判例コラム

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第42号 「IBM事件」―譲渡損失と連結納税を利用したタックス・スキーム― 

~東京地裁平成26年5月9日判決※1

文献番号 2015WLJCC003
明治学院大学
教授 西山由美

1.はじめに

巨大グローバル企業のタックス・スキームをめぐり、昨年(2014年)とくに注目された税務訴訟として、「ヤフー事件」※2と本件の「IBM事件」を挙げることができよう。前者は、組織再編成に係る包括的否認規定(法人税法132条の2)の適用、後者は、同族会社の行為計算否認規定(同法132条)の適用の可否が争われた。両事件は上訴中であるが、現時点では前者は国の勝訴、後者は納税者の勝訴となっている。
このようなスキームを課税上、許容しうる企業戦略とみるか、否認されるべき租税回避とみるかの判断基準は、上記否認規定がともに「不当」という不確定概念を用いているため、不明瞭である。以下、「IBM事件」を素材に、現行法のもとでの租税回避の否認手法の課題を考えてみたい。

2.事実の概要と争点

同族会社である内国法人X社(原告)は、日本IBMの中間持株会社※3 である。X社は、その親会社である米国企業の米国WTから日本IBMの発行済株式すべてを購入したのち、その一部を日本IBMに譲渡した。その際にX社は、購入と譲渡により生じた譲渡損失額を譲渡事業年度の損金に算入したため、欠損金が生じた。さらに、連結納税制度を利用し、X社の欠損金を日本IBMの利益と相殺することにより、納税額は約1200億円圧縮されることになった。
この一連の税務処理に対して課税当局は、同族会社の行為否認計算規定を適用し、更正処分および過少申告加算税の賦課処分を行った。X社はこれを不服として、上記処分の取消しを求めて本訴に至った。
主たる争点は、同族会社であるX社の上記一連の税務処理による法人税額の減少が、同族会社の行為計算規定中の「不当」なものと評価できるかどうかである。

3.判旨

判決は、不当性の基準を、「専ら経済的、実質的見地において当該行為又は計算が純経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否か」に求め、いわゆる純経済人説※4に拠るものとし、以下の結論を示した。
「本件各譲渡を含む本件一連の行為に租税回避の意図が認められる旨の評価根拠事実として被告が挙げるいずれの事実についても,これを裏付けるものと認めるに足りる証拠ないし事情があるものとは認め難いというべきである。・・・本件においては,本件各譲渡を容認して法人税の負担を減少させることが法人税法132条1項にいう『不当』なものと評価されるべきであると認めるには足りないというべきである。」

4.本判決の検討
(ⅰ)中間持株会社設置の目的と租税回避の意図

まず、米国WTと日本IBMとの間にX社を中間持株会社として置くことについて、税負担軽減以外の事業目的が存在するのであろうか。
これについて裁判所は、「原告に持株会社としての固有の存在意義がないとまでは認め難い」としたうえで、「法令上,外国にある持株会社と我が国にある事業会社との間に有限会社である持株会社を置くことができる事由を限定する規定が見当たらない」と判断した。
次に、X社の一連の行為に租税回避の意図が認められるのであろうか。
これについて裁判所は、譲渡損が生じる譲渡と租税回避の意図に関し、「経済的合理性のないものともいい難いことを併せ考慮すると,本件においては,米国IBMが,税負担の軽減を目的として意図的に有価証券の譲渡に係る譲渡損失額を生じさせるような事業目的のない行為をしたとまでは認め難いというべきである」と判断した。また、連結納税の利用と租税回避の意図に関しても、「米国IBMが,日本再編プロジェクトの実行を承認した当時において,原告について少なくとも近い将来に連結納税の承認を受けて本件各譲渡により原告に生ずる有価証券の譲渡に係る譲渡損失額を連結所得の金額の計算上損金の額に算入することを想定した上で同プロジェクトの実行を承認し,その後,米国IBM及びIBMグループが,それを想定して本件各一連の行為をしてきたものとまでは認め難い」とした。
このように裁判所は、X社の一連の行為計算に不当性はないと積極的に判断したものではなく、中間持株会社としての存在意義に税負担軽減以外の事業目的はないということの立証、譲渡損が生じる譲渡に経済合理性はないということの立証、連結納税が税負担軽減を想定したものであるという立証が被告・国によって十分尽くされていないことを重視し、本件更正処分の取り消しを命じたものである。

(ⅱ)現行の否認規定の限界と一般否認規定の課題

新聞報道によれば、課税当局による日本IBMへの税務調査に際しては、当初から米国IBM主導で万全な訴訟対策がとられており、日本の税務当局から米国内国歳入庁への協力要請に対しても、当時のブッシュ政権による米国企業優遇政策により、その協力は消極的なものだったらしい※5
課税当局にとっては、税負担軽減によって利益の最大化をはかろうとする巨大グローバル企業の租税回避の否認は困難をきわめ、一般否認規定(いわゆるGAAR)が公平課税の観点から必要であると主張される。
一般否認規定としては、ドイツの規定(租税通則法42条)がよく知られているが、英国でも判例法理による否認の限界から、2013年に一般否認規定が導入された(財政法5編206条-215条)※6。英国の一般否認規定の特色は、立証責任を課税当局に課していること、個別事案での合理性の判断のために第三者委員会の意見聴取制度が設けられるなど、適用の慎重性が担保されている※7
一般否認規定のない日本では、個別否認規定である同族会社の行為計算否認規定や組織再編成の領域での包括的な否認規定においてすら、不当性の存否についての立証責任のルールはいまだ明確に定められていない。一般否認規定のリスクは、課税当局にとってのみ有利に利用されるところにあり、そのための歯止めが立証責任の明確化である。
この「IBM事件」では、不当性に関する課税当局の十分な立証が求められ、国境を越える取引に関する関係政府間の情報交換や資料提供の課題も露呈した。控訴審において、国側がどのような立証を行うか、またブッシュ政権からオバマ政権に移行したのち政府間の税務情報の交換も強化されつつある中で、米国から新たな資料が提供されるかどうか、控訴審の展開が注目されるところである。

  • 本件判決の詳細は、Westlaw Japan 東京地判平成26年5月9日文献番号2014WLJPCA05096002を参照。
  • Westlaw Japan東京地裁判平成26年3月18日文献番号2014WLJPCA03188002(第一審)およびWestlaw Japan東京地裁判26年11月5日文献番号2014WLJPCA11056001(控訴審)。
  • 中間会社とは、自らも子会社でありながら、子会社を有する会社をいう。中間会社の中でも、経営や戦略の機能を有しないものを「中間持株会社(H型)」といい、その役員や取締役は、親会社や子会社等の役員が務めていることが多い。X社もこの中間持株会社である。
  • 純経済人説については、金子宏『租税法』(第19版、2014年)456-457頁。
  • 日経新聞2014年5月29日付電子版。
  • 英国における租税回避否認の判例法理から一般否認規定の導入までにつき、今村隆「英国におけるGeneral Anti-Abuse Rule立法の背景と意義」税大ジャーナル(2013年9月)1頁以下。この一般否認規定は、付加価値税(消費税)には適用されない。
  • モハン・マニュエルほか「英国での租税回避行為を巡る議論の動向を中心として」国際税務33巻9号80頁以下。

(掲載日 2015年1月26日)

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