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文献番号2015WLJCC023
虎門中央法律事務所大阪事務所※2
弁護士、ニューヨーク州弁護士
苗村 博子
【大阪における原発事故の損害】
福島第一原発の事故が大阪の会社に損害??まずは、本コラムのタイトルと地裁名をご覧になった方は耳を疑うのではないだろうか?確かに東日本大地震自体は大阪にも到達したし、大阪府庁咲洲庁舎には、この地震と建物の共振現象の結果、壁の剥離等の大きな被害をもたらした。しかし、原発事故は、いくら相当な範囲にわたる避難命令が出されたと言っても、大阪は関係なさそうに見える。が、その避難地区にある工場で生産される物を、独占的に販売する会社にとっては、その会社自体が大阪にあろうと、九州にあろうと関係なく影響を受けた。福島を含む東北には、先端技術をもつ工場が集積し、津波でもサプライチェーンは寸断されたが、原発事故で、避難区域にある工場では生産が完全にストップしてしまったのである。
本判決は、原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)の趣旨 ※3に則り、本件原告を間接被害者と認定し、東京電力に一定の賠償義務を認めた。本判決は、原発事故に関連するというだけでも、関心のあるところであろうが、それだけでなく、民事訴訟法248条の裁判所の一定の推定に基づく賠償額の考え方をもっと用いて、被害者が企業であっても救済すべきとの考え※4をも取り入れたかに見える、緻密な損害認定をしている点でもご紹介する意義があると思う。そこでは、因果関係論、損害軽減等義務、直接変動費の取扱いなども論じられ、今後の企業損害算定の参考になると思われる。事実の推移自体、少々複雑だが、まずは事実関係を見ていこう。
【原告とその製品製造会社、扱っていた製品との関係】
原告は、高純度化学品の製造メーカー(Westlawの引用に従ってA社と呼ぶ)、の関西地区の独占販売契約を有する企業で、原告のA社製品の売上げは、原告の売上全体の9割を越えていた。A社の代表者は、原告の取締役をも兼務し、双方に株を持ち合っていたという点では、密接に関連する会社同士であったが、原告が先の代表者退任時に多額の退職慰労金を払って債務超過に陥って以降、A社から経営体質の改革を求める覚書の締結を要求されるなど、原告はA社と必ずしも良好な関係にはなかった。原告が販売していたA社の製品は、リチウム電池電解液やコンデンサ用薬品、原子力発電所用のホウ酸などであって、その多くは、留め型製品と言われる、買い先と事前に合意した厳格な規格に基づいて生産されており、避難区域に指定された工場(これもWestlawの引用に従ってB工場と呼ぶ)でしか生産されていないものも多かった。A社は、原発事故によるB工場操業停止後、異なる場所で生産を再開するか否かについて全く原告に告げておらず、原告とA社との関係は、改善していなかったことがわかる。
【原発事故以後の経緯】
A社は、原発事故で、同社B工場の操業が止まった後、リチウム電池電解液については、一つの買い先に対し、原告を介さず、他社製品を紹介した。原告は、その他の買い先2社にも一部を除いて他社製品を転売したが、やはりその多くの受注を失った。またコンデンサ用薬品についても主にB工場で生産されていたが、操業停止後買い先は、他のサプライヤーとの取引を始め、原告だけではなく、A社との取引も終了させた。もう一つの販売の柱であった原子力発電所用ホウ酸は、厳格な品質基準があり、A社製以外ではイタリア、フランスに一社ずつ供給できる会社があるに留まる状態であった。イタリアの供給元とは他の代理店が取引をしていたため、原告は、フランスの会社の製品を電力会社に供給しようとしていたが、品質基準を満たさず、やはり供給が出来なくなった。
A社は原告に対し、新工場の建設計画の有無など一切を伝えないばかりか、1億8000万円にも上る売掛金を約定どおりに支払うよう求め、原告は、将来の見通しが立たないことなどから、A社との独占販売契約を合意解約し、原告が、上述の覚書締結の際に差し入れさせられていた5000万円の保証金でもって売掛金の一部を相殺し、原告との事業を終了させた。その後はそれまでの売掛金を回収するなどしていたため、原発事故前9億円を超えていた売上が、平成23年11月期には3億2000万円弱に、そして平成24年11月期には650万円まで激減し、休業状態となった。
【裁判所の判断】
1. 原告は、原賠法のいう第一次被害者か間接被害者か
本判決は、この点について、原告は、A社と密接な関係にはあるが、A社の営業の一部門というような関係にはなく、間接被害者であるとした。
2.間接被害者の場合の事故との因果関係
本判決は、その上で、原告の販売していたA社製品は、他社から納入して買い先に販売出来るようなものではなく、原告は、原発事故の影響により、代替品を販売することが出来なかったとし、加えて、原告は、A社と業務上、経済上の緊密な関係にあったことをも勘案し、原発事故による原告の一定期間の逸失利益は、同事故と因果関係があると認定した。
被告は、間接被害者の場合は、安易に認めると損害の範囲が限りなく増大するとして、直接の被害者と経済的一体性のある場合に(のみ)認めた最高裁判例として最高裁昭和43年11月15日判決※5 を挙げ、原告とA社間にはそのような一体性はなく、また原告が、損害保険契約を締結するなど、不時の災害を受けても原告の事業に支障が生じないようにするための措置を講じていなかったとして、因果関係を争った。
