判例コラム

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第105号 均等論の第5要件(意識的除外・審査経過禁反言)において出願時同効材への均等論適用とDedicationの法理の採否を論じた最高裁判決 

~最高裁平成29年3月24日判決 マキサカルシトール事件~

文献番号 2017WLJCC013
北海道大学法学研究科
教授 田村 善之

Ⅰ はじめに

 本コラムがとりあげるのは、均等論に関して最判平成10.2.4民集52巻1号113頁・Westlaw Japan文献番号1998WLJPCA02240001[ボールスプライン軸受]が打ち立てた均等5要件のうち、講学上、意識的除外あるいは審査経過禁反言と呼ばれる第5要件が適用されるべき一場面について判示した、最判平成29.3.24平成28(受)1242(Westlaw Japan文献番号2017WLJPCA03249001)[ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法]である。原判決の知財高判平成28.3.25判時2306号87頁・Westlaw Japan文献番号2016WLJPCA03259001[ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法]※1は、大合議をもって、均等5要件中、特に第1要件と第5要件の意義を詳述していたが、本最高裁判決は、第1要件に関しては言及を控えている※2。また、第5要件に関する説示も、基本的には大合議のそれを踏襲するものとなっているが※3、その適用範囲に関しては文言上の相違がないわけではなく、そのもたらす意味が議論となりえる。

Ⅱ ボールスプライン軸受最判の均等5要件

 判例法理としての均等論を確立した、前掲最判[ボールスプライン軸受]は、均等が認められるべき5要件について以下のように述べていた※4

「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、

  1. (1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく〔筆者注:(非)本質的部分の要件〕
  2. (2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって〔筆者注:置換可能性の要件〕
  3. (3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(=当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり〔筆者注:置換容易性の要件〕
  4. (4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく〔筆者注:仮想的クレイムの要件〕
  5. (5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは〔筆者注:意識的除外・審査経過禁反言〕、

 右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当」

Ⅲ 本件の争点

 このボールスプライン軸受最判の均等5要件のうち、前述したように、本件では第5要件が問題となった。

 具体的には、本件の被告ら(上告人ら)は、角化症治療薬であるマキサカルシトール原薬の輸入販売をしたり、この原薬を含有するマキサカルシトール製剤を販売していたりしていた。この原薬の製造方法は、本件の原告(被上告人)が有する本件特許権の特許請求範囲に記載された構成の各要件を充足するものであったが、一点だけ、目的化合物を製造するための出発物質等が、本件特許請求の範囲に記載された構成ではシス体のビタミンD構造のものであるのに対し、被告らの製造方法ではトランス体のビタミンD構造のものである点において相違していた※5

 第一審の東京地判平成26.12.24判時2258号106頁・Westlaw Japan文献番号2014WLJPCA12249015[ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法]と控訴審の前掲知財高判[同]は、ともに均等論を適用して特許権侵害を肯定したために、被告らが上告した。上告審で取り扱われた論点は、ボールスプライン軸受最判の本件第5要件に関するものであり、本件の被疑侵害方法が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するから均等が認められないのではないかという上告理由に対応するものであった。

 この点につき、原審の知財高裁大合議判決は、大要、以下のように説示していた(上告審判決のまとめによる)。

 「(1)出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、前記1の特段の事情[筆者注:第5要件にいう意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情]が存するとはいえない。

 (2)上記(1)の場合であっても、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるときは、前記・・・特段の事情が存するといえる。」

 そのうえで、本件特許の明細書には、出発物質等をトランス体のビタミンD構造のものとする発明が開示されているとみることができる記載はなく、ゆえに、本件では、第5要件にいう意識的除外等を肯定すべき特段の事情が存するとはいえない、というのが原判決の判断であった。

Ⅳ 出願時同効材の取扱い

 この原判決の判旨の第一点目(前記Ⅲ「(1)」)は、特許出願時に被疑侵害物件、被疑侵害方法を容易に特許の請求範囲に記載することができた場合には、均等を認めるべきではないのではないかという論点を扱うものである。

 この点に関し、前掲最判[ボールスプライン軸受]は、均等の5要件中ではなく、その前文において、以下のように説いていた(下線は筆者による)。

 「特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となる」

 この叙述を一つの根拠として、学説では、出願時に当業者が想到することが容易であった技術的な選択肢(「出願時同効材」と呼ばれることがある)について均等を認めない見解が主張されることがある※6

