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文献番号 2013WLJCC014
金沢大学 法学系 教授
大友 信秀
1.はじめに
「ほっとレモン」という文字をシンプルな輪郭で囲ったカルピス株式会社(以下、カルピスという。)の一連の登録商標※2に対して登録異議の申立てがなされ、商標登録を取り消すとの決定がなされた※3。これに対して、商標権者であるカルピスが決定取消訴訟を提起したのが本件である。
普通名称もしくはその組み合わせによる商標は、使用による自他識別性を獲得しない限り商標登録がなされないため※4、本件のように、名称と図形を組み合わせた商標の出願がなされたり、使用の事実を積み重ねることで登録を得ようとする。
折しも、本件以前に、同様に普通名称の組み合わせと評価できる「あずきバー」商標については、知的財産高等裁判所が同商標の登録を認めなかった特許庁の判断を覆している※5。
「あずきバー」はなぜ商標登録が認められたのか。「ほっとレモン」との違いはどこにあったのか。両者の比較も交え、商標の識別力と登録実務に関して検討することにする。
2.事案の概要
カルピスは、二段に表記した「ほっとレモン」の語の上にCALPISと表記し、これらを輪郭で囲んだ登録商標を有していたが※6、本件で問題となったのは、注2のように「ほっとレモン」の語のみで、CALPISという表記を含まない商標であった。
商品やサービスそのものを指す言葉に対して商標権を得ることはできないし(たとえば、リンゴに「リンゴ」との登録商標を取得することはできない。)、商品やサービスの性質を普通に示す商標も登録を認められない(炊いた直後のご飯をパック詰めした商品に「炊きたてご飯」の登録商標を取得することはできない。)。このことは、登録を認められた商標が市場において、その商標が付された商品もしくはサービスと他者のそれとを区別する機能(自他識別能力)を期待されていることによる。したがって、商標が本来的には自他識別能力を有していない場合でも、市場において使用されることで、事後的に他の類似商品もしくは類似サービスと区別されるようになった場合には、自他識別能力を獲得したことを考慮して、そのような商標でも登録を認められる。
カルピスは、レモン飲料を普通に推察させる「ほっとレモン」に加えCALPISという自社ブランドを示す表示を付すことにより、自他識別能力を備えた商標として登録を得ていた。同商標はCALPISとの語が商標中にあるため、他者の商品ではなくカルピスの商品であることを示す識別力を有している。これに対して、本件で問題となった商標は、「ほっとレモン」の語を簡単な輪郭で囲んだものであったため、この輪郭が「ほっとレモン」という語に自他識別力を付加するか※7、そうでない場合には、「ほっとレモン」という語がカルピスの商品を示す表示として市場で認識されるに至っているかが問われることになった。
登録異議申立に対する決定※8では、「本件商標構成中の『ほっとレモン』の文字の態様は、さほど特徴のあるものではなく、通常用いられる程度の書体であり、輪郭部も特に強い特徴のない楕円形であるから、本件商標は、構成全体としてみても『普通に用いられる方法』の域を脱するものとはいえない。」とされ、「ほっと」の部分をひらがなで表記した点も「一般に片仮名で表記する外来語などを平仮名で表記する場合も少なくなく、……また、2つの外来語からなる場合に、その片方を平仮名書きにすること……も普通に行われている。」として、本件商標は自他商品識別力を備えているものとはいえないとされた。
また、「商標権者との話し合いにより、同業他社がその取り扱いにかかるデザインを変更した事実があったとしても、それぞれの企業の経営戦略上の変更ともいえるものであり、そのことをもって、本件商標が本来的に自他商品の識別力を有するものであるということはできない。」との判断を示しており、商標の識別力は商標それ自体に関する客観的事実によるということを確認している。その上で、商標法3条2項該当性については、提出された証拠からは、本件商標と同一態様の商標の使用の事実を確認することができず、したがって、使用により、自他商品識別力を獲得したとは認められないとした。上記決定に対してカルピスは取消訴訟を提起した。
知財高裁は、商標法3条1項3号該当性について、「温かいレモン風味の味付け等をした飲料」に使用される称呼(呼び方、発音)としては、「ほっとレモン」の称呼以外の名称を一般に確認できないこと、「ホット」の部分を平仮名にすることや、「ほっと」と「レモン」のような平仮名と片仮名の組み合わせも市場において用いられていたことから、これを認めた。その上で、商標法3条2項該当性については、商標の構成部分ごとに、「輪郭部分」は、使用商標において右上隅以外の隅がレモンの図形等により隠されているため※9、使用により出所識別機能を有するに至ったと解することはできないとされ、「レモン」の部分についてもレモンを示す以外の独自の出所識別機能を有するに至っておらず、「ほっと」の部分は、使用商標において「温かさ」や「暖かさ」を連想させる赤色に彩色されており、原告商品自体も温かい飲料であること等を総合すれば、使用により出所識別機能を有するに至ったとすることはできないとし、全体についても、同様に出所識別機能を有するに至ったとすることはできないとした。