判例コラム

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第79号 自主避難者の休業損害 
‐自主避難とは‐

~京都地裁平成28年2月18日判決※1

文献番号 2016WLJCC017
虎門中央法律事務所大阪事務所※2
弁護士、ニューヨーク州弁護士
苗村 博子

1.はじめに

 先日、小学生の姪達を連れて、京都市防災センターに行ってきた。ホテル火災を想定した、避難経路に沿って避難する訓練など、いろいろな防災に関する体験をしたが、最も怖かったのは、地震体験である。リビングに見立てた室内で、テーブルの下に入っていても、震度7になると、テーブルごと揺れに揺れて、全く身動きできなかった。東日本大震災では震度6強が数回、本年4月の熊本地震では、震度7が2回というとんでもない大地震が、各地を襲った。被災された皆さんが感じられた恐怖は、私の想像など及ばないものだったろうと思う。東日本大震災では、その後の津波による甚大な被害とともに、福島第一原発の事故が発生し、これらに被災された方は、3重の災禍に苦しむこととなった。

 東日本大震災から7年、その中でも特に原発事故の影響は、東日本の枠を超え、私が住む関西の裁判所に提訴される事件が出るまでに至っている※3

2.本件の概要

 報道によれば、福島県b市で飲食店等を業務とする会社を経営していた夫は、上述の原発事故の後、妊娠中の妻、幼い子供2人とともに、事故後2、3日でとるものもとりあえず、c市に避難し、同地でコンビニエンスストアを起業したが、これが奏功せず、また原発事故被災者であることから、いわれない差別にあったこと、一緒に避難していた従業員らから憧れの地だったとして、c市から京都市に避難してきた。本件は、原告である夫妻が、自主避難にかかった経費、夫のうつ病発症による就労不能による休業損害、それまで夫とともに経理担当をしていた妻の看護等による就労不能を理由として休業損害の賠償他を求めていた事件である。

3.自主避難をした原告にも一定期間の休業損害を認定

 判決は、夫のうつ病り患が原発事故を主因とするものであるとして因果関係を認め、原発事故後口頭弁論終結時である平成27年11月10日までの休業損害の40%を被告である電力会社に負担させるべきとして認めた。その率等は、やはり原発事故を主因としてうつ病にり患し、そのため自殺された方について、原発事故との因果関係を80%とした福島地裁判決※4の認定からすれば、格段に低い。その率について、本判決は、過失相殺に関する裁判所の裁量権を定める民法722条2項を適用するとするだけで、理由を述べていないが、電力会社の主張として、自主避難をした被災者は、政府の指示等によって避難を余儀なくされた人に比べ、避難するか否か、避難時期、場所等を選択する余地が広く、受けるストレスの程度は低いとして、夫のうつ病は、原発事故と条件関係がないなどと主張されていたことが判断に影響を与えたのではないかと考えられる。上記の福島地裁の判決が、労災認定に近い判断基準を適用したのとは異なり、原告自らの行動が介在し、病気を増悪させたとの考えがその背後にあると思われる。また、判決は、妻についても、夫とともに自主避難したことにより、会社を離れ、業務につけなかったこと、夫の看護等で休業を止むなくされたことによるとして、休業損害を認め、その70%を電力会社の責任として認めたが、その賠償対象期間について、裁判所が、自主避難をすることに合理性があると認められる期間として認めた、平成27年8月末までとし、その後の休業損害を認めなかった。また、自主避難にかかった費用のうち、原告らが、まず向かったc市までの交通費等の避難費用については、認めたものの、そこから京都市への移動に要した費用は、避難費用とはいえないとして、これを認めなかった。

4.判決の自主避難の定義は相当か?

 判決が、電力会社の、自主避難者には、原発事故とうつ病り患の間には条件関係がないとする主張を排し、夫のうつ病り患を原発事故が主因だとした点は、十分に評価されるべきである。ただ、夫のうつ病への原発事故の寄与率について、具体的な分析をしなかったことは、その判断を説得的なものにしておらず、検討の必要があるように思う。また、判決が自主避難をした人の休業損害を認めながら、その自主避難という言葉に関して、判決が述べた合理性のある自主避難、そしてその期間の考え方が相当かについては、より、考えさせられるものがあるように思われる。本稿では、この点について考えてみる。

