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文献番号 2016WLJCC018
明治大学 教授
野川 忍
1.はじめに
後年、2016年は、同一労働同一賃金という理念がにわかにクローズアップされた年として記憶されることになろう。政府における検討がにわかに注目されたのみならず、通称「同一労働同一賃金推進法」という法律の制定が議論され、安倍政権の目玉政策の一つとして同一労働同一賃金が掲げられるなど、いやが上にも世間の耳目を集めることとなった。そうした中での本判決は、あたかも同一労働同一賃金のルールを有期労働契約によって雇用された労働者にも適用したかのような印象を与えている。しかし、実際にはそのような判断は妥当ではなく、本判決は、むしろ労契法20条の特質と問題点とを際立たせるとともに、同条が差別禁止規定ではなく不合理な取扱いを禁止する規定であるということの意義を再考させる内容となっている。
2.本件の概要
原告Xら3名は、運送事業を営むY社に期間の定めのない労働契約による正社員として採用され、それぞれ平成26年3月31日又は同年9月30日に60歳をもって定年退職した。しかしY社はその後Xらを、高年齢者雇用安定法に基づく雇用確保措置として独自に設けた定年後再雇用制度により、有期雇用の嘱託社員として再雇用し、バラセメントタンク車(撤車)の乗務員として勤務させていた。XらとY社との有期労働契約では、嘱託社員となった後のXらと正社員である乗務員との間で業務の内容にも、また当該業務に伴う責任の程度等にも相違は認められなかった。なお本件有期労働契約には、Y社が、業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更する旨が定められており、Y社の正社員就業規則にもこれと同様の規定が存在する。本件は、Xらが、労契法20条違反を理由として、主位的には正社員の賃金を定める諸規定の適用を受ける労働契約上の地位にあることの確認及び当該規定に基づく賃金額と実際に支給された賃金額との差額分の支払を請求し、予備的に不法行為に基づく上記差額相当額の損害賠償を求めた事案である。
3.本判決の意義
本判決は、労契法20条違反について正面から判断した最初の裁判例であり、しかも同条違反を全面的に認めた点に大きな意義がある。これまで、ハマキョウレックス事件(大津地彦根支判平27・9・16)※2やニヤクコーポレーション事件(大分地判平25・12・10)※3などが同条違反の有無を扱ってきたが、前者は不法行為に基づく損害賠償を認めた事案であり、後者は、前者と同様の検討を行ったうえで具体的には損害が認められないとした事例である。したがって、実質的には本件によって初めて、労契法20条の意義や違反の効果など中心的な論点に対する裁判所の見解が示されたこととなる。
4.労契法20条の趣旨と適用該当性
本判決はまず、労契法20条が定める「期間の定めがあることにより」の趣旨を、有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の違いが期間の定めに「関連して」生じたものであることを意味すると解し、本件では就業規則の定め等により、嘱託社員と正社員との間には定型的な労働条件の違いがみられることなどを根拠にこれを肯定する。厳密に言えば「関連して」という判断基準は必ずしも十分に明確とは言えないが、実際には、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が「期間の定めがあること」によるか否かは、不合理性の有無を判断しなければ明らかにならない場合も多いので、その前段階の判断である、期間の定めの有無と労働条件の違いとの関係については、因果関係の存否などを問うよりは、関連性の存在があれば不合理性の判断に検討の対象を傾注すべきであると考えられるので、判旨の態度はおおむね妥当であると言えよう。
5.不合理性判断について
本件で問題となった労働条件は賃金であるが、判旨は、この点における有期雇用労働者と無期雇用労働者との間の相違については、パート労働法9条を引用して、労契法20条にそって①職務の内容、及び②当該職務の内容及び配置の変更の範囲が同一であることを認定したうえで、当該相違を正当とする事情が立証されない限り、当該相違は不合理であるとの枠組みを採用している。しかし、パート労働法9条は明確に差別禁止を定めた規定であり、労働時間が違うだけで他の取扱いが同じであれば、特段の事情がない限り差別が認められ、差別が認められれば労働者は同一の労働条件を求め得る、という帰結が導かれるのは当然であるが、労契法20条はあくまで「不合理な取扱い」を禁止しているだけであって、労働条件の違いが格差として表れていることが必ずしも不合理だとされているわけではないとともに、その効果も一義的に明らかになっているわけではない。そうすると、このような不合理性判断の枠組みがただちに適切か否かは大いに議論のあるところであろう。もっとも、本件では無期雇用の正社員には一定の固定給が保障されており、それとの比較で有期雇用の嘱託社員の賃金の低劣さが明確であるとの判断に基づいて、少なくとも本件のような事案では上記のような判断枠組みが適切であると考えられたのかもしれない。その意味では、不合理性判断のこの一般論自体が、本件の特殊性に基づいたごく限定的なものであると解されることとなろう。
判旨はこれに加えて、定年後継続雇用者の賃金を定年前に比べて低く抑えること自体には、賃金コストの無制限な増大を回避しつつ定年到達者の雇用を確保するという趣旨から、合理性が認められるとしつつ、定年退職者の継続雇用の際に、上記①及び②が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることは、そうした社会慣行があるとか、賃金圧縮の手段としているような事情がないと言える場合でなければ不合理であるとするが、他方で、本件措置が高年齢者雇用安定法に基づく定年後再雇用の対応であることはさほど重視されていない。
非正規雇用の諸類型の中でも、有期労働契約による雇用は非常に多様な可能性を有するものであって、幅広い雇用機会の確保や高年齢者の労働市場の拡大といった雇用政策の中で積極的な意義も与えられている。労契法20条がパート労働法9条のように厳格な差別禁止の構成を取らなかった背景にも、こうした雇用政策との整合性の確保という目的が存在することは明らかであり、この点を本件判旨が重視しなかったことは問題とされ得よう。
6.労契法20条違反の効果
本判決は、労契法20条違反は、違反部分について無効であるとしたうえで、就業規則規定を補充規範として用いて、無期雇用の正社員との差額請求を認めている。確認すべきは、本判決は一般的に同条違反が、比較対象となる無期雇用労働者の労働条件と有期雇用労働者の労働条件を一致させる効果を発生させるとは言っていないことであり、本件では就業規則の規定によって結果的に無期雇用労働者の賃金との差額が認められたというに過ぎないことである。この点も、差別禁止を定めたパート労働法9条との相違は明確であり、労契法20条が、単に不合理な取扱いを禁止しているだけで、違反に対する法的効果は同条からただちに導かれるわけではない。この点はなお今後の検討に委ねられていると言えよう。
7.展望
非正規労働者の処遇については、一方で雇用の可能性を拡大し、労働市場の活性化をはかる趣旨から、その弾力的な運用を認めつつ、他方で、合理性のない冷遇や差別的取扱いを排する法的仕組みも必要となる。パート労働法も、8条では一般的原則としてパート労働者とフルタイム労働者との処遇の違いが不合理なものであってはならないことを宣明しつつ、9条において、パート労働者の一部について特に差別禁止を定めたものである。労契法20条はむしろパート労働法8条との親和性を有する規定であって、直接に同一労働同一賃金原則の根拠規定となるとは言えない。本件は控訴されているが、これまで縷々述べたような点を踏まえつつ、いっそう適切妥当な判断がなされることが望まれる。
(掲載日 2016年7月7日)