本判決は、「一定の危険を有する原子炉を運転する事業者として,本件原発事故の発生を防止する義務を負っていたのであるから,その立場からは,原告に対し,本件原発事故による危険を予め完全に回避する措置を執るべきであったとはいえず,損害の公平な分担の見地から見て,本件原発事故による損害を原告が全て負担すべきであるとはいえない。」とした。本判決も、私がコラム※6を書かせていただいた、原発事故を起因として自死された方のご遺族の賠償請求訴訟において、福島地裁が述べた※7のと同様に、原発事故と津波等の自然災害による損害を明確に区別し、原発事故は、いわば人災として東京電力に事故発生防止義務違反とそれによる事故の損害賠償義務を認めている。本判決が言いたいのは、事故防止義務を負う者が、被害者に対して、保険に入っておくべきであった等というのは不合理だということである。明確且つ妥当な判断である。
3.損害軽減等義務の存否
さて、一定期間の逸失利益を因果関係のある損害と算定するとしても、原発事故後、原告とA社には様々な事が起こっている。①A社が原告を通さず、原告の買い先に直接連絡し、他社製の代替品の案内をしてしまったにもかかわらず原告が異議を唱えなかったこと、②原告がA社との独占販売契約を合意解約してしまったことなどである。
①の点について、本判決は、原告に代替品供給能力がない以上、取引先を維持、確保するためには、必ずしも原告にとってマイナスとはいえないとして、因果関係を限定する根拠とはならないとした。
②の点について、本判決は、被害者(企業も含む)には、損害の軽減等の義務があることを前提とした上で、A社との合意解約により、自ら損害を拡大してしまったとして、この点は損害軽減等義務に反した行動だと判断した。判決は、A社は、約1年で、新工場を建設しており、原告がA社との契約を継続していれば、原発事故後5年以内には、相当の売上げを回復することが合理的に期待できたというべきであるとし、また、A社からの売掛金の要求に苦慮したとはいえ、合意解約には、他社から購入した製品の転売では利益が得られないと考えた原告の経営判断の側面もあり、また解約に至った他の要因として、A社と良好な関係が保てていなかったことにあることを理由として挙げた。
なお、判決は、原告は、合意解約後は、ほとんど事業を行っておらず休眠状態となったが、企業存続のためには、他の事業を模索して損害を軽減する義務があったともいえるとしながら、原告は本件事故後様々な対応に追われていたことから、直ちに新事業を開始して収益を上げることは困難だったとして、1年間程度は、原告の努力により損害を軽減出来た可能性はきわめて乏しいとした。
本判決がいう、損害軽減義務(mitigation)は、元々は英米法の概念であるが、近時この言葉を用いて、損害の範囲を相当な範囲に限定する考え方が判例においても定着してきた。本判決もその潮流に従ったもので、妥当と考える。
ただ、様々な企業の新事業立ち上げに関わってきた弁護士としては、新事業を開拓し、これを事業化したとしても1年で収益を上げるまでに展開するのは、相当に困難であると考える。
本件は、不法行為によるものであって、継続的契約の不当解除といった、被害者がそれまでに予兆なりを感じ取れる損害ではない。2~3年程度は、利益の上げられそうな新事業の発見、展開に掛かる時間として見てほしいと思う。本判決が1年に限ったのは、原告が休業状態にあり、すでに事業継続の意思を放棄している点を考慮したのかも知れない。
4.損害額の算定方法
(1)売上高
本判決は、損害の算定についても、自らの裁量権を駆使して行っているように見える。本判決自体には、民事訴訟法248条の文言は出てこないが、推定でしか行えない困難な企業損害の算定を、それまでの売上に、様々なその当時の社会要因を加えて、売上額、それから控除すべき費目を決めて、額を算定していて、参考になる。
売上額に関しては、Aの製品には一定の継続的需要があったこと、その主力であったリチウム電池電解液業界が大幅な拡大傾向にあったこと等から、原告の売上高が原発事故と比べて極端に減じていたとは考えられないこと、他方、国内外のメーカーの競争激化、タイの洪水被害、欧州における債務危機の深刻化や歴史的な円高による世界的需要急減などに言及して、マイナス要因も検討し、それまでの3期分の売上高8億2000万円~12億8000万円を少しマイナスして8億円と認定するのが相当と判断している。当然、原被告双方から様々な主張がなされたと思うが、本判決の引用する双方の主張では明確でないから、裁判所は、自らの見識を持って、売上高を計算、認定したのではないかと思われる。
(2)変動費
本判決は、変動費についても、検討している。原告は、仕入原価だけを差し引いた粗利が損害だと主張したが、被告は、給与等の固定費とみられるものについても売上高によって変動する経費があると主張した。本判決は、原告の業態が、A社製品の転売であったことから、販管費の相当部分は、売上高に伴って変動するとし、役員従業員の報酬、給与、退職共済掛け金、福利厚生費、旅費交通費、通信費、交際費、水道光熱費、消耗品費、租税公課、支払手数料、会費会議及び雑費を売上から控除すべきとした。この点、原告としても単に粗利が損害というだけでなく、予備的主張としてでも給与やこれに関連する費目について、変動するのは全額ではなく、いわゆる営業部門と購買部門だけに限られるとして、差し引かれても止むを得ない額と差し引かれるべきでない額を主張しておけば、本判決が、被告の主張をそのまま採用することはなかったように思う。
このような直接変動費の控除は、知財事件における企業損害の算定では必ず問題になる点であるが、本件のような不法行為一般に当てはまる原理でもあり、原告としては、主張の際、気を抜けないところである。
【本判決の意義】
これは冒頭にも述べたところであるが、本件は、原発事故による間接的な被害者である企業の損害について、正面から取り上げた判決として意義を持つだけでなく、被害企業にも損害軽減等義務があることを認定した上で、被害企業のどのような行為がその義務違反になり、相当因果関係のない損害になってしまうのかについても詳細に分析的に検討し、また、業態から、直接変動費の控除を認めているという点で、原発事故以外の不法行為に基づく企業の賠償請求権の算定方法の例としても意味を持つものと考える。
(掲載日 2015年12月21日)