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文献番号 2014WLJCC010
森・濱田松本法律事務所※2
パートナー弁護士
小野寺 良文
1. 事案の概要
本件は、スマートフォンを我が国において生産、譲渡、輸入等する被控訴人(第一審原告:米国法人アップル社の日本における子会社)の行為が、控訴人(第一審被告:韓国法人サムスン社)の保有する「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び装置」とする特許第4642898号の特許権(以下、この特許を「本件特許」、この特許権を「本件特許権」という。)の侵害行為に当たらないと主張し、控訴人(第一審被告)が被控訴人(第一審原告)の上記行為に係る本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在の確認を求めた事案であり、第一審の東京地判平成25年2月28日※3に対する知財高裁大合議部による判決である。知財高裁は、本判決と同時に2件の仮処分命令申立事件の決定についての抗告についても決定を下している※4。
被控訴人(第一審原告)の親会社及び控訴人(第一審被告)は、共にスマートフォンを製造・販売等し、全世界において多数の知的財産権に基づく係争を争っているが、本判決は、我が国においていわゆるFRAND宣言の効力及びFRAND条件でのライセンス料相当額等について初めて判断したケースとして注目されている。
本件特許権は、携帯電話等の第3世代移動通信システム(3G)の普及促進と付随する仕様の標準化を目的として、ETSI(欧州電気通信標準化機構)などの世界の標準化団体が結集し、1998年(平成 10年)に結成された3GPPという名称の標準化団体が策定した、第3世代移動通信システムの標準規格における必須の特許に含まれていた。
一般に、ある特定の知的財産権が標準化された技術の規格に必須とされた場合、当該知的財産権を保有する企業が、その標準規格を使用して製品化を図る他の企業に対し、当該知的財産権の実施を禁止すると脅しつつ、法外な実施料やその他の理不尽なライセンス条件を要求して、これに強制的に同意させるという状況が作出されるおそれがあり、また、他の企業は、当該知的財産権の実施許諾を得られない結果、既に標準規格の適用のために行った投資(開発投資・設備投資) が無駄になるおそれがあり、ひいては、技術の標準化による普及が著しく阻害される可能性があることを踏まえて、通信分野における技術の標準化の必要性と知的財産権の保有者の権利との間のバランスをとることが要請されている。
ETSIのIPSポリシーには、このような要請に応えることを目的とするとして、必須標準特許の所有者である会員は、公正、合理的かつ非差別的な条件(fair, reasonable and non-discriminatory terms and conditions、以下「FRAND条件」という。)でライセンスを許諾することを保証する義務を負う旨が規定されている(同ポリシー6.1項)。
控訴人(第一審被告)は、上記IPRポリシー6.1項に基づき、FRAND条件で、取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(FRAND宣言)をした。その後、控訴人(第一審被告)と被控訴人(第一審原告)の親会社は、秘密保持契約を締結の上、本件特許についてライセンス交渉を行ったが、控訴人(第一審被告)は、被控訴人(第一審原告)の親会社の再三の要請にもかかわらず、被控訴人(第一審原告)の親会社において控訴人(第一審被告)のライセンス提示又は自社のライセンス提案がFRAND条件に従ったものかどうかを判断するのに必要な情報(控訴人(第一審被告)と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報等)を提供することなく、被控訴人(第一審原告)の親会社が提示したライセンス条件について具体的な対案を示すことはなかった。
2. 第一審判決の概要
第一審判決は、FRAND宣言が為された特許権について、特許権者には、ライセンス契約に向けた締結準備段階において、当該特許のライセンスを希望した相手方に対してライセンス条件がFRAND条件に適合しているか判断するために重要な情報を提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務があると認定した上で、これに違反する権利行使は権利濫用に当たるとして、当該特許権に基づく差止め及び損害賠償請求権の不存在の確認を求める被控訴人(第一審原告)の請求を認容した。
第一審判決は、契約締結準備段階での信義則を理由として、特許権者には、FRAND宣言において標準規格に必須であると宣言した自己の特許権についてFRAND条件によるライセンスを希望する申出があった場合には、当該標準規格の利用に関し、当該申出者との間でFRAND条件でのライセンス契約の締結に向けた交渉を誠実に行うべき義務を負い、両者は、上記ライセンス契約の締結に向けて、重要な情報を相手方に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当であると認定した。その上で、本件において控訴人(第一審被告)は、被控訴人(第一審原告)の親会社の再三の要請にもかかわらず、被控訴人(第一審原告)の親会社において控訴人(第一審被告)のライセンス提示又は自社のライセンス提案がFRAND条件に従ったものかどうかを判断するのに必要な情報(控訴人(第一審被告)と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報等)を提供することなく、被控訴人(第一審原告)の親会社が提示したライセンス条件について具体的な対案を示すことがなかったものと認められるから、控訴人(第一審被告)は、本件で問題となったUMTS規格に必須であると宣言した本件特許に関するFRAND条件でのライセンス契約の締結に向けて、重要な情報を被控訴人(第一審原告)の親会社に提供し、誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違反したものと認めるのが相当である旨認定し、被控訴人(第一審原告)による本件特許権に基づく請求権の不存在確認請求を認容したものである。