 従前の裁判例では、「より広義の用語を使用することができたにもかかわらず、過誤によって狭義の用語を用い、かつ広義の用語への訂正をしない(このような訂正が許されるか否かはともかく)というだけでは、均等の主張をすることが信義則に反するといえない」(名古屋高判平成17.4.27平成15(ネ)277他(Westlaw Japan文献番号2005WLJPCA04270026)[圧流体シリンダ]※7)とか、「特許侵害を主張されている対象製品に係る構成が、特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたというには、特許権者が、出願手続において、当該対象製品に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し、あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど、当該対象製品に係る構成を明確に認識し、これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要すると解すべきであり、特許出願当時の公知技術等に照らし、当該対象製品に係る構成を容易に想到し得たにもかかわらず、そのような構成を特許請求の範囲に含めなかったというだけでは、当該対象製品に係る構成を特許請求の範囲から意識的に除外したということはできないというべきである」(知財高判平成18.9.25平成17(ネ)10047(Westlaw Japan文献番号2006WLJPCA09259001)[エアマッサージ装置]※8)と説き、出願時同効材に対する均等を厭わない判決がある。本件の原判決(東京地判平成26.12.24判時2258号106頁[ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法])もこの流れに属する。しかし、他方で、傍論ながら、出願時同効材について禁反言を肯定した判決もないわけではない(知財高判平成17.12.28平成17(ネ)10103(Westlaw Japan文献番号2005WLJPCA12280014)[施工面敷設ブロック]※9)、という状況にあった。

 そのようななか、本判決は、以下のように述べて、原判決と同様に、出願時に容易に想到しえた同効材であるということのみをもって禁反言が成立するという考え方を否定した。

 「(1)・・・出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったというだけでは、特許出願に係る明細書の開示を受ける第三者に対し、対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものであることの信頼を生じさせるものとはいえず、当該出願人において、対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものとはいい難い。また、上記のように容易に想到することができた構成を特許請求の範囲に記載しなかったというだけで、特許権侵害訴訟において、対象製品等と特許請求の範囲に記載された構成との均等を理由に対象製品等が特許発明の技術的範囲に属する旨の主張をすることが一律に許されなくなるとすると、先願主義の下で早期の特許出願を迫られる出願人において、将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲の記載を特許出願時に強いられることと等しくなる一方、明細書の開示を受ける第三者においては、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものを上記のような時間的制約を受けずに検討することができるため、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができることとなり、相当とはいえない。

 そうすると、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。」

 本判決も指摘するように、出願人にとっては事前に完璧なクレイムを書き上げることは困難である反面、クレイムを見て後から迂回策を決めればよい被疑侵害者は構造的に有利な立場にある(後出しジャンケンができる)。さらにいえば、特許の出願件数は一年当たり約30万件に上るのに対して、特許権関係の侵害訴訟が提起される件数は年間200件前後に止まる。侵害訴訟に至らない紛争も多々あると推察されるにしても、出願数に比すれば、実際に侵害が問題となる事案、さらには均等の成否が問題となる事案はごく僅かであると評することができよう。それにも関わらず、全ての出願について出願段階で完璧なクレイム・ドラフティングを要求し、ありとあらゆる侵害態様を予測してクレイムに記載するように促すことは、特許制度というマクロ的な視点からみると社会的に非効率な解決策であるといわざるをえないように思われる※10。したがって、出願時に存在し、当業者が容易に想到しえた技術であるからといって、その一事をもって均等の成立が妨げられるわけではない、と考えるべきであろう※11。本判決の考え方が正鵠を射ている。

Ⅴ Dedicationの法理

 以上のように出願時に容易に請求範囲に含めることができたというだけでは均等の成立を否定しないとしても、特に出願人が明細書に当該技術的要素を記載していたにも関わらず、クレイムに記載されていない場合には、意識的除外ないし審査経過(包袋)禁反言を適用してもよいのではないかという議論がある※12。先に紹介した原判決の判旨の2点目(前上記Ⅲ「(2)」)はこの点に関わる。

 たしかに、同効材一般の例と異なり、より容易に特許権者のミスだと評価することができる反面、明細書とクレイムの齟齬を発見した公衆がクレイムにアップされていないものは保護の対象から除かれているのだという期待を有する可能性がある。したがって、この場合には、禁反言の適用を認める見解もありえないわけではない※13

