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文献番号2015WLJCC016
日本大学大学院法務研究科
教授 前田雅英
Ⅰ 判例のポイント
飲酒した上に、スマートフォンの画面を注視し、被害者らに気がつかないまま自車を衝突させた危険運転致死傷等被告事件において、危険運転致死傷罪の成立が争われたが、約15ないし20秒もの間ほとんど前を見ていないという運転態様や酔いの程度等を総合して、危険運転致死傷罪の成立を認めた事例
Ⅱ 事実の概要
第1 被告人は、平成26年7月13日午後4時28分頃、北海道O市の道路において、運転開始前に飲んだ酒の影響により、前方注視が困難な状態で、普通乗用自動車を北方向から南方向に向けて時速約50ないし60キロメートルで走行させ、もってアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させ、進路左前方を自車と同一方向に歩行中のA、B、C及びDに気付かないまま、同人らに自車左前部を衝突させ、同人らをはね飛ばして路上に転倒させ、よって、A、B、Cに重大な傷害を負わせ、即時ないし3時間後に死亡させるとともに、Dに加療約1年間を要する右大腿骨骨幹部骨折、頸椎骨折等の傷害を負わせ(自動車運転処罰法2条1号)、第2前記日時場所において、第1の交通事故を起こし人に傷害を負わせたのに、直ちに車両の運転を停止して同人らを救護する等必要な措置を講じず、かつ、その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を、直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかったというものである(道路交通法117条2項、1項、72条1項前段(救護義務違反)、同法119条1項10号、72条1項後段(報告義務違反))。
札幌地裁では、主として、自動車運転処罰法2条1号の危険運転致死罪の成否が争われた。
Ⅲ 判旨
札幌地裁は、①被告人は、夜間勤務を終えた後、睡眠をとらずに午前4時30分頃に、本件現場付近のビーチに到着し、その後7時間半近くもの間、分かっているだけでも生ビール中ジョッキ4杯、缶酎ハイ4、5缶、焼酎のお茶割り1杯といった酒を断続的に飲み続け、本人の言によっても泥酔して完全に酔い潰れて2時間程度寝込んでしまい、②目を覚ましてからも、酒が残って酔っていると窺われるような行動をとっており、③運転開始直前もまだ二日酔いのような状態であり、体もだるく、目もしょぼしょぼするなど、体に酒が残っている感覚があったというのであるから、酒の影響による体調の変化を自覚するほどの酔いが残っていたと認められる。④事故から44分後の段階で、被告人の体内から呼気1リットル当たり0.55ミリグラムものアルコールが検出されており、その場に居た警察官の証言等によっても、被告人の目は充血し、酒の臭いは最初からかなり強く、事情聴取中に時折うとうとしたり、事故後の逃走経路を正しく案内できなかったことなどを認定した。
このような状態で、被告人は、歩車道の区別や中央線のない幅員4.7メートルのほぼ直線の見通しの良い道路で、概ね時速50ないし60キロメートルの速度で車を進行させ、道路左側を2列に固まって同一方向に歩いている被害者らに車を衝突させて次々とはね飛ばした。この間、被告人は、直線道路に入ってから3、4秒後に、ズボンのポケットから右手でスマートフォンを取り出して左手に持ち替え、最低でも20秒程度は注視し続けていたとして、「携帯電話の画面を見ながら運転することがある人にとっても,ここまでの危険な行為は自殺行為に等しく,正常な注意力や判断力のある運転者であれば到底考えられないような運転である。・・・・したがって,被告人は,本件の当時,道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態,すなわち,正常な運転が困難な状態にあったことが客観的に見て明らかといえる。」
「このような単なる油断では説明の付かないような著しい注意力の減退や判断力の鈍麻は,常識的に見て,まさにその酒の影響によるものとしか考えられない。・・・・・被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させて人を死傷させたことは明らかである。もとより,被告人は,酒による身体の変調についての自覚もあり,特段運転中に意識を失ったりすることもなく,自分の行った危険な運転行為について余すところなく認識しているのであるから,故意についても問題なく認められる」と判示し、4人に重大な被害結果が生じ、アルコールの影響による危険運転の類型の中で、これまでの例を相当上回る重みがあると考えられるし、これだけの事故を起こしながら、被害女性らの安否を確認せず、道ばたに放置したまま走り去っていることも重視し、求刑どおり懲役22年の刑を言い渡した。
Ⅳ コメント
平成26年に施行された自動車運転処罰法2条は、「次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する」と定め、1号で「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為」を挙げている(拙稿『刑法各論講義6版』47頁以下)。
この酩酊危険運転罪は、アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させて人を死傷させた類型で、それまで刑法典上に置かれていた酩酊危険運転罪をそのまま引き継いだものである。アルコールとは、基本的には酒類のことであるが、アルコール分を含むものであれば足り、必ずしももっぱら飲料用に作られたものである必要はない。アルコール以外にも薬物(運転者の精神的又は身体的能力に影響を及ぼす薬理作用を有するもの)の影響下での行為を処罰するが、最も典型が、本件のようなアルコールの影響下での行為である。
正常な運転が困難な状態とは、道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態である。「スマホに15~20秒間、目を奪われていながらの運転」の危険性の大きさが、本罪の重い法定刑の直接の根拠ではない。あくまでも、ここまでの自殺行為に等しい危険な運転が、本件の当時、道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態、すなわち、正常な運転が困難な状態にあったことを認める根拠になるという解釈なのである。ただ、このような、スマホに熱中した運転の危険性も、交通事故防止の観点からは、重視されるべきである。アルコールや薬物の影響が全くないのに、スマホの内容に強く影響されて、本件事案と同程度の前方不注意により事故を起こした場合、自動車運転処罰法3条の準危険運転致死傷罪には該当せず、同法5条の過失運転致死傷罪により7年以下で処断される。その量刑判断でスマホの使用も考慮されるということになるが、社会におけるスマホの影響の強さに鑑みると、立法論として、何らかの対応が必要になる可能性もあるように思われる。
なお、本罪は、「故意犯」であり、飲んだ酒等の影響により、的確な運転操作が困難な状態にあることの認識を要する(最決平23・10・31刑集65・7・1138※2)。本件では、酒による身体の変調についての自覚もあり、特段運転中に意識を失ったりすることもなく、自分の行った危険な運転行為について余すところなく認識していたと認定された。
(掲載日 2015年9月29日)