサービスの提供という観点で、法的義務や帰責性の有無にかかわらず一定の対策を講じることはあるし、望ましい姿勢である。他方で、対策を講じることが非を認めたかのようにとられてしまうリスクは全くないとはいえない。企業法務実務に携わる者には悩ましい点と思われるが、改善策を講じる際に、あくまでも「継続的な改善の一環」であることがしっかりと伝わるものとするよう意識する必要がある。


(掲載日 2017年6月19日)

(掲載日 2017年6月19日)

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