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文献番号 2016WLJCC019
名古屋市立大学大学院
教授 小林 直三
1.はじめに
沖縄返還交渉に伴う密約に関する外務省秘密漏洩事件※2で有罪となった記者が、その後、密約の存在が明らかとなり、当該有罪判決が誤審であったことも明らかとなった等として、国家賠償等を求めたところ、一審※3、二審※4ともに請求は棄却され、最高裁でも上告棄却等とされた。本件は、その国家賠償等請求訴訟における原告の弁護人を担当した弁護士が、特定秘密の保護に関する法律(以下、「特定秘密保護法」、又は「本件法」)の違憲無効確認を求めるとともに、弁護権侵害に伴う国家賠償を求めた事案である※5。
2.判例要旨
まず、本件判決は、本件無効確認の訴えに関して、先例※6を踏まえて、「裁判所法3条1項にいう『法律上の争訟』として裁判所の審判の対象となるのは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に限られるところ、このような具体的な紛争を離れて裁判所に対して抽象的に法令が憲法に適合するかしないかの判断を求めることはできない」とした。そのうえで、「原告は、沖縄返還協定の密約による支出金について解明するためホームページを通じて当該作業に関与した人物等に訴えて情報を求め、さらに、密約文書の存在が裁判所で認定されたことを受け、権力犯罪の手口を解明しようとしているところ、教唆罪等(本件法25条)の刑罰によって具体的弁護権が妨害されることは明らかであると主張する」が、「しかしながら、原告の上記主張をもってしても、未だ、原告に対する刑罰の適用可能性が具体的になっているということはできず、原告の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に至っているということはできないと解される。そして、本件法の内容及び仕組みをみても、刑事訴追等の不利益処分を経ずに特定の個人の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に直接の影響を及ぼす規定が含まれているということはでき」ず、「原告は……具体的な紛争を離れて裁判所に対して抽象的に本件法が憲法に違反するかしないかの判断を求めていると解するほかない」とした。したがって、「本件無効確認の訴えは……不適法であるといわざるを得ない」とし、本件法の違憲無効確認に係る訴えは却下とした。
次に、本件判決は、先例※7の枠組みに従い、国家賠償請求に関して、「本件法が原告に憲法上保障されている権利ないし利益を違法に侵害するものであることが明白であると認められるかどうかについて検討する」とし、原告が「弁護士には、個々の依頼人の存在を離れた立場において、憲法上及び弁護士法上具体的弁護権が保障されており、本件法は原告の具体的弁護権を侵害していると主張していることから、まず、具体的弁護権が憲法上及び弁護士法上保障されているか否かについて検討」している。そして、憲法76条3項、32条、31条、34条、37条3項を根拠として、「個々の依頼人の存在を離れた立場において、具体的弁護権が保障されているということはできない」とした。また、弁護士法を検討したうえで、弁護士法1条に関しても同様であるとした。そして、平和主義違反、国民主権原理違反、基本的人権(プライバシー権、報道・表現の自由、学問の自由、罪刑法定主義、適正手続の保障)侵害に関する原告の主張に対しては、「本件法により、原告にどのような権利ないし利益の侵害が具体的に生じているかは明らかとなっていない」とした。以上のことから、「原告の国家賠償請求は理由がない」とし、棄却とした。
3.検討
本件判決は、基本的に先例の枠組みに従ったものであり、その意味では、必ずしも批判されるべきものではない。
たとえば、原告は、長野勤評事件最高裁判決※8や河川法上の処分権限不存在確認訴訟最高裁判決※9を踏まえて宣言的判決が認められると主張している。しかしながら、それらは無名抗告訴訟の可能性に言及したものに過ぎず、それらから直ちに本件事案において違憲無効確認の訴えが認められるというには、やはり無理があるものと思われる。また、本件事案において、憲法の平和主義等との関係において原告の具体的権利が侵害されていないとした点に関しても、先例を踏まえれば、十分に予想し得る内容のものだといえるだろう。
ただし、本件判決の弁護士法1条の解釈に関しては、やや論争的なものだと思われる。