3. 本判決の概要
以上に対して、知財高裁による本判決は、訴訟の対象となった製品の一部が本件特許の技術的範囲に含まれること(以下、便宜的に本件特許の技術的範囲に含まれる製品を「対象製品」という。)、本件特許に無効理由が存しないこと及び対象製品について本件特許が消尽していないことを認定した上で、上記IPRポリシー6.1項に基づくFRAND宣言の効力につき、当該FRAND宣言はライセンス契約の申込みとは認められないことから、FRAND宣言によってライセンス契約が成立するものではない旨認定した。
その上で、本件特許権の行使が権利濫用に該当すると認定した第一審判決に対して、知財高裁は、権利濫用に該当するとの認定を是認しながら、損害賠償請求に関しては第一審判決を覆して以下のように判決した。すなわち、FRAND宣言をしている者による損害賠償請求について、① FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求を認めることは、特段の事情のない限り許されないというべきであるが、他方、②FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求については、必須宣言特許による場合であっても、特段の事情のない限り、制限されるべきではないといえると判示した。そして、本判決は、本件の事実関係の下では、控訴人(第一審被告)による特許権に基づく損害賠償請求権の行使は、FRAND条件でのライセンス料相当額を超える部分では権利の濫用に当たるが、FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内では権利の濫用に当たるものではないと判断した。
次に、知財高裁は、FRAND条件でのライセンス料相当額について、対象製品の売上高に、対象製品がUMTS規格に準拠していることが売上げに寄与したと認められる割合を乗じ、さらに累積ロイヤリティが過大になることを防止するとの観点から、その上限となる率(本件では5%)を乗じた金額を、UMTS規格の必須特許の数で除することで算出された額(本件では995万円余)と認めるのが相当と判断した。なお、本判決全文の公開に当たり、裁判所は、営業秘密保護のため、対象製品の売上高及び対象製品がUMTS規格に準拠していることが売上げに寄与したと認められる割合を非公開とした。
なお、本訴訟は、特許権侵害の不存在確認訴訟であるため差止請求権については判断がされていないが、仮処分命令申立に関する抗告決定において、知財高裁は、差止請求権の行使は、上記のとおり本件特許権の行使が権利濫用に該当することを理由に許されないと判断した。
最後に、本判決に先立ち、我が国では初めてとなる一般からの意見募集が行われたが、本判決では各意見の内容を紹介した上で、「これらの意見は、裁判所が広い視野に立って適正な判断を示すための貴重かつ有益な資料であり、意見を提出するために多大な労を執った各位に対し、深甚なる敬意を表する次第である。」旨述べている。
4. まとめ
以上、知財高裁大合議部による本判決は、FRAND宣言の効力、FRAND宣言が為された特許権についての損害賠償請求の有無及びその金額について我が国で初めて知財高裁としての判断を示すものであり、直ちに指摘できる本判決及び抗告審決定の意義は以下のとおりであると考えられる。
まず標準規格必須宣言特許権に基づく差止請求は、実質上、制限されたと解してよい。すなわち、標準規格必須宣言特許権について自由に差止請求権の行使を認めることは不都合であるところ、本判決によれば特許権者がFRAND宣言をした場合には、これを実施することを希望する者との間で本判決でも認定された誠実に交渉を行う義務を負い、そして本判決の基準に従ってFRAND条件でのライセンス料相当額を計算した場合、比較的低廉な金額が算出されるはずであり、当該ライセンス料相当額のみ支払えば、特許権者は特許権を実施許諾する義務があると考えられる。特許権者がこれを拒んだ場合には、多くの場合において権利濫用であるとして差止請求権の行使が許されないと判断されるものと予想される。したがって、特許権者による差止請求が認容されることは極めてまれであろう。標準規格宣言特許につき差止請求を認めるか否かは世界的な議論のあるところであるが、本判決によれば権利濫用法理を用いて柔軟かつ妥当な結論が導けるのではないかと期待される。
次に、FRAND条件でのライセンス料相当額の計算方法が示され、これに伴い計算される金額が比較的低廉な金額となった点である。標準規格が定められFRAND宣言が問題となる電気通信等の技術分野では一つの製品やサービスに多数の特許が実施されるのが通常であるから、一般的な特許ライセンス料を標準規格宣言特許の数で除するという本判決の考えには一定の合理性があると考えられる。
ただ一方で、特許権を侵害された特許権者が、訴訟を提起したとしても上記低廉な損害賠償額しか求めることができない場合が多いと考えられ、訴訟費用との関係で費用対効果が合わず、我が国の裁判所において標準規格宣言特許の行使をすることを断念せざるを得ない場合が増加することが懸念される。特許権者が誠実に交渉を行ったにもかかわらず実施者側がライセンス契約の締結を拒んだ場合等には、差止請求権及び損害賠償請求権が制限されない場合があり得るが、本判決に基づいた場合、相当程度の情報や資料等を提供しなければならず、信頼関係のない相手方との間で当該義務を果たすことは容易ではないことが懸念される。どのような基準で差止請求を認めるか又は制限するかは、多分にバランス感覚の問題であるが、この点については今後の判例の蓄積が待たれる。
(掲載日 2014年6月23日)