 実際、従前の裁判例では、特許請求の範囲にかかる「半導体ウェーハ」の他に明細書には「フェライト」等、他の切削対象物が当初から記載されていたにも関わらず、「半導体ウェーハ」と請求範囲に記すのみであったという事情に関して、意識的除外に該当し均等を否定する方向に斟酌した判決(補正もなされている事案であるが、知財高判平成21.8.25判時2059号125頁・Westlaw Japan文献番号2009WLJPCA08259001[切削方法])、特許権者の主張に従えば、従来技術の「間引いて」の反対語は「間引かずに」ということになるから、出願の際にそのように「間引かずに」と記載することができたことになるにも関わらず、あえて「全て」と記載した以上、「間引かずに」という技術に対して均等を主張することは第5要件に反し許されないと判示する際に、「明細書に他の構成の候補が開示され、出願人においてその構成を記載することが容易にできたにもかかわらず、あえて特許請求の範囲に特定の構成のみを記載した場合には、当該他の構成に均等論を適用することは、均等論の第5要件を欠くこととなり、許されない」と説く判決(知財高判平成24.9.26判時2172号106頁・Westlaw Japan文献番号2012WLJPCA09269005[医療用可視画像生成方法])が存在した。

 そのようななか、本判決は、以下のように説いて、原判決と同様、抽象論としてDedicationの法理を肯定した。

 「(2)もっとも、上記(1)の場合であっても、出願人が、特許出願時に、その特許に係る特許発明について、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載するなど、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、明細書の開示を受ける第三者も、その表示に基づき、対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものとして理解するといえるから、当該出願人において、対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものということができる。また、以上のようなときに上記特段の事情が存するものとすることは、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与するという特許法の目的にかない、出願人と第三者の利害を適切に調整するものであって、相当なものというべきである。

 したがって、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。」

 しかし、現実の出願過程では、多数の実施例のなかに同効材が紛れ込んでいたりする場合もあり、完全な明細書を期待しがたいということに変わりはないようにも思える反面、当業者はクレイムにあえてアップしなかったと読むのではなく、むしろ単にミスをしたと受け取るほうが通常ではないかと思われる。ゆえに、Dedicationの法理を認めることには疑問を覚える※14

 とはいうものの、本判決において最高裁が抽象論としてDedicationの法理を肯定した以上、実務的には同法理の採否の是非よりも、その適用範囲のほうがより重要な問題となる。この点に関し、本判決は、これまた原判決と同様、本件の事案においてはかかる特段の事情は認められないとしている。

 「前記事実関係等に照らすと、被上告人が、本件特許の特許出願時に、本件特許請求の範囲に記載された構成中の上告人らの製造方法と異なる部分につき、客観的、外形的にみて、上告人らの製造方法に係る構成が本件特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて本件特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたという事情があるとはうかがわれない。」

 ここでいう「前記事実関係」とは、「原審の適法に確定した事実関係等の概要」として、本判決が以下のようにまとめたところを指しているものと考えられる。

 「本件明細書の記載等
 本件特許の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には、トランス体をシス体に転換する工程の記載など、出発物質等をトランス体のビタミンD構造のものとする発明が開示されているとみることができる記載はなく、本件明細書中に、上記発明の開示はされていなかった。」

 この点に関する原判決の認定を参照すると※15、本件明細書には出発物質としてシス体のほかにトランス体がありうることは記載されていない。また、本件明細書に出発化合物として使用できる公知例として引用した公報中にはシス体とトランス体の記載があるが、本件明細書では、ビタミンD構造をシス体ともトランス体とも限定しない一般的な表記である「9、10-セコ-5、7、10(19)-プレグナトリエン-1α、3β、20β-トリオール」を記載したものとして引用されているに止まる。したがって、本最高裁判決の説くDedicationの法理の下でも、明細書に引用されている文献のなかに記されていたというだけでは、均等が否定されることはないことは明らかである。

