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文献番号 2016WLJCC020
日本大学大学院法務研究科
教授 前田 雅英
Ⅰ 判例のポイント
平成13年7月21日、明石市民夏まつりで実施された花火大会において、参集した多数の観客が、花火大会が実施された公園と最寄りの駅とを結ぶ歩道橋に集中して過密な滞留状態となり、強度の群衆圧力が生じて、多数の者が折り重なって転倒するいわゆる群衆なだれが生じ、11人が死亡し、183人が負傷するという事故が発生した(明石市花火大会歩道橋事故)。
この事故について、花火大会を実質的に主催した明石市職員3名、明石警察署地域官(現地警備本部指揮官)であった者、明石市と契約していた警備会社の支社長・警備統括責任者の計5名が業務上過失致死傷罪で起訴された。明石警察署B地域官と警備会社支社長の2名が最高裁まで争ったが、全員の有罪が確定している(最一小決平成22年5月31日刑集64-4-447参照※2)。
本件は、同事故に関し、この5名に加えて、当時の明石警察署副署長Xが、改正検察審査会法(平成16年法律第62号)に基づく強制起訴の最初の適用対象として、平成22年4月20日に業務上過失致死傷罪で起訴されたものである。
ただ、本件事故については、最終の死傷結果が生じた平成13年7月28日から公訴時効が進行し、公訴時効停止事由がない限り、同日から5年の経過によって公訴時効が完成する。そこで、検察官の職務を行う指定弁護士は、B地域官が平成14年12月26日に業務上過失致死傷罪で起訴され、平成22年6月18日に同人に対する有罪判決が確定した点に着目し、被告人XとB地域官が刑訴法254条2項にいう「共犯」に該当し、被告人Xに対する関係でも公訴時効が停止していると主張した。
Ⅱ 事実の概要
第1審判決及び原判決の認定によれば、本件の事実関係は、次のとおりである。
(1) 平成13年7月21日午後7時45分頃から午後8時30分頃までの間、o海岸公園において、花火大会等が実施されたが、その際、最寄りのJR西日本a駅と同公園とを結ぶ本件歩道橋に多数の参集者が集中して過密な滞留状態となった上、花火大会終了後a駅から同公園へ向かう参集者と同公園からa駅へ向かう参集者が押し合ったことなどにより、強度の群衆圧力が生じ、同日午後8時48分ないし49分頃、同歩道橋上において、多数の参集者が折り重なって転倒し、その結果、11名が全身圧迫による呼吸窮迫症候群(圧死)等により死亡し、183名が傷害を負うという本件事故が発生した。
(2) 当時明石警察署署長であったAは、同警察署管轄区域内における警察の事務を処理し、所属の警察職員を指揮監督するものとされており、同警察署管内で行われる本件夏まつりにおける同警察署の警備計画の策定に関しても最終的な決定権限を有していた。
B地域官は、地域官として、明石警察署の雑踏警備を分掌事務とする係の責任者を務めていたところ、平成13年4月下旬頃、A署長に本件警備計画の策定の責任者となるよう指示され、これを受けて、明石市側との1回目及び2回目の検討会に出席し、配下警察官を指揮して本件警備計画を作成させるなどした。B地域官は、A署長の直接の指揮監督下にあり、本件警備計画についても具体的な指示を受けていた。
Xは、明石警察署副署長として、警察事務全般にわたりA署長を補佐するとともに、その命を受けて同警察署内を調整するため配下警察官を指揮監督する権限を有していた。Xは、本件警備計画の策定に当たっても、A署長の指示に基づき、B地域官の指揮下で本件警備計画を作成していた警察官に助言し、明石市側との3回目の検討会に出席するなどした。また、Xが同警察署の幹部連絡会において、本件警備計画の問題点を指摘し、A署長がこれに賛成したこともあった。
(3) 本件事故当日、A署長は、明石警察署内に設置された署警備本部の警備本部長として、雑踏対策に加え、暴走族対策、事件対策を含めた本件夏まつりの警備全般が適切に実施されるよう、現場に配置された各部隊を指揮監督し、警備実施を統括する権限及び義務を有していた。A署長は、本件事故当日のほとんどの場面において、自ら現場の警察官からの無線報告を聞き、指示命令を出していた。
