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文献番号 2014WLJCC005
青山学院大学法務研究科(法科大学院)教授※1
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック 弁護士※2
浜辺陽一郎
1 はじめに
今回取り上げる事件は、「グルグル回し取引」をめぐる注目の株主代表訴訟の最高裁判決(平成26年1月30日)※3である。控訴審まで主として問題とされたのは、子会社の破たんに関して、親会社の取締役がどこまで責任を負うかということで、それは会社法改正で「親会社は子会社管理責任まであるのか」とか、「多重代表訴訟等の導入」等との比較において、興味深い論点を含んでいる。
しかし、最高裁判決は、その実質的な責任問題については何も判断していない。この事件自体は、遅延損害金の起算日について更に審理を尽くさせるために原審に差し戻されたが、その余の上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されて棄却されてしまった。つまり、最高裁判決は、下級審判決※4の通りで特に異議がないということで、事実上、その結論はほぼ認められた格好である。最高裁判決が明確に判示したのは、もっぱら遅延損害金の取扱いに関する問題にすぎない。
とはいえ、この低金利の時代に、利率が年5%か6%かは重大な問題であるから、それがどちらなのか、何時から遅延損害金が生じるのかは、重要な問題である。そして、この判断は、取締役の会社に対する責任に関する定めにおける基本的な問題が関係している。そこで、最高裁判決の前提となった事件の実質的な責任問題については他の論稿※5に譲り、今回の最高裁判決の理論的な意義について少し考えてみたい。
2 本件事件の経緯
一審の福岡地方裁判所の判決は、取締役らの忠実義務違反及び善管注意義務違反を認定して、「被告らは、株式会社Eに対し、連帯して、18億8000万円及びこれに対する平成17年6月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え」と命じていた。全部認容である。
これに対する控訴審の控訴棄却を受けて、最高裁の結論は、取締役が会社に対して支払う損害賠償金に付すべき遅延損害金の利率は民法所定の年5分であり、その損害賠償債務は取締役が履行の請求を受けた時に遅滞に陥るということを判示したが、この損害賠償債務は、旧商法266条1項5号に基づくものであった。
もっとも、控訴審においても、取締役らは、「取締役の会社に対する損害賠償責任は、法によってその内容が加重された特殊な責任であるから、消滅時効期間は民法167条1項により10年とされる(最高裁平成20年1月28日第二小法廷判決※6)ので、遅延利息に関しても、商事法定利率ではなく、民法所定の利率を適用すべきである。」と主張していた。
しかし、控訴審の福岡高裁判決は、「取締役の会社に対する損害賠償責任については、取締役の任務懈怠による債務不履行責任の内容を法が加重したものであるから、商事取引における迅速決済の要請が妥当しないので、消滅時効の期間は10年であると解されるが、本件損害賠償は、会社関係としての商事事件であることは明らかであるので、その損害回復のためには商事法定利率の適用が排除されるべきではない」という考え方から、「会社関係としての商事事件であることは明らかであるから、損害回復のためには商事法定利率の適用が排除されるべきではなく、遅延損害金の利率は年6分と解するのが相当である」と判断した。
これに対して、今回の最高裁判決は、「取締役の会社に対する損害賠償責任は、取締役がその任務を懈怠して会社に損害を被らせることによって生ずる債務不履行責任であるが、法によってその内容が加重された特殊な責任であって、商行為たる委任契約上の債務が単にその態様を変じたにすぎないものということはできない」(最高裁第二小法廷判決平成20年1月28日・民集62巻1号128頁参照※7)という理由から、損害賠償債務は、商行為によって生じた債務又はこれに準ずるものと解することはできず、取締役が会社に対して支払う損害賠償金に付すべき遅延損害金の利率は、民法所定の年5分と解するのが相当だと判断した。
また、「職権による検討」として、取締役の会社に対する損害賠償債務は、期限の定めのない債務であって、履行の請求を受けた時に遅滞に陥ると解して、高裁が履行の請求を受けた時について何ら認定説示をすることなく訴状送達の日の翌日よりも前の日から遅延損害金を付すべきものとしている点も誤りであると指摘した。この点は、基本的なことについて改めて注意を喚起したものだといえよう。
3 民法415条との関係
最高裁は、「取締役の会社に対する損害賠償責任は、取締役がその任務を懈怠して会社に損害を被らせることによって生ずる債務不履行責任である」と述べているので、これと民法415条との関係について考えてみよう。