 ところで、原判決は、一般論として、「出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるとき」に限らず、「出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているとき」にまで、第5要件にいう「特段の事情」があり、均等が否定される旨を説いていた。しかし、このように明細書外の論文の記載までをも斟酌することを要求する点は、法的安定性を欠くことになる※16。また、論文での形での技術の公開に不必要なディスインセンティヴを形成することになり、新規性喪失の例外(特許法30条2項)に具現されているところの、発明の公開に対して特許制度が妨げとなることをなるべく避けようとする特許法の趣旨にそぐわないように思われる※17。とりわけ、原判決は「出願人」が公表した論文に記載された発明について均等の成立を妨げる特段の事情があるとしているが、これでは、企業と研究者による共同研究などのケースでは、「出願人」名義で公表される論文等の数が大きくなりすぎること※18や、出願人の企業名義ではないが、発明者や従業員が執筆した論文等の取扱い如何に関し議論がありうること※19が指摘されていた。

 これに対して、本最高裁判決の判文上は、出願人が公表した論文等に関する原判決の説示に対応する部分はない。その読み方に関してはいくつかの可能性がありうる。一方の極には、あえて言及を落したのであるから、この点に関する原判決の考え方を最高裁は否定したのだと読む向きもあるかもしれない。しかし、もともと原判決のこの点に関する説示は事案の解決とは無関係の傍論であるから、それがゆえに最高裁は言及を控えたに止まり、ゆえに必ずしも原判決のこの点に関する考え方を否定したわけではないと読むことも十分に可能である。本判決の一般論は、「明細書等に記載するなど」、「客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるとき」に、第5要件の「特段の事情」が肯定され、均等の成立が妨げられるというものであって、そこでは「等」「など」という例示であることを明示する表記と、かなり抽象的な要件論が提示されているに止まる。出願人の論文に記載された発明の取扱いを含めて、その具体的な適用に関しては、本判決の射程はブランクであり、今後の裁判例の判断に委ねられているといわざるを得ない。Dedicationの法理を肯定した分、均等論の適用に関する予測可能性が低下したことは否めないように思われる。

Ⅵ 残された課題

 第5要件に関しては、均等が主張されている技術的範囲に対して、これを特許請求範囲から除く補正や訂正がなされた場合、当該範囲に対して均等を主張することは必然的に禁反言に該当し許されないとする理解(コンプリート・バー)※20と、補正や訂正の理由次第であり、均等にかかる技術的範囲に対する拒絶理由、無効理由を回避するものでないのであれば、それを理由として均等を主張することが排斥されることはないとする理解(フレクシブル・バー)※21が対立していた。

 本判決はこの論点を扱うものではないが、出願人に対して、限られた時間内に、将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するようなクレイムと明細書の作成を要求することは酷であるということを指摘して、禁反言の成立を否定するその発想は、少なくともフレクシブル・バーと親和的ということができよう※22。もちろん、直接の争点となっていない以上、射程が及ぶというわけではなく、裁判例の動向を注視する必要がある。

