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文献番号 2016WLJCC027
日本大学大学院法務研究科
教授 前田 雅英
Ⅰ 判例のポイント
中国地方で窃盗事犯が多発し、広島県警は二個のGPS発信器を被告人及び共犯者の車5台に、承諾なく、約1か月にわたり取り付けて位置情報を取得した捜査方法の違法性が問題となった事案である。本判決は、GPS捜査の強制処分性を否定し、さらに任意捜査としても違法とはいえないとした判例である。GPS捜査については、多くの事案が下級審において判断され、その結論や理論構成に激しい対立があり、最高裁の決着が待たれるところである。大法廷での審理が予定されているようだが、GPS捜査を広く許容する判断を示した判例として、本件を紹介する。
Ⅱ 事実の概要
原審※2において弁護人は、GPS捜査が行われたので、その結果得られた証拠は証拠能力を欠くと主張したが、原判決は、検察官が最終的に請求した証拠はGPS捜査とは無関係に収集されたか、関係が希薄なものであるとした。その上で、共犯者の引き当たり状況に関する報告書及び共犯者の供述について、弁護人は証拠能力を争っていないものの、これらは、共犯者が本件GPS捜査で得られた証拠に基づいて逮捕されたことにより得られたものであり、同捜査との関連性を肯定できるとして、証拠能力の有無に踏み込んで判示し、同捜査は適法な任意処分であるから証拠能力があるとした。
具体的には、①本件GPS発信器によって得られる情報は、その取り付けられた車両の位置情報にとどまり、その情報は、公道や、一般に利用可能な駐車場といった場所を示すものと考えられ、②このような情報を得ることが、被告人のプライバシーや移動の自由への制約になるとはいい難く、③各車両の底部にGPS発信器を取り付けたのであって、各車両の構造や機能を一切改変していないし、④GPS発信器を取り付ける際には、私有地への違法な立ち入りがあったわけでもなく、財産権への侵害があったということもできないとして、本件GPS発信器を用いた捜査が、被告人のプライバシー、自由や財産権を制約ないし侵害するとはいえず、これが令状を必要とする強制捜査であったということはできないと判示したものである※3。
Ⅲ 判旨
被告側の控訴に対し広島高裁は、原審の判断をほぼそのまま維持したが、GPS捜査の適法性について以下のように判示した。
「本件GPS捜査は、広域を車で移動して窃盗を繰り返しているとうかがわれた被告人らに対し、その使用車両の車底部に磁石で発信器を装着することにより車両の所在を把握し、これを手がかりに捜査員が車両を尾行して張り込み、被告人らの行動を観察して犯跡の採証活動等を行うとともに、最終的には現行犯逮捕することを目的として開始されたものである。終期の定めはなく、最終的には被告人らが気付いて発信器を外すまで行われたが、その間、ほぼ当初の捜査目的どおりの捜査が実施されたと認められる。
磁石による発信器の装着は、通常、車体の損傷を来すものとはいえず、財産権の実質的な侵害を伴う可能性は一般的に小さく、この観点から本件GPS捜査が強制処分であると解される余地はない。問題は、プライバシーとの関係である。
本件GPS捜査は、性質上、車両の位置情報のほか、少なくとも移動中は事実上使用者の移動も把握することが可能となり、そのプライバシーを制約する面があることは否定できない。所論は、この点から、それが対象者の権利・利益を侵害するものとして本件GPS捜査の強制処分該当性をいうものと解される。しかし、車両は、通常、公道を移動し、不特定多数の者の出入り可能な駐車場に駐車することが多いなど、公衆の目にさらされ、観察されること自体は受忍せざるを得ない存在である。車両の使用者にとって、その位置情報は、基本的に、第三者に知られないですますことを合理的に期待できる性質のものではなく、一般的にプライバシーとしての要保護性は高くない。
そうすると、少なくとも、本件のような類型のGPS捜査は、その性質上、法定の厳格な要件・手続によって保護する必要のあるほど重要な権利・利益に対する実質的な侵害ないし制約を伴う捜査活動とはいえず、刑訴法197条1項ただし書にいう強制の処分には該当せず、任意処分(任意捜査)と解するのが相当である※4。」
そして、任意処分としての適法性に関しても、「任意処分はもとより無制約ではなく、犯罪の嫌疑、捜査の必要性、方法の相当性等を考慮し、その適法性が判断されるべきものである」とした※5。
Ⅳ コメント
(1)WLJ判例コラム86号※6でコメントした名古屋高判平成28年6月29日※7は、①GPS捜査一般が強制捜査に当たるわけではないが、②同判決で問題となったGPS捜査は、GPS捜査が内包しているプライバシー侵害の危険性が相当程度現実化したものと評価せざるを得ないから、全体として強制処分に当たるとした。
それに対し、本件広島高判平成28年7月21日は、「GPS捜査一般が強制捜査に当たらない」としたようにもみることはできるが、本件事案を前提とした具体的捜査は、「刑訴法197条1項ただし書にいう強制の処分には該当せず、任意処分(任意捜査)と解する」とし、「本件GPS捜査は、正当な目的を達成するため、必要な範囲において、相当な方法によって行われたものといえ、適法な任意処分である。」としたのである。
(2)本件では、車両は公衆の目にさらされ観察されること自体は受忍せざるを得ない存在で、その位置情報は、基本的に第三者に知られないですますことを合理的に期待できる性質のものではなく、一般的にプライバシーとしての要保護性は高くないことが重視されている。それ故、本件のような類型のGPS捜査は、法定の厳格な要件・手続によって保護する必要のあるほど重要な権利・利益に対する実質的な侵害ないし制約を伴う捜査活動とはいえず、正当な目的を達成するため、必要な範囲において、相当な方法によって行われた適法な任意処分であるとしたのである。