 判決によれば、原告らが原発事故前まで居住、就労していたb市は、原子力災害対策特別措置法に基づき、警戒区域、特定避難勧奨地点、帰宅困難地域には設定されなかったものの、後に自主避難等対象区域に設定された地域となったものである。原子力損害の賠償に関する法律に基づき、設置された原子力損害賠償紛争審査会にて、上述の避難指示等対象区域から区域外への避難のための立退き及びこれに続く同区域外滞在を余儀なくされた者等を対象に損害の範囲に関する考えが示され、b市を含む一部地域に自主避難等対象区域が設定され、賠償認定に関する一定の範囲が示されたことを認めたものである。

 判決は、b市では、放射線量が原発事故によって、平成23年3月15日には、毎時8.26μSvであったが、その後漸減し、翌日は3.8μSvに下がり、平成24年8月には0.33μSv、平成26年8月時点では0.19μSvを下回るようになっていたことを認定するとともに、年間被ばく量が20mSvより下がると、健康に被害を与えると認めることは困難だとして、平成24年9月以降のb市の放射線量が年間20mSvに相当する毎時3.8μSvを大きく下回っていたと認定した。そしてb市からの自主避難に関して、原発「事故による危険性が残存し、又は危険性に関する情報開示が十分になされていない期間中自主避難を続けることは相当である」としつつ、このb市における放射線量は、同市のHPなどで周知されており、情報開示は十分であったとするとともに、電力会社が平成24年8月31日まで、原告らが自主避難を続けることの合理性を争っていないとして、同時点までが自主避難の合理的な期間であるとし、それ以後の京都市での居住は合理性をもった自主避難であるとはいえないとした。

 そして、原告らが、まず二度目の転居先である京都市で、コンビニエンスストアを起業したことについては、「放射線被ばくの危険を回避し、これが解消されるまでの間暫定的に避難を続けるという自主避難の性質に鑑みれば、起業は避難者として合理的な行動といい難く、起業が奏功しなかった責任は、本来的に当該避難者に帰すべきものと解されるから、特段の事情のない限り、上記のような更なる転居に伴う損害について賠償を求めることはできないと解するのが相当である」とした。また、初めに避難したc市でのコンビニエンスストアの起業についても同様とした。また、c市で差別を受けたことが、京都市への転居理由であるとの原告らの主張についても、それだけで直ちに更なる転居をすることがやむを得ないものとは認められないとしている。

5.自主避難を判決のように定義することの問題点

 皆さんは、判決のいう自主避難の定義をどう思われるだろうか?メルトダウンを伴う原発事故という、まさに日本では経験のない大事故で、放射線がどの程度放出され、どのような健康被害が及ぶか、事故後しばらくは、一般には知らされていなかったというような状況下で、子供のいる家族では特に、住んでいた地域に相当期間戻れないことを覚悟の上で、しかし、その選択は、自らの自由意思に基づくものではなく、事故のため、止むなくなされたというのが、自主避難というものではないだろうか。そのような避難をしたのち、その家族は、避難した先で住居を定め、子供の通う学校を決めて、生計を立てるための方策を考える。その場合に、避難した人は、避難先での生活が、放射線被ばくの危険を回避し、これが解消されたら、もとの住居に戻るための暫定的な避難であるということを念頭において、新たに生活を始めるわけではないと思う。戻りたいと思って始めても、避難した時から戻るのは困難と覚悟して始めても、そうして、始まった避難先での生活は、日常のものとなり、避難した人は、その地域に長く居住するという状況に至るというのは、十分に想定されることである。

 判決は、京都という、原発事故発生の地から離れた場所で、抽象的に、自主避難を定義してしまっており、実際に避難した人たちの避難の決断時の考えには、ずいぶんかい離しているのではないかと思う。

 また、このような判決の避難に対する考え方を敷衍すると、避難地域に指定された地域でも、指定が解除されれば、もとの住居に戻れと言っているに等しくなってしまう。もちろん指定が解除されるのを待ちわびている人も多いであろうし、解除後も、その地域が危険であるといいたいわけではない。しかし、子供たちが、日常暮らしていく場として、安全かどうかは、その家族の主観も含めて判断されてしかるべきであろう。元の住居に戻らない選択をされる方、すでに避難先で長期に営む生活を築いている方で、帰還できなくなってしまっている方の避難先での生活の継続を不合理とはいえないのではないだろうか。

 本件では、原告からは上述のコンビニエンスストアの起業の不成功に関する損害賠償請求などは求められておらず、実は、このように自主避難を定義する必要はなかったようにも思われる。判決が、このような定義をしたことにより、自主避難した被災者の賠償請求に何らかの悪影響が出ないか、心配するところである。


(掲載日 2016年6月27日)

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