  • その判例評釈として、簡便には、WLJ判例コラム78号〔2016WLJCC016〕(田村善之[判批]https://www.westlawjapan.com/column-law/2016/160613/)、より詳しくは、田村善之[判批]IPマネジメントレビュー22号18~33頁(2016年)を参照。
  •  せっかく大合議を開催した以上、射程の広い議論を展開したいということなのだと推測されるが、知財高裁の大合議が、事案の解決に必要のない傍論についても抽象論を展開する傾向があることにつき、田村善之「知財高裁大合議の運用と最高裁との関係に関する制度論的考察―漸進的な試行錯誤を可能とする規範定立のあり方―」法曹時報69巻5号掲載予定を参照。
  • そのため、本コラムにおける検討も、注1に掲げた原判決に対する筆者の判例コラム、判例評釈を基本的に踏襲するものとなっていることに留意されたい。
  • 詳しくは、田村善之「均等論における本質的部分の要件の意義(1)-均等論は「真の発明」を救済する制度か?」同『特許法の理論』(2009年・有斐閣)68~73頁。
  • 本件特許の請求範囲や被疑侵害方法等の事案の詳細は、田村/前掲注1・IPマネジメントレビュー18~19頁を参照。
  •  三村量一「判解」『最高裁判所判例解説 民事篇 平10年度 上』(2001年・法曹会)148・156頁、生田哲郎=池田博毅[判批]発明101巻2号91頁(2004年)、大野聖二[判批]知財管理54巻9号1350~1351頁(2004年)、愛知靖之「出願時におけるクレームへの記載可能性と均等論」『知的財産法の理論と現代的課題』(中山信弘還暦・2005年・弘文堂)223~229頁、同「審査経過禁反言・出願時同効材と均等論」日本工業所有権法学会年報38号104~108頁(2015年)、同『特許権行使の制限法理』(2015年・商事法務)188~195頁、高林龍「均等論をめぐる論点の整理と考察」日本工業所有権法学会年報38号68~69頁(2015年)、大瀬戸豪志「等価理論(均等論)の将来-特許法における正義の観点から」日本工業所有権法学会年報38号220~221頁(2015年)。
     他方、そのような場合であるという一事をもってただちに均等を否定すべきではないとしていたものに、塩月秀平「技術的範囲と均等」『知的財産法と現代社会』(牧野利秋退官・1999年・信山社出版)106頁、布井要太郎[判批]知財管理55巻13号2005頁(2005年)、設楽隆一「クレーム解釈手法の推移と展望」金融・商事判例1236号56頁(2006年)、同「無効の抗弁導入後のクレーム解釈と均等論、並びにボールスプライン最判の第5要件とFESTO最判との比較及び出願時同効材等について」日本工業所有権法学会年報38号269~270頁(2015年)、大須賀滋「充足論-均等侵害の場合」髙部眞規子編『特許訴訟の実務』(2012年・商事法務)95~96頁、大瀬戸豪志「等価理論(均等論)の現在 裁判官の所説を中心として」同志社大学知的財産法研究会編『知的財産法の挑戦』(2013年・弘文堂)138~139頁、田村/前掲注4・110~112頁、同[講演]「日本弁理士会中央知的財産研究所第11回公開フォーラム-明細書、特許請求範囲、そして保護範囲-」パテント67巻14号(別冊13号)247~251頁、川田篤「審査経過に基づく禁反言―特に補正と均等の意識的除外―」パテント67巻14号(別冊13号)116頁(2014年)、大場正成[判批]発明112巻6号53頁(2015年)、岩坪哲「クレームアップされざる技術は意識的除外されたか」『現代知的財産法 実務と課題』(飯村敏明退官・2015年・発明協会)670頁。
  • 詳しくは、田村/前掲注4・83~85頁。
  • 詳しくは、田村/前掲注4・90~93頁。
  • 詳しくは、田村/前掲注4・105~106・122~123頁。
  •  田村/前掲注4・110~112頁、同/前掲注6・247~251頁。直接、クレイム・ドラフティングを扱うものではなく、特許要件の審査に関する特許庁と裁判所の役割分担に関するものであるが、このようなマクロ的な視点を強調するものとして、Mark A. Lemley, Rational Ignorance at the Patent Office, 95 Nw. U. L. Rev. 1495, 1495-1531 (2001)を参照。
  •  学説のなかには、出願時同効材に対する保護範囲の拡張は、均等論ではなく、柔軟な文言解釈によるべきであるとする見解もある(高林龍『標準特許法』(第5版・2014年)154~156頁)。しかし、文言解釈による場合には、クレイムの文言の枠を完全に無視し得ないはずであるから、たとえば、クレイム中では、特許発明の技術的思想とは無関係の構成要件のところに「スチール」バンドにより密封と書いてあったところ、被疑侵害物件では「樹脂製」バンドと置換されていた場合に(均等肯定例である、名古屋地判平成15.2.10判時1880号95頁・Westlaw Japan文献番号2003WLJPCA02100004[圧流体シリンダ]、前掲名古屋高判[同]の事案)、文言侵害を認めることは困難であると思われるから、均等の成立範囲が狭くなることは否めない。逆に、このような通常の文言を超えるところまで文言侵害で捕捉しようとする場合には、まさにそのように通常の文言の解釈を超えるからこそ置換容易性等の当業者の予測可能性に配慮した要件論を展開している均等論の法理が潜脱されることになろう。