本件判決では、「弁護士法1条1項は……職務行為を行うに際しては、基本的人権の擁護と社会正義の実現ということを目指して行動するということを求めるものであり、同条2項は、その行動目標を規定したもの」等とし、「個々の依頼人の存在を離れた立場において、具体的弁護権が保障されているということはできない」としている。つまり、本件判決は、弁護士法1条の趣旨を、個々の依頼人が存在する場合等に「職務行為」を限定したうえで、さらに、そうした「職務行為を行うに際して」に限定しているものと考えられる。しかし、これら二重の限定を加えて弁護士法1条の趣旨を狭く解することは、果たして妥当なことだろうか。少なくとも、これら二重の限定は、実社会における弁護士に対する期待や実践とは異なっているものと思われる(ただし、本件判決よりも広く解したからといって、直ちに本件事案において権利侵害が認められるというわけではない)。したがって、この点に関しては、少なくとも、もう少し慎重な検討が必要だったのではないだろうか。
ところで、特定秘密保護法に関しては、それに基づく特定秘密の指定等が適切に運用されるのかが問題とされてきた。そのため、政府内の監視機関のほか、国会の両院にも情報監視審査会が設置されている。しかしながら、その監視機能に関しては、政府の下にある行政機関が特定秘密を指定する以上、政府内の監視機関の外形的な信頼性は高くはない。したがって、国会の両院に設置される情報監視審査会が重要となるが、しかし、その委員の構成は政府を支持する与党で過半数が占められている以上、やはり外形的な信頼性は乏しいように思われる。
この問題に関して参考となるものに、憲法学者の孝忠延夫の「政府・行政統制機関としての国会」に関する主張がある。すなわち、孝忠は、「議院内閣制の下における権力分立の対抗軸が、主として政府+与党(議院内多数者)vs野党(議院内少数者)に移行している」ことを前提として、「政府・行政に対する議会的統制は、一定数の議院グループ(会派)の活動の機会を保障するとともに、個々の議員が積極的に活動しうる場と機会を可能な限り保障することによって実効的なものとなる。国政調査権の発動、行使についてのみならず、議院、委員会における議会内少数者権の保障と尊重は、政府・行政統制権の実効的行使のために議院の自律的判断によって工夫されなければならない」と主張する※10。この孝忠の主張に従えば、情報監視審査会は、各議院の良識に基づいて、議院内少数者(すなわち野党)を中心に委員を構成すること等が求められるだろう。そして、そうすることによって、(その権限に不十分さが残るにせよ)情報監視審査会の外形的信頼性が確保されるものと思われる。
しかしながら、現実にはそのようにはなっておらず、また、そうなる見込みも多くはないだろう。つまり、「政府・行政に対する議会的統制」が機能し難い仕組みになっているのである。
こうした現状を踏まえれば、特定秘密保護法に関しては、司法的統制が期待されるべきだといえなくもないだろう。実際、裁判所は、単なる具体的争訟の解決機関ではなく、権力分立を担う機関でもあり(すなわち、司法的統制が期待されており)、「憲法判断が不可欠でない場合でも、裁判所は、諸事情を総合的に考慮して、憲法判断に踏み切ることができる」※11のである。もし、仮に、そうした見解に立つならば、本件判決での憲法上の争点の扱いは消極的に過ぎたといえるのかもしれない。
4.おわりに
本件判決は、これまでの先例に従ったものだという点では、あまり見るべきものはないのかもしれない。
しかし、特定秘密保護法の政府・行政に対する議会的統制の不十分性、そして、そのことを踏まえた裁判所や弁護士の役割等といった、より広い視座から見たとき、これからの裁判所や弁護士の役割を問い直す契機となる論点が見出せるものといえるのではないだろうか。
もちろん、憲法上の争点の扱いに対する裁判所の消極性は、本件判決に限られたものではない。しかし、ある意味では、そのように司法的統制さえ十分に機能し得ない現状だからこそ、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命と」(弁護士法1条1項)し、その「使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない」(同法1条2項)弁護士の役割に期待されるともいえるのであり、そうだとすれば、本件判決のように弁護士法1条の趣旨を狭く限定して良いものかどうかが、いっそう問題となるものと思われる。
(掲載日 2016年7月11日)