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文献番号 2016WLJCC011
日本大学大学院法務研究科
教授 前田雅英
Ⅰ 判例のポイント
捜査対象者の車に衛星利用測位システム(GPS)の発信器を取り付けた捜査が違法かどうかが争われた連続窃盗事件で、一審の大阪地判平成27年7月10日※2は、GPS捜査が「プライバシーを侵害するため、令状が必要な強制捜査に当たる」として (平成27年6月5日一審証拠決定)、令状なしの捜査を違法としそれに基づく関連証拠を排除した(ただ、他の証拠から有罪判決を言い渡していた)。本件はその控訴審判決で、大阪高裁は、一審の有罪の結論は維持したものの、「GPS捜査には重大な違法があったとはいえない」との判断を示した。
尾行の際にGPSを使用して得られた証拠についての証拠能力については、多くの判例で争われてきたが、大阪地裁の別の部で、大阪地判平成27年3月6日(捜査研究770号参照判例集未登載)は、判決に先行して平成27年1月27日に、その証拠能力及び必要性を認める決定を行った。
それに対し、同じ大阪地裁で、捜査の違法性を根拠として証拠能力が否定され、控訴審の判断が注目されていた。なおGPS捜査の違法性に関しては、名古屋地判平成27年12月24日※3 、水戸地判平成28年3月25日があり、GPS捜査によって得られたものを除いた証拠により有罪を認めている。
Ⅱ 事実の概要
本件の事案の内、GPS捜査に関わる部分は、以下の通りである。
一連の窃盗事件の捜査に当たっていた警察官らが、犯人らの行動確認等のために、平成25年5月23日頃から、被告人、共犯者らがそれぞれ移動のために使用する蓋然性があるものと認められた合計19台の自動車・バイク(うち7台は盗難車両) に対し、それらの承諾なく、順次GPS発信器を取り付け、同年12月4日頃までの間、発信器の時々の所在地をあらわす地図上の地点や住所、測位誤差等を携帯電話機の画面に表示させるという民間警備会社の契約サービスを利用し、手元の従来型携帯電話機で多数回連続的に対象車両等の位置情報を取得したというものである。
本件で用いられたGPSによる位置探索の精度は、周囲の状況によって、数百メートルあるいはそれ以上の大きな誤差が生じたり、位置探索が不能となったりすることがある一方、誤差が数十メートルの範囲にとどまり対象の位置情報をある程度正確に把握し得る場合もあった。
GPS発信器が取り付けられていた期間は、最短のもので半月程度であるが、最長のものは合計でおおむね3か月近くにわたっていた。また、警察官らは、発信器を取り付ける際などに、車両がとめられていた路上のほか、管理者等の承諾を得ることなくスーパーの駐車場、コインパーキングやラブホテルの駐車場に立ち入ったこともあった。
大阪地裁は平成27年6月5日の証拠決定において、GPS捜査が「プライバシーを侵害するため、令状が必要な強制捜査に当たる」として令状なしの捜査を違法とした。
Ⅲ 判旨
「本件で実施されたGPS捜査は、一連の窃盗事件の犯人らが移動のために使用する蓋然性があるものと認められた車両を対象に発信器を取り付け、警察官らにおいて、多数回連続的に位置情報を取得したというものであって、これにより取得可能な情報は、尾行・張り込みなどによる場合とは異なり、対象車両の所在位置に限られ、そこでの車両使用者らの行動の状況などが明らかになるものではなく、また、警察官らが、相当期間(時間)にわたり機械的に各車両の位置情報を間断なく取得してこれを蓄積し、それにより過去の位置(移動)情報を網羅的に把握したという事実も認められないなど、プライバシーの侵害の程度は必ずしも大きいものではなかったというべき事情も存するところではあるが、この方法によると、警察官が対象から離れた場所にいても、相当容易にその位置情報を取得でき、本件では、車両によっては位置情報が取得された期間が比較的長期に及び、回数も甚だ多数に及んでおり、・・・・・・一審証拠決定がその結論において言うように、このようなGPS捜査が、対象車両使用者のプライバシーを大きく侵害するものとして強制処分に当たり、無令状でこれを行った点において違法と解する余地がないわけではないとしても、少なくとも、本件GPS捜査に重大な違法があるとは解されず、弁護人が主張するように、これが強制処分法定主義に違反し令状の有無を問わず適法に実施し得ないものと解することも到底できない。」
「被告人ら犯人グループは、一連の窃盗事件について相当程度の嫌疑が存した上、夜間に車で高速度で広域移動をし、ごく短時間のうちに犯行を遂げるということを繰り返しており、また、摘発等への警戒を強めている様子もあって、このような被告人らに対し所要の行動確認等を行っていく上では、尾行や張り込みだけではなく、それと併せて、GPSを用いた関係車両の位置探索を実施する必要性が認められる状況にあったといえる。また、警察官らは、犯人らが使用する蓋然性が高いと認められる車両を把握してGPS発信器を取り付け、各々の位置探索の必要がなくなると、これを取り外すようにしていたのであって、・・・・・本件GPS捜査が行われていた頃までに、これを強制処分と解する司法判断が示されたり、定着したりしていたわけではなかったことをも併せ考えると、その実施に当たり、警察官らにおいて令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとまでは認め難いというべきである。