役員等と会社の関係は委任であり(会社法330条)、その任務懈怠責任は、民法415条によって追及できると考えられる。そうだとすると、現行会社法423条1項で役員等が会社に対して損害賠償義務を負うという定めには、どういう意義があるのか問題となる。
これが旧商法では、一部の取締役の会社に対する責任は「無過失責任」とされていたので、民法415条の特則であるという説明ができた。ところが、会社法では、役員等の任務懈怠責任は原則として過失責任とされたので、民法415条と何が違うのかという疑問が生じる。
この点について、立法担当者の解説を踏まえて、多くの学説も、役員等は会社に対して委任契約に基づく義務だけではなく、会社法に基づく様々な法定の義務も併存して負っているので、その法定義務違反についても損害賠償責任を負わせることを定めたのが、会社法423条だと説明されている(新基本法コンメンタール「会社法2」310頁、日本評論社等)。
その説明によれば、旧商法と異なり、現行会社法の取締役の任務懈怠責任については、民法415条の責任とは同列にはなく、委任契約に基づく義務とは異なる「法定の義務」を負っているという点で、少しずれている部分があるから、「会社法423条が民法415条の特則である」という説明は、少しそぐわないのではないかという疑問が頭をよぎる。
また、上記の説明で「法定義務」が併存しているというけれども、法令を遵守して職務を行うことも「善良な管理者の注意義務」に含まれるのではなかったか。つまり、法定義務違反というものが、善管注意義務とは別に存在しているといえるのかは疑問があり、それゆえ「併存している」という説明も、おかしいように思われるかもしれない。
しかし、これらの疑問に対しては、「会社法に定めることで、民法とは異なる善管注意義務を強行法規としてあることを示すのだ」という説明ができよう。つまり、たとえ会社と取締役の間で「取締役は善管注意義務を負わない」という特約を結んでも、取締役が善管注意義務違反の任務懈怠責任から免れることはできない。この賠償責任の免除には、総株主の同意が必要とされる(会社法424条)し、役員等の善管注意義務が役員等の第三者に対する責任(会社法429条1項)の根拠ともなるので、民法の委任の定めによる善管注意義務だけでは不十分だといえよう。役員等と会社との間の契約にかかわらず、各役員は、「法定の一般義務」として、その職務内容に応じた善管注意義務を負わせる必要があるので、役員等の会社に対する損害賠償義務を民法415条だけに依存するわけにはいかないのである。
だから、会社法は、単に民法415条と同じ損害賠償義務を確認しただけではなく、会社法における特別の効果を付与する狙いから役員等の責任が逃れられないように定められていると考えられよう。加えて、具体的には、会社法423条の責任については、会社法847条の株主代表訴訟を通して責任追及できるし、会社法423条2項以下の特則を定めるために、前提としても会社法423条1項でその賠償責任を定めておくことは、条文のわかりやすさという点からしても必要不可欠でもある。
4 民事的規律か商事的規律か
民法が一般法で、会社法がその特別法(特則)であるとすると、民事的性質の規律に対して、商事的性質の規律を適用するということになりそうである。しかし、そういうわけではない。
今回の最高裁判決は、旧商法が適用される事件であった。上記の通り「取締役の会社に対する責任は民法415条の特則である」という旧商法の下でさえ、最高裁は、商事法的規律の適用を否定した。
現行会社法における役員等の会社に対する責任は、民法が任意法規であるのに対して、会社法は強行法規である点で、基本的な性格が異なる両者の間で、一般法と特別法という図式が単純に成り立つわけではないだろう。
今回の最高裁判決が、現行会社法でも同じ結論になるかどうかだが、結論的には同じ結論になると考えられる。即ち、取締役の会社に対する損害賠償責任が、会社法によって加重された特殊な責任であるとしても、それは商行為たる委任契約上の債務が態様を変じたにすぎないものではなく、民事的な損害賠償義務の性格を有するというのが、最高裁判決の立場のようだ。
今回の最高裁判決が民事法定利率を適用した点は、この損害賠償請求権の消滅時効について判示した上記最高裁判決の判断理由とも整合性がある。これまで、会社法423条に関する多くのコンメンタールや解説書は、消滅時効については上記の最高裁平成20年1月28日第二小法廷判決があるので、触れているものが多い。ところが、遅延損害金については、ほとんど触れられていなかった。恐らく、今後は今回の最高裁判決を引用して触れられることになるだろう。
役員の立場からすると、商事消滅時効の5年のほうが民事消滅時効よりも有利なのだが、遅延損害金については商事債権の年6分のほうが民事債権の年5分よりも不利となる。常に役員等にとって不利なルールを適用するとしたのが高裁判決の立場であった。しかし、最高裁は、会社に対する責任は、「商事的な性格」のものではないという理解から、消滅時効と同様に、遅延損害金についても、民事的規律を適用した。これが双方の利害を調整するバランスの良い結論だとも考えられよう。
(掲載日 2014年3月24日)