Xは、本件事故当日、署警備本部の警備副本部長として、本件夏まつりの警備実施全般についてA署長を補佐し、情報を収集してA署長に提供するなどした上、不測の事態が発生した場合やこれが発生するおそれがあると判断した場合には、積極的にA署長に進言するなどして、A署長の指揮権を適正に行使させる義務を負っており、実際に、署警備本部内において、現場の警察官との電話等により情報を収集し、A署長に報告、進言するなどしていた。
なお、署警備本部にいたA署長やXが本件歩道橋付近に関する情報を収集するには、現場の警察官からの無線等による連絡や、テレビモニター(本件歩道橋から約200m離れたホテルの屋上に設置された監視カメラからの映像を映すもので、リモコン操作により本件歩道橋内の人の動き等をある程度認識することはできるもの)によるしかなかった。
一方、B地域官は、本件事故当日、o海岸公園の現場に設けられた現地警備本部の指揮官として、雑踏警戒班指揮官ら配下警察官を指揮し、参集者の安全を確保すべき業務に従事しており、現場の警察官に会って直接報告を受け、また、明石市が契約した警備会社の警備員の統括責任者らと連携して情報収集することができ、現場付近に配置された機動隊の出動についても、自己の判断で、A署長を介する方法又は緊急を要する場合は自ら直接要請する方法により実現できる立場にあった。
Ⅲ 判旨
第三小法廷は、検察官の職務を行う指定弁護士が、XとB地域官は刑訴法254条2項にいう「共犯」に該当し、Xに対する関係でも公訴時効が停止していると主張したのに対し、職権で以下のような判断を示した。
「本件において、XとB地域官が刑訴法254条2項にいう『共犯』に該当するというためには、XとB地域官に業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立する必要がある。
そして、業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要であると解されるところ、以上のような明石警察署の職制及び職務執行状況等に照らせば、B地域官が本件警備計画の策定の第一次的責任者ないし現地警備本部の指揮官という立場にあったのに対し、Xは、副署長ないし署警備本部の警備副本部長として、A署長が同警察署の組織全体を指揮監督するのを補佐する立場にあったもので、B地域官及びXがそれぞれ分担する役割は基本的に異なっていた。本件事故発生の防止のために要求され得る行為も、B地域官については、本件事故当日午後8時頃の時点では、配下警察官を指揮するとともに、A署長を介し又は自ら直接機動隊の出動を要請して、本件歩道橋内への流入規制等を実施すること、本件警備計画の策定段階では、自ら又は配下警察官を指揮して本件警備計画を適切に策定することであったのに対し、Xについては、各時点を通じて、基本的にはA署長に進言することなどにより、B地域官らに対する指揮監督が適切に行われるよう補佐することであったといえ、本件事故を回避するために両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったということはできない。Xにつき、B地域官との業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立する余地はないというべきである。」とし、B地域官に対する公訴提起によって公訴時効が停止するものではなく、原判決がXを免訴とした第1審判決を維持したことは正当であるとした。
Ⅳ コメント
(1) 本件判示で重要なのは、「業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要であると解される」として、過失の共同正犯を正面から認めたことである。もとより、特別法犯に関しては、最二小判昭和28年1月23日刑集7-1-30※3が、甲と乙がウィスキーと称する液体をメタノールを含んでいるか否か十分注意せず販売した事案につき、飲食店を共同経営しており、意思を連絡して販売をしたというのであるから、此点において被告人両名の間に共犯関係の成立が認められ、過失によるメタノール含有飲料販売の罪の共同正犯としていた。また、名古屋高判昭和61年9月30日高刑集39-4-371※4は、一方が電気溶接する間他方が監視し、その役割を逐次交代しており、いずれの溶接行為の火花が原因かは特定できなかったが、両名は遮蔽措置を講じなくても大丈夫であろうとの相互の意思連絡の下に、現住建造物を焼燬したという事案で、溶接作業という実質的危険行為を共同して本件溶接作業を遂行したものと認められるので、業務上失火罪の共同正犯の責任を負うべきだとした。そして、東京地判平成4年1月23日判時1419-133※5は、地下で炎を用いる作業に従事していた2人が、洞外に退出するに当たりランプを確実に消火したことを相互に確認せずに立ち去り、火災を発生させた事案について、過失の共同正犯を認めた。このように下級審では、過失の共同正犯は認められてきていた。
