判例コラム

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第50号 不動産売買契約において自殺事故に関する説明がなかったことを理由とする損害賠償請求が一部棄却された事例 

~東京地判平成25年7月3日※1

文献番号2015WLJCC011
法律事務所アルシエン※2
弁護士 木村 俊将

1.はじめに

不動産オーナーや不動産事業者から、ときどき「売却しようとしている物件で自殺があった。買主に事前に告知しなければいけないか。」という相談を受ける。
言うまでもなく、売買対象となる物件内で自殺事故があったことが後に判明した場合、売主は買主から瑕疵担保責任又は債務不履行責任(説明義務違反)を追及され、また仲介業者も債務不履行責任又は不法行為責任を追及されるおそれがある。
様々な社会的要因によってマンション等における自殺事故が起こりうる昨今、注視しておきたい事例として、今回は不動産売買契約において、売主及び仲介業者が買主に対して自殺事故に関する説明をしなかったことを理由に、買主が売主らに対して損害賠償請求を行なった事案を紹介する。

2.事案の概要

平成22年10月15日、Y1(売主)とX(買主)との間で、Y2(Y1側の仲介業者)の仲介のもと、賃貸マンション一棟について、売買代金3億9000万円で売買契約が締結された。
同年4月頃、本物件内の一室で居住者が死亡していたが、Y1は不動産管理会社から居住者の死因は事件性のない自然死であるとの報告を受けていた。同社の担当者が、居住者が死亡した部屋の明け渡しに立ち会った際、自殺を思わせる点はなく、原状回復工事においても特殊清掃等は実施された経緯はなかった。
売買契約時、XはY1、Y2に対して居住者の死亡について質問をしたところ、Y1らは「自殺ではないので問題ない」などと回答した。
同年10月26日、Xがインターネット上で「(本物件の)居住者の死亡に関し自殺ではないか?」という書込みを発見したので、不動産管理会社の担当者に問い合わせたところ、「自殺ではなく自然死である」との回答を受けた。
同年10月29日、本物件について所有権移転及び決済が行なわれた。

同年11月、Xが不動産管理会社に対して居住者の死因を警察署に確認するように要請したところ、死因は自殺であることが判明した。
平成23年1月、XはY1・Y2に対して損害賠償金1億円の支払いを求めて提訴した。

3.判決の要旨

裁判所は、以下のように判示して、原告の請求のうち、瑕疵担保責任以外の損害賠償請求を棄却した。

(1)Y1、Y2とも、本件売買契約締結時及び決済時までに居住者の死因が自殺であると認識していたとは認められない。

(2)Y1は、居住者の死因に重大な関心をもつ不動産管理会社から「自殺ではない」との報告を受けており、またインターネットでの書込みはあくまで「自殺か?」という疑問形で問いかけられているに留まり、自殺について新聞等による報道がされた事実や、近隣で噂になっていた等の事情を認めるに足る証拠はなく、Y1らには独自に直接、警察や居住者の親族に死因を確認するまでの調査義務があったとは認められない。

(3)自殺事故が売買目的物の心理的瑕疵にあたることは当事者間に争いはなく、Y1は瑕疵担保責任による損害賠償義務として600万円の支払義務を負う。

4.本判決の意義、考察、関連する争点等

(1)本件訴訟における主要な争点は売主及び売主側の仲介業者による調査説明義務違反の有無である。そして、売主らには居住者の死因について自殺という認識がないので説明義務違反はなく、さらに本件においては独自に警察署や居住者の親族に死因を確認するまでの調査義務はそもそもない、と判示されていることから、実務上、どの程度の調査が必要かを知る上で参考になる。
この点、Y1・Y2としては、安易に不動産管理会社の報告を鵜呑みにせず、自ら調査を行い、売買契約時に買主に交付する重要事項説明書に例えば「居住者の死因については自殺の疑いがあるが、警察署への問い合わせ、インターネットでの検索、近隣住民への聞き込みを行なったが、死因については明らかにならなかった。」などと記載し、買主Xに対しても事実関係をそのまま説明をしていれば、もはや「隠れたる瑕疵」に該当しない可能性も高くなり(買主としても自殺事故の可能性を認識できるので)、瑕疵担保責任も負わずに済んだと思われる。

(2)ちなみに、自殺事故等が「隠れたる瑕疵」にあたるかもしばしば争点となる。裁判例をみるに、死亡の態様、事故の残忍性、死亡した場所、事故の報道の有無、事故からの経過年数、取引の目的、事故物件の解体の有無等の事情を総合的に考慮して、瑕疵の該当性を判断している。
裁判例としては、土地の売買契約において、かつて殺人事件があったことを買主が購入後に知ったケースで、事件発生が約8年半前であり、しかも事件のあった建物が既に解体されていたにもかかわらず瑕疵が肯定されたものもあれば(大阪高等裁判所平成18年12月19日付判決)※3、土地建物の売買契約において、7年前に絞首自殺があったことが後に判明したケースで瑕疵が否定されたものもある(大阪高等裁判所昭和37年6月21日付判決)※4
建物の居住者が睡眠薬で自殺を図り、約2週間後に病院で死亡した、という事例で売主の瑕疵担保責任が一部認められた珍しい裁判例もある(東京地方裁判所平成21年6月26日付判決)※5

5.最後に

売主や売主側の仲介業者としては、物件内で自殺があったこと等、売却活動において不利な情報はできれば隠したいという気持ちを持つことは理解できるが、売買契約後に当該事実が判明した場合には、紛争に発展する可能性が高い。一度紛争が発生すると多くの労力、時間、費用を消費することになる。
瑕疵担保責任や債務不履行責任(説明義務違反)を回避する最も効果的な方法は、自ら調査を行い、調査をした事実及びその結果を事前に買主に説明・告知すること(重要事項説明書に記載すること)である。