      もっとも、この点に関して、高林龍[講演]「日本弁理士会中央知的財産研究所第11回公開フォーラム-明細書、特許請求範囲、そして保護範囲-」パテント67巻14号(別冊13号)261~262頁(2014年)は、ボールスプライン軸受最判の均等論は出願後同効材に対する均等論であって、本来、クレーム解釈で処理すべき出願時同効材に対する均等論とは異なるものの、出願時同効材についてクレームの記載文言から形式的には外れるのだけれど、クレーム解釈として侵害を認めうるか否かの判断の際にはボールスプライン軸受最判の5要件の判断要素を加味すると論じている。しかし、このように主張するのであれば、逆にそこまでしてなお、ボールスプライン軸受最判の均等ではなく、本来はクレームの文言解釈の問題であると論じることにこだわる意味がどこにあるのか、よく分からないところがある。
      いずれにせよ、そこでいわれている侵害の成否における文言解釈が、侵害訴訟における無効の抗弁や無効審判等における発明の要旨認定と揃えなければならないものだとすると、文言侵害の範囲を広げるということはすなわち、その分、(ボールスプライン軸受最判の第4要件によって均等の成立が妨げられるというに止まらず)特許自体が無効となるリスクを高めてしまうという副作用も生じてしまうことに注意しなければならない(飯村敏明「発明の要旨の認定と技術的範囲の解釈、さらに均等論の活用」パテント64巻14号65~66頁(2011年))。
  •  参照、田口哲久「米国における均等論制限理論:”Dedication Rule”について -Johnson & Johnston v. R. E. Service事件を中心に-」知的財産法政策学研究2号93~120頁(2004年)。
  •  特に出願時に当業者が容易に想起しえた同効材について均等を否定する見解の下では、当業者の一人である出願人が明細書に記載していたということは、当業者が容易に想起しうるものであることを推認させる事情として斟酌されると思われるから、そのような思考経過を辿ることにより、Dedication事例では均等が否定されることが多くなると思われる。出願時同効材に対する均等の可否とは切り離してDedicationの法理を論じるものの中では、場合によるとするものとして、川田篤「審査経過に基づく禁反言―特に補正と均等の意識的除外―」パテント67巻14号(別冊13号)115~116頁(2014年)。
  •  田村/前掲注10・251頁。もっとも、明細書において、従来技術を特定したうえで、本件発明は従来技術にみられた課題を解決するものであることが記載されているような場合には、当該従来技術の構成が本件発明の技術的思想を具現したものでないことが明細書に記載されていることになるから、そもそも第1要件の問題として、均等が否定されることになろう(参照、田村/前掲注4・123頁)。
  • 詳細な検討として、山内貴博=田島弘基[判批]知財研フォーラム107号57~59頁(2016年)。
  • 田村/前掲注1・IPマネジメントレビュー29頁、愛知靖之[判批]Law&Technology74号83頁(2017年)、西井志織[判批]ジュリスト1505号278頁(2017年)。
  • 田村/前掲注1・IPマネジメントレビュー29頁。
  • 愛知/前掲注15・83頁は、Dedicationの法理を肯定する場合、出願人ではなく「当業者」を基準に出願時のクレームへの記載の可能性を問うべきである旨を説く。
  • 松田俊治[判批]ジュリスト1499号53頁(2016年)、安全策として、発明者の論文についても事前に確認しておくことが望ましいとするものとして、岡田誠[判批]AIPPI 61巻9号803頁(2016年)。この他、特許権が譲渡された場合にも、「特段の事情」の適用があることに変わりがないことにつき、松田/前掲52~53頁。
  • コンプリート・バーを採用したと目される裁判例として、東京地判平成11.6.30判時1696号149頁・Westlaw Japan文献番号1999WLJPCA06300009[交流電源装置]。
  •  フレクシブル・バーを採用した裁判例として、大阪地判平成11.5.27判時1685号103頁・Westlaw Japan文献番号1999WLJPCA05270004[注射方法および注射装置]、大阪高判平成13.4.19平成11(ネ)2198(Westlaw Japan文献番号2001WLJPCA04190013)[同]、大阪地判平成12.5.23平成7(ワ)1110等(Westlaw Japan文献番号2000WLJPCA05230008)[召合せ部材取付用ヒンジ]、大阪地判平成25.7.11平成22(ワ)18041(Westlaw Japan文献番号2013WLJPCA07119002)[ソレノイド駆動ポンプの制御回路](傍論)。
  •  フレクシブル・バーをとるべきことについては、田村善之「判断機関分化の調整原理としての包袋禁反言の法理」同『特許法の理論』(2009年・有斐閣)238~239頁。

(掲載日 2017年4月20日)

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