そして、警察官らは、車両へのGPS発信器の取り付け等のために管理権者の承諾や令状なくラブホテルの駐車場といった私有地に立ち入っていたことも認められ、この点は違法の疑いがあるが、その違法の程度は大きいものではないといえる。」
Ⅳ コメント
大阪高裁は、①本件捜査で得られる情報は、対象車両の所在位置に限られ車両使用者らの行動の状況などが明らかになるものではなく、②車両位置情報を間断なく取得・蓄積し、過去の位置(移動) 情報を網羅的に把握したものでも無く、③プライバシーの侵害の程度は必ずしも大きいものではなかったというべきで、④一審証拠決定のように、本件GPS捜査に重大な違法があるとは解されないとした。
別件に関し、大阪地判平成27年3月6日(捜査研究770号判例集未登載)も、判決に先行して平成27年1月27日証拠決定において、①24時間位置情報が把握され、記録されるというものではなく、状況によっては数百メートル程度の誤差があり、②尾行するための補助手段として上記位置情報を使用していたにすぎず、位置情報を記録として蓄積していたわけではないので、③通常の尾行と比較してプライバシー侵害の程度が大きいものではなく、強制処分には当たらないとしている。本件大阪高裁も、強制処分に当たるか否かは明示しないものの、令状主義の精神を没却するような重大な違法は認められないとしたのである。
このような判断の前提には、広範囲に移動して犯行を重ねている本件のような犯行に関しては、尾行には相当な困難が予想され、嫌疑の十分な場合には使用車両にGPS発信器を取り付けてその位置情報を取得して所在を割り出す必要性は相当高かったという点が存在する。
ただ、最決平成21年9月28日(刑集63-7-868)※4 は、覚せい剤が入っている疑いのある宅配便の荷物について、荷送人・荷受人に無断で、宅配便業者の承諾を得てエックス線検査を行った行為の適法性に関し、「内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される」とし、エックス線検査については、「検証許可状の発付を得ることが可能だったのであって、検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は、違法であるといわざるを得ない」と判示している。
この点、本件大阪高裁の判断においても、「プライバシー侵害の程度は必ずしも大きいものではない」ので強制処分には当たらないという点が強調されている。これに対し、最決平成21年9月28日の第一審※5・控訴審※6は、①エックス線検査による方法はプライバシー侵害の程度が軽度で、②大規模な覚せい剤譲受けに関与しているとの嫌疑があり、③この方法によらなければ真相を解明し犯人検挙に至るのが困難であるという状況下においては、任意捜査として相当であるとしていたのである。
そして、最決平成21年9月28日は、エックス線を利用した捜査は強制捜査であるとしつつも、結果として得られた当該覚せい剤の証拠能力について、①覚せい剤譲受け事犯の嫌疑が高く、②本件検査を行う実質的必要性があり、③宅配便業者の承諾を得ており、④検査の対象を限定する配慮もしていたので、⑤令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえず、⑥本件覚せい剤等は、本件エックス線検査の結果以外の証拠も考慮して発付された令状に基づく捜索において発見されたもので、エックス線検査と関連性を有するとしても証拠収集過程に重大な違法があるとまではいえず、その証拠能力を肯定することができるとしたのである。
GPS捜査一般を強制捜査として類型化し、令状を得ないで行った以上、そこから得られたものはすべて証拠能力を欠くとすることは妥当とは考えられない。もとより、GPSを用いた捜査が、態様によっては、重大なプライバシー侵害を伴う可能性を孕むが、「GPS的なツール」にもその機能において種々なものが考えられ、さらに得られた情報の使用目的・管理方法も様々なものが考えられる。多数の国民の重大な法益にかかわる犯罪の十分な嫌疑がある場合に、緊急やむを得ない場合には、許される場合を認めざるを得ない。下級審で、かなりの判例がでており、GPS捜査の限界に関しては、法令によりGPS捜査を限界付けることも考えられないことはないが、わが国の立法状況を考えると、現実的ではない。やはり、最高裁判例による決着が期待されることになる。その際には、「GPS捜査一般が強制処分か否か」というのではなく、機器の性能のバラツキや機器使用態様の差異を踏まえた上で、どのような要件を備えれば適法となるのかが見えてくるような判断が必要であろう。事案により、事情はかなり異なりうるのである。さらに、ICT社会に移行した中で、「新しい捜査」の在り方の視点も必要であろう。そして、新しい機器の出現した中で、「プライバシー侵害の大小」の評価基準のコンセンサス形成が要請されてこよう。
(掲載日 2016年4月28日)