既にこのWLJ判例コラム73号※8で紹介したように大阪高判平成28年3月2日※9も、①同事件において問題となったGPS捜査で得られる情報は、対象車両の所在位置に限られ車両使用者らの行動の状況などが明らかになるものではなく、②車両位置情報を間断なく取得・蓄積し、過去の位置(移動)情報を網羅的に把握したものでも無く、③プライバシーの侵害の程度は必ずしも大きいものではなかったとした。
もとより、本件や大阪高判平成28年3月2日の判断の前提には、広範囲に移動して犯行を重ねている本件のような犯行に関しては、尾行には相当な困難が予想され、嫌疑の十分な場合には使用車両にGPS発信器を取り付けてその位置情報を取得して所在を割り出す必要性は相当高かったという点が存在する。
(3)プライバシー侵害を伴う「新しい捜査手法の違法性」に関する事案として想起されるのが、最決平成21年9月28日(刑集63-7-868)※10である。最高裁は、小包にエックス線を照射して内容物の射影を観察した捜査は、「その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たる」とし、令状なしに行われた捜査は違法であるとした。ただ、結果として得られた当該覚せい剤の証拠能力については、①本件エックス線検査当時、覚せい剤譲受け事犯の嫌疑が高まっており、②事案を解明するためには本件検査を行う実質的必要性があったこと、③荷物そのものを現実に占有し管理している宅配便業者の承諾を得ており、④検査の対象を限定する配慮もしていたのであって、⑤令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと、⑥本件覚せい剤等は、本件エックス線検査の結果以外の証拠も考慮して発付された令状に基づく捜索において発見されたもので、エックス線検査と関連性を有するとしても、その証拠収集過程に重大な違法があるとまではいえず、証拠の重要性等諸般の事情を総合すると、その証拠能力を肯定することができるとしたのである。
これに対し、最決平成21年9月28日の第1審※11と控訴審※12は、①エックス線検査による方法はプライバシー侵害の程度が極めて軽度にとどまり、②大規模な覚せい剤譲受けに関与しているとの嫌疑があり、③この方法によらなければ真相を解明し犯人検挙に至るのが困難であるという状況下においては、任意捜査として相当であるとしていた。最高裁の「違法な捜査によって得られた証拠の『証拠能力』を肯定した根拠」と、控訴審が強制捜査性を否定する要素は重なり合っている面があるが、エックス線捜査のプライバシー侵害性の評価にはかなりの差が存在した。
(4) GPS捜査についても、高裁判例においては、本件のように、車両位置情報しか得られないので、プライバシーとしての要保護性は高くないとするものと、名古屋高判平成28年 6月29日のように「重大なプライバシー侵害を内包するもの」の差はかなり大きい。そこで、自動車の位置情報を知られることの「プライバシー侵害の程度」を、強制捜査に当たるか否かという観点、捜査の違法性の評価の中にどのように組み込むかという観点からいかに判断するかの方向性が、最高裁によって示される必要があろう。
もとより、事案の差にもよるが、〔1〕GPS発信器を使用して自動車の位置情報を、重大な犯罪を犯す可能性が濃厚な場合に得ることが、一律に「当該捜査は強制捜査であり令状なしに行った場合には違法である」とするわけにはいかない。そこで、〔2〕GPS捜査を、一定の場合に限り強制捜査とし、令状なしで行われたので違法だとすることが考えられる。またいくつかの高裁判例に見られるように〔3〕GPS捜査は任意捜査ではあるが、犯罪の嫌疑の程度、GPSの精度・使用回数・得られた情報の保存利用関係、GPS捜査を使用せざるを得ない事情の存否などを勘案して、違法性を判断するということが考えられる。
(5) 下級審にかなり見られる、「GPS捜査は、通常の張り込み・尾行に比して特にプライバシー侵害の程度が大きいものではない」という評価を前提とすれば、〔3〕の手法によりGPS捜査の限界が判断されていくことになる。しかし、前述最決平成21年9月28日に見られるプライバシー侵害の評価に従えば、もちろんエックス線利用の場合とGPS捜査との差は踏まえなければならないが、任意捜査とはせず、〔2〕の形で強制捜査性を認め、令状の有無を基に捜査の違法性を判断することになろう。
ただ、その場合には、いかなる令状を想定するかが問題となる。現行法規を前提にすると、請求すべき令状は明示されてはいない。そこで、最も妥当かつ現実的な解決方法は、〔4〕立法により、許されるGPS捜査の要件、令状の要件を定めることになろう。名古屋高判平成28年6月29日等が指摘したように、GPS捜査を検証とし、令状の事前提示に代わる条件、検証の対象や期間の特定等について立法的措置を講じることが考えられる。大法廷で審理することになったことからも、このような方向性を採用する可能性が高いと推測される。
(6)ただ、日本では、立法的対応は、非常に時間がかかる可能性が高い。さらに、これまでの刑事手続に関する立法作業は、政治的な駆け引きなどにも影響され、妥当な捜査の許容範囲からズレた内容になった面がないとはいえない。そこで、最高裁が、「立法に代わる解釈論による問題解決」を測ってきた面がある。強制採尿に関する最決昭和55年10月23日(刑集34-5-300)※13が代表例であり、通信傍受に関する最決平成11年12月16日(刑集53-9-1327)※14も立法の遅れをカバーした判例といえよう。写真撮影の違法性に関する最決平成20年4月15日(刑集62-5-1398)※15も、見方によっては同様の役割・機能を目指したものと思われる。
今後の司法と立法の関係を占う意味でも、GPS捜査に関する最高裁判例が注目されるといえよう。
(掲載日 2016年10月21日)