しかし、最高裁が、刑法犯について、過失の共同正犯を正面から、はっきりとした言い回しで認めた意義は大きい。もとより、時効を認めるか否かという問題の中での判示ではあるが、その意義は基本的に変わらない。
(2) 過失の共同正犯に関しては、かつては、共同実行の意思に関する犯罪共同説は、「結果に対応する意思のないところに、その共同ないし共同実行ということはあり得ない」としてきた(団藤重光『刑法綱要総論 第3版』創文社〔1990年〕393頁)。ただ、過失犯にも実行行為性を認める説が有力化し、過失犯の共同正犯を認める説が増加した。
しかし、過失犯においても行為を共同して結果に影響を与える場合は考えられる。過失単独正犯でも結果の認識は要求されない以上、過失共同正犯においても「結果についての意思の連絡」を必須とすることはできない。
問題は、過失の共同正犯の成立要件である。そして、学説上、自ら遵守するだけでなく、共同者の他の者にも遵守させるように努めなければならない関係にある場合に共同過失が認められ、共同者の全員がその結果について帰責されるとする見解が有力であった(福田平=大塚仁『刑法総論Ⅰ』有斐閣〔1979年〕381頁)。「相手にも守らせるような義務を相互に含む注意義務」が認められる場合に、つまり他方の行為についてまで注意しなければならない場合に過失の共同正犯が成立するとされている。
(3) 本決定も、「業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要である」としたのである。そして、最高裁は、警備計画の策定段階と、実施段階の双方において、副署長であるXとB地域官がそれぞれ分担する役割は基本的に異なっていたとした。
最一小決平成22年5月31日は、午後8時以降の状況では、強い流入規制等を行わなければ、花火大会終了の前後から歩道橋内において双方向に向かう参集者の流れがぶつかり、雑踏事故が発生することを容易に予見し得たものと認められるとして、B地域官は、直ちに、配下警察官を指揮するとともに、機動隊の出動を要請することにより、歩道橋内への流入規制等を実現して雑踏事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったとした。それに対して、本決定は、Xについて、本件事故発生の防止のために要求され得る行為は、基本的にはA署長に進言することなどにより、B地域官らに対する指揮監督が適切に行われるよう補佐することであったといえ、本件事故を回避するために両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったということはできないとしたのである。
さらに、その前提となる警備計画の策定段階に関しても、B地域官が本件警備計画の策定の第一次的責任者であったのに対し、Xは、副署長(署警備本部副本部長)として、あくまでA署長が組織全体を指揮監督するのを補佐する立場で、B地域官及びXがそれぞれ分担する役割は基本的に異なっていたとし、Xについて、本件事故発生の防止のために要求され得る行為は、基本的にはA署長に進言することなどにより、B地域官らに対する指揮監督が適切に行われるよう補佐することであったといえ、本件事故を回避するために負うべき具体的注意義務がB地域官と共同のものであったということはできないとしたのである。
たしかに、大規模の事故であり、警備計画の策定や実施に発言の権限を有し、その機会も存在した副署長(副本部長)に対しても、「刑事過失を問わなければ納得し得ない」という気持ちは分からないことはないが、刑事責任が認められた直接の責任者である地域官と「共同の注意義務」は認められないといえよう。「共同の注意義務の共同した違反」が認められる場合は、現実には非常に限られることに注意しなければならない(前田雅英『刑法総論講義 第6版』東京大学出版会〔2015年〕370-71頁参照)。そして、Xについては、直接正犯として業務上過失致死傷罪の成立を基礎づける注意義務違反も認定し得ないように思われる。
(掲載日 2016年7月22日)