上記判断に加え、カルピスが平成24年12月に依頼した本件商標に関する調査結果も、「ほっとレモン」の表記もしくはその称呼からカルピスを思い浮かべると回答した者の割合が、前者は0.3%であり後者でも1.0%というように、「本件商標が特定の出所識別機能を有するものとして使用されているということはできない。」との判断を示した。また同調査が「『缶やペットボトル入りの温かいレモン飲料』と聞くと何という商品名やメーカー(会社名)が思い浮かぶか」など、温かい飲料を前提とする質問から構成されているのは、原告が主張する、「『ほっと』との文字部分が『人をほっとさせる』『人がほっとしたいとき』との観念を需要者に与えるものであって、『温かい(レモン飲料)』との観念を需要者に与えるものではない」という点に沿わないと結論づけている。最後に、他社が「ほっとレモン」との文字を輪郭線で囲んだ商標の使用を控えている現状について、「法的紛争をあえて避けるなど様々な理由が推認される」こと及び「本件商標に対する登録異議は、原告からの使用の差止めを求められたメーカーによって申し立てられた」ことから、本件判断に影響を与えるものではないとした。
3.シンプルな登録商標を取得するコツ-「あずきバー」商標取得に学ぶ-
商標は、一旦登録されると、指定した商品やサービスに限定されるものの、その範囲では他者に同一もしくは類似する商標の使用を禁ずる強力な効果を発揮する。そのような強力な効果が許されるのは、商標が特定の出所を示すものとして使用されることが予想されており、その限りでは、市場における活動を円滑にする効果を有するからである。逆に言えば、特定の出所を示すという点を満たさない商標には、そのような強力な効果を与えるわけにはいかないのである。特定の出所を示す前提として、まずは、他者から自己を識別させる能力が必要であり、本件でもまさにその点が問題となった。他方で、商品そのものに直結する呼称、イメージの商標を独占することができれば市場での顧客訴求力において優位な位置に立つことができる。以下、ほっとレモン同様に商標法3条2項該当性が問題とされながらこれを認められ、結果が逆になった「あずきバー」の事例を紹介する。
井村屋の「あずきバー」はアイスのパッケージ全体に対する登録商標を取得していたが※10、フォントの特徴に識別性を持たせた「あずきバー」のロゴ部分※11及び「あずきバー」を標準文字で示す商標出願を行った※12。このうち前者は登録され、後者については拒絶査定が下り、その後の拒絶査定不服審判でも審判不成立とされたため※13、出願人である井村屋が審決取消訴訟を提起した。これに対して、知財高裁は、特許庁の審決を取り消すべきものと判断した※14。
知財高裁は、「あずきバー」を「指定商品の品質、原材料又は形状を普通に用いられる方法で表示したものというほかない。」として商標法3条1項3号の該当性を認めたが、原告である井村屋による「あずきバー」の販売額が平成22年には2億5800万本に達している点、テレビコマーシャルの放映料が平成20年以降毎年1億2000万円を超えている点と、そのような実績によりインターネット上の多数の検索結果がいずれも本件商標を原告の商品を意味するものとして表示される点、原告とは直接の関係が認められない者による「あずきバーはなぜ堅い?」との表題の書籍(平成22年7月16日発行)が出版されるに至っている点等から商標法3条2項該当性を認めた※15。
「あずきバー」に商標法3条2項該当性を認めるためには、市場において、商標として使用されている言葉が普通名称的なものとしてではなく、特定の商品を指し示す表示として機能していることを証明しなければならない。証明の仕方には直接的な証明及び間接的なそれがあるが、本件では、原告から提出された証拠がそれぞれ矛盾せずに上記証明に必要な内容を示すことに成功している※16。
4.どうすれば「ほっとレモン」商標を取得できたのか?(「あずきバー」との違いはどこにあったのか?)
端的に言えば、「ほっとレモン」は商標法3条2項に該当する水準にまで自他商品識別力を獲得するに至っていなかったのに対して、「あずきバー」はその水準に至っていたということになる。訴訟戦略上、アンケート結果がかえって原告カルピスに不利になった点や、「ほっと」という言葉の定義に独自のこだわりを示した点も、そもそも自他商品識別力を客観的に示す材料が限られていた中では致し方なかったとも言える※17。その上で、あえて「ほっとレモン」の標準文字商標を取得する可能性があったとすれば、「あずきバー」を参考に、まずはパッケージ全体の商標を取得し、これによりパッケージの全体イメージや色の構成により取引者や需要者に特定の印象を植え付け、市場における圧倒的シェアを獲得した後に、満を持して出願するという方法しかなかったと言える。競合他社が市場において同種の商品に対してそれなりの市場占有率を占めている状態では、いまだ標準文字もしくはそれに近い商標を出願する段階に至っておらず、冒険的だったと評価する余地もある。ただし、並行して、標準文字もしくはそれに近い商標の出願とは異なる戦略を遂行する中でのオプションであったとすると、それはそれでブランディングの中長期戦略で評価すべきことであり、今回の判決の結果だけを云々することはできない。このような視点から本件をもう一度見てみると、今後のカルピスの「ほっとレモン」のブランディングから目が離せなくなったという意味でも、今回の知財判決の結果はカルピスにとって必ずしもマイナスとは言えないのかもしれないとの思いも抱いた※18。
(掲載日